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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学35巻4号

1984年08月発行

雑誌目次

特集 ゲノムの構造

ゲノム概念の発展史

著者: 長野敬

ページ範囲:P.246 - P.249

 I.はじめに—ゲノムと雑種
 ゲノム(genome)とはどう定義されるものだろうか。「半数性の細胞(前核細胞も含む)がもつすべての染色体遺伝子の総和,あるいは前核細胞中の染色体の半数のセット」1),つまり倍数体の細胞の染色体数を2nで示すとすれば,n本(半数)の染色体中にある遺伝子の総和がゲノムである。このような意味でのゲノム概念を定着させたのは,ドイツの植物学者Hans Winkler(1877-1945)であった。彼はトマト(Lycopersicum esculentum)とイヌホオズキ(Solanum nigrum)の接木雑種(1907)で有名であり,キメラ(chimaera)の語をいまのような意味で使い始めたのも彼であった。この実験の延長として,両植物の中間の染色体数をもつ個体も作りだして(1912),これをSolunum darwinianusと名づけた。これは属間雑種の例である。トマトとイヌホオズキはそれぞれ2nが24と72であるのに対して,新植物(ダーウィンホオズキとでも呼ぶか?)は2nが48本であった。この個体は受精を経たものでなく,接木という手段で得られた半天然・半人工の細胞融合の結果である。これが存続できるのは,トマトとイヌホオズキのゲノム(n=12と36)がそれぞれ生存に必要なひと揃いの遺伝子を全部含んでいて,しかも両者が不和合を生じない程度に近縁だったからである。

H-ATPase遺伝子の構造

著者: 能見貴人 ,   金沢浩 ,   二井将光

ページ範囲:P.250 - P.254

 生細胞において大部分のATPは酸化的リン酸化または光リン酸化によって合成されている。リン酸化反応を触媒する酵素はH-ATPaseと呼ばれ,ミトコンドリア内膜,細菌細胞膜,葉緑体チラコイド膜などに普遍的に存在している。いずれの場合も電子伝達鎖によって膜内外に形成されるHの電気化学的ポテンシャル差と共役してATP合成を行っている。H-ATPaseは膜表在性のF1と膜内在性のF0から成り,それぞれα,β,γ,δ,εおよびa,b,c(大腸菌の場合)のサブユニットから構成される複雑な膜蛋白質である。1960年に初めてF1がウシ心筋ミトコンドリアから精製され,以来ATP合成反応を担う実体としてF1F0が明らかになってきた1)。現在ではH-ATPaseの分子レベルでの反応機構,すなわちHの輸送に共役したADPのリン酸化をアミノ酸残基のレベルで理解する方向に研究が進められている。このような研究のためH-ATPaseに関する基本的な情報として分子量約50万という本酵素の全一次構造の決定は不可欠であった。以上のような観点から筆者らは本酵素の遺伝子の全塩基配列を決定した。その結果,各サブユニットの一次構造が明らかになり,構造遺伝子の配列が確定した。また遺伝子の発現に関しても新しい知見が得られた。本稿ではこのように遺伝子の側からF1F0について得られた知見をまとめる。

真核生物ゲノムの構造的特徴—そのアウトライン

著者: 名取俊二

ページ範囲:P.255 - P.257

 真核生物(eukaryotes)というのは,原核生物(prokaryotes)と対をなす言葉で,核を持った単細胞あるいは多細胞生物の一般名称である。原核生物の代表的なものに細菌がある。真核生物を構成する細胞を真核細胞と言うが,真核細胞は大腸菌のような原核細胞と比較すると,いろいろな特徴が指摘できる。
 真核生物も原核生物も,その祖先は今から30〜35億年前に地上に出現したと考えられる原始細胞である。この原始細胞が進化していろいろな生物種が出現する過程は系統樹としてまとめられているが,原始細胞には当然,核のようなオルガネラは存在しなかった。一番簡単な真核細胞が出現したのは,今から9億年前と言われている。

α-アミラーゼ遺伝子の構造—臓器特異性を中心に

著者: 中村祐輔 ,   松原謙一

ページ範囲:P.258 - P.263

 α-アミラーゼは炭水化物のα-1,4グリコシド結合を水解する代表的な消化酵素の一つであり,ヒトでは膵臓と唾液腺において,ラット・マウスではこれらの他に肝臓においても産生されている。このα-アミラーゼはLDH・ピルビン酸キナーゼ・アルドラーゼなどと同じくアイソザイムの一種である。アイソザイムの定義は様様であるが,狭義には同一基質に対して同一の触媒作用を有している酵素でありながら,遺伝子支配の異なるものが2種以上あるものとされている。分子遺伝学的にこれらアイソザイムが注目されているのは,臓器間の構造の差やそれに伴う発現の特異性を調べることが,真核生物における遺伝子の発現機構を解明する重要な手がかりになると考えられているからである。これらアイソザイムのうち,最も早くから研究が開始され,最も研究の進んでいるのがα-アミラーゼである。1977年に,MacDonald1)らがイヌの膵のα-アミラーゼmRNAを精製して以来,ラット2)・マウス3)・ヒト4)と次々にmRNAの一次構造が明らかにされ,臓器間の差も明らかにされつつある。ヒトでは臓器間の特異性のほかに,癌──特に肺癌や卵巣癌──の一部にα-アミラーゼを異所性に産生するものが報告され5〜7),腫瘍マーカーとして注目されている。筆者らは単に臓器特異性のみならず,癌化に伴う遺伝子の活性化という点にも興味をもち研究を進めてきた。

リボゾーム遺伝子の構造

著者: 木南凌 ,   村松正実

ページ範囲:P.264 - P.268

 細胞内の小器官であるリボゾームは,種々の蛋白質とRNAにより構成されている。核中のDNAにコードされている遺伝子の情報はmRNAとして転写されるが,リボゾームではそれがさらに蛋白質へと翻訳される。リボゾームは大小のサブユニットから成り,大サブユニットには28S,5.8Sおよび5S RNAと50余の蛋白質が含まれ,小サブユニットには18SRNAと30余の蛋白質が含まれている。これらの構成成分を担う遺伝子は沢山のそれらから成る。1群はリボゾームRNAの遺伝子,2群はリボゾーム蛋白質をコードする遺伝子群,3群は5SRNA遺伝子である。単にリボゾーム遺伝子(rDNA)と書くと,リボゾームRNA遺伝子を指すが,それは上記の遺伝子の中でとりわけリボゾームRNA遺伝子が古くから分子生物学的手法により研究され,また実りある結果が得られていたからである。この遺伝子は,人間では半数体当たり約200コピー存在し,5本の染色体に存在している1)。この遺伝子が転写されている時は核小体として顕微鏡下で観察され,RNAポリメラーゼⅠが関与している2)。一方,リボゾーム蛋白質,5S RNA遺伝子は核小体外核に存在し,関与するポリメラーゼもそれぞれⅡ,Ⅲである。このようにリボゾームを形成するには,沢山の複雑な遺伝子の協調された発現が必要と考えられるが,この調節機構の研究が今後の重要な課題として残っている。

ミトコンドリア遺伝子の構造

著者: 平良真規 ,   小池克郎

ページ範囲:P.269 - P.277

 ミトコンドリアは真核生物の細胞質に存在する細胞小器官で,クエン酸回路,電子伝達系,酸化的リン酸化や脂肪酸のβ-酸化などを行い,細胞内におけるエネルギー代謝の中心的存在である。また,ミトコンドリアは核DNAとは異なる独自のDNAをもち,半独立の増殖系となっている。通常,ミトコンドリアDNA(mtDNA)は2本鎖の環状分子で,そのサイズは高等動物では約16kb(キロ塩基対)であるが,酵母(Saccharomyces cerevisiae)で76kb,アカパンカビ(Neurospora crassa)では61kbと大きく,また植物では種による違いが著しくて,エンドウマメの96kbや,大きいものではマスクメロンの2,400kbなどがある1)
 mtDNAのサイズは生物によって様々であるが,そこにコードされている遺伝子は共通のものが多い。哺乳動物の場合,大小1組のrRNA遺伝子と22種のtRNA遺伝子,チトクロームc酸化酵素のサブユニットⅠ,Ⅱ,Ⅲやアポチトクロームb,ATPaseのサブユニット6などの遺伝子が存在しているが,それらはこれまで調べられたどの生物のmtDNAにも存在しているようである。それに対し,酵母ではATPaseのサブユニット9が,またトウモロコシではATPaseのサブユニットαがmtDNAにコードされており2),それぞれを特徴づけている。

反復配列DNAの構造

著者: 榊佳之

ページ範囲:P.278 - P.282

 ゲノム,即ち生物が増殖し,子孫を生み出し,種を維持するために必要な遺伝情報のセットは最小のウイルスでは数千塩基対(bp)程度であるが,ヒトでは約30億bp,両生類の特殊なものではヒトの更に10倍にも及んでいる。このような莫大な塩基配列の中には多種多様の構造遺伝子,それらの発現を適切にコントロールする調節遺伝子(または調節配列),ゲノムの複製や分配に関与するシグナルなどの様々な機能情報が刻み込まれている。一方,ゲノムの塩基配列全体を機能的な意義付けとは別にながめて見ると,そこには何度もくり返し出現する反復配列と呼ばれる特色的な集団の存在が明らかとなった。この反復配列は複雑なゲノムが成立してきた過程を知るための一つの重要な鍵であり,またゲノム全体を取り仕切る調節機構との関連からも興味深い研究対象となりつつある。ここでは誌面の制約もあるのでヒトゲノムの反復配列の構造と構成を中心に話を進めたい。

偽遺伝子の構造

著者: 瀧原義宏 ,   服巻保幸

ページ範囲:P.283 - P.287

 偽遺伝子は機能をもった遺伝子とよく似た構造をもちながら,活性のある産物を作ることのできない遺伝子と定義され,最初アフリカツメガエルの卵母細胞中に発現される5S RNAの遺伝子の中に見出された1)。その後,このようなRNAの遺伝子についてだけではなく,蛋白質をコードする遺伝子についても偽遺伝子が続々と報告され,現在までに40種以上にも及んでいる2)。偽遺伝子はその構造から推測される生成機構によって大きく二つに分類することができる。一つは機能遺伝子から遺伝子重複によって生じ,進化の過程で偽遺伝子となったものである。もう一つは加工された偽遺伝子(processedpseudogene)と呼ばれるものである。加工された偽遺伝子においては,介在配列(イントロン)が正確にぬけ落ちており,あたかも成熟したメッセンジャー RNA(mRNA)が逆転写されてできたような構造をもつ。本稿では,この2種類に大きく分類される偽遺伝子について,その構造とそれから推測される形成機構について述べ,その機能についても若干考えてみたい。

がん遺伝子の構造

著者: 豊島久真男 ,   山本雅

ページ範囲:P.288 - P.294

 がん遺伝子の定義として,「特定の蛋白質をコードし,その蛋白質は細胞の発がんのみでなく,がんとしての性質の維持にも働いているもの」とした1)。この定義に従えば,急性発がん性のレトロウイルスで見出されて来たがん遺伝子は,そのカテゴリーに入る。しかし,同じレトロウイルスのLTR(long terminal repeat)はプロモーターやエンハンサーを含み,細胞をがん化することもあるが,そのがん化は自らの遺伝子産物によっておこるのではなく,細胞の特定の遺伝子の活性化によると考えられるため,これはがん遺伝子には分類しない。ところで,上記レトロウイルスのがん遺伝子は,正常細胞に感染したとき,直ちに細胞をがん化へ導くし,また,その遺伝情報の発現を止めたとき—例えば,がん遺伝子の温度感受性変異株で,細胞培養温度を非許容温度に上昇させたとき—細胞は正常状態に戻る。従って,これははじめの定義によく合致する。しかし,レトロウイルスで発見されたがん遺伝子に対応する細胞の遺伝子は,そのままでは細胞をがん化する能力はもっていない。これは一応細胞がん遺伝子(c-onc)と呼ばれ,先のウイルスがん遺伝子(v-onc)と区別されているが,さらにそのものには発がん性はないが,発がん性をもつ潜在能力のある遺伝子という意味でプロトオンコジン(proto-onc)とも呼ばれている2)

実験講座

ムスカリン性アセチルコリン受容体のアフィニティークロマトグラフィー

著者: 芳賀和子 ,   芳賀達也

ページ範囲:P.296 - P.303

 ホルモンまたは神経伝達物質の受容体の量は一般に少なく,標識リガンドを用いた結合実験の示すところによれば,0.1〜1pmol/mg膜蛋白質の程度である。受容体の分子量は5万から25万の間にあるが,10万と仮定すると10〜100μg受容体/g蛋白質となり,1万倍から10万倍の精製により,単離される。1mgの受容体を得るためには,回収率100%と仮定して10〜100gの膜蛋白質,すなわち100〜1000gの組織が必要ということになる。高い精製倍率が要求されるに従い必要なステップは増えるので,実際の回収率はずっと減少する。また可溶化や精製中の失活の可能性が多いことを考えると,この10倍程度の組織量が必要となる。ごく大雑把にいうと,10kgの組織から1mgのものを分け取るということになる。
 そこで非常に特異的な精製方法が不可欠といえる。現在二つの方法が可能である。一つはホルモンまたは伝達物質との結合部位の特異性を利用するもので,その部位に親和性の高い化合物をリガンドとしたアフィニティークロマトグラフィーを使う方法である。他の方法は抗体の特異性を利用するものである。モノクローナル抗体を調整する方法を使えば,未精製標品を抗原として特異的抗体を得て,抗体をリガンドとしてアフィニティークロマトグラフィーで受容体を精製することが原理的には可能である。

コバルト—リジン複合体による細胞染色

著者: 松本修文

ページ範囲:P.304 - P.308

 I.コバルト—リジン複合体の開発とその意義
 塩化コバルトCoCl2による細胞染色の方法がPitmanら1)によって発表されたのは1972年のことであった。この方法は主として無脊椎動物に適用されてきたが,Székelyのグループは脊椎動物の神経系に細胞外注入法を適用して,いくつかの成果を得てきた2〜4)。しかしながら,CoCl2の軸索内輸送はせいぜい6〜10mmで,しかも電顕的には重大な欠陥があることが指摘されている。また,細胞内注入の適用については,電極抵抗が高すぎるため,先端を太くしても細胞内記録の可能な無脊椎動物の大きな細胞に限られていた。CoCl2法のこのような欠点が指摘される中で,HRP法が急速に広まり,この方法は脊椎動物の中枢神経系の研究の中では,ほとんどかえり見られない状態であった。
 Gallyasら5)は,CoCl2法における2価のコバルトイオンに毒性があるため,長距離の輸送を困難にしているのではないかと考え,Co2+の複合化合物としてCo2+-lysine(cobaltous lysine)複合体を開発した。そして,Lázár6)はこの複合体をカエルの網膜—視蓋投射に適用して輸送距離をのばすことに成功した。その後Görcsら7)は3価のコバルトの複合化合物,Co3+-lysine(cobalticlysine)複合体を開発して,Co2+-lysineよりもはるかに長い輸送距離を実現した。

話題

「後ブドウ膜腔」は存在するかD. E. Kelly教授の問題提起

著者: 外崎昭

ページ範囲:P.309 - P.311

 §1.少し長いプロローグ
 去る4月3日から5日まで,第89回日本解剖学会が東北大学教養部を会場として開かれた。4日午後の川内記念講堂における全体会では,森 富教授(東北大学)の会頭講演「胸腺で何が起こっているのか」,D. E. Kelly教授(南カリフォルニア大学)の特別講演「New finestructural evidence concerning ocular compartmentation and outflow(眼の空間区分と通液路に関する新しい構造的証拠)」,そして山田致知教授(金沢大学)の特別講演「脊髄神経における分節系列の考察──外側皮枝を中心に」が行われた。森,山田両教授の講演については他に紹介される機会が多いであろう。ここではKelly教授の提起された問題を,私見をまじえながら紹介したいと思う。
 Kelly教授は1932年生まれの51歳。1966年京都国際会議場のコケラ落としとなった第6回国際電子顕微鏡学会議に参加するため,州立ワシントン大学(シアトル)準教授在任当時に初来日して以来,これが2度目の来日であった。日本学術振興会外国人招聘研究者として,Kelly教授の古い友人である山本敏行教授(東北大学),浜清教授(国立生理学研究所),永野俊雄教授(千葉大学)らの招きに応じたものであった。

世界の研究施設

オックスフォード大学だより

著者: 吉崎和男

ページ範囲:P.312 - P.315

 今回,1983年7月から1984年4月まで英国オックスフォード大学へ日本学術振興会の特定国派遣事業の援助を受け留学し,NMRによる研究を行う機会を得た。そこでの見聞や,英国での基礎医学の研究などについて,報告する。

コミニケーション

脳内モノアミンと微小炭素電極によるin vivo voltammetry

著者: 加藤武

ページ範囲:P.316 - P.317

 最近,筆者らの神経科学の分野において,多くのトピックスの中で,小さな台風の目として見られている方法が微小電極を用いたin vivo voltammetryによる脳内酸化還元物質の連続測定法である。
 その歴史を振り返ってみると,1971年に体内の酸素圧を測定したことが基礎となり,1973年Kissinger,Hart & Adamsが麻酔したラット脳内の酸化還元物質(主にアスコルビン酸)を連続的に測定する方法を発表し,脳内モノアミン類の測定に役立つであろうと述べた1)。彼らが予期したごとく,数年後このin vivo voltammetryにより脳脊髄液中のドーパミン代謝物をモニターしたとの報告がなされた2)。1980年の前後になり,ドーパミンとセロトニンを別々に測定できる電極(検出器)が開発され3),微小炭素電極を用いたin vivo voltammetryの幕開けとなり,選択性の高い電極が世界の各地で開発されている。図1は筆者らが最近作製した電極を用いて試験管内でドーパミンとセロトニンのそれぞれの代謝物であるジヒドロキシフェニル酢酸(DOPAC)と5-ヒドロキシインドール酢酸(5-HIAA)をdifferential pulse voltammetryによって測定したものである。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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