icon fsr

雑誌目次

雑誌文献

生体の科学36巻6号

1985年12月発行

雑誌目次

特集 脂肪組織

脂肪細胞の分化と微細形態

著者: 猪山賢一 ,   吉岡秀克 ,   宇宿源太郎

ページ範囲:P.546 - P.554

 脂肪組織はすべての哺乳動物に存在し,結合組織の一型と考えられる。それには白色脂肪組織(white or yellow adipose tissue)と褐色脂肪組織(brown adiposetissue)とがあり,前者は広く全身に分布するが,後者は一定部位に存在し,一般に成熟期にはその含有量はきわめて少ない。単に脂肪組織といえば白色脂肪組織を指し,それは光顕的には大脂肪滴1個に満たされた白色脂肪細胞が密に集簇して形成される。以前には,本組織は単に脂肪の貯蔵庫にすぎず,代謝的に不活発な組織とみなされていた時代もあったが,しかし,現在では,本組織は活発な代謝を営み,ことにこの組織が糖・脂質代謝の接点をなし,肝や筋肉などとともに生体全体の円滑なエネルギー代謝を行うきわめて重要な組織で,全体として一つの臓器のように機能していることが理解されている1-3)。本稿では脂肪細胞の分化と微細構造に関して,われわれが行ってきた研究を中心に,文献的な考察を加えながら解説する。

脂肪組織の中枢支配—肥満と食欲

著者: 大村裕 ,   吉松博信

ページ範囲:P.555 - P.564

 生体のエネルギーバランスの恒常性は摂食という形での外部からのエネルギー源の摂取および生体内でのエネルギー産生・消費系によって維持されている。前者については,摂食行動の調節機構という観点から行動学的,心理学的研究が行われ,最近では神経生理学的アプローチによって,その中枢神経機構が解明されつつある。そこでは肥満は過食の結果と考えられ,行動異常につながる脳の機能的障害について解析されている。一方,肥満や摂食異常を末梢の代謝異常やホルモン分泌異常などの体液性要因によって解明しようとする試みも行われてきた。すなわち,脂肪組織での脂肪代謝,肝臓や筋肉における糖代謝,下垂体ホルモン,甲状腺ホルモン,副腎皮質ホルモン,副腎カテコラミンおよび膵のインスリンやグルカゴンなどの役割が肥満発症との関係から研究されている。とくに褐色脂肪組織(brown adipose tissue,BAT)は熱産生機能を有しており,寒冷時の体温維持機能に関与しているが,種々の肥満動物でその機能異常が認められ,過食や肥満を防止するエネルギーバランス調節系としての役割が注目されている。
 以上の生体エネルギーバランスを維持する二つの要因,すなわち摂食を調節する中枢神経機構と,脂肪代謝などの末梢の代謝・内分泌機構はそれぞれ独立して働いているわけではなく,互いに緊密な情報交換のもとに機能している。

脂肪の動員と貯留—脂肪細胞の代謝特性

著者: 奥田拓道 ,   辻田隆広

ページ範囲:P.565 - P.571

 脂肪細胞は,脂肪の動員と貯留をもっぱらとする細胞である。脂肪の動員が起こる際には細胞内で脂肪が脂肪酸とグリセロールに分解された後,細胞外へ放出されるので細胞内での脂肪動員とは脂肪の分解のことになる。
 生体とは面白いもので,ある調節を行う場合には必ず相反する陰と陽を用意するようである。たとえば,食欲の調節には摂食中枢と満腹中枢とがあり,血糖の調節にはこれを上昇させるカテコラミンやグルカゴンに対して,血糖を下降させるインスリンが用意されている。脂肪細胞の代謝にも様々な陰陽のバランスが存在する。まず,細胞内には脂肪の分解と合成という相反する代謝が存在する。さらに,細胞の外からこれらの代謝を調節する因子として脂肪動員ホルモンやインスリンが存在する。前者は脂肪の分解を促進し,後者は脂肪の分解を抑制するとともに,その合成を促進する。このようなバランスの中に存在する脂肪細胞の代謝特性を脂肪の分解と合成の面から述べてみよう。

血中リポプロテインのホメオスタシス

著者: 藤井節郎 ,   山田晴雄

ページ範囲:P.572 - P.579

 一般に脂肪組織は,過剰となったエネルギーを中性脂肪の形として貯蔵する静的な組織と考えられがちであったが,近年の活発な研究により脂肪組織は血中リポプロテインの恒常化に大きく関与するとともに,ホルモンや神経によって代謝調節される動的な組織であることが明らかにされつつある。さらに脂肪組織は中性脂肪の代謝のみならず,虚血性心疾患(CHD)発症の危険因子であるコレステロールの代謝にも関与している1)
 肥満は標準体重以上に体脂肪が蓄積した状態であって,生活環境などによる外的要因と遺伝や内分泌疾患などによる内的要因によって発現するものであるが,いずれにせよ摂取エネルギーが消費エネルギーを上回った結果である。肥満によって体に物理的負担がかかるばかりでなく代謝異常も起こしやすく,糖尿病や高血圧症,心筋障害,高脂血症,脂肪肝などの諸疾患を発症させる原因となる。これらの疾患は最終的に動脈硬化症を引き起こす成因である。統計学的調査による標準死亡率において肥満度が1%増加すると死亡率は同じく1%増加することが明らかにされている。さらに,昨年米国で報告されたLRC-CPPT(The Lipid Research Clinics CoronaryPrimary Prevention Trial)2)の7年間の疫学調査より,血中のリポ蛋白,とくにLDL-コレステロールを1%低下させるとCHDの発症は2%減少することが報告された。

脂肪細胞のホルモン受容体—インスリン受容体を中心に

著者: 門脇孝 ,   春日雅人 ,   赤沼安夫

ページ範囲:P.580 - P.593

 古くより脂肪細胞はエネルギーの貯蔵庫とみなされ,食物から供給される糖質を中性脂肪という水分を含まない高密度の形でエネルギーとして貯えている。とくに飢餓時には,脂肪分解によって遊離した脂肪酸は,ブドウ糖に代って生体にエネルギーを供給する。脂肪細胞の代謝はホルモンによって巧妙に調節されていることが知られている。とくに,ラット脂肪組織はインスリンに対する感受性が高く,また脂肪動員ホルモンであるカテコラミン,グルカゴン,ACTHなどにも鋭敏に反応する。脂肪細胞のホルモンによる調節に関する研究がこの十数年飛躍的に進歩したのは,Rodbellによる遊離脂肪細胞系の開発によるところが大きい1)。その後,モデルシステムとして3T3 L1脂肪細胞2,3)や,最近ではラット脂肪細胞初代培養4)なども用いられるようになり,脂肪細胞の系は現在でも各種ホルモン受容体とホルモン作用の研究,また糖代謝,脂質代謝の研究に広く応用されている。これは,糖尿病,肥満などヒトの代謝異常の解明にもつながるものと考えられる。
 本小論では,はじめに脂肪細胞の代謝特性とホルモンによる調節を概観した後,脂肪細胞のホルモン受容体の中でももっとも研究の進歩の著しい,インスリン受容体とカテコラミン受容体の構造と機能について解説し,最後にホルモン受容体以降の情報伝達系についてインスリンの作用機序を中心に述べてみたい。

寒冷適応と脂肪組織—グルカゴンを中心に

著者: 黒島農汎 ,   八幡剛浩 ,   葉原芳昭

ページ範囲:P.594 - P.601

 寒冷に対する生体反応は熱放散の抑制と熱産生の増大の二つのカテゴリーに集約される。ラット,マウスのような小型の哺乳動物や,毛のないヒトではとくに熱産生の増大が寒冷下での体温調節にとって重要になる。寒冷に対する通常の熱産生反応は骨格筋の不随意的収縮,すなわちふるえであるが,寒冷に適応すると骨格筋の収縮によらない熱産生である非ふるえ熱産生non-shiveringthermogenesis(NST)が促進してくる。NSTの促進は代謝性寒冷適応の特性であるが,またヒトを含めた哺乳動物の新生時期の体温調節や,冬眠哺乳動物の覚醒期の体温上昇に重要であることが知られている1)。さらに食事摂取,とくに過食時に促進する摂食性熱産生diet-induced thermogenesis(DIT)が寒冷適応によるNSTと同質のものであることが示され,生体のエネルギー・バランスにおける意義が明らかにされつつある2)
 最近ラットで拘束ストレスを反復負荷するとNSTの促進による耐寒性の改善すること,すなわちストレスと寒冷の間に交叉適応の存在することが示されている1a)。したがって不可避的NSTである基礎代謝以外のNSTとして,体温調節性NST,DIT,ストレス性NST(stress-induced NST)の三つが挙げられる。そしてこれらのNSTはいずれも後に述べるような同一のメカニズムと部位で発現するものと考えられている。

持久運動と脂肪組織—長距離走と脂質代謝について

著者: 吉岡利治

ページ範囲:P.602 - P.607

 持久運動はAerobicにかつ長時間にわたって身体活動をするものである。近年,一般社会で健康法の一つとして関心が昂まっているJoggingはその良い例である。これが競技になるとAerobicで実施しうるレベルがより高いものが要求される。たとえば,マラソン競技,自転車距離競技,スキー距離競技などは典型的なものであり,この他,陸上競技10,000m走,3,000m走,ラグビーフットボールなどがこれに準ずるものと言える。これらに代表される持久性を要する運動では,(1)酸素供給能力が高いこと,(2)筋持久力が高いこと,および(3)長時間の激しい運動を持続するに足るだけのエネルギー源が確保されることである。これらの他,いずれの機能においても優れていなければならないことは言うまでもないが,しいてあげれば上記の三つになる。このうち本テーマに則した問題として持久運動遂行に伴うエネルギー源に関係深い脂肪組織の役割と代謝について述べる。持久運動と称する範囲は上記のごとくかなり広いのでその中から代表的なものとしてマラソン競技(または長距離走)にスポットをあてて考えてみたい。

連載講座 形態形成の分子生物学

神経系形成の新しいアプローチ

著者: 岡野栄之 ,   御子柴克彦

ページ範囲:P.608 - P.617

 きわめて複雑な発生過程における形態形成の問題を,統一的原理に基づいて説明することは多くの研究者たちの夢であった。分化した細胞は,その細胞に特異的な遺伝子発現の結果として,それぞれ特異な形態・機能を有するようになる。遺伝子組換えの技術が台頭したばかりの頃は,継代化されたcell lineなどの画一化された細胞集団を用いた遺伝子の単離・発現調節の解析に重点がおかれていた感があったが,生体内においては,個々の細胞の形質発現は,その細胞の位置,細胞同士の相互作用の影響を強くうける。そのため,個々の細胞の遺伝子発現の諸問題も,多細胞体制の中で考えていくことが重要となる。しかもできるなら,個体発生の過程における細胞間相互作用・形質発現調節を解析していこうという傾向が強まってきており,キメラ動物,トランスジェニック・マウスなどの発生工学手法が注目されてきている。種々の細胞が集合した組織・器官における形態形成は,まさに細胞の移動を含めた細胞間相互作用の結果生ずるパターン形成であり,とくに最近では多細胞体制の形態形成の過程で,1.〜4.の以下のことが明らかとなってきている。
 1.細胞に化学走性を示すような特定物質が存在する。

講演

凍結割断レプリカ法による接着斑と閉鎖結合の研究

著者: ,   外崎昭 ,   清水幸博

ページ範囲:P.618 - P.629

 講演を始めるにあたり日本学術振興会,日本解剖学会,ここ東京大学解剖学教室の方々,多数の日本の同僚の皆様,私を日本へ招待して下さり,いくつかの刺激に富むセミナーと討論をもつ機会を与えて下さった方々に対して心からお礼申し上げます。私は今回日本を訪問してまことに楽しうございました。私の話が皆様方にとって多少とも有益であれば幸いです。
 今日はここ東京大学医学部において,二つの形の細胞間結合,上皮細胞間接着斑,もう一つはやや特異な形の閉鎖結合について,私どもの昔からやってきた仕事と最近の発展について総説を試みたいと思います。私どもの最近の所見は,凍結割断レプリカ法により得られたものであります。

話題

フランスCEN-Saclayでの研究

著者: 田宮徹

ページ範囲:P.630 - P.633

 1982年9月より2年間,フランス原子力庁(CEA)のSaclay研究所(Service de Biochimie,Département de Biologie,Centre d'Etude Nuclear de Saclay)Gif-sur-YvetteにあるCNRS(Centre National Recherche Scientifique)とOrsayにあるUniversité Paris Sud(パリ第11大学)で研究する機会を得た。研究所の様子とそこでの研究を紹介したい。
 CEN-SaclayはCEAに所属する四つの研究所の中で中心的な機関で,パリから南西に約30Km,ベルサイコから南に約7Kmの所に位置し,近くにはUniversité Paris SudとCNRS-Gif-sur-Yvetteがあり,これら三つの研究機関が一体となって一つの研究センターとなっている。この研究所は軍事研究も行っていることから,約3Km四方の敷地の回りに金網を張りめぐらせてあり,外国人が入構するには1週間前に申請を出さなければならないほど入構チェックがきびしい。しかし,1歩門を入ると,2階建のビルが左右に点在し,クジャク,白鳥などが芝の上を闊歩し,夕方になると野ウサギが走り回っている。

遺伝子を"突然変異"させる新しい方法—antisense RNAは卵細胞内でグロビンのmRNAと特異的に結合して完全にその翻訳を遮断する

著者: 高橋豊三 ,   樋川直司 ,   奥田研爾

ページ範囲:P.634 - P.635

 ある特別な遺伝子の活性を研究する場合,微生物遺伝学では従来,主として野生株と突然変異株との比較から,その変異の原因となっているDNA上の構造の違いを導き出してきた。しかし,カエルやマウスやヒトのような,微生物に比べてはるかにゲノムサイズが大きな高等生物では,この手法をそのまま適用することは,はなはだ難しい。一般的な遺伝子操作技術を駆使しても,これらの細胞では細菌の遺伝子機能を解析するほどうまくはいかない。しかし最近,二,三の研究者によって,これらの欠陥を解消しうる方法が開発され始めている。近い将来,高等生物の細胞でも遺伝子の発現を特異的に抑えることが可能になるであろう。要するに,遺伝子突然変異を思いのままに起こさせることができると思われる。最近,Cetus-UCLAシンポジゥムで互いに関連性のある,二つの異なった手法が報告された。それらは遺伝子発現に主要な第二番目のステップである"翻訳"を阻害して,遺伝子発現を阻止しようというものである。遺伝子発現の最初のステップは遺伝子をmRNAにコピーすることであり,第二段階として核酸のメッセージが翻訳されてタンパク質が作られる。この時,問題のタンパク質遺伝子のmRNAに対して構造的に相補的なRNAを細胞の中に導入すると,その翻訳を妨げることができる。つまり,相補的なRNA(これをantisense RNAとよぶ)がmRNAに結合して翻訳されるのを妨げるのである。

謎シリーズ

海馬は本当に記憶装置なのか

著者: 宮下保司

ページ範囲:P.636 - P.640

 1984年4月より英国オックスフォード大学に日本学術振興会の援助を受けて滞在し,E.Rolls博士とともに霊長類における海馬機能の神経生理学的研究を行う機会を得た。当心理学教室では神経行動学的見地からの海馬機能の研究も多角的に行われている。従来からなかなか一致した見解の得られない「海馬と記憶」の関係について,最近の知見と未解決の問のいくつかを紹介したい。

--------------------

生体の科学 第36巻 総目次

ページ範囲:P. - P.

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

雑誌購入ページに移動

バックナンバー

icon up
あなたは医療従事者ですか?