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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学36巻5号

1985年10月発行

雑誌目次

特集 細胞分裂をめぐって

染色体移動と分裂装置(特集によせて)

著者: 酒井彦一

ページ範囲:P.442 - P.444

 細胞分裂が現在細胞骨格と呼ばれている蛋白線維の分子機能という立場から見直されるようになったのは,有糸分裂については分裂装置の単離の成功1)(1952年),細胞質分裂については分裂収縮環の同定2)(1973年)以来のことであろう。微小管,アクチン線維,中間径線維などからなる細胞内のネットワークに細胞骨格という名前がつけられたのは比較的最近のことであるが,細胞周期のうち分裂期に現れる独特な細胞骨格が分裂装置と分裂収縮環であり,ともに一過性の分裂構造であるという共通点がある。
 分裂装置はいうまでもなく複製したゲノムセットを二分するための装置である。その微小管を骨格とした構造とその構築については,第二章,四章,五章,六章,七章で最近の知見が述べられている。前期に核の両側に位置する中心子の囲りに,中心子外周物質と呼ばれる微小管形成顆粒(ウニ卵)が集合し始め,星状体の形成が開始し,核膜が消失する前中期の頃には,成長した星状体はかなりの容積を占めるようになる。核膜の消失直後には,核質中には微小管はみられないが,すぐに両極の微小管形成中心から微小管が成長して紡錘体の形成が始まる。染色体は微小管で捕捉されるとともに,次第に赤道面に整列させられ中期に至る。この時期の染色体では,対になった動原体にそれぞれ両極から伸びた微小管が20〜30本結合し,動原体微小管となる。

分裂時のチュブリン重合の調節

著者: 佐藤英美

ページ範囲:P.445 - P.450

 I.何故ウニの卵を?
 19世紀半ばにBoveriやHertwigが細胞分裂の研究に用いて以来,ウニの受精卵はバッタの精母細胞やムラサキツユクサの花粉母細胞と並んで,分裂研究の重要な素材とされてきた。その流れは今も変らない。海産無脊椎動物,とくにウニ卵を材料とした細胞分裂の細胞生物学・生化学的研究が,毎年数多く報告されているのである。この章では棘皮動物卵でえられた情報に重点を置いて述べるが,まずウニ卵の実験材料としてのメリットについてふれておきたい。
 代表的な沿岸帯海棲生物の優占種であるウニの成熟周期は,温度によって第一義的に,ついで潮汐により細かく調節されている。したがってウニの適当な種を選べば,特定の季節に大量の均質な成熟卵が採取できる。ウニの生活環境は亜潮間帯で,塩分濃度,比重,pHなどが安定した海水中に棲む。そして初期発生に必要な生活物質のほとんどすべてが卵内に貯えられているから,培養条件などの配慮はいらない。媒精は容易であって,卵は予め組込まれているプログラムに従い,高次の同調発生を示す。発生の過程は早く,かつ再現性に富む。たとえば大型(直径100μm)で透明なコシダカウニMesqiliaglobulusの受精卵は,水温25℃では第四分裂を完了するまで2時間しかかからない。この間に15個の核分裂装置がタイミングよく構築・脱構築され,8個の中割球が動物極に,4個ずつの大・小割球が植物極に形成される。

チュブリン遺伝子

著者: 平岡泰 ,   柳田充弘

ページ範囲:P.451 - P.454

 微小管は真核細胞に普遍的に存在し,おもにα-,β-チュブリンから構成される。微小管は従来から構造的・生化学的によく研究され,構造と機能について多くの知見が蓄積している。微小管は細胞骨格や細胞運動に関与するほか,有糸分裂期には分裂装置を構築して染色体分離運動に中心的役割を果たす。このような多岐にわたる微小管の機能について,さまざまな方向から研究が行われてきた。
 多くの生物種でチュブリン遺伝子の検索が行われ,チュブリン遺伝子は一般に複数個存在し,ゲノム中に分散して存在することが示された1)。ヒトでは15〜20ずつのα-,β-チュブリン遺伝子の存在が推測されている2)。"tubulin gene family"が一般的事実として認められてくると,微小管の多面的な細胞機能と結びついて,チュブリン遺伝子の機能と発現制御が興味ある問題となってきた。近年いくつかの系で組換えDNAを用いた解析がなされ,発生過程において複数個のチュブリン遺伝子が特異的な発現制御を受けることが示された3)

微小管形成中心としての中心体

著者: 鳥山優

ページ範囲:P.455 - P.460

 動物細胞の分裂装置は二つの中心体より伸長した微小管から形成される。一般に中心子は分裂前期までに複製され,核のまわりに対称的な配置をとる。分裂期の中心子はそのまわりに中心子外周物質を有し,両者を合わせた構造を中心体と呼ぶ。微小管は分裂前期に中心体から放射状に伸長し,核膜の崩壊とともに核質内に進入後紡錘体を形成する。すなわち,核分裂の過程において,中心体は分裂装置形成の時期および位置の決定に支配的な役割を果たしているといえよう。したがって,核分裂の機構を解明するにあたって,中心体の細胞生理学的,生化学的研究が不可欠である。
 いろいろな動物細胞,主に培養細胞や発生中の卵細胞の電子顕微鏡観察より,分裂装置および中心体の構造が明らかになってきている。中心子はトリプレット微小管が管状に配置したもので,中心体内では通常二つが直交して存在する。中心子と同じ構造の基底小体に微小管の構成因子であるチュブリンを加えると,トリプレット微小管のA小管の末端から新たに微小管の形成が起こるのが観察される1)。しかし中心子が中心体中にあると,細胞内でもあるいは試験管内でも,微小管は中心子から伸びずに中心子外周物質から伸長する2)。すなわち,中心体による微小管形成の問題において,中心子の調節的役割は否定できないにしても3),直接MTOC(Microtubulc Organizing Center4))として働いているのは中心子外周物質である。

細胞周期におけるセントロゾームの動態

著者: 栗山了子

ページ範囲:P.461 - P.466

 生物のもっとも生物らしい特徴のひとつはその自己複製能にある。遺伝物質をS期で複製したあと細胞はM期に進み,そこで同一の二個体を複製する。その整然とした秩序ある事の進行は,単一の受精卵から完全な一個体形成に至るが,無秩序に起こると癌ができ死に至ってしまう。増殖能力に差がある細胞のあいだでは,しばしば微小管を含む細胞骨格の様態に違いがみられる。細胞内における微小管の存在様式は微小管形成中心構造体(MTOCs:microtubule-organizing centers)1)で調節されているので2),細胞増殖をコントロールするメカニズムの中にMTOCが組み込まれている可能性は十分考えられる。したがって当稿においては,従来よく知られている細胞分裂時におけるMTOCの役割だけでなく,間期をも含んだ広い視野から眺めた細胞周期調節因子としてのMTOCの可能性を論じてみたい。

小腸上皮細胞の分裂と中心子の位置変化

著者: 神宮司洋一

ページ範囲:P.467 - P.470

 小腸の吸収上皮細胞では,細胞骨格要素の一つの微小管は細胞の長軸にほぼ平行に分布・配列している。細胞の長軸方向に走る微小管は,上皮細胞の円柱形の形態や生理機能の維持に役立つものと思われ,小腸以外の上皮でもみられる1)。小腸の上皮細胞では,一般に微小管の形成中心と考えられている中心子は,核やゴルジ装置から離れた管腔側表層に位置する2)。そして,中心子と微小管の配列とは互いに関連が弱いように思える3)。著者らはマウス小腸上皮を材料に,細胞極性と微小管および中心子の分布・配列との関連性を検討しており,これまでに,細胞分裂の過程で中心子が特異な位置の変化を示すことを見出している。
 よく知られているように,小腸上皮の分裂は腸陰窩部でのみ行われ,分裂後の細胞は腸絨毛部の頂点に向って移動する4)。この分裂期を通じて,細胞の管腔側表層の形態は維持されている。とくに細胞間の接着構造の保存は,管腔内と組織内部との間の選択的な物質の透過という重要な生理機能を維持するのに役立っている。こうして細胞の一部が表層に固定されているために,細胞分裂は管腔に面したままで行われ,細胞はこの間に,エレベーター運動をする5,6)。このようなin vivoの上皮細胞に特有な分裂様式を背景として中心子の位置の変化について述べたい。

細胞周期における動原体の分布

著者: 諸井泰興

ページ範囲:P.471 - P.474

 動原体(セントロメア,キネトコア)は,細胞分裂期の染色体上に局在する微細構造で,動原体糸(紡錘体微小管)の形成開始に重要な役割をはたすと考えられている。この部位から動原体糸が紡錘体の極へ伸び,分裂後期にはこの部位が両極へひきよせられて染色体の分離が進行する。染色体上の動原体の分布や構造については,これまで多くの研究の集積があり,電顕学的に三層構造が証明されている1-3)。動原体の化学的組成については,チュブリン4),RNP2),DNA3)などの関与が推測されているが,その詳細は長らく不明であった。細胞周期との関係では,植物細胞での分裂間期における動原体の状態についての研究が進み5-7),核膜との密接な関連などが報告されたが,動物細胞での研究は,動原体の特異的な証明方法を欠く点が障壁となって解明に大きな進展が見られなかった。
 多くのリウマチ性疾患では,患者血中に種々の細胞成分に対する自己抗体が検出され,とくに核成分に対する抗体である抗核抗体は,対応抗原に対する特異性と疾患との密接な関連が注目されてきた。近年この多彩な抗核抗体が細胞学分野での抗原同定の有力な手段として重要視されるようになった8)

細胞増殖とMAP-1抗原

著者: 佐藤周子

ページ範囲:P.475 - P.479

 近年,脳のMAP-1と共通抗原性を持った分子群が,微小管形成中心,細胞分裂装置および分裂間期の核内に存在することがわかり,この分子群の細胞増殖制御への関与がにわかに注目を集めている。

細胞分裂とダイニン

著者: 伊豆津公作 ,   吉田利通

ページ範囲:P.480 - P.485

 分裂時の染色体運動はよく研究され,多くの信頼すべき観察と実験の成果が蓄積されている。にも拘わらずその運動の機構についての満足しうる説明はいまだに見出し難い。最近,繊毛や鞭毛の運動に関与するダイニンないしダイニン様ATPaseの染色体運動における役割に関心が向けられている。以下ではこの方面の研究の現状を述べ,染色体運動にダイニンが関与する可能性を考えてみたい。
 細胞分裂のうち細胞質分裂には主としてアクチンミオシン系が働いていると一般に考えられているが,ウニ卵などでは表層にもダイニンが含まれ,アクチンミオシン系のみならずダイニンも割溝形成に関与しているかも知れない32)。とにかく本稿では細胞分裂のうち,核分裂に限って取り扱うこととする。

ウニ卵細胞質ダイニンとその分裂期における局在

著者: 久永真市 ,   田中建志 ,   竹村玲子 ,   広川信隆

ページ範囲:P.486 - P.492

 染色体運動の分子的機構,とくにその力の発生の仕組みは微小管の関与した他の細胞運動(軸索流・色素顆粒の動きなど)とも関連し,現在,注目を集めている問題の一つである。微小管を基礎とした細胞運動としては,真核細胞の鞭毛・繊毛運動がもっともよく研究され,かつ,もっともよく理解されている1)。鞭毛・繊毛では,軸糸周辺微小管上に配列したダイニンと呼ばれるATP-aseが,隣の微小管との結合・解離を繰り返しながら,微小管同士の滑りをひきおこす。その滑りが屈曲へと変換され鞭毛・繊毛運動となるわけである。染色体運動についても,これまで,いくつかの仮説が提唱されてきたが,最近,鞭毛・繊毛運動と同様にダイニンがその原動力であるという説が有力になってきた2,3)(詳しくは「細胞分裂とダイニン」の章4)を参照)。本編では,筆者らがウニ卵に存在するダイニン(細胞質ダイニン)について調べた結果を基にして,細胞質ダイニンと染色体運動の関わりについて考察していく。

分裂細胞表面の力学的性質

著者: 平本幸男

ページ範囲:P.493 - P.498

 動物細胞の細胞質分裂は細胞表層,とくに分裂溝部分の表層の収縮によって起こると考えられている1)。細胞表層の構造は全表面にわたり分裂周期に伴って周期的に変化していて,この変化にさらに分裂溝部の収縮が加わって細胞質分裂が起こると考えられる2,3)。したがって分裂期の細胞表層のさまざまな部分でどのような力学的性質の変化が起こっているかをその形態的変化と関連させながら調べることは,細胞分裂機構を明らかにするうえできわめて重要である。

細胞質分裂におけるカルシウム変動

著者: 吉本康明 ,   岩松鷹司 ,   平本幸男

ページ範囲:P.499 - P.503

 卵の成熟,受精,卵割において細胞内Ca2+は重要な役割を担っていると考えられている。とくに受精の際のCa2+の変動はメダカやウニ,ヒトデなどの卵で比較的よく研究されている。これらの卵においては受精の際,Ca2+濃度の一過性の増加現象が観察されるが,これは卵の発生開始の引金の一つと考えられている。しかし,この後卵割に至るまでのCa2+の挙動はよくわかっていない。とくに卵割の際のCa2+の挙動は興味深いものであるが,一般に卵割や細胞分裂におけるCa2+濃度の変化を研究した例は少ない。
 BakerとWarner1)はアフリカツメガエルの卵で,第一,第二卵割の際にわずかなCa2+レベルの増加を観察しているが,一方でRinkら2)は同じ材料で目立ったCa2+変化はないと報告している。メダカ卵においてはRidgwayら3)が第一,第二卵割における微小なCa2+パルスを観察している。また,ごく最近Poenieら4)はウニ卵において,前核の移動期,核膜の消失する時期,分裂前期から後期への転換期,第一卵割時にそれぞれCa2+濃度の上昇が見られると報告している。植物ではWolniakら5)がマユハケオモトの胚乳細胞を用いて,膜系に結合したCa量が分裂後期の直前に減少することを観察し,この時期に分裂装置内のCa2+濃度が上昇すると推定した。

細胞質分裂:アクトミオシン系の働きと収縮環の形成

著者: 馬渕一誠

ページ範囲:P.504 - P.509

 細胞の分裂は,DNAの分配のための核分裂に続き,細胞質の分裂によって完了する。細胞質分裂の仕方は高等植物と動物ではまったく異なる。植物においてはフラグモプラストの形成とその細胞板への変化によって細胞に仕切りができるが,動物細胞では単純にくびり切れるように見える。ここではこの単純にみえる動物細胞の細胞質分裂がどのような構造によって起こされるのか,その構造はどのようにしてできるのかを考えてみたい。

連載講座 形態形成の分子生物学

ヒドラを中心とする生体の形態形成理論の展開

著者: 清水裕 ,   沢田康次

ページ範囲:P.510 - P.517

 生物の形づくりの本質は,一様均一な細胞が異なる形態や機能を有する細胞へと分化することであるといえよう。では,一つ一つの一様な細胞に異なる状態をもたらし,異なる分化経路へ導く要因は何か。現在までのところ,この問題に対する解答はまったく得られていないと言ってよい。
 この小文では,従来行われた形態形成研究の中で上記の問題に理論的立場で挑んだ人々の研究の足跡をたどりたいと思う。ただし,それらの多くは,自ら行った実験結果にみられた規則性を説明するため提案したものであり,純粋な理論は稀である。

実験講座

プロパンによる急速凍結置換固定法とその応用

著者: 井上金治 ,   黒住一昌

ページ範囲:P.518 - P.522

 急速凍結置換固定法は,まず,生の組織を急速に冷却し,ガラス状の氷(vitrified ice)になるように凍結する。次に,凍結した組織を十分に冷却した固定剤を含むアセトンの中に保存して氷をアセトンに置き換え,組織を凍結させたままで,組織の脱水と固定を同時に進行させようとする方法である。この方法は,従来一般的に使用されているグルタールアルデヒドやオスミウムを水溶液にして固定する化学的固定法とは異なり,生きた試料を急速に凍結させるところに特徴があり,化学的固定法に対して物理的固定法とも呼ばれる。
 電子顕微鏡によって細胞を観察しようとする場合,常に問題になるのは固定法である。従来使用されている化学的固定法は,使用の歴史も長く,その使用法にも種々の工夫がなされているために,固定後に得られる細胞の微細構造は,細胞の真の姿をかなりよく保存しているに違いない。しかし,化学的固定法は固定が比較的緩徐に進行するために,細胞に起こる急速な形態的変化を伴う生物現象を捉えるのは難しい。一方,急速凍結置換固定法では,まず生の組織を急速に凍結して氷の状態で次の固定を進行させるために,細胞の微細構造は真の姿に近く固定されるであろうし,細胞内に起こる急速な形態的変化を捉えるのにも好都合な方法である。

解説

リポソームの運動

著者: 宝谷紘一

ページ範囲:P.523 - P.530

 多くの生体脂質は水溶液中に懸濁すると脂質二重層膜を形成し,その膜は一重ないし多重の閉鎖小胞,すなわちリポソームとなる。その物理化学的性質については,生体膜のモデル系として多くの研究がなされてきた1-5)。有名な流動モザイクモデルもこれらの研究が基礎をなしている6)。最近では,リポソームは生体内のある特定の細胞に薬物を投与するためのマイクロカプセルとしての医学的応用の可能性が注目されている7-9)。しかしリポソームは単なる安定な袋状小胞ではなく,実は千変万化するきわめてダイナミックな構造であることが解った10,11)。本解説ではリポソームを生体膜器官の形態形成・形態変換などの動的な性質を調べるためのモデル系としてとらえ,そのダイナミックな姿をできるだけ視覚にうったえるようにして述べてみたい。

意識状態と網様体賦活系説

著者: 鈴木寿夫

ページ範囲:P.531 - P.535

 意識の二つの側面
 意識には二つの側面があると考えられる。第一は,その状態であり,一般的なレベルを意味する。これは以下述べるように,脳幹での出来事できめられるという根強い考えがある。第二の側面は,その質とでも言うべきものである。換言すれば,われわれが何を意識するかという意識の内容である。これは意識の状態とは対照的に,大脳皮質の活動によると思われる。われわれは時々刻々注意を転換しながら,見ること,聞くこと,感じること,行うことを意識する。いま,大脳皮質のある部分が障害されれば,意識のこの側面がやられると考えられる。
 以下,意識の第一の側面である意識レベルの制御系について述べる。

話題

学習・記憶の分子モデル—第14回全米神経科学会議から

著者: 後藤秀機

ページ範囲:P.536 - P.540

 1984年10月10日より15日までカリフォルニア州アナハイムで全米神経科学会議が開かれた。ディズニーランドに面したConvension Centerで行われたが,2ヵ月前のロサンゼルスオリンピックではレスリング会場に使われたものである。全米神経科学会議は毎年秋に開かれる米国でも有数の巨大な学会で,今回の参加者も第2日目の発表によるとゲストや業者を含めて7,000人を越えていた。シンポジウム,Lecture,Workshopだけで23をかぞえ,個人で全容を掴むのは不可能であるが,ここではシナプス,とくに最近長足の進歩を遂げ今年も,もっとも注目を浴びた,学習に関するE. R. Kandelの仕事を中心にして紹介する。
 Kandelはたびたび日本を訪れておりご存知の方も多いと思うが,アメフラシという海産の軟体動物の単純な神経系を用いて,学習の機構を,行動,電気生理,免疫,遺伝子工学,生化学,電顕といったおよそ生物学に関係した近代的な全手法を駆使して精力的に研究を進めている神経科学者である。現在55歳で,コロンビア大学行動神経科学センターの所長であり,50人以上の大所帯を率いている。4年前の本学会会長で,スター的存在と言うべきか多くの人の興味を引き付けている。彼の学翌モデルは大変有名なものだが,一昨年から今回の学会にかけて大きな動きがあった。今度の学会で発表された新知見を紹介する前に,彼のモデルを簡単に説明しておこう。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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