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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学40巻3号

1989年06月発行

雑誌目次

特集 細胞骨格異常

細胞骨格アクチンmRNAの構造とその発現

著者: 崎山樹 ,   徳永克男

ページ範囲:P.162 - P.166

 高等動物のアクチンは,少なくとも6つの異なる遺伝子にコードされ,蛋白質のレベルでは等電点の差で,α,β,γの3種に分けることができる1-3)。すなわち,骨格筋α,心筋α,平滑筋α,γ,非筋肉細胞β,γ(細胞質アクチンとも呼ぶ)である。各アクチンのアミノ酸配列は種を越えてよく保存されており,筋肉型と非筋肉型の間でも375個のアミノ酸のうちその違いは25個にとどまっている。細胞質アクチンはmicrofilamentの主成分をなし数多くのactin-binding proteinsとの協調作用で細胞の分裂,運動,増殖,分泌,形態維持などに重要な働きをしている4)。細胞質β,γアクチン間ではN末端側のわずか4個のアミノ酸の置換があるのみであるが2,3),両者の機能上の性質の異同については判っていない。
 両アクチンの発現は細胞により異なり,マウス線維芽細胞Lにおけるγアクチンの抑制をはじめとし5,6),白血病細胞では分化の誘導によりβ/γ比が変動する場合も見られる7)。また,がん細胞では細胞質アクチンの様様な変異体の存在が報告され8,9),これらは癌の形質と強い関わりを持っていることが示唆されている。

微小管障害と細胞分裂

著者: 高成秀樹 ,   吉田利通

ページ範囲:P.167 - P.171

 細胞分裂は複製された遺伝子を等分に娘細胞に分配する。その仕組みは下等生物では簡単であるが,高等生物になると巧妙で,1890年代に分裂装置が観察されて100年を経ているが,分裂の詳細な機構は未だ完全に解明されていない。しかし,近年マイクロインジェクションやFRAP(fluorescence recovery after photobleaching)などの新しい手法を用いて,微小管の重合・脱重合の状態,染色体の移動や動原体の役割を動的に解明する試みがなされている。それらの結果は分裂の仕組み一つ一つがそれぞれにきわめて複雑であることを示しており,限られた誌面ですべてを述べることは困難であるので個々については優れた総説1-10)を参照されたい。ここでは微小管の基本的事項と分裂期における変化について述べる。

細胞ガン化とトロポミオシン発現異常

著者: 松村文夫 ,   石川良樹 ,   山代茂子

ページ範囲:P.172 - P.176

 細胞はガン化に伴って代謝の変化,細胞表面の変化,増殖の変化,細胞の運動と形態の変化など,多くの表現型の変化を引きおこす。その中で,形態変化については,古くから,ガン細胞を見分ける手段として使われてきた。また,もとのガン細胞が移動して他の場所に落ちついて増殖しはじめる転移の問題を考えると,必ずガン細胞の運動性とか,接着性とかが問題としてうかびあがってくる。その運動と形態を維持する上で,重要な役割をもつのが,アクチン・トロポミオシン・ミオシン・α-アクチニンなどからなるマイクロフィラメント系である。
 トロポミオシンの細胞運動における役割は骨格筋ではわかっている。トロポミオシンはCa2+結合蛋白であるトロポニンと複合体を作り,Ca2+のある,なしでアクチン・ミオシン間の相互作用を調節し,筋肉の収縮・弛緩を制御している。一方,非筋細胞では,いまだにトロポニン様蛋白が同定されていないこともあって,はっきりわかっていない。螢光抗体法で培養細胞におけるトロポミオシンの局在を調べると,構造的に比較的安定なストレスファイバーに存在し,運動性の高いRuffling membrancやmicrospikeには存在していないことが示唆されている1)

白血病細胞の細胞骨格

著者: 永田和宏 ,   高山英次

ページ範囲:P.177 - P.181

 癌細胞は,増殖と分化の正常な制御を逸脱した細胞である。とどまるところを知らず増殖し,しかも正常な分化の経路には関わりなく,未分化な機能をもたない細胞として増殖しつづけることが多い。この異常な増殖能に加えて,転移や浸潤,さらに基質接着性の減少など,癌細胞を特徴づけるこれらの性質は,すべて細胞骨格蛋白質と深く関わっている。
 癌細胞の奇妙な振舞いを理解するためには,癌細胞におけるこれら細胞骨格蛋白質の異常を知る必要があろう。正常細胞に較べて癌細胞ではどのような細胞骨格蛋白質の異常が,どのような表現形の異常となって現れているのか。できれば同じ起源の細胞を用いて調べられればこれに越したことはないが,さらに一つの細胞を用いて,癌の状態と正常の状態とを自由にコントロールできればより好ましいであろう。

腫瘍細胞における中間径フィラメント蛋白の発現

著者: 向井万起男

ページ範囲:P.182 - P.185

 中間径フィラメント(intermediate filament:IF)は,細胞質内の直径10nmの線維の総称で,微小管(直径25nm)とマイクロフィラメント(直径7nm)の中間の直径を有することで名付けられている。IFとしては,現在5種類の蛋白が知られており,おのおのが細胞・組織特異性をもって分布している。すなわち,上皮細胞のケラチン,間葉系細胞のビメンチン,筋細胞のデスミン,星状膠細胞のglial fibrillary acidic protein,神経細胞のneurofilamentである。この特異性は,腫瘍細胞においても保持され,その由来する細胞・組織特有のIFが発現すると予想される。実際,腫瘍病理学の分野にIFの免疫組織化学が応用された当初は,実に明快な特異的発現が期待通りに示されていた1-3)。しかし,その後の広汎な検索の結果,正常細胞・組織においても,この特異性は厳密なものではないことが示され,さらに,腫瘍細胞においてはなお一層厳密さを欠き,複雑で様々な発現パターンを示すことがわかってきている。

神経疾患における中間径フィラメント異常

著者: 石田陽一

ページ範囲:P.186 - P.192

 神経系を構成する細胞には中間径フィラメント(intermediate filament以下IF)として神経細糸(neurofilament),グリア細線維(glial filament),ビメンチンが知られている1)。神経細糸は神経細胞の軸索や樹状突起に認められる直径約10nmのIFで,微小管とともに細胞骨格を形成している。神経細糸を構成する蛋白(neurofilament protein以下NFP)は68Kd,160Kd,200Kdのsubunit(triplet)からなっている2)。3種のsubunitのうち,68Kd subunitがNFPの中核をなす蛋白と考えられており,Shawら3)の研究によるとラット脳と視神経では200Kd subunitは発達の過程でもっとも遅れて発現する。神経組織の個有の間質細胞であるグリアのIFを構成する蛋白はglial fibrillary acidicprotein(GFAP)で,主として星形グリアに検出される。GFAPの分子量は報告者により異なるが,約50Kdである。ビメンチンは多くの間葉系細胞のIFを構成する蛋白で,神経系では髄膜上皮とクモ膜の間葉系細胞,脳脊髄神経のシュワン細胞に検出される4)。グリアとくに星形グリアではビメンチンとGFAPの重複発現がみられるが,成熟神経組織ではその量が少ないためか免疫組織学的には検出しにくい。

アルツハイマー病と細胞骨格異常

著者: 岡沢均 ,   貫名信行

ページ範囲:P.193 - P.196

 Alzheimer病を特徴づける神経病理所見に老人斑(senile plaque)と神経原線維変化(neurofibrillarychange,あるいはneurofibrillary tangle,NFT)の二つがある。前者はcoreと呼ぶamyloidの細胞外沈着とその周囲に伸びた変性神経突起からなる。amyloidは695から770残基のアミノ酸からなる膜蛋白の分解産物であることがわかっている。したがってamyloidの詳細は特集の主題から外れるのでここでは触れない。後者は光学顕微鏡で神経細胞内に火炎状あるいは球状に見える嗜銀性,およびCongo-red染色下の重屈折性を持った封入体である。Kiddの電子顕微鏡的観察により80nmごとにくびれのある膨大部24nm,狭小部10nmの線維状の構造物であることが分かり,これが一対の線維が絡み合ったもののように見えたためpaired helical filament(PHF)と呼ばれることになった1)。Wisniewskiはより高倍率の電子顕微鏡の観察から直径3〜5nmの8本のprotofilamentが絡み合ったものを想定しているが2),Wischik,Crowtherらのgroupは線維の長軸方向と垂直な向きを持った三つの球状のdomainを持つsubunitがdouble-helicalに重なりあったものとしている3)

胆汁排泄障害と肝細胞細胞骨格

著者: 宮崎招久 ,   浪久利彦 ,   渡辺純夫 ,   保浦真一 ,   広瀬美代子

ページ範囲:P.197 - P.201

 細胞骨格(サイトスケレトン)は細胞の形態保持のみでなく,運動や分裂,物質の分泌や移送などにも重要な役割を果たしている1)。肝細胞においてもマイクロフィラメント(アクチンフィラメント),中間径フィラメント,微小管などの線維性構造を示す細胞骨格がみられ,とくにマイクロフィラメントは毛細胆管周囲に豊富に認められ,その意義についても詳細な観察がなされている2)。筋細胞においてはその収縮にアクチンとミオシンの関連が重要な役割を果たしているが,最近われわれは肝細胞において肝細胞に特異的なミオシンがアクチンとほぼ同じ部位に分布することを明らかにし,アクチン・ミオシン系が細胞骨格に関連して胆汁分泌に重要な意義を有する成績をえた3)。本稿ではわれわれの研究を中心として最近の文献学的考察も加えて胆汁排泄障害と肝細胞細胞骨格について概説した。

高血圧と血管内皮細胞の細胞骨格

著者: 藤原敬己 ,   ,   神宮司洋一

ページ範囲:P.202 - P.207

 細胞骨格構造の一つにストレスファイバー(stressfiber,以下SFと書く)がある。ここでは誌面の都合でSFのごく簡単な紹介にとどめたので,詳細についてはいろいろな総説を参照されたい1-3)。本稿ではまず,培養細胞にあるSFの細胞接着機能について述べたのち,血管内膜を形成する内皮細胞に見られるSFの生物学的意義を考察する。

筋疾患における細胞骨格異常

著者: 石浦章一 ,   荒畑喜一 ,   杉田秀夫

ページ範囲:P.208 - P.211

 骨格筋の変性を伴う疾患には,筋の遺伝性かつ進行性変性を主徴とする筋ジストロフィーの他に,自己免疫疾患と考えられる多発性筋炎・皮膚筋炎,先天性ミオパチーに分類されるミトコンドリア脳筋症・ネマリンミオパチー・セントラルコア病・遠位型ミオパチー・サルコチューブラーミオパチー・筋線維型不均一症,代謝異常である糖原病・カルニチン欠損・AMPデアミナーゼ欠損症,ならびに周期性四肢麻痺,内分泌性ミオパチー,悪性高熱症などがある1)。この中で,細胞骨格にはっきりと異常の認められるものとしては筋線維内に主としてアクチン結合タンパク質を含むZ線構成物質から成るロッドが認められるネマリンミオパチー,小胞体の増生が顕著なサルコチューブラーミオパチー,筋小胞体ライアノジンレセプター異常が示唆される悪性高熱症などがあげられるが,生化学的検討も少なく遺伝子異常の直接的証拠もないため二次的な現象である可能性も否定しきれない。本論では,私たちの研究室で明らかとなったDuchenne/Becker型筋ジストロフィーでの細胞膜タンパク質ジストロフィンの欠損について考察を加え2,3),最近の研究の動向を紹介することとする。

表皮疾患と細胞骨格

著者: 北島康雄

ページ範囲:P.212 - P.216

 表皮細胞における細胞骨格は他の組織の細胞と同様にマイクロフィラメント,微小管,中間径フィラメント(IF)からなる。表皮の細胞骨格が他の組織の細胞のそれと異なっている点は,IFが上皮系細胞に特異的なケラチンであり,かつ,量的に表皮細胞の全蛋白質の約70%を占める主要な構造蛋白質であるということてある1)
 さて,IFは太さ10nmの,αヘリックス構造を基本とする線維で,細胞質内で核周辺から細胞辺縁にまで放射状に分布する網状構造を形成する2)。表皮では形態学的にトノフィラメントとも呼ばれ,細胞膜でデスモソームに結合し,これを介して隣接した細胞のトノフィラメントと互いに連結し,表皮組織全体としての線維性ネットワークを構築している。IFの真核細胞における一般的機能については細胞の物理的強度に関与するということ以外はいまのところ明らかではない2)が,表皮のIF,すなわちケラチン中間径フィラメント(KIF)は,上述したようなデスモソームを介したネットワーク構造を形成することから表皮のシートとしての構造を保持するという機能を有していると考えられる。

連載講座 チャネル研究の新展開

電位依存性Caチャネル

著者: 吉岡亨

ページ範囲:P.217 - P.225

 Caイオンは細胞内の情報伝達分子(セカンドメッセンジャー)としてはきわめて望ましい性質を持っている。すなわち,(1)刺激を加えることによりCa2+の細胞内レベルが急速に上昇し,かつ速やかに下降する,(2)Caイオン濃度を一定に保つような緩衝液を試験管内で作ることができる,(3)細胞内Ca濃度およびそれらの変化を直接的間接的にリアルタイムで測定できる,(4)Ca2+はMg2+と多くの点で似かよった性質を持つにもかかわらず,酵素系の多くは両者を峻別できる,等々である。
 このようにCaイオンは優れた情報伝達物質であるが,これが細胞内ストアや細胞外からCaチャネルを通して一瞬のうちに細胞質へ供給可能な体制になっているということは,神経伝達物質の遊離や,ホルモン分泌といった時間的に速い現象を引き起こす際に,他のメッセンジャー(たとえばcAMP)と比較して圧倒的に有利な条件を備えているものといえよう。そこでこの小論ではCaチャネルのうち,膜電位依存性にその開閉が制御されているCaチャネルに焦点を絞り,その研究の現状,そして今後に残された問題点などを概観してみたい。なお筆者の能力の関係上話題はもっぱら神経系のCaチャネルに偏ることをご了解頂きたい。

実験講座

微小バイオセンサーの製作とその応用

著者: 民谷栄一

ページ範囲:P.226 - P.231

 バイオセンサーは,分子識別機能の優れた生体物質とトランスジューサー(信号変換部)から構成され,選択性のきわめて優れたセンサーシステムである(図1)1,2)。すでに医療計測,環境分析,工業プロセス計測などへの応用開発が進展している。とくに,最近,バイオセンサーの微小化,集積化,大量生産化を可能にしようとする試みが行われている。こうした微小なバイオセンサーは体内埋め込みを可能とし,体内モニタリング,人工臓器などの開発を中心に,医療分野に与える影響は計りしれない。また集積化の実現によって同時に複数成分を測定する多機能センサーが作製でき,分析効率の向上が期待できる。さらに大量生産化によって,バイオセンサーの汎用化を強力に推進することができる。
 一般に,バイオセンサーを作製するための基盤技術としては,1)トランスジューサーの選択および作製,2)酵素や抗体などの生体素子の調製,3)生体素子のトランスジューサーへの固定化,4)センサー応答の信号処理,などがあげられる。このなかで,とくに1)と3)については,冒頭でも述べた微小バイオセンサーを実現するうえで十分に検討すべき課題である。というのも,従来のバイオセンサーで多く用いられてきたトランスジューサーである酸素電極,pH電極では,微小化,集積化,大量生産化に限界があるためである。また,微小部位にのみ,生体素子を固定化するための新たな生体素子固定化技術も必要不可欠である。

解説

大脳視覚野の可塑性

著者: 津本忠治

ページ範囲:P.232 - P.241

 大脳皮質視覚野は外側膝状体(lateral geniculate nucleus,略称LGN)で中継されてきた両眼からの視覚情報を統合し,また特徴抽出を行うことが知られている。この皮質視覚野の機能は,遺伝情報によってすべてが決定されているわけではなく乳幼時期の視覚入力によって容易に変化する。この事実を最初に実証的に明らかにしたのは,HubelとWieselによる次のような実験であった。仔ネコの片眼を一時的に遮閉すると,その後視覚野ニューロンはその目に対する光反応性を失い遮閉されなかった眼にのみ反応するようになる1)。また,このような変化は生後の一定の時期—いわゆる感受性期あるいは臨界期—にのみ起こる2)。これらの先駆的研究は,発達脳視覚野が実験的に比較的容易にアッセイできる可塑性をもっていることを示しており,その後可塑性に関する多数の研究がこの領域でなされる引き金となった。とくに1970年代,人工的な視覚刺激を幼若動物に与えた後に視覚野ニューロンの反応性変化を観察する研究が多くなされ大脳機能の生得説と生後学習説の論争が展開された3-8)。しかしながら,現在に至るまでその可塑性のシナプスメカニズムについては未だ十分にはわかっていない。ただ最近,他の領域での研究の進歩と相まって感受性期の視覚野における可塑的シナプスの動作様式やその可塑性を制御する因子がある程度明らかになってきた。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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