icon fsr

雑誌目次

雑誌文献

生体の科学43巻2号

1992年04月発行

雑誌目次

特集 大脳皮質発達の化学的側面

マカク属サルの個体発生と大脳皮質内神経ペプチドの分布

著者: 大島清

ページ範囲:P.92 - P.97

 脊椎動物の中枢神経系は原始外胚葉から発生する。原始外胚葉から神経枝が誘導され,そこで神経管と神経冠細胞が増殖する。後者の神経冠細胞は,背髄神経節細胞や,交感,副交感神経節細胞などの末梢神経系以外に,シュワン細胞,副腎髄質クロマフィン細胞,色素細胞,頭部の真皮,軟膜,鰓弓の骨や筋肉などをつくる起源となる。
 神経冠由来神経細胞の発生,分化,生存に関わる神経ペプチドとしては,ラット,ニワトリを用いた実験によって多数の報告が行われている1-7)。それらの実験で興味を引くのは,一つには,発生初期の神経冠細胞が,移動して行く周囲の環境によって,その表現型を変えることである8-10)。たとえば,ニワトリの脊髄神経節細胞を神経節内非神経細胞とともに培養すると,P物質量に変化はないが,ソマトスタチン量が50倍も増える11)。ソマトスタチンを誘導させるような因子の存在が考えられる。

大脳皮質の発達と神経ペプチド受容体サブタイプ―ソマトスタチン受容体を中心に

著者: 木村信子

ページ範囲:P.98 - P.103

 近年の遺伝子工学の進歩による遺伝子解析の結果,古典的神経伝達物質受容体には,そのほとんどについてサブタイプが存在することが判明している。この受容体多様性の存在意義について,神経の情報処理能力を高めることにあり,神経の可塑性に関与する可能性が推測されている1)
 一方,神経調節因子としての役割が考えられている多数の神経ペプチドの場合には,サブタイプの遺伝子構造が明らかになっているのはニューロキニン受容体など例は限られている。大脳皮質に比較的量の多いコレシストキニン,ソマトスタチン(SRIF),VIP,ニューロペプチドYなどの受容体やオピエート受容体に至ってはまだ遺伝子レベルの解析はない。これらのサブタイプ分類は薬理学的結合実験や生理機能からなされている。

大脳皮質の発達とカテコールアミン合成細胞―チロシン水酸化酵素免疫反応性ニューロンの出生後変化を中心に

著者: 佐藤順一

ページ範囲:P.104 - P.108

 脳内のカテコールアミン合成細胞については脳幹,視床下部を中心とした分布が知られている。Hökfeltら1)は螢光免疫組織化学によりラット脳を検索し,網膜,視床下部,脳幹,上部頸髄にわたる20カ所のカテコールアミン系ニューロン群を明らかにした。これらはカテコールアミン代謝系の各段階での酵素であるチロシン水酸化酵素(TH),フェニールエタノールアミンN-メチル基転移酵素(PNMT),ドパミンβ水酸化酵素(DBH)のおのおのに対する免疫反応性により10カ所のドパミン系(THのみ陽性),7カ所のノルアドレナリン系(TH,PNMTが陽性),3カ所のアドレナリン系(三者とも陽性)に分類されている。
 最近の免疫組織化学の方法論の発展によって,これらの部位以外でのカテコールアミン合成細胞の存在も知られてきており,その一つが左脳皮質ニューロンである。また齧歯類では大脳皮質を含めこれらのニューロン胞体内のTH免疫反応性が出生後の限られた時期に一過性の増加を示すことが確認されている。

大脳皮質の発達とS-100蛋白質

著者: 加藤兼房

ページ範囲:P.109 - P.115

 S-100蛋白質は脳特異蛋白質として1965年Moore1)によってウシ脳より精製された蛋白質である。神経系ではおもにグリア細胞に分布し,膜と結合して不溶性のものもあるが,大部分は細胞質に可溶性蛋白質として存在する。S-100はカルモジュリン,トロポニンCなどと同じEFハンド型カルシウム結合蛋白質である2,3)。それぞれ分子量約1万のα鎖(S-100α)とβ鎖(S-100β)の2種類のサブユニットよりなる2量体構造をとり,少なくともαα(S-100a0),αβ(S-100a),ββ(S-100b)の三種類が存在する。各サブユニットごとに2カ所のCa2+結合部位がある。しかし,Ca2+との結合定数は大きく(10-5~10-4M),カルモジュリンに比べて10倍以上大きい4)。すなわち,Ca2+との親和性は低い。S-100αとS-100βはその一次構造に60%近い相同性があるが,それぞれの遺伝子は異なる染色体に座位している。ヒトS-100βの遺伝子は第21染色体長腕のダウン症遺伝子と同じ位置(21q, 22)に座位することが明らかにされている5)。S-100αおよびS-100βの一次構造は動物種間での違いは僅かで,3~4のアミノ酸が置換されている程度である。それぞれのラットおよびヒトの遺伝子の構造も明らかにされている6-8)

大脳皮質発達とチアミン代謝

著者: 松田敏夫 ,   馬場明道

ページ範囲:P.116 - P.119

 チアミンは,ピルビン酸脱水素酵素,α-ケトグルタル酸脱水素酵素,トランスケトラーゼの補酵素として生体内代謝過程に関与しているビタミンで,神経系においては補酵素として以外の役割を有していると考えられている1)。神経系におけるチアミンの重要性は,チアミン欠乏の作用から容易に想像される。実験動物においてチアミン欠乏は痙攣,振戦,痙性麻痺,反弓緊張,旋回運動などの神経症状を発現させる。臨床的には,アルコール中毒者や栄養欠陥の際にチアミン欠乏が見られ,Wernicke症候群と呼ばれる多様な神経症状(眼球運動障害,運動失調,神経麻痺,逆行性記憶障害など)が発現する。また,Leigh症候群(亜急性壊死性脳脊髄症)においては脳チアミン三燐酸(TTP)量の著しい低下が見られる。すなわち,脳の正常な機能発現には必要十分量のチアミンが必要であり,とくに脳機能の発達過程においてチアミンは重要な役割をしていると考えられる。本稿においては,ラット大脳皮質のチアミン代謝の生後変化を中心に,神経系におけるチアミンの役割を示唆している成績を紹介する。

脳室の発達とNa, K-ATPaseの発現

著者: 柴田太一郎 ,   太田英彦

ページ範囲:P.120 - P.126

 脳室系および脊髄中心管が異常な拡大も虚脱も起こさず,胎齢に応じた形態を保ち発達するために,さらに流出した脳室内髄液がmeninx primitivaの細胞間隙を押し広げてクモ膜下腔を形成するために,定常的な髄液の産生とその流出が重要な役割を果たす。しかし胎児期における髄液産生の開始時期と部位については未だ不明の点が多く1,2,4),成熟動物における髄液産生および吸収のパターンをadult patternと仮称すれば,それとは異なるembryonal patternが存在し,胎生期から乳幼児期までに次第に移行していくとの仮説4)も立てられている程である。抗原をペプチド合成して作成したNa,K-ATPaseαサブユニット抗体で,われわれは胎児期の脈絡叢における髄液産生について検討した7,8),Na K-ATPase(以下ATPase)は髄液産生の70~80%に関与するといわれ5),脳では種間の変異が著しく少ない脳型のアイソフォームの存在が知られている10)。ラットにおけるわれわれの検査結果7,8)と,これまでの歴史4)と最近の知見をまとめ1,2,11,12),胎児期における髄液産生の開始時期と産生部位について,脳室の発達と絡めて紹介してみたい。

大脳の性分化と性ステロイド

著者: 新井康允

ページ範囲:P.127 - P.131

 機能的にみて,脳にはいろいろなレベルで性差が認められる。性行動のパターンや攻撃行動などの雌雄差はもっともはっきりしたものの例といえる。また,下垂体のゴナドトロピンの分泌パターンも雌雄で異なるものが多く,ヒトを含む哺乳類の多くでは,雌でゴナドトロピンが周期的に分泌され,それが卵巣に働いて周期的に排卵が起こり,性周期を示すのに対して,雄ではゴナドトロピンの分泌には周期性は認められない。下垂体のゴナドトロピンの分泌の神経内分泌調節機構に性差があるわけである。ラットなどの実験結果から,このような脳の機能的性分化の決め手となるのは,周生期の精巣から分泌されるアンドロゲンであることが判明している。
 周生期の性ステロイドは脳の機能的性分化のみでなく,脳の形態レベルでも不可逆的な変化をもたらす。性ステロイド受容体含有ニューロン系のニューロンの数,軸索や樹状突起の伸展,シナプス形成などを性ステロイドが調節し,脳の発生過程における神経回路形成を制御していることが明らかになってきた。また,発生過程のみでなく,成体でも,ニューロンの可塑性を刺激する働きが注目される1)

大脳皮質における特異的領野の形成―モノクローナル抗体を用いた研究

著者: 有松靖温

ページ範囲:P.132 - P.137

哺乳類の大脳皮質は運動野,体性感覚野,視覚野などの様々な領野によって構成され,それぞれ異なった機能的役割を担っている。しかしながらこれらの特異的な領野群がどのような機構によって形成されるかはほとんど解明されていない。主として形態学的な指標を用いた研究の成果に基づいて大脳皮質の特異化の機構が論じられているが,基本的な考え方は三つに分類される。第一は後成説的な考え方であり,領野の特異化は視床など他の神経組織の発生とともにその影響下に起こるというものである1)。第二の考え方は,大脳皮質は発生の比較的早い時期に皮質内部の機構により特異化されるというものである2)。第三はこれら二つの中間的なものであり,特異化は徐々に段階的に進行するというものである3)
 形態学的および生理学的な領野特異性に加えて,ニューロンの神経伝達物質や神経ペプチドおよびその受容体の種類など,大脳皮質各領野間の化学的な不均一性も指摘されている4-9)。しかし報告されているものの多くは量的な差異であって,ある領野だけに特異的な分子が存在するといった質的な差異は現在のところあまり知られていない。したがって化学的特性を指標にした領野の特異化の研究もきわめて少数にとどまっているのが現状である10)

連載講座 新しい観点からみた器官

脾臓―白脾髄のリンパ路

著者: 三好萬佐行 ,   西園久徳 ,   小川皓一 ,   外薗恵介

ページ範囲:P.139 - P.144

 脾臓リンパ組織である白脾髄は,動脈を鞘状に包むリンパ性動脈周囲鞘(以下髄索)とその膨らんだ末端部位のリンパ小節を区別し1-3),このリンパ組織は他のリンパ性器官のリンパ小節,それに付随するリンパ索と同様に免疫機能に応じてリンパ球の増殖,貯留,動員などの反応が見られる4)。しかし,リンパ球の移動に対応する血管やリンパ管の構造や配置は,扁挑,腸管壁リンパ小節やリンパ節など,他のリンパ性器官のそれときわめて異なっている。ここでは,白脾髄の細網,血管,およびリンパ管の立体配置と構造を述べて,リンパ球や遊走細胞の動きの経路構造を考察しよう。

解説

ヒト癌におけるras遺伝子の点突然変異―その特徴と臓器特異性

著者: 藤田道也

ページ範囲:P.145 - P.153

 細胞性癌遺伝子が“活性化”されてトランスフォーミング活性を獲得するには三つの段階がある。1)遺伝子増幅(遺伝子の数の増大),2)転座などによる転写活性の増大,3)暗号配列coding sequenceにおける点突然変異,などである。rasの場合,少なくともc-Ha-ras,c-Ki-ras,c-N-rasの3種類が現在知られている。ここでは現在までに知られたrasの点突然変異について,ヒト癌の由来臓器別に点突然変異を受けやすいras遺伝子とそのホットスポットをまとめ,今後の研究に役立てたい。なお,以下に出てくる癌および細胞株はとくに断らないかぎりすべてヒトのものである。

実験講座

発達脳部分の容積測定法

著者: 中江陽一郎 ,   後藤昇

ページ範囲:P.154 - P.157

 脳を構成する各部分の発達を定量的に評価しようとする試みは比較的古くからなされている。たとえば,Jenkinsは胎生期の脳を小脳・中脳・間脳・終脳などの8つの部分に分け,それらの重量と体積を計測し,在胎週数による各構造の脳全体に占める割合の変化を数値で表している1)。Dunn2),Dobbingら3)も,脳の区分の仕方に若干の差異はあれ,類似の手法で胎児期,あるいは胎児期から成人期にかけての脳の定量的発達の評価を行っている。これらの研究の手法に共通するものは,脳を構造別にいくつかの部分に切り分けて,おのおのの体積と重量を測定するという方法である。また,Nobackらは脳のさまざまな部分の長さをパラメーターとして設け,それらの計測値の変化から胎児脳の各部分の発達の様相を考察した4)
 しかし形態的な問題から,これらの手法では1個のブロックとして切り離すことが困難な大脳皮質や大脳基底核などの計測を行うことは不可能である。

Allele Specific PCR

著者: 常吉俊宏 ,   照沼秀也 ,   藤田道也 ,   馬場正三

ページ範囲:P.158 - P.162

 近年,PCR(Polymerase Chain Reaction)1)を筆頭とする遺伝子工学の進展と共に,各種の癌や遺伝病の原因となる遺伝子が次々に見出され,診断さらには治療への応用が進められている。
 未知の遺伝子の追跡には,(1)発現異常蛋白の一部のアミノ酸構造から,DNAプローブを合成し,これとハイブリダイズするDNAクローンを拾い出す,従来からのGenetics法,(2)遺伝家系の各個人を多数調査対象として,発症具合と同じように遺伝しているDNAマーカーを絞り込んでゆき,問題領域の数10kbp程度以上の膨大な塩基配列を読み取って正常者のそれと比較する,近年のReverse Genetics法があるが,いずれも時間と労力を要し大変な作業である。

話題

国際シンポジウム「筋収縮における筋フィラメントの滑り機構」

著者: 杉晴夫

ページ範囲:P.163 - P.165

 1972年に行われた筋収縮に関するCold Spring Harbor Symposiumの雰囲気は,筋収縮は間もなく解明しつくされるであろうという楽観的な気分に満ちており,このためA. F. HuxleyはProceedingsの巻末でこの楽観論に警告を発している。以後現在に至る約20年間の研究の経過を見ると,上記のA. F. Huxleyの警告は的中したと言わざるを得ない。長らくこの分野のドグマとなってきた,筋収縮がミオシン頭部の“回転”により起こるという考え(Huxley-Simmons模型)は,X線回折や頭部に付着させたプローブの動きから支持されず,またアクトミオシン溶液におけるATP分解反応の知見と筋収縮に関する生理学的知見の間には依然として大きなギャップがある。
 筆者は1971年にHuxley-Simmons模型が発表された際,その基礎となる実験に疑問を持った。彼らは筋線維の中央部のセグメント長をステップ状にクランプし,張力反応との関係を解析しているが,張力は筋線維の末端でしか記録できないので,クランプされたセグメントにおける“セグメント張力”ではない。したがって,このような実験の結果は筋収縮に関する分子レベルでの情報を与えるとは思われない。

日本バイオイメージング学会設立について

著者: 鈴木和男

ページ範囲:P.166 - P.167

 1.設立の背景と主旨
 これからの生命現象の研究は,これまでの分子レベルでの研究に加えて,生体分子などを画像によって解析してデータを映像化し,細胞内での反応をリアルタイムに理解し,また想定される分子のモデル化などによって視覚で即座に理解しようとする方向へと進んでいくことが予想されます。また,こうした研究方向の背景の中にあって,医学・生物学研究の分野ではデータの視覚化に対する要望がますます高くなってきています。さらに,この傾向は他分野へと広がってきています。
 こうした画像解析,視覚化の要素を考えると,次の四つのレベルからなっています。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

雑誌購入ページに移動

バックナンバー

icon up
あなたは医療従事者ですか?