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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学37巻5号

1986年10月発行

雑誌目次

特集 中間径フィラメント

特集によせて/中間径フィラメントの研究の現状と展望

著者: 石川春律

ページ範囲:P.444 - P.446

 中間径フィラメント(intermediate filament)は直径9〜11nmのフィラメントの総称である。微小管およびマイクロフィラメントとともに細胞骨格の主な構成要素である。最初,筋細胞において,大・小2種の筋フィラメントの中間の直径を示すフィラメントとして記載されたが1,2),微小管とマイクロフィラメントの中間の直径でもある。ほとんどすべての分化細胞に見出されるが,細胞の種類によってその構成蛋白質が異なることが明らかになり,急速に脚光を浴びるようになった。高等動物では,免疫学的および生化学的分析から,中間径フィラメントの蛋白質は大きく5種に区別できる3-6)。この区別は古典的な組織や細胞の分類にほぼ一致しており,中間径フィラメントを指標にした細胞の同定や分類が可能となり,有益な応用が展開されつつある。また,当然ながら,細胞骨格としての役割も追求され,とくに,その細胞内分布や配列,そして他の構造との関係から多様な機能が推論されている。

サイトケラチンと表皮細胞

著者: 北島康雄

ページ範囲:P.447 - P.453

 表皮細胞における中間径線維は,生化学的にケラチン線維タンパクと呼ばれる中性緩衝液に不溶性の,分子量40,000(以下は×103をKとする)から70Kまでの一群のタンパクから成る。このタンパクはケラチン(keratin),α-ケラチン,ケラチン線維タンパク(keratinfilament protein),プレケラチン(prekeratin)あるいはサイトケラチン(cytokeratin)といくつかの名称で呼ばれている。毛のケラチンがα-ヘリクスであるというPaulingとCorey(1953)1)のX線回折から得られた分子モデルは有名であるが,表皮細胞ケラチンの歴史は,Rudall(1952)2)がウシ表皮から6M尿素溶液を用いてα-ヘリクスを有する線維性タンパクを抽出し,エピデルミン(epidermin)と名付けたことに始まった。後にこれは,表皮ホモジェネートを中性緩衝液(リン酸緩衝生理的食塩水など)で洗浄遠沈した沈渣からクエン酸緩衝液pH 2.65で抽出され,中性緩衝液に対する透析によって線維を形成する線維性タンパクであるプレケラチン3)と,またその残渣から8M尿素で抽出され,これもまた中性緩衝液に対して透析することによって10nmの太さの線維を形成する線維タンパクであるケラチン(α-ケラチン)4,5)と本質的に同一物質であることが示された。

肝細胞の中間径フィラメント

著者: 岡上武 ,   太田正治 ,   瀧野辰郎

ページ範囲:P.454 - P.459

 肝細胞には微小管(microtubule:MT),中間径ブィラメント(intermediatc filament:IF)とマイクロフィラメント(microfilament:MF)と呼ばれる3種の線維状蛋白が存在し,細胞骨格(cytoskeleton:CS)を形成している。IFは生化学的,免疫学的性状の違いから五つに分けられ,肝細胞は他の上皮細胞と同様にケラチンを主な構成蛋白とする線維状構造物である。マウスの肝細胞のIFの分子量は41,000〜55,000,ラットで43,000〜56,000といわれている。
 IFは直径が約10nmであることから,10nmフィラメントとも称されている。IFという名称はIshikawaら1)により提唱されたものであるが,肝細胞のIFの研究の歴史は比較的新しく,1975年Frenchら2),Phillipsら3)がMFの研究中にIFを発見したのが最初である。肝細胞細胞骨格(肝CS)のなかではMFに関する研究がもっともよくなされており,従来IFは動的意味を持たずかつ安定性のある細胞骨格であるとの認識もあり,MFほど研究されていない。IFが臨床的に注目されだしたのは,アルコール性肝炎の形態面でのkey featuresともいえるアルコール硝子体(Mallory body:MB)形成にIFが関学していると考えられだした時4)からである。

中間径フィラメントとデスモソーム

著者: 月田早智子 ,   月田承一郎

ページ範囲:P.460 - P.468

 細胞骨格は,細胞膜***と結合することにより,細胞膜の種々の機能をコントロールしていると考えられている。また,最近,細胞膜を介した情報伝達機構(トランスメンブレンシグナリング)における細胞骨格の役割も注目を集めている。細胞骨格を形成する繊維構造の中で,アクチンフィラメントと中間径フィラメントが,しばしば細胞膜と強く結合している1)。多くの場合,これらのフィラメントが細胞膜に結合する部位には,細胞膜の細胞質側に特殊に分化した構造として,「細胞膜裏打ち構造」が見出される2,3)。
 中間径フィラメントが細胞膜に付着する部位に特殊に分化している構造としてデスモソームがある4)。デスモソームは細胞間接着装置でもあり,発達した細胞膜裏打ち構造を有し,そこに中間径フィラメントが付着している。デスモソームは静的な構造ではなく,外的刺激や細胞内の指令により,随時,形成されたり,消失したりする。これらのことから,デスモソームは,細胞外刺激→細胞膜→細胞膜裏打ち構造→細胞骨格といった情報の流れを分析するのに好都合な材料と考えられ,形態形成や分化さらには癌化とも関連して,近年盛んに研究されている。

ビメンチンと色素上皮

著者: 尾張部克志

ページ範囲:P.469 - P.474

 上皮細胞は互いに集まり,組織である上皮を形成し,体表,体腔,諸器官の遊離面を被っている。上皮の機能は保護,分泌,吸収,感覚受容など複雑多種で,その機能に応じて上皮細胞は複雑な分化を示している。上皮細胞の極性や各種の局所分化は微細線維や中間径フィラメント,微小管などの細胞内線維系により維持されている場合が多い。
 一般に上皮細胞はデスモソーム(desmosome)をもち,そこに付着している中間径フィラメントはケラチンである(本誌他項参照)。一方,少数だがデスモソームやケラチンをもたない上皮細胞種がある。後者に属するものに網膜色素上皮細胞やレンズ上皮細胞,血管内皮細胞1)などがある。これらの細胞はケラチンのかわりにビメンチンをもっている。本稿では色素上皮細胞を例にとり,上皮構造とビメンチンの関係について述べたい。

筋細胞の中間径フィラメント

著者: 藤巻昇

ページ範囲:P.475 - P.482

 中間径フィラメント(IF)は筋フィラメントとは異なる第三のフィラメントとして,最初に骨格筋細胞で記載され1),細胞骨格という細胞内線維系を統括する概念が生まれるきっかけとなった2)。また,IFの骨格筋細胞内における特異な分布様式はIFの機械的支持装置としての働きを示す典型例として注目されてきた3)。しかし,その分布様式にしても,十分に明らかにされている訳ではない。とくに骨格筋では,螢光抗体法によって示されているIFおよびそれと関連する諸物質の分布の微細形態学的裏付けは乏しく,その解明は当面する課題である。平滑筋では,IFの検索は構造面でより困難があるが,電顕下の検索はより進んでいる面も多い4,5)。暗小体がZ盤と相同であることも解明されている36,37)。骨格筋で議論のあるいくつかの問題も平滑筋,心筋の比較によって,より理解がすすむことが期待されるし,それぞれの特殊性も明らかにされよう。本稿では骨格筋で得た若干の微細形態所見を加えて,筋細胞のIFに関する共通問題を検討してみることにする。

デスミンと伊東細胞

著者: 横井幸男 ,   松崎研一郎 ,   宮崎招久 ,   小町谷恭平 ,   荻原牧夫 ,   黒田博之 ,   浪久利彦

ページ範囲:P.483 - P.489

 一世紀にわたる紆余曲折を経て,肝臓の類洞壁細胞は伊東細胞,類洞内皮細胞,Kupffer細胞の3種類に整理され,最近では第4の細胞としてpit細胞が発見され1),免疫組織染色法あるいは電子顕微鏡などのめざましい発展に伴って,その機能や構造が次々明らかにされている。
 以前は伊東細胞とKupffer細胞がしばしば混同され,このため肝臓の機能や形態の研究に類を見ないほどの混乱を生じた。これはKupfferの発表した鍍金法の手技が複雑で,再現性に難点があり,また類洞壁の構造に関する観察も不十分であったためと考えられる。

ニューロフィラメント

著者: 南康文 ,   酒井彦一

ページ範囲:P.490 - P.495

 ニューロフィラメント(NF)は神経細胞に特有の中間径フィラメントであり,微小管とともに,軸索内細胞骨格の一員としてネットワーク構造を形成している。NFの研究は,形態学的手法により始まり,その後生化学的,分子生物学的手法により詳細な解析がなされてきた。その結果,NFは当初考えられた以上に他の中間径フィラメントに類似しており,そのうえで特有な性質を兼ね備えていることがわかってきた。そしてその特殊性は,すなわち,NFの機能を解明する鍵と考えられる。本稿ではNF研究の歴史を考慮し,これまでに集積された知見を概観したい。これが今後の研究を展望する一助となれば幸いである。

アルツハイマー神経原線維

著者: 石井毅

ページ範囲:P.496 - P.499

 I.Alzheimer神経原線維とは
 (ANT:Alzheimer's Neurofibrillary Tangle)
 この変化は神経細胞の中にたまる特異な線維である(図1)。1907年Alzheimer1)により報告された初老期痴呆(Alzheimer病)の脳の中に見出された。
 ANTはBielschowsky法またはBodian法などの鍍銀染色で濃く染まる。あたかも神経細胞内の線維が太くなってできたようにみえることから,原線維変化と呼ばれた。発見当時から神経細胞内の線維蛋白との関係が疑われたわけである。果して両者の間に関係があるのか,あるとすればどのような関係か,それはANTの成因ともからんで,最近の痴呆老人脳研究の最大の課題の一つとなっている。

アストログリア・フィラメントの生化学

著者: 森啓 ,   黒川正則

ページ範囲:P.500 - P.504

 I.グリアフィラメントとニューロフィラメント
 神経組織における中間径フィラメントにはグリアフィラメントとニューロフィラメントの二種類がある。細胞分布の違いはもちろんだが,両者には形態学的な差異も認められている1)。グリアフィラメントにはケバ状構造がない。またグリアフィラメントはしばしば束状にパックされて観察される。両フィラメント間の相違点に基づく分離精製法が開発されない限り,神経組織の細胞破壊の瞬間から両フィラメントの相互混入はさけ難い。グリアフィラメント研究の一つの柱は両フィラメントの分別にあるといっても過言ではなく,このためにいくつかの工夫が重ねられてきた。実験材料とする組織部位の選択,グリオーシスに陥った脳部位の利用,Waller変性神経の作成,抽出条件の選別などである。最近では重合,脱重合の技術とカラムクロマトグラフィーの技法が加わり,グリアフィラメントが蛋白化学の研究対象となっているのみならず,さらに遺伝子構造の解析にまで進んでいる。

中間径フィラメントの遺伝子制禦と神経発生

著者: 藤田晢也 ,   北村忠久 ,   福山隆一 ,   苗村健治 ,   渡辺幸彦 ,   中西和夫

ページ範囲:P.505 - P.517

 歴史的にみると,細胞の中に張りめぐらされた,いわゆる細胞骨格のうちでチューブリンから成る直径25nmの微小管と,アクチンから成る直径6nmのマイクロフィラメントのちょうど中間のサイズをもつ細線維として中間径フィラメントが電子顕微鏡によって同定されたのが1960年台の後半である。Ishikawa et al.(1968,1969)1,2)はこの直径10nmの中間径フィラメントがその超微形態上の特徴やheavy meromyosinとの親和性の欠除などから,微小管やアクチンフィラメントとは違う別種の蛋白質から成る新しいentityに属する細線維であることを示した。
 最近では,これら中間径フィラメントの構成蛋白を同定し,その細胞内分布を可視化するのにそれぞれの線維の構成蛋白に対する特異抗体を利用するのが一般的になってきた。1970年台の免疫組織化学の進歩によって,中間径フィラメントには,その蛋白構成からいって,少なくとも5種類あることが確立し,それぞれが特定の細胞種に,かなり特異的に分布するものであることも明らかにされた。1986年になって,さらに興味のある新しい蛋白質が第6番目の中間径フィラメント蛋白として追加された3)。核膜の主要構成成分として知られていたlaminAとlaminCである。

連載講座 哺乳類の初期発生

初期発生と糖転移酵素

著者: 古川清

ページ範囲:P.518 - P.525

 卵黄の中で形のない状態から,鶏胚が徐々に出現してくるのを最初に観察したのは,おそらくAristotleであろう。それから2000年余り経た今日では,この一連の形態形成は細胞の移動と接着によることが明らかになっている。したがって,細胞が細胞と,または細胞間質と特異的に接着する分子機構を解明することは,形態形成の中心的課題である。
 一方動物細胞では,発生に伴い胚細胞表面複合糖質の糖鎖構造が著しく変化することは,微細な構造変化をとらえる種々のレクチンやモノクローナル抗体を用いた研究で,明らかにされている1,2)。同時に,これらのレクチンや抗体で細胞表面を処理すると,胚発生が阻害されたり逆に胚の分化が誘導されたりするので3-5),初期発生において胚細胞表面に発現される複合糖質糖鎖が重要であることは明白である。これらの現象が,各発生段階で特異的に発現される遺伝子とその産物により調節されていると考えられるが,その遺伝子産物の実体については,ほとんどわかっていない。本稿では,これらの分子の一つが糖転移酵素である可能性を探りつつ,初期発生における転移酵素の意義について考察してみたい。

解説

蛋白質分子の重合の理論—Ⅱ.速度論

著者: 大沢文夫

ページ範囲:P.526 - P.531

 I.重合過程
 以下に蛋白質分子の重合体形成過程,すなわち重合の平衡状態あるいは定常状態成立に至る過程についての理論の概略を述べる。蛋白質分子の重合現象が気液凝縮や結晶化と似ていることは平衡状態の解析によって見出された。同じことは重合体形成過程の解析によっても明らかにされた。凝縮や結晶化では一般に,液体の小滴や結晶の小さな粒の形成される過程がネックとなり,ひとたびこれらが形成されるとあとの成長は速やかに起こる。同様に,蛋白質分子の重合は,核形成(Nucleation)と生長(Growth)の2段階からなる(図8)。全分子がモノマーに分散していた状態から出発して,環境を変えて重合を開始させる。核がi0コのモノマー分子によって形成されるとする。分散しているモノマー分子の数濃度をC1として,核の自発的形成による核の数濃度mの増加はdm/dt=+kC1i0……(21)とかけるとする。kは核形成の速度定数である。形成された核にモノマー分子が順次結合して重合体は生長する。重合体に組みこまれたモノマー分子の総数濃度Cpの増加はdC0/dt=-dC1S/dt=+km・C1……(22)とかけるとする。核形成のためのモノマー分子の減少は生長のためのそれに比べて非常に小さい。kは生長すなわち重合の速度定数である。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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