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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学39巻2号

1988年04月発行

雑誌目次

特集 生体運動の分子機構/研究の発展

特集によせて

著者: 丸山工作

ページ範囲:P.83 - P.84

 生体運動の分子的機構をめぐって,現在,多くの研究者がまったく新しいアイデアから迫ろうとしている。定着していた通説がくずれたり,予想もされなかった運動分子が発見されたからである。
 筋収縮といえば滑り説で解釈するというのが常識となっている。高校の生物教科書にもでており,みんながその通りとみなしている。アクチンとミオシンの両フィラメントがATPのエネルギーを使って互いに滑走する。この滑り説が事実であると証明されたのは,じつは,シャジクモのゲル層に方向をそろえて埋め込まれているアクチンフィラメント上をミオシンが動いていくことを示したJ.A.spudichらの研究(1985)である。筋肉の筋原線維でも確かめられ,方向性をもった滑りは実証された。

細菌鞭毛モーター

著者: 杉山滋 ,   今栄康雄

ページ範囲:P.85 - P.88

 細菌のような単純な生物でも,外界からの化学的刺激(誘引物質,忌避物質の濃度変化)や物理的刺激(光,熱など)に応じて,ある場所へ集合したり,あるいは,そこから逃げ出すといった行動(走性)をする。このような行動の基礎となる運動器官は,菌体からはえている1本から十数本の鞭毛である。鞭毛基部には,膜に埋め込まれた鞭毛モーターがあり,直径20nm,長さ約10μmのらせん状をした鞭毛を,スクリューのように回転させて運動するわけである。つまり,細菌は,鞭毛モーターという生物における唯一の回転運動器官を持っている。また,他の生物の運動器官がATPをそのエネルギー源としているのに対し,鞭毛モーターは,イオンの流れを直接の駆動力としている点でも特異な存在である。すなわち,鞭毛モーターは,イオンの電気化学的エネルギーを力学的な回転運動に変換する分子機械ともいえる。また,この鞭毛モーターは,右にも左にも回転することができるが,この回転方向の制御が走性発現の基本となっている1)
 このようなユニークな性質を持つ細菌の鞭毛モーターは,研究対象として非常に魅力的であり,多くの研究者の興味を引きつけてきた。その回転の分子機構は現在でも依然として謎であるが,鞭毛モーターの構造や性質について生化学的,物理学的な解析が進み,いくつかの新しい展開がみられたのでここで紹介したい。

スパズモネーム収縮系

著者: 落合勉 ,   浅井博

ページ範囲:P.89 - P.91

 原生動物は,その生活に必要なあらゆる活動を1個の細胞で行っており,その細胞内小器官(オルガネラ)は著しく分化している。このことに対応して,原生動物の運動様式は多様である。その中には自然界における代表的な運動様式(アメーバ運動,繊毛・鞭毛運動)とともにいくつかの特異的な運動様式が存在する。ここでは新たなる生体運動の可能性という観点から,原生動物の特異的な運動様式と考えられるツリガネムシの茎の収縮のメカニズムについて述べる。

繊毛・鞭毛運動:微小管滑り運動

著者: 真行寺千佳子 ,   高橋景一

ページ範囲:P.92 - P.97

 繊毛・鞭毛の運動は,その内部にある微小管(ダブレット微小管)の間の滑りを原動力としている。実際に微小管が滑ることは,暗視野顕微鏡を使えば比較的容易に観察することができる1)。しかし,どのようにして滑りが起こるのか,どのようにして屈曲が繰り返し形成されるのか,という問題は,まだ完全には解明されていない。本稿では,これら二つの大きな課題,すなわち「滑りを起こす分子機構」と「滑りを制御する分子機構」を中心に,これまでに行われた研究を概説する。

ダイニンATPaseと繊毛鞭毛の運動機構

著者: 清水隆

ページ範囲:P.98 - P.101

 前稿で真行寺,高橋両氏が記述しておられるように1),繊毛鞭毛の運動は各ダブレット微小管間の"すべり"によってひき起こされると考えられている2-8)。このすべりをもたらすのは,A小管からの突起,"腕"を構成するダイニンATPaseとB小管との相互作用,およびそれに伴うATPの加水分解であり,後者はこの運動のエネルギーを供給する9,10)
 これは,筋肉においてミオシンとアクチンがATPの加水分解を伴いつつ相互作用をして,収縮のための力を発生する機構と類似であると考えられる11)。この相互作用において,アクチンによってミオシンATPaseが顕著に活性化されるが12),同様の微小管によるダイニンATPaseの活性化が予想されていた。ATPaseの活性化は,そのATPaseの果す役割にとってもっとも重要なことであり,ダイニンATPaseの場合には微小管による活性化は,繊毛鞭毛運動の分子機構の中心を成すと考えられる。

染色体移動

著者: 浜口幸久

ページ範囲:P.102 - P.105

 I.分裂装置の蛋白質1)
 1.チューブリン
 チューブリン分子は,α,βのヘテロダイマーで,α,βそれぞれいくつかの遺伝子があって,アイソフォームの存在が示唆される2,3)。一方,翻訳後の修飾によるチューブリンの多型化も知られていて,分裂装置内に多種のチューブリン分子の混在が報告されている4-6)。C-末端からチロシン残基が一つとれてC-末端がグルタミン酸になったα-チューブリンが多い微小管は,形成されたあとかなり時間を経た微小管であると考えられている7)。リジン残基がアセチル化したα-チューブリンをもつ微小管は安定性が高いが,分裂装置にはアセチル化したα-チューブリンとアセチル化していないものが混在する5)。β-チューブリンのアイソフォームも混在する6)。これらアイソフォームのちがいによる微小管の機能のちがいが示唆されている(「微小管の種類」の項参照)。

軸索輸送:チューブリン・キネシン系

著者: 室伏擴

ページ範囲:P.106 - P.109

 神経細胞は軸索(axon)という非常に長い突起を持つ高度に分化した細胞である。神経細胞の細胞体の大きさは数μmから百数十μmであるのに対し,軸索の長さは1mにも及ぶ場合がある。このような特殊な形態を取る神経細胞が,全体として調和の取れた生命活動を営むための機構の一つが軸索輸送(axonal transport)である。軸索輸送は細胞体から軸索末端への物質の輸送である順行性輸送,および,これとは逆の逆行性輸送の二つに分類される。単一軸索内で,両者は同時に行われている。順行性輸送の目的は,軸索そのものの構造の維持,および軸索末端のシナプスの機能の維持にある。チューブリン,アクチン,ニューロフィラメントタンパク質などの輸送は前者と関連しており,神経伝達物質の合成に必要な酵素やペプチド性神経伝達物質そのものの輸送は,後者の例である。一方,逆行性輸送の場合,シナプス部位で不用になった物質や,エンドサイトーシスによって取り込まれた物質が細胞体に送られる。逆行性輸送は,シナプスから細胞体への情報伝達とも関連していると考えられている。
 軸索輸送は,その速度という点から大きく二つに分類される。すなわち,数mm/日という遅い軸索輸送と25〜50cm/日という速い軸索輸送である。順行性輸送の場合,細胞骨格系タンパク質の輸送は前者に相当する。

筋肉におけるエネルギー変換の素過程

著者: 原田慶恵 ,   柳田敏雄

ページ範囲:P.110 - P.114

 筋肉をはじめとする生体運動の本質は,運動系を構成する構造タンパク質集合体の相対的滑りによる化学エネルギーの力学エネルギーへの変換である。現在,この滑りを分子レベルで理解する有力な仮説がない。これは,主としてわが国の研究者によって,今まで中心的仮説として学界をリードしてきた"首ふり仮説"が否定されたからである。最近の研究によって,滑りの分子機構を理解するには,タンパク質分子の大きな変形を化学反応と1:1に対応させ,それを巨視的な滑り運動に直結させる機械論的な考え方ではなく,新しい概念を必要とすることが明らかとなりつつある(図1参照)。ここでは,われわれが提唱している,"筋収縮における化学—力学反応の共役は,非化学量論的に起こる"とする新しい概念について最近の研究を通して説明する。
 筋収縮におけるエネルギー変換の分子機構について,筋線維や精製したタンパク質の懸濁液を用いて研究がなされてきた。しかし,これらの系は非常に複雑で,多くのタンパク質分子を含んでいるため,平均化した信号の解析から,その素過程を演繹することになり非常な困難を伴う。最近のin vitroでの運動アッセイとビデオ顕微鏡法による個々の分子の運動の観察法の発展はめざましく,われわれはそれらを使って,もっとも単純化された必須部分のみを有する構造体を再構成し,それら個々の運動を直接観察しながら,エネルギー変換の素過程を研究することができるようになってきた。

筋収縮:急速凍結法によるアプローチ

著者: 月田承一郎 ,   矢野雅文

ページ範囲:P.115 - P.118

 生体運動の分子機構を電子顕微鏡を用いて研究する場合,電子顕微鏡像の持つ時間分解能が問題となる。電子顕微鏡像の持つ時間分解能とは,あまり聞き慣れない言葉であるが,「どのくらいの時間内に起きた構造変化を議論できる像であるか」というふうにここでは定義する。このような定義に基づくと骨格筋の収縮中に起きるアクチンフィラメントとミオシンフィラメントの滑り運動を分析するには,これまで述べられてきたように少なくともミリ秒の時間分解能が要求される。従来行われてきた電子顕微鏡用の試料作製法ではグルタールアルデヒドや四酸化オスミウムなどの固定剤を用いるために分のオーダーの構造変化を議論するのが限界であった。しかし,約10年前に,液体ヘリウムを用いた急速凍結法が電子顕微鏡試料作製法に応用されてから,事情は一変した1,2)。われわれは,独自の急速凍結システムを用いて様々な生体運動の分子機構について研究を進めてきたが3-6),最近収縮中の骨格筋の瞬間像を得ることに成功した7,8)。この小文では,われわれの成果をまじえながら,筋収縮の分子機構を探る上で,急速凍結法が持つ可能性について述べてみたい。

筋収縮の新しい理論

著者: 矢野雅文

ページ範囲:P.119 - P.122

 I.筋収縮理論について
 筋収縮は生物の基本的かつ重要な機能の一つとして多くの人の興味を引き研究が幅広く行われてきた。まずこれまでの研究の成果を振り返り筋収縮の研究で何が明らかにされ何が問題として残っているのかを纒めてみよう。筋収縮の研究は筋肉がATPの化学エネルギーを使って力学エネルギーへと変換する過程の研究である。すなわち両過程がどのように結合しているのかを分子レベルから明らかにすることにある。そのためには,a)力発生の単位であるミオシン分子とアクチン分子が張力発生中にどのような分子運動をするのか? b)その際両者に働く分子間力は何か? c)クロスブリッジサイクル(分子運動の1サイクル)とATP加水分解サイクルの中間体との対応はどうなっているのか? 力学的素過程と化学的素過程の結合はどうなっているのか? d)筋肉はミオシンとアクチンからなる分子的装置であるが,これらのシステムとしてのダイナミクスはどうなっているのか? エネルギー変換のダイナミクスにこれらの構造がどういう効果を及ぼしているのか?(各クロスブリッジは独立に働くのか?)を明らかにしなくてはならない。

平滑筋収縮

著者: 尾西裕文

ページ範囲:P.123 - P.126

 平滑筋の収縮はカルシウムによる調節を受けているが,その機構は骨格筋で知られているものとは違っていた。平滑筋では,カルシウムはミナシン軽鎖成分のリン酸化を調節していた。リン酸化の程度に応じて平滑筋は収縮したり,弛緩したりした。平滑筋ミオシンの構造変化は,骨格筋ミオシンのそれと比べるとはるかに複雑であった。それは,平滑筋ミオシンがエネルギー変換に加えて,リン酸化による調節という余分な機能を持つためであろう。本総説では,平滑筋ミオシンの構造変化とリン酸化による筋収縮の調節の関係について考えてみたい。

軟体動物平滑筋のCatch機構

著者: 盛田フミ

ページ範囲:P.127 - P.129

 軟体動物の一種である貝類は,貝殻を閉じた後,長時間そのままの状態を続けることがある。この持続的な閉殻には,貝柱に含まれている平滑筋が働いている。低いエネルギーの消費量で,何時間というオーダーで持続するこの経済的な収縮は,キャッチと呼ばれ,すでに今世紀初頭から知られている1)。取り出された生筋を使った研究によると,キャッチ状態のエネルギーコストは,活性な張力発生時の約1/10とみなされている2)
 キャッチ収縮に関しては,古くから,ムラサキガイの前方足糸牽引筋〔Anterior bysuss retractor muscle(ABRM)〕を使った多くの生理学的研究がある3,4)。生きたABRMにアセチルコリンを添加すると,活性な張力が生ずるが,アセチルコリンを洗い去っても張力はただちに減少せず,非常にゆっくりと低下してゆく。この持続する張力がキャッチ張力と呼ばれ,セロトニンを添加すると急激に解除される3,4)。セロトニンはABRM細胞内のcAMP濃度を増大させる作用がある4,5)

アメーバ運動

著者: 黒田清子

ページ範囲:P.130 - P.133

 アメーバ運動とは,細胞質の動きに伴って体形を変えながら移動する運動を言う。種々の培養細胞も,体長10μm前後の小型土壌アメーバAcanthamoebaや細胞性粘菌Dictyosteliumも,体長300μmから数mmにおよぶAmoebaやChaosのような巨大アメーバも,さらには真性粘菌Physarumの変形体をも含めて,大多数の細胞がアメーバ運動をする。しかし細胞の大きさ形態が違うように,運動様式もそれぞれまったく異なっている。
 分子レベルでの研究は,生化学的に取り扱いやすいPhysarumの変形体,Acanthamoeba,Dictyosteliumを材料としたものが多い。これらから得られた知見は巨大アメーバにもあてはまるものが多く,収縮の分子機構はいずれもアクトミオシン-ATP系によるものと考えられている。しかし,それぞれの運動様式や種に対応して運動蛋白質には少なからぬ多様性があることが次第にわかってきた。

車軸藻類における周回型原形質流動

著者: 新免輝男

ページ範囲:P.134 - P.137

 I.車軸藻類の構造
 車軸藻類は湖,沼,田および川などに見られる緑色の藻で,一般にはシャジクモ(Chara)やフラス(コ)モ(Nitella)が良く知られている。藻体は仮根,節細胞,節間細胞および小枝細胞から成る(図1)。節間細胞は直径が1mm,長さが数cmに達する円柱形をした多核の巨大細胞である。この利点を生かして車軸藻類の節間細胞は原形質流動,膜興奮およびイオン輸送などの研究によく用いられてきた。細胞の最外層にはセルロースを主成分とする細胞壁があり,数気圧にも達する膨圧を支えている。中心部は細胞体積の90〜95%にも達する液胞が占めている。原形質膜と液胞膜に囲まれて原形質の層がある。一層の葉緑体はゲル状の原形質外質に固着しており,その内側にあるゾル状の原形質内質が活発に流動している。流速は速い場合には100μm/秒にも達する。

往復原形質流動:粘菌

著者: 秦野節司

ページ範囲:P.138 - P.142

 I.粘菌変形体の原形質流動の特性
 真性粘菌の一種Physarum polycephalumの変形体は巨大な原形質の塊で,外側がゲル状の,内側はゾル状の原形質からなっている。ゲルの外側には通常の顕微鏡では見えないが,スライムと呼ばれる多糖類のかなり厚い層がある。この層は変形体の移動とともに,後に捨てられていく。
 変形体の原形質流動はいわゆる往復原形質流動と呼ばれる型の原形質流動である1)。顕微鏡の下でゾルの流動を観察していると,流動は徐々に速くなり,もっとも速い時には1mm/秒程度にも達する。動植物細胞で認められる原形質流動の速度は通常数μm/秒であるから,変形体の原形質流動の速度は非常に速い。また車軸藻の回転型原形質流動のゾル-ゲル界面でのずれの速度,数十μm/秒,横紋筋のアクチン線維とミオシン線維の間の滑り速度,数十μm/秒よりもはるかに大きく,変形体の原形質流動が,車軸藻のようにゾル-ゲル界面でのアクチン,ミオシンのすべり運動によって起こるのではないことを示している。

連載講座 脳の可塑性の物質的基礎

神経成長因子:最近の知見と問題点

著者: 久野宗

ページ範囲:P.143 - P.147

 I.神経成長因子の新たな研究基盤
 神経成長因子(Nerve growth factor:NGF)の研究は,その発見の糸口となったBueker1)の実験以来約40年の歴史を持っている。神経成長という漠然とした用語から,NGFを投与すればどの神経にも成長の促進が見られると誤解されがちであるが,末梢神経系でNGFに応答を示すのは発生的に神経堤(neural crest)から派生する感覚神経細胞と交感神経細胞のみである2)。これらの神経細胞に対してNGFは基本的に二つの効果を示す3)。第一は,trophic(栄養因子的)効果であり,この効果によってNGFは神経細胞の生存と正常機能を維持する。第二はtropic(趨行性,方向ずけ)効果で,これにより,発芽,再生時には神経細胞は高濃度のNGFに向って軸索を伸展する。NGFの一次分子構造と,その生物活性効果の特異性に関する情報は十分に得られており,国内の総説にもよく紹介されている4-6)。しかし,生体内のNGFの分布およびその効果の発現機構は明らかでなく,したがって,NGFの生理的意義の理解は完全でない。たとえば,NGFは血清中に存在するのか7,8)否か9,10)も未確定であり,NGFが液性栄養因子としての意義を有するかは不明である。また,NGFが雄マウスの顎下腺に多量に存在することはよく知られているが11),その他にどのような細胞においてNGFが産生されるかもまだ結論が得られていない。

実験講座

S字状曲線の理論式,実験式について—(Ⅱ)主な線形変換,その他の関連事項

著者: 小原昭作

ページ範囲:P.148 - P.154

 3.線形変換linear transformation
 実験データに理論式などの曲線をあてはめる場合curve fitting,各係数の値は最小二乗法method of leastsquaresで求める。
 しかし3,4個の係数のうちyminやymaxなどは理論的に規定され,またはデータから推定できることが多い。このため線形変換の後,直線回帰linear regressionにより係数を求めるのが一般的である。なお一次式(直線)の係数は2個である。したがって原式の係数が3個以上である場合は,どれかを推定して逐次近似する必要もあることに注意。

話題

Na-ポンプの酵素学

著者: 福島義博 ,   篠原康雄

ページ範囲:P.155 - P.158

 I.核酸からのアプローチ
 最近の多くの酵素研究がそうであるように,Na-ポンプを(Na,K)-ATPaseとして見る酵素学においても,遺伝子からのアプローチが幾つかの重要な発展をもたらした。(Na,K)-ATPaseのαおよびβ両サブユニットの一次構造が,cDNAから求められた(1985〜1986)ことはすでに周知と思われるので,ここでは触れない。その後現在までの短期間に,筋書きどおりの進展があるのは,いったんプローブとDNAライブラリーが得られれば,後は人海戦術でカバーできるという面が強いからだろう。まず,分子量の異なるイソ型(α+)の存在が知られている脳が,当然,解析の対象となった1,2)。そして,αとα+のみならず,蛋白質としては従来知られていなかったもう一つのイソ型の存在が示され,αⅢと名ずけられた1,2)。これなどは,核酸からのアプローチの有効性を示す顕著な例である。αⅢは,α-N末端に相当する9残基が欠損しており,ラット脳αとαⅢのホモロジーは,85.3%である。
 続いて,ヒト胎盤と白血球の染色体DNAでは,α,α+,およびαⅢの他に,蛋白未確認のさらに二つの遺伝子がα-鎖プローブと交叉すると報告されている3,4)。これらが(Na,K)-ATPaseのサブユニット遺伝子なのか,極似の他のATPaseが存在するのかは,今後の課題である。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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