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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学43巻4号

1992年08月発行

雑誌目次

特集 細胞機能とリン酸化

シナプス可塑性とリン酸化

著者: 津本忠治

ページ範囲:P.258 - P.266

 一定の入力後にシナプスの伝達効率が変化したりあるいはシナプスの新生や退行が起きたりすることをシナプス可塑性と呼んでいる。このようなシナプス可塑性がわれわれの脳における記憶・学習や発達脳における適応的機能変化の基礎過程であるという考え方が現在有力である。この観点にたったシナプス可塑性研究は,現在まで,おもに哺乳類の海馬と大脳新皮質,小脳およびアメフラシなどの下等動物神経系においてなされてきた。その中で,最近このシナプス機能の可塑的変化にはシナプス後部での蛋白質リン酸化酵素(キナーゼ)の活性化が重要であることが明らかとなってきた。たとえば,海馬のCA 1領域や皮質視覚野では次のように考えられている―高頻度入力によってN-methyl-D-aspartate(NMDA)受容体が賦活され,Ca2+がシナプス後部に流入する。このシナプス後部におけるCa2+濃度の上昇が種々のキナーゼを賦活し,それがシナプス長期増強(Long-term potentiation,LTP)誘発のトリガーとなる1,2)。このキナーゼ活性化説は多くの実験によって支持され,現在はどのような基質蛋白質がリン酸化されるかに研究の焦点が移りつつある。

海馬LTPとタンパク質のリン酸化(仮説)

著者: 原健一 ,   北嶋龍雄

ページ範囲:P.267 - P.271

I.LTPとはなにか
 1973年,海馬体において,興奮性シナプスの入力線維束を短時間に高頻度刺激をすると,シナプスの伝達効率の促進が長時間持続する現象が発見された1)。この現象は長期増強(Long Term Potentiation)と呼ばれている。その後,LTPに関する多くの研究が行われてきた結果,最近では,海馬だけではなく,大脳辺縁系や新皮質,さらに末梢の神経系でもこのような現象が観測されている2,3)
 LTPは,シナプスの伝達効率の促進が長時間持続するのみならず,次の性質をもつことから,学習や記憶の基礎過程として注目されている。

DNA複製とリン酸化

著者: 釣本敏樹

ページ範囲:P.272 - P.276

 真核生物の細胞周期の中で合成期(S期)と有糸分裂期(M期)には,様々なダイナミックな反応が起きる。この一連の反応の進行は,cdc2/サイクリンと呼ばれる蛋白質リン酸化酵素によるリン酸化が中心となって制御していることが明らかになってきた。ここではこの数年間の知見に基づいて,DNA複製と蛋白質のリン酸化について考察する。

タンパク質の核内移行とリン酸化

著者: 米田悦啓

ページ範囲:P.277 - P.280

 真核細胞の大きな特徴の一つは,その細胞内に核と呼ばれる小器官(オルガネラ)を持つことである。核内には,DNAの形で遺伝情報が包み込まれており,その遺伝情報の複製やRNAへの情報の転写などの生命にとって重要な働きを核は担っている。核からは,RNAの形で細胞質に情報が伝えられ,細胞質でRNAから翻訳されて合成されたタンパク質のうち,核内で働くべき核タンパク質は,細胞質から核へ輸送される。このように,核と細胞質を隔てる膜である核膜を通して二方向性の輸送機構が存在している。このような輸送系を介して細胞は情報を交換し正常な秩序ある生命活動を営むわけで,核-細胞質間物質輸送機構の解明は近年注目を集めてきた。とくに,核タンパク質の核内移行機構の解析の進歩は著しく,多くのことが明らかにされてきた1-3)。最近になって,核タンパク質の核への移行の制御にタンパク質のリン酸化が関与していることが示されてきたので,この章ではそれを中心に概説する。

微小管結合タンパク質(MAPs)のリン酸化

著者: 室伏擴

ページ範囲:P.281 - P.289

 微小管は真核細胞に普遍的に存在する,外径約25nmの細長い管状構造体である。微小管は,細胞骨格の一員として細胞の形態の形成や維持に関与し,また,染色体の分配,繊毛や鞭毛の運動,軸索輸送などの細胞運動において中心的役割を担う1)。微小管の管壁はチューブリン(tubulin)と呼ばれる球状タンパク質が重合することによって形成されており,これに,種々のタンパク質が結合している。これらの非チューブリンタンパク質は,微小管結合タンパク質(microtubule-associated proteins,MAPs)と総称される2-4)。MAPsは,狭義のMAPs(構造的MAPsとも呼ばれ,微小管の安定化に関わる)と,微小管依存性モータータンパク質(微小管をレールとした細胞運動に関わる)5-8)とに分類される。本稿では前者について述べ,以下,単にMAPsという場合,構造的MAPsを指すものとする。
 チューブリンの一次構造が,生物種間,細胞種間でよく保存されているのに対し,MAPsは細胞によって多様性に富んでいる。微小管の機能の多様性は,主としてMAPsのこの多様性によるものと考えられる2,4)。MAPsはチューブリンの重合を促進し,形成された微小管に結合してそれを安定化させる。

血小板活性化における蛋白質チロシンリン酸化反応

著者: 朝日百百代 ,   山村博平

ページ範囲:P.290 - P.295

 個々の細胞は,細胞膜を介して細胞外の環境とは異なる独自のシグナルを形成し,細胞外からの刺激を細胞内へ伝達し,細胞機能を発現している。細胞が外部刺激に応答して分泌,増殖,分化などの機能を発現するためには,細胞内で種々の生化学的反応を伴った情報伝達が自律的に秩序化されていると推察される。
 血小板は,骨髄巨核球からの分化した無核の増殖機能を持たない細胞で,血管内で種々の生理的刺激により活性化されると,速やかに変形,粘着,放出および凝集反応が起こり,血栓形成という細胞機能を発揮する。血栓形成に至るまでの生化学的変化としては,まず生理的刺激が細胞膜受容体に作用すると,GTP結合蛋白質を介してホスホリバーゼC(PLC)によるイノシトールリン脂質の加水分解が起こり,1,2-ジアシルグリセロール(DG)およびイノシトール-1,4,5-三リン酸(IP3)が生成され,その結果Cキナーゼの活性化および細胞内Ca2+の動員がそれぞれ引き起こされる。そして,その細胞内Ca2+上昇に伴い,種々のCa2+依存性の酵素が活性化し,カルシウムシグナルを介した酵素反応―そのうちの一つとして,Ca2+-カルモジュリン依存性ミオシン軽鎖キナーゼ(MLCK)によるリン酸化反応―が起こり,放出および凝集反応が生じると考えられている。

免疫機能におけるリン酸化

著者: 中島泉 ,   蒲寐医 ,   浜口道成

ページ範囲:P.296 - P.304

 リン酸化と脱リン酸化によって蛋白質の構造と機能が動的に変わり,これが数多くの生命反応のオン/オフスウィッチとして働くことが知られてきている。このことは免疫の機能においても例外ではない。
 蛋白質はセリン/スレオニン残基あるいはチロシン残基においてそれぞれ特定のキナーゼによってリン酸化される。2種類のリン酸化によって蛋白質の構造と機能が修飾され,こうしたリン酸化を軸に多種類のキナーゼと基質が機能的に連鎖してシグナルカスケードの骨格をつくる。本稿では免疫機能を支えるリンパ球に焦点を絞ってその生理における蛋白質リン酸化の役割を考える。

光受容におけるリン酸化

著者: 深田吉孝 ,   小亀浩市

ページ範囲:P.305 - P.311

 視細胞に存在する光受容蛋白質ロドブシンは典型的な7回膜貫通型受容体であり,光を吸収すると三量体G蛋白質を活性化する。つまり視興奮の初期過程は,「受容体→G蛋白質→酵素(あるいはイオンチャネル)」という,生体に広く存在する細胞内情報伝達モチーフの一つのバリエーションである。さて,いったん光刺激によって興奮した視細胞は,続く刺激に備えて興奮を速やかに停止する必要があり,また,同じ刺激に対して順応(脱感作)するという特性をもつ。これらの過程には,ロドプシンのリン酸化が深く関与していることが明らかになってきた。これと同様に,内分泌系あるいは神経系における脱感作現象にも,受容体のリン酸化が重要な役割を果たしていると考えられている。ここでは,アドレナリン受容体などと比較しながら,光受容体ロドプシンのリン酸化反応とその生理的役割を中心に概説する。

中間径フィラメントの機能調節機構―フィラメント構成蛋白質の細胞内リン酸化反応の可視化

著者: 西沢きみ子 ,   稲垣昌樹

ページ範囲:P.312 - P.318

 細胞骨格の主要構成線維の一つである中間径フィラメントの研究はその不溶性のため長い間組織・細胞内の中間径フィラメント分布の電子顕微鏡観察や特異抗体を用いての細胞・組織染色による形態的研究がその主流を占めてきた。われわれは1986年以来,中間径フィラメントの生理機能解明に向け,主に生化学的,細胞生物学的手法による研究を続け,中間径フィラメントについて以下のことを明らかにしてきた。本文ではこれまでのわれわれの中間径フィラメント研究の概要を紹介する。
 1)尿素存在下のDEAEセルロース,CMセルロース,セファクリルS300やハイドロキシアパタイトカラムクロマトグラフィーを適宜用いることにより総計8種の中間径フィラメント構成蛋白質の精製法を確立した。

連載講座 新しい観点からみた器官

前立腺―生物学的特性を反映した組織解剖

著者: 白石泰三 ,   渡辺昌俊 ,   草野五男 ,   坂倉照妤 ,   矢谷隆一

ページ範囲:P.319 - P.323

 ヒト前立腺は肥大症の好発部位としての尿道周囲の内腺組織と,癌が後発する外腺の二つの区域に,臨床的な見地からは分けられてきたが,形態的には比較的均一な腺構造を示すのみで,二つの区域の境界は明瞭ではない。ラットやマウスでは解剖学的に独立した腺(葉)を有しており1),組織内のホルモン濃度など生物学的特性も互いに異なっている。ヒト成人では漠然と五葉に分けられてきたが相互の境界は明らかでなく,生物学的特性との関係はほとんど解明されていない。
 社会の高齢化および生活様式の欧米化に伴いわが国でも前立腺疾患が増加し2),前立腺も注目される臓器となりつつあるが,解剖を含めいまだ不明な点が多い。ここでは最近の知見を含め,前立腺の発生,解剖学を紹介し,あわせて明らかにされつつある生物学的特性の部位別差異を示す。

実験講座

固定したニューロンの色素注入による標識

著者: 小島久幸 ,   E. G. ジョーンズ

ページ範囲:P.324 - P.329

 大脳皮質の機能あるいは作動原理を説明するためには皮質下神経核から運ばれる一元的な情報の皮質内での処理の解明だけでは十分ではなく,大脳皮質が固有にもつ処理機構を解明する必要があると思われる1)。その基盤となる局所回路網は皮質内にある細胞の種類の多様性,投射の複雑さ2,3)から十分には描き尽くされていない。理想的には単一細胞レベルでのconvergenceとdivergenceが各細胞種でわかれば局所回路網の青写真は描けると思われる。そのためには特定の神経細胞がどのような細胞からどのくらいの入力を受け,またどのような細胞にどのくらいの出力を与えているのかを明らかにする必要があろう。
 単一の神経細胞の形態をなるのには従来からGolgi法が用いられてきた。しかしどのような細胞が染色されるかはまったくの偶然に頼らなければならない。近年電気生理学的な手法を用い機能的特徴と形態を単一細胞レベルでin vivoおよびin vitroにおいて解析することが可能になった。細胞内に比較的巨大な分子である西洋ワサビペロキシダーゼ(MW:40.2k),小型分子のバイオサイチ(MW:372.5)ないしニューロビオチン(MW:322.8)あるいは螢光色素ルシファーイエロー(MW:457.3)やレクチンPHA-L(MW:115k)を電気泳動的ないし圧力で注入し,樹状突起さらには軸索突起を詳細に描きだせるようになった。

話題

インスリンの細胞内情報伝達とリン酸化反応

著者: 笠原敏子 ,   笠原道弘

ページ範囲:P.330 - P.333

 インスリンが細胞膜上のインスリン受容体と結合すると,その情報が細胞内に伝達され細胞内で様々な生体反応を引き起こす。このインスリンの細胞内への情報伝達の機構の解明には数々の研究がなされ多くの仮説がたてられてきたが,まだ全体像を得るには至っていない。インスリンが受容体に結合後,細胞内では多くの酵素やタンパク質のリン酸化の量が変化し酵素の活性が変わることが知られている(表1)。このことからリン酸化が,インスリンの情報伝達に何らかの役割をはたしていると考えられてきた。1982年に,インスリン受容体自身がチロシンキナーゼ活性を持つこと,またそのチロシンキナーゼがインスリンの結合によって自己リン酸化され活性化することが発見されて1),インスリン情報伝達におけるリン酸化カスケードの存在の可能性に注目が集まってきたla)
 インスリン受容体のcDNAのクローニングや,部位限局性変異によって,受容体の構造や機能がわかってきた(図1)。受容体のチロシンキナーゼ領域を変異させ自己リン酸化を阻害するとインスリンの生物活性が現れないことから自己リン酸化やチロシンキナーゼの活性がインスリンの情報伝達機構に必須であると考えられてきた。

インスリンプロ受容体変異体―プロセシング部位の点突然変異

著者: 小林正

ページ範囲:P.334 - P.336

 インスリン受容体はαとβサブユニットからなるheterotetramerであるが,生合成の過程でαとβサブユニット間で切断されて糖鎖が付着し,成熟したインスリン受容体として細胞膜に挿入される1-3)。この切断部位の遺伝子異常により切断されず,大きなプロ受容体として細胞膜に挿入され,その構造の異常からインスリン作用に障害を生ずる。ここではこのような変異体がどのように生合成され,またどのようなインスリン作用障害をきたしたのかを概説する。

国際シンポジウム“平滑筋”を終えて

著者: 井上隆司

ページ範囲:P.337 - P.339

 平成4年1月29日から2月1日までの3日間,福岡市で平滑筋の生理・薬理に関する国際シンポジウム(名称:International Symposium“Smooth Muscle”)が開催された。この学会はこの領域で長年に亘り指導的役割を果たしてこられた栗山熈九大名誉教授(当時九大医学部薬理学講座教授)の呼びかけに応じて企画されたもので,世界の第一線に立つ研究者約40名の招待講演と164件にのぼるポスター発表が行われ,内外での反響も大きかった。真冬という季節柄もあり,裏日本特有の天候は参加者にとって決して快適と言えるものではなかったが,国内から460名,国外から110名と当初の予想を上回る参加者があり,連日大変活気溢れるシンポジウムとなった。とりわけ,アジア・オセアニア諸国から43名もの参加があり,日本人研究者と活発な交流が行われたことは,本学会の大きな収穫の一つであった(写真1)。
 学会の発案企画にあたっては,富田忠雄名大教授が学会の冒頭でいみじくも概説されたように,次のような平滑筋研究の現状に対する認識があった。すなわちこの10年間に平滑筋に関する生理・薬理の研究は,実験方法論上の革新的な進歩により飛躍的な発展をとげてきた。

渡辺昭退官記念シンポジウム

著者: 寺川進

ページ範囲:P.340 - P.342

 生理学研究所では生理学の発展と内外研究者間の情報交換促進のため,毎年テーマを決めて国際シンポジウム・生理研コンファレンスを開催してきた。今回で第17回目である。平成3年度をもって機能協関部門の渡辺昭教授が停年退官となったのでその記念会を兼ねて3月に行われた。渡辺教授は生理学研究所の設立後まもなく東京医科歯科大学から移られ,興奮に関連する分子の構造変化を捉えることを目標に,イカの巨大神経を初めとする末梢神経の旋光性変化の研究を展開され,文字どおり学究一筋に励んでこられた。末梢神経の興奮の研究に入られる以前には,比較生理学的研究をされ,ザリガニ巨大神経での電気シナプスの確立,電気魚のジャミング避け応答の発見など特筆すべき業績を立てられた。このような渡辺昭教授の仕事に関連したトピックをカバーするため,今回のコンファレンスは例年とはやや異なった趣向にした。
 テーマを二つに分け,第一部は「光神経科学の最前線」と題し,3月4日から3日間,膜電位感受性色素の応用,螢光性カルシウム指示薬の応用,レーザーおよびビデオ顕微鏡の応用についての講演を主として行った。これに続いて第二部として「比較神経生理学」の題で,3月7日に下等脊椎動物と無脊椎動物の神経,感覚系に関する講演をまとめた。海外からの招待講演者は22人,国内からの招待講演者10人であった。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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