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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学35巻5号

1984年10月発行

雑誌目次

特集 中枢神経系の再構築

中枢神経系の移植と再生をめぐって

著者: 伊藤正男

ページ範囲:P.320 - P.321

 生物科学にはまたまだ多くの未知の可能性が秘められている。また,従来の考えを大幅に変更しなければならないような思いがけない発見の機会が多数かくされている。中枢神経系を培養系の中で人工的に構築したり,あるいは移植したりすることを考えることは,SF的な興味こそあれ,まず不可能であり,またたとえある程度出来たとしても,中枢神経系の高度に特異的な構造から見てあまり意味のある結果を得ることは出来ないだろうというのがこれまでの大方の見方であった。その意味で,最近のこの分野の発展には従来の常識を破るところがあり,生物体のもつ測り知れない可能性を改めて実感させるものがある。

時計細胞の移植

著者: 川村浩 ,   二本松伊都子 ,   佐脇敬子

ページ範囲:P.322 - P.329

 わが国においては脳の組織を他の個体の脳に移植した経験は比較的新しいものと考えられる。筆者らは一昨年10月ごろより,全く独自にラットにおける視交叉上核の移植実験を試みた。あらかじめ視交叉上核を両側とも通電破壊して,車まわし運動で観察したサーカディアンリズムが消失したラットの第三脳室に出生翌日(いわゆるday 1)のラット新生児脳の視交叉上核を移植して,大体1か月後ぐらいから再び車まわし運動にサーカディアンリズムが現われることを観察した1,2)
 この成績は1983年8月30日にオーストラリアのシドニーで開かれた国際生理学会で筆者らの一人である川村が座長として組織した「サーカディアンリズムのペースメーカー──その中枢神経機構」と題するシンポジウムで発表されたが,その際の反響から,多分哺乳類体内時計移植の最初の成功例と考えてもよいと思われるので,本稿でその方法や成績についてやや詳しく記述することにしたい。

神経内分泌調節と脳移植

著者: 新井康允 ,   松本明 ,   小山内実

ページ範囲:P.330 - P.337

 胎生期や新生期のラットやマウスの脳組織を脳内に移植することが可能になり,脳移植の脳機能に与える影響がいろいろなパラメーターを用いて研究されるようになって来た。脳組織は血液脳関門によって保護され,脳脊髄液に浸っている特殊な環境にあるので,移植が難しいとされていた。しかし,新生ラットの視床下部1)や扁桃体組織を腎皮膜下に移植した場合,かなりの数のニューロンが生き残ることが判明し,血液脳関門外でも中枢神経系のニューロンが生存可能であることがわかった。一方,移植環境としての脳は他の組織と比較して,むしろ良い方である。血液脳関門がある程度移植組織と免疫系を隔離する役割をはたすし,脳脊髄液も組織培養における培養液のような働きをしていると考えられている。したがって,脳組織の脳内移植はむしろめぐまれた状況にあるわけである。
 神経内分泌学の展開の歴史を辿ってみると,卵巣2,3)や甲状腺4)や下垂体5)のような内分泌器官の組織の脳内移植の実験がかなり古くから行われ,それぞれ神経内分泌調節機序の解析に大いに役立って来ている。卵巣と甲状腺の場合は,性ホルモンや甲状腺ホルモンの脳に対するフィードバック機構の解明に貢献したし,下重体の脳内移植の場合は,下垂体前葉ホルモンの放出を調節する脳ホルモンの存在の一つの証明として意義あるものであった。

小脳への神経組織の移植

著者: 川村光毅 ,   鈴木満 ,   谷口和美 ,   二宮修也

ページ範囲:P.338 - P.347

 中枢神経系内へ神経組織を移植したとき,それが生着し,脳や脊髄内に再生機序が起こり,かつ機能的にも修復がみられるかという問題は,少なくとも哺乳類に関しては,研究の中心課題ではなかったように思われる。脊椎動物全般の再生の問題に関しては,Clemente7)の総説をみられたい。
 筆者らはネコやマウスを用いて,主として橋核小脳路18)やオリーブ小脳路17)の投射様式および構成について研究してきた。下オリーブ核から小脳皮質への投射にはネコ6,17)においてもマウス2),ラット13)においても精密な局在関係が存在している。また,前庭神経核や前庭神経節からの小脳投射は,完成した脳における構成をみる限り,原始小脳と呼ばれる古い小脳皮質の領域に大部分が投射している。このような投射パターンの構成はどのようにして形成されていくのであろうか。小脳求心線維の終末と標的細胞の関連の問題をどのように追求できるか。これらの点を考えてゆくうち,筆者らの関心は発生学的なものに近づいていった。昨年(1983年)末に,筆者らの一人(川村)は日本学術振興会の援助(特定国派遣事業補助金)を得てロンドンの国立医学研究所に十週間滞在し,Raisman博士らと共にラットの前庭神経節を小脳皮質の第X小葉に移植する実験を行った。

小脳出力線維の再生

著者: 川口三郎

ページ範囲:P.348 - P.355

 嗅上皮にある嗅細胞は神経細胞であるが,例外的に成熟した動物においても分裂して再生する1)。小脳組織でも発生段階で神経細胞が分裂増殖する時期にはX線照射によって一部の神経細胞を死滅させても,失われた細胞は残りの細胞の分裂増殖によって補充されるという2)。こうした例外を除けば,死滅した神経細胞が残余の神経細胞の分裂によって補充されることはない。一方,脳の一部を取って別の個体の脳に移植すれば,移植片は必ずしも変性に陥るわけではなく,場合によっては宿主の脳の中で生長する。たとえば,ラットの胎児から未分化な小脳を取り出し,幼弱ラットの大脳皮質に移植すると,移植片は宿主の大脳皮質の中で分化を進め,部分的には正常な小脳皮質の構造をとるようになる3)。したがって,脳損傷や老化に伴って死滅した神経細胞をこのような移植によって補充することができるようになるという可能性も全く無いとは言えないであろう。実際,老齢ラットの線条体に移植されたラット胎児の黒質は宿主の線条体と神経結合をつくり,それは機能的にも活動性を示すことが示唆されている4)
 哺乳動物の中枢神経系で神経細胞の一部分である軸索が切断された場合,その軸索は再生するであろうか。

網膜の再構築

著者: 藤沢肇

ページ範囲:P.356 - P.364

 組織や器官を形作っている細胞をばらばらに単離したのちに再構築させようとする試みは,このような解析を通して細胞による高次構造の形成のしくみを明らかにしようとする発生生物学的な発想に基づいて行われてきている。単離した細胞を再集合させることにより,もとの構造が再構築されることを最初に示したのはTownesとHoltfreter1)である。彼らはイモリの初期胚の内・中・外胚葉を構成している細胞を別々に単離したのちに混ぜ合わせて培養すると,最初は無差別に混り合っていたこれらの細胞が次第に分離し,ついには外胚葉細胞が外側に,内胚葉細胞が内側に位置し,これら2つの細胞群の間を中胚葉細胞がうめ,イモリ初期胚の基本的な立体構造が再構築されることを見出した。この実験以降,さまざまな組織,器官を対象にして再構築の実験が行われ,生物体が示す複雑な立体構造の形成(これを一般に形態形成morphogenesisと呼んでいる)が細胞同志の集合能や細胞選別能(cell sorting ability)に基づいておこることが明らかにされてきている。
 一方,組織や器官の再構築の問題は傷害をうけた後の修復や,欠損した組織の補充あるいは機能回復など現実的,医学的な観点から最近注目をあびてきている。発生生物学的な発想によっておし進められてきた組織・器官の再構築の研究がそのまま医学的要請に応えられるような現状ではないが,今後ますますその重要性が増加するものと思われる。

解説

精子の運動開始

著者: 森沢正昭

ページ範囲:P.366 - P.376

 魚やウニなどの精液を精巣や輸精管から採取し,そのままスライドグラスにのせて顕微鏡で観察すると,精子は全く動いていない。このことから精子は雄の体内では運動を停止していると考えられる。魚,ウニなど体外受精を行う種では,精液が海水や淡水に放精され,哺乳動物など体内受精を行うものでは雌の生殖道に放出されると,何億という精子が一瞬に,しかもいっせいに運動を開始し,卵に向かって泳ぎだす。この精子の運動開始はまさに劇的である。顕微鏡下にこの変化をみるとき,科学者でなくとも好奇心の旺盛な人なら,このような静から動への変化がなぜおこるのだろうかと思うにちがいない。また,精子の運動開始の研究は未開拓な分野でもあり,この機構の解明は細胞運動の研究にたずさわる人々にとって興味ひかれる問題である。
 ここでは筆者らがこの数年とり組んできて,最も詳細な研究が進んでいる魚類を中心として,精子運動開始機構について述べる。

実験講座

電気的刺激による細胞融合法

著者: 岡田泰伸 ,   少作隆子

ページ範囲:P.378 - P.383

 細胞融合法は遺伝子工学,細胞工学の分野で大きな威力を発揮していることは一般にも広く知られている。このような操作技術としての華やかさの陰にかくれて,生体内においても自発的に細胞融合が発生している事実およびその重要性は見逃されがちである。筋肉や胎盤上皮の合胞体細胞の形成,破骨細胞や線維芽細胞などにおける多核細胞の形成,腫瘍細胞と宿主細胞の融合などのように細胞融合は生理的あるいは病理的条件下において見られる生体内現象である。また,この基礎過程としての膜融合は,分泌・エンドサイトシス・受精や,ウイルスによる細胞感染などの生理的および病理的現象に根底から関わっている。従って,細胞融合・膜融合現象の素過程の解明は,より簡便かつ高収率の細胞融合法の開発に劣らず重要である。
 最近,密着させた細胞間にパルス通電を行うことにより細胞融合が発生することが見出された。この電気的融合法は,新しい細胞融合技術としてのみならず,融合メカニズムの解明にも新しい手がかりを与えてくれるものとして注目されている。細胞外からのパルス通電による細胞融合を報告した最初の論文は,干田貢らによって著わされた1)。2本の微小ガラス管電極によって2個のプロトプラストを密着させた上で,これらを通じて細胞外より高電流パルスを与えることによって融合が実現された。

話題

まだ広がるアラキドン酸カスケード

著者: 清水孝雄

ページ範囲:P.384 - P.389

 ノーベル医学生理学賞はカロリンスカ研究所内の選考委員会(委員長P. Reichard教授)で決定される。1982年10月11日の発表会場は世界各国からの報道人と多数の研究所員でうめつくされていた。毎年,この日が近づくと,研究所内では種々の噂や予想がとびかう。実際,この年は半数以上の人が「プロスタグランジン研究」を候補にあげ,この他モノクローナル抗体法,リポ蛋白代謝,抗体遺伝子,B. MaClintock女史(1983年受賞者),Caの機能,ヘムと酸素等々の分野での「候補者」が人人の話題にのぼっていた。選考委員長がBergström,Samuelsson,Vaneの三博士の名前を呼び上げたとき,会場から大きな歓声が上がった。日頃身内に厳しいスウェーデン人たちもこの受賞には大きな拍手を送った。
 筆者はたまたま1982年4月より2年間カロリンスカ研究所の化学教室に在籍し,Samuelsson教授の指導をうけ,また市庁舎での有名な「ノーベル晩餐会」をはじめとするいくつかの行事に出席する幸運をえた。本稿ではこの教室で見聞きしたことを中心に,アラキドン酸カスケードの研究の発展の歴史と今後の展望などについて書きまとめたい。研究室の具体的な紹介と筆者のスウェーデン印象記は先に拙著1)で書き述べた。

ソ連・米国国際パブロフ会議印象記—松本名誉教授および大村教授へAnokhin賞

著者: 小野武年

ページ範囲:P.390 - P.393

 本年6月27日から29日まで,ソ連・米国国際パブロフ会議(P. K. Anokhin記念)がモスクワのコスモスホテルで開かれた。会長はK. V. Sudakov教授(I. M. Sechenov第1モスクワ医学研究所教授兼P. K. Anokhin生理学研究所所長)で,ソ連保健省,科学アカデミー,医学アカデミーなどの合同主催であった。参加者はソ連内の8共和国から約700名,米国,イギリス,フランス,東ドイツ,ハンガリーをはじめとする西欧および東欧の21力国からは約100名で,総数800名を越えていた。日本からは松本淳治名誉教授(徳島大学),大村 裕教授(九州大学),森 昭胤教授(岡山大学)ほか11名が参加した。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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