icon fsr

雑誌目次

雑誌文献

生体の科学35巻2号

1984年04月発行

雑誌目次

特集 哺乳類の初期発生

特集に寄せて

著者: 舘鄰

ページ範囲:P.82 - P.82

 基礎科学の研究者の中には,本号の特集のように,ある動物群に限定したテーマによって特集を組むことに疑問を感じられる方も少なくないのではないだろうか?科学的探究の目的の一つは自然界を支配している一般的な法則を明らかにすることであるから,基礎科学の,少なくとも建前からすれば,材料に用いている動物は単なるモデルであり,目的に到達するために最も適当であるとして選択された手段に過ぎないからである。
 従って,哺乳類ととりたてて本特集の標題に冠したことについてはそれなりの説明が必要であろう。

体細胞遺伝学から発生工学へ

著者: 荻田善一 ,   東條英昭

ページ範囲:P.83 - P.89

 岡田善雄によって細胞間にみられる融合現象の頻度がHVJの存在によって高められることが発見された。その後,1960年から1967年にかけてこの現象が異種の体細胞間での細胞融合を行う雑種細胞形成法(cell hybridization)を導き,その技術が基盤となって体細胞遺伝学へと展開されてきた。ヒト体細胞と動物体細胞との融合で得られた雑種細胞を用い,生殖系を経ないでヒト染色体地図を作成することが可能となった。これは,交配実験を基盤とするメンデル遺伝学では種々の制限と制約のあったヒト遺伝学にも新しい展開の可能性をもたらすものである。ここに,個人の組織から得られた培養細胞を用いる体細胞遺伝学(Somatic cell genetics)が急速な勢いで体系化されてきた。従来の人類遺伝学から考えると画期的ともいえるこのような体細胞遺伝学の進歩発展に伴い,これまで交配実験によってきた遺伝子発現機構などに関する研究が試験管内で行えるようになった。さらに組み換えDNA実験に端を発した遺伝子工学領域における研究技術の進歩は,ヒトの特定遺伝子をプラスミドに組み込みクローニングすることによって,純粋な標品として大量に得ることができるようになった。このようにして得られたヒトの特定遺伝子をヒトあるいは動物の培養細胞に移入し,その細胞内での発現を研究することに体細胞遺伝学の研究領域が展開されてきた。

マウス初期胚の培養と顕微操作

著者: 勝木元也

ページ範囲:P.90 - P.95

 哺乳動物の初期胚を操作し,その胚を偽妊娠の里親に移植し,仔動物を得る技術が最近著しく進歩した1〜4)。この技術の進歩に伴って,いままで困難であった哺乳動物の実験発生学が可能となった。また医学や畜産学などに応用されるとともに,新たな技術の開発が行われている。この初期胚操作を可能にする要素は,大きくわけて二つある。
 第1は,初期胚を体外で培養し,胚盤胞を再び偽妊娠の里親に移植する技術である5〜7)。これによって,本来受精から誕生まで体外に出ることのない哺乳動物の発生過程を,われわれの眼前で見ることが可能となった。すなわち,操作が可能となったのである。第2は,光学系の進歩である。初期胚の大きさは直径が約100μm程度であり,核の直径はさらに小さく5〜20μmであることから,操作のためには顕微鏡の進歩が不可欠である。単に卵の構造を見ることが出来るばかりでなく,培養を続けながら操作することができなければならないから,現在ではノマルスキー干渉装置が用いられるようになった。また微小ガラスピペット作製器およびピペットを円滑に微動させる装置(マニピュレーター)の開発も,卵の大きさからくる実験の制約を克服するのに必要なことであった。

マウス初期胚における細胞表面分化とその役割

著者: 白吉安昭 ,   竹市雅俊

ページ範囲:P.96 - P.101

 胚発生において,細胞表面は多くの興味と関心を集めてきた.それは,細胞表面が環境および他の細胞との境界面に位置しており,環境との相互作用や細胞間認識の仲介となっているはずだからである.細胞表面に対する抗体が,胚発生そのものに影響を与えたり1〜3),胚の細胞分化に伴って細胞表面の物質や構造体が,質的・量的に変化を示すことなどが知られており4〜6),これらは胚発生において細胞表面が何らかの重要な役割を演じていることを示唆している。もし,細胞表面が胚発生に果たしている役割を明らかにすることができれば,胚発生のしくみを解くための1つの鍵を手に入れることにもなろう。
 哺乳類の胚は調節卵であって,割球の発生は,位置情報や他の割球との相互作用などに代表される環境要因によって調節されていると考えられている。一方,古典的な発生学の研究は,細胞質や細胞表層にある極性(不均一性)が,胚の発生と密接に関連していることを示している。これまで哺乳類の胚では,はっきりとした極性は見出されていなかったが,レクチンの細胞表面の結合部位に関する研究から,細胞表面に極性が存在していることが明らかになった7)。この極性は,発生の特定の時期に出現してくるが7),細胞表面の一種の分化としてとらえることも可能である。この極性の形成(polarization)の発見と発生工学的手法の発達によって,新しい観点からの哺乳類の胚発生の研究が可能となった。

初期胚の微細構造

著者: 竹内よし子 ,   竹内郁夫

ページ範囲:P.102 - P.108

 哺乳類初期胚の電子顕微鏡的研究は,ヒトを含む多様な動物種で行われているが,ここでは発生学研究に最も良く使われているマウス・ラット胚について,卵割期から三胚葉の分化が開始される前の卵筒期までの胚にみられる特徴的な微細構造と,その発生に伴う変化について記す。

マウス初期胚と組織適合性抗原

著者: 多屋長治 ,   森脇和郎

ページ範囲:P.109 - P.115

 哺乳類が全世界に適応放散する過程で,非常に重要な役割を果たした形質の一つに,胎性(viviparity)という生殖形態のあることは言うまでもない。胎性とは,体内受精を行う動物において胚が母体内にとどまり,母親からの栄養補給を受けながら発育する生殖様式の一つである。胚は母体の輸卵管の一部が変化して生じた子宮の壁に着床し,胎盤(placenta)を形成して母体との組織的連絡をはかり,そこで栄養の補給,老廃物の排出などを行う。胎性は様々な脊椎動物で認められるが,哺乳類において初めて,複雑で高度に発達した胎盤系を作り上げてきた。
 哺乳類が胎性という生殖様式を完成するに当たって,乗り越えなければならない重要な問題がいくつかあったと考えられる。その一つは,胎児が母親の免疫的拒絶反応からいかにして逃れるのかという問題である。実際,胎児は母親および父親由来の両方の遺伝子から構成されているので,母体にとって胎児は一種の異物(非自己)である。従って,胎児が父方の同種移植抗原(allo-transplantation antigen)を発現するならば,母体はそれを認識して,免疫反応を誘起し,胎児を傷害することになる。

マウスのT/t複合遺伝子座の分子生物学

著者: 藤本弘一

ページ範囲:P.116 - P.122

 多細胞動物の発生現象における本質的に重要な問題の一つは,遺伝情報の差次的発現と,その細胞間相互作用による調節であろう。より後期の細胞間の質的な差(cell-type specificity)は,より早い発生段階の細胞における遺伝子活性レベルのスイッチの変換により導かれ,これは時間軸に沿った細胞の質的変化(stage specificity)を伴う。この細胞分化は,個々の細胞単独におこっているのではなく,細胞間同志の近密なコミュニケーションによって進行する。初期発生において,これらの現象が遺伝子とその産物によってどのように制御されているのかは,ほとんど明らかにされていない。
 このテーマを解析する系として,マウスのT/t複合遺伝子座(complex)が注目され始めたのは1970年頃であった。以後,10年余りにわたり,遺伝学的,形態学的,血清学的,生化学的に,多面的な研究が続けられている。特に遺伝子の産物を同定する試みは,この遺伝子座を分子生物学的に解析する上で,最も重要な点の一つである。この点について,これまでの紆余曲折を考察してみたい。なおT/t complex一般については詳しい邦文総説があるので参照していただきたい1,2)

マウス初期胚の人工キメラとパターン形成機構の解析

著者: 舘鄰

ページ範囲:P.123 - P.129

 1個の受精卵が,分裂と分化を繰り返して個体としての生物のからだを作りあげて行くことは改めて言うまでもあるまい。しかし,細胞が分裂し分化するだけでは,個体は出来ない。それらが,一定のかたちを形成しなければならないが,一体,かたちを作るための情報とはどのようなものであろうか?これは発生学の最も古典的な問題の一つであるが,人工キメラ動物は,この疑問に答えるのに必要な手がかりを得るために,非常に優れた手法の一つであるように思われる。
 キメラマウスは比較的容易に個体として得られるところから,すでに多様な実験に用いられているが,上述のような可能性の追求は未だ十分に行われていない。

異種胚キメラ

著者: 舘澄江

ページ範囲:P.130 - P.135

 本来は別々の個体として発生すべき初期胚を実験的に融合させ,1個体のキメラ動物を作出する試みは,古くは1920年代にウニやイモリを用いてなされた1)。しかしながら,成体キメラとして発生させることはできず,実験系として広く用いられるには至らなかった。
 哺乳類を用いたキメラ動物作出の試みは,1946年にNicholas & Hall2)によりラットでなされたが,十分な実験的確証の得られぬまま1960年代を迎えた。1961年にTarkowski3)が,次いで1962年にはMintz4)がキメラマウス作成に成功し,現在ではわが国も含めて多くの研究室で作成され,広く解析がなされている。

哺乳類初期胚の放射線生物学

著者: 土門正治

ページ範囲:P.136 - P.139

 国際連合原子力放射線の影響に関する科学委員会の1977年の報告書は,核爆発からのフォールアウト,放射性物質を用いた商品,医療放射線,原子力発電による環境および職業的被曝などから予測される低線量の放射線被曝の影響として,放射線の発癌作用,胎児期に及ぼす放射線の影響,放射線の遺伝的影響の三つを分類している1)。母体の被曝による,出生児の奇形誘発および悪性腫瘍誘発の感受性が高いことを結論する疫学的研究により,社会的関心が胎児被曝の問題に集められている。哺乳動物による実験研究のテーマは,胎児被曝による障害発生の危険度推定に必要なデータを提供することである。
 哺乳類,とくにマウスによる実験研究により,母体の子宮壁に着床する以前の初期胚,着床後の胚の器官形成期および胎仔の成長期に対する放射線影響として,それぞれ着床前後の胚致死,諸器官の奇形誘発および新生仔の死亡効果が報告されている。これらの効果は細胞致死効果に起因する。生き残った細胞が対象となる発癌,遺伝的障害については,胎仔被曝の実験研究は少ない。また,ヒトの胎児被曝の危険度推定に寄与する線量効果関係の洞察に基づいた定量的研究が少ないことを国連科学委員会は指摘している。

解説

生体高分子の分子構造(2)

著者: 長野晃三

ページ範囲:P.140 - P.148

 Ⅳ.核酸の分子構造と生命の進化
 核酸は五炭糖の一種であるリボースと燐酸が重合して主鎖を形成しており,親水性で酸性が強い。即ち電気的に陰性で相互に反発するので主鎖同志が直接結合することはない。図14はその主鎖を示しているが,リボースの2′位のOH基がある場合にはリボ核酸(RNA),2′位がH原子のみの場合にはデオキシリボ核酸(DNA)と呼ばれている。1′位に結合したBaseと書いてある側鎖に相当する部分は塩基性芳香環で,DNAの場合にはアデニンA,グアニンG,シトシンC,チミンTの4種類だけになり,RNAの場合にはチミンのメチル基が失われたユリジンUが現われる。アミノ酸転位RNA(tRNA)や蛋白質合成糸であるリボソームのRNA(rRNAと略記することもある)ではチミンの他にも多種類の修飾塩基が現われることがあり,リボース環までがメチル化されることがある。そのような修飾の意義は明らかではないが,何らかの構造上の制約が必要なのであろう。DNAの4種類の塩基については図15(a),(b)に示されるWatson-Crick型の塩基対形成が可能であることが良く知られている26)。(a)のGC塩基対と(b)のAT塩基対では水素結合の数が異なるので,GC塩基対の方がAT塩基対よりも安定化に寄与するところが大きいと思われる。

実験講座

脱包埋切片による細胞形態の観察法

著者: 近藤尚武

ページ範囲:P.149 - P.154

 形態学の発展は観察方法の開発改善に大きく左右されてきた。そのことは光学顕微鏡,そして電子顕微鏡の発達により観察しうる対象が変貌し,情報量の著しい増大となった事実で明白である。その電子顕微鏡が実用化されて30有余年,その前半は信頼のおける安定した観察技法の開発の時期であった。固定剤や包埋剤の開発,切片作製法の工夫・改良がなされて,1960年代後半には切片による透過電顕的観察法は安定期を迎えた7)。その完成された方法とは,化学固定された試料をエポキシ樹脂に包埋し,薄切後にアルカリ性重金属塩でいわゆる電子染色を施して鏡検するというものである。そして像としてのコントラストは,主に試料に含まれた固定剤のオスミウムと染色に使用されたウランと鉛との電子散乱能に依存しているのである。ところが,鏡検時に切片のないグリッド部と切片部との明るさの相違から明らかなごとく,包埋剤のエポキシ樹脂自身もかなりの電子散乱能をもっているのである。この事実から,もし試料中に包埋樹脂と同じ電子散乱能をもつ物質で出来た構造が存在し,それが電子染色されにくいものであるなら,その構造物は明瞭な形として確認され難いことになるであろう。そして,それらは従来の電顕観察の対象から除外されていた可能性が考えられる。ここに,無包埋状態での電顕観察の必要性が出てくるわけである。
 最近,無包埋状態の観察のためにいくつかの方法が考案された。

話題

Harry Grundfest教授を偲ぶ

著者: 杉晴夫

ページ範囲:P.155 - P.158

 米国コロンビア大学名誉教授Harry Grundfestは1983年10月10日朝,ニューヨークのSt.Lukes Hospitalで心臓発作のため79歳の生涯を閉じられた。Grundfest教授は1904年ロシアのミンスクに生まれ1913年米国に移住し,コロンビア大学を卒業して1930年にPh.D.の学位を得たのち,1935年にRockefeller InstituteにおいてGasserらとともに神経軸索の直径と興奮伝導速度との間の関係の研究をはじめとする神経生理学の創始者の一人として研究活動を開始した。コロンビア大学新聞の追悼記事にも,彼が神経生理学の分野で最初にoscilloscopeを用いた一人であることが特筆されている(図1)。1945年以降はコロンビア大学において1972年にretireするまで多くの研究者とともに神経,シナプス,興奮収縮連関の各分野にまたがる広汎かつ生産的な研究活動を行った。Grundfest教授の研究室で1〜2年間仕事をした外国からの研究者は日本人が群を抜いて多く20人に及んでいる。これはGrundfest教授が我が国の研究者の能力を非常に高く評価していたことにもよるが,このように空前絶後ともいえる多数の日本人研究者の留学を可能としたのは,彼が多額の研究費を多年にわたって獲得し続け,これを背景として研究室のメンバーに自由に研究課題を選んで仕事をする自由を与えたことによるものであろう。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

雑誌購入ページに移動

バックナンバー

icon up
あなたは医療従事者ですか?