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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学39巻3号

1988年06月発行

雑誌目次

特集 肺の微細構造と機能

肺の生後発育と微細構造

著者: 北村均 ,   蟹沢成好

ページ範囲:P.162 - P.166

 哺乳動物の肺は,胎生期にその原基が前腸から発芽し,著しい細胞増殖と分岐を繰り返すとともに劇的な形態変化を経て,生下時にはすでに気道およびガス交換装置の基本的な構築が形成されていることは周知のとおりである1,2)。しかし,生下時に肺がどの程度成熟しているかは動物種によって異なり,多くの動物で未だ不明の点も多い。
 Koelliker(1881)3)は哺乳動物の肺は生下時にはすでに成熟していると述べ,この考えは今世紀の半ば近くまで支持されてきた。一方,Broman(1923)4)やHeiss(1923)5)らは哺乳動物の肺は生後にも発育することを報告し,以来多くの研究者による種々の動物での研究の結果,今日,哺乳動物では生後にも新しい肺胞が形成されることは研究者の一致した意見となっている1)

肺上皮細胞の微細構造と病理

著者: 安田寛基

ページ範囲:P.167 - P.177

 肺は呼吸を営むので,当然のことながら大気と対応する肺胞上皮細胞との接触面は他の臓器と異なって気相と固相との界面を形成する。この境界面を保つために肺胞活性物質が肺胞壁表面に存在する。他方,肺は循環の面でも際立った特徴があり,独自の低圧系に支えられて呼吸を有利に導くためのきわめて菲薄な上皮細胞と毛細血管関係,いわゆる血液空気関門(Blood-air barrier)を形成している。電子顕微鏡形態学では,一般に微細構造をよりよく保存するために,可及的速やかな生体組織の採取,固定,包埋が要請されるので,動物実験材料かあるいはいわゆる生検材料による観察が主体であるが,たとえば肺の生検材料は,腎の糸球体などのような明瞭な機能単位がないので,生検の目的は肺癌などの診断が主である。このため,非腫瘍性疾患の超微形態などは見過されがちであった。私どもの教室では,この点に留意し,従来より死後時間の短い病理解剖例の肺疾患について電顕的観察を行ってきた。検索を進めながら気が付いたことは,肺組織は死後変性が少なく,したがって比較的保存の良好な電顕標本が得られることであった。今回の検索はこれらの非腫瘍性疾患の中の興味ある疾患を選んだ。

肺表面被覆層の超微形態

著者: 上田眞太郎

ページ範囲:P.178 - P.190

 肺表面被覆層という言葉の「肺表面」とは肺の胸膜表面を連想しがちであるが,実は肺内の含気部表面──「気管に始まり気管支・枝を経て肺胞に至る,肺内の全含気性領域を被覆する粘膜上皮細胞の表面」を指している。本題に入る前に,まず気道・肺胞上皮系とその表面被覆層について概要を述べる。
 気道・肺胞系の上皮細胞群は以下のごとく局所特異性を示している。(1)大気道域(気管〜気管支)では線毛細胞,杯細胞(粘液分泌細胞),中間細胞,基底細胞,神経内分泌細胞および気管支腺細胞群からなる。線毛細胞と杯細胞は,健常時には2〜3:1の比率1)で観察されるが,刺激下の状況ではほぼ同比率に近い分布2)を示す。

肺サーファクタントの免疫生化学

著者: 秋野豊明 ,   伝法公麿

ページ範囲:P.191 - P.199

 肺サーファクタントは肺胞Ⅱ型細胞で合成され,肺胞腔へ分泌されて肺胞被覆層を形成する。この物質は肺胞の気相—液相界面の表面張力を著しく低下せしめることにより,肺胞虚脱を防止し,呼吸を維持する機能をもつ1)。肺胞表面におけるサーファクタントの欠乏は,肺胞虚脱をもたらし,肺胞は拡張,収縮を反復する能力を失って重篤な呼吸障害を引き起こす。新生児呼吸窮迫症候群(RDS)はこのような状態,つまり肺サーファクタントの欠乏により呼吸維持が困難になった状態2),である。現在RDSをはじめ種々の呼吸器疾患における肺サーファクタントの動態解析の重要性が注目されている。
 肺サーファクタントの大部分はジパルミトイル・ホスファチジルコリン,ホスファチジルグリセロールという特異リン脂質であり3),従来はこれらのリン脂質を指標としてサーファクタントの動態が検索されたためその解析には限界があった.しかしサーファクタントには少量ながら特異蛋白質が存在することが明らかとなり4),この蛋白質を指標とすることによってサーファクタントを形態学的かつ生化学的に追跡できるようになってサーファクタントの研究は大きく飛躍した。本稿では,この蛋白質(「肺サーファクタント・アポ蛋白」)について,とくにアポ蛋白抗体を用いたサーファクタントの免疫学的検索を中心に概説する。

肺内ガス交換—測定法を中心として

著者: 土居勝彦 ,   加川朋子 ,   渋谷泉 ,   新関久一 ,   内田勝雄

ページ範囲:P.200 - P.203

 肺胞気と血液の間でのガス交換は呼吸におけるもっとも重要な機能の一つである。一般に,呼吸不全の患者では,拡散障害に加えて,換気—血流比(VA/Q)の不均等も存在し,肺胞気—動脈血間Po2較差〔(A-a)Do2〕の増大がみられる。拡散障害の直接的な原因としては,肺胞膜透過性の減少と赤血球が肺毛細血管を通過する時間(接触時間:tc)の短縮があげられる。
 本稿では,肺でのガス交換の問題を,肺拡散能力〔DL(CO)〕,接触時間の観点から概観する。主として,測定法の開発を中心に解説しながら,ガス交換の本質にふれる。VA/Q測定法の開発1)も行ったが,ここでは割愛する。

呼吸と酸塩基平衡

著者: 名津井悌次郎

ページ範囲:P.204 - P.209

 呼吸の目的は,血液循環と協調して外界から組織へO2を供給し組織で産生されたCO2を外界へ排出することにある。生体には,代謝量の変化に応じて肺胞換気量を変化させるという調節機構が備わっており,これによって血液のPCO2とPO2は正常範囲内に維持されている。他方,血液の水素イオン濃度([H])あるいはpHもきわめて小さい値に保たれている。血液のpHはPCO2に直接的に依存しているので,血液のPCO2を一定に保つ呼吸の調節機構は,ひいては血液pHの恒常性維持の機構にもつながる。
 以下,呼吸と血液pHの間の関連について,その概要を述べる。

運動と心肺機能—最近の発展

著者: 上田五雨

ページ範囲:P.210 - P.213

 運動に対して肺胞換気量を増すためには呼吸は深くならなければならぬ。たとえば換気量250ml/分で32回/分の呼吸では,肺胞換気量VAは3,200mlである。500mlで16回の時はVAは5,600ml,1,000mlで8回の時は6,800mlとなる。したがって8,000mlの換気中のVAの率は40%,70%,85%と次第に効率がよくなる1)。運動には外呼吸の様式も影響を与える。
 運動中の循環器系の応答は運動筋への血流の増加である。これは心拍出量の増加およびその再配分の両者によって起こる.運動中の骨格筋への分画血流量は著しく増加しているが,脳血流量はほぼ一定に保たれる。生物は加齢とともに太い血管に変化が生じ,血管のインピーグンスは増加し,心臓への負担が増大する。また,圧受容体の感受性も低下し,身体運動に対する心拍数,血圧などの変化は鈍化する2)

呼吸調節の中枢機序—最近の知見

著者: 福原武彦

ページ範囲:P.214 - P.219

 I.呼吸調節の中枢機序と呼吸中枢
 呼吸運動を維持する呼吸筋群を支配する運動ニューロン群の活動を統合的に制御,調節する中枢神経系内の特殊な神経機構である呼吸中枢は橋および延髄内の特定の領域に局在する4-8)。呼吸中枢は脳幹よりも吻側の脳9),脳幹および脊髄に局在する呼吸機能に直接,または間接に関連をもつ領域4,5,8),および呼吸反射の末梢における反射帯に存在する多種多様な機械的4,7,8,10-12)ならびに化学的受容装置4,8,13)から呼吸中枢への求心性影響,呼吸運動の化学的調節の調節過程の呼吸中枢神経機構への影響を受けつつ適応的活動を行っている。したがって呼吸調節の中枢機序は呼吸調節系の中核的神経機構としての呼吸中枢を中心に,さらに中枢神経系の神経軸総体の関与のもとに呼吸調節系の動的な活動を維持する統合的な中枢性生体調節過程である。

呼吸上位中枢のトポグラフィー—横隔神経核への投射を中心とした考察

著者: 三浦光彦

ページ範囲:P.220 - P.224

 従来,呼吸中枢の所在に関する研究には中枢神経系組織の部分的な破壊ないし切断効果から判定する方法,中枢神経系組織内のニューロン活動と呼吸運動との相関に基づいて判定する方法,中枢神経系組織の電気的ないし化学的刺激効果から判定する方法などが使用され,近年に至って呼吸中枢あるいは呼吸関連中枢の所在に関する概要が明らかになりつつある1)。この間,神経科学の分野に登場した新しい研究方法の応用がめざましいが,われわれの教室でもこれらのうちHRP法および微小電気刺激法を採用し,繁用実験動物であるネコおよびラットの呼吸中枢および循環中枢のマップ作りを目標に実験を進めている。ここでは呼吸中枢に関する結果の一部を解説したい2,3)
 呼吸運動の出力中枢としてもっとも重要なのは横隔神経核に所在する吸気運動ニューロン群である.そこに如何なる上位中枢神経系組織から呼吸リズム情報が送られてくるのか,この問題をHRP実験で解いてみた。図1Aは実験に使用した同心二重管電極の模型図であるが,この電極は外芯(o.e.)と内芯(i.e.)とから成り,電極尖端は組織を痛めないように竹槍状に研磨されている。図1Bに示した実験の概要のように,まず横隔神経を分離しその吸気に同期した発射活動の健在を確認し(R1),次に横隔神経を刺激し,(S1)頸髄前角領域で内芯を介して逆行性誘発電場電位を加算平均法で記録した(R2)。

気管支平滑筋の薬理—最近の知見

著者: 伊東祐之

ページ範囲:P.225 - P.230

 最近の薬理学的,生理学的,生化学的研究方法の進歩により,(1)気道平滑筋の収縮—弛緩のメカニズム,(2)気道平滑筋の自律神経支配とその調節機構,(3)気道平滑筋に収縮や弛緩をもたらす種々ケミカルメディエーターの薬理については膨大な知見が集積されている。本稿では紙数の制約もあり,(1)および(2)について,われわれの研究室で得られた結果を中心に述べることとし,(3)については成書1-4)に委ねることとする。

肺の内分泌・代謝機能

著者: 北村諭

ページ範囲:P.231 - P.234

 肺はガス交換を行う臓器であり,呼吸運動により肺から酸素を取り込み,炭酸ガスを放出する。1分間に平均16回呼吸するとして計算すると1日で約23,000回も呼吸することになる。このようにして外界から空気を取り込むため,種々の外来異物や病原微生物を吸入する結果となり,消化管とならんで種々の異物反応や感染症をきたしやすい。したがって,通常,肺には強力な生体防御機構が備わっており,これらの外来異物や病原微生物を排除する。肺にはこれらの働き以外にも,生理活性物質の作用を変化させる機能があるとする画期的な研究成果は,Starlingら1)によりすでに1920年代に発表された。当時彼らは瀉血された血液中にはある種の毒性物質があり,それが肺血管系を通すことにより解毒されると考えた。その後25年を経てGaddumら2)がこれを追試し,その解毒作用は血液中に含有されているセロトニンの不活性化であることを証明した。
 肝臓が種々の薬物を分解して解毒作用を発揮するように,肺はセロトニン,ブラディキニン,プロスタグランジンE2(PGE2),PGF2α,ロイコトリエンC4(LTC4),LTD4などの血管作動性物質を代謝する。したがって,近年,肺はガス交換臓器であると同時に一種の代謝臓器であると考えられるようになった3)。一方,肺はPGE2,PGF2α,PGI2などを産生し肺循環系へ放出するところから,内分泌機能も併有するものと考えられる。

老化と肺機能

著者: 福地義之助

ページ範囲:P.235 - P.239

 老化に伴う肺機能変化は,肺の感染防禦機能と肺の主要機能である換気機能の2面に大別して考えると理解しやすい。老年者でのもっとも重要な呼吸器病は肺炎をはじめとする肺感染症であり,これは加齢による肺防禦系の機能低下に起因するところが少なくない。老年者の日常運動能を規定する因子として大きな意味をもつ換気機能も老化の影響が著明になっているところである。これらをまとめると図1のようになる。

連載講座 脳の可塑性の物質的基礎

軸索成長のメカニズム—軸索の成長に伴って増加する分子,GAP-43/B-50,PP-46,F1

著者: 村上富士夫

ページ範囲:P.240 - P.246

 軸索の成長は神経系の発生,再生,発芽などにともなって起こる重要な現象である。軸索の成長は発生過程や神経細胞に与えられた損傷の後などに起こるが,その制御の分子機構は明らかにされていない。
 軸索の成長の制御の機構として,①軸索末端(成長円錐部)における骨格蛋白などの修飾による局所的な構造変化による可能性と,②通常ではほとんど産生されない蛋白が遺伝子の制御によって多量に産生されるようになり,軸索輸送によって軸索末端まで運ばれて膜に組み込まれる可能性とが考えられる。②の可能性を支持するものとしてSkeneとWillardらによって発見されたGAP(growth associated protein)があるが,最近この蛋白と神経系における他の重要な現象の一つである長期増強,そして最近神経系における役割という点で重要性が高まっているC-キナーゼとを結びつけるような現象が見つかってきた。本稿ではこれらの問題に関する最近の知見について述べたい。

実験講座

肺胞の組織細胞化学的検索法

著者: 森井外吉 ,   鶴原敬三 ,   小谷演俊

ページ範囲:P.247 - P.252

 I.試料の採取,固定そして切片作製
 肺胞は,気腔を取り囲む薄い壁の終末嚢で,その壁内を流れる細血管内血液と気腔に出入する空気との間でガス交換を可能にする界面を提供している。肺胞の病態生理を検討する際,この界面を構成する局所(細血管内皮,肺胞間質,肺胞上皮,肺胞食細胞,肺胞被覆層など)を生体内にあるがままの状態で採取保存して形態学的観察の対象にすることが重要である。とくに,局在物質をin situに化学的同定をする組織細胞化学的検索法では,気腔という—外力によって変形しやすい,また主に蛋白凝固に依存している組織固定という考えにもなじまない—ところを含む肺胞組織の生体内からの採取は十分に慎重に試み,その固定・切片作製過程にも物理ないし化学的変質にいろいろと配慮しなければならない。要するに,開胸すれば肺は陽圧により退縮し,そのために気腔は変形し肺胞内細血管はつぶれる。また,未固定の場合はもちろん,固定されていても肺胞腔内に介在する物質は物理的に流出しやすい。それらをできるだけ防ぐために,次の手技が工夫されている。なお,新鮮な肺胞内介在物を採取し,ただちに細胞化学的観察を試みることもある。

話題

国際薬理学会印象記(EDRFの最近の知見を中心に)

著者: 水流弘通

ページ範囲:P.253 - P.255

 第10回国際薬理学会は,昨年(1987年)8月23日から28日までの6日間,オーストラリアのシドニーで開催された.会長は,交感神経節後線維の伝達機構においてユニークな"Burn and Randの仮説1)"を提唱したメルボルン大学のRand教授であった。
 オーストラリアの季節は,夏の終わりの日本とは反対の晩冬であったが,大して寒くはなかった。会期中に学会事務局が発行した新聞によると,50カ国から3,000名余の参加があったという。そして,わが国からの参加者数500人はアメリカ合衆国に次ぐ第2位で,主催国オーストラリアよりも多かった。にもかかわらず,招待講演が三重大学の日高弘義教授(現在,名古屋大学)ただ一人であったのは寂しい限りだった。また,最新のトピックを取り上げたシンポジウムは40にものぼり,さらに,本会の前後に30ほどのサテライト・シンポジウムがオーストラリアおよびニュージーランドの各地で開催された。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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