icon fsr

雑誌目次

雑誌文献

生体の科学42巻6号

1991年12月発行

雑誌目次

特集 細胞活動の日周リズム

日周リズムからみた細胞の微細形態

著者: 内山安男

ページ範囲:P.564 - P.570

 生体の細胞,組織,血液などを検索すると,“時間”に関連した多くの変化が見出される。この時間に伴う変化は,時に私たちの想像をはるかに越える変動域を有し,生体の機能,形態レベルで認められることがある。生体に認められる多くの変化はおおよそ24時間の周期(20~28時間周期,日周リズムcircadian rhythm)を持つことが知られている。生体の様々なレベルで検出される日周リズムは,細胞の機能発現が24時間周期で起きていることを示している。
 実験動物を恒温恒湿,明暗12:12時間の環境下で3週間飼育(飼料,水は自由摂取)した後,灌流固定し通常の電子顕微鏡標本を作成する。同標本を用いて,細胞の微細構造の動態を検索すると,細胞体,核,個々の細胞内小器官の量的なあるいはそれらの分布様式の変化を捕えることができる。電子顕微鏡像の解析にはWeibelら1)が開発したPoint-counting法が有効である。微細構造の日周リズムは肝細胞で最初に報告された2)。本稿では,日周リズムの観点から解析したラットの様々な組織細胞の微細構造の動態と,この解析によって得られた組織間の関連性について概説する。

ライソゾーム変動からみた網膜色素上皮細胞の日周リズム

著者: 齋藤多久馬

ページ範囲:P.571 - P.578

 光刺激の受容に働く網膜視細胞は,光刺激を電気活動に変換する動物にとって大変重要な感覚細胞である。この機能のため視細胞はきわめて分化した特殊な形態に進化し,核を含む細胞質から網膜の内側に伸びる突起の先端は双極細胞との間にシナプスを形成し,外側にはミトコンドリアや小胞体を豊富に含む内節が位置しており,これより結合線毛を介して外節に連なっている。外節には約95~100枚の円板膜が含まれ,各円板膜には10,000のロドプシン分子が含まれているものと推定されている。視細胞には桿状体細胞と錐状体細胞を区別するが,桿状体細胞の膜性円板は原形質膜から独立して重層しているのに対して,錐状体細胞では原形質膜との連続が保たれている点がとくに異なっている(図1)。

松果体細胞形態の日周リズム

著者: 松嶋少二 ,   阪井裕子 ,   平義樹

ページ範囲:P.579 - P.584

 近年,哺乳動物松果体のホルモンと目されるメラトニンの日周リズムに関する生化学的研究が著しく進展し,それとともに,哺乳動物松果体における日周リズムの形態学的研究もしばしば試みられるようになった。しかしながら,今日まで松果体リズムの形態学的研究に用いられた動物はなお少数の種に限られており,松果体の形態学的日周リズムの問題を哺乳動物全般にわたって総括するにはなお多くの時間が必要と思われる。
 私どもは,計量形態学的研究に適するという単純な理由から,これまでマウスなどの小動物を用いて松果体リズムの形態学的研究を進めてきたが,その結果,とくにマウスでは,分布神経,血管や血管周囲腔および松果体細胞など松果体組織の構成要素がいずれも顕著な日周リズムを示すことがわかった1-3)。さらに,最近,野生マウスを除く多くの系統のマウスの松果体にはメラトニンが存在しないことが知られるに至り4,5),この動物は松果体の形態学的日周リズムの意義を理解するうえに重要なモデルであることが明らかになった。ここでは,マウス松果体細胞の形態学的日周リズムとその神経性調節に関する私どもの成績を中心に最近の観察所見も含めてまとめてみたいと思う。

分離松果体細胞の日周リズム

著者: 村上昇 ,   黒田治門 ,   江藤禎一

ページ範囲:P.585 - P.588

 多くの生物は地球の自転にほぼ等しい約24時間の周期を持つ生物時計を有し,生体の諸機能の周期性と調和を維持している。自然界においては通常このリズムは昼夜の変化に同調し,昼に活動する昼行性動物と夜に活動する夜行性動物などに分かれる。これまでの研究を通じて,この生物時計は一部の例外を除いては,鳥類では松果体に哺乳動物では視交叉上核に局在すると考えられている1)。事実,この両者の器官を生体から切り放し細胞に分離しても,培養下においてこの細胞から分泌されるホルモンはおよそ24時間のリズムを継続する2,3)。このことは,分離された細胞中に時計の発振機構が保持されていることを示している。ここ数年の間に,これらの細胞を用いた時計機構の解析が試みられるようになってきた。本稿ではトリの松果体細胞での時計機構に関わる最近の知見を紹介する。

視交叉上核細胞の日周リズム

著者: 井上慎一 ,   篠原一之 ,   冨永恵子 ,   福原千秋 ,   徳増亜古

ページ範囲:P.589 - P.595

 I.脳のリズム
 脳の細胞は様々な周期的変動にさらされ,また周期的変動を示す。脳から生じている微弱な電場の振動は脳波として知られているが,脳のリズムは脳波にとどまらない。単一ニューロン活動の記録に時々見られるほぼ等間隔のスパイク発射は秒程度のリズムであり,脳の全体的な指標である睡眠・覚醒状態は分単位で交代するリズムを示す。1日のうちで特定の時間に脳の特定の活動が高まったり,特定の種類の行動を誘起したりする現象は日周期のリズムであり,生物個体の季節変動や,年周期のリズムの基礎にはホルモンを支配する脳の活動の年周期のリズムがある。このように脳は周期的に活動を変えることで多様な機能を効率的に果している。
 われわれの研究グループは脳の日周変動,サーカディアンリズムについて研究を続けてきた。それは臨床的な重要性もさることながら,サーカディアンリズムがどの生物にも共通した様式を持ちもっとも普遍的に見られ,その上,性周期のような数日周期や季節変動のような年周期のリズムの基礎にもなっているからである。また脳のサーカディアンリズムは直接行動のリズムと結びついているので行動と脳との関係を理解するプロトタイプとしても重要である。

下垂体前葉ホルモンの日周リズム

著者: 本間研一

ページ範囲:P.596 - P.599

 下垂体前葉ホルモンの合成・分泌には24時間リズムが認められ,1日の決まった時刻に下垂体および血中のホルモンレベルが最高となる1)。この日周リズムは下垂体前葉ホルモンの合成・分泌を調節している視床下部ホルモン分泌の日周リズムによるところが大きく,下垂体前葉細胞自身に日周リズムが存在することの決定的な証拠はない。ここでは代表的な下垂体前葉ホルモンである副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)の日周リズム発現機構について述べる。

副腎髄質へのアミン取り込みの日周リズム

著者: 平野鉄雄 ,   永井克也 ,   板東武彦 ,   中川八郎

ページ範囲:P.600 - P.603

 視床下部―下垂体―副腎皮質系の活動に日周リズムが存在することはよく知られているが,交感神経―副腎髄質系の日周リズムについての報告はそれほど多くない。血中アドレナリンは,ヒトで夜間に高値を示すが,ノルアドレナリンは日周リズムを示さない1)。血中のドパミンβ-水酸化酵素(DBH)は,交感神経終末からノルアドレナリンとともにexocytosisで血中に放出される2)。このDBHを交感神経活動の指標として,その日内変動を調べた報告によると,ヒトでは午後3時ころに単一のpeakを示す3,4)。これは活動期の後半に,交感神経活動が高まっていることを示している。
 そこで,副腎髄質細胞の機能に日周リズムが存在するかどうかであるが,副腎髄質細胞はチロシンやフェニールアラニンを材料として取り込み,チロシン水酸化酵素(TH),ドパ脱炭酸酵素(DDC),DBH,フェニルエチルアミンN-メチル転移酵素(PNMT)により,ドパミン,ノルアドレナリン,アドレナリンの順で合成される。合成されたこれらのカテコールアミンは,クロム親和果粒に貯蔵される。節前線維終末から放出されたアセチルコリンにより髄質細胞が脱分極され,Caイオンが流入すると開口分泌により放出される。放出されたカテコールアミンは交感神経節後終末や副腎髄質細胞自体に取り込まれ,またモノアミン酸化酵素(MAO),カテコール-O-メチル転移酵素(COMT)によって不活性化される。

下垂体からの成長ホルモン分泌のリズム

著者: 嶋田修 ,   嶋田―登坂久美 ,   石川春律

ページ範囲:P.604 - P.609

 1976年Tannenbaumら1)は無麻酔,無拘束の雄ラットを用いてカテーテルから連続的に採血し,血中成長ホルモン(GH)がほぼ3時間ごとに拍動的に上昇することを示した。これは下垂体前葉からのGH分泌がリズミカルに起こっていることを表すものである。このGHの分泌リズムは視床下部からのホルモンであるソマトスタチン2)と,1982年に発見同定されたGH放出ホルモン(GRH)3)によって生ずるものと考えられているが,そのメカニズムについてはいまだ十分には解明されていない。われわれはGH分泌についての従来の報告を実験的に確認するとともに,分泌調節のメカニズムについて若干の検討を加えているので,ここでその結果を含めてGH分泌のリズムを総説する。

腎臓,小腸酵素の食事性調節機構

著者: 今井圓裕 ,   野口民夫 ,   田中武彦

ページ範囲:P.610 - P.613

 摂食行動とは食物を摂取,消化,吸収することにより,生体維持のためのエネルギーを得ることが目的であるが,摂食量,摂食時間がたとえ不規則であっても生体のエネルギー代謝のホメオスターシスは維持される。たとえば,摂食後の過剰なエネルギーはグリコーゲンや脂肪として蓄積され,逆の場合には,グルコース,脂肪酸,アミノ酸などが,放出されることによりもっとも重要なエネルギー源である血中グルコースの値はほぼ一定に保たれる。このホメオスターシスの維持に大きな役割を果たしているのが様々な酵素である。より具体的にいえば,これらの酵素は絶食,飽食などの環境の変化に対応してその活性を変化させ,エネルギーの蓄積と放出,つまり糖代謝についていえば糖新生と解糖というまったく逆の代謝の流れを調節する。これらの調節過程には,ホルモン,自律神経,および,体内時計などの因子が複雑に関与している。
 本論文では,食事性の調節を受ける酵素のうちL型ピルビン酸キナーゼ,ホスホエノールピルビン酸カルボキシキナーゼ,および小腸の二糖類消化酵素について最近の知見を交じえて述べる。

連載講座 新しい観点からみた器官

下垂体―その複雑な構成の生物学的意義

著者: 黒住一昌

ページ範囲:P.614 - P.624

 下垂体は人体諸器官の中で,比較的小さなものの一つである。しかしその形態学的構成の複雑さは古くから知られており,さらに分泌するホルモンの種類は,前葉6種,中間部1種,後葉2種が古典的ホルモンで合せて9種,その他に下垂体に存在するとされている神経ペプチドやその他のホルモン様物質は,研究の進歩とともに日日その数を増していく状況にある。下垂体はなぜこのように構造も機能も複雑なのであろうか。この疑問に対する明快な解答は,今日まだ得られていないが,現在までの所見と考えをまとめて,将来若い方々がこの領域の研究を飛躍的に増進させるための踏台の一つに供したいと思って,筆をとった。

実験講座

クライオ電顕による生体分子の構造観察

著者: 豊島近

ページ範囲:P.625 - P.630

 低温電子顕微鏡の歴史は20年以上になるが,この方法が生物試料に応用されて目覚ましい成果があがるようになったのは,ここ数年のことに過ぎない。たとえば,バクテリオロドプシン1),高等植物の光合成系2),バクテリアのポリン3),といったものでは,二次構造やアミノ酸残基の同定まで可能になっている。このような高分解能の構造解析が可能になったのは,低温技術の導入によるところが大きい。試料は糖やタンニン酸に包埋され,低温(-130℃以下)で観察される。試料は無染色であるために電子線損傷が激しく,低温での観察が必須である。残念なことに,水和したものの電子線損傷は乾燥したものに比べて格段に大きいので,高分解能で水和したものを室温で観察できる可能性は小さい(ただし,観察に必要な電子線量は分解能の関数であるから,分解能を限ればもらろん可能ではある)。
 電子顕微鏡で生物試料を観察するときの主要な問題点として,1)試料を真空中で観察する必要があること,
 2)試料の電子線散乱能が小さいこと,
 3)試料が電子線損傷を受けやすいこと,
の3点があげられる。電子線損傷を軽減するために,高加速電圧,写真乳剤の最適化,といった幾つかの方向が探求されたが,顕著な効果があったのは低温の利用であった。低温の利用は,さらに,まったく新しい可能性をももたらした。

脳切片培養

著者: 飯島敏夫 ,   柳沢恵美子 ,   海野千絵子 ,   市川道教 ,   松本元

ページ範囲:P.631 - P.638

 培養細胞系を用いた神経研究は古くから行われている。しかし生理学的意義がそれらの系で重視されるようになったのは比較的最近のことのように思われる。それは培養技術の進歩とその系に適用する解析技術の進歩の両方に負うていよう。生理学は生体で起こっている現象を説明するための学問であるから,その研究にはでき得る限り生体に近い状態の標本を扱うことが要求される。しかし実際上,優れた解析法がそのような理想系に適用できない場合は多々ある。必ずしも生体系と同一である保証のない培養細胞系を用いる理由づけの一つはそこに求められよう。したがって培養細胞系を用いた研究は常に正常組織での研究と相補的な関係で進行すべきものである。
 神経回路の働きを十分に理解する上でもその中に含まれる個々の神経細胞の特質を十分に理解することが必要である。そこには細胞内情報伝達といったテーマも含まれる。このような研究目的に培養細胞系を用いるのはきわめて有効である。高次神経系を対象とした生理実験の難点の一つは測定にかかった細胞の特定であろう。個々の細胞が確認できる培養系ではこの問題は解消される。また,培養系に移せれば標本を数日~数カ月の単位で維持でき,測定期間に余裕が持てるなどのメリットもある。

解説

老化と吸収に関する最近の知見―形態的・生理的変化から小腸吸収上皮細胞の膜転送まで

著者: 花井洋行 ,   金子栄蔵

ページ範囲:P.639 - P.647

 年齢が進むにつれ種々の臓器に何らかの加齢の影響を認める。この生理的老化の特徴は緩慢な進行性の機能低下で,これら臓器の実質細胞数の減少を伴い,ヒトの場合約30歳をピークに諸機能の低下が認められる1)とされている。果たして小腸においてもこのような変化が普遍的に生じているのであろうか。高齢者では一般に食事の摂取量が低下し質も変化する。その背景には味覚の変化,咀嚼能の低下,消化液の分泌量の低下などが関与していると思われるが,腸管自身の吸収能の変化も大きくかかわってくると考えられる,また,胃酸の基礎分泌や刺激分泌の低下2)がカルシウムや鉄の吸収に影響を与えるように腸と他臓器の生理機能との相関も重要な因子となる。
 老化に伴う小腸での各栄養素の消化吸収能の変化とその特質は十分に明らかにされていない。実験方法,種差により,また同じ種においても報告者により結果が一致しない場合も多い。ここでは老化に伴う小腸の形態的変化,cell kinetics,刷子縁膜酵素の変化についてふれ,他臓器との相関について述べるとともに糖質・アミノ酸・脂質の三大栄養素の小腸吸収における加齢による変化の知見を解説する。とくに老化におけるカルシウムホメオスターシスの異常は骨代謝,動脈硬化症,高血圧症と近年臨床的にも注目の領域であり,小腸でのCa2+吸収低下の機序に関して細胞膜,分子レベルでの変化について述べる。

話題

国際生理学会(IUPS)Regional Meeting参加報告

著者: 松村潔

ページ範囲:P.648 - P.650

 プラハヘ
 1991年6月30日~7月5日,チェコスロバキアの首都プラハにおいて,IUPS(The International Union of Physiological Sciences)のRegional Meetingが開催された。私は6月28日大阪空港を発ち,フランクフルト経由でプラハに到着した。東西緊張緩和のおかげで,今回のflightはアンカレッジを経由しないで直接ソ連の上空を飛ぶ快適なものであった。飛行機の窓から眼下の平原を蛇行して流れてゆく河川を見ながら,かつて地理の時間に習ったオビ川だとかエニセイ川という単語がふと記憶によみがえった。今年のヨーロッパは冷夏だと聞いていたが,最初の2日間を除いて30度を越す日が続き,大阪の暑さから逃れられるという私の期待は大きく外れてしまった。プラハは“百塔の街”とも呼ばれ,旧市街には戦災を逃れた種々の様式の歴史的な建物が,街の中心部を流れるヴァルタヴァ川(モルダウ川)越しに望まれる(写真1)。今回の学会のシンボルマークも塔をアレンジしたものである(写真1右上)。

--------------------

生体の科学 第42巻 総目次

ページ範囲:P. - P.

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

雑誌購入ページに移動

バックナンバー

icon up
あなたは医療従事者ですか?