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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学39巻4号

1988年08月発行

雑誌目次

特集 細胞外マトリックス

特集によせて

著者: 梶川欽一郎

ページ範囲:P.258 - P.259

 細胞外マトリックスは,生体の細胞集団または遊離細胞の間を隅なく満たしているさまざまな巨大分子の集合体である。それは組織の固さや弾性を規定し,組織の構造を保持するのみならず,細胞の生存環境を提供し,細胞の分化や増殖に影響を与える。
 細胞外マトリックスは,線維成分を構成するコラーゲンとエラスチン,いわゆる無構造物質として認められるプロテオグリカン,およびフィブロネクチンやラミニンなどの糖蛋白を主な素材として組立てられている。これらの巨大分子は多くの結合領域を持ち,自ら凝集し,また他の構成成分と結合して,マトリックス全体の構築を作り上げ,その機能を発揮している。たとえば,線維の構成成分として代表的なⅠ型,Ⅲ型コラーゲンが線維を形成するときは,コラーゲン分子の架橋のほか,プロテオグリカン,フィブロネクチン,および,おそらくⅤ型コラーゲンとの相互作用が働いている。軟骨のⅡ型コラーゲンの太さと配列には,Ⅸ型,ⅩⅠ型コラーゲンが関与しているものと考えられる。基底膜を構成するⅣ型コラーゲンも,基底膜として一定の構築をとるためには,ラミニン,プロテオグリカン,フィブロネクチンの協力が必要であり,表皮基底膜ではさらにアンカリングフィブリル(Ⅶ型コラーゲン?)によって真皮との結合が補強される。エラスチンが凝集する場合には,「マイクロフィブリル(Ⅵ型コラーゲンとは別の糖蛋白?)」が何らかの役割を演じているものと考えられる。

コラーゲンの構造と機能

著者: 永井裕

ページ範囲:P.260 - P.265

 近年のマトリックス研究の進歩はまことに目覚ましく,とくに1985年を境とする分子生物学的方法論の確立と導入は,免疫学,発生学の分野と同様,コラーゲン研究のアプローチにも大きな変革をもたらした。すなわち,従来,胎盤を代表的材料とした組織特異的な新しいコラーゲンの発見へと,タンパク化学的解析法が中心であったのに対し,最近ではⅩⅡ型コラーゲンの発見(後出)にみられるように,cDNAライブラリー,さらには,遺伝子ライブラリーのスクリーニングによる新しいコラーゲンの存在の予言が先行し,予想される組織からの抽出,存在証明があと追いをする状況が生まれつつある。しかも,そのテンポは指数関数的にはやまりつつある。
 1988年夏,現在までに集積された情報をもとに一群のコラーゲンファミリーを,その機能別に分類すると,1)線維性コラーゲン(Ⅰ型,Ⅱ型,Ⅲ型,Ⅴ型,およびⅩⅠ型),2)基底膜コラーゲン(Ⅳ型および一部の基底膜でⅤ型),3)軟骨コラーゲン(Ⅱ型,Ⅸ型,Ⅹ型およびⅩⅠ型),4)anchoring fibrilコラーゲン(Ⅶ型)に分けられる。

コラーゲンの架橋物質

著者: 藤本大三郎

ページ範囲:P.266 - P.269

 I.架橋の生理的意義
 生体内においてコラーゲンは線維を形成している。線維はコラーゲン分子が規則的に会合したものであり,分子と分子は共有結合による橋かけ(架橋,クロスリンク)によって結合されている。架橋がコラーゲンの線維構造の保持に重要な役割をはたしていることはよく知られている。たとえば,架橋生成の阻害剤であるβ-アミノプロピオニトリルを若い動物に投与すると,骨の奇形,大動脈瘤,腱が裂けるなど,結合組織の強さの異常な低下をひき起こす1)。コラーゲンが,臓器や体の支持・補強,結合といった機能をはたすためには,架橋は欠くことができない。
 一方,最近コラーゲンの細胞生物学的な機能が注目されている。すなわち,生体の中において細胞の接着,増殖,分化,移動などに重要な役割をもつことがわかってきた。しかし,コラーゲンと細胞の相互作用に,架橋がどのようにかかわっているかは,あまり研究がすすんでいない2)

コラーゲン結合性熱ショック蛋白質hsp47—コラーゲンとの関係を中心に

著者: 佐賀信介 ,   平芳一法 ,   永田和宏

ページ範囲:P.270 - P.274

 細胞外マトリックスと結合する蛋白質が数多く報告されているが,これらの蛋白質の中にはその結合の生理的意義が明らかになっていないものも多い。われわれは,従来知られていなかった新しい熱ショック蛋白質hsp47を同定し,その性質について明らかにしてきた1-7)。hsp47は,熱ショック2)の他,細胞のトランスフォーメーション1)や分化7,8)によっても,その発現調節を受けると同時に,Ⅰ型,Ⅳ型のコラーゲンやゼラチンへの結合性を示す1,8)という点できわめて興味ある蛋白質である。ここではhsp47とコラーゲンとの関係を中心に,細胞内コラーゲン生合成過程におけるhsp 47の役割について考察を加えてみたい。

ラミニン

著者: 林利彦

ページ範囲:P.275 - P.279

 ラミニン(laminin)はTimplらにより1979年にはじめてEHS腫瘍組織から単離された糖タンパクである1)。基底膜(basement membraneあるいはbasallamina)を構成する巨大分子主成分の一つで,分子量は100万近い。基底膜の構造と機能においてⅣ型コラーゲンと同様にもっとも量も多く,もっとも重要な物質と考えられている。EHS腫瘍はマウスに作られる腫瘍である。この腫瘍組織からはⅣ型コラーゲンやラミニンの外にナイドジェン,エンタクチンなどの別の糖タンパク,二種のプロテオヘパラン硫酸などが単離されており,これらはどれも基底膜成分であることがわかっている2)。ラミニンはTimplらの最初の報告において,またその後の多くの研究において3-5),主として抗ラミニン抗体を用いる方法により,高等動物の各種臓器中の基底膜に局在することが証明された。
 ラミニン分子は独特の十字架形をしている。ラミニンは分子同志で会合するだけでなく,Ⅳ型コラーゲン,プロテオヘパラン硫酸,上皮細胞の細胞膜中のラミニンリセプターあるいはナイドジェンなど他の基底膜成分との結合能を有する。各物質に対する結合部位は分子中の各ドメインに分散しているマルチドメインタンパクである4)。この点はフィブロネクチンとの類似性が存在する6)。ここではラミニン分子の化学構造,他の分子との相互作用,生物学的機能などについて簡潔に述べる。

基底膜と細胞の相互作用

著者: 井出千束 ,   遠山稿二郎 ,   大沢得二 ,   牛木辰男

ページ範囲:P.280 - P.286

 I.基底膜の形態学
 基底膜は,筋線維(骨格筋,心筋,平滑筋を含めて)の表面,内皮細胞や上皮細胞の底部,シュワン細胞の表面,中枢神経グリア境界膜の表面に見られる。また脂肪細胞の表面にも不完全な基底膜が存在する。基底膜は一般にこれらの細胞が結合組織と接する境界部に形成されるとみることができる。筋線維は細胞全周が結合組織に接するので全表面が基底膜に被われているが,上皮細胞や内皮細胞の場合には,管腔側や隣の細胞に接する面には形成されず,結合組織に接する底部にのみ形成される。シュワン細胞の場合も同様で,軸索に接する面は基底膜を持たず,結合組織に接する細胞表面にのみ基底膜が形成される(図1)。グリア境界膜では星状膠細胞の突起が軟膜の結合組織成分に接する場所に基底膜が存在する。
 光学顕微鏡での基底膜の同定はPAS染色や鍍銀法によった。電子顕微鏡では,光顕でいう基底膜(basementmembrane)に相当する場所に細胞膜と一定の間隙を保って,電子密度のやや高い無構造な物質の層を認める。この層の厚さはだいたい50〜100nmで,basal laminaまたはlamina densaとよばれ,主にⅣ型コラーゲンからなる。

エラスチンの微細構造

著者: 牧田登之

ページ範囲:P.287 - P.290

 エラスチン(elastin)自体は形態的には無構造に近いので,ここではエラスチンを含む弾性線維(elastic fiber)の微細構造について述べることにする。弾性線維については初期の研究および発生学的な研究をまとめた総説(Ayer,1964)があり,また最近の知見も含めた優れた成書(梶川,1984)がある。これらには文献も数多く収録されているので,この小論ではそれらの内容を踏まえつつ,動物の大動脈内膜(intima)の弾性板形成の知見を中心に記述する。

エラスチンの病態

著者: 勝田省吾

ページ範囲:P.291 - P.293

 弾性線維本来の構成成分であるエラスチンはコラーゲンとともに結合組織の主要構成蛋白質の一つであって,生体各組織,器官に広く分布している。エラスチン蛋白はゴム様弾性を有するのが特性であり,生理的な弾性維持の直接の担い手として機能している。とくに血管の収縮,拡張や呼吸に伴う肺胞の伸縮などわれわれの健康にとって身近な問題と密接に関連しており,エラスチンの異常は組織の弾性の低下,脆弱化を招き,種々の病的状態を引き起こすことが知られている。本稿ではまずエラスチンの合成と分解を概説し,ついでエラスチンの異常をきたす疾患について述べる。

ビトロネクチンの構造と機能

著者: 林正男

ページ範囲:P.294 - P.298

 ビトロネクチン(vitronectin)は,表1に示すようにわずか5年前の1983年に命名された細胞接着性糖タンパク質である。細胞表面の生命現象を理解し,かつ応用する時,ビトロネクチンは,今とても面白い。たとえば,細胞接着,細胞移動,補体と細胞との相互作用,免疫細胞の分化,トランスメンブレンコントロール,がんの転移,発生における組織形成,神経細胞の神経線維形成,などの基礎部門で面白い。また,ビトロネクチンの病態との関係,医用工学,細胞培養工学,診断薬,治療薬でも,今とても面白い。
 本稿では,この面白いビトロネクチンの知見を最先端のところまで整理した。なお,ビトロネクチンの優良国産品は,伊藤ハム,岩城硝子,宝酒造,和光純薬から入手できる。

フィブロネクチン

著者: 伊勢村護

ページ範囲:P.299 - P.302

 フィブロネクチン(FN)は,動物細胞表面や組織,体液中に存在する高分子量の糖蛋白質で,とくに培養細胞の癌化に伴って細胞表面から消失することで大きな注目を集めたものである。その生理機能として,細胞の接着,伸展,移動,増殖,分化など細胞の基本的活動に関与することが挙げられ,また,食作用を促すオプソニンとして,細胞遊走因子として作用することや,止血,血栓にも関係することが知られている。
 FNのもつ基本的な特性は,細胞の接着因子としての性質であり,また様々な生体物質と結合できることである。ヒトFNに対する抗体と反応するものが,調べられたすべての脊椎動物とカイメンを含む多くの無脊椎動物に存在する注1)ことから,FNは動物多細胞体制形成に基本的に重要であり,また,進化の過程でも構造的によく保存された蛋白質であるといえる1)。カイメンの細胞凝集には,FNとは別の2種の糖蛋白質が関与していることがわかっている2)が(後述),抗FN抗体によって凝集が阻害されるという報告3)もあり,もっとも下等な多細胞生物の生体形成にもFNが関与している可能性はきわめて高い。

細胞外基質成分としてのテネイシンの役割

著者: 大池康照 ,   坂倉照妤

ページ範囲:P.303 - P.305

 細胞外基質は周知のとおりコラーゲン,糖タンパク質,プロテオグリカンなどからなり,各成分については他の稿に詳しく述べられるはずである。最近まで細胞外基質の役割については曖昧な記述しかできなかったが,近年の分子生物学的,あるいは免疫学的手法の進歩に伴って現在その役割についての分子レベルでの記述が可能となりつつある。テネイシンの発見の経過もその例にもれない。私たちは上皮—間充織相互作用の現象の中での細胞外基質の役割に注目しており,テネイシンはこの現象に依存的に間質側に発現される1)

グリコサミノグリカン

著者: 米田雅彦 ,   木全弘治

ページ範囲:P.306 - P.310

 I.グリコサミノグリカンの構造
 グリコサミノグリカン(GAGと略す)は,動物組織に広く分布する多糖である1)。二糖類単位が繰り返してできた分岐のない長い鎖状の構造を持ち,二糖類の一つが常にグルコサミンまたはガラクトサミンであることからこの名がある。GAGは糖残基の種類とその間の結合より7グループに分類されている(表1)。硫酸基の数と位置によりさらに細分化される。その中でヒアルロン酸は,唯一,硫酸化されていない。通常,GAGはタンパク質と共有結合したプロテオグリカンの型で合成され細胞外マトリックスに分布する。ヒアルロン酸については,未だにこの点についての決着がついていない。

プロテオグリカンと神経系の発生

著者: 大平敦彦

ページ範囲:P.311 - P.314

 神経組織に存在するプロテオグリカンの研究は,1980年代に入り,飛躍的に発展した。本稿では,神経組織の発生・分化におけるプロテオグリカンの構造と機能に的をしぼり,最近の研究状況を紹介する。

連載講座 脳の可塑性の物質的基礎

蛋白質燐酸化反応と可塑性

著者: 宮本英七

ページ範囲:P.315 - P.321

 ヒトの学習や記憶が形成されていく過程に,脳内での物質の変化が伴っていることは想像に難くない。その機作が一時考えられていたような,特定のRNAや蛋白質,ペプチドの新生に帰する試みはあまり成功ではなかったことは周知のとおりである。現在の有力な仮説は,シナプス伝達効率の持続的増強に存すると思われる。数分続く短期と数時間から数日にわたる長期の増強があり,前者の例としては,cAMPなどのいわゆるセカンドメッセンジャーの増加によるイオンチャネルの修飾によってCa2+が細胞内に流入し,神経伝達物質の放出の増加に基づくと考えられている。後者は,RNA合成,蛋白質合成によって新しい蛋白質の形成により記憶の長期保持がもたらされる。このプロセスの実態は,側枝発芽などの新しい神経回路網の形成にあるのかもしれない。
 記憶の分子機構に蛋白質燐酸化反応の関与が考慮され論じられている。Crick1)はシナプスの必須分子に活性型と不活性型蛋白質を想定し,互いの転換が燐酸化反応による蛋白質修飾によって行われる可能性を論じている。もっとも,蛋白質修飾は燐酸化反応に限らず,メチル化,グリコシル化反応なども対象とし得ると述べている。

解説

カルモデュリン結合蛋白質—カルデスモンの生理機能について

著者: 祖父江憲治 ,   宮本美也子

ページ範囲:P.322 - P.331

 細胞内Ca2+メディエーターの一つであるカルモデュリンが発見され,広汎な細胞機能に関与していることが示唆されるようになってはや20年が経過する。カルモデュリン発見当時,研究の中心はカルモデュリンの細胞内作用機作,ことにCa2+・カルモデュリン依存性酵素群の検索に置かれた。その後,酵素活性を持たない一連の細胞骨格関連カルモデュリン結合蛋白質群(サイトキャルビン,cytocalbin;cytoskeleton-interacting calmodulin-binding proteinの略名)が発見あるいは同定され,現在ではCa2+・カルモデュリンを介する細胞骨格制御系の研究が展開されている。これらの研究結果から,カルモデュリンは酵素系とサイトキャルビン系の機能制御を介して,細胞機能発現に関与していることが次第に明らかになってきた。カルモデュリンを介する情報伝達系についてはこれまでにいくつかの総説で述べてきたので1-4),本稿では代表的サイトキャルビンであるカルデスモンを中心にその生理機能について述べてみたい。この蛋白質は発見後7年を経た現在,各国の研究者からの報告が相次いでいる。しかしながら,今なお各研究室間で矛盾した成果が報告されるなど一定した結論には至っていない。ここではその問題点にもふれながら,カルデスモンの生理機能を通してCa2+による収縮系制御機作を概観してみたい。

話題

ヨーロッパ松果体コロキアム印象記

著者: 森田之大

ページ範囲:P.332 - P.334

 学会やシンポジウムのエムブレムを見ると,その会が開かれた時点での考え方や問題点がうかがえて興味深い。とくに主催者の顔ぶれに凝り性の人やセンスのあるメンバーが揃っていたりすると,しばらく眺めて,当時の雰囲気をあれこれ思い出す楽しいよすがともなる。松果体についてのシンポジウムやコロキアムは日本でこそ少ないが,国外では随分多く開かれ,とくにヨーロッパでは,この数年爆発的と形容する人もいるほどで,企画や内容が重複しないよう呼びかける文章も目に入る位になった。何故なのだろうか。松果体研究がますます広い分野に関係するようになり,基礎から臨床にわたる多くの人が関心を持ち,データを出し始めたからだと思われる。
 ヨーロッパに松果体研究グループ(European PinealStudy Group,EPSG)が結成され,初代会長にアムステルダム大学脳研究所のProf. J. Ariëns Kappersが選ばれて,第1回コロキアム(1.Colloquium of EPSG)がアムステルダムで開かれたのは丁度10年前,1978年である。当初,"ヨーロッパ"が強調されたようで,われわれやアメリカ人には固く戸が閉ざされていた。

第17回全米神経科学会議より

著者: 後藤秀機

ページ範囲:P.335 - P.338

 1987年11月16日より21日までNew Orleansで開かれた全米神経科学会議に参加したのでその内容を紹介させていただく。18日に発表された総参加人数は遂に1万名を越えて11,260名に達した。30ほどのシンポジウムと,学会前に開催されるShort Course,学会で援助を受けていない25以上のシンポジウムもある。中国人研究者,韓国人研究者の集いなどもある(国民性の違いだろうか,日本人研究者の集まりは例年開催されていない)。女性研究者の集いも例年目につくが,今回は私の気づいただけでも三つあり,大学はもとより産業界,国立研究所における地位向上を討議していた。さらに,二晩にわたる各分野ごとのDinner Party,求職者と雇傭側のお見合いの場を学会が世話するPlacement Service,そして,観光船を借りきってミシシッピ河をクルーズする,NewOrleans名物の,Dinner & Jazz Cruiseなど,多彩,マンモス化の様相を深めている。
 一昔前までは,Atlantic Cityで開かれるFASEB(Federation of American Societies for ExperimentalBiology)の連合学会が基礎医学者にとって最大の集まりであったが,最近はこのNeuroscience Meetingの方が人気があり,遙かに多くの神経科学者が参加するようになった。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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