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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学39巻1号

1988年02月発行

雑誌目次

特集 遺伝子疾患解析の発展

特集によせて

著者: 高木康敬

ページ範囲:P.2 - P.3

 すべての疾患の発症には,必ず大なり小なり遺伝的素因の関与していることは古くから知られてきたが,それがとくに強いと思われるものは遺伝疾患というグループに入れられ,Johns Hopkins大学のMcKusickの提唱に従って染色体異常型,多因子型および単一遺伝子型遺伝疾患に分類されている。
 染色体異常型は,染色体の数的異常や構造上の欠陥で遺伝情報の総量が変化した時,あるいは染色体の一部の位置的異常によって遺伝子の機能が障害をうけた場合に起こる。たいてい発症は突発的であり,脳障害と発達遅滞,または複雑な奇形を来すことがしばしばで,今までのところXとY性染色体の構造と数についての異常が多く知られている。他の常染色体の欠陥も認められているが,大部分は性染色体の異常よりもさらに障害がひどく,たいていは生存できない。

アルツハイマー病

著者: 吉川和明

ページ範囲:P.4 - P.8

 アルツハイマー病(Alzheimer's disease,以下ADと略する)は初老期から老年期に始まる進行性の記憶障害と知能低下を特徴とする中枢神経系の変性疾患である。疾患名は進行性の痴呆を主症状とする初老期の女性の剖検例を最初に報告(1907年)したドイツの神経科医AloisAlzheimerに由来する。今日ではADの範疇には初老期だけでなく老年期に発症するアルツハイマー型老年痴呆(Senile dementia of the Alzheimer type)も含まれ,この病型の方が初老期発症のものに比べて圧倒的に多い。ADの一部には常染色体優性形式で遺伝する家族性アルツハイマー病(Familial Alzheimer's Disease,FADと略)があるが,大部分は散発性(sporadic)に発症する。ADにみられる病理学的所見としては高度の神経細胞の脱落に伴う脳の萎縮とともに神経原線維変化(neurofibrillary tangles),老人斑(senile plaques),アミロイド・アンギオパチー(amyloid angiopathy)などの特徴的な変化が見られる。
 ADの病因を考える上で示唆に富む疾患はダウン症である。40歳以上に加齢が進んだダウン症患者の脳には上記のAD脳に見られる異常所見が出現する。そのためダウン症はADの類縁疾患としてADの病因を考える上で重要視されてきた。

色覚異常

著者: 徳永史生

ページ範囲:P.9 - P.17

 I.色覚
 人間が色をどのようにして識別するかという問題に関しては,古くから多くの哲学者,科学者の関心の対象となって来た。Youngは混色を基礎として,網膜の各点で3種の受容器さえあればすべての色が感受しうるという説を立てた。Youngの考え方は後に,Helmholtzによって定量化され,Young-Helmholtzの三原色説と呼ばれている。ヒトの目には赤,緑,青の3色をそれぞれ受容する3種類の視細胞があり,外界の光はこの三つの受容器にそれぞれ何%かずつに振り分けられ,これらの情報は脳の中で混合されていろいろな色が知覚できると考えられてきた。
 1960年代に実験により,ヒト,サルなどの錐体において三原色説が当てはまることが実証された。その1例がWaldの行った選択的順応法である1)。順応光として黄色光(>550nm),紫色光(<462nm+>645nm),青色光(<500nm)が選ばれた。これはたとえば,黄色の順応光で測定部位を照射すると,長波長側に感度の高い赤受容体と緑受容体とが選択的に速やかに退色して,その状態で分光感度を求めると,青受容体のそれが測定できるという仮定に立っている。図1はヒトの中心窩について黄,紫,青色光での順応で,それぞれの吸収極大を持つ,青,緑,赤受容体の分光感度が得られたことを示している。

サラセミア

著者: 服巻保幸

ページ範囲:P.18 - P.26

 サラセミアは地中海沿岸地域,アフリカ,インド,中国,そして東南アジアに広くみられる遺伝性貧血症であり,多発地域における保因者の率は10%以上にものぼり,もっとも頻度の高い単一遺伝子疾患である。その病因は,ヘモグロビンを構成する,α様グロビン鎖(ξ鎖,α鎖)もしくは,β様グロビン鎖(ε鎖,γ鎖,δ鎖,β鎖)のうち,特定のグロビン鎖の合成障害であり,障害をきたすグロビン鎖ごとに,α,β,δ,γ,δβ,γδβサラセミアが知られている。本疾患の解析にはDNA組換え技術がいち早く導入され,これまでに多くの知見が集積されており,サラセミアは現在もっとも分子レベルでの解析が進んだ単一遺伝子疾患ということができる。本稿では分子病理を主体に知見をまとめるが紙面の都合上,頻度が高いβサラセミアに的をしぼることにする。

躁うつ病

著者: 吉川和明 ,   野々村禎昭

ページ範囲:P.27 - P.32

 精神分裂病や躁うつ病(双極感情障害)などの主な精神疾患は,遺伝要因と環境要因の相互作用によって発症するものと推定されるが,その遺伝要因を担う遺伝子に関してはほとんど明らかになっていない。遺伝疾患へのアプローチには一般的にその疾患が多発している集団(家系)の調査が必須であるが,精神分裂病や躁うつ病は遺伝因子の関与は推定されているものの,分析対象となる適切な家系に乏しいことや家系内の各世代での疾患発症の客観的データが得難いことが解析をきわめて困難にしてきた。
 躁うつ病は比較的遺伝する傾向が強いことは従来から指摘されてきたが,最近Nature誌に掲載された躁うつ病遺伝子が第11染色体またはX染色体上に存在するという報告は,分析に適した家系とマーカーを選択すれば精神病の遺伝子にもアプローチできることを示したもので,今後の精神疾患の生物学的研究の方向を考える上で示唆に富むものである。これらの研究は制限断片長多型性(Restriction Fragment Length Polymorphisms,RFLPs)や既知の遺伝形質をマーカーに用いて,連鎖分析によって躁うつ病遺伝子が特定の染色体上に存在することを証明したものである。したがって現段階では躁うつ病遺伝子そのものについての情報が得られた訳ではない。

オルニチントランスカルバミラーゼ(OTC)欠損症

著者: 羽田明 ,   島田和典

ページ範囲:P.33 - P.37

 オルニチントランスカルバミラーゼ(OTC)は尿素合成(図1)の2番目のステップ,すなわちオルニチンとカルバミルリン酸を基質としてシトルリンを合成する反応に関与する。またこの酵素は尿素合成の最初のステップに関与するカルバミルリン酸合成酵素(CPS)と同様,ミトコンドリア内に局在するが,核DNA上に存在する遺伝子によってコードされている。そのため両者とも細胞質内で合成された前駆体がミトコンドリア内に移行しリーダー配列部分が取り除かれて成熟型となる。酵素活性はほぼ肝臓と腸管に限って認められ,また胎児期にはほとんど認められず周産期に急激に上昇してくる。酵素のミトコンドリア内への移行,臓器特異的発現,発生に伴う発現調節などがどのようなメカニズムによっているかは興味深い問題である。
 OTC欠損症は尿素サイクル異常症のうちもっとも頻度の高い疾患であり,肝OTCの障害による高アンモニア血症が病態の主体である。X染色体連鎖遺伝形式をとることから男児では症状が重く,生後数日以内に嗜眠状態,哺乳力低下で発症し,呼吸促迫,嘔吐,筋緊張亢進または低下の後,痙攣,無呼吸,昏睡状態に陥り死亡する例が多い。他の高アンモニア血症を来す疾患でも同様の症状を示すため,症状のみからではOTC欠損症との鑑別は困難である。

Lesch-Nyhan症候群

著者: 小笠原信明

ページ範囲:P.38 - P.41

 DNAやRNAを構成しているヌクレオチドには,プリンヌクレオチドとピリミジンヌクレオチドの2種類がある。プリンヌクレオチドは図1のように糖やアミノ酸から新しくつくられるde novoの合成ルートの他に,再利用のルート,すなわちサルベージルートで合成される。サルベージルートの酵素の一つにヒポキサンチン・グアニンホスホリボシールトランスフェラーゼ(HPRT)という酵素がある。この酵素は図に示したように,ヒポキサンチンあるいはグアニンとPRPPとから,IMPあるいはGMPをつくる反応を触媒している。この酵素の遺伝子はいわゆるhouse keeping geneでほとんどすべての組織で発現し,酵素活性が認められるが,脳,とくに基底核で活性がもっとも高い。

家族性アミロイドポリニューロパシー

著者: 荒木淑郎

ページ範囲:P.42 - P.47

 家族性アミロイドポリニューロパシー(familiai amyloidotic polyneuropathy:FAP)は,全身臓器にアミロイドが沈着する系統的アミロイドーシスのなかで,とくに末梢神経障害を主症状とする常染色体優性の遺伝性疾患である。
 1952年,ポルトガルのAndradeは,ポルト市の北部海岸のPóvoa de VarzimにFAPの集積家系を報告したが,本邦では1967年,荒木らが熊本県北部A市にFAPの一大家系について始めて報告し,1973年,鬼頭らは長野県北部にFAPの大家系を報告している。その後,FAPについては,世界各国から報告があいつぎ,病型はポルトガル,日本,スウェーデンは下肢から多発ニューロパシーが上行する型であることがわかり(第1型),米国インディアナ州のスイス系とドイツ系の家系では,上肢始発型(第2型)であり,さらにフィンランドからは顔神経障害を主徴とする顔型(第3型)であることがわかり,今日では,臨床病型は,便宜上以上の3型に区別されている1)(表1)。

連載講座 脳の可塑性の物質的基礎

中枢コリナージックニューロンの生存を支える神経成長因子

著者: 畠中寛

ページ範囲:P.48 - P.56

 ニューロンの連絡網の巨大さは,研究者をして,その深い森へ分け入ることにたじろがせるものがある。ヒトの脳のニューロンの総数は,1012個とも云われ,シナプスと呼ばれるニューロン間のつなぎかえスイッチは1015個も点在していると云う1)。この数は,まさに銀河系の星の数に匹敵すると云う。この膨大な数の神経情報接点の存在は,脳神経系のもつ秀れた情報処理能力の源となっている。このように複雑な連絡網は,はたしてどのように構築されるのであろうか。ニューロン間の連絡の形成もまた遺伝上子発現の制約下にあることは云うまでもない。しかし,ニューロン間の連絡はまた後天的なつなぎ換えを可能とするシステムでもあるのである。これを可塑性と呼ぶが,この可塑性に関わる可能性をもつ因子の存在が,最近注目をあびるようになってきた。神経栄養因子(Neurothrophic Factor)2-6)と総称される,これら一群のタンパク質は,脳神経系のシステム形成のごく初期の時期にのみ働き,ニューロンの分化,シナプスの形成に作用するものとして知られていたものである。しかし,最近になって,ニューロンの長い一生をその生存を維持させる方向での作用が明確にされるにおよび,一つの可能性としてシナプス可塑性にも関与するのではないかと云われるようになった。
 神経栄養因子は,脳神経系以外の組織においては細胞成長因子と呼ばれる一群のタンパク質の仲間である。

実験講座

S字状曲線の理論式,実験式について—(Ⅰ)双曲線,シグモイド,ロジスチック曲線

著者: 小原昭作

ページ範囲:P.57 - P.62

要約:主な近似式を二種,正規化して示す。これらは互いに変換できる。
1.非対称なS字状曲線(直線座標軸)
 Y=Xn/1+Xn=1/1+X−n………(2-3)
 n≧1:傾斜係数(ただしn=1:双曲線)
 X=x/x1/2
 Y=(y-ymin)/(ymax-Ymin
 x1/2:y最大変化の1/2に対するxの値,
 ymax,ymin:yの最大値,最小値。
2.対称的なS字状曲線(直線座標軸)
中点[x=x1/2,y=(ymax+ymin)/2]に対して点対称となる。

話題

ハンチントン病

著者: 金澤一郎

ページ範囲:P.63 - P.66

 ハンチントン病は,1873年米国のGeorge Huntingtonによってはじめて正確に記載された遺伝性神経変性疾患である。その特徴は成人発症の舞踏運動であること,知能・精神障害を伴うこと,これらの症状が進行すること,そしてもっとも重要なこととして,常染色体性優性遺伝すること,である。本症の遺伝についてはいくつかの事実が知られている。たとえば,長い本症の歴史の中で世代を飛び越しての遺伝(skip)が確認されている家系がほとんど皆無に等しいことから,本症の表現率はほぼ100%とみなしうることがわかっているし,明らかに突然変異によって発症したとする家系がきわめて少なく,現存するほとんどすべての家系は中世ヨーロッパに生じた異常遺伝子をそのまま連綿と受け継いでいると考えられている。アジア人種やアフリカ人種などに本症が著しく少ないのは,そのような異常遺伝子を白人との混血という形で引き継ぐことが少なかったためとみなされている。一方,本症は厳密に常染色体性優性遺伝形式をとり,例外はないと考えてよい。したがって,その異常遺伝子は22対の常染色体のどこかに局在しているはずである。これに対しては,古典的なヒト染色体マーカー,たとえば血液型,白血球型,血清酵素型などの多型形質との遺伝子連鎖の面から検討が積み重ねられてきた。しかしながらその連鎖はすべて有意なものではなかった。

Duchenne型筋ジストロフィー

著者: 中村清二

ページ範囲:P.67 - P.70

 Duchenne型筋ジストロフィー(DMD)は伴性,劣性の遺伝形式を持つ筋変性疾患である。発症率は3,500人の出生男児あたり1人と遺伝性疾患の中でもとくに高く,また発症の30%が突然変異によるという際立った特徴を持っている。多くの場合2〜3歳頃発症し,20歳前後に死亡する。患者はもちろんほとんどの場合男子であるが,例外的に女子が発症する場合もある。その多くはDMD遺伝子の発現が何らかの理由で妨げられたX染色体が全体としては活性を保ち,他方のX染色体が不活化(Lyonization)されていることによると説明されている。病因の解明および治療法の開発は重要課題であるが,それと同時に女性保因者の発見法,患者の出生前診断法の確立もまた急務であった。江橋らにより確立された血清クレアチンキナーゼ濃度測定による診断法は保因者の発見にも有用であったが,確実性の点から見るとそれのみで十分なものではなかった。一方,本疾患が遺伝性疾患であるという原点に立ち返った場合,遺伝学的手法による保因者の発見法が工夫されてしかるべきであった。

国際神経化学会議と二つのサテライトシンポジウムについて

著者: 武富保

ページ範囲:P.71 - P.76

 1987年5月31日から6月5日まで,南米のベネズエラ共和国の首都カラカスに近い港町,ラ・グアイラで初めての試みとして催された第11回国際神経化学会と第18回米国神経化学会のジョイントミーティングに,また,その後,6日から12日まで,カラカスから約500Km離れたカリブ海の大西洋側に寄った海辺の町,プエルト・ラ・クルスでのリン脂質とガングリオシドの両サテライトシンポジウムに出席したので,これらの学会見聞を記すことにしたい。初めに断わっておきたいことは,前者のジョイントミーティングについては,植村慶一・北村邦男両氏1)による見聞記がすでに他誌に掲載されているので,参照して頂くとして,簡単にし,どちらかと言えば,後者の両サテライトシンポジウムについて,紙数を取って紹介することにしたい。

国際会議「Membrane and Membrane Processes」

著者: 野沢義則

ページ範囲:P.77 - P.79

 本会議("The 1987International Congress on Membrane and Membrane Processes")は,その3年前にストレーザ(イタリア)で催されたEurope-Japan Congressをさらに拡大発展させたものであり,国際学会としてデビューしたばかりである。ストレーザで味わった風光明媚とは趣きを異にするが,オープン間もない東京全日空ホテルで32カ国から730名余を集めて5日間(6月8〜12日)にわたって活発な研究発表が行われた。内容は対照とする膜の種類によって生体膜,人工膜,工業用膜に大別されるが,全体的には後二者が多数を占めているのも,会議名に"Membrane Process"とあるように,その意図に適ったものである(表1)。以下に筆者が担当した生体膜のセッションの内容を簡単に紹介するが,その前にS. J. Singerによる特別講演"On the translocation of proteins across membranes"について若干触れておく。開会式にひき続いて行われ,かつ例のSinger-Nicolsonモデルの本人だけに聴衆を十分に魅了させた。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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