icon fsr

雑誌目次

雑誌文献

生体の科学34巻5号

1983年10月発行

雑誌目次

特集 受容・応答の膜分子論

刺激受容と適応のメカニズム

著者: 大沢文夫

ページ範囲:P.346 - P.352

 生物は外界からの刺激,あるいは環境の変化を感受し,それに応答していろいろの行動をする。応答にはいくつかの段階がある。刺激をうけて興奮し,適応し,また学習する。バクテリアのような単細胞微生物は1個の細胞で,感覚機能,神経機能,運動機能をかねそなえており,高等動物のような多細胞生物では,各細胞が各機能を分担している。現代生物学は,生物の機能を要素的機能へと分析していくと,各要素的機能をうけもつ分子機械にいきつくこと,生物の機能はこれらの分子機械によって構成される回路のはたらきとして理解できることを,次第に明らかにしてきた。このように生物を分子機械回路としてとらえる立場からみると,バクテリアと高等動物の刺激—応答系には多くの共通点が見出されるのではないか。すなわち,分子機械にまで分解すれば,バクテリアと高等動物には共通のはたらき方をする機械が存在するのではないか。また回路の組立て方に共通の方式があるのではないか。高等動物の中をみても,感覚—神経—運動の経路には直接属さない多くの細胞が刺激に対して応答する。これらの細胞のもつ刺激—応答の分子機械回路は,単細胞微生物のそれと共通の性格をもつのではないか。
 各生物のもつ刺激—応答の分子機械回路はどこまで似ているか。逆に各生物あるいは各細胞系の間のちがいはどこにあるか。高等動物の高等さは,分子機械回路でいえばどこで現われるか。

刺激受容に対する膜リン脂質の代謝応答

著者: 野沢義則 ,   吉岡亨

ページ範囲:P.353 - P.360

 諸種の細胞が外界の刺激受容に応じて活発な膜リン脂質代謝の亢進を誘起することはよく知られており1〜4),刺激—応答連関(stimulus-response coupling)の概念はほぼ定着したと云っても過言ではなかろう。この説のルーツを辿れば,30年前にHokin & Hokin(1953)5)が膵臓細胞のアセチルコリン刺激によるアミラーゼ分泌に伴ってホスファチジルイノシトール(PI)の〔32P〕取り込み亢進を見出したことがその端緒となった。しかも,この〔32P〕PI増加がPAを介するPIの再合成であることを指摘し,いわゆる"PIサイクル"の誕生に至ったのである。その後20年を経て,Michell(1975)1)によってこのPIサイクルがCa2+流入に連係しているというCa2+ゲート作動説が唱えられ,従来英国を中心に地味に続けられてきたPIの研究が一躍多大の注目を集めるようになり,今日では細胞生物学における重要な中心課題の1つにもなっている。ここでは限られた紙数のために,受容刺激に伴う膜リン脂質代謝の変動を視細胞と血小板の例について簡単に述べることにする。

タンパク質メチル化反応と走化性

著者: 林博司 ,   蓑島伸生

ページ範囲:P.361 - P.367

 生物はその特性のひとつとして,環境の変化を感知し,得られた情報に従って自分の置かれた状況を変化させ得る。こうした広い意味での感覚応答について言えば,多くの場合応答はその生物の運動の制御という形で現われる。典型的な感覚応答系は,高等生物の神経系およびホルモン分泌系であり,そこでは個体レベルでの高次な感覚応答が起こる。より低次には,受精における精子と卵子の挙動,胚発生における,たとえば神経系形成に伴う細胞個々の正確なふるまい,イモリやプラナリア等で知られる再生現象における細胞の脱分化および分化等,すべて細胞レベルでの感覚応答が必須な現象と言えよう。高等生物における感覚応答の機構は,上に挙げたような材料を用い,主に電気生理学の手法,形態学の手法を用いて研究され,多大な成果が挙げられている。こうした感覚応答系を分子レベルで解析するためには,いくつかの困難がある。たとえば,生化学の手法で研究をするために充分な量の標品が扱えないこと,あるいは,ある現象について因果関係を確立するためには,系が複雑すぎること等である。
 近年,生物の研究に有利な材料として,原核生物であるバクテリアが盛んに用いられるようになった。豊富な遺伝学の手法を駆使できること,遺伝的に同じ個体が大量に扱えることなどがその利点である。

温度感覚の分子機構

著者: 今栄康雄 ,   中岡保夫

ページ範囲:P.368 - P.375

 人間を含め,生物の生活活動は狭い温度範囲に限られるので,多くの生物が温度変化を刺激として感知し,それに対応する能力を持っている。高等動物の温度感覚は,触覚や痛覚といった体性感覚の1つであって,温度感覚受容器は体表全体に分布し,味覚や視覚のように分化した受容器を一般に持たない。ただ,昆虫では触角に温度感覚が局在しているという報告1)があるのと,ハブやガラガラヘビは,目と鼻の間にある眼面小窩(pit)が赤外線受容器であること2,3),が例外である。多くの生物で,局在した温度感覚器を持たないことは,逆に,体の特定部位のみの温度測定では,生存に不十分であることを意味しているのかも知れない。
 高等動物における温度感覚機構の研究は,特殊化された感覚器を持たないこと,温度が細胞の多くの機能に非特異的に作用してしまうこと,などの理由によって,生存に必須な感覚機構の1つでありながら,解析が進んでいない。本総説では,分子レベルでの解析が比較的進んでいる,バクテリアとゾウリムシの温度感覚機構を中心に,最近の研究を紹介したい。

膜機能分子としての細胞骨格タンパク—視細胞外節膜の裏打ち構造と細胞骨格

著者: 臼倉治郎

ページ範囲:P.376 - P.380

 一般に生体膜の細胞質側表面には多くの表在性蛋白が付着し,膜の「裏打ち」と呼ばれる構造を形成している1〜4)。膜に含まれる内在性蛋白質と,その裏打ち構造とのかかわり合いは膜の総合的な機能を推測する上できわめて重要である。形態的には裏打ちの様子は細胞の種類により,また,同一細胞にあっては膜の部分によって,かなり異なる。しかし,膜の内在性蛋白とこれを裏打ちする構造との結びつきは機能的にも形態的にも不明な点が多い。興味は刺激受容部位など機能的に活発な膜部分(たとえば,神経シナプスやランビエの絞輪)とその裏打ち構造とのつながりに注がれるが3),それらの関係は明らかでない。ここでは,必ずしも表題にあった話題とはいえないが,視細胞の光受容膜に注目し,膜の細胞質側表面の構造を形態的に示したい。

解説

随意的眼球運動における黒質の役割

著者: 彦坂興秀

ページ範囲:P.381 - P.390

 大脳基底核は,運動の発現あるいは調節に重要な働きをしているといわれる3)。Parkinson病,Huntington病など,大脳基底核の機能障害に基づく神経疾患の主要な症状はakinesia,不随意運動などの運動障害である4)。無麻酔動物の単一ニューロン活動を記録する最近の研究もこの考えを支持している(文献3)参照)。サルやネコの被殻や淡蒼球のニューロンの多くが,上肢や口の運動に先行して発射活動を変化する。しかし,小脳と並んで錐体外路を構成するといわれたこの大脳基底核が,どのような機構でどのような状況で運動に関与するのか,という問いに対する十分な答はこれらの研究からは得られていないようである。大脳基底核は大脳新皮質から主な入力を受け,主な出力を運動野を含めた大脳新皮質に視床を介して送りかえす(図1参照)。では,例えば,被殻や淡蒼球で見られる運動に先行するニューロン活動は,大脳皮質運動野の運動性のニューロン活動の原因なのだろうか,結果なのだろうか。
 ところが,この大脳皮質を起点と終点とする大脳基底核のニューロン回路以外に,大脳皮質を介さないで運動として出力され得るようなニューロン結合の存在が最近明らかになった。そのひとつが黒質網様部から上丘への結合である7)

メタロチオネインの生理的意義

著者: 木村正己

ページ範囲:P.391 - P.400

 メタロチオネイン(記述中MTと略号を使用している場合もある)は分子量約6,000の低分子量蛋白質で,組成アミノ酸としてシステインを多く含有し,金属を強く結合する特性をもっている。主として,有核生物に見出されるが,小さい分子量のメタロチオネインが原核生物に存在することも確認されている。
 メタロチオネインが発見された当時は,カドミウム(Cd)結合蛋白質と考えられたが,現在では亜鉛(Zn),Cd,銅(Cu),水銀(Hg)および銀(Ag)〔右へ親和力の強い順序〕などの金属を結合することが知られている。動物をある金属に暴露させると,暴露金属のほかにZnも同時に結合したメタロチオネインが得られる。この事から,かつてはZnだけがメタロチオネインを誘導し,暴露金属が合成されたZn-チオネイン(アポメタロチオネイン)のZnを追い出して,一部結合するのかもしれないという考えもあった。しかし,現在ではこれら各金属自身にメタロチオネインを誘導する作用があると考えられている。

実験講座

コンピューター方式によるビデオ増感コントラスト顕微鏡

著者: 竹中敏文

ページ範囲:P.401 - P.404

 生物の組織や細胞の微小形態の動的変化を生きたままで追求していくことは,我々生理学を研究するものにとって1つの夢である。生きた細胞の形態的生理的変化の研究には,光学顕微鏡が主としてもちいられてきた。顕微鏡の精度も光学の発展によりどんどん良くなってきた。分解能が上がると微細構造が見えるようになるが,そこで障害につき当たった。それは,拡大して組織をみようとすると,無色透明であり,明暗の差や色の差がないため構造がよくみられないことであった。これを解決する方法として発明されたのが,位相差顕微鏡であり,微分干渉顕微鏡であった。一般に原形質の各部分は,屈折率や厚みの差があり,これを直進した波は位相の変化をうける。これらの顕微鏡は,この位相変化を光の振幅の差,すなわち明暗の差に変えたものである。これらの顕微鏡により,標本を染色することなしに,生きたまま観察することが出来るようになった。このようにして,微細構造が見えてくると,次に望むものは,少しでも微小なものをみようということである。現存する光学顕微鏡の中ではCarl ZeissのAxiomatは,こうした顕微鏡の中でも特にすぐれたものである。機械の手動部分を改良して焦点の安定性をよくするとともに,重量を非常に大きくして振動効果を減らしている。

成熟脊椎動物からの網膜神経細胞の単離と培養

著者: 立花政夫

ページ範囲:P.405 - P.411

 網膜を構成する各種神経細胞の接続関係ば電気生理学的・形態学的研究から多くの知見が集積されてきている。網膜での情報処理機構を解明するためには,さらに,個々のシナプスでの伝達機構を分析し,各神経細胞でのシナプス入力の統合機序を調べる必要がある。しかしながら,これらの問題を究明するために網膜そのままを実験に用いると多くの不都合が生じてくる。例えば,網膜にはフィードバック—シナプスの存在が示唆されており,あるシナプスでの化学伝達物質の同定を試みてその候補物質を網膜に投与しても,その物質が直接そのシナプスに作用しているのか,あるいは他の細胞を介して間接的に効果を及ぼしているのかを決定することは必ずしも容易ではない。また多くの候補物質は近隣の細胞に取り込まれてしまうらしく,そのような場合には有効濃度を推定することが難しい。特定の細胞による化学伝達物質の合成や放出を生化学的手法で調べる際には,他の細胞によるコンタミネーションを除くことはほとんど不可能である。また,細胞膜のイオン—コンダクタンス機構を調べるのに有効な膜電位固定法も,視細胞や水平細胞のように同種の細胞どうしが電気的に結合している場合には適用が非常に困難である。こういった,網膜そのままを用いた時に生じる不都合は,特定の細胞を取り出して来て調べることができれば克服することができよう。

話題

第9回「国際神経生化学会」に出席して

著者: 吉岡亨

ページ範囲:P.412 - P.415

 カナダの大平洋側最大の都市であるバンクーバー市の名門大学ブリティシュ・コロンビア大学(U.B.C)に於いて第9回国際神経化学会が開かれた。期間は7月10日から15日までで,この期間はバンクーバーを訪れるには最もよい季節であるといわれている。初日は受付だけで学術集会は11日からスタートした(図1)。
 今回はシンポジウム21,コロキウム4,ワークショップ16,スライドセッション14,ポスターセッション9という配分で,他の学術集会にくらべシンポジウム形式が重視されているように思われた。演題総数約650,参加人員はそれよりいくらか少なめの印象をうけた。またシンポジウムとポスターセッションで同一発表者が重復した話題を提供するといった場合もしばしば見受けられた。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

雑誌購入ページに移動

バックナンバー

icon up
あなたは医療従事者ですか?