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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学4巻3号

1952年12月発行

雑誌目次

巻頭

思索と實驗

著者: 熊谷洋

ページ範囲:P.97 - P.97

 生命現象を研究対照とする生物学の研究に於ては,その対照である生命現象そのものが極めて復雑なそして未知の要因を餘りにも多く含みすぎているために,ある特定の方法で探求する限りどんな解釋でも下すことができる。そしてその研究方法は時代と共に變遷し又その研究方法にも,はやりすたりが見られる。曾つて膠質学のすばらしい進展が一時の流行であつたため,あらゆる生命現象を膠質学の手段乃至方法をもつて解明せんとする立場がとられた。そしてそれはその方法の達しうる限りに於て一應の役割を果したかに見えた。次いで登場したものが水素イオン濃度であつた。つまり物理化学的な方法で生命現象の最も基本的な理学的性状を解析することであつた。次いで蛋白質の化学とこれと不可分の關係にある酵素学の躍進に伴つて,生命現象をすべて酵素学的な立場から探求せんとする傾向が最近の流行の如く見える。この立場は必然的に構造と機能との問題を提起する。見方によれば膠質学も水素イオン濃度の問題も共に,今日の酵素学發展の前段階をなしたものといえよう。從つてこれらの傾向を一種の流行と見做すことは輕卒のそしりをまぬがれないかも知れないけれども,この研究方法の發展の經路—それの必然性を—を充分洞察することなく,單にその必然結果から生じた方法のみにとらわれるならば,方法に酷使されて方向を誤るという事態に立ち至る危險性がある。

綜説

組織蛋白の研究

著者: 中村正二郞

ページ範囲:P.98 - P.105

 1.蛋白質代謝の諸問題
 蛋白質が生體,細胞を構成する基礎物質であることは今日もはや疑問を許さぬ事實として承認されている。しかし蛋白の代謝に關する研究は,消化(或は蛋白分解)を除いては,粗大な巨視的或は生物學的段階に止まつている。蛋白代謝の名を冠せられるのは蛋白を構成するアミノ酸の代謝の領域であると言つても過言ではない。
 ところで蛋白質が生體或は細胞を構成する物質であるというのはどの様な意味であろうか。一體,細胞は蛋白によつて構成され,これに對して糖類,脂肪等は燃焼によつてエネルギーを供給するという表現は,例えばボイラーと燃料との關係の樣な機械的關係を連想させる危險がある。生體が異化と同化の動的平衡によつて生存しているとすれば,生體内には單なるBrennstoff或はWirkstoffがないと同樣に單なるDaustoffもあり得ない。このことは例えば典型的な燃燒物質とみなされるブドー糖について見ても明かである。血中の糖は普通には燃燒物質たる糖が運搬される形だと考えられているであろう。しかし糖が單に燃燒物質としての意味だけしかもたないとすれば,體外からの供給を斷つた場合にもなお血糖値が一定に保たれることは理解されない。更に血糖値が一定以下に低下すれば生命の危險をさえ伴うのである。その一定以下の減少が生命の危險を伴い,それを一定に保つために他のものが消費されている樣なものこそ正に構造物質であると言わねばならない。

展望

腦質化學について

著者: 中脩三

ページ範囲:P.106 - P.112

 はしがき
 生理學では專ら神經の刺戟傳導の過程が研究の對象となり,活動電流の動きの議論に終始している。しかしそれが神經活動の総てであろうか。神經細胞,グリア細胞,或は灰白質の基地を構成する物質の新陳代謝,又は所謂白質と云う有髄神經の集りに特有な物質代謝等がより重大なのではあるまいか。私は筋肉と神經細胞は元々一つの細胞であり,それが全身の發育に從つて遠く離れたもので,神經はそれをつなぐ電線に過ぎない。最も大切なのは發電所(神經細胞)とモーター(筋肉)であり,その間の電線だけの研究は仲々むずかしいものではないかと考える。幸いモーターの方はEmbden, Meyerhof, Lohmann, Cori等の努力により益々明らかとなり,色々の酵素系が發見せられて,生體エネルギー轉換に偉大な知識を與えているが,最も根本問題と考えられる發電所の方はさつぱり振わないと云つてよい。Nachmannsohn1)一派は最近神經興奮傳導と筋肉のそれは同じ現象であり,シビレエイや槍イカの神經節に高性能のCholinesteraseやCholinacetylaseを證明して,神經細胞の表面に於けるacetylcholineの分解合成によつて神經の活動電流を説明しようと試みた。しかしそれもacetylcholinの研究から神經細胞の新陳代謝にまで溯つたものであり,初めから神經細胞の新陳代謝を研究對象としたものではない。

論述

赤血球のリピドーヘマトシドとグロボシド—ある研究の記録

著者: 山川民夫

ページ範囲:P.113 - P.122

 Ⅰ.研究を始めるまで
 私は此の仕事に入るまで3,4年間,高級枝鎖脂肪酸を合成しその家兎の體内での代謝過程を追究して居たが自分としては,ある任意の物質が生物の體内に於て,如何に變化するかを追う事は,確かに生物學的意義のある仕事ではあるが,化學の研究テーマとしての面白さは,神様の造つた天然の物質の至妙さに直接觸れるには及ばないと考え出して來た。まあ仕事に飽きが來たと言えるかも知れないが,dynamic biochemistryでなければ夜も日も明けないと云う様な現在の生化學,殊に米國學派の影響に反撥を感じると云うか,その方向許りが生化學ではないと思つて居たので,有機化學にしつかりと根を下した獨乙學派のやり方を取入れて,獨自の領域を開拓したいと思つた。と言うのは,有機化學の教育を受けた自分としてはいきなりdynamicな現象に入るよりは,先ず,staticな構造に沈潜して,それからdynamicと云うかbiological activityの解明に移つて行くのが足の地についた,オーソドツクスな道と考えたからである。又,今迄,低分子である脂肪酸を得意とする故淺野先生の研究室で學んだ以上,高分子物質に進むにしても,先ず複合脂質の化學を手がけ,それから更にlipoproteinの領域に入りたいと思つた。

ニコチンの呼吸作用

著者: 田中潔

ページ範囲:P.123 - P.126

 ニコチンほど多様の作用點をもつ藥物も珍しい。循環器に対する作用にしても,自律神經節の刺戟により心臓及び血管に対して正負兩様の影響を與えるのみならず,心筋及び血管筋に対する直接興奮作用もあり,更に中枢刺戟による血壓作用をも有し,その上Chemoreceptorに対しては最も鋭敏な藥として知られている等,循環系統に關係のある全身の殆どすべての作用點に作用するといつても過言ではない。
 ニコチンの呼吸作用についてもそれに近いことがいえる。中枢,反射,末梢の三作用機轉がいずれも關係して一見複雑な様相を呈するのである。1930年まで疑われなかつた「小量で呼吸中枢の興奮,大量で中枢の麻痺」という簡單な説明は20年前に完全に捨てられたが,最近更に「過興奮性無呼吸」という新しい事実が發見されて,ニチコンの呼吸作用も一應全貌が明かになつたように思う。

人體貯藏蛋白に關する研究(其の二)

著者: 吉村壽人

ページ範囲:P.127 - P.132

 4.蛋白缺乏時の生體の適應
 攝取する食蛋白量が減ずる時は体内に於て分解せられる蛋白量も亦漸次に減じて食蛋白量とバランスをとるに到る事は既に前報に述べた所である(前報第1圖及第2圖參照)。この現象は結局生体が食環境の変化に対して示す一つの適應現象と見做す可きであるが,その機轉については二つの考えが可能である。その1つは生体の保有せる貯藏性蛋白が段々消耗するから,從つてその代謝量も亦減ずると言う考えであり,第2は生体蛋白の異化速度そのものが適應機轉により減ずると言う考え方である今実例を擧げてこの考え方を説明すると共に,その何れが正しいか吟味して見よう。
 元来生体の蛋白代謝は前にも説明した様に代謝槽Metabolic poolを介して行われ,この代謝槽には第7圖に見る様に日々食物よりとつた蛋白材料Dが供給せられると共に,日々代謝産物Uを尿に排泄している。而して体蛋白の内には代謝の速かな所謂貯藏蛋白Rと,安定な固定蛋白Pがあり,此等は日々代謝槽より一定量づゝ新たに合成されると共に又一方陳舊な部分が異化せられ分解産物を代謝槽に出している。

報告

細胞内記録に使用する増幅器に就て

著者: 古河太郞

ページ範囲:P.133 - P.135

 近時歐米諸国に於て先端外徑1μ以下のガラス製微小電極の應用が漸次盛になつている。大體細胞内に電極を挿入してその膜電位の測定を行おうとする考えは植物細胞等については以前からあつたが,1949年Ling & Gerad1)が電極の先端を極めて細くすると細胞膜を何等挫滅することなく貫通し,内部に入ることに着目し,始めて蛙の縫工筋について膜電位の測定に成功した。しかしこの折は電極にリンゲル液が入つていた爲その電氣抵抗が大きく動作電位の記録は出来なかつたが,後1950年にNastuk & Hodgkin2)が3MKClを入れて電極の抵抗を下げることによつて靜止膜電位と動作電位との記録に成功し,動作電位のovershootingやそれとナトリウムイオン濃度との關係等を明かにした。其後心筋,神経線維等に就ても研究が進められている外,Endplate-potentialの研究もこの方法で一段と進歩した。さてこの微小電極による細胞内記録の應用の第一は上記の様な電氣生理学の理論的方面の研究にあることは明かであるが,第二の應用として脊髄や網膜の様な多数の細胞から成る複雑な組織から單一の細胞の動作電位をとり出して諸録するということが擧げられる。大體細胞外記録では如何に電極の先端を細くしても,單一の細胞の動作電位だけを記録することはむずかしいとされているが3),細胞内記録ではこれが容易に行われるはずである。

貝心臓を用いるAcetylcholine定量法

著者: 田邊恒義 ,   佐藤光世

ページ範囲:P.135 - P.138

 Acetylcholine(ACh)と貝の心臓
 1935〜1938年にBacq1)及びJullien et al2)は貝類の心臓にACh及びcholinesteraseが存在する事を確かめた。特にJullien3)は1936年に数種軟體動物の心臓がAChで抑制され,而もこの作用はatropineによつて拮抗されない事を知つた。
 他方,Woods Holeの臨海実験所に於て,無脊椎動物心臓の比較藥理学の実習を行つている間に,学生がVenus mercenaria(大西洋岸近海でとれるquahogと言われる食用蛤)の心臓がAChに極めて敏感に反應する事を發見した。そして1937年にC. L. Prosser and H. B. Prosser4)がこの事に就いて簡單な報告を行い,續いて1940年C. L. Prosser5)が其の後の成果をも一括して記載した。この研究はHarvard大学生物学研究室のWait6)及びWelsh7)によつて更に推し進められ,AChの生物学的定量法にまで發展して行つた。最近,Welsh等8)9)及びTower and McEachern10)の報告に刺戟されてAChの定量にVenus mercenariaの心臓を用いる学者が出て来た。

光電的容積脈波抽寫裝置

著者: 長谷川渙

ページ範囲:P.138 - P.140

 生體に於いて,身體各部の血流状態を知らんとするには,從来から容量描寫装置(Plethysmograph)を使用するのが一般に行われている。四肢,指趾,動物の孤立臓器等に於いては專らこの方法がとられているが,描寫器内の水又は空氣の漏洩や,體温による膨張變化等の支障がしばしばあり,且つ任意の身體部面の血流状態を,殊に人體に於いて知らんとするにはかかる方法では不可能である。
 この不都合を避けんとして1938年,Hertzman1)は光電的容積脈波描寫装置を製作した。またこれと略同時に古林等2)も同様な名稱の裝置を單獨に製作している。Hertzmanが主として長時間の連績的描記による人體皮面の血営系の變動を追求したのに反し,古林及びその追試者は,光電的な脈波曲線の波形の分析から,主として臨床的,診断的方面にその應用を進めて行き,上記二者の研究方向は全く異つてしまつている。なお,Hertzmanが主として反射光による局處的な光電脈波を問題にしたのに対し、古林は手掌の透過光による脈波を対象としており,この點で兩者の得た脈波曲線には本質的な同一性を論ずることはできないが,光電的な脈波を実際に描記せんとするのに極めて難易の差を生ずることになる。古林等が比較的取扱いの容易な透過光線によつて容積脈波を描記しながら,殆ど曲線の波形分析にのみ終始したのは,光電流増幅器の安定性と恒常性を保つのに困難であつたためであろう。

迷走交感神經の中樞端刺戟と血壓との關係

著者: 八田博英 ,   飯塚恒治

ページ範囲:P.140 - P.142

 猫1)2)及び犬1)5)の迷走神経中枢端を刺戟して血壓の變動を観察したものは多い。
 猫では迷走神経切断中枢端刺戟で,下降するという者と上昇するというものがある。

馬傳染性貧血に關する實驗的研究(第1報)—病毒をマウス腦等に分離固定することについて

著者: 荒川淸二 ,   兼子千秋 ,   關冨雄 ,   武藤進

ページ範囲:P.143 - P.144

 幼若マウスを用いると,今迄適當な實驗動物がないとされた病毒も,その腦に分離固定可能なるものがあることをデング熱1),麻疹2),流行性黄疽3),トラコーマ4),水痘5)等についてみたので,本法を馬の傳染性貧血について試みた處,比較的容易に分離固定することが出來た。又孵化鷄卵法も有效であることを見たので報告する。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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