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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学38巻6号

1987年12月発行

雑誌目次

特集 -チャンネルの最近の動向

特集に寄せて

著者: 萩原生長

ページ範囲:P.538 - P.538

 この特集で取りあげているのは電圧依存性のCaチャンネルであるが,この他に一次的には電圧依存性でない,たとえば化学的物質によって活性化されるCaチャンネルも存在する。後者については今のところ実験結果も少ないが,その生物学的重要性を無視することはできないから,近いうちにその情報も集り同様の特集をする日も来ると思われる。
 電圧依存性のCaチャンネルの存在が示唆されたのは1952年NaならびにKチャンネルの考えがHodgkin & Huxleyによって提唱された直後である。1953年Fatt & Katzは甲殻類の筋線維をtetrabutylammoniumで処理すると,外液に電流を運ぶ陽イオンがCaとMgしかなくても活動電位が発生することを示した。1959年になってFatt & Ginsborgがこの電流はCaイオンによって運ばれることを明らかにした。われわれがCaチャンネルと関りを持つようになったのは1960年代の中頃で,アメリカ大陸の太平洋岸に大きな藤壼が生息し,その巨大筋線維がきわめてその研究に適していることを知ってからである。われわれは他のイオンチャンネルとは別にチャンネルが存在することを主張したが,当時は未だ多くの人はCaチャンネルは甲殻類のような特殊な動物にある例外的なもので,生物学的有意性は薄いと考えられていた。

神経細胞にみられるCa2+チャンネルの異種性

著者: 吉井光信

ページ範囲:P.539 - P.544

 Ca2+チャンネルを介して細胞内に流入したCa2+は,筋収縮,伝達物質やホルモンの分泌,酵素活性,膜のイオン透過性などの重要な細胞機能に関係している1-3)。この細胞の調節に役立つCa2+チャンネル自体も伝達物質やホルモン,種々の薬物により変調され,二次的に細胞機能が制禦されることになる。
 最近のPatch-clamp法4)の導入は,これまで研究することが困難であった細胞,とくに脊椎動物の神経細胞の膜機能を分子レベルで解明する道を開いた画期的なものであった。したがって,最近のCa2+チャンネル研究も高等動物の神経系を対象としたものが急増し,そのチャンネル特性の多様性が注目されている。

平滑筋細胞のCa2+チャンネル

著者: 北村憲司 ,   井上善仁 ,   中尾一久

ページ範囲:P.545 - P.551

 大部分の平滑筋細胞は-50〜-70mVの範囲に静止膜電位を持っており,それゆえ保持電位を-60mvにし,膜を-30mV以上に脱分極させると内向き電流が発生する。この内向き電流はTEAや4APなどのK電流遮断薬により増強する。これはTEAや4APに内向き電流増強作用があるからではなく,内向き電流と外向き電流が同時に誘発されるからで,細胞内のKを除かない限り内向き電流を単離することはできない。すなわち平滑筋細胞でCaチャンネルやCa電流の性質を調べる場合は,細胞内が生理的なイオン環境(140〜160mMK+)であっては難しく,非透過型のイオン(たとえばCsやTEA+)に置換することが必要である。
 従来平滑筋組織においても電位固定法が応用され(二重蔗糖隔絶法)Ca濃度に依存する内向き電流を始め,数種のイオン電流の存在が確認されているが,細胞内の環境を制御できないことや多細胞標本によるため大きな直列抵抗が生じ容量電流が初期のイオン電流に重複したり,leak電流が大きいためCa電流などの速い時間経過の電流を正確に測定することが難しかった。さらには細胞間隙へのイオン蓄積や消退も考慮する必要があることなどからCaチャンネルの詳しい性質を調べることができなかった1)

心筋のCaチャンネル

著者: 大地陸男

ページ範囲:P.552 - P.556

 心臓でCa電流は,1)活動電位プラト相の形成,2)興奮収縮連関,3)ペースメーカー電位の発生,4)房室伝導などで重要な役割を演ずる。Ca電流は電位依存性に開閉するCaチャンネルを流れる。この開閉はアドレナリンやアセチルコリンのような生理活性物質で調節されたり,Caチャンネル阻害剤のような薬物によって修飾される,2種類のCaチャンネルが存在する1,2)。L型Caチャンネルはあらゆる心筋に多数存在する。最近,Caチャンネルのイオン透過機構,ゲート機構,修飾については,Reuterら3),Trautweinら4,5),Tsien ら6,7)などのグループによりパッチクランプ法で単一Caチャンネルレベルで詳細に解析された。多くの知見は一般的に他の細胞のCaチャンネルにも通用しうるものである。

植物細胞のCa2+チャンネル

著者: 椎名隆 ,   田沢仁

ページ範囲:P.557 - P.561

 植物細胞のCa2+チャンネルに関する電気生理学的知見は動物細胞に比べると少なく,Ca2+チャンネルの一般的性質を比較検討できる段階には残念ながら至っていない。しかしながら,生理機能発現におけるセカンドメッセンジャーとしてのCa2+の重要性が,植物細胞においても指摘され始めており1),その初期反応におけるCa2+チャンネルの役割が注目されている。たとえば,赤色-赤外光反応の場合,外液中にCa2+の存在が必要であることから,フィトクロムによる光受容に続くCa2+チャンネルの開口,細胞内Ca2+濃度の上昇という一連のカスケード的反応が想像されている2)。また,何種類かのCa2+依存性酵素も植物細胞中に見出されている3)。このような状況をふまえて,本総説では植物におけるCa2+チャンネル研究の現状にについ概説したい。

Caチャンネルの発生と分化

著者: 平野丈夫

ページ範囲:P.562 - P.567

 Caチャンネルは動物界に広く存在し,ゾウリムシなどの単細胞の原生動物でもその存在が知られており1,2),その起源は他のチャンネルに比べ古いようである。またCaチャンネルは神経細胞,骨格筋細胞はもとより,心筋,平滑筋,分泌細胞,感覚受容細胞,グリア細胞,上皮細胞,卵細胞など多くの細胞種に存在することも知られており1,2),筋収縮,分泌,感覚受容,繊毛運動の制御など多種の細胞機能と関連している。さらにCaチャンネルについてはいくつかのサブタイプが知られており1,2),活動電位をひき起こすチャンネルとしてはNaチャンネルに比べ,その存在の普遍性に加え,性質の多様性が一般的に指摘されている.本稿ではこのようなCaチャンネルが個体発生および細胞分化の過程で最的・質的にどのように変化するかを,筆者らが原索動物のホヤの胚で得た知見を中心に,他のイオンチャンネルや形質の変化と比較しながら論ずる。

筋小胞体のCa2+チャンネル

著者: 葛西道生

ページ範囲:P.568 - P.572

 筋小胞体は運動神経からの信号によってCaを遊離し筋を収縮に導き,Caを細胞質から取り去ることによって筋を弛緩に導く細胞内小器官である。筋小胞体のこれらの機能は分子レベルでは,CaチャンネルとCaポンプの働きとして理解される。最近の研究によって,Caポンプはその遺伝子構造まで解明されているが,Caチャンネルについてはその実体はまだ不明のままである。
 筋小胞体はCaを遊離する器官であることから,当然Caチャンネルが存在するはずである。しかし,現在に至るまで,筋小胞体からの生理的なCa遊離がどのチャンネルを通して起こっているかは明らかではない1-3)。遠藤らは2,3),スキンドファイバーを使った実験により,生理的に意義のあるCa遊離として,膜電位変化(脱分極)によってCaを遊離するチャンネルとCaによってCaを遊離するチャンネルの存在を示唆していた。われわれは4-8),筋小胞体ベシクルを使った実験によってCaによってCaを遊離するチャンネルの性質を詳しく調べた。最近,Meissnerらは9-13),筋小胞体ベシクルを人工膜に組み込むことによって,このCaチャンネルと同様の性質を持つCaチャンネルを単一チャンネルのレベルで観測することに成功した。ここではその結果を中心に解説する。

Ca2+-チャンネルブロッカー

著者: 齊田孝市

ページ範囲:P.573 - P.578

 verapamil,diltiazemそしてnifedipine(図1)で代表されるCa2+-チャンネルブロッカーは,もともと冠血管拡張作用を目的に開発された薬である。当初その作用機序は不明であったし,もちろんCa2+-チャンネルブロッカーと呼ばれたわけでもない。当時verapamilとprenylamineの心臓に対する副作用を調べていたFleckenstein1)は,これらの薬の心臓抑制作用がCa2+の作用で拮抗されることから,1969年これらの薬をカルシウム拮抗薬と命名した。この名称は広く親しまれていて今でもしばしば使われている。1983年LeeとTsien2)は,whole cell clamp法を心筋の単一細胞に適用し,カルシウム拮抗薬がCa2+の内向き電流を抑えることをはっきりと示した。さらにpatch-clamp法3)がカルシウム拮抗薬の研究にも導入されて,カルシウム拮抗薬がCa2+チャンネルの開口機構に影響を与えることまでわかってきた4)。このようにカルシウム拮抗薬の作用機序がより明確になるにつれて,Ca2+の作用と拮抗するという意味のカルシウム拮抗薬と呼ぶよりも,Ca2+エントリーブロッカー,あるいはCa2+-チャンネルブロッカーと呼ぶようになってきた。

Caチャンネル作用薬とCaチャンネルのタイプの識別

著者: 大泉康

ページ範囲:P.579 - P.582

 I.Caチャンネルの種類
 細胞膜に伝達された情報は,細胞内セカンドメッセンジャーによって細胞内小器官へ伝えられる。近年Ca2+がセカンドメッセンジャーとして細胞機能の調節に重要な役割を果していることが明らかになってきた。このCa2+の細胞内流入を直接制御しているのがCaチャンネルと呼ばれる蛋白質分子である。Caチャンネルは電位依存性Caチャンネルと受容体制御性Caチャンネルの二つに大別される。最近,Tsienらのグループ1)は,電位依存性Caチャンネルが電気生理学的および薬理学的性質によってtransient(T)型,long-lasting(L)型およびneither(N)型の三つのサブタイプに分けられるというきわめて注目すべき事実を報告した(表1)2-4)。この三つのCaチャンネルの電気生理学的な相違点としてまず第一に,チャンネルゲートの開閉機構をあげることができる。T型チャンネルは比較的小さな脱分極で活性化されるが,不活性化が速やかに起こるため,電流は一過性に流れる。L型チャンネルは大きな脱分極が起こると活性化され,その不活性化は非常に遅いため,数百msec電流が流れ続ける。N型Caチャンネルは,大きな脱分極が起こらないと活性化を受けない点でL型チャンネルと類似しているが,不活性化はT型チャンネルのように速やかに起こるので,一過性に電流が流れる。

Ca2+-チャンネル蛋白質の精製

著者: 中山夏樹

ページ範囲:P.583 - P.587

 Ca2+-チャンネルは各種細胞の興奮—収縮連関や刺激—分泌連関などに重要な役割を果していると考えられており1,2),それを精製し構造・機能,生理的意義を解明することは,医学,生物学に大きなインパクトを与えると思われる。狭心症や高血圧に使われるCa2+-拮抗薬はこのCa2+-チャンネルに結合すると考えられており,これを利用してCa2+-チャンネル蛋白質を精製する試みがこの数年急速に進展した。しかし,今までに報告されているCa2+-チャンネルのサブユニット組成や分子量は,同一研究室の報告ですら一定していない状況である。筆者は1984〜1986年シンシナチ大学のA. Schwartz研究室でCa2+チャンネルの単離にたずさわる機会を得たので最近のこの分野の知見を概説したい。

連載講座 脳の可塑性の物質的基礎

海馬の長期増強の発現機構

著者: 小澤瀞司

ページ範囲:P.589 - P.596

 海馬(hippocampus)は大脳皮質側頭葉の下内側面の深部に横たわる系統発生学的に古い脳の一部分である。1953年にカナダの脳外科医Scovilleはてんかんの治療のために当時27歳であった男性の患者H.M.の海馬を中心として鉤・扁桃体を含む両側側頭葉内側部を切除した。H.M.は術後重篤な前向性健忘に陥り,遂に回復することはなかった。Milnerら1)はこの患者の生活を14年間にわたり詳細に観察するとともに,種々の心理テストを課すことにより,海馬を中心とする内側側頭葉に瞬時的な記憶を長時間持続する記憶に変換する機能が局在することを示唆した。その後,サル,ラットなどの動物実験でも海馬およびそれを含む大脳辺縁系の損傷が記憶障害をもたらすことから2,3),現在では,海馬が脳の記憶装置の重要な構成部分であり,とくに長時間持続する記憶を形成する過程でもっとも枢要な役割を果すという考えが有力である。
 以上のように巨視的な観察と実験から,脳内で記憶にもっとも深く関わる部位とされている海馬のシナプスに長期増強という記憶と学習の成立に必須と考えられる可塑的な性質のあることが,1973年にBlissとLφmo4)によって見出された。本稿では海馬の長期増強の諸性質について解説し,その発現機構に関する知見を紹介したい。

実験講座

海馬神経細胞での細胞内Ca濃度の測定

著者: 小倉明彦 ,   工藤佳久

ページ範囲:P.597 - P.603

 生きている細胞は,高いエネルギーコストを払って細胞質内の遊離カルシウムイオン濃度(以下[Ca2+]iと略)を10−7Mレベルあるいはそれ以下に保っている。そしていざ刺激がきたとき,104倍にも及ぶ濃度勾配にしたがってどっとCa2+を流れ込ませ,それを細胞内でのシグナルとして用いる。神経細胞も例外ではなく,神経伝達物質の放出や,Ca2+依存性の酵素群の活性化を介しての細胞機能の調節を行っているとされている。確かに細胞外環境のCa2+濃度を変えたり細胞内にCa2+やEGTAを入れて[Ca2+]iを操作すると,多くの細胞機能が影響を受ける。しかし,だからといって実際にそれらの機能がみな[Ca2+]iによって調節されていると断言はできない。たとえ話でいえば,「ナイフで刺されると人は死ぬ。ではこの間うちのおじいちゃんが80歳で死んだのはナイフで刺されたからか。」そうとばかりはいえない。[Ca2+]iが実際に調節因子として働いているとするためには,その刺激の下で[Ca2+]iが本当に動くのを確かめておかなければならない。生きた標本での[Ca2+]iの簡便かつ実時間的な測定法が求められるゆえんである。

話題

国際シンポジウム「生筋における細胞内カルシウムの局在と動態」

著者: 栗原敏 ,   北澤俊雄

ページ範囲:P.604 - P.609

 筋細胞内カルシウムの働きに関する国際シンポジウムが,昭和62年5月18,19,20日の3日間,東京ガーデンパレスにおいて開催された,カルシウム・イオン(Ca2+)が,筋細胞の興奮—収縮連関および神経ホルモン—収縮連関においてもっとも重要な細胞内メッセンジャーであることは,これまで本誌の総説に書かれているとおりである。筋の収縮・弛緩は生体現象の中でもっとも顕著なものであり,その研究は生命科学の模範となってきた。わが国においても名取の筋原線維,Ca2+による筋収縮制御,トロポニンをはじめとする各種調節蛋白質の発見など数々の成果が世界に先駆けて誕生した。そしてそれらに関連した二,三の国際会議が,日本においてもすでに開催されている。しかし,現在,機能に対応した細胞内カルシウム濃度変化の測定技術が進歩したので,これまでに得られた生化学的,生理学的,および形態学的知識を統合し,生きた筋細胞という場においてCa2+の動きを通して筋の収縮弛緩を考え直す時期にきていると考え,東京慈恵会総合医学研究センター・酒井敏夫所長を中心として,国際シンポジウム"Localization and Movement of Cytoplasmic Calcium in Living Muscle"を企画し,開催した。

肥満細胞(Mast cell)における細胞内情報伝達系—adenylate cyclase情報伝達系によるCa2+情報伝達系の制御

著者: 黒沢元博

ページ範囲:P.610 - P.611

 近年,各種細胞を用いて細胞内情報伝達系に関する研究が盛んであるが,肥満細胞(Mast cell)においてもadenylate cyclaseを情報伝達因子とする系と,Ca2+を情報伝達因子とする系が存在する。
 adenylate cyclaseを情報伝達因子とする系では,receptor活性化に伴いGTP結合蛋白質guanine nucleotide-binding Proteinを介してadenylate cyclaseの活性が制御される。すなわち,β1,β2-adrenergic receptor刺激は促進性GTP結合蛋白質Gs proteinを介してadenylate cyclaseのcatalytic subunitを活性化し,cyclic AMPレベルが上昇する。α2-adrenergic receptor刺激は抑制性GTP結合蛋白質Gi proteinを介してadenylale cyclaseのcatalytic subunitを抑制し,cyclicAMPレベルが低下する。cyclic AMPレベルが上昇するとcyclic AMP依存性protein kinase(protein kinaseA)が活性化され,作用が出現する。

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生体の科学 第38巻 総目次

ページ範囲:P. - P.

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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