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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学34巻4号

1983年08月発行

雑誌目次

特集 コンピュータによる生物現象の再構成

蛋白質と核酸のコンピュータによる分子構造予測

著者: 長野晃三

ページ範囲:P.258 - P.263

 蛋白質の高次構造はその一次構造,即ちアミノ酸配列によって決まると考えられている。蛋白質の二次構造になる傾向がアミノ酸残基の種類によって異なり,種々の方法によって約75%の確率で予測することができる1)。それらの二次構造が更に寄り集まって三次構造となり,それらのサブユニット同士とか核酸や脂質との相互作用などによって四次構造と呼ばれる複雑な分子構造が決まる。生物の機能がすべて遺伝子のレベルで決められた一次構造に依存しているのは,分子構造の階層的構造が存在するからである。それらの機構をより良く理解するために多くの努力がなされて来たのであるが,分子構造の観点からは,蛋白質のX線構造解析が最も大きな貢献をして来た。その結果として,蛋白質の三次構造にはいくつかの典型的な型があることがわかって来た。それらのすべてを詳しく説明する余裕はないが,種々のヴィールスのコート蛋白質の中にもα-ヘリックスが多くなったり,β-シートが多くなっているものがあることを,Richardson2)の模式的な表現で図1に挙げておく。
 近年,遺伝子工学的手法の進歩により,蛋白質や核酸の一次構造が,それらの物質を高純度で大量に精製しなくても明らかにされるようになって来た。特に蛋白質が他の物質と複雑な相互作用をしている状態を結晶として構造解析することは非常に困難なので,コンピュータを高度に利用した分子構造の予測法が大変重要になって来た。

コンピュータによる画像解析—電子顕微鏡像への適用

著者: 若林健之

ページ範囲:P.264 - P.273

 Aaron Klugら1)が1964年に初めて電子顕微鏡像にフーリエ解析の手法を適用して20年になろうとしている。
 Klugらはレーザー光回折による解析から出発して光学的フーリエ合成2)へ発展し,次いで画像をディジタル化してコンピュータによるフーリエ解析に進み,三次元像再構成をなしとげた3)

コンピュータ・グラフィックスによる形態形成の研究

著者: 藤田晢也

ページ範囲:P.274 - P.283

 生物学や医学のように生きものを対象とする科学の領域で,最もドラマチックなものの1つは形態形成であろう。受精卵から次第に胚盤ができ,神経管が造られ,原始血管が搏動しながら屈曲して心臓を形成し,手や足や頭や顔面にみられる複雑な構造が,体の内部の諸器官の形成と並列に進行する過程でしだいしだいに構築されてくる。これが一体どのようなメカニズムの連鎖によって実現されているのか,真剣に考え始めると,この問題の深さと広さに対して畏怖に似た感慨につつまれない人はないだろう。しかも,この過程はまるで物理現象のような正確さで繰り返し繰り返し再現されるのである。
 既に1672年,当時ボローニャにいたMarcello Marpighiが鶏胚の形態発生を研究し,"De formatione pulli inovo"と題する原著としてロンドンの王立協会に発表したのが近代におけるこのジャンルの研究の嚆矢であると思われる1)。ただ,この論文は嚆矢ではあったが既に1つの完成した風格を備えていた。その中で彼は,発生しつつある個体や諸器官の形態変化を客観的に記載することの意義を達者なスケッチを混えて呈示し,同時に胚発生がpreformativeなプロセスによって展開するという考えを述べた。彼のこの論文の影響は大きかったように思われる。

ゾウリムシの繊毛運動—ダイニン-チューブリン架橋パターンの決定

著者: 杉野一行 ,   内藤豊

ページ範囲:P.284 - P.290

 繊毛は生物界に広く分布する運動性細胞小器官で,動物はそのほとんどが何らかの形で繊毛を持っている。それにも関わらず,その大きさはミクロン単位,内部構造は電顕レベルという小さなものであるために不明な点が非常に多い。一口に繊毛といってもそれを持っている生物種やそれの属している器官によって機能も動きも大きく異なる。ここでは最も典型的な繊毛運動を示すと思われるゾウリムシの繊毛を中心に話を進める。
 ゾウリムシの繊毛は三次元的な動きをする(図1)。一周期の繊毛打のうち,有効打(推進打)の時期には,主に繊毛の基部に屈曲が起こり,残りの部分はほとんど真っ直ぐのままである。そのため繊毛は,あたかも地面の上に直立した棒が倒れてゆくように,細胞表面すれすれまで曲がってゆく。続いてその位置から回復打(準備打)が始まるが,この時期には繊毛は,観測者が繊毛を上から見ると反時計回りに回転しながら,細胞表面をはい上がるようにして次の有効打の始まる位置へと移動する。有効打の開始位置は細胞表面に対して垂直よりもやや細胞の前方に傾いているのが普通である。回復打の時期の繊毛は,屈曲部分が少しずつ広がりながら次第に基部から先端へ移るので,曲った鞭のような形を取る。このため回復打時に繊毛の受ける粘性抵抗は有効打時のそれよりも小さくなるので,外液は全体としては繊毛によって有効打の方向へ押し遣られ,その反動として個体はそれと反対の方向へ進む7)

人工知能

著者: 平井有三

ページ範囲:P.291 - P.301

 人間は知能をもっている。これは人間の立場から見れば疑いの無い事実である。しかし,知能とは何であろうか。下等な動物には知能は無いのであろうか。有るとすれば,人間の知能とどこが異なるのであろうか。古くから多くの哲学者達を駆り立ててきたこの問題に,正面から取り組むことが至難の技であることは,誰もが認めることであろう。
 もう少し問題を絞って,人間の知的活動を見てみよう。人間は目で見,耳で聴き,理解し,それらを基に連想を働かせ,考え,問題を解き,他人と会話する。人間の知能がこれらの活動からの発現であるならば,知能を理解し表現するためには少なくともこれらを理解し表現できることが必須の要件となる。

解説

哺乳動物骨格筋におけるNa-Kの能動輸送

著者: 赤池紀扶

ページ範囲:P.302 - P.312

 ラットにK欠乏食を数週間摂取させると,血漿K濃度は正常時の4.6mMより約1/3へと減少し,骨格筋にも細胞内K濃度(〔K〕i)の減少とNa濃度(〔Na〕i)の増加がみられる1〜3)。この低K血症ラットにKを含む正常食やKClの注射を行うと,骨格筋は濃度勾配に逆らい細胞内に蓄積されていたNaを排出し,Kを再吸収して,数日後には正常ラット骨格筋内と同じイオン濃度を示すようになる4,5)。以上の実験結果は,①低K血症下でも,骨格筋のNa-K能動輸送にたずさわるNaポンプはその機能を正常に維持しつづけていること,②低K血症ラットの"Na蓄積"骨格筋がNaポンプの研究に適した材料であることを示す。③さらに,低K血症ラットの筋肉がヒトの周期性四肢麻痺によく似ていることから実験的病態モデルとして有用である。これらの理由から,我々は低K血症ラットの下肢骨格筋で姿勢制御を司る遅筋のヒラメ筋(M. Soleus,SOLと略)を選び,筋肉におけるNaポンプの働きをガラス微小電極法による静止膜電位の記録と,炎光分析法を用いた細胞内NaとKの測定により研究を行ってきた。

培養細胞への遺伝子移入—研究の現状と展望

著者: 瀬野悍二 ,   鮎沢大

ページ範囲:P.313 - P.319

 発癌遺伝子の単離(クローン化)をはじめとする最近の研究成果によって,今まで別個の要因によると思われていたウイルス発癌と化学発癌が,共通の分子機構のもとに語られるようになったことは衆知の事実である。さらには,慢性骨髄性白血病におけるフィラデルフィア染色体やバーキットリンパ肉腫における染色体の特異的な転座と癌形質との因果関係が,免疫学者まで引き込んで遺伝子のレベルで語られるようになったのである1〜4)。このような研究の驚異的な進歩に主役を演じた技術の1つが,本稿の表題にある遺伝子移入である。トランスホーメーションとかトランスフェクションと呼ばれているが,元をただせば微生物遺伝学における形質転換5)あるいはスフェロプラストへのファージDNA感染に由来する。発癌研究における形態的トランスホーメーションと区別するために生化学的トランスホーメーションと呼ばれることもあるが,本稿では「形質転換」と呼ぶことにする。
 癌遺伝子のクローン化で脚光を浴びた遺伝子移入の技術も,究極的には,体細胞における遺伝子情報発現の調節機構を明らかにしていく研究の数少ない手段の1つとして期待されており,今後ますます重視されていくと思われる。しかし,技術的には未熟で問題は山積みされている(後述)。

シナプス受容体感受性の調節—シナプス伝達調節機構についての考察

著者: 纐纈教三 ,   赤須崇

ページ範囲:P.320 - P.327

 本論文は,シナプス伝達の調節機構について新しい考え方を提起した。
 ある1つの単一シナプス伝達により発生するシナプス後電流(PSC)の大きさは,この伝達を行っている物質以外の種々の伝達物質の作用により調節(modulation)されている。この調節には従来知られているシナプス前調節のほかに,シナプス後調節というものを考えねばならない。シナプス前調節とは,シナプス前膜からの伝達物質の放出量の調節であり,ここでのシナプス後調節とはシナプス下膜の感受性の調節という新しい考え方による調節様式である。
 ニコチン性伝達の場合,シナプス前調節によりシナプス前膜からのAChの放出量が調節され,シナプス後調節によりシナプス下膜のニコチン性受容体の感受性が調節されている。このニコチン性受容体感受性に対する伝達物質,例えばCA,5-HT,ペプタイドなどの調節作用の機序は,薬理学的に知られているニコチン性伝達のblocker,即ちAChのニコチン性作用に対するantagonistの作用機序に類似している。そこで,ニコチン性ACh-受容体の感受性を抑制する伝達物質を生体内antagonist(biogenic or endogenous antagonist)と定義したい。

実験講座

マイクロマニプレイターによるマイクロインジェクション

著者: 筒井祥博 ,   佐賀信介

ページ範囲:P.328 - P.333

 生きている培養細胞の核や細胞質内へ生体高分子であるDNA,RNA,蛋白質等を注入する方法が広く応用されつつある。近年,遺伝子工学の発展によりウイルスや細胞のDNAを新たに細胞の外から導入して,その細胞の遺伝形質や表現形質を変化させることが出来るようになった。この方法によって導入した遺伝子の生物学的な機能を知ることが出来,またある特定の遺伝子の発現機構の研究にも利用されている。遺伝子の細胞内への導入の方法には,①トランスフェクションと,②マイクロインジェクションがある。それぞれ目的によって利点と欠点を持っている。ガラスのマイクロカピラリーを直接細胞質や核に挿入して目的とする物質を注入する方法は,注入した物質の細胞への早期の影響をみるのに適している。1976年Graessmannら1)は,simian virus 40(SV40)の早期遺伝子に対するcRNAをG0期で細胞増殖が停止している細胞にマイクロインジェクションして,T抗原が出来ることと,細胞のDNA合成が刺激されることを直接確認した。これが,培養細胞に遺伝物質を注入して,それが発現されることを確認した最初である。その後,T抗原そのものを注入したり,SV40の早期遺伝子部分がクローン化されたものを注入しても機能が発現されることが確められている。

話題

EMBOワークショップ「アクチンとミオシンの構造と両者間の相互作用」

著者: 杉晴夫

ページ範囲:P.334 - P.337

 本年3月21日より25日の5日間,EMBO(European Molecular Biology Organization)のワークショップ「アクチンとミオシンの構造と両者間の相互作用」がオーストリアの山奥の村落Alpbachでおこなわれた。オーガナイザーはH. E. Huxley(Cambridge大)とK. C. Holmes(Max-Planck研)の両名である。このワークショップはすでに数回,同じオーガナイザーにより同じ場所で3年おきに開催されている。Alpbachは西ドイツ国境に近くMünchenから車で1時間半ほどのところに位置しており,冬期スキー客のための立派なホテルがある。参加者の宿泊所となったホテルの前の教会には物理学者Schrödingerの墓がある。約100名の参加者は筋フィラメントの構造を研究しているほぼすべてのX線回折学者と主要な電子顕微鏡学者をふくんでおり,ワークショップの重点は明らかに筋フィラメントとクロスブリッジ結合の構造の論議におかれていた。Cambridge大学のいわゆる構造学派が現在の分子生物学あるいは分子生理学に多大な貢献をなしたことはよく知られている。筋肉を構成する諸要素の微細構造の追求が収縮の分子的機構の解明へのもっとも直接的なアプローチであるというのが構造学派の信念であろう。

Eccles教授80歳記念シンポジウム「脳における感覚・運動統御」

著者: 佐々木和夫 ,   塚原仲晃

ページ範囲:P.338 - P.342

 〔Ⅰ〕
 スイスに居をかまえて相変わらず精力的に活躍を続けておられるJ. C. Eccles教授の80歳の誕生日を祝って国際シンポジウムが今年4月7〜9日にGöttingenのMax-Planck-Institut für Biophysikalische Chemieで開催された。プログラムを掲げておいたが,口演した人達以外の論文も含めてExp. Brain Res. のSupplementとして今年末にはSpringer-Verlagから出版される予定なので,はるかに広範囲で多彩な研究が紹介されるものと期待できる。したがって,本稿ではシンポジウムの雰囲気と,2,3の話題についてだけ触れることにしたい。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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