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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学41巻3号

1990年06月発行

雑誌目次

特集 シナプスの形成と動態

培養ニューロン間でのシナプス形成と可塑性

著者: 平野丈夫

ページ範囲:P.164 - P.170

 神経細胞(ニューロン)の培養系は,各細胞を生きた状態で詳細に観察でき,また細胞への微操作や細胞内外の溶液の制御などが容易で,ニューロン間のシナプス形成・伝達およびその調節機構などを細胞・分子レベルで解析するのに適した系である。ところでニューロンの性質は個々のニューロンで大きく異なるため,研究の対象となっている細胞がいったいどのニューロンであるのか同定することはきわめて重要である。しかしながら多くの場合,培養下でのニューロンの同定は困難である。近年まで培養下において同定ニューロン間でシナプス形成をさせた報告としてはヒルやアメフラシといった無脊椎動物を用いたもののみであった1,2)。哺乳類においては同定可能なニューロンとして,脊髄後根のニューロン3)・交感神経節ニューロン4)といった中枢神経系外の神経節のニューロン,運動ニューロン5),大脳皮質の錐体細胞の一部6),小脳のプルキンエ細胞7-9),顆粒細胞10,11)などがあるが,同定ニューロン間におけるシナプス形成についてはほとんど報告がない。本稿では筆者らの研究対象であり,シナプス前・後両ニューロンが同定できる小脳の培養系に焦点をしぼり,プルキンエ細胞へ性質の大きく異なる興奮性シナプスを形成する顆粒細胞と下オリーブ核ニューロンが,培養下においてはどのようなシナプス形成をするかを述べ,さらに培養下で再現された顆粒細胞・プルキンエ細胞間のシナプス伝達の可塑性についても記述する。

シナプス発芽に関する最近の知見

著者: 小田洋一

ページ範囲:P.171 - P.178

 “Formation of new synapses is a likely basis forlearning-like Phenomena”とは固定された脳組織を眺め続けてきた偉大な解剖学者Ramon y Cajalの偉大な仮説1)である。脳の機能のなかでもっとも重要な学習や記憶のメカニズムに,シナプスの新生が含まれるであろうという考えはすでに100年も前からあったのだが,実験的にそれを証明することは大変難しいことであった。運動神経の側枝発芽2)や中隔核ニューロンでの側枝発芽3)に始まるシナプス発芽の実験的な証明の多くは,これまで除神経や脳に損傷を与えて入力の一部を破壊するという操作のもとでなされてきた4)。しかし,シナプス発芽は脳損傷などという通常生体が体験しない異常な条件でのみ起こるのであろうか?シナプス発芽に関する最近の知見で注目すべきものは,シナプスの発芽・新生はシナプスの形成段階はもとより,その維持あるいは学習・記憶をも含む本質的な脳機能にとっても大切な現象であるという報告である。ここでは除神経や脳損傷によらずに起こるシナプス発芽のいくつかを紹介し,それらがニューロン活動によって制御されていることを示す。

神経筋細胞培養におけるシナプスの形成

著者: 黒見坦 ,   嶋田裕

ページ範囲:P.179 - P.185

 培養における神経筋接合の形成に関する研究は,1960年代後半の器官および組織培養における先駆的研究1-3)にはじまる。さらに,神経および筋の細胞培養法の確立があり4,5),また両細胞の混合培養が行われた6)。このような混合培養で,神経筋シナプスの形成を示唆する形態学的所見の発表7,8)は生理学者の関心を集めるところとなり,このような接合が機能的であることが相次いで証明されるようになった9-12)
 次の段階としては当然シナプス形成機構の解明となるが,この頃より筋細胞膜におけるアセチルコリンレセプター(AChR)に特異的に結合するリガント(α-バンガロトキシン,α-BGT)の利用13),モノクローナル抗体作製法の開発,その他の技術の進歩(パッチクランプ法,急速凍結ディープエッジ法,螢光退色法など)があり,この方面の研究はより分析的にまた飛躍的に進められるようになった。

シナプスの細胞骨格

著者: 依藤宏 ,   廣川信隆

ページ範囲:P.186 - P.195

 神経細胞は高度に分化するとともに,機能的にも,形態的にも強い極性を示す細胞であり,細胞生物学的にみても興味ある系をなしている。ことにシナプス部位は,情報の伝達のために特殊に分化した部位であり,シナプス前部と後部でそれぞれ特徴ある機能を発揮している。ここでは高等動物の化学シナプスについて,その細胞骨格に関する話題を記すことにする。

大脳切片でのシナプス可塑性の研究

著者: 小松由紀夫

ページ範囲:P.196 - P.203

 大脳皮質の可塑性は発達期の視覚野においてもっとも詳しく研究されている。成熟動物の大脳皮質視覚野細胞は視覚入力に対して選択的に反応する。たとえば,直線の傾き(方位)や両眼視差に対する反応である。しかし,この反応選択性は,生まれたばかりの動物の細胞にはほとんどなく,その後の数カ月でほとんどすべての細胞に見られるようになる(Blakemore and Van Sluyters,1975;Buisseret and Imbert,1976)。この反応選択性が急速に発達する時期(感受性期)に視覚環境を人工的に制限すると,大多数の視覚野細胞がその期間に体験した視覚入力に選択的に反応するようになる(Blakemore and Cooper,1970;Hirsch and Spinelli,1970;Wiesel and Hubel,1965)。たとえば,縦の縞模様だけが見えるケージの中でネコを育てると,ほとんどすべての視覚野細胞が縦の方位選択性を持つようになる。また,片眼を縫合すると,その目に対する反応はほとんどなくなり,大多数の細胞は開いていた方の目に対してのみ反応するようになる。
 視覚野細胞の反応性の解析から,視覚体験が視覚反応に与える影響や可塑性の持つ機能的意義については多くの知見が得られてきた。

移植ニューロンのシナプス形成

著者: 上田秀一

ページ範囲:P.204 - P.210

 中枢神経組織の移植実験は,ニューロンの分化,成長および再生機構解明のための有効なアプローチとして発展してきた。また,新たな神経組織を移植することにより,低下・脱落した中枢神経機能が改善・回復されることから,この種の実験が中枢神経機能の解析を目的とした研究においても注目されている。
 脱落した機能の移植による回復は,移植組織の宿主への生着,神経線維の発芽,標的部位の選択,宿主脳内での線維分布の再構築,シナプス形成による神経回路網の完成という一連のdonor-host間の相互作用の過程を基礎として起こされる。

連載講座 新しい観点からみた器官

線維芽細胞による非炎症性,非免疫性の,静かな生体防御反応

著者: 藤田尚男

ページ範囲:P.211 - P.218

 線維芽細胞(fibroblast)には,毒性のない,消化し得ない,しかし捨て場に困る小さい異物を,細胞体や突起の中にどっさり取り込み,炎症や免疫反応を起こすことなく,ほとんど動くことなく,永久にその位置に留まる性質がある。私はこれを「線維芽細胞による非炎症性,非免疫性の,静かな生体防御反応(non-inflammatory and non-immunological defense reaction by fibroblasts)」と呼んでいる1-3)。その典型的な例が,いれずみ(刺青)(tattoo)である。この現象について解説してみたい。方法はまったく古典的であるが,ある程度の示唆は含んでいよう。なお念のために,線維芽細胞と大食細胞(macrophages)とは,まったく別種の細胞であることを付け加えておきたい。

実験講座

ポリ-L-アスパラギン酸を利用した微小管付随タンパク質の新しい分離・精製法

著者: 藤井敏弘 ,   新井孝夫

ページ範囲:P.219 - P.224

 真核細胞に広く存在する微小管は,外径24nm,長さ数μm~数mmの管状構造を持つ細胞骨格の一つとして知られている。形態分化や分化した形態の維持といった細胞骨格としての機能の他に,繊毛・鞭毛運動や細胞分裂時の染色体移動,細胞内物質移動,分泌,トランスメンブランコントロールなどの多様な生命現象に関与している。微小管は主成分のチュブリン(分子量53~55kDaのα,βサブユニットのヘテロダイマー)以外にMAPs(microtubule-associated proteins;微小管付随タンパク質)と総称される成分から構成されている1)
 チュブリンは種間の構造差が少ない進化に保守的なタンパク質であるのに対し,MAPsは同一種,同一細胞においても多種類みられ,しかもそれらの局在が著しく異なっている。これらのことは微小管の機能の多様性にこれらのMAPsが重要な役割を果たしていることを示唆している。本稿においては,最近著者らが開発したポリ-L-アスパラギン酸への親和性を利用した哺乳類動物脳MAPsの新しい分離法について紹介したい。

解説

細胞周期の制御:M期開始の分子機構

著者: 山下茂

ページ範囲:P.225 - P.232

 増殖しつつある細胞はDNAの複製と細胞分裂とを交互に行っている。この周期を細胞周期と呼び,DNAの複製の準備期にあたるG1期,DNAの複製を行うS期,細胞分裂の準備期であるG2期,細胞分裂期であるM期が区別される。このうちM期においては,染色体凝縮,核膜消失,分裂装置の形成,染色体の分配などの大きな形態学的変化が観察されるため,古くから生物学者の興味を惹き,M期の開始についての制御機構に関心がもたれた。
 M期開始機構の研究はM期開始因子の研究を中心に発展したが,これには大別して二つの研究の流れがあった。一つは1970年頃から始まったM期開始因子の生化学的研究であり哺乳類培養細胞およびカエル,ヒトデなど両棲類や海産動物の卵成熟,卵割の系が主として用いられた。もう一つの流れが,1970年代半ばに始まったM期開始因子の遺伝学的研究であり,これは主として酵母を用いて行われたが,やがて哺乳類培養細胞にも研究対象が広げられた。

上皮細胞の微絨毛とその形成異常

著者: 上里忠良

ページ範囲:P.233 - P.237

 細胞の外側を構成する生体膜は細胞を環境から保護するのみでなく,生体の生命維持にも非常に積極的に機能している。驚くほどに高度に機能していて現存の生命体にとって不可欠なものである。小腸細胞や腎細胞は管腔側に微絨毛と呼ばれる小突起の構造を多数保持し,いわゆる細胞の“極性”をつくっている。このような微絨毛形成は他の多くの上皮系細胞にも見られる。

話題

リンパ球の神経支配

著者: 齋藤紘昭

ページ範囲:P.238 - P.240

 細胞を固定細胞群と自由細胞群に二分すると,脱核赤血球と有核白血球は典型的に後者に属する。これらの血球は細胞間質の血漿中に浮遊し,脈管という大枠内で流動的に目的領域に到達する。
 不動の固定細胞群に対する神経調整機構の存在は現在では広くうけいれられている。たとえば骨格筋や平滑筋にはそれぞれ脊髄神経や自律神経が分布する。それに対して自由細胞に対する神経系要素の影響は,もしあるとすれば体液を介した間接的なものによるものであろうとされ,固定細胞群で観察される直接的な細胞―神経終末の関係はまだ確立されていない。しかし,有核白血球,とくにリンパ球の細胞表面にアドレナリン受容体の存在が明らかになるにつれて(Coffey and Hadden, 1985;Fuchs, et al.,1988),体液性による稀薄なアドレナリンを受けるよりは,より直接的な受容様式機構の存在が期待され始めた。血球は脈管内を早いスピードで移動するので,通常の内皮を有する脈管では直接受容の形態学的機構は成立しなく,成立するとすれば流速速度が低下する“場”以外にないと推定される。

萩原生長先生を偲びながら―第19回北米神経科学会で見たこと考えたこと

著者: 黒田洋一郎

ページ範囲:P.241 - P.243

 〔第19回北米神経科学会〕
 ■見たこと
 第19回北米神経科学会はフェニックスで1989年10月29日から11月3日まで開催された。参加は約1万1,000人。アリゾナ州の中心で,コンベンション・センターは大きなものを持っているフェニックスだが,ホテルなど滞在施設は十分でなく,遠いホテルで満員のシャトルバスに乗れずイライラした方も多かったようである。私も案の定,隣町(!!)のホテルを割り当てられ,一応レンタカーを借りておいたので,一泊だけでそうそうにチェックアウトし,会場のすぐ近くの安モーテルに引っ越した.便利になった上に,ホテル代の差額だけでレンタカー料金どころか食費も出て,自腹を切って参加した私には禍転じて福となった。
 演題数は今回8,000題を越え,前にも書いたことだが1)「大きい。ともかく見るだけでくたびれる」がいつもならぬ印象である。1990年1月1日からの10年を米国は“Decade of the Brain”2)と名付けて脳研究に国家レベルで力をいれることが決定されたので,この学会はその中心学会としてますます大きくなるだろう。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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