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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学34巻3号

1983年06月発行

雑誌目次

特集 細胞の極性

初期発生における胚軸の決定

著者: 米田満樹 ,   小南哲也 ,   久保田洋

ページ範囲:P.166 - P.172

 左右相称の形態をもつ動物の胚では,前後及び背腹という2つの軸がある。たいていの海産動物の卵がそうであるように,はじめは球形で見かけ上均一な卵細胞の中に,たとえ眼には見えなくてもそのような将来の胚軸がすでに定まっているのか,もしそうでないなら,発生過程のどこで,どのようにして決まるかが,動物胚の軸性決定に関する古典的問題である。
 実験的に解析しようとするときに困ることが1つある。それはいわゆる「調節」という現象である。例えば,卵または初期胚を両断して2つの部分に分け,それぞれを発生させた場合に,両者の間に差が生じたとすれば,まさしくその分割の時点で胚軸がすでに定まっていることを示すであろう。しかし両者ともに正常な胚にまで発生した場合,それは必ずしも,正常発生のその時点での軸性(または局部的な違い)の存在を否定するものではない。部分の欠失に対する「調節」がおこっているかも知れないからである。

神経発生における細胞の極性

著者: 藤田晢也

ページ範囲:P.173 - P.178

 細胞の中心を核に置くと,いかなる細胞でも細胞内小器官の分布が不連続かつ非対称である以上,なんらかの極性を示すことは自明である。しかし,これら各種小器官の分布極性や表面膜の性状からみた不均一性,あるいは細胞質の量的分布の偏りなどからくる各種の極性が,相互独立でランダムな方向をむいている場合は,細胞の極性とは呼べない。これらの量的分布やその配列が,細胞内に1つの共通した方向性をもつように規制されているのが細胞極性であると理解される。
 Paul Weiss20)は,細胞と細胞が接触したときに初めてこのような極性が現われると云っているが,厳密に考えると必ずしもこのようには割り切れないようにも思える。孤立した単細胞である卵や,方向性のある基質に張り付いた単離細胞も極性を示すからである。しかし,多細胞生物の体制を考えるとき,Paul Weissのこの指摘はたいへん示唆に豊んでいる。多細胞生物の中の細胞は単独では極性をつくりだす能力を表現できない。そのためには足場(frame)が要るのである。この足場に要求される性状は少なくとも2つあるであろう。1つは,ここに"足をかける"細胞の表面を化学的に受け容れる親和性を足場の表面がもっていることであり,いま1つは,この細胞を支えたり,胞体を容れるスペースを提供できる空間的構造をつくりうるものであるという条件である。

細胞の極性と細胞骨格

著者: 石川春律

ページ範囲:P.179 - P.188

 細胞が方向に関係した形態や機能を示すとき,その細胞は極性を有するという。この定義にしたがえば,ほとんどすべての細胞が極性を有することになる。円柱状の上皮細胞などはこの極性がとくに顕著で,機能を反映して特徴的な細胞外形を示し,細胞内部でも核や各種オルガネラが一定の分布・配列をとる。それではこのような極性が形成され,維持されるメカニズムは何であろうか。
 他方,細胞を内部から構造的に支えているいわゆる細胞骨格は,主として蛋白質性線維から構成されている。細胞骨格の役割として,それぞれの細胞に一定の外形を与え,内部でも核や各種オルガネラの分布や移動を規制していることが考えられる。したがって,概念的には細胞骨格の役割と細胞の極性とは大部分重なり合うことになる。

細胞極性と細胞膜ドメイン

著者: 藤田道也

ページ範囲:P.189 - P.196

 I.細胞の極性(cell polarity)
 1)細胞の極性という概念
 "細胞の極性"という用語ないし表現が厳密に定義されているかどうかはよくわからないが,それは外形だけの問題ではない。たとえば,完全な球形の細胞があったとする。これなど外から見るかぎり不対称がなく,この細胞には極性がないと言えるであろう。球状赤血球症の球状赤血球などがこれに当たるかもしれない。しかし,もしこの完全球形の細胞が有核細胞であって,その細胞質が細胞小器官の偏在などの不対称をもつならば,極性があることになる。もちろんこの場合小器官の偏在(同一小器官の1ヵ所集中など)が常在するのでなければならない。
 このように,細胞の不対称(asymmetry)には細胞外形(cell shape)の不対称だけではなく,細胞質のそれ("極性細胞質"polar cytoplasmという言葉がある1))も問題になると考えられる2,3)。一般に,「細胞質に不対称があれば,細胞外形にも不対称がある」という命題が真実であれば,細胞の形の不対称が細胞質のそれと別個に存在するとする立場からの発言は不必要になる。

腺細胞の極性

著者: 藤田尚男

ページ範囲:P.197 - P.208

 I.極性とは何か
 試みに「生物学事典」第2版(岩波,1980)の極性polarityの項をひいてみよう。その最初に抽象的で少々わかりにくい表現であるが,「細胞,細胞集団,組織または個体が,1つの方向に沿ってその各部分相互の相対的準位と関連して形態的または生理的特性について何らかの差異をあらわすこと」と定義され,例として「腺上皮の細胞で核は基部に近く,中心体は表面近くに位置する」ことが記されている。われわれの体を構成する具体的な細胞に思いをいたすと,脊椎動物に頭と尾があるように卵細胞には動物極と植物極が,神経細胞には樹状突起と神経突起(軸索)が,上皮細胞には頂上部と基底部があって,細胞が構造的,機能的な方向性をもっているのに気づく。また形態的にこのような明瞭な極性がないと考えられる線維芽細胞,肥満細胞,大食細胞などのような結合組織細胞でも,その内部の特定の小器官(たとえばゴルジ装置)の位置にはそれなりの方向性があることが知られている。このように定義を拡大すればどの細胞でも何らかの意味で極性を有しているといえるであろう。この総説では腺細胞について,形態と機能の方向性の面から細胞の極性の問題をとりあげてみたいと思う。

細胞極性と精子

著者: 外山芳郎 ,   鈴木二美枝 ,   永野俊雄

ページ範囲:P.209 - P.217

 動物細胞,植物細胞を問わず多くの細胞には極性が認められる。動物細胞においては各種の上皮細胞,腺細胞,神経細胞などに明瞭な極性が認められる。とくに精子はあたかも単細胞動物のように卵に向かう走性を示すので,極性分化も著しい。
 精子は1677年にLeeuwenhoekにより見つけられたが,精子の生物学的意義は,1875年にHertwigが精子の卵への進入を発見するまでわからなかった。1950年代になり,電子顕微鏡および生物試料作製技術の進歩により精子の形態学的研究は加速度的に進んだ。本稿ではおもに哺乳類の精子について,その極性に注目して超微細形態を中心として述べる。

解説

イヌ腎由来MDCK細胞—培養下における単層上皮の形成を中心として

著者: 佐藤温重 ,   小沢和子

ページ範囲:P.218 - P.225

 培養下で上皮に分化する能力を保有している培養細胞が,膜機能研究のモデルとして最近注目されている。このような性質をもつ細胞として,イヌ腎由来のMD-CK1),ブタ腎由来のLLC-PK12),ガマ膀胱由来TB-M,TB-6C3),Sprague-Dawleyラット乳癌由来のRama254)などがある。これらの培養細胞がin vitroで形成する単層上皮は,従来膜研究のモデルとして用いられている膀胱膜,蛙皮,尿細管などが数種類の細胞から構成される上皮であるのに対して,1種類の単層細胞から構成される点に特徴がある。いずれの細胞系(cell line)も高い増殖性を有しており,生化学分析に十分な量を得ることが容易で,電気生理学的研究のみならず生化学的研究も可能である。さらに遺伝的に均一な種々のクローンを用いることにより膜機能の遺伝制御といった新しい研究領域への応用もできる。「ホルモン制御輸送研究における培養細胞の応用」5)と題したシンポジウムが開催されたことが示すごとく,培養下で再形成された上皮の研究は急速に発展しつつある。ここではMDCK細胞につき解説し,その単層上皮を応用した諸研究の現状について紹介する。

ネマトーダ—細胞生物学研究のモデル

著者: 三井洋司

ページ範囲:P.226 - P.232

 ネマトーダ(線虫)は,植物,動物に寄生する(parasitic)ものや自活性(free-living)のものがあり,日本では従来,農業害虫の観点からその生活史が調べられてきた。しかし近年,極めて多方面の研究者から,従来は至難なことと思われていた多細胞生物の最も基本的ないくつかの課題を解き得るモデルとして注目をあびている。それはネマトーダの中でもCaenorhabditis elegansであり,これは,発生の細胞系譜,全神経回路の立体図,筋肉—神経の遺伝子と行動の関係,性の決定機序など,分子遺伝学と細胞,又細胞と個体レベルの関係を解析できる系として期待される。そうした研究を発展させ得る基盤は,C. elegansが①短期間に突然変異体を単離でき,遺伝子解析が可能であるなど世代交替が短く,同一個体内で受精する両性生殖体であること,及び②受精から成虫に至る迄の全細胞系譜が殆んど完成するに至るなど体細胞の数が少なく(約959),生きたままで顕微鏡観察が可能な点にある3)
 いろいろなネマトーダの生活史1),C. elegansの生物学2)は他の解説に譲り,本稿では編集部の求めに応じ,C. elegansを材料とした細胞生物学的研究の展開を紹介する。生体外に単離した細胞,あるいは単細胞生物の場合はその解析が容易であろう。

実験講座

免疫電顕における抗原同定のためのプロティンA—金法

著者: 久野節二 ,   安達透 ,   大黒成夫

ページ範囲:P.233 - P.238

 電顕免疫組織化学はホルモン,神経伝達物質,酵素等抗原となり得る物質の細胞内局在を,微細構造のレベルで把え得る応用範囲の広い研究手段である。現在一般には,ビブラトームや氷結切片を樹脂包埋前に染色する方法(preembedding法)と,包埋後超薄切片化して染色する方法(postembedding法)が用いられている(表1)。
 Preembedding法では,切片をSternbergerら1)のペルオキシダーゼー抗ペルオキシダーゼ複合体(PAP)法で染めるので,免疫陽性反応物質はジアミノベンチジン沈殿物となり,高電子密度の粒子として認められる。この方法は,抗原性と微細構造の保存に優れているため,神経組織や,失活しやすい酵素の同定などに広く用いられる。しかし,標本作成に長時間を要し,また1切片で1種の抗原のみ同定可能である。

話題

基生研コンフェレンス「細胞運動の機構」

著者: 平本幸男

ページ範囲:P.239 - P.246

 去る3月14日〜16日第11回基礎生物学研究所コンフェレンスが岡崎の基礎生物学研究所(以下基生研という)において行われた。基生研は昭和52年の開所以来,臨時事業の一環として招待者だけによる小規模な研究集会である基生研コンフェレンスを毎年約2回行ってきた。今回のものは昭和53年度から神谷宣郎教授(現在名誉教授)が中心となって始められた5箇年計画の臨時事業「細胞運動の機構」の最後の年におけるコンフェレンスであった。細胞運動の研究はわが国では諸外国にくらべても特に活発に行われている研究分野であり,従来から文部省科学研究費による特定研究や総合研究,関連諸学会でのシンポジウムなど全国的規模での集会がしばしば行われてきたが,毎年定期的にこの集会を基生研で開くことができたことは研究の発展にとって非常に有意義であった。初年度(昭和53年度)は集会のための旅費として国内研究者のものしか計上されなかったが,第2年度からは国外から研究者を招待するための旅費も認められ,各コンフェレンスごとに3〜4名を招待することができた。わが国の研究者は欧米の場合にくらべて地理的な関係から国際研究集会に参加できる機会が少なく,研究に関する情報の伝達,研究活動に対する刺激などの点で多少とも不利な立場にある。

談話 コンファレンス・ディナー研究集会

脳と環境(2)—形態学的側面から見た脳と環境

著者: 佐野豊 ,   久保田競

ページ範囲:P.247 - P.254

 司会 第2番目に佐野先生に,「形態学から見た環境と脳の関連」ということでお話ししていただくわけであります。佐野先生は班員ですのでご紹介を長々とする必要はないと思います。先生は,京都府立医大を昭和25年にご卒業になりまして,解剖学教室に残られまして,36年に教授になられ,それから学生部長,学長を経験され,今に至っております。専門はもう皆さんご承知ですので細かいことは申し上げませんが,最近はインドールアミンの免疫組織化学の方法を使った解剖学の仕事をなさっています。ここで特に申し上げげたいのは,先生は別の名前,大野俊三というペンネームで小説を書いていらっしゃいます。「落葉樹」。これには一部と二部がありまして,医科人学の2つの時代ということで,戦後と大学紛争の時代の医学部の話ですが,形態学者の冷めた目で大学や京都の風景,それから祇園の茶屋とかですね(笑),そういう所を非常に克明に見ておられます。で,先生の考えておられることをいろいろ書いておられます。表紙のカバーに落葉樹の絵があるのですが,私にはスパインつきの樹状突起のようにみえます。特にわれわれ本班員にとって興味深いのは科学研究費のことで,本の中に出てきます主人公の,病理の教授,磯島進という人は,科学研究費の配分というのは,一部の巧妙なボス教授と文部省官僚の癒着によってなされるもので,あんな金はもらわないほうがよいと,そういうことを人に言って自分を慰めているのです──(笑)。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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