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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学40巻6号

1989年12月発行

雑誌目次

特集 ギャップ結合

ギャップ結合特集によせて

著者: 菅野義信

ページ範囲:P.610 - P.610

 1925年,今世紀のほぼ初頭,Schmidtmann女史は唾液腺細胞のpHを測定するため,指示色素を苦心して各種の唾液腺の細胞内に注入した。色素の発色を観察しているうち,色素の一部は隣接の細胞内へ流入移動するのに気づき,これを1〜2行記載した。Schleiden,Schwannの細胞独立説の強い時代,誰も注目する者もなく,この事実は忘れ去られてしまった。
 1962年,LoewensteinとKannoはショウジョウバェ唾液腺で細胞膜と核膜の電気抵抗を調べているうち,細胞接合部の細胞膜の電気抵抗が異常に低いことに気づいた。LoewensteinはKufflerに,KannoはHagiwaraにそれぞれその事実を密かに告げたところ,2人とも他の組織や細胞で同じ経験をしたことがあると打ち明けている。KufflerはNichollsと共にヒルのgliaとneuronの低抵抗結合を発表した。

ギャップ結合の超微構造

著者: 片岡勝子 ,   山本正夫

ページ範囲:P.611 - P.616

 ギャップ結合は,隣り合った細胞間に形成される電気抵抗の低い特殊化した部位で,ギャップ結合によって形成された細胞間チャネルをイオンや小分子が通ることにより,細胞間コミュニケーションが行われると考えられている1-4)。ギャップ結合は,また,ネクサスあるいはcommunicating junctionとも呼ばれる。
 ギャップ結合は,最初,無脊椎動物の神経細胞間のシナプス(電気的シナプス)で見つけられた5)。その後,高等動物においても,次のような種々の細胞群にギャップ結合が見出されている。心筋や平滑筋は,ギャップ結合を介して電気的な興奮の伝達を行っている代表的な細胞で,とくに心筋の介在板には非常によく発達したギャップ結合がある。ギャップ結合は,また,非興奮性細胞の間にも存在し,細胞群の代謝的couplingを行っていると考えられている。たとえば,唾液腺,肝臓,膵臓などの外分泌細胞,甲状腺,副腎皮質,黄体などの内分泌細胞である。眼球の水晶体も,ギャップ結合が良く発達している組織の代表的なものである。ギャップ結合を分離,精製して行われる研究にも,多くは心筋,肝臓,水晶体が用いられており,分子量27,000daltonのコネキシンが主要な構成蛋白として知られている。

ニューロン間のギャップ結合:電気的シナプス

著者: 浜清

ページ範囲:P.617 - P.624

 I.電気的シナプス研究の歴史
 神経細胞間のシグナル伝達は多くの場合化学物質(伝達物質)の放出とその受容を介して行われるが,このような化学的シナプスの他に,膜電位の変化が直接隣接細胞に伝達されることがあり,このような伝達を電気緊張的伝達とよび伝達の起こる場所を電気シナプスとよぶ。ミミズの巨大神経の体節隔板(segmental septum)は活動電位を両方向に自由に通すことが古くから知られていた1)。隔板上に隣接体節の軸索膜が密接する(close apposition,CA)部位があることが電子顕微鏡によって明らかにされ,この部位が電気的なシグナル伝達の場であることが推察された2)。その後新しい生理学的な手段によって,ザリガニの巨大神経に電気的シナプスが存在することが確認されたが3),ここでも隣接する軸索膜にCA部位が見出された4)。一方,化学的シナプスであることが生理学的に確認されておりながら5),電気シナプスである前記のザリガニ巨大神経のシナプス3)と光学顕微鏡的には同じ構造をもつとされるヤリイカの巨大神経シナプス6)を電顕的に調べたところ,ここでは典型的な化学的シナプスの構造がみられた7)。このことによって,生理学的に確実な化学的シナプスと電気的シナプスの間には明確な微細構造上の差があり,電気的シナプスには神経細胞膜のCAがみられるとの考えがほぼ確立された7)

ギャップ結合微細構造の多様性

著者: 柴田洋三郎

ページ範囲:P.625 - P.629

 ギャップ結合は隣接した細胞間にあって,細胞質同士をチャネルで連絡する細胞小器官で,その基本的な構造単位はsubunit 6個が中央に親水性通路を取り囲んだ膜蛋白粒子connexonである。通常の電顕観察では,この基本素子が多数集合して斑状となり,ギャップ結合斑を形成している。切片像では,隣接細胞間に約2nmの間隙をもった2枚の単位膜が密接する細帯状の接合膜像を示し,凍結割断レプリカ像ではPF面(細胞質側割断面)に径8nmほどの粒子,EF面(細胞外側割断面)にはそれと相補的な小陥凹が集合したほぼ六角格子配列を呈する円盤状の膜分化構造として認められる1,2)。ところがこのような典型的なギャップ結合のほかに,同様の基本構築をもった膜構造が,細胞接合部以外の場所に出現したり,斑状集合以外のいろいろな粒子配列形態を示す例が広く知られている3)
 このような構造の多様性は,形成・発達や分解・回収の過程,構成分子の相違,線維系の関与,さらには機能状態などギャップ結合のもつさまざまな側面を反映したものであろうが,その因果関係や機構が明らかにされたものは少なく,主として現象の記述にとどまらざるをえない。一方,われわれは,最近ギャップ結合粒子の構成蛋白質の違いに対応して微細構造に相違がみられることを,ディープエッチレプリカ像で認めており,後半はそれについて記述したい。

ギャップ結合と裏打ち

著者: 渡辺皓 ,   外崎昭

ページ範囲:P.630 - P.634

 ギャップ結合(GJ)の機能的単位をなすコネクソンの集合状態が,細胞骨格あるいは裏打ち構造により調節を受けることが示唆されている1,2)。しかし,GJと裏打ちとの機能的関連性を示す形態学的所見は十分に得られていない。この理由の一つに,これまでよく調べられてきたGJの多くは,明瞭な裏打ちを形成していないことがあげられる3,4)。あるいは,これらのGJの裏打ちが,一般的に形態学的にとらえにくい構造なのかも知れない。
 ところが,副腎クロマフィン細胞に見られるGJは,例外なく裏打ちを備えているし,哺乳類を含む多くの動物種の電気シナプスにも,特殊な裏打ちを備えたGJが観察されている5)。また,副腎のステロイド産生細胞のGJのように,細胞表面に平面的に広がる場合は特別な裏打ちを持たないが,GJ膜が隣接細胞のいずれかに陥入し取り込まれる際に特別な裏打ちを持つものも知られている6)。ここでは,こうした特徴的な裏打ちを備えたGJの構造について解説し,さらに裏打ちの機能的役割についても考察しようと思う。

ギャップ結合の可塑性

著者: 松本明

ページ範囲:P.635 - P.639

 成体の脳で入力線維の損傷後,変性退化したシナプスに代わって正常な神経線維から軸索終末が発芽して新しいシナプスの形成されることがRaismanによって1969年に発見された1)。これは成体の脳のニューロンがシナプス形成能を持つことに示されるように可塑性に富んでいることを証明したもので,この神経組織の可塑性は神経回路の再構築とか学習や記憶の神経機構に重要な役割を果たすものと考えられてきた。近年,成体の中枢神経系で入力線維を損傷しなくても発芽が起こること2)や生理的な状態を反映したシナプス結合の再構築がみられること3)などが判明し,これらの現象は正常な神経組織で神経回路の構成が変化し,それに応じてその神経回路の駆動する神経機能が変化する可能性を示唆している。これまでに述べてきたシナプスとは,神経伝達物質を含んだシナプス小胞のある軸索終末が他のニューロンと結合する化学シナプスである。ニューロン間のもう一つの刺激の伝達方法はギャップ結合を介した電気シナプスによるものである。化学シナプスの結合様式が可塑性を示すように,ギャップ結合にもこの現象が起こり得るであろうか。
 ギャップ結合は隣接する二つの細胞の細胞膜が特殊化した接着装置で,細胞膜を貫くチャネルで構成されている。コネクソンと呼ばれるチャネルは6個の蛋白サブユニットからなり,おのおののサブユニットは中央の小孔を囲むように配列している。

コネクシン:ギャップ結合構成蛋白質

著者: 竹田晃 ,   嶋津孝

ページ範囲:P.640 - P.644

 ギャップ結合は隣接する細胞間に存在する接着装置の一つで,その実体は細胞間チャネルの集合体である。1個のギャップ結合チャネルは蛋白質サブユニットの12量体からなり,6個のサブユニットが形質膜上で6角形状に配列してコネクソン(connexon)と呼ばれるhemichannelを形成する。そして隣接する細胞の形質膜が接する部位で,2個のコネクソンがその細胞外に突出した部分どうし接着して完全なチャネルを形成する。このチャネルの中心部には径1.5〜2nmの親水性の通路があり,イオンや低分子量物質を通過させる。精製したギャップ結合をSDS-PAGEで解析すると,肝臓では27K,心臓では44〜47Kの主要構成蛋白質が検出され,N末端アミノ酸配列の相同性から両者は類似した蛋白質であると考えられてきた。さらにこれらの蛋白質をコードしているcDNAの塩基配列より決定した。一次構造から,両者は相同性があり同じ遺伝子ファミリーに属することが明らかになった。そこでBeyerらはコネクシンという名称を再導入し,それにcDNAから推定される分子量(kDa)を付けて,コネクシン32,-43などと呼ぶよう提案した1)。現在ではこの名称が広く受け入れられつつある。

ギャップ結合の細胞化学

著者: 藤本和 ,   酒井眞弘 ,   小川和朗

ページ範囲:P.645 - P.649

 細胞化学とは,細胞および細胞下の微細構造cellularand subcellular structureレベルでの局所生化学topochemistryである。換言すれば,細胞内小器官の構造に即し,その生理学的機能ならびに生化学的特性を検討する方法である。したがって,ギャップ結合のように特異な構造をもつ細胞内小器官の微細構造と機能を検討する上において,細胞化学的アプローチは有用であると考えられる。現在までのところ,以下に挙げるように,ギャップ結合の機能を反映していると考えられる種々の細胞化学的な特性が明らかになってきた。1)ギャップ結合はcAMPあるいはCa2+代謝に関与する数種類の酵素活性を有する,2)チャネルが開いた状態にある親水性チャネルを細胞化学的に検出することは可能であり,その分布状態はCaイオンによって変化する,3)ギャップ結合の細胞質側は陰性に荷電している,4)ギャップ結合にはカルモジュリン結合部位が存在することである。また,近年,われわれは細胞化学的標識を施したギャップ結合試料を極低温電子顕微鏡(cryo電顕)で観察することによって,電子線損傷のない状態で細胞化学的標識の局在を巨分子レベルで検索している。本稿では,先に挙げたギャップ結合の細胞化学的な特性を概説するとともに,Cryo電顕観察によるギャップ結合の高次構造と細胞化学に関する最近の知見を紹介する。

ギャップ結合のバイオロジー

著者: 菅野義信

ページ範囲:P.650 - P.657

 神経系の電気シナプス,心筋の境界板,平滑筋のネクサス,上皮細胞や分泌細胞の細胞間連絡,いずれもギャップ結合と呼ぶ共通の細胞接合部の分化した特殊構造である。しかし従来,それぞれの研究者の研究基盤が異なるところから,共通の認識をもつまで少し時間が必要であった。近時ほぼ,この特集にみられるようにギャップ結合として包括できることはまことに喜ばしい。
 しかし,現在世界的なギャップ結合への研究の取り組みとしては,免疫の諸問題を含む分子構造と遺伝子の問題,電子顕微鏡による微細構造と細胞間チャネル蛋白粒子の生化学,チャネル蛋白粒子の開閉の制御,各種の異なる組織系に存在するギャップ結合の役割と意義に方向づけられている。

心筋細胞の細胞間連絡

著者: 入沢宏

ページ範囲:P.658 - P.661

 心臓の電気信号は洞房結節にはじまり心房筋房室結節プルキンエ線維をへて心室の作業筋に伝導する。心筋細胞は形質膜で囲まれているから,1個1個の細胞は独立している。では一つの細胞から他の細胞へ興奮伝導の起こる仕組みはどのようなものであるか。……という疑問は長く解決しなかったが,最近の形態学的ならびに生理学的研究からようやく結論が出ることとなった。独立した心筋細胞の中を興奮伝導が起こるのは,隣接する心筋細胞間に電気抵抗の低いギャップ結合があって,電流がこの部分を通り隣の細胞内へと流れることにより隣の細胞を脱分極させるという考えが支配的となった。
 この概念は生理学的には,(1)心筋の長さ定数を測るとmmのオーダーであって,それは明らかに1個の細胞の長径(約100〜150μm)より長いこと(Weidmann,1970),(2)細胞膜を通過しない螢光色素を心筋の一部に注入すると色素は1mm〜2mmにわたって拡散し得ること(Imanaga.1974),(3)放射性Kの拡散の実験などから明らかであったが,心筋束の研究では膜電流の測定が十分成功せずさらに細胞内液を一定に保つことが難しかったが,細胞分離の手法が普及するにつれて顕微鏡下に隣接する2個の細胞を観察できるようになり(paired cells),さらに一層電気生理的な分析的研究が進んだので,以下これについてまず述べることとする。

細胞増殖・分化および情報伝達とギャップ結合

著者: 榎本平

ページ範囲:P.662 - P.665

 1964年KannoとLoewensteinによって非興奮性細胞間の直接的連絡(細胞間連絡)が示されてすでに20数年が過ぎた1)。発見当初から多細胞生物におけるその機能的役割が注目をあつめ,その物質的実体が探し求められた。現在では細胞間接着部に存在するギャップ結合構造がその担手であろうと考えられており2),主要構成蛋白および遺伝子まで同定されている3,4)。しかし,ギャップ結合機能と細胞生理機能との因果関係が明確にされている生物現象は少ない。本稿では,細胞の増殖・癌化および分化におけるギャップ結合の役割の研究をふり返り,ギャップ結合の生理機能の解明の方策を探る。

実験講座

In situハイブリダイゼーション組織化学—神経研究への応用

著者: 塩坂貞夫 ,   遠山正弥

ページ範囲:P.667 - P.675

 in situハイブリダイゼーション(ISH)テクニックは,組織切片もしくは培養細胞上でmRNAの局在を証明する方法である1)。従来より神経活性物質の組織学的同定法として免疫組織化学法が盛んに用いられてきたが,これが蛋白合成の最終産物を同定するのに対し,ISHは合成の中間体を可視化する方法ということができる。したがって,特定のペプチド,蛋白質の前駆体mRNAを可視化することにより,その物質の合成が活発に行われているかいないかの判断の助けとなりうると同時に確実にその細胞が産生細胞であるという証拠になる。このような理由で,最近ISHを行う研究者が増えてきた。ただ,私どもの研究室では,プローブとなるcDNAを入手する際の困難さを考え,むしろ,合成プローブを用いた方法を主として行っている。この方法はUhl14)やYoung8)といった人達によって発展されたもので,この手軽さと感度の良さからお薦めできると考えている。
 一方,私どもの経験では長鎖の蛋白質前駆体に対するISHは,やはりcDNAあるいはこれに由来するリボプローブの方が感度の点ですぐれていると考えている。もし,合成プローブを用いてうまくいかなかった場合にはこれらの方法を試みる必要がある。
 私どもは分子遺伝学の分野で素人であるので語彙,表現が不適切な場合にはご容赦願いたい。

解説

精神と脳の接点

著者: 岸本英爾 ,   松下正明

ページ範囲:P.676 - P.687

 単細胞生物がこの地球と言う青い星に誕生してより,現在は30数億年たつとされている。この単細胞生物が地球に誕生してより,脳のある生物,すなわち脊椎動物の出現までに25億年の年月を要している。このような生物の進化史を見ると脳と言うものが地球上に出現すること自体,いかに大変な出来事であったかがうかがえる。
 脳の進化の研究の最近の成果によれば,今から5億年以上前のカンブリア紀にホヤの幼生に似た原始脊索動物が地球上に出現したとしている。この最初の脳の出現からヒトへと進化することになった原始的真猿への脳の発達までに約4億7000万年の月日を要している。プロコンスルと名付けられているドリオピテクス亜目の原始的真猿(図1参照)はアフリカの熱帯林に出現し,現在の人類の元をなしたとされるが29),ケニアのツルカナ湖の近くで発見されたその脳の体積は約300mlであり,その体重は45kgと見積もられている。この最初の人類の出現より現在まで約3000万年経過しているが,この間に人類の脳は約4倍にその体積を飛躍的に増加させた。そのもっとも体積を増やしている脳の部分は連合野と言われる脳野であると言われている(図2参照)12)。この間に人類は社会を構成し,道具,火を使い,言語,文字を獲得して文明を確立して行った。

話題

国際神経化学会議

著者: 辻崇一

ページ範囲:P.688 - P.689

 第12回国際神経化学会は,ポルトガルのアルガルブにあるアルファ・マーホテルの会議場で,4月23日から28日まで6日間に渡って開かれた。アルガルブはポルトガルの南端に位置し風光明媚な所である。
 出発前日の深夜までかかって仕上げたポスター,スライドをバッグに詰め込み,飛行機を乗継いで,ロンドン,リスボンを経由してようやく会場にたどり着いた。そこは,強烈な光線が紺碧の青い空から容赦なく降り注ぎ,家屋の白い壁,原色の花ばなや赤い土が目に眩しい所であった。目を南に転じれば,青い海が広がり,時たま気紛れに雨が降るものの,大気は概ね乾いており居心地の良い所であった。

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生体の科学 第40巻 総目次

ページ範囲:P. - P.

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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