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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学37巻4号

1986年08月発行

雑誌目次

特集 細胞生物学実験マニュアル

ページ範囲:P.254 - P.254

 生命の単位である細胞についてわれわれの理解は新しい実験技術の開発や導入のたびに急速に増大してきた。多岐に亘る技術を組み合わせて,細胞を多角的・総合的に研究する領域が細胞生物学といえる。今や,単に形態学,生化学,生理学といった古典的な枠内のアプローチのみで真の細胞生物学を進めることは困難になっている。細胞を総合的に分析することが強く要求されている現時点で,必要かつ基本的な実験技術をマニュアルとして集成することは有意義なことと考える。
 細胞生物学には,大きく四つの研究の柱がある。ゲノム,膜オルガネラ,細胞骨格・運動,および細胞社会学がそれである。それぞれの柱に必須の技術と共通した基本技術がある。それらすべてを取り上げるには紙面の限度があり,また,生化学,分子生物学,免疫学などの技術や,形態観察の基本技術については他に成書もある。したがって,本特集では,細胞生物学に比較的固有な技術のみに限ることにした。細胞研究に有用な「細胞毒」のマニュアルは一昨年の同じ倍大特集号で取り扱った。

細胞培養

細胞増殖の評価法

著者: 黒田行昭

ページ範囲:P.256 - P.257

 ■ 概要
 現在,体外培養の主流を占める株細胞の培養の場合はもちろん,生体から取出した組織や器官の初代培養の場合でも,多くはトリプシンなどの酵素処理によって解離した単一細胞の培養が多く使用されている。このため細胞増殖の定量的評価には,以前器官断片や組織片の培養に用いられていた細胞増殖域の広がりの面積測定や単位時間内の分裂頻度の測定などよりも,細胞単位での数の変化が細胞増殖の評価法としてもっとも適したものと考えられる。その中でももっともよく使用されるのは,細胞数または細胞核数の経日的変化を調べ,増殖曲線を作成する方法と,一定数の細胞をシャーレにまき一定期間培養した後,形成されたコロニー数を算定する方法である。このほかごく短期間の細胞増殖の目安としては,H3-チミジンの取込みによってDNA合成度をみる方法もある。
 細胞数または細胞核数の変化を経日的に調べる方法は,Evansら1)やSanfordら2)によって考案された重複培養法(replicate culture method)といわれる方法で,多数の小型培養瓶(ふつう小試験管)に同じ細胞浮遊液から分注した同数の細胞を植え込み,同一条件下で培養して適当な日数をおいて(通常は隔日ごと),数本ずつ培養瓶を取出して,その中の細胞数または細胞核数を血球計算板や電気式細胞数算定器を用いて算定する。最初に植え込んだ細胞が日数の経過とともにどのようにその数を変化したかを知ることができる。

細胞周期同調法

著者: 西本毅治

ページ範囲:P.258 - P.259

 ■ 概要
 動物個体から分離された細胞はアミノ酸,ビタミン,無機塩類やグルコースなどの考えられるすべての栄養源を与えても血液成分の血清がないと増殖できない。これは生体内での細胞の増殖が血液内にあるホルモンや増殖因子によって調節されていることを反映している。ホルモンや増殖因子は細胞表面にあるレセプターに結合する。これによって刺激が細胞質を通って核内のクロマチンに伝わり,mRNAの転写が始まる。そして細胞増殖が開始するという図式が考えられている1)。事実,細胞増殖因子やホルモンが不足すると増殖は止る。この時,増殖は細胞周期のどの時期でも止るのではなく必ずG1期で止る。これはG1期の特殊性によっている。G1期には細胞が置かれている周囲の状況,たとえば増殖因子や栄養素(必須アミノ酸など)の有無,細胞の密度といったものをチェックする機構がある。そしていったん細胞増殖に不利な状況であると判断したらそれ以上の増殖を止める。またいったんG1期を通過したものは,次のG1期までは周囲の状況に関係なく進行する。このため増殖因子が不足したり,必須アミノ酸が欠乏すると細胞増殖はG1期で止まる。ただし癌細胞ではこのG1期停止がなく担体動物を死に到らしめる6)。それで癌細胞の場合のG1期同調はM期の細胞が円くなってシャーレからはがれやすいことを利用した同調法が有効と思われる2)

マウスFM3 A細胞のS期同調法

著者: 清水喜美子

ページ範囲:P.260 - P.262

 増殖状態にある真核細胞はG1→S→G2→M→G1期という細胞周期を経て,分裂増殖する。その細胞集団を均一にすることは研究目的によって必須である場合もあるが,100%均一に同調することは,未だに困難である。しかしDNA合成に関係する研究やS期特異的な変異株の分離などにS期同調法が用いられており,多くの成果を上げている。S期に同調するにはヒドロキシウレア(HU)1),過剰チミジン(dThd)2),フルオロデオキシウリジン(FdUrd)3),アフィディコリン(Ac)4)を用いる方法がよく知られているが,使用目的と用いる細胞によって一番良い条件を選ぶ必要がある。この中でHUは細胞毒性が強く,細胞周期の進行を止める作用が必ずしも可逆的ではないと一般に言われている。過剰dThd法,およびFdUrd法は浮遊細胞でも用いられており,良い結果を得ている場合がある3)
 われわれの研究室では浮遊状態で増殖するマウスFM3A細胞をDNA合成阻害剤であるAcを用いてS期に同調している。この方法は過剰dThd法などでは同調しにくいdThd要求性変異株に対しても,野生株と同様に用いることができる。Acは細胞増殖を停止させるのに必要最低限の濃度を選べば細胞毒性も低く阻害は可逆的であり,方法も簡単である。現在では国内のメーカーから市販されているので入手は容易である。難点は少々高価な点である。

温度感受性変異株分離法

著者: 花岡文雄

ページ範囲:P.263 - P.265

 ■ 概要
 バクテリアやファージの分子生物学的な研究において生化学と遺伝学とが有機的に連動した,いわゆる遺伝生化学的解析が強力な武器となったことは誰しも認めるところであろう。哺乳類細胞の多様性に富んだ生命現象の研究においても,生化学と遺伝学との連動が有効であることは,癌遺伝子の発見による癌研究の画期的な進展などから明らかである。
 細胞の増殖に必須な遺伝子が変異を起こし,完全に欠損した場合,その細胞はもはや増殖できない。そこでこのような変異株は条件致死変異株としてのみ分離可能となる。哺乳類細胞の場合,条件致死変異株としては温度感受性変異株(temperature-sensitive mutant,以下ts変異株と略す),すなわち特定の遺伝子の一部に変異がおき,そのためにその遺伝子の産物であるタンパクのアミノ酸が変わり,高温でコンフォーメーションに異常をきたし正常な機能を果せなくなる,という変異株が一般的である。

無血清無蛋白完全合成培地における長期継代培養細胞の形態と機能—とくにそれらの細胞の蛋白合成ならびに分泌について

著者: 翠川修 ,   足達敏博

ページ範囲:P.266 - P.270

 ■ 無血清培養法について
 組織培養法は生体組織から目的とする特定の細胞を試験管内で増殖させることを可能にし,一定の培養条件下で純粋に細胞の形態と機能とを研究する上できわめて有力な方法である。そしてこの組織培養の進歩は細胞生物学や医学の領域で非常に多くの成果をあげていることは今さら多言を要しないところである。
 普通の組織培養用培地としてはEagle's MEM,HamF12,Medium 199,RPMI 1640など,数多くの合成培地が工夫され,これらの合成培地はそれぞれ特有の特徴を有している。通常はこれらの培地にウシなどの血清を5〜20%添加する事により,試験管内において細胞の長期培養を可能とし,ヒトを含む動物組織から多数の培養細胞株が樹立されてきた。しかし培養細胞の代謝を調べたり,とくに培養細胞が産生する蛋白質の研究を進めるためには培地に混合する血清蛋白が大きな障害となることは当然である。したがってこの障害をのりこえるために培養液から血清成分を除去したいわゆる無血清培地,さらには蛋白,ペプチドなどをまったく添加しないいわゆる無血清無蛋白培地の開発が試みられてきた。血清中にはなお化学組成や機能が確定していない無数の蛋白質があり,種々のホルモンあるいは増殖因子なども存在している。

細胞継代培養法

著者: 沖垣達

ページ範囲:P.271 - P.272

 ■ 概要
 細胞培養(組織培養)の基本技法は大別して,生体から新鮮組織を摘出し体外培養条件に適応させることを目的とした初代培養(primary culture)と,培養条件下で成長,増殖する細胞群を引き続き成育させる目的で新らしい容器に分注する長期継代培養(subculture)から成り立っている。継代培養法によって長期間の培養にたえる細胞は,一般には細胞株または株細胞(cell line)と呼ばれている。
 本章ではもっとも広く利用されている単層培養法による哺乳動物由来株細胞の継代技法について述べる。したがって,浮遊培養,回転培養,旋回培養,マイクロキャリヤー培養などについてはふれない。

テラトカルシノーマ幹細胞の培養と分化誘導

著者: 村松寿子 ,   村松喬

ページ範囲:P.273 - P.275

 ■ 概要
 テラトカルシノーマの幹細胞(embryonal carcinoma細胞,略してEC細胞)は初期胚の多分化能を持つ細胞に類似し,細胞分化の初期段階の研究に適した材料である。EC細胞の代表的なクローンを表1に示す。その性質はクローンごとに少しずつ異なっているが1-5),とくに重要な違いはフィーダー依存性の有無と,分化能(方向と程度)にある。EC細胞のin vitro分化誘導法としては,レチノイン酸処理が一般的に用いられている。細胞の塊を作らせるのみで分化を誘導する手法もあるが,適用できるクローンは限定されている。なお,レチノイン酸処理による分化誘導の際にも,細胞塊を作らせるか否かで,分化の方向と程度が異なってくる。多方向への分化を誘導しようとすると細胞塊形成は必須のようである。細胞塊形成のためには,バクテリア培養用のシャーレに細胞を播き,細胞をシャーレに接着させず集合させる手法が一般的であるが,細胞を軽く遠心分離して接着させる手法2)もある。
 以下に,筆者らがF9細胞およびHM-1細胞を用いて行っている培養法と分化誘導法を記す。二つのクローンはともにフィーダー非依存性で,分化能が異なるにもかかわらず,同様に取り扱うことができる。唯一の違いはHM-1細胞の維持および分化誘導用の培養液が0.1mM2-メルカプトエタノールを含むことである。

細胞凍結保存法

著者: 堀内龍也

ページ範囲:P.276 - P.277

 培養細胞は常に雑菌による汚染の危険にさらされているし,長期間培養して,細胞分裂の回数を重ねるに従い,形質変化を起こす可能性も高くなる。とくに,分化機能は容易に変化したり失われたりする。これを防ぐ唯一の方法は,細胞を液体窒素中で凍結保存することであり,これは細胞培養を用いる研究者にとって,日常必須の技術である。一般に,液体窒素中で保存した細胞は,液体窒素が蒸発し尽さない限りほぼ半永久的に凍結前の状態を維持して保存することができると考えられている。したがって,貴重な細胞はぜひとも凍結して保存しておかなければならない。
 動物細胞を凍結保存する技術の進歩は,1949年Polgeらがグリセロール添加により凍結による細胞損傷から守られることを発見したことと,安価な液体窒素の供給が可能になったことによるところが大きい。本稿では細胞の凍結保存の具体的方法と,留意点を解説する。

旋回培養による組織再構築

著者: 高木新

ページ範囲:P.278 - P.280

 ■ 概要
 脊椎動物の胚組織を単一細胞に解離して再集合させると集合体内に組織様の構造が再形成されることが30年ほど前に示された1)。これ以降,多細胞生物の形態形成を個々の細胞の運動性,接着性などの面から解析しようとする際に,集合体培養は不可欠の培養系となっている。また,単層培養中では失われてしまうような細胞の分化形質を維持する目的で集合体培養が用いられる場合もある2)
 Mosconaは効率よく細胞集合体を形成させるために旋回培養法を考案した3)。解離された浮遊細胞を含む培養皿を旋回させると,細胞はおたがいに衝突・接着して集合体を形成する。この時,①旋回速度,②細胞数,③培養液の量,④培養皿の大きさ・形,といったパラメーターを一定にすれば,形成される集合体の大きさ,数を再現性よく定めることができる。

核・染色体分析

Karyotype分析法

著者: 池内達郎

ページ範囲:P.282 - P.284

 ■ 概要
 核型(karyotype)とは,1個の細胞内に含まれる全染色体構成を,染色体の数と形に基づいて分類し図式的に表したものをいう。1970年前後に始まった各種の分染法の発展によって染色体の分析精度は著しく向上し,現在では遺伝学の様々な局面で染色体分析が行われている。ヒトの染色体異常症の診断や成因解析,細胞の癌化と染色体変化との関連,遺伝子マッピング,および核型進化に関連した染色体の種間相同性の解析,さらには樹立された培養細胞株の性状解析など多数の分野で新しい染色体の研究が展開されている。
 本稿では,核型分析のための標本作成から核型異常の記載法までの概略を述べる。紙面の都合上,具体的な手技や方法についての詳しい記述はできないので,二,三の関連の解説書1-3)を末尾にあげた。

染色体分離法

著者: 福重真一

ページ範囲:P.285 - P.287

 ■ 概要
 染色体分離法としてまず最初に用いられたのはMaioらによる蔗糖密度勾配遠心法である。これは主に各染色体のサイズの違いを基に分離する方法で,一度に大量の染色体を分画できるという利点がある反面,その分離の程度(分解能)があまり良くないという欠点をもつ。そのため,ヒト,マウスなど非常にサイズの似かよった染色体を含む生物では適当な方法とは言えない。これに代わり登場したのがセルソーターを用いた分離法である。これはDNAに特異的に結合する螢光色素で各染色体を染め,その螢光強度の違いを利用して分離分画する方法である。ここでは,染色体試料をEB(Ethidium Bromide)で染色し,シングルレーザーを装備したセルソーターで解析,ソーティング(分取)する方法について解説する。

染色体分染法

著者: 千代豪昭 ,   北谷真潮 ,   尾崎守

ページ範囲:P.288 - P.294

 Caspersson(1969)が染色体の同定を目的としたQ分染法を報告1)して以来,種々の分染法やその変法が紹介されている。大学院学生や細胞遺伝学を専門としていない研究者が必要にせまられて染色体の分染を行うとき,どの方法を用いればよいのか選択に困難を覚えるほどであろう。重要なことは基本事項をおさえることと,分染機構(仮説でもよい)を考えながら条件を決めていくことである。数多くの指導書や論文が出版されているが,上記に重点を置いたものはあまり見かけない。本稿では基本的な分染法を選び,分染の機構や標本の処理について,実際に則した基本事項をまとめた。

ヒトの遺伝子地図作成

著者: 武部啓

ページ範囲:P.295 - P.296

 ■ 概要
 遺伝子地図作成とは,染色体上に遺伝子がどのように配列されているかを明らかにすることで,歴史的にはショウジョウバエ,大腸菌,ヒトでそれぞれ新しい手法が開発されてきた。ショウジョウバエでは組換えによる乗り換え(crossing over)の頻度から遺伝子間の距離を推定する遺伝子地図と,主として唾腺染色体の観察から遺伝子地図に対応させた染色体地図を合わせて遺伝子の配列が決定され,この方法は他の生物にも基本的にすべて適用できると考えられていた。大腸菌では,雄株(Hfr)から雌株(F)への染色体の導入を人為的に中断させて,それによって,どこまで遺伝子が導入されたかを推定する方法で解析され,環状の染色体を100分した遺伝子地図(たまたま全染色体を導入するのに100分かかる)が作成されている。ヒトでは,任意交配ができないこと,染色体数が多いことなどから,ショウジョウバエ型の手法ではほとんど遺伝子地図作成は不可能であった。ところが以下に述べるような新しい手法の導入により,ヒトの遺伝子地図作成(human gene mapping)が可能となったばかりでなく,現在では医学,生物学におけるもっとも注目を集める研究分野になっている。ここでは,古典的なショウジョウバエ,大腸菌の遺伝子地図作成にはこれ以上ふれず,もっぱらヒトの遺伝子地図作成法1)の概要を述べたい。

DNA顕微螢光測定法

著者: 藤田哲也

ページ範囲:P.297 - P.299

 ■ 概要
 DNA顕微螢光測定法は,pg(1兆分の1g)のオーダーの物質を,螢光を利用し,in situで顕微測光によって定量する技術をDNAに応用するものである。この方法の開発の歴史をたどると二つの大きな意義があったことがわかる。その一つは,超微量の物質を光学的に正しく定量するために,どのような光学装置が必要であり,どのような螢光物質を用い,どのような条件で測定すればよいかというハードウエアとソフトウエアの知識が集ったことであって,この基礎の上に,Fura2のような螢光色素を用いる生細胞内Ca++分布のリアルタイムの定量1)や,FITC標識dextranを用いる細胞内pHのモニタリング2)のような技術が発展した。螢光プローブの種類によって,このような細胞内螢光定量法はこれからさまざまの細胞機能解析に応用されていくであろう。また,第二の意義は,"ニューロンのDNAが生後の経験の集積とともに増量していくという学説"に徹底的な吟味が行われ,脊椎動物の中枢神経系ではそのような増量はないという結論がえられた3)ことである。このさい,成熟した脳の中でDNA合成を行うのは(間葉系細胞は別として)グリア細胞のみであることが同時に明らかになった。したがって,3H-thymidineのオートラジオグラフィを行うことができないヒトの脳においても,グリア系細胞の増殖をみる方法として用いられるようになっている。

細胞工学

細胞融合法

著者: 島康文

ページ範囲:P.302 - P.304

 細胞融合は,エールリッヒ腹水癌細胞にHVJ(Hemagglutinating Virus of Japan)を加えると多核細胞が出現することから発見された。そしてその技術の確立により雑種細胞の形成が可能になり,それまで交配に相当する現象がないためあまり興味を向けられていなかった,体細胞遺伝学が飛躍的に発展した。またモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマの作製にも応用され免疫学に大きく貢献してきた。こうして現在,細胞融合は細胞生物学を研究する上で欠かすことのできない基本的な技術の一つとなっている。
 本稿では,HJVによる融合法と,PEGによる融合法について述べる。

核移植

著者: 岡田益吉

ページ範囲:P.305 - P.306

 Briggs & Kingが両棲類の卵で初めて核移植に成功したのは1952年のことであったが,核移植はこれまで次のような研究に使われてきた。1)分化した細胞の核にも受精卵の核と同じように全発生過程を支えるに十分な遺伝子セットを持っていることを示す1)。2)発生の進行に伴って,核自身の機能が不可逆的変化を受けることを示す2)。3)遺伝的マーカー,あるいは発生に必要な遺伝子の突然変異を持つ核を胚の特定領域に移植することにより細胞系統を明らかにしたり,その発生遺伝子が胚のどの領域で必要かを明らかにする3)。4)遺伝子発現を調節する細胞質因子の働きを明らかにする4)。このほかにもこの技術の応用についてはまだ新しいアイディアの出る余地も十分に残されていると思われる。ここでは昆虫類と哺乳類でこれまで使われた方法について簡単に解説する。両棲類の場合はどちらかの方法を応用することができる(さらに詳しくは参考書1-3参照)。

マイクロインジェクション

著者: 菅野義信

ページ範囲:P.307 - P.309

 ■ 概要
 人体に直接薬物を比較的簡単に注入するため注射という臨床的手法が行われるようになったのは何時頃からであろうか。近代生物学の新しい手法による研究の試みは今世紀の始めに次々と公表されている。実際当時のドイツの生理学の雑誌アルヒーフ総合生理学誌を見ると,今でも研究の方向や研究主題をいくらでも見つけることができる。1920年すでにドイツの生理学者シュミットマン女史は各種の動物の唾液腺細胞中にpHにより色の変化する色素を注入し,細胞内のpHを直接測定することを試み論文を公表している。一般に細胞は細胞膜で覆われ,細胞外の環境から物質が自由に出入することはなく,また高等動物では細胞外で体内の環境もホメオスターシスにより滲透圧他塩類イオン濃度などかなり厳密な調節を受けている。しかし細胞内に,できれば細胞内の特定位置に何か物質をしかも特定濃度,特定量を注入し,ある実験状況を与えてやると,細胞の特定性質を変化させたり,細胞に特定の条件を与えることが可能になる。これがマイクロインジェクションである。したがってまず器官,組織中の細胞か培養細胞を顕微鏡下なるべく正常な状況下で直視確認し,その細胞に主としてガラス毛細管のごとき,中腔の小さい針を細胞の特定位置に挿入し,特定物質の一定量を注入することになる。当然注入する細胞は大きいほど手技は楽になり,注入物質の分子最は小さいほど注入は容易である。

細胞内遺伝子注入法

著者: 笹井平 ,   角永武夫

ページ範囲:P.310 - P.312

 ■ 概要
 DNAを真核細胞に移入する方法には,①DNA-リン酸カルシウム法,②機械的なマイクロインジェクション法,③プロトプラストやリボソームとの融合法,④電気ショック法などがあり,最近ではこれらの方法の二つを組み合わせる方法も考案されているが,ここではとりわけ簡便で現在広く用いられているリン酸カルシウム法について解説する。
 この方法は最初にGrahamら1)によってウイルスDNAを哺乳類細胞に移入するために考案され,その後細胞高分子DNAを移入できるようWiglerら2)が改良を加えたものである。現在では遺伝子発現の研究,種々の遺伝子のクローニング,癌遺伝子の検索などその応用は多岐にわたる。例として受容細胞NIH 3T3細胞に癌遺伝子を移入する実験操作を紹介するが,他の受容細胞や遺伝子にも適用される方法である。なお,受容細胞の種類や遺伝子のサイズなどにより,至適条件が異なり,また各研究者により様々な工夫が加えられて,細かい点では異なる方法がとられていることに留意されたい。

紫外線顕微照射法

著者: 佐藤英美

ページ範囲:P.313 - P.315

 ■ 概要
 波長380nmから220nmあたりまでの近・遠紫外線を,微細表面鏡・細いスリット・ピンホールなどで0.5〜5μm径の光束にまとめ,顕微鏡光学系を通じて細胞の部分照射を行う方法。微小電極やマイクロパイペットの代りに,特定波長領域の紫外線のマイクロビームを探索子(probe)として利用する,顕微解剖技術の一つと考えてよい。蛋白質などの有機物は,化学構造に基づく独自の吸収スペクトルを持つ。その紫外吸光特性を利用して,特定の細胞器官や細胞骨格系を部分的に照射し,撰択的な変化と修復の過程の追跡から,細胞の動態を探ろうとする点が特徴である5,6)。実験の目的によっては紫外線を偏光し,E-vectorの振動面を一定として顕微照射を行う場合がある4)。また紫外線のほかに,レーザー光・軟レントゲン線・電子線・プロトンなどもマイクロビームの線源として利用される2,6)

レーザーによる細胞破壊法

著者: 伊藤文雄 ,   曾我部正博 ,   吉村篤司

ページ範囲:P.316 - P.318

 ■ 概要
 近頃ではレーザー技術の進歩によって細胞工学へのレーザーの応用も簡便でかつ低価格になったため,誰にでも手軽に利用できるようになった。約10年前にわれわれがレーザー光による組織の微小破壊について紹介して以来1)その技術は多方面で使われてきた。この方法はレーザー光をレンズを使って集光し,マイクロビームで細胞の一部を破壊するものである。無染色のままで微小破壊に成功しているのは天然の色素をもつ組織細胞が多い。たとえば,ヘモグロビンをもつ赤血球,黄色色素を含む粘菌,メラニン色素をもつ網膜などが挙げられる。そのような色素をもたぬ細胞を微小破壊するには,あらかじめアクリジンオレンジ,メチレンブルー,ヤヌスグリーン(文献1を参照)などで生体染色した後,レーザー光を照射している。しかし細胞内高分子や細胞内小器官がレーザー光を吸収することもあるから2),試行してみるのもよい。その考えでItoら3)はカエル筋紡錘神経末端の有髄神経枝を切断している。その方法(集光法)を第一に解説する。
 第二には選択的光熱破壊法selective photothermolysismethodを紹介する。これはレーザー光に敏感な色素を,目的とする細胞に取り込ませるか注入し,その細胞を含む組織全体をレーザー照射する。目的の細胞は破壊されるが,他の細胞は健常である。

胚工学・発生工学

試験管内受精と初期胚培養

著者: 豊田裕

ページ範囲:P.320 - P.321

 ■ 概要
 胚工学または発生工学に関する実験を行うためには,まず,試験管内受精と初期胚培養のための安定した技術を持つことが必要である。これらの技術は,少なくともマウスに関する限り,比較的容易であり,材料を吟味し,注意深く行えば,きわめて高い再現性が得られる。ラット,ハムスターについても試験管内受精の再現性は高く,初期胚培養もある程度可能であるが,着床前の全過程を体外で発生させる方法は,いまだ確立されていない。ウサギについてはマウスと同様に試験管内受精とそれに続く初期胚の培養が可能であるが,その方法および培地の組成はマウスとかなり異なる。ここでは紙数の制約から,マウスを用いた方法についてその概要を述べる。

胚培養法

著者: 成瀬一郎

ページ範囲:P.322 - P.324

 ■ 概要
 哺乳類胚を培養することで,1)胚に外科的操作を施したり組織にマークを付けることができる。2)発生過程を連続的に観察することができ,さらに,その後に核型や組織構築を検索することもできる。3)厳密に量を定めた薬物を処理できる。4)発生段階をそろえることができるために,催奇形性の臨界期を決定しやすい。5)母体の薬物代謝を除外できる。6)母体のストレスなどの二次的影響を除外できる。7)胎仔の栄養,呼吸の要求を調べうる。以上が胚培養を利用することで得られる主な利点であろう。
 胚培養は,1)着床期まで,2)着床前から器官形成期まで,3)器官形成期の三つのステージでそれぞれ方法が異なる。1)については前節で触れられるので,ここでは2,3)について述べる。とくに,実験に繁用されるラット,マウスに焦点を絞る。

鶏胚有窓法と植え換え法

著者: 絹谷政江

ページ範囲:P.325 - P.328

 ■ 概要
 ニワトリ胚は胎生でなく母体から独立しており,実験操作を加えることができることや,哺乳類と同様に羊膜形成が認められることなどから,発生の実験材料として使用されることが多い。ニワトリ胚は孵卵開始時間を選ぶことにより,随時実験に使用可能である。また,数多くのembryoを一時に購入使用することもできる。よって実験発生学の材料としてその登場の歴史は古く,多岐にわたり実験に使用されてきている。
 発生段階で,細胞や組織の一部分あるいは臓器の移植を行う場合,cell markerを利用して細胞を識別し得るならば,組織を構成する細胞の起源を知ることや,また移動して行く細胞をトレースすることも可能となる。この点に関して多くの試みがなされ,cell markerとして細胞質中に含まれるyolk droplet量や細胞の大きさの違いや酵素欠損のmutantなどが利用されてきている。最近,とくに注目されている実験系がある。ニワトリとウズラの核小体の形態学的な差異を利用するLe Douarinの方法である1)。また,その系において植え換え後,正常に発生が進み,キメラとして孵化させ得ることが確かめられている2)。神経管を初めとして,ファブリチウス嚢,胸腺,脳胞,whole embryoなどの植え換え法が報告されており,今後ますますそれらの方法の使用頻度が増すと思われる。

キメラマウス作製法

著者: 横山峯介

ページ範囲:P.329 - P.331

 ■概要
 由来の異なる2個以上の受精卵あるいは3個以上の配偶子の結合から発生した,遺伝子型を異とする細胞群から構成される複合個体をキメラという。このようなキメラ動物は,同一個体内に遺伝的に起源の異なる細胞がとなり合った状態で存在しており,この特性を利用することによって,発生ならびに分化の過程における遺伝子発現の機構や細胞間の相互作用などを解析することができる。
 キメラ動物の作製法には,卵割期にある2個以上の胚を接着・集合させる集合法1,2)と,着床間近まで発生した胚盤胞期胚の胚腔内に他の細胞を注入する注入法3)とがある。集合法は,必要とする装置が少なくてすみ,実験操作も容易で作製成績も高いという利点がある。もう一方の注入法は,種々の装置と熟練した技術を必要とするが,注入する細胞の種類はとくに限定されず,発生段階の異なる胚細胞やテラトーマ細胞など異種の細胞の組み込みも可能である4)

受精卵への遺伝子注入法

著者: 山村研一

ページ範囲:P.332 - P.333

 ■ 概要
 受精卵に外来遺伝子を導入し,いわゆるトランスジェニックマウスを作成する方法にはいくつかの特徴がある。第一は,導入した遺伝子は正常細胞に組み込まれるということである。第二は,遺伝子を導入した受精卵は,発生分化をとげて一つの個体になるということである。遺伝子は個体を構成するすべての細胞の染色体の同じ位置に組み込まれるので,いつ,どの細胞で発現するのかという遺伝子発現の組織特異性・時期特異性を解析することができる。第三は,導入遺伝子は生殖細胞にも組み込まれているので,次の世代以降にも伝達されるという点である。外来遺伝子を持つトランスジェニックマウスと元の系統のマウスとの遺伝的な差は,導入遺伝子の有無のみで,すなわち,これは一種のコンジェニックマウスであるということができ,モデル動物作製にもきわめて有用な手段となりうる。

細胞運動・細胞骨格分析

細胞移動能分析法

著者: 児玉隆治 ,   竹内隆 ,   江口吾朗

ページ範囲:P.336 - P.338

 細胞の移動能の分析には以下のように様々な方法が可能であり,必要に応じた取捨選択が必要である。本項では,主に動物細胞の培養環境での移動能に重点を置きながら,それらの方法を羅列的に紹介するが,応用にあたっては各自それぞれに十分検討していただきたい。

軸索輸送研究法

著者: 田代朋子

ページ範囲:P.339 - P.341

 ■ 概要
 神経細胞の軸索突起や神経終末部は高分子合成能を備えておらず,細胞体からの供給によって維持されているため,軸索内輸送と呼ばれる高分子輸送機構が発達している。軸索内輸送は,微小管に沿った膜成分の流れと考えられる速い輸送(1日250〜400mm)と,主として細胞骨格蛋白の流れである遅い輸送(1日数mm)に大別される。
 ここでは細胞体部分に放射標識アミノ酸を投与して新生蛋白質を標識し,その移動を解析するin vivo実験法について述べる。標識蛋白質は,ゲル電気泳動で分離し,フルオログラフィーで検出する。この方法は,輸送現象の観察だけでなく,軸索内成分の選択的標識法として利用できるので,たとえば軸索細胞骨格蛋白の研究にも有効な手段となる。放射標識法と併用するか,あるいは単独で,特定の酵素活性や抗原の貯留を観察する結紮法や低温ブロック法については,文献1を参照されたい。

分裂装置単離・分析法

著者: 酒井彦一

ページ範囲:P.342 - P.343

 ■ 概要
 すべての真核細胞は,復製した染色体を娘細胞へ二分するために分裂装置を形成する。微小管をその骨格とする分裂装置は,一つの典型的な微小管細胞骨格系としても,また,染色体の運動系としてもすぐれた研究対象の一つであろう。
 分裂装置の形成には,一対の微小管形成中心の空間的配置が必要であり,その構造と構成蛋白成分の研究は細胞内の微小管系骨格の形成開始部位や,その活性制御機構の問題と関連して重要である。また,動的平衡状態にあるといわれる分裂装置の微小管骨格の性質は,微小管の細胞内での重合・脱重合系の制御とその仕組の研究対象としても重要で,最近の中心体または動原体とチュブリンとの相互作用に関する研究は,in vitro系と異なった細胞内でのチュブリン重合系に関して,一つの基本的問題を投げかけている。

食作用分析法

著者: 永山在明

ページ範囲:P.344 - P.345

 ■ 概要
 細胞は細胞外の粒子や分子を内部に摂取する。この過程はエンドサイトーシス(endocytosis)とよばれ可溶性分子やフェリチンのような小さな粒子の取り込みを飲作用(pinocytosis),赤血球のような大きな粒子の取り込み,処理を食作用(phagocytosis)とよぶ。食作用が非常に盛んな細胞は食細胞(phagocyte)とよばれ,顆粒球系(granulocyte,多核白血球polymorphonuclear leukocyte)とマクロファージ系細胞(単球monocyte,マクロファージmacrophage)にわけられる。細胞の運動や膜たんぱくの移動に微小管やアクチンフィラメント,中間径フィラメントなど細胞骨格が重要な役割を果していることは知られている。したがって,細胞運動やそれぞれの細胞骨格の機能の解明の上で,食作用の活発な食細胞を用いて解析を行うことは大きな意義がある。食細胞による食作用は,①異物と細胞膜が接触結合し,②偽足様突起が異物を取り囲み,③陥入して細胞内小胞(食胞,phagosome)となり,④食胞はリソソームと融合してファゴリソソーム(phagolysosome)となり,⑤病原体の殺菌(killing),異物の消化(digestion)といういくつかのステップにわけられる。

ゲル・ゾル化の測定法(落球法による粘度測定)

著者: 大瀧徹也 ,   浅野朗

ページ範囲:P.346 - P.347

 ■ 概要
 アクチン結合性タンパク質を研究するうえでの基本的な戦術の一つは,これがアクチン溶液の粘度に及ぼす影響を調べることである。この粘度の測定に際しては,とくにshear stressについて考慮しなくてはならない。たとえばアクチンゲル化因子の作用によってアクチン線維の会合体が形成されていても,測定時に高いshearstrcss(剪断力)がかかるならば,会合体は破壊され,正当な効果を引き出すことができなくなる。したがってこの場合にはshear stressの小さい条件で測定のできる粘度計が必要である。この条件を満足し,かつ安価で簡便な方法が落球法粘度計である。これは,'70年代の後半にPollardらによってはじめてアクチン研究の分野に用いられ1),それ以来急速に普及した。本項ではこの落球法粘度計について概説する。
 実験方法は簡便である。試料を満たした毛細管中に小球を落下させ,落下速度から粘度を求めればよい。落下を始めた球が加速をしていくのと同時に,球がうける動摩擦力が増大していき,定速運動状態に達する。この時,球が流体(試料)に及ぼす力(重力)と試料が球に及ぼす力(主に,浮力と動摩擦力)が釣り合う。動摩擦力は6πηu(ηは粘度,uは落下速度)で表わされ,また重力と浮力はη,uについて零次であるから,ηと1/uの間に比例関係が成り立つ。

鞭毛運動解析法

著者: 高橋景一 ,   真行寺千佳子

ページ範囲:P.348 - P.350

 ■ 概要
 真核細胞の鞭毛・繊毛の運動は,チュブリン・ダイニン系細胞運動の代表として近年盛んに研究されるようになったが,その機構には依然として不明の点が多い。ここでは,鞭毛の運動機構を解明するうえで基本的に重要な意味を持つ,運動の記録・解析方法を中心に述べる。

アメーバ部分解体分析法

著者: 黒田清子

ページ範囲:P.351 - P.353

 アメーバにはAcanthamoebaやEntamoebaのように体長10μm前後の小さいものから,Amoeba proteusさらにはChaos chaosのように数100μmから数mmにおよぶ巨大アメーバまで,大きさも形態も様々の種類がある。また運動様式も種によって非常に異なるが,運動の分子機構はいずれもactomyosin-ATP系によるものと考えられている。しかしその調節機構についてはいまだ不明の点が多い。
 運動の機能の解明に生きたアメーバを用いることにはそれなりの利点があるが,アメーバを順次解体して,それぞれの程度に解体されたin vitroの系を用いることは,運動の分子機構を研究するうえで有効な手段と思われる。より低次に部分解体された系として,以下のように大別してみる。アメーバを完全に破壊したホモジェネイトの系や,単離した収縮性蛋白質を用いて再構成したモデル系については今回は触れない。

アクチン同定法

著者: 石川春律

ページ範囲:P.354 - P.356

 アクチンはミオシンとともに筋の収縮性蛋白質としてよく知られているが,筋細胞のみでなく,広く動植物のほとんどすべての細胞に存在する。その機能を考えるとき,まず細胞内におけるアクチンの正しい同定と分布・配列が重要となる。
 アクチンは分子量約42,000,直径約4nmのほぼ球状の分子である。この分子(G-アクチン)は重合して,直径約6nmの線維状(F-アクチン)をなす。細胞内で,アクチンはすべてが重合形のアクチンフィラメントとして存在するわけではなく,非重合形が共存しうるので,単にアクチンという場合はこの両者が含まれる。非重合形のアクチンは形態学的に同定することはできないので,アクチンフィラメントのみが形態学的同定の対象となる。

細胞膜・小器官分析

レクチン結合実験法

著者: 川上速人 ,   平野寛

ページ範囲:P.358 - P.361

 レクチンは糖と相互作用するタンパク質で,その多くは植物種子由来であるが,近年では広く動物,カビ,細菌などからも見出されている。さらに哺乳動物の組織からレクチン様物質が数多く報告されるに至り,レクチン自身の機能についても一層の注目が集っている。組織細胞化学の領域で繁用される主なレクチンおよびその糖結合特異性を表1に示す1,2)。これらのレクチンを利用して,細胞膜や細胞内小器官に存在する複合糖質の分布,あるいはそれらの合成経路の解析など広範囲な研究が可能となる。また腫瘍マーカーとしての応用や,特定の組織,細胞の同定法への応用なども盛んである。レクチンの糖結合特異性の詳細や,糖鎖構造の解析などについては総説を参照されたい3-5)
 レクチンを組織細胞化学的に適用する際,いくつかの選択肢がある。光顕か電顕か,標識物質の種類は,レクチンとの反応は標本を作る前か後かなど,実験目的に応じてあらかじめ決めておかなければならない。レクチン結合部を可視化する標識として一般に用いられるのは,螢光物質(FITCなど),西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP),フェリチン,金コロイドなどである(図1)。レクチンを実際に適用する際の選択肢を図2にまとめて示す。直接標識法(一段法)では標識したレクチンを試料と直接反応させる。

カコジル酸鉄コロイドによる酸性ムコ多糖の染色

著者: 妹尾左知丸

ページ範囲:P.362 - P.364

 ■概要
 酸性ムコ多糖(ムコ多糖)と蛋白の複合体をムチンあるいはムコ蛋白という。ムコ多糖はヘテロ多糖で,一般に二種の単糖から成る二糖が単位となって繰り返しの構造になっており,二糖の少なくとも一つはカルボキシル基か硫酸基をもち,またアセチル化ないしスルフォン化したアミノ基をもっている。これらの多糖はポリペプチドの糸に樹枝状に結合して糖蛋白を作っている。ポリペプチドの糸は細胞のリピド分子二重膜の中に浮いている膜蛋白の延長である。したがってムチンは細胞表面をおおっているが,あるものは粘液として体外に分泌され,またあるものは組織内に分泌されてヒアルロン酸と結合し,細胞間質を充たしている。こうしてムコ多糖は細胞の表面や組織間隙の負荷電環境を保つと同時に,細胞の物質取り込み,細胞相互の接着または運動のための潤滑油の役目をしている。したがって,ムコ多糖の局在を知ることは細胞ないし生体全体の機能を考えるうえにきわめて重要である。

小腸刷子縁の調製

著者: 藤田道也

ページ範囲:P.365 - P.366

 ■ 概要
 ここではできるだけインタクトな刷子縁をマウス(またはラット)小腸から単離する方法について述べる。
 この方法の要点は組織のホモジナイゼーションの強度と遠心力を徐々に上げてゆくことにより,まず最初に刷子縁を含む半破壊細胞と核を分離し,ついで刷子縁と他の細胞成分を分離することである1-3)

巨大軸索灌流法

著者: 松本元

ページ範囲:P.367 - P.370

 軸索内灌流が行える巨大軸索として通常電気生理実験に用いられるのは,ヤリイカ巨大軸索(ふつう直径400〜800μm,長さ4〜8cm)である1,2)。軸索内灌流方法は1961年にTasakiのグループ3)とHodgkinのグループ4)によって独立に開発された。両者の基本的相違点は原形質中心部のくり抜き方と用いるチェンバーの2点にある。
 Tasakiグループが開発した灌流方法は吸引と蛋白質分解酵素によって原形質中心部をくり抜くもので,酵素法と呼ばれる。チェンバーはTasakiの開発した空気間隙のあるものを用い,軸索は水平に置かれる1)。これに対しHodgkinグループの方法はローラーによって原形質中心部をくり抜くもので,ローラー法と呼ばれる。チェンバーは空気間隙のないもので,軸索は垂直に置かれる。ここではわれわれが通常用いているTasakiのチェンバーを使ったローラー法による軸索内灌流につき述べる。酵素法については他で詳しく紹介した1)

膜蛋白質の定量的免疫電顕法

著者: 田代裕 ,   山本章嗣

ページ範囲:P.371 - P.374

 ■ 概要
 生体膜を構成する膜蛋白質の分布や局在の研究は従来主として生化学と細胞化学によって研究されてきた。前者は細胞分画法によって種々の膜画分を分離し,生化学的に分析する方法であり,後者は光顕レベルの組織化学を電顕レベルに拡張した方法である。
 生化学的方法は定量性があり,特異性も高いが,その解像力は細胞分画法に依存し,きわめて貧弱である。細胞化学は解像力は高いが,定量性に乏しく,特異性にも問題がある場合が少なくない。

細胞接着能分析法

著者: 野村一也

ページ範囲:P.375 - P.377

 哺乳類・鳥類・両生類などにおいては,細胞と細胞を相互に接着させる機構として①Ca2+の存在に依存して機能する機構(Ca2+dependent cell-cell adhesionsystem:CDSと略称),②Ca2+に依存しない機構(Ca2+ independent cell-cell adhesion system:CIDSと略称)の少なくとも二種が存在していることが知られている1,2)。ここではこれらの細胞接着の研究に用いられる基本的手法として,細胞解離法,細胞接着能分析法について詳述し,あわせて細胞接着因子に対するモノクローナル抗体の作製についても簡潔に記すことにする。

細胞単離

神経細胞単離法

著者: 増子貞彦 ,   嶋田裕

ページ範囲:P.380 - P.381

 神経細胞を単離して,それをin vitroの実験システム,たとえば細胞培養法やパッチクランプなどの電気生理学的手法で解析することは,神経科学を研究するうえで,有力な手段となっている。しかし,神経組織は性質が異なる膨大な種類の神経細胞によって構成されているので,単離した神経細胞のタイプもしくは素性が明らかなものでなければ,それから得られる情報の価値は低い。さらに,神経組織には神経細胞の他に,神経膠細胞や血管内皮細胞などの非神経細胞も含まれている。したがって,神経細胞を単離しようとするとき,①どのようにして目的とするタイプの神経細胞のみを含む神経組織を取り出すか,②いかにその組織を単一細胞に解離するか,また③神経細胞と非神経細胞とをどのように分離するか,ということが重要なポイントになる。

肝細胞単離法

著者: 田中啓二

ページ範囲:P.382 - P.384

 ■ 概要
 肝臓は機能の異なる種々の細胞から構成されており,それらは肝実質細胞と非肝実質細胞に大別できる。前者は肝重量の90%,肝総細胞数の65%を占め,肝特異機能の発現に関与しており,一般に肝細胞といえばこの細胞を意味する。後者は主として内皮細胞,クッパー細胞,脂肪貯蔵細胞から成り,肝臓内の類洞を形成している。
 肝臓の機能は複雑多岐であり,これらを解析するためにはその最小機能単位としての細胞レベルの研究が有用である。またこの系は細胞間の相互作用による組織化の解明,肝再生機構の研究などにも大きく寄与するものと期待される。

血管内皮細胞単離法

著者: 岡部哲郎

ページ範囲:P.385 - P.387

 ■ 実験動物の選択
 通常,実験に用いている血管内皮細胞は,ウシやブタの血管,およびヒトの臍帯静脈由来の場合がほとんどである。この三種の動物由来の血管内皮細胞は,それぞれin vitroで異なった性質を示すため,実験の目的に応じて,まず,動物の選択をする必要がある。大きな特徴は寿命である。ヒトおよびウシ由来の血管内皮細胞はその寿命が割合に短い。したがって,これらの動物由来の血管内皮細胞は,cell lineの樹立,cell cloningなどを行う必要のある実験などには適さない。これらの動物の血管内皮細胞は主にprimary cultureやshort-term cultureでの実験系に用いられている。とくにヒトの臍帯静脈由来の血管内皮細胞の寿命は短いので,実験のたびにprimary cultureを行うようなことになる。一方ブタ由来の血管内皮細胞は寿命が長い。われわれの研究室では,6年ほど前よりミニブタの大動脈,肺動脈,冠状動脈および脳底動脈より血管内皮細胞を分離し,cell cloningを行って,cell lineの樹立を行ってきたが,ブタの血管内皮は比較的cell lineになりやすく,cloneを分離することも可能である。分離したcloneはアンジオテンシン変換酵素などの血管内皮に特徴的な物質の産生能を保持しており,また染色体もdiploidのままであることが多い。

マクロファージ単離法

著者: 今井勝行

ページ範囲:P.388 - P.389

 マクロファージ(Mφ)は細網内皮系を形成する細胞で,骨髄で生成し,単球として血中を循環し,組織や炎症部位に定着して成熟したものである。したがって,哺乳動物の各種組織から得られているが1),一般には腹腔2,3),末梢血4),肺胞5)から分離して使われることが多い。ここではチオグリコレートで刺激したマウス腹腔およびヒト末梢血からMφを単離する方法について記すが,腹腔からは単離が容易で細胞の収量も多く,小動物一般に適用できるものである。

セルソーターによる細胞選別法

著者: 早川京子

ページ範囲:P.390 - P.392

 ■ 概要
 セルソーターは,不均一な細胞集団を含む溶液から特定の細胞(群)を,細胞表面分子の表現の違いをもとに定性定量的に解析し,かつ単離する能力をもつものである。細胞流中の細胞は,特定の波長のレーザー光線をあてることにより散乱光を発し,また,細胞表面に結合した螢光物質がある場合には螢光を励起放射させ,その螢光度が測定される(図1)。もちろん,細胞以外にもあらゆる種の粒子状のもの,核や染色体に対しても応用されるが,近年,各種のモノクローナル抗体が作製され,multiparameterによる解析が可能となったことから,細胞集団の解析と単離は,大きさや各種の表現の違いをもとに総合的に判断することによって,実に詳細,かつ正確に行えるようになった。セルソーターは,細胞を1個ずつ96穴のプレートに単離する(クローニング)こともできる(付属品が必要)。これによってハイブリドーマや細胞株のクローニング(確立した細胞株でも定期的にクローニングが必要)が容易に1),しかも信頼をもってできるようになった。また,非常に稀に起こる変異株や2),遺伝子をトランスフェクトした細胞集団から,実際に目的の遺伝子産物を表現している細胞を単離しクローン化する3,4)などの際にも有用な手段を提供している。
 フローサイトメトリーの構造と作動理論については他の総説を参考にされたい5-10)。ここでは,利用者としての実際の注意すべきポイントのみを述べる。

基本技術

顕微鏡用ビデオシステム

著者: 吉本康明 ,   平本幸男

ページ範囲:P.394 - P.397

 光学顕微鏡を利用して動的な生命現象を研究するうえで,ビデオシステムは現在不可欠なものになってきている。従来使用してきた16ミリ映画はコストや現像などの手間の点で問題が多く,ビデオ技術の発達とともに急速に世代交代した。また現在のシステムも近い将来,高品位システムやレーザーディスクなどの導入によって改良されてゆくものと思われる。本稿では最近顕微鏡に利用されているビデオシステムの一部を紹介する。
 最近のビデオ機器の発達は著しく,次々と新型のものが発売されている。したがって本稿では具体的な機種の紹介は最小限にとどめた。使用する時点でメーカーや販売店から最新の情報を聞くことが望ましい。またビデオ操作についての詳細は上坪の解説1)を参照されたい。

Triton細胞モデル

著者: 尾張部克志

ページ範囲:P.398 - P.400

 ■ 概要
 細胞を適当な処理により細胞膜をこわしたものを細胞モデルとよぶ。細胞モデルは膜障壁を持たないので,細胞外液の組成をかえることにより細胞内pHやイオン組成,ヌクレオチド濃度などを自由に変化させたり,膜不透過の薬物やタンパク質の影響を調べたりすることができる。Triton細胞モデルとは界面活性剤Tritonで細胞を処理し,可溶性成分を溶出したものである。このモデルは細胞運動の研究に便利である。
 高等動物細胞は,3種類の収縮可能な微細線維束を形成することができる。培養細胞によく発達しているストレスファイバー(stress fiber),細胞分裂時に形成される収縮環(contractile ring),それに上皮細胞に形成される環状微細線維束(circumferential microfilarnentbundle)である。細胞モデルを用いることにより,これら3種の微細線維束を人工的に収縮させることができる。ここでは培養細胞のTriton細胞モデルを用いたストレスファイバーの収縮について述べたい。

細胞膜穿孔法

著者: 吉岡亨 ,   葛西道生

ページ範囲:P.401 - P.403

 細胞膜に孔を開けて細胞内成分を人工的にコントロールしたり,遺伝子を移入したりする技術は最近急速に進歩してきている。
 1970年代では主として化学的に膜を部分的に溶解する方法が採られていたが,1980年代に入ると物理的な方法が導入されはじめた。化学的な方法では,大量の細胞を一度に処理することが可能であるが,孔の大きさの制御がかなり困難であるし,処理後の生存確率も高くはない。これに対して物理的な方法では,一般には装置を揃えなければならないが,薬剤を使用しなくてもよいので利点も多い。それぞれの必要と状況に応じて選ぶ必要がある。

微小電極による細胞内カルシウム濃度測定法

著者: 岡田泰伸 ,   老木成稔

ページ範囲:P.404 - P.406

 ■ 概要
 細胞機能の多くにCa2+が制御因子またはメッセンジャーとして関与していることはよく知られている。いかにして細胞内Ca2+がそのような働きを行うのか,また細胞内Ca2+濃度はいかにしてコントロールされているのかの詳細が今まさに解明されつつある。その中で,細胞内遊離Ca2+濃度の測定はますます重要なものとなっている。この測定法としてもっとも有力なものに,Ca2+選択性微小電極(以下Ca電極と呼ぶ)による電気生理学的方法と,Ca2+感受性色素(とくにfura 2,エクオリン)を用いての光学的方法があり,それらは相補的関係にある。Ca電極法についての基本問題は以前別の機会1)に概説した(以下これを前稿と呼ぶ)。本稿では,それ以降の改良点や問合わせの集中した点を中心に述べる。

細胞内pH測定法

著者: 大熊勝治

ページ範囲:P.407 - P.409

 ■ 概要
 pH測定の対象になる細胞の内部は,細胞質と核に分けられる。細胞質はサイトゾルを指すことが多いが,そこには他に多くの細胞内オルガネラ,すなわち,小胞体(ER),ゴルジ体,ミトコンドリア,ペルオキシゾームと空胞系の顆粒〔エンドゾーム,リソゾーム,分泌顆粒とゴルジ体の一部(パラゴルジ)〕が存在する。細胞内pHというとき,これらpHの平均を指す場合と,とくにサイトゾルのpHを示す場合とがある。ここでは細胞内の個々の顆粒のpHをも含めて記す。核,ミトコンドリア,ペルオキシゾーム,ERおよびゴルジ体のpHを,生細胞の状態で選択的に測定する方法はまだない。
 細胞内pHの測定法は2種に大別される1,2)

in vitro immunizationによるモノクローナル抗体作製法

著者: 黒田洋一郎 ,   小林和夫

ページ範囲:P.410 - P.411

 ■概要
 モノクローナル抗体の作製は抗原で感作された脾細胞とミエローマ細胞を融合し抗体産生を継続するハイブリドーマをクローン化することによって行われる。感作細胞を得るには,マウスなどに抗原を注射し免疫するinvivo immunizationが一般に行われているが,マウスなどから脾細胞を取り出し数日間抗原およびアジュバンド・ペプチドとともにcultureして感作細胞を得るのがinvitro immunizationの技術である。in vitroはin vivoに比べて,①必要な抗原量が少なくてすみ(μgオーダーで可),免疫期間も短くてすむ,②種特異性の少ない分子のように抗原性の低い分子でも抗体がとれやすい。③動物に毒性が強い抗原でも免疫できる,④動物に毒性が強い抗体をつくらせる抗原でも免疫できる,⑤ヒト抗体産生が可能である,などの利点がある。
 さらにこの方法の応用として,in vivo immunizationとin vitro immunizationを組み合わせて,通常ではとれにくいモノクローナル抗体を得る応用法(後述)があり,目的によっては非常に有効である。

プロテインA-金(pAg)法

著者: 横田貞記

ページ範囲:P.412 - P.414

 ■ 概要
 pAg法はHorisbergerら1)によって初めて細胞の表面を標識する方法として走査電子顕微鏡に導入された。その後,この方法はRothら2)によって超薄切片上の抗原検出に応用され,現在もその適用射程を広げている。原理はStaphylococcus aureusの細胞壁蛋白,プロテインA(pA)がIgGのFc部分と特異的に結合する3)という性質を利用して,切片上の抗原と結合したIgGを検出するもので,pAをあらかじめ金コロイドで標識しておけば抗原の位置は金粒子として可視化される。ここで異なった大きさの金粒子を結合したpAを使えば,同一切片上で複数の抗原を検出することが可能となる4)。一般に,免疫細胞化学の方法は抗体を組織や細胞に作用させる段階によって,前包埋法と後包埋法の二つに分けることができる。pAg法は後者に属し,前包埋法の最大の難点である抗体の組織への浸透の問題は,切片の表面で抗原—抗体反応を行うので,完全に回避できる。しかしながら,一方で固定—脱水—包埋の過程で引き起こされる別の問題—抗原性の消失または減少という問題—が生じてくる。この問題は樹脂包埋切片を用いる限り避け難く,未だ克服されるには至っていない。今のところ,もっともよく抗原性を保存する樹脂としては,LowicrylK4M5)およびLR-gold6)を挙げることができる。pAg法は凍結超薄切片に適用された時,標識強度をもっとも上げる7)

酵素抗体法

著者: 中根一穂

ページ範囲:P.415 - P.417

 ある抗原はある抗体と特異的に結合反応する。この反応を細胞内あるいは組織内で施行して,抗原—抗体反応箇所を知ることにより抗原および抗体の局在箇所を明確にするのが免疫組織化学である。
 蛋白質,糖,脂質の合体である細胞内や組織内の抗原と蛋白質である抗体が,抗原—抗体反応物を形成しても,反応箇所を検出するのは困難である。そのため,通常,後に検出可能な物質をあらかじめ抗体に標識しておく。標識として従来,利用されてきている物質としては,放射性同位元素,色素,重金属,小粒子,螢光物質,酵素などがある。放射性同位元素を標識として使用した場合には,後にオートラジオグラフにより抗原—抗体反応物形成箇所を検出して抗原の局在箇所を明確化する。色素,重金属や小粒子で標識した抗体を使用した時には,そのまま反応箇所を検出するか,二次的にシグナルを化学的に増幅した後に検出する。螢光物質を利用した場合には螢光顕微鏡により標本を観察することにより反応箇所を検出する。酵素を標識物質として使用した場合には,この酵素を酵素組織化学的方法により局在の証明をして,抗原—抗体反応箇所を検出する。このような標識抗体を利用して免疫組織化学的方法を施行するには,液体内やゲル内で免疫複合体を形成させるのとは異なった条件を考慮する必要がある。まず細胞や組織は,形態を保存するために,免疫組織化学的方法を施行する以前に固定する必要がある。

イムノブロッティングの進歩

著者: 小林良二

ページ範囲:P.418 - P.420

 ■ 概要
 タンパクをスラブゲル電気泳動で分離した後,ニトロセルロース膜(以下NC膜)などに転写し,この膜上で抗原抗体反応を行うことにより特定のタンパク(抗原)を検出・同定する方法をイムノブロットと呼んでいる。Towbinの報告以来,種々の改良が加えられきわめて有用な基礎技術として定着している。電気泳動法の高分解能と酵素抗体法などの高感度検出法を巧妙に組合せた方法であり,①高感度,迅速・低バックグラウンド,②多検体の同時スクリーニングが可能,③NC膜に吸着したタンパクの回収が可能など数多くの特徴を持っている。粗抗原を用いてモノクローナル抗体を作成した時,粗抗原を電気泳動で分離しイムノブロットを行うことで抗体の特異性を検討したり,また蛋白分子内の抗原部位の解析など,従来の方法では難しかったことが容易に行えるようになった。イムノブロットは①タンパクの電気泳動,②泳動後のゲルからNC膜への電気泳動による転写,③膜上のタンパクの免疫学的検出の3段階によって行われるので,以下この順に解説する。

カルシウム結合蛋白質同定法—SDS電気泳動上で

著者: 野々村禎昭

ページ範囲:P.421 - P.423

 ■ 概要
 トロポニンCをはじめとしてカルモジュリン,パルバルブミンなどのカルシウム結合蛋白質(Calcium bindingprotein,以下CBPと略す)はほとんどの細胞に存在し重要な役割を果していると考えられる。このCBPを45Caを用いて簡単にSDSゲル電気泳動上で同定する方法がわれわれの研究室で丸山によって開発され1),この方法を用いてホタテ貝貝柱筋から新しいCBPが発見され精製できた2)。また従来その精製が困難と思われていた哺乳類小脳のCBPがこの方法でその存在を絶えずチェックしながら精製できた3)。ここではわれわれの方法を主として述べ,最後に他の方法についても簡潔にふれることにする。

凍結置換法

著者: 市川厚

ページ範囲:P.424 - P.425

 凍結置換法は,氷点以下の温度に保たれたアセトンやアルコールなどの有機溶媒中で,氷が溶ける性質を利用して凍結試料の脱水を行おうとするもので,Simpson1)によって開発された。その後,Feder & Sidman2)は置換剤の中にあらかじめ四酸化オスミウム(OsO4)やピクリン酸,昇汞などの化学固定剤を溶かしておくことによって,脱水と同時に化学固定を行うことを考えた。これが,今日の凍結置換法の基礎になっている。この方法は,通常の化学固定法では溶出してしまう細胞や組織中の可溶性物質を氷の中に閉じ込めたままの状態で脱水処理を行うことができるので,可溶性物質が良く保存され,したがって組織化学の分野では不可欠の手法として広く利用されてきた。しかし,これまでの凍結法は氷晶形成による構造破壊が著しく,形態の保存という点で難点があった。これを防ぐため,組織を軽く化学固定してから,グリセリンのような氷晶防止剤に浸し,凍結する方法もあるが,はじめの化学固定の段階で生じる人工的な形態変化や,ある程度の可溶性物質の抽出は避けられない。近年,急速凍結法の開発が進み,数ミリセカンドという早さで細胞や組織を凍結することによって,氷晶形成に伴う構造破壊を最小限に止めることが可能となった3)

急速凍結ディープエッチング法

著者: 廣川信隆

ページ範囲:P.426 - P.434

 生物試料を液体ヘリウムないし窒素で冷却した純銅表面に圧着することにより急速凍結させると,試料の表面から10〜15μmまでを硝子化状態で凍結させることができる。この条件下では氷の結晶は非常に小さく細胞の微細構造を破壊することはない。またこの場合,凍結保護剤(グリセロールやDMSO)を必要としないので,これらの試料を凍結破断装置の中で凍結破断後,試料温度を上昇させ細胞膜真表面や細胞質内をおおっている氷を昇華させること(エッチング)が可能である。このように急速凍結,フリーズフラクチャー,ディープエッチングにより細胞膜,オルガネラ膜真表面および細胞骨格系の三次元構造の高分解能での観察が可能となった。さらに試料を抗体で処理することにより未知の構造の化学組成および生化学的に分離された蛋白の細胞内局在を分子レベルで解析することが可能となった。

In situハイブリダイゼイションによるmRNAの検出法

著者: 小路武彦 ,   中根一穂

ページ範囲:P.435 - P.437

 ■概要
 遺伝子クローニング技術の発達に伴い莫大な数の遺伝子DNAが単離され,その塩基配列が決定されている。このようなクローンDNAを用いて組織から抽出したDNA,RNAとフィルター上でハイブリダイズさせ,特定の遺伝子の存在あるいは発現を調べる方法もすでに確立されている。しかしながら,この方法から得られた結果は組織の平均値であり細胞個々の生理状態を必ずしも反映していない。Histo-in situ hybridization(HISH)法は,特異的塩基配列をもった核酸の分布を組織および細胞内で同定することにより特異遺伝子と遺伝子産物の局在証明をする新しい組織細胞化学的方法である。この方法によれば,酵素抗体法(前出)などによって局在が証明された蛋白質が実際にその細胞内で合成されているのか否かなどについての知見が得られる。
 HISH法は大きく分けて放射性同位元素で標識したprobeを用いる方法とハプテンなどの非放射性物質標識probeを用いる方法があるが,最近は,操作上要する時間,解像力,多重染色,電顕への応用,安全性などの点から後者がさかんに検討されている。われわれはdinitrophenyl(DNP)基標識1)あるいはスルホン基標識2)probeを用いてin situでhybridizationを行い,それら官能基に対する抗体でsignalを検出しているが,本稿では主としてDNP法について述べる。

凍結超薄切片法

著者: 沢田元

ページ範囲:P.438 - P.441

 凍結超薄切片法は免疫電子顕微鏡法の中でも抗原性の保存がよく,post-embedding法であるため浸透性の問題なしにフェリチン,金コロイドなど高分子のマーカーを用いることができるなどの利点を持っているが,特別な装置が必要である,構造のコントラストが得難く,多くの小器官が観察しにくいという欠点があった。近年,Kellerらにより凍結切片を抗体反応後電子顕微鏡用の樹脂に包埋する方法1)が開発され,この後者の欠点がかなり改善された。本稿ではわれわれが用いているこの方法に若干の改変を加えた方法2)について述べてみる。他にも解説が出ているので参照されたい3-5)。なおこの方法ではフェリチンではコントラストが低く見えにくいので,主に金コロイドがマーカーとして用いられる。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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