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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学40巻5号

1989年10月発行

雑誌目次

特集 核内蛋白質

特集によせて

著者: 藤田道也

ページ範囲:P.528 - P.528

 この10年弱における分子生物学あるいは分子遺伝学の巨大な進歩はかつて細胞生物学で後光を放っていた核という細胞小器官をまるですっかり色褪せた骨董のごとぎ存在にしてしまった。
 cDNAから始まってゲノムDNAの塩基配列解析,そのホモロジーに基づくタンパク分子系統の再編成あるいは進化における相互関係の整理,エンハンサーという概念および実体とその塩基配列の解析,また本質的には同じ問題である発達段階と組織に特異的な遺伝子発現の調節,それとからんだプレメッセンジャーRNAのオールターナティヴ・スプライシング,遺伝子治療の基礎技術としての部位特異的組替え,ヒトの全ゲノムの塩基配列解析……等々,数え上げればまだまだあるであろう。

核マトリックスのDNA結合部位

著者: 筒井研

ページ範囲:P.529 - P.532

 核マトリックス(nuclear matrix)は本来,Berezney & Coffey1)によって使われた用語で,分離核を高濃度の塩,非イオン性界面活性剤,ヌクレアーゼの順に処理して可溶化されない,主として蛋白質からなる構造体を意味する。その他多くの研究者が,同様の方法で調製した標品をcage,skeleton,scaffoldなど様々な名称で呼んでいる2-4)。これらは形態も蛋白質の組成もかなり相違しているが,本稿では"マトリックス"という言葉のもつ含意をそのまま適用して,すべて核マトリックスの一形態と考える。核マトリックスはアーチファクトであるとしてその存在すら疑われたこともあるが5),最近数年の間に出された報告は新たな方向から核マトリックスの実在を支持するものである。ここでは核マトリックスをDNAとの相互作用という観点から眺めた研究を紹介する。

核マトリックスのタンパク質—MAP様タンパク質を中心にして

著者: 中安博司 ,   上田潔

ページ範囲:P.533 - P.538

 I.核の構造タンパク質と核マトリックス
 核タンパク質という言葉からは,多種多様なタンパク質の混合物というイメージが想い浮かぶ,実際,核タンパク質の約三分の一を占めるヒストンを除いては,どの成分をとっても比較的微量成分であるうえに,その種類はきわめて多い。このような複雑な対象を取り扱う時にはもちろん,何かのおおまかな分類の基準が必要になってくる。核マトリックスはこのような分類に都合のいいものであって,たとえは,銅イオンや四チオン酸などの安定化剤の存在下で核マトリックスを調製した時には,核タンパク質の約三分の一がこの画分に回収される。これは,ヒストンの全量に相当するわけで,この画分に回収されない可溶性の非ヒストンタンパク質群とともに核タンパク質を人ざっぱに三分割できる(安定化剤なしでは,核マトリックスの内部構造が部分的にこわれるために収量は全核タンパク質の10%位になる)。
 単離核をDNase処理した後,0.5Mあるいはそれ以上の塩を含むバッファーでクロマチンを抽出して核マトリックスを単離することができる1)。こうして得られたものは,もともとの核とほぼおなじ形態を保っていて,核膜の裏打ち層であるラミナと核小体の残渣,ならびに核質の部分にあたる部位をうずめている無数の線維系の三成分からなっている。

アクチンの核内移行

著者: 矢原一郎 ,   飯田和子

ページ範囲:P.539 - P.542

 アクチンは374または375のアミノ酸からなる酸性タンパク質であり,高等脊椎動物では骨格筋,心筋,平滑筋,非筋細胞にそれぞれ特異的に発現するアイソタイプが知られている1)。これらのアクチンは筋細胞では収縮を支配する線維として特殊な構造に組織化されており,一方,非筋細胞ではいわゆる細胞骨格として細胞の運動や細胞の立体構造維持をはじめとする様々な機能に関与している。本小論では,細胞をDMSOあるいは,熱ショック処理すると誘導されるアクチンの核内移行を取り扱う。

動原体

著者: 舛本寛 ,   岡崎恒子

ページ範囲:P.543 - P.547

 遺伝情報をコードする染色体DNAは親から子へ細胞から細胞へと安定に受け継がれてゆく。このため細胞には,染色体DNAが細胞周期のS期に正確に倍加する複製の仕組みと,続く細胞分裂期に倍加した染色体が二つの娘細胞へ均等に分配される仕組みとが存在している。このうち分配の機構を司る染色体上の特殊な領域が動原体(セントロメア)である。この領域の分子構造に関する最近の研究成果を紹介する。

核孔複合体

著者: 藤田道也

ページ範囲:P.548 - P.553

 岩波の生物学辞典(第三版)では核孔(nuclear pore),核膜孔,細孔(pore),環,環紋(annulus)などの呼び名が挙げられている。また,Krstićの組織学辞典1)ではnuclear poreの見出しの次に(同義語として)nucleo-pore,pore complex,porus nuclearisが挙げられていて,これらは核孔または孔複合体を意味している。核孔は核膜に開いた孔であって,それ自体は空虚である。それに対して孔複合体は孔を形成している実体を意味している。したがって,両者は厳然と区別されるべきである。たとえば,"In the nuclear pores,only fibrillarmaterial is visible."2)という例ではnuclear poreが本来の意味で用いられている。しかし,"…an array ofspecialized structures termed nuclear pore"3)の「核孔と呼ばれる特殊な構造物」は核孔よりむしろ複合体を意味していると解釈される。逆に,"The nuclear porecomplex…serves as a pathway"4)という例では複合体が核孔の意味で用いられていると言っていいであろう。

染色体凝縮因子

著者: 西本毅治

ページ範囲:P.555 - P.559

 真核生物の細胞がM期にはいる時には,染色体凝縮因子(maturation promoting factor:MPF)の働きによりDNA分子は約10000分の一に小さく折り畳まれて染色体を形成し,核膜が崩壊して紡錘体が出現する。核と細胞質におけるこれらの変化はすべて可逆的であり細胞分裂の終了とともに新たに核が形成され,G1期が始まる。このように大きな細胞構造の変化が起こるM期は,古くから生物学の主要な研究対象である。細胞周期進行の調節という観点からもM期開始の調節はもっとも関心のあるところである。なぜならDNA複製の途中に細胞分裂が起こると均等な遺伝子の分配はもとより細胞の生存そのものが不可能になる。それゆえ,M期開始,つまり染色体凝縮の開始の調節は真核生物の持っている基本的な生命維持の機構の一つと思われる。
 染色体凝縮因子は一般に次の観点より研究が進められている。(1)変異株を用いた遺伝的解析。酵母やカビ,培養動物細胞などから染色体凝縮に変異をもつ細胞周期温度感受性変異株が分離されている。(2)染色体が凝縮する時には多くの蛋白質がリン酸化されるが,生化学的にM期に最大の活性を持つprotein kinascを検索する方法。(3)実際に染色体凝縮を引き起こす因子を検出する。染色体凝縮に関わる因子(これらはすべて核膜および核質にある核蛋白質である)の研究は現在のホットな話題であり毎月どれかの雑誌に報告が載っている。

細胞核特異抗原S1蛋白質

著者: 井上晃 ,   東庸太郎 ,   高橋研一 ,   内本都士子 ,   山本直樹 ,   蓮間忠芳 ,   森澤成司

ページ範囲:P.560 - P.564

 細胞核の特定の構造体を構成する蛋白質のあるものは,類似の生化学的性質をもつゆえにグループとして単離される場合がある。たとえばヌクレオソームを構成するヒストン5分子種は塩基性蛋白質であって,単離細胞核から希鉱酸で共抽出される。転写活性クロマチンの構成素材であるHMG(high mobility group)蛋白質群は荷電アミノ酸含量が高く,0.35M NaClでクロマチンから溶出し,2%トリクロロ酢酸で選択的に上清に回収される。
 S1蛋白質もこのような例に入る蛋白質グループである。

精細胞核特異的蛋白

著者: 飛田亨

ページ範囲:P.565 - P.570

 真核生物は有性生殖によって増殖するが,雄性生殖系は精子形成と呼ばれ,複相の始原細胞の減数分裂による雌雄相同染色体間の遺伝子の組換えと再分類,それにつぐ単相精子細胞染色体構造の再編成による精子への変態など一連の細胞分化成熟過程をたどる.本稿では哺乳類の精原細胞から精子に至る染色体の変化をその構成特異的タンパク質に着目して最新情報を交えた展望を試みた。

ラミン

著者: 柴田昌夫 ,   廣野ゆかり ,   小林明夫 ,   北村忍

ページ範囲:P.571 - P.574

 核ラミナは線維状のネットワーク構造をとり,核膜内膜を裏打ちし,核膜とクロマチンの形を保持するのに重要な役割を果していると考えられている(図1)1-5)。高等真核生物のラミナは,1〜3種の,免疫学的に相同性の高い分子量およそ60kd〜70kdのラミンと呼ばれる蛋白質から構成されている。このラミン蛋白質の重合によって核ラミナは形成される.抗ラミン特異抗体を使用した免疫螢光抗体法による実験は,細胞分裂期におけるラミナ構築の破壊と再構築をみごとに視覚化している4)
 ラミン蛋白質は神性の等電点を持つタイプAラミンと酸性の等電点を持つタイプBラミンの二つのグループに分けられる6)。以下タイプAラミンやラミンAといった,非常に混同しやすい名称をしばしばラミン蛋白質の説明に用いている。混同を防ぐためラミン蛋白質の分類と特徴づけについて表1にまとめた。

加齢と細胞核蛋白質

著者: 名取靖郎 ,   岡達三

ページ範囲:P.575 - P.578

 生物の細胞レベルにおける老化は,帰するところ遺伝子発現の経時的変化としてとらえることができよう。遺伝子発現の場である細胞核内のクロマチンの構造および機能が,生物の老化に伴って変化することが多くの研究者によって認められてきた。本総説では老化に伴うクロマチン構成蛋白質の変化について,最近までに得られた知見を紹介する。

連載講座 チャネル研究の新展開

機械受容性イオンチャネル

著者: 大森治紀

ページ範囲:P.579 - P.585

 イオンチャネルは,細胞内に埋め込まれた蛋白質でありイオンを通すチャネル部分と,イオンの流れを制御するゲート構造と,そして通過するイオン種を定めるフィルター構造とで構成されると考えられている。機械刺激によって開閉が制御されるイオンチャネルの場合は,膜電位あるいは化学物質の結合をセンスする代わりに,膜に加わる機械的な歪をセンスしてチャネルはゲートされる。すなわち,ゲートのセンサー機構の違いによって,イオンチャネルは様々な物理・化学量によってゲートされることになる。本稿では,ヒヨコの内耳有毛細胞に存在する機械刺激受容性イオンチャネルを解説する。機械刺激によってゲートされるイオンチャネルは,有毛細胞以外にも,筋の伸展受容器あるいは神経の感覚終末であるパッチニ小体上に古くから存在が予測されている。しかしながら,明らかにチャネル現象として捉えられたものは,有毛細胞以外では,骨格筋(Guharay & Sachs,1984),血管内皮細胞(Lansman,Hallam & Rink,1987),上皮細胞(Christensen,1987)などの動物細胞および酵母(Gustin,Zhou,Mortinac & Kung,1988)において知られている,いわゆる stretch activatedchannelである。こうしたチャネルは,Na,K,Caイオンなどを通し,30〜70pSの単位伝導度を示している。

解説

ヒト染色体バンド構造と遺伝子塩基配列

著者: 池村淑道

ページ範囲:P.586 - P.591

 ヒトゲノムの全塩基配列を決定する計画が現実性を帯びてきている。ヒトゲノム構造を分子レベルで完全に理解しようとする試みと言える.このような巨大な計画が実行に移されるに際して,すでに得られているデータを概観し,どのような事実が解明されて行くのかを予想し,情報の解析方法を確立して行くことが重要に思える.現時点でGenBankデータベースに収録されたヒト塩基配列は総計3Mbに達している。決して少ない情報量とは言えない。ゲノム全体の0.1%ではあるが,全体像の片鱗なりと見えてきているのではないだろうか。本稿ではヒトの染色体バンド構造と遺伝子塩基配列との関係が徐々に解明されつつある現状を紹介してみたい。
 ヒトの分裂中期の染色体には約850本のG/Qバンドが見出される1)。DNAの長さについていえば,既知ヒト塩基配列の総計は,平均的なバンド1〜2本分の塩基数と言える。すでに蓄積した塩基配列の量は,総計としては光学顕微鏡のレベルに達している。筆者らはこのような大量の情報から,ヒトゲノムの全体的描像を知ろうと試みている。この一見無謀な研究も,きっかけはまったく異なった研究を出発点としていた。筆者らは数年前より,ヒト遺伝子のコドン選択パターンを決める要因を研究している2)。高等動物遺伝子の場合,同一生物種に限っても,コドンの3文字目が極端にGとCに偏る遺伝子(たとえば80%以上のG+C%)が多数存在する一方で,AとTに偏る例も多い。

脳・免疫系連関

著者: 堀哲郎 ,   森俊憲 ,   水野圭一郎

ページ範囲:P.592 - P.601

 神経系と免疫系は,いずれも生体内外の環境因子を認識し,それに応じて生体反応を起こす。いずれも情報伝達物質の存在,記憶の形成,環境因子変動の検知などいくつかの対比できるメカニズムを有する。従来から,免疫系はそれ自体閉じた系として考えられがちであった。ところが,最近,脳と免疫系の間には共通の情報伝達物質およびその受容体が存在することが明らかになってきた。つまり,脳から免疫系にシグナルが送られ,免疫系から脳にシグナルが送られているという「相互対話」があり,脳および免疫系の両者が緊密に連携したシステムとして捉えられるようになりつつある。本稿ではこのような脳・免疫系連関に関する知識の現状を解説する。

話題

南極での国際協力—スコット基地からの報告

著者: 森田之大

ページ範囲:P.602 - P.606

 1986年秋,西独ギーセン大学でProf. A. Okscheが主催した神経内分泌系の進化と環境についての国際シンポジウムがあった。ここで松果体の光受容機構について発表したあと,ニュージーランドのDr. Meyer-Rochowと名乗る人から3ヵ月間一緒に南極へ行きましょうという誘いを受けた。初対面ではあったし,二人とも少々アルコールが入っていたので半分冗談と思い,3ヵ月は長過ぎますねとその時はお断りし,そのまま忘れていた。
 2年経って昨年の春,突然手紙を貰った。1ヵ月でよいから一緒に行こう。準備はできている。研究費がとれたからスコット基地での経費は心配ない,屋外は寒いが,基地のなかは暖かいし,清潔で,快適である,という内容。ちょうど,生物リズムの研究も手がけているし,半年昼間で,半年夜という酷寒の地に棲む生物の脳や感覚器はどうなっているのだろうという興味が湧く。幸い文部省の国際学術研究に採用されたので,ニュージーランドまでは問題ない。それに飛行機で行けるなら簡単ではないかということで参加をお受けした。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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