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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学42巻1号

1991年02月発行

雑誌目次

特集 脳と免疫

神経系と免疫系の関連―とくに精神機能と免疫機能の関連について

著者: 藤田道也

ページ範囲:P.2 - P.5

I.神経免疫学と精神神経免疫学の進歩
 神経系と免疫系の関連が着目されるようになってからかなりの時が過ぎたと思われる。というのは,すでに1983年に脳ないし神経系と免疫にふれた論文数が年間800をこえているからである。同主旨の論文は8年後の1990年には約2倍にふえている(図1)。高次神経機能が関与すると思われるストレスと免疫機能の関連にふれた論文は1983年には全体の1/8であったが,1990年には1/6強にふえている。これらにくらべて絶対数でははるかに少ないが,neuroimmunology(神経免疫学)という用語を用いた論文は1983年には一桁であったものが1990年には二桁約10倍の伸びを示している(図1)。これは1981年にJ. NeuroimmunologyがElsevierから創刊され,1982年には神経免疫学者による初めての国際会議が開かれたことからみれば当然であり,論文数が二桁ではむしろ進歩が遅れているとも言える。同様に,psychoneuroimmunology(精神神経免疫学)という用語を用いた論文もこの間に10倍の増加を示している。ストレスと免疫の関連が古く1920年頃から研究され始めたことを考慮すると精神神経免疫学という用語が認知され始めたのはきわめて最近のことであると言わねばならない。

痛みによる免疫反応の促進

著者: 藤原良一 ,   横山三男

ページ範囲:P.6 - P.11

 疼痛は,末梢における痛覚器官から一次ニューロンにより脊髄後核に入り,視床後膜側核までの二次ニューロン,さらには大脳皮質の知覚領への三次ニューロンによって伝達される。一方,痛覚には精神的要素も加わり,その発現を複雑にしている。しかし,痛覚の発現機序やその抑制などについての研究は枚挙にいとまないが,痛覚の合目的性についての論文はほとんどみられない。たとえば,動物(人間も含めた)が痛覚を予期することによって多くの危険から身を守る術を学習してきたように,痛覚は生体を防御する機構の中で実に合目的な役割を果たしている。すなわち,日常行動においても,その失敗が疼痛を負荷される場合がある(熱いヤカンに触れることなど)ように,疼痛は学習の強化因子として働いている。
 さらに,疼痛部位を認識することによって病巣保護にも役立っている。この場合も,病巣の再刺激によって負荷される疼痛と,それに伴う不快感を強化因子とした学習の効果によるものである。それゆえに,痛覚は物理的要素と,精神的要素を合わせもった生体防御系として恒常性の維持に役立っている。すなわち,初めての刺激は皮膚の感覚器官を通じてin putされるが,2回目からは学習の効果により五感を働かせてこの刺激を予知し身構えるdefenseやoffenseの行動をとるようになる。このことは,痛覚は神経学的には危険信号の伝達であるが,情動的にはストレッサーと考えられる。

脳・免疫系連関における交感神経系の役割

著者: 堀哲郎 ,   片渕俊彦

ページ範囲:P.12 - P.16

 いろいろな社会心理的ストレスは脳を介して免疫系を修飾する。この中枢神経系による免疫系の修飾機序として当初は,内分泌系を介する免疫系の制御が研究者の注目を集めた。それは糖質コルチコイドや,ACTHおよびβ-エンドルフィンなどの下垂体前葉ホルモンが,免疫反応(TおよびB細胞の増殖,インターフェロン-γの産生,ナチュラルキラー細胞活性など)を修飾することや,免疫担当細胞における各種ホルモンに対する受容体の発見などがあったためである。ところが,内分泌系による制御だけでは説明がつかない知見が次々と報告された。たとえば電気ショック時に起きるphytohemagglutinin(PHA)に対するリンパ球幼弱化反応の抑制は,副腎あるいは下垂体を摘除したラットにおいても見られる10,17)。また,条件付けによって起こる免疫反応抑制が必ずしもコルチゾールの分泌変化と相関していないこと3)なども明らかになった。
 一方,最近,一次および二次リンパ器官を支配する自律神経系の形態像が詳しく解析され,とくに,交感神経のノルアドレナリン(NA)線維が動脈の周囲だけでなく,実質内のリンパ球が多数存在する領域にも分布することが見出された。機能的にも交感神経はリンパ球の分化,成長,増殖,遊走性などに影響を及ぼすことを示唆する知見も得られた。

IL-1(interleukin-1)とTNF(tumor necrosis factor)による神経細胞イオンチャネルの制御

著者: 澤田正史

ページ範囲:P.17 - P.22

 生体は神経系,免疫系さらに内分泌系といった生体防御系を有しその恒常性を維持している。最近,神経系と免疫系との間には共通の伝達物質および受容体が存在し,両系がお互いに影響しあっていることが明らかとなりつつある。生体は外界からのウイルスや細菌などの異物の侵入に際して,発熱,睡眠,食欲減退と言った種々の中枢神経症状を示し,速やかに対応する。近年,これらの中枢神経症状の発現は免疫担当細胞であるマクロファージ単球系によって産生される種々のサイトカイン(interleukin-1,IL-1;腫瘍壊死因子,tumor necrosis factor,TNF)の中枢神経系への直接作用によることが明らかとされつつある1-4)。このように,本来免疫刺激物質として発見されたIL-1,TNF,インターフェロン(INF)などのサイトカインは,免疫系のみならず中枢神経系にも作用して種々の生理的反応を起こしている5,6)。本稿ではとくにIL-1とTNFの中枢神経系への作用に関連し,その神経細胞膜レベルでの作用機序について電気生理学的,薬理学的に解析した筆者の最近の実験結果を中心に記述してみたい。

脳におけるクラスⅡ抗原発現細胞とその役割

著者: 松本陽

ページ範囲:P.23 - P.27

 かつて中枢神経系は免疫応答の起きにくい臓器である1)と考えられたこともある。しかし,最近の報告によれば,中枢神経は皮膚や消化管などの臓器とは異なったユニークな免疫応答を行うことが明らかになりつつある。さらに免疫系自体にも種々の信号を送っていることもわかってきている。
 このレポートでは中枢神経の免疫能を主要組織適合抗原クラスⅡ抗原(Ia抗原)に焦点をあてながら考えてみたい。Ia抗原***はT細胞が抗原認識する際のキーとなる分子で,この分子の発現様式や発現細胞を解析することは局所免疫応答調節機構を知る上でかかせない。まず,Ia分子の機能とIa陽性細胞に関する一般知識を紹介したあと,中枢神経における種々の病態でのIa陽性細胞の役割について述べる。

神経系と免疫系に共通の抗原としての糖脂質

著者: 楠進 ,   永井克孝

ページ範囲:P.28 - P.32

 糖脂質・糖蛋白質などの複合糖質分子は細胞表面に表現され,いわゆる「細胞の顔」として細胞同志の認識や接着に重要な役割を果たすと考えられている。また発育や分化に伴って表面抗原としての複合糖質が変化することが知られており,細胞の悪性化や活性化のマーカーとしても用いられている。
 これらの複合糖質分子のなかには神経系と免疫系に共通する抗原として知られるものがある。神経系と免疫系は情報を伝達し,外部の情報を識別して反応するという点で共通した機能をもっている。機能の類似した両システムにおける共通抗原の存在は,両者の情報処理に関与する分子メカニズムの共通性を反映したものである可能性がある。また共通抗原に対する免疫現象を介して,神経系と免疫系が相互作用している可能性もある。共通抗原を手がかりとした研究は,いわゆる免疫性神経疾患(免疫異常が病態の基礎にある神経疾患)の解明につながることも期待される.この項では複合糖質なかでも糖脂質に焦点を当てて神経系と免疫系の共通抗原を紹介する。

脳の免疫性接着因子(Igスーパーファミリー)

著者: 阿相皓晃 ,   植村慶一

ページ範囲:P.33 - P.39

 神経系の細胞表面に存在し,細胞―細胞や細胞―基質分子間に関与するさまざまの分子は現在細胞接着因子と総称され,異なる三つの遺伝子ファミリー群に分類されている。すなわち,①カドヘリンに代表されるようなカルシウム依存性接着分子群,②インテグリンの総称名で知られる細胞表面レセプター群,③NCAM,L1に代表されるカルシウム非依存性の細胞接着分子群でこのグループは免疫グロブリン(Ig)分子骨格とアミノ酸配列の相同性を持ち免疫グロブリン(Ig)遺伝子スーパーファミリーと呼ばれている。
 本稿では,脳・神経系に存在するこれら免疫グロブリンスーパーファミリー群について最近の知見を解説した。

臨床的にみた中枢神経系の自己免疫疾患

著者: 高昌星 ,   柳澤信夫

ページ範囲:P.40 - P.43

 免疫は外界からの病原体に対する宿主の防御反応であるのみならず,生体を制御するシステムであり,生体では常に「自己」と「非自己」認識が行われている。中枢神経系には元来リンパ系組織が欠如しており,さらに血液脳関門の存在でも知られるように,脳は一種の隔絶抗原とされており,通常の状態では脳物質がリンパ網内系に接することはなく,免疫学的barrierがあるといえる。一方こうしたbarrierにより隔絶された中枢神経系ではあるが,脳物質そのものの抗原性は強く,いったん感作された場合には強い自己免疫反応を示すことは古くから知られている1,2)。ワクチン免疫や感染症の後に中枢神経系の自己免疫疾患が惹起されることは,ワクチン接種後脳脊髄炎や感染後脳脊髄炎として有名である。
 多発性硬化症はヒトの中枢性脱髄性疾患の代表であり,髄鞘が一次的におかされ,軸索のよく保たれることが特徴とされる。その病因は現在なお不明で,仮説として,①ウイルス感染症,②自己免疫疾患,③その両者の合併が提唱されてきたが,中枢神経系の自己免疫疾患であるという説が,現在もっとも支配的である。本稿では中枢神経系の自己免疫疾患としての脱髄性疾患の自己免疫現象3)につき臨床的側面を中心に述べる。表1に中枢神経系の自己免疫疾患の概要を示した。

神経栄養因子としてのサイトカイン

著者: 田平武

ページ範囲:P.44 - P.47

 サイトカインは主にリンホカインとしてリンパ球あるいはマクロファージが産生し,主としてリンパ球に作用する免疫系のchemical mediatorとして研究されてきた。しかし,その産生細胞も標的細胞も免疫系に限らず広くわたっていることが明らかになるにつれて,サイトカインと呼ばれるようになってきた。実際サイトカインの多くが神経系でも作られ,また,神経系に対する様々な作用を有していることが明らかになってきた。ここではサイトカインの神経系に対する作用,とくにその神経栄養因子としての作用について解説する。

連載講座 新しい観点からみた器官

破骨細胞―その研究のながれ

著者: 田中栄 ,   黒川高秀 ,   須田立雄

ページ範囲:P.49 - P.56

 古典的な意味での骨格とは,生体の支持組織としての骨格であり,その役割は生体の形状を保ち,内臓を保護することであると考えられていた。たしかに成長期のモデリングが終了すると骨はその形態をほとんど変えず,あたかも静止しているかのように見える。しかしたとえば骨折の治癒過程を見ても明らかなように,骨組織はいったんそのような病的状況が生じると再び活発に活動を開始する。また生理的にも骨組織は決して静止している訳ではなく,常に吸収と形成を行っており(リモデリング),これらのバランスのなかで生体の形状が保たれている(図1)。このように動的なものとして見た場合,骨組織が非常に特殊な組織であることに気づく。骨組織は,損傷をうけても正常な治癒過程をたどれば瘢痕を残さずに治癒するという点で非常に特殊である。またその治癒過程において,力学的な要請に応じて骨はその形態を変化させてゆき,本来の姿に戻ろうとする。このように骨組織とは非常に柔軟性に富んだ組織である。視点をマクロからミクロな立場に移すと,骨のリモデリングの中心となっているのは骨芽細胞,破骨細胞と呼ばれる二種類の細胞である。字のごとく骨芽細胞は骨の形成,破骨細胞は骨の吸収を司っているのであるが,最近の研究によってこれらは独立に働いているのではなく,互いに深くかかわり合いながら骨の改変を行っていることが明らかとなってきた。

実験講座

一酸化窒素電極

著者: 渋木克栄

ページ範囲:P.57 - P.63

 近年一酸化窒素はEDRFの主要な成分であると同定された1,2)。また,血管内皮細胞の他でも,全身の種々の組織において産生され,重要な生理機能を担っていることが判明しつつある3-6)。中枢神経系では小脳で発生することが証明され7,8),さらに一酸化窒素合成酵素は免疫組織化学的研究により小脳以外の脳部位にも存在することが確認された9)
 一酸化窒素の生理学的研究には優れた検出法を用いることが必要である。当初は血管平滑筋に対する弛緩作用や1,2),cGMPの産生を促進する作用をメルクマールとした,バイオアセイが使用された4,6-8)。また,一酸化窒素はアルギニンから作られるが,その際の副産物であるシトルリンの生成より間接的に測定することも行われた4,8)。しかしこれらの測定法は必ずしも高い時間分解能をもつものではない。また,一酸化窒素はきわめて酸化されやすく,とくに生体中ではO2-と反応して数秒の半減期で消滅してしまう7)。これらの理由により脳組織中に生じた一酸化窒素を検出することは必ずしも容易ではなかった。

成熟哺乳類脳神経細胞の初代培養法

著者: 緒方宣邦

ページ範囲:P.64 - P.73

 種々の中枢神経機能の発現は,多くの場合,イオンチャネルの活動の変化によって引き起こされる。したがって,中枢神経細胞におけるイオンチャネルの働きの解析は,各種中枢神経機能の生理学的あるいは薬理学的研究にとってきわめて重要なものである。イオンチャネルはその性質上二つのタイプに大別することができる。一つは受容体に結合し神経伝達物質によりその開閉がコントロールされているもの(受容体結合チャネル)であり,もう一つは膜電位の変化により活性化されるもの(電位依存性チャネル)である。一般的に,前者は膜電位の変化には反応せず,逆に後者は化学物質には感受性を持たない。しかしながら,最近の多くの研究は,この原則が必ずしも成り立たないことを示している。中枢神経細胞に生体内活性物質あるいは薬物が作用する場合,その作用標的としては大きく二つの場合に大別できる。第一は神経伝達機構そのものに作用する場合であり,第二は神経伝達以外の部位に働く場合である。前者の場合においてはその作用点としてシナプス前,シナプス後の多くの部位が考えられるが,多数の生体内あるいは生体外物質が直接に受容体結合イオンチャネルの働きを修飾することが明らかになりつつある。後者の代表的な例としては種々の電位依存性イオンチャネルが考えられるが,いずれにしてもイオンチャネルは生体内活性物質や薬物の重要な作用標的であると考えられる。

話題

最近のガラパゴス諸島―進化論のテキスト

著者: 森田之大

ページ範囲:P.74 - P.76

 明らかに噴火口とわかる大小の陥没,隆起した岩礁,石と砂の乾いた台地,地の果てかとも思われる島々,これが進化論の島だったのか,という驚き。1990年6月から7月にかけてガラパゴス諸島を訪れた時の第一印象である。
 南米大陸の西海岸,エクアドルのグアヤキールから真西へ1,000キロ,ジェット機で1時間半,赤道直下に点在する14の島々からなる群島。島の間の海流が早く,陸棲の動物が簡単に移ることはできない。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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