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特集 神経科学の仮説
仮説のすすめ
著者: 村上陽一郎1
所属機関: 1東京大学教養学部科学史
ページ範囲:P.162 - P.166
文献購入ページに移動科学一般のなかで,"仮説"と聞くと誰でも思い出すのはニュートンの言葉だろう。"我は仮説を造らず"(hypotheses non fingo)という言葉は,科学が経験主義の上に立っていることの厳然たる表明であり,経験的科学のマニフェストとして永らく語りつがれてきた。
しかし,多少歴史的な事情に立ち入ってみると,実はニュートンのあの言葉は,どうも必ずしも額面通りではないらしい,ということがわかってくる。そもそも,この言明が掲載されている『自然哲学の数学的原理』(Principia mathematica philosophiae naturalis)のなかには,実に数多くの仮説が使われているのだ。ニュートンは,「我は仮説を造らず」の言明の箇処で,「現象から導き出すことのできないもの」と定義した上で,それは「実験哲学においては所を得ることができない」と宣言する。しかし,例えば,この書物の中で提案されている有名な一つの概念,すなわち絶対時間(絶対空間)を取り上げてみよう。彼はその定義として,外の世界に全く関わりなく,一様に一方向に流れる時間という概念規定を与えている。これは何としたことか。
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