icon fsr

雑誌目次

雑誌文献

生体の科学36巻2号

1985年04月発行

雑誌目次

特集 肝細胞と胆汁酸分泌

肝細胞と胆汁酸分泌をめぐる諸問題

著者: 大菅俊明

ページ範囲:P.82 - P.84

 Ⅰ.胆汁酸の生理的意義
 肝は生体の生存上,不可欠な役割をいくつか果しているが,胆汁生成もその一つである。Melancholy(black bile)という語の由来からもわかるように,胆汁は遠くギリシャの昔から身体を構成する重要な要素と認識されてきた。しかし胆汁の主役が胆汁酸であることが発見されたのは18世紀に入ってからのことであり,さらにまたその生化学や,脂肪吸収という生理学的意義が研究され出したのは今世紀が始まってのことである。胆汁酸の分離,精製や,構造式の決定にはわが国の先覚者も大きな貢献をしてきた。ことに清水多栄教授がわが国に胆汁酸研究の途を開かれ,その後,脈々と今日に引き継がれている。地道な,孤独な基礎的研究が続けられていたこの分野に,急速に最近になって関心が集まった理由を考えてみると次のようなことがあげられよう。
 第一に胆汁酸がコレステロールや他の脂肪を溶存する能力の機序が物理化学的に明らかにされてきたこと,第二に分析手段の進歩が近年ことに著しく,正確な表現で現象を論じ合えるようになったこと。第三にそれを基盤にして胆汁酸代謝の生化学や,腸肝循環という特異な生理が明らかにされたこと,第四にこれらの現象から胆石症や下痢の病態生理が明らかになってきて,そこから胆汁酸を用いる治療法が開発されてきたこと。

胆汁酸生合成経路とその異常

著者: 奥田九一郎

ページ範囲:P.85 - P.90

 体内コレステロールの85〜90%は肝臓で胆汁酸に変換された後胆汁中に排泄される。したがって量的に見た場合,コレステロール代謝の大部分は胆汁酸への変換であるということができる。ヒトにおける胆汁酸の生合成について,最近米国RichmondのV. A. Hospitalのグループはスウェーデンのカロリン研究所のGustafsson,Uppsala大のDanielssonらと共同で詳細な研究を発表している。図1は彼らによって提案されている胆汁酸合成経路である1,2)。従来,動物(主として白ネズミ)を使った研究から得られた結果3)と異なる点は,①コレステロールから7α-水酸化を経ないでコール酸に変換する経路が存在すること(25〜30%),②核の変換は側鎖の酸化以前に完了するというBergströmらの古い仮説は必ずしも成り立たず,側鎖が酸化されている中間体でも核の修飾を受け得るということである(たとえば5β-コレスタン-3α,7α,26-トリオールも12α位に水酸化を受けて効果的にコール酸に変わり得る)。以下図1の個個の反応について図に示した番号に従って概説することにする。

胆汁酸の物理化学—そのミセルと液晶

著者: 五十君裕玄 ,   浅川昌平

ページ範囲:P.91 - P.96

 胆汁酸は生体内界面活性剤として一般に理解されている。界面活性剤の特性はその両親媒性構造にあり,同一分子内に強い親水基と強い疎水基が共存していることである。たとえば代表的なイオン性界面活性剤であるドデシル硫酸エステルナトリウム塩(Sodium Dodecyl Sulfate;SDS)は図1に示すような構造である。すなわち-C15H25の長い鎖状の疎水基と,陰イオン-OSO3-の強い親水基をあわせ持ち,対イオンとしてNaを持っている。イオン性界面活性剤の水溶液の物理化学的性質は,界面活性剤のある濃度において大きく変化することであり,この濃度以上ではイオン性界面活性剤は会合してミセルを形成する。この濃度のことを界面活性剤の臨界ミセル濃度(critical micelle concentration;CMC)と呼び,図2に示すごとく種々の方法で測定することができる。
 図1に示す代表的な胆汁酸のコール酸(3α,7α,12α-5βcholanoic acid;CA)は疎水基がステロイド核でありSDSの鎖状炭化水素と比較して,異なった型のミセルを形成することが容易に想像できる。

胆汁酸と系統発生

著者: 穂下剛彦

ページ範囲:P.97 - P.103

 胆汁中胆汁塩の化学構造および組成が動物の種属によって異なるということは,すでに19世紀中頃には知られていたが,各種動物の胆汁塩を比較生化学的立場から詳細に研究したのは清水多栄が最初である。1920年代後半に始まるこの研究は,1950年代以降,数野太郎とG.A.D.Haslewoodが,そしてさらに著者が引きついで今日に至っている。本稿では,まず各種動物の胆汁塩の化学構造と分布について略述し,ついでそれらの生合成を系統発生との関わりにおいて述べる。

コレステロール・胆汁酸の生成調節系

著者: 小倉道雄

ページ範囲:P.104 - P.107

 Ⅰ.コレステロールと胆汁酸
 コレステロール(ch)は哺乳類の成体には体重1kg当り1〜2g含まれている1)。その生理的意義は次のように総括できる。第一にはchそれ自身としての役割で,形質膜その他の基本的な成分をなす。第二にはステロイドホルモンおよび胆汁酸の前駆体としての役割で,副腎皮質ではコルチコステロイドの前駆体となり,性腺ではアンドロゲンまたはエストロゲンを生成し,肝臓では胆汁酸に変換される。また,このほかch自身ではないが,その生合成中間体の7-デヒドロコレステロールは皮膚で日光照射によりビタミンD3に変換される。
 これらのchの代謝変換のうち,肝臓における胆汁酸への変換は内因性および外因性chの異化排泄径路として量的に多く,また胆汁中への分泌後にもその腸肝循環過程において,肝臓だけではなく,さらに全個体のchの代謝回転の調節に関係している点で重要である。ラットでは体内の交換可能なchの総量の80〜90%,ヒトではおよそ半分に当るものがこの運命をたどり,結局は代謝終末産物として糞便中に排泄されて行く2)。他方,ステロイドホルモンの生成はchの代謝物として量的には少ないが,いわゆる作用物質として生体機能の多方面にわたる調節を行う点において質的に重要である3)

肝細胞による胆汁酸の取り込み機構とカイネテックス

著者: 伊賀立二

ページ範囲:P.108 - P.114

 胆汁酸は生体内において腸肝循環によって効率よく働いている。この移行過程には,1)血中から肝への取り込み過程におけるシヌソイド側細胞膜(sinusoidal plasmamembrane),2)肝細胞から胆汁中への分泌過程における毛細胆管側細胞膜(bile canaliculi membrane),3)小腸での再吸収過程における上皮細胞膜(epithelial cell membrane)の三つの主要な膜透過過程がある。本章では1)の肝細胞膜透過機構の速度論的解明について解説する。
 胆汁酸の肝細胞への取り込み機構は,タウロコール酸(TCA),コール酸(CA)を中心として肝灌流系,単離肝細胞系によって進められ,現在ではシヌソイド側細胞膜と毛細胆管側細胞膜の分離法がほぼ確立されたことによってキャリヤーレベルでの機構解明が進んでいる。

胆汁酸の肝細胞内移送とその異常—超微形態学的観点から

著者: 織田正也 ,   市川栄基 ,   小松弘一 ,   塚田信廣 ,   渡辺勲史 ,   船津和夫 ,   土屋雅春

ページ範囲:P.115 - P.131

 胆汁酸と胆汁分泌の関係は古くから注目され,胆汁分泌機構の解明に不可欠な課題として究明されてきた。胆汁酸がprimary moverとして毛細胆管へ能動移送される結果,胆汁浸透圧が上昇し,それに伴う水の受動移送がひき起こされることが明らかにされた1)。そして,胆汁流量と胆汁酸排泄率との関係の追究から胆汁流(bile flow)には,胆汁酸依存性胆汁流(bile acid-dependent bile flow)のみならず胆汁酸非依存性胆汁流(bile acid-independent bile flow)が存在することが指摘されるに至った1-7)。さらに最近の報告によると,胆汁酸排泄率が低い領域では,胆汁流の胆汁酸排泄率に対する比がこれまで考えられていた値より遙かに大きいことが判明し8,9),Na-K-ATPaseを介する胆汁酸非依存性胆汁流が胆汁分泌の基本をなすとする説が提唱されている10-16)。しかし,これは胆汁酸の肝細胞内摂取が,類洞側肝細胞形質膜に存在するNa-K-ATPaseに大きく依存する考えに立脚しているので,むしろ胆汁酸依存性胆汁流と非依存性胆汁流の区別が明確にできなくなってきた印象を受ける。
 胆汁酸の胆汁中排泄機構は,肝細胞内摂取,肝細胞内移送および毛細胆管内排泄の三段階に分けて考えられている。

肝における胆汁酸抱合機転—硫酸抱合・グルクロン酸抱合

著者: 村田宣夫 ,   別府倫兄 ,   出月康夫

ページ範囲:P.132 - P.138

 胆汁酸は生体内でほとんど抱合胆汁酸として存在する。カルボキシル基がアミノ酸とアミド結合した胆汁酸(グリシン抱合およびタウリン抱合胆汁酸)は古くから知られ,胆汁中の抱合胆汁酸の大部分がこのアミノ酸抱合胆汁酸である。化学的には胆汁酸がアミノ酸抱合を受けることにより極性が増し,pKa値が低下し,そして酸性溶液での溶解度が増加する1)。この抱合は肝でのみ行われる。肝のマイクロゾームで胆汁酸は活性化coenzyme A誘導体となり,ついでライソゾームでグリシン(あるいはタウリン)と抱合する2段階反応である2,3)。胆汁中に排泄されるグリシン抱合胆汁酸とタウリン抱合胆汁酸の比率はおよそ3:1であるが,この比率は肝胆道疾患その他で変化する4)。こうして小腸に排泄された抱合胆汁酸は一部腸内細菌の働きにより脱抱合を受ける。これら胆汁酸の大部分は再吸収され肝に戻り,いわゆる腸肝循環を営み,抱合・脱抱合を繰り返している。
 一方,水酸基にエステル結合する硫酸抱合,あるいはグリコシド結合するグルクロン酸抱合胆汁酸は比較的最近明らかにされたものである。前者は1967年Palmerにより5),後者は1974年Back6)により発見され,その後現在に至るまで精力的にこれら新しい抱合胆汁酸の性質,代謝などの研究が進められている。

胆汁酸の分泌と胆汁生成機序

著者: 木谷健一 ,   金井節子

ページ範囲:P.139 - P.143

 胆汁酸の胆管への排泄は,それ自体胆汁生成ときわめて密接な関係があることはよく知られている。胆汁酸の排泄と直接関係がないと考えられる胆管(あるいは細胆管)原性の胆汁分泌についてはこの際ふれぬこととし,従来胆汁酸依存胆汁と呼ばれてきた胆汁分画の生成と胆汁酸の排泄の関係につき考察を加えたい。

異常胆汁酸の生成と代謝

著者: 安室芳樹 ,   東野一彌

ページ範囲:P.144 - P.148

 胆汁酸は肝でコレステロールより生成され抱合を受けた後胆道を経て腸管へ分泌され,その大部分は回腸末端へ達するまでに吸収される。また一部は大腸へ移行し,腸内細菌の作用で脱抱合および脱水酸化を受けてから吸収される。すなわち閉鎖的な腸肝循環を行っており合成量に相当する量が糞便中へと排泄される。胆汁酸のうちコレステロールより直接生成される胆汁酸が,いわゆる一次胆汁酸とよばれるコール酸(以下CAと略す),およびケノデオキシコール酸(CDCA)であり,それらが脱水酸化を受けて二次胆汁酸のデオキシコール酸(DCA),およびリトコール酸が生じる。この四種にCDCAの7β-異性体であるウルソデオキシコール酸(UDCA)を加えた五種がヒト体液成分中の主要な胆汁酸である(図1)。
 ところが糞便中にはこれらの胆汁酸以外のケト型胆汁酸やβ-水酸化型胆汁酸が微量ながら存在し,それらは腸内細菌の作用で産生された二次胆汁酸であると考えられている。

連載講座 形態形成の分子生物学

形態形成の統御因子としての細胞接着分子

著者: 竹市雅俊

ページ範囲:P.149 - P.153

 形態形成という高次で複雑な現象を,分子の言葉で語りたいというのが発生生物学者の長年の夢である。昨今の新しい方法論の展開と技術の進歩によって,この夢がひょっとしたら実現するかもしれないという兆が見えてきている。とりわけ,昆虫(ショウジョウバエ)のhomeoboxを中心とした形態形成制御遺伝子の分離の成功1),あるいは,RNA分子に個体の体軸を決める情報が収められているといった発見2)などは,形態形成機構の本質に迫る成果であろう。
 脊椎動物を用いた実験系では,任意の形態形成現象の解析のために突然変異個体を利用できるチャンスが極端に限られており,昆虫材料で成功したような遺伝学的解析は駆使できない。そこで,正常な発生過程の中から解析可能な現象を選びだし,その分子的背景を探るという研究法が一般的である。そのようなアプローチの中で,もっとも分子レベルでの成果を収めているのが,本論で紹介する接着分子の研究である。細胞を結びつける接着分子は,多細胞体形成にとって不可欠の要素で,その機能と形態形成との間には密接な関わりがあるはずである。これらの分子の遺伝子解析が進めば,いずれショウジョウバエなどを用いた研究成果との間に接点が見出され,形態形成機構の総合的な理解が得られることを期待しつつ話を進めたい。

話題

T細胞の抗原リセプターをめぐる戦い

著者: 菅野雅元

ページ範囲:P.154 - P.158

 最近,免疫系において重要な役割を果たしているT細胞の抗原リセプターの遺伝子について非常にホットな戦いが行われているので,ここで簡単に紹介してみたいと思います。
 免疫系を構成する細胞のうちで,とくにB細胞とT細胞が中心的な位置を占めながら相互に作用しております。B細胞は抗体産生細胞としてよく知られており,表面に免疫グロブリン(Ig)を持っています。このB細胞は抗原の刺激により分化誘導が起こり,抗体を分泌するプラズマ細胞へと分化します。それぞれのB細胞の表面にあるIgは異なる抗原特異性を持ち,それはV-D-Jの三つのエクソンから成る,Igの可変領域(V領域)の部分によって特異性が決定されています1)。またIgの定常部分は,マウスではμ-δ-r312b-r2a-ε-αの順に配列された遺伝子により決定され,μからクラス・スイッチを起こして一つの抗体の定常部分が決定されています2,3)。これらのIgの蛋白質レベルや遺伝子レベルでの解析は,非常に多くの研究者によるアクティブな実験により,現在までにほとんど解明されております。

謎シリーズ

「夢」の神経生物学

著者: 酒井一弥

ページ範囲:P.159 - P.163

 乳児は乳を吸っている時以外は眠っている。子供は1日のほぼ半分を,大人はその三分の一を眠りにあてている。ヒトはしたがって60歳になれば,20年間を寝て過し,目覚めた意識の世界を離れ,睡眠という無意識の世界に身を置いたことになる。目覚めた意識の状態,言い換えれば覚醒時における外界や自己の身体感覚の認知,そして人間のみのもつ内省という自己認識の状態と,睡眠という無意識の状態を結びつけているものが夢であり,夢は眠り夢見る者と,目覚めてその夢を想起している者に共通の場を与え,意識の世界と無意識の世界の橋わたしをしているとも言える。
 われわれは現在脳波などを記録することによって睡眠状態を客観的に捉えることができる。そして後述するように,「逆説睡眠」と呼ばれる特殊な睡眠期にわれわれは皆夢を見ること,夢を見ないという者も実際は夢を見ているのであり,ただ夢を見たということを覚えていないだけなのだということがわかってきた。しかし正確に言うならば,われわれは夢を見るのではなく夢を見させられているのであり,夢はまたあくまでも夢を体験したものの主観性を通して,覚醒時における想起という形でしか捉えることができない。夢はなぜどのようにして生じるのか。脳のどのような細胞の活動に由来し,どのような仕組で意識にのぼってくるのか。

世界の研究施設

エレバンの研究所

著者: 竹中敏文

ページ範囲:P.164 - P.166

 モスクワからジェット機で2時間半,南へ下りコーカサス山脈を越えたところに,エレバンYerevanという人口100万少々の都市がある。ここはソ連邦とはいえ,トルコとの国境近くで,カスピ海と黒海の間に位置し,モスクワ,レーニングラードとはまったく様相を異にしている。紀元前から中世にかけ栄えたところで,かのマルコポーロも中国への途中ここを通ったという。ノアの箱舟がついたといわれるアルメニアのシンボルである海抜5,156mのアララト山が富士山のようにそびえている。この地にある実験生物学研究所に2カ月ばかり滞在したので報告させていただく。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

雑誌購入ページに移動

バックナンバー

icon up
あなたは医療従事者ですか?