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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学36巻1号

1985年02月発行

雑誌目次

特集 Transmembrane Control

Transmembrane Controlとは何か

著者: 石川春律

ページ範囲:P.2 - P.3

 細胞は外部から多種多様な刺激ないし情報を受け取り,それに反応している,細胞を外界から境する細胞膜(形質膜)は物理的・化学的情報の受容の場である。情報によっては膜を素通りして,細胞内部で直接効果を表わすが,膜を通過せず,したがって,膜に働きかけるのみで,これを介して間接的に内部に反応をひき起こす情報も多い。この後者の場合にのみtransmembrane controlが適用される。
 Transmembrane controlの概念は漠然としていて,何ら統一的な見解も出されていない。したがって,ここでは一応,外部情報のうち,物質的情報が細胞膜と相互作用をし,その結果変換された情報が膜を越えて細胞内部に伝わり,細胞の生理活性を調節する過程ないし機構を指すことにする。transmembrane controlの意味するものが漠然としたところがかえってよいということもあろう。しかし,そのメカニズムの詳細が明らかになれば,さらに特定された用語で呼ばれるようになる。その意味ではいわば過渡的な用語かもしれない。

細胞膜受容体を介するアデニレートシクラーゼの活性調節

著者: 堅田利明 ,   宇井理生

ページ範囲:P.4 - P.10

 SutherlandとRallによってcAMP(adenosine cyclic 3′,5′-monophosphate)が発見されて以来四半世紀が経過したが,ホルモンや神経伝達物質のセカンドメッセンジャーとしてcAMPが種々の生理応答に重要な役割を果たしていることが現在広く受け入れられている。細胞膜表面上に存在する種々の受容体にそれぞれに特異的なアゴニストが結合すると,その刺激は細胞膜の内側に存在するcAMPの生成酵素であるアデニレートシクラーゼに伝達される。この結果,アデニレートシクラーゼは活性化され,細胞内で増加したcAMPがcAMP依存性プロテインキナーゼを活性化し,細胞の種々の生理機能が発揮されるものと考えられている。
 細胞膜の脂質2重層を介するこうした受容体刺激からアデニレートシクラーゼへの情報伝達機構の研究は,伝達系を構成する蛋白質が疎水性できわめて微量なため,1970年代後半まで大きな進展がみられなかった。しかし,近年この分野におけるいくつかの重要な発見を契機に,また構成蛋白質の精製とその機能の研究が進み,受容体—アデニレートシクラーゼ連関の分子レベルのメカニズムの大筋がほぼ明らかにされた。図1にこの連関系を構成するコンポーネントを模式化した。

インスリン受容体

著者: 春日雅人

ページ範囲:P.11 - P.15

 インスリン分子は,標的細胞の細胞膜上に存在する受容体という蛋白とまず特異的に結合する。インスリン受容体に結合したインスリン分子は,次にエンドサイトーシスにより細胞内へ取り込まれ,さらにライソゾームに運ばれそこで蛋白分解酵素によって分解され,結局は細胞外へ吐き出される。以上の過程のうち,いずれの段階でいかにしてインスリン分子の持っている情報が細胞内へ伝達されていくかは非常に興味のある問題であるが,明確な解答は得られていない。われわれは,インスリン受容体がトランスメンブレン蛋白であること,さらにインスリン分子がインスリン受容体に結合すると受容体の燐酸化が亢進し,受容体の細胞質側に内在されていると考えられるプロテインカイネース活性も亢進することを見出した。この結果から考えられるもっとも単純な図式は,インスリン受容体蛋白の細胞膜外側にインスリン結合ドメインがあり,ここに結合したインスリン分子の情報は,受容体自身によりトランスメンブレンシグナリングされ,細胞膜内側の部分の燐酸化を亢進しカイネース活性を亢進する。そしてこのカイネース活性がさらに細胞内ヘインスリン分子の情報を伝達するというものである。本稿では,このような「インスリン受容体—カイネース仮説」の立場にたって,この仮説の妥当性,問題点について論じてみたい。エンドサイトーシス以下の課程については次章で詳しく述べられる予定であるので参照されたい。

エンドサイトーシス—EGFレセプター系を中心として

著者: 清水信義

ページ範囲:P.16 - P.26

 動物細胞は多くの外来性分子を細胞内に取り込む。この機構には大別してpinocytosisとendocytosisが知られている1)(図1)。pinocytosisは細胞膜のくぼみ(cav-colae)を介して行われるmicropinocytosisと,細胞表面のひだ状構造(ruffle)が外液を包み込む形で行われるmacropinocytosisに区別され,それぞれはイオンなどの低分子をmicropinosome(直径〜800A)に,Con Aや免疫グロブリンなどの高分子をmacropinosome(直径0.5〜3μm)に取り込み,ついでリソソームに運び込む機構である。エンドサイトーシスはそれぞれのリガンドに特異的な膜レセプターを介する取り込みの機構で,低密度リポタンパク質(LDL)やアシアロ糖タンパク質(AS-GP),ポリペプチドホルモン,毒素タンパク質などで研究が進んでいる。本稿では特に,EGF(上皮増殖因子)のエンドサイトーシスに関する最近の知見を他のリガンドレセプター系と対比しながら解説する。EGFの細胞増殖促進作用の分子機構に関しては他の総説2-6)を参照されたいが,その作用との関連からエンドサイトーシスの生物学的意義を考察する。

リンパ球活性化の素過程

著者: 小安重夫 ,   矢原一郎

ページ範囲:P.27 - P.32

 静止期(G0期)にある細胞の増殖が,外来の刺激に応じて誘起される現象を解析する系として,リンパ球は理想的な系である。理想的というのは,生体内で起こる反応をほぼ完全に試験管内で再現できるという意味である。しかし,このことが本当に理解されるようになったのは比較的最近のことである。
 マウスの脾細胞をコンカナバリンA(Con A)やフィトヘマグルチニンなどのレクチンで刺激すると,顕著なT細胞の増殖が起こることはよく知られている。レクチンによるリンパ球増殖の誘導は,個々の抗原が対応するレセプターを持つリンパ球だけをそれぞれ特異的に活性化する反応を総まとめにしたものに相当すると考えられている。この現象は,外来の刺激すなわちレクチンがリンパ球に結合することが引き金となって細胞の増殖が起こることから,細胞の表面の膜系とDNA合成とが密接に連結していること,すなわち細胞膜から核に至るシグナル伝達の機構が問題の核心であることを示唆した。

フィブロネクチンと細胞伸展—私的研究ノオト

著者: 林正男

ページ範囲:P.33 - P.37

 フィブロネクチンは細胞の接着,形態,分化,移動,食作用,走化性,増殖,社会性など細胞の持つ多様な生理機能を細胞外から調節している血液中,基底膜,および細胞表面に存在する糖タンパク質である。その作用の仕組みはまったく憶測の域を出ない状態であるが,少なくともトランスメンブレンコントロールであり,細胞骨格の一つアクチン線維の再配向を引き起こすことが重要なステップであると信じられている。本稿では,この憶測の域から一歩踏み出し生化学的からくりを把握しようとして生きてきた私のここ数年の未完のドラマを語る。なお最後まで読んでがっかりする読者がいるといけないので結論を最初に述べると,フィブロネクチンによるトランスメンブレンコントロールはまだまったく解明されていない。

受精におけるTransmembrane Control

著者: 星元紀

ページ範囲:P.38 - P.44

 有性生殖は複相細胞の出現と深く結びついた現象で,「細胞の融合を介して遺伝情報の組換えを行い,新しい遺伝質を持った個体を発生させる仕組み」と定義されるが1),その本質は,核(細胞)を若返らせると同時に遺伝的多様性を増すことにあると解釈されている。このような巧妙な機構を作り出すことによって,生物は急速に新しい遺伝子を蓄積し,爆発的に多様化・大型化したものと考えられる。
 後生動物では,有性生殖に直接与る生殖細胞と,その他の細胞すなわち体細胞とがはっきりと区別されるが,生命は生殖細胞の系列を通じ,個体の死を超えて連綿と続いている訳である。この系列は複相から単相へ(減数分裂),単相から複相へ(受精)という環の連なりともいえる。もちろん核の融合は単相の核すなわち雌性前核と雄性前核の間でのみ起こることではあるが,卵と精子との間の細胞融合(以下「受精」をこの意味に限定して用いる)は,後で述べるように必ずしも単相の細胞間で起こることではない。精子は1個の精母細胞が減数分裂を経て4個の精細胞となった後に,さらに分化してできたもので精母細胞はもとより精細胞にも受精能はない。一方卵は,1個の卵母細胞が,第1,第2減数分裂で極端に不等な分裂を行い,それぞれの姉妹細胞を極体として放出し,最終的には1個の卵細胞となる。しかし一般には,第1減数分裂前期,すなわち卵核胞と呼ばれる大きな核を持った第1次卵母細胞の状態で,卵巣内で休止している。

連載講座 形態形成の分子生物学

形態形成研究をめぐる諸問題

著者: 江口吾朗 ,   藤田道也

ページ範囲:P.46 - P.53

 □本講座を始めるにあたって□
 藤田 「生体の科学」では今年から連載講座を始めてみようと考え,いろいろ相談した結果,まず最初に"形態形成"というテーマを取り上げることに致しました。そこで,岡崎国立共同研究機構基礎生物学研究所の江口教授に全体の構成をお考えいただいたわけですが,今日はまず第1回目として,形態形成研究に関する全体的な鳥瞰といいますか,形態形成をめぐる諸問題についてお話しいただきたいと思います。
 ただ,その前にちょっと全体の構成意図を読者の方々のためにご説明ください。

解説

カルシウム・アンタゴニスト

著者: 齊田孝市

ページ範囲:P.54 - P.58

 1964年Fleckenstein1)は新しく冠血管拡張薬として開発されたverapamilとprenylamineの心臓に対する副作用を調べていたが,たまたま両薬物の心筋抑制作用(収縮力,酸化的リン酸化そして酸素消費量の低下)が細胞外液のCa2+を除去した効果と似ていることに気づいた。さらに両薬物の心筋抑制作用が細胞外液のCa2+の増加,あるいはβ-作動性カテコールアミン類や強心配糖体の適用(いずれもCa2+の内向き電流を増加させる)によって拮抗される事から,1969年彼2)はこれらの薬物をカルシウム拮抗薬と命名した。カルシウム拮抗薬は当初狭心症治療薬として臨床応用されたが,冠動脈スパスムが主因となって発現する異型狭心症に卓効性を示した。後に数多くのカルシウム拮抗薬が登場し,その適用範囲も不整脈,高血圧,心不全などから虚血心筋保護効果と拡がり,循環器疾患には欠かせない薬となった。
 本稿では主に代表的なカルシウム拮抗薬となっているverapamil,diltiazemそしてnifedipine(図1)の基礎的な研究成果について解説する。臨床面では既に優れた総説3)や成書4,5)があるので詳細は省略する。なおverapamil,diltiazemやnifedipineなどは,現在カルシウムチャネル拮抗薬,あるいはカルシウム進入遮断薬と命名されているが,本稿では元のままカルシウム拮抗薬と呼ぶことにする。

実験講座

埋め込みワイヤ電極

著者: 小野武年 ,   佐々木和男 ,   村本健一郎

ページ範囲:P.59 - P.64

 最近の埋め込みワイヤ(ワイヤ)電極は,無麻酔行動下動物の脳内からS/N(信号と雑音)比の大きい単一ニューロン活動(細胞外活動電位)の,非常に安定な数時間〜数週間にわたる長時間記録を可能にした点で大きな注目を集めている。それはこの方法により,摂食,飲水,生殖などを含む種々の適応行動,日周リズムなどのリズム形成,学習や記憶の成立過程およびそれに基づく感覚認知,眼球運動や歩行などの運動制御の脳内機構を単一ニューロンレベルで調べるのに応用できるからであろう。
 単一ニューロン活動の安定な長時間記録には,長時間使用可能で,しかもアーチファクトを発生しない電極および記録法を用いる必要がある。そのために,これまでにもフレキシブルな絶縁マイクロワイヤを慢性的に埋め込む方法が用いられていた1-6)。しかし,動物の大きくて激しい動きや硬い餌(ペレット)の咀嚼など機械的な衝撃によるアーチファクトや筋電図などの単一ニューロン活動記録への混入が非常に大きな問題であった。したがって多くの研究者たちはこれらのアーチファクトを確実に除去する方法の開発を切望していた。

話題

哺乳動物の筋紡錘—Boyd教授主催のグラスゴーシンポジウムより

著者: 本間三郎

ページ範囲:P.65 - P.68

 グラスゴー大学でボイド教授の主催する上記シンポジウムが1984年7月11日午前,13日終日,14日午前の正味2日間にわたり開催された。午前午後で都合四つの課題が設定された。夜にはポスター展示と映画供覧が行われた。以下順を追って印象深かったものを紹介する。

講演

脊髄内神経終末のミクロ薬理学

著者:

ページ範囲:P.69 - P.78

 〈はじめに〉
 この講演は,私がジョン・エックルス卿とその協同研究者たちによりキャンベラで詳細に研究されたネコ脊髄のシナプス前抑制に関心を持って以来,20年に及ぶ私の研究生活の多くを費やしてきた研究に関するものである。私は腰髄でシナプスをつくる幾つかの神経終末の薬理学的研究を微小電気泳動法を用いて行ってきた。大部分は後肢伸筋の筋紡錘に由来するIa群求心線維の脊髄前角における終末を対象としたが,他の筋やあるいは皮膚からの有髄性の一次求心線維終末,さらに最近は,赤核や外側前庭核からの下行性線維終末も研究対象としている。
 同定などが比較的容易であることを別とすれば,この伸筋Ia群線維終末を中心に研究した理由は,伸筋の単シナプス反射が屈筋からの低閾値求心線維の刺激により減弱するというのが,シナプス前抑制のうちでももっともよく研究されてきたタイプだからである。図1Aに下腿屈筋神経の斉射による腓腹筋反射の抑制が示してあるが,この長持続の抑制(図1C)には腓腹筋神経Ia線維の脱分極が随伴しており,この一次求心線維脱分極(primary afferent depolarization, PAD)は後根電位として容易に記録できる(図1D)。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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