icon fsr

雑誌目次

雑誌文献

生体の科学36巻3号

1985年06月発行

雑誌目次

特集 血管内皮細胞と微小循環

序論:内皮の構造と機能をめぐって

著者: 東健彦

ページ範囲:P.170 - P.172

 心脈管系の内面はすべて内皮に覆われている。毛細血管は1層の内皮より成る管であり,内皮は血液と間質液をへだてる壁となる。その他の血管部分と心臓では,内皮は血液と血管組織との境界をなす。内皮の障害はたとえば透過性の亢進を招いて粥状硬化形成の緒となり,あるいは血栓付着の場となる。以前は,内皮は均質一様な細胞集団で血液凝固を起こさない脈管内腔の裏打ち層を作っており,その層は受動的な選択透過性を示すと考えられていた。しかし電顕的観察の進歩は,内皮そのものの形態も内皮間の接合方式も決して一様ではないことを明らかにし,さらに内皮細胞質内に収縮性蛋白より成るフィラメント構造の存在も確かめられるに至った。また内皮細胞培養技術の発達に伴って,内皮には血液一組織関門としての機能以外に各種の代謝,合成機能のあることがわかってきた。たとえば内皮におけるangiotensin変換酵素の存在11)や各種prostaglandinの合成や不活性化1,9)がこれに当る。かくして,最近10数年間の研究の成果により,内皮の構造と機能に関する知見は飛躍的に増大した。そのうち1,2のトピックを取り上げて簡単に概説し,本特集の序論とする。

血管内皮細胞と細胞骨格

著者: 石川春律

ページ範囲:P.173 - P.179

 血管内皮は大動脈から毛細血管を経て大静脈に至る血管の内面を被覆し,心臓内腔の心内膜内皮へ連続する単層の上皮細胞層である。内皮は常に血流にさらされ,血力学的環境下にあると同時に,血液と組織の間の隔壁をなしながら,物質交換ないし透過性の場となっている。内皮細胞はこのような機能的特性を反映した形態をとっているはずである。実際,血管の種類や部位によって細胞形態にかなりの差がある1)
 内皮細胞は通常きわめて扁平で,ほとんどの部位で血流方向に伸長した長楕円形を呈する2)。核も大動脈では,長楕円形で,その長軸を血管長軸に一致させ整然と配列している3)。内皮細胞は相互に密に連結され,連続した被覆をなす。血管の部位により,細胞の厚さは異なり,核の位置を除き扁平化した典型的細胞から,立方形,紡錘形の細胞まである。毛細血管では,内皮はとくに扁平で,連続性内皮と,小孔を有する有窓性内皮が区別される。また,内皮の内腔側の自由表面は一般に平滑であるが,部位によりひだ状突起や指状突起など特殊化もみられる。内皮細胞は基底面を基底膜に載せ,これに接着させているが,部位により例外的に基底膜を欠く毛細血管もある。細胞内部には,核や各種オルガネラが一定の分布・配置を示す。ゴルジ装置や中心体は核近傍に位置する。このような内皮細胞の形態的特徴はどのような仕組みによって維持されているのであろうか。その主な担い手として細胞骨格(cytoskeleton)がある。

物質透過性と血管内皮細胞

著者: 神谷瞭

ページ範囲:P.180 - P.184

 血管内腔表面を一層の細胞層で覆う内皮層は,血液と血管組織あるいは毛細血管では血液と外部組織の間のバリヤーとして物質交換に深く関与している。すなわち脂溶性物質である酸素や炭酸ガスは,脂質蛋白よりなる内皮細胞の全表面にわたって拡散するが,水および水溶性物質は特殊な経路をへて交換される。いずれにせよ,血管内皮細胞の物質透過性は,生命維持のために重要な生理学的意義を持つことは言うまでもない。さらに最近では管壁からの血清リポ蛋白の透過の異常が動脈硬化症の誘因となるとして臨床的にも深く関心が持たれている。
 しかし,血管内皮層の物質透過膜としての重要性にもかかわらず,その特性についてはまだ十分解明されていないことも多い。とくに蛋白のような大きな分子の透過現象に関してはその内部機序について,説明に大きな対立点も残されていて,解決されていない。したがって,これを明快に解説することは非才な筆者にとって容易でないが,できるだけ理解しやすくするために,最初に簡単な理論を述べ,個々の現象はそれに基づいて説明することにする。

物質透過と組織液

著者: 大橋俊夫

ページ範囲:P.185 - P.191

 微小循環系を介する物質交換の生理学的意義は次の二つに要約することができる。すなわち,一つは,臓器・組織を構成する細胞群の内部環境の恒常性維持であり,もう一つは全身体液量の最重要な調節因子である。したがって毛細血管領域こそ循環系においてもっとも本質的な部分であって,心臓,動・静脈系は適正な血流を毛細血管に供給するための補助的器官であると言っても過言ではない。こうした微小循環系の生理学的意義は,毛細血管系の物質交換機能に加えて,組織間隙ならびにリンパ系における組織間液(組織液)の維持・回収機能が正常に稼動して,はじめてその目的を果すことができる。この総説では,とくに後者の生理機能を理解するために,組織間隙と毛細リンパ管の問題に的を絞り,機能と形態との相関を加味しながらここ10数年来の進歩1-4)を概説したい。

動脈内皮細胞膜酵素の代謝と細胞化学

著者: 小川和重 ,   藤本和 ,   小川和朗

ページ範囲:P.192 - P.197

 血管内皮細胞は血管の内面を連続して覆う一層の扁平な細胞であるが,血管の種類により,その形態像は多様である。一般に血管内皮細胞の管腔側および基底側には(飲)小胞が多く(5,000〜10,000コ/細胞),小胞は細胞全体の容積の1/3を占めるとされている1)。また,内皮細胞は特徴的なWeibel-Palade小体がみられる場合がある。内皮細胞の機能は,血液の流動性の保持,物質の透過性の制御,血管壁の張力の調節などの点に集約される。これらの機能維持には,外界の情報(生理活性物質)に最初に接する機会を持つ,内皮細胞の細胞膜に存在する種々の膜酵素が深く関与していると考えられる。本項においては膜酵素であるadenylate cyclase,guanylate cyclase,nucleotidases(ATPase,ADPase,AMPase)の内皮細胞における代謝上の意義について触れ,併せて内皮細胞内微細局在性について述べる。

血管内皮細胞のプロスタグランディン代謝

著者: 室田誠逸

ページ範囲:P.198 - P.201

 血管内皮細胞は,血管内腔をおおうただ一層の細胞であるが,血液成分,とくに血小板と血管壁との直接的な接触を防げるという重要な役割を果たしている。血小板がひとたび凝集すると,図1に示すように,実にさまざまな物質が放出され,その近傍でさまざまな化学反応,生物反応が誘起される。また血小板の膜からは,アラキドン酸が遊離され,これを原料としてトロンボキサン(TX)A2,12-ヒドロキシエイコサテトラエン酸(12-HETE),platelet activating factor(PAF)などがつくられ,血小板外へ放出される。TXA2とPAFは,新たな血小板の凝集を促し,12-HETEには,血管中膜平滑筋細胞の遊走能を亢進し,内膜肥厚をもたらす可能性が示唆されている1)。α顆粒から放出されるplatelet derivedgrowth factor(PDGF)にも中膜平滑筋細胞の遊走能亢進作用があり,さらにこのPDGFには,中膜平滑筋細胞の増殖促進作用もあり,やはり動脈硬化時に見られる内膜肥厚との関係が重要視されている。このように,血小板がひとたび凝集を開始すると,その周辺の恒常性が破れることになるので,生体は血小板の血管内での凝集を阻止する機構を備えていなければならない。この血小板凝集阻止にもっとも重要な役割を果たしている細胞が,血管内皮細胞なのである。

血管内皮細胞と血液との相互作用—とくに血小板と多核白血球を中心に

著者: 住吉昭信

ページ範囲:P.202 - P.206

 心・血管など循環器系の内面は一層の扁平な内皮細胞の膜によって覆われている。血管の内面を覆う細胞を血管内皮細胞と呼んでいる。血管内皮細胞(以下内皮細胞)は,中を流れる血液と血管壁・組織間質液との間に介在している。この内皮細胞層の機能は,血管の場所によってかなりの差があるが,基本的な機能はすべての血管において同じである。①内皮細胞は,栄養物など血液中の成分の血管壁や組織への流れを中介し,不必要に多量の成分が血管外に出ていくこと(あるいは逆の透過も少しはあるものと考えられているが)を制御する選択的透過性を有している。②内皮細胞は血液循環の究極の目的である物質交換を末梢組織でスムーズに行うのに必要な循環血液量を維持する必要がある。そのために非血栓性表面(血小板や他の血球,血液成分が粘着,凝固するのを防止する)を提供すると同時に,内皮細胞自身は基底膜に付着して,一層(重層化しない)に増生し,血管内腔をopenに保つ性質を有している。③内皮細胞はまた,血管の緊張を一定に保つことにも関与していると考えられている1-5)

血管内皮細胞と血管増殖

著者: 鈴木磨郎 ,   堀勝義

ページ範囲:P.207 - P.210

 血管形成は,既存の微小循環系からの新生によるものと,胎生期の血管発生によるものとに区別されるが,本稿では主として前者についてのみ述べる。
 通常,胎児期や出生後における血管形成は臓器の発達とともに進行するが,本質的には血管新生によるものである。そして,新生血管は次第に成熟する。このような血管新生は生理的なものといえる。一方,病態としての血管新生は腫瘍をはじめ,慢性炎症,創傷の治癒,あるいは免疫反応などでみられ,これらの分野でのangiogenesisの研究についての報告は枚挙にいとまがない。また,血栓ではrecanalizationや血栓表面を素早く覆ってしまう内皮細胞増殖を容易に見ることができる。ここでは病理的条件下での血管増生と生理的なそれとは同一機構によるものか否かに言及することは避け,主として,これまで,新生血管の理解を提供してくれた病態時のangiogenesis,とくに腫瘍血管形成に力点をおいて述べる。

侵襲時生体反応としての微小循環障害—DIC(播種性血管内凝固症候群)の今日的理解

著者: 土屋雅春 ,   末松誠 ,   三浦総一郎 ,   永田博司

ページ範囲:P.211 - P.216

 侵襲が外因的であると内因的であるとを問わず強い刺激となって生体に加わるときに,生体には病的状態が惹起される。その病的状態は機能異常から器質異常まで,一過性の回復可能のものから恒久性の死に至るまでを含む。一方疾病像は侵襲原因により直接形成されるばかりでなく,侵襲に対する生体反応自身が病像形成に大きな影響を及ぼすことも忘れてはならない。
 J. Reilly1)が1934年に「侵襲に対する自律神経過剰興奮による生体の非特異的反応症候群」の中で腹腔神経節に加えられた過剰刺激irritationにより,一見,腹腔神経節とは関係ないような遠隔の臓器にまで出血性病変が起こることを記載して以来,自律神経系の過剰刺激によって諸臓器に病変が生じる現象は,Syndrome d'irritation neurovégétative(自律神経過剰刺激症候群)として知られるようになったが,この事実は,侵襲に対して生体反応として作動する自律神経系が,あるときにはかえって疾病の形成に重要な役割を果たしていることを明らかにした点できわめて意義深い。

連載講座 形態形成の分子生物学

形態形成の調節遺伝子

著者: 岡田益吉

ページ範囲:P.218 - P.226

 カエルの子は必ずカエルであり,ヒトでも親子はよく似ている。これは遺伝子が親から子に伝えられるためであることは誰でも知っている。また,いろいろな動物で形態異常を起こす突然変異が知られており,生物のかたちも遺伝子の働きによって決められているらしいことは推論できる。しかし,蛋白質の一次構造に関する情報を持ったDNAの鎖である遺伝子はどのようにしてカエルやヒトに4本の肢をはやすことができるのだろうか。
 最近ショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)という昔から遺伝学の研究材料として使われて来た小さなハエで,沢山の突然変異と,遺伝子操作技術とを利用して,からだのかたちを作りあげるのに必要な遺伝子についての研究が盛んに行われるようになった。このような研究は現在までのところ,まったくショウジョウバエの独壇場である。したがって,これから述べることは形態形成の調節遺伝子と題してはいるが,ほとんどすべてショウジョウバエで研究されていることになってしまうのはやむを得ない。

実験講座

Na,K-ATPaseの簡易精製法

著者: 太田英彦

ページ範囲:P.227 - P.231

 Ⅰ.Na,K-ATPaseの精製と研究史
 Na,K-ATPaseは1957年Skouにより発見されてから精製の方法も開発され,さまざまの動物の腎臓,サメの直腸腺,アヒルなどの塩腺からはすでに純度の高い標品がえられている。したがっていまさら簡便な方法とはいえ純度のひくい標品をえたところでめあたらしいこととはいえないというのも事実である。
 本稿をまとめるに際しNa,K-ATPaseの精製法の現状を知るため筆者の目についた精製法を図にまとめNa,K-ATPase研究の歴史を比較してみた(図1)。ややきどった言いかたをするなら,この図からNa,K-ATPaseの研究史について次のようなことがいえよう。

解説

蛋白質のリン酸化による神経機能の制御

著者: 内藤成孝 ,   塩井純一

ページ範囲:P.232 - P.246

 共有結合修飾により酵素活性が調節されている例が数多くあり,そのうちでもっとも良く研究されているのが蛋白質のリン酸化である1,2a,b)。この反応は可逆的であること,de novoの蛋白質合成を必要としないこと,したがって速やかな調節が可能であること,エネルギー消費が僅かですむこと3),および細胞内諸因子の変化に敏感に応答し生体情報の効果的増幅をもたらし得ること4,5)に特徴がある。このことから蛋白質のリン酸化反応が生化学的進化の過程で多様な細胞内経路への発散的適応をし,種々の現象の重要な段階の調節を司るようになってきたと考えられる。たとえば糖質代謝や脂質代謝,蛋白質合成,細胞増殖因子の作用,染色体複製,遺伝子の転写,ポリアミン合成,ホルモンの作用,発癌,平滑筋の収縮,神経伝達物質の合成,細胞のイオン透過性の制御などの広範囲の過程において,酵素や蛋白質のリン酸化が決定的な調節的役割を担っていることが明らかになりつつある。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

雑誌購入ページに移動

バックナンバー

icon up
あなたは医療従事者ですか?