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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学40巻2号

1989年04月発行

雑誌目次

特集 大脳/神経科学からのアプローチ

大脳と小脳

著者: 伊藤正男

ページ範囲:P.82 - P.89

 脊椎動物では脳幹から大脳と小脳が丁度松茸の傘のように大きく張り出している。どうして大小二つあるのだろうか。筆者はこれまでもっぱら小脳の神経機構を調べてきたが,両者の関係が何時も気掛かりであった。また,小脳について分かったことを基にして大脳のことを現解しようとしても,これが対照的に違っていてアナロジーがまったくといってよいほど利かないのは驚きであった。しかしその一方,大脳と小脳が進化の過程において密接に平行しながら発達してきた事実にもひどく心ひかれるものがあった。そのようなわけで,小脳との対比と両者の関連を手掛かりにして,大脳の機能を考察してみることを試みた。つまり,小脳から大脳を眺めたわけである。大脳の神経機構を理解する一助になればと思い以下に述べる。

神経生物学からみた脳の損傷修復とグリア細胞の反応

著者: 北村忠久

ページ範囲:P.90 - P.94

 脳をめぐるホットな話題の一つに損傷を受けた脳の修復と神経再生をめぐる問題がある。脳の傷が修復してくるにつれてグリア細胞による瘢痕組織が形成される。グリア瘢痕には従来は体の他の部分の瘢痕と同様に単に損傷部を補填し,障害が拡散することを物理的に防ぐと言う意義が想定されていたにすぎないが,最近では神経軸索の再生を阻止する因子として注目されるようになった。高等脊椎動物の神経系では再生してきた軸索がグリア瘢痕のために伸長を妨げられてしまうが1),魚類などでは脊髄に起こったグリア瘢痕を再生軸索が通過してゆくことが知られている2)。グリア瘢痕のどの側面が軸索伸長に影響を与えているのであろうか。グリア瘢痕のメカニズムの解明は中枢神経系の機能再生を考える上でも大きな意義があるものと思われる。ここでは生体内に起こっているグリア瘢痕の実態を紹介し,これをめぐる生物科学的な二,三の問題点について述べてみよう。

脳への分子生物学的アプローチ

著者: 森憲作 ,   岡昌吾

ページ範囲:P.95 - P.100

 「個々のニューロンの素子としての働きを,そしてニューロン間相互の結合様式を分析し,このレベルでの知識をもとにして,いくつかのニューロンの作る回路の働きを,さらに多くの回路をサブシステムとする大きな系の働きを再現すべく総合していこうとする方向………」(ニューロンの生理学1))。
 この「ニューロンから脳へ」2)という理解の方向は,今世紀後半の多くの脳研究者がめざしている方向である。実際,ニューロン(細胞)レベルでの知識をもとにして,複雑な内部構造を有する脳の機能を解明しようとするアプローチは,脳の各部における機能が,多種類に分化したニューロン間の正確な連絡(配線)に基づいていることなどの基本的な知識をもたらし,この方向での脳研究は,徐々にではあるが満実な進歩をとげている。

大脳皮質の形成機構

著者: 御子柴克彦

ページ範囲:P.101 - P.107

 I.大脳の発生
 中枢神経系の原基は,背側正中部の外胚葉が肥厚して,マウスでは胎生7.5日に,ヒトでは胎生18日頃に神経板が形成される。神経板の両縁は隆起して神経隆起となり,左右の隆起に挾まれた中央部は神経溝というくぼみを形成する。神経隆起が肥厚して神経褶がつくられ,左右が癒合して神経管となる(マウスでは8.5日,ヒトでは21日)。神経管は形成後,体表外胚葉から離れて,胎仔の背側正中部で埋没する。
 神経管の太さはその後,部位により変化して三つの膨隆部を形成する。すなわち前脳胞,prosencephalon,中脳胞mesencephalon,菱脳胞rhombencephalonと呼ばれる一次脳胞である(図1)。神経管の内腔は脳では脳室として,脊髄では中心管として残る。

大脳皮質ニューロンの形態学・化学的特質

著者: 遠山正弥

ページ範囲:P.108 - P.114

 大脳皮質は新皮質,原皮質,古皮質に区別される。新皮質は系統発生的には爬虫類より出現し哺乳類ではとくによく発達する。この新皮質(皮質)は表層の細胞に富む灰白質と線維を主体とする白質より形成される。皮質は基本的には6層の細胞構築を示すが,すべての皮質で均一な細胞構築を有するわけではなく,各皮質によりその機能を反映して特徴的構築を示す。したがって皮質の形態学的特徴はこの神経細胞とその突起で形成される水平方向と層状配列と垂直方向の柱状配列にある。皮質のニューロンは投射ニューロンである錐体細胞と非投射ニューロンである非錐体細胞群に大別される。これらの点に関する総説は多く,本章では神経活性物質の分布と投射路に関する観点を中心にし,皮質の形態学的特徴と関連させながら現在までの知見をまとめてみたい。

大脳ニューロンによる視覚情報の統合機能

著者: 田中啓治

ページ範囲:P.115 - P.120

 大脳皮質視覚領域の機能的構造に対するわれわれの理解は,この15年の間に主にサルを実験動物に用いた研究によって大きく進んだ1,2)。大脳皮質視覚関連領域は20余りの異なった領野に分けられ,領野間の結合を解剖学的に調べた研究者たちは,第一次視覚野(17野,Ⅴ1野)に始まる樹状構造(木の枝が段々に枝分かれする様子を指す)をしたモデルを提案した(図1)。
 枝分かれの解剖学的構造に想定される機能は,情報の分類である。網膜で受け取る視覚情報は,物の形,色,テクスチァー(表面の細かい模様),動きなどたくさんの要素に分解することができる。個々の神経細胞の光刺激に対する応答を調べる研究により,第一次視覚野では混在していたこれらの情報が,第一次視覚野からの枝分かれの出力構造により,大脳皮質の中の異なった部分に分類して配られる様子が示された。第一次視覚野の次のステージであるⅤ2野では,線分の傾きに選択的に応答する細胞が集まる領域,刺激の色に選択的に応答する細胞が集まる領域,刺激の動きの方向に選択的に応答する細胞が集まる領域,以上3種類の領域が帯状の構造をして繰り返し現れる。またMT野には動きの方向に選択的に応答する細胞だけが集まり,Ⅴ4野には線分の傾きに選択的に応答する細胞と色に選択的に応答する細胞だけが集まる。

大脳のメモリーニューロン

著者: 宮下保司

ページ範囲:P.121 - P.126

 ヒトの記憶はほとんど無限の容量を持っている。連想をたどって瞬時に過去の経験を読み出すことができる。しかしきわめて忘れっぽいこともまた事実である。これらはわれわれが日常生活の中で繰り返し経験していることであり,また番地(address)貯蔵方式の現在のコンピュータ記憶には及びもつかない能力でもある。では記憶は脳の1010以上ものニューロンのどれにどのようにして蓄えられるのだろうか?そしてメモリーニューロンのどのような性質によって連想が可能になるのだろうか?ここではとくに図形についての視覚記憶を例にとって最近の知見を紹介しよう。

精神現象の脳過程

著者: 前川杏二

ページ範囲:P.127 - P.133

 脳の神経科学は近年急速な発展を遂げたが,これらは主として発生・分化,神経解剖学,生化学,運動制御,認知,記憶,学習などに関する脳内過程であって,"精神"現象についてはいずれの方向からのアプローチも画期的な進展をみていない。
 その理由は精神現象の定義が明確でなく,動物実験系に組み込むことが困難なことにある。われわれの研究室では日本ザルで大脳基底核の研究を行っており,随意運動の予期,開始,制御に関して興味ある知見を得ている。サルは実験室や飼育室で,喜怒哀楽を示し,学習し,こちらの顔色を伺い……などの高度な心の動きを示すが,それらはすべて擬人化した推定である。

大脳の数理モデルを目指して

著者: 篠本滋

ページ範囲:P.134 - P.137

 数理研究者で脳の情報処理というものに興味をもっている人たちは二つのタイプに分けることができよう。第一のグループは脳をメタファーとして新しい情報処理の原理を求めようという人たちで,第二のグループは数理モデルをメタファーとして現実の脳の機能を知りたいと考えている人たちである。生理学などからみると第一のグループは得られた情報のユーザーであり,第二のグループは研究のアドバイザーといえるかもしれない。これらのグループ分けはしかし多分に心情的なものであって,会って話してみればわかるが論文だけからは区別のつかないことも多い。生理学の提供してくれる情報もそう明快なものは多くないし,数理モデルの世界もそう豊かではないというのが現状のような気がする。著者はこの分野には門外漢ではあるが,どちらかというと情報処理原理よりも脳それ自体に興味を持っているつもりであった。そういうわけでこの原稿をお引き受けしてみることにしたのだが,いざ書く段になってはじめていただいた題目の大変さを思い知った。自分の不勉強もわざわいして,「脳」というものに対するイメージがまったくわかないというのが正直なところなのである。
 そのようなわけで著者には大脳の構造と機能を一望のもとに見わたせる知識も能力もないので,そのごく一部について興味を持っていること,生理学や解剖学から学びたい点などを述べてみたい。

連載講座 チャネル研究の新展開

カルシウム依存性非特異的カチオンチャネル

著者: 丸山芳夫

ページ範囲:P.141 - P.144

 パッチクランプ単一チャネル電流計測法による技術革新以来1),実に多くのイオンチャネルが生体膜上において同定および定義されてきた。同法は単一チャネル電流測定という発想の枠内において当初研究者に受け入れられた感があり,細胞種を問わず適用され,80年代より広範なイオンチャネル鳥瞰図が造られるに至った2)。カルシウム依存性非特異的カチオンチャネル(以下,非特異的チャネルと称する)についても同様に,漸次心筋,神経細胞,外分泌腺房細胞とその存在が確認された3-5)。分布の細胞種リストが増えるにつれ6),同チャネルが興奮性および非興奮性細胞を問わずほとんどあらゆる種類の細胞膜上に存在する可能性が生ずるとともに,おのおのの共通点を拾い上げることで名称にあるような了解事項が成り立ってきた。すなわち,ⅰ)チャネルの活性は細胞内Ca2+濃度(〔Ca2+i)に一意的に依存し,ⅱ)一価カチオンを選択的に通過させ,かつⅲ)NaやKなど一価カチオン間の選択性に大きな偏りがない,ということである。これらの了解事項は定性的な意味合いが濃く,量的な特異性は考慮に入れてはいない。

実験講座

走査電顕による膠原細線維網観察のためのアルカリ処理試料作製法

著者: 大谷修

ページ範囲:P.145 - P.149

 近年,組織培養の研究により,膠原線維が組織の増殖・形態形成に重要な役割を演じていることが明らかとなってきた1)。一方,各種の組織・器官で線維形成と病理発生とが深く関わりあっていると言われている。たとえば,肝臓においては,肝硬変症に伴って線維化が起こり,そのために洞様毛細血管が真性毛細血管化し,肝臓の循環障害が起きると言われている2)
 結合組織線維の形態学的研究は,従来,主に鍍銀標本の光学顕微鏡観察によって行われ,最近は,走査電顕による反射電子像の観察も試みられている3)。また,免疫組織化学的手法も盛んに用いられている。しかし,これらの方法では,分解能が悪く観察できる範囲も限られているため,組織や器官における膠原細線維網が三次元的に,どのように分布し,どの程度存在するかは十分に解明されなかった。従来の割断試料の走査電顕観察や,超薄切片の透過電顕観察によっても,ごく一部の結合組織線維を調べることができるにすぎず,その三次元的構築を広範かつ十分に調べることはできなかった。

話題 第18回北米神経科学会より

レセプター,イオンチャネル研究の現状

著者: 赤木宏行

ページ範囲:P.150 - P.152

 北米神経科学会(Society for Neuroscience)の第18回年会が,昨年(1988年)11月13日から18日までの6日間,カナダ,オンタリオ州の首都トロントで開催された。最近のこの学会には,主構成員であるアメリカ合衆国とカナダ在住の研究者だけでなく,ヨーロッパ,南米,アジア各国からの参加者が増加しているそうで,さながら国際学会のような雰囲気だった。日本からの演題も100題ほどあったので,おそらくそれ以上の人数のかたが参加されたことと思う。
 トロントはオンタリオ湖の北岸に面しており,ここの冬の寒さはすさまじい(筆者は当時カルフォルニア大学に留学中で,気候の温暖なアーバイン市に在住していた)と聞いていたので,普段はまったく用のない厚手のセーターやコートを持参したのだが,学会期間中は天候は穏やかで,日本から来られたある先生は「これなら東京の方が寒い」とおっしゃっておられた。

発生神経科学のトレンド

著者: 鈴江俊彦

ページ範囲:P.153 - P.155

 交錯するフリーウェイの夜の闇に浮かび上がったトロントのダウンタウンは超高層ビル群のあかりが美しく神秘的であった。空港から乗ったタクシーの運転手は,トロントが米国の大都会に比べ犯罪の少ない夜も安全な都市であることを力説した。確かに,冬枯れしたトロントはやや無機的な感じはするが米国の都市によくあるような退廃と犯罪の臭いのしない清潔な街並みであった。北米神経科学会議(1988年11月13日〜18日)の開催されたトロント・コンベンションセンターは街の南部,オンタリオ湖の北岸に程近い,真新しい巨人な施設であった。
 北米神経科学会議の魅力はなんであろうか。すくなくとも私にとってそれは圧倒的な情報量の多さである。参加することによって神経科学の最前線のすべて(あるいはかなりの部分)を見たという充実感に浸ることができる。一般演題7,809,そのうち口演1,456題,ポスターセッション6,353題。ポスターセッションの会場は屋内であるが,巨大な体育館というよりは野球場のサイズでしかも1日を午前と午後の二組に分けて入れ替えし,それが5日間続けられた。私はいつもの例に洩れず発表の準備が遅れ自分のスピーチのリハーサルに学会の前半を費やし,後半も特に自分が強く興味を引かれるところを聞く以外は人とのコミュニケーションに時間を使ってしまった。

第12回谷口シンポジウム"Neural Programming"に出席して

著者: 彦坂興秀

ページ範囲:P.156 - P.157

 Neural Programmingとは何か。私たちの行動の多くが神経活動に基づいていることを疑う人はいないだろう。その行動の内容は,すでに学習され,反復されたものかもしれない。あるいは,あらたに創造されたものかもしれない。いずれにしても,その空間的時間的パターンは脳のなかに神経情報として蓄えられているに違いない。その実体を明らかにしようというのがこのシンポジウムの目標であった。これは運動制御のメカニズムであると同時に運動の記憶のメカニズムでもある。さらには,目的的行動全体をささえるメカニズムでもある。そして,システムとしての脳を研究するわれわれに残された最大の課題である。このシンポジウムで提起されたいくつかの問題を取り上げてみよう。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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