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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学38巻3号

1987年06月発行

雑誌目次

特集 人間の脳

脳の進化

著者: 藤田晢也

ページ範囲:P.174 - P.187

 脳の進化を,地球上に経過した長い時間軸に沿って,できるだけ切れ目なく調べようとすると,ニューロンの結合やその分布の形態的変化,あるいはそれらの機能の変化を直接研究するという解剖学的,あるいは生理学的アプローチだけに頼っていては,まったく進むことができないのは明らかである。これら進化の筋道をつなぐような中間の生物はすべて絶滅してしまっており,その生の脳を調べることは,今となっては絶対的に不可能になってしまっているからである。
 そこで脳を全体として量で表現し,これを手掛かりにして,その形態学的・機能的データの断層を埋め,できるだけ連続的に高次神経機能の進化を考えてみようという着想がでてくる。これならば化石霊長類の脳をも含めて適用できる見込みがある。

大脳皮質の分化—ヒトの連合野

著者: 平田幸男

ページ範囲:P.188 - P.193

 近年,機能画像法の進歩によって,脳のグルコース代謝1),また局所脳血流量に基づく酸素代謝2,3)が生体で観察されるようになると,様々な神経活動に際して,またおよそヒトが覚醒状態にあるときには,連合皮質,とくに前頭前野が著しく高い活性を示していることが明らかになった。そして,かつて考えられていたような沈黙野ではなく,むしろ,脳全体の内でも,もっとも饒舌な領野であることが明らかになったヒトの連合皮質に対する関心が,従来にも増して高くなってきている。
 ところで,この連合皮質は,ヒトにおいてもっとも発達・分化を遂げたと,多くの成書などに述べてあるが,果たしてそうなのであろうか。

人脳の発達と老化

著者: 朝長正徳

ページ範囲:P.194 - P.199

 脳は人類でもっとも発達し,その結果地球を支配し,そこに華麗な文化を築きあげてきた。そして,現在では他の動物とはかけはなれた稀にみる長寿を獲得したのである。その結果,逆に脳の老化という問題にぶつかる。動物では脳が老化するまえに身体の老化で死亡してしまうのである。したがって,老人の脳の研究は人類にとって重大な意義があるといえる。ここでは脳の発達と老化を加齢(aging)という観点からとりあげて述べてみたい。

言語の神経機構研究—意味処理過程への示唆

著者: 宮城島一明

ページ範囲:P.200 - P.209

 近年の神経科学の発展により,脳の高次機能,とりわけ視覚情報の処理過程に関しては多くの事実が明らかになりつつある1)。ところが,脳における言語機能の仕組みの大部分は未解明のままであると言ってよい。その理由としては,言語機能がヒトに特有であって動物実験のできないこと,感覚系と運動系の両方に跨っていること,他の認知機能との連携の上に成り立っていること,などが挙げられる。
 ところで,言語を研究の対象とする学問分野には,神経学のほかに言語学や心理学がある。そこで,言語に対する統一的な理解がなされるためには学際的な協同が必要であることは言うまでもない。しかし一体,これら諸分野で取り扱われる概念は,仮に"misplaced-concreteness"注1)に陥らなかったとしても,果たして,互いに直接対応しうるのであろうか。

左右脳の協同作用

著者: 平尾武久

ページ範囲:P.210 - P.215

 〔Ⅰ〕
 Hemispherectomyはinfantile hemiplegiaの患者が難治性のてんかん発作と異常行動を随伴する場合に,不随意側と対側の大脳半球を削除する手術である。術後に,hemiplegiaには変化なく,seizureも異常行動も完全に消失し,薬物を使う必要はなくなる。また,すでに多くの文献にも出ているとおり,どの側の半球切除でも手術の前後に言語障害は認められない1,2)
 一般に脳手術後の患者の精神機能については追跡が十分でない。hemispherectomyはKrynauw(1950)3)が術後4〜5年の患者を診て発作の再発がないことを確認し,本邦では新潟大学脳外科学の田中教授と次の植木教授4)が術後の患者を2〜3年間隔で数日間再入院させたり,教室員を患家に訪問させて,長期経過を診ていた。またMcFie(1961)5)は術後にIQが平均で20くらい上昇するのを,さらに,Griffithら6)は術後に大学に入学し卒業後に官庁の管理職を勤めている例でIQが上るのを報告し,Smith7)はリハビリ訓練中の態度や効果について論文や綜説を出している。最近は脳の代償機能やplasticityについての論議2),実験動物による研究8)も盛んになってきている。

脳の性差—機能的・形態的性分化

著者: 新井康允

ページ範囲:P.216 - P.222

 男らしさ,女らしさというように,身体的な面ばかりでなく,色々と行動的にも男女の違いが認められるものがある。ヒトの場合,性役割の成立に文化的・社会的な要因がより重要と考えられ,生物学的な要因はそれほど重視されないようであるが,行動の発現を制御している脳にも何らかの性差があってもよいはずである。
 空間認識能力が男女で微妙な差があるという心理学テストの結果もあるし,大脳皮質の機能の左右特殊化lateralizationの程度も男女で多少差があるという報告もある。また,最近数理的推論のきわめて高い能力をもった数学的早熟児は男子に多いということが報告され話題を呼んだ。このような男女差の成因について依然として社会環境要因説で説明しようとする傾向はあるけれども,これを何か生物学的基盤から考えようとする動きがでてきた1)

人脳の核医学

著者: 佐々木康人 ,   井上登美夫

ページ範囲:P.223 - P.228

 I.脳の核医学検査──変遷──
 アイソトープ標識化合物をトレーサとして利用して生体の生理,生化学的機能を評価する専門分野が核医学(nuclear medicine)である。正常の血液-脳関門(bloodbrain barrier:BBB)を通過しない物質を放射性同位元素(radioisotope:RI)で標識して静脈内に投与し,脳局所の放射能を測定して,BBBが破壊された病巣,腫瘍,血管障害などを検出する検査はすでに1940年代に始まっていた。検出器を自動的に移動させながら,臓器上の放射能を一点ずつ測定し,放射能の強さを二次元表示するシンチスキャナの発明(Cassen, B. 1951)1)により,脳シンチグラフィが1960年代の主要な核医学検査となった。当初は131Ⅰ-ヒト血清アルブミン,203Hgクロルメロドリンなどがトレーサとして使用されたが,後に99mTc過テクネチウム酸ナトリウムが繁用されるようになった。単半減期(6時間),低ェネルギーγ線(140KeV),β線をもたないという物理的特性が,シンチカメラの開発2)と結びついた結果であった。
 一方,LassenとIngberら3)は拡散性の放射性希有ガス85Kr,133Xeをトレーサとして用い,局所脳血流量を測定した。

連載講座 脳の可塑性の物質的基礎

伝達物質合成系とその調節

著者: 奥野幸子 ,   藤澤仁

ページ範囲:P.229 - P.234

 神経の伝達は一つの神経細胞から次の神経細胞へと刺激を伝えてゆくことによって行われており,刺激の受容と伝達という機能を担う神経細胞は分化してその目的に適った特異な形をとっている(図1)。1個の神経細胞は神経細胞体,軸索,神経終末部から成っており,神経細胞体上には多数の樹状突起がある。前の神経細胞から刺激が樹状突起に伝えられるとその刺激は軸索を経て神経終末部に伝えられる。神経終末部内には神経伝達物質を貯えたシナプス小胞と呼ばれる顆粒があり,シナプス小胞は刺激に応じて神経伝達物質を細胞外へ分泌する。神経終末部は非常にわずかな間隙(シナプス間隙)を隔てて次の神経細胞の樹状突起と接しているので,神経終末部から分泌された神経伝達物質は次の神経細胞のレセプターに作用して刺激を伝えることができる。それぞれの神経細胞は各々固有の神経伝達物質によって刺激の伝達を行っており,神経伝達物質と推定されている化学物質は数十種類にも及ぶが,その主なものとしてアセチルコリン,カテコールアミンやセロトニンなどのアミン類,GABAやグルタミン酸などのアミノ酸類,サブスタンスPなどのペプチド類が挙げられる。神経伝達物質として働くには,これらの物質が神経終末部内に貯えられていて,刺激に伴って瞬時に細胞外へ分泌されねばならない。そして神経終末部内では次の刺激到来に備えてただちに神経伝達物質を合成し,分泌された分を補っておかねばならない。

実験講座

細胞内染色法の新技術—(Ⅱ)ジアミノベンジジン光酸化法による螢光色素注入細胞の形態研究

著者: 田内雅規

ページ範囲:P.235 - P.239

 細胞内染色に用いられる螢光色素の中でもルシファー色素は多くの利点を備えている。ルシファー色素は分子量が小さいため細い電極からでも容易に注入できるし,細胞内での拡散も良く,また固定などの処理を施さずに励起光を照射するだけで注入細胞を直接観察できることなどから顕微鏡直視下での細胞内染色に適したものであることを前回述べた。しかし,ルシファー色素を使用する際の問題点として,早い螢光褪色によって長時間を要する定量的な形態解析に耐えないこと,電子顕微鏡による観察ができないことなどがありこれらは大きな制約となっている。しかし,近年Marantoらによって開発されたジアミノベンジジン(3,3'-diaminobenzidine tetrahydrochloride,DABと略)を用いる光酸化法はルシファー色素のこのような欠点を克服するものとして注目される1)。すなわち,微小電極を用いて巨大ニューロン内にルシファー色素を圧注入した直後,DAB溶液に浸して強い青色励起光の照射を行うと,ルシファー色素の褪色過程に伴いDABの光酸化反応が起きるので,ホースラディシュペルオキシダーゼ(HRP)注入により標識した細胞と同様に取り扱うことができるというのである。ただMarantoの報告ではDAB光酸化反応には多量のルシファー色素を注入する必要があるため,小型の細胞へも適用できるかどうかが疑われる。

解説

女郎グモ毒の作用と構造

著者: 川合述史 ,   中嶋暉躬

ページ範囲:P.240 - P.244

 神経伝達物質のレセプターに関する研究の進展は近年めざましく,ニコチン性アセチルコリンレセプターの全構造が決定されたのを皮切りにムスカリン性アセチルコリンレセプター,GABAレセプター,ヒスタミンレセプターなどが次々とクローニングによってその一次構造が明らかになりつつある。グルタミン酸は脳神経系においておそらくその半数近くのシナプスの伝達物質として作用していると考えられているが1-4),レセプターに関してはいまだに不明の点が多い。この最大の理由はグルタミン酸レセプター(以下Glu-R)の適当なリガンドがなかったためである。近年ある種のクモのなかにGlu-Rを微量で特異的に遮断する成分が見つかり5-10),この構造が最近明らかにされた11)。ジョロウグモ,オオジョロウグモ毒より精製単離されたこの毒素はJSTX,NSTXと名付けられたが,これらの天然毒を利用してのGlu-Rの機能および構造解明に向けての研究を展望する。

脾臓と肝門静脈系

著者: 斎藤紘昭

ページ範囲:P.245 - P.248

 脾臓と消化管の緊密な関係は両者の脈管系にも深い影響を留めている。左胃大網動脈,短胃動脈などを派出するヒトの脾動脈は消化管の代表的動脈である腹腔動脈の主枝であるし,一方,脾静脈は消化管の主たる静脈である腸間膜静脈または肝門静脈に流入する、どのような過程を経てこのような相互関係が生じるに至ったかを個体発生および系統発生の観点から明らかにすることが,この場合の形態学的認識にほかならない。
 系統発生的に脾臓は四型に分類される。1)メクラウナギの腸壁散在型,2)ヤツメウナギのラセンヒダ内に集積する型,3)肺魚の胃壁内に埋没する型,4)脊椎動物の多くがそうであるように胃腸管から分離し,背側間膜内に存在する型である(図1)。他方,個体発生的に脾臓は四相を経過しうる。1)消化管の特定動脈に添う脾原基の出現,2)その動脈の脾洞化,3)脾門脈の形成,4)消化管からの脾臓の独立である。このうち幾つかの,またはこれらすべての個体発生相が様々な割合で系統発生中に出現する。そして脾臓と消化管の間のこのような形態学的関係の変遷が胃・脾間,脾・腸間または胃・脾・腸間の血流動態の変遷と深くかかわることになる。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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