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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学45巻3号

1994年06月発行

雑誌目次

特集 染色体

核内のクロマチンパターン

著者: 山本浩司 ,   長野晃子

ページ範囲:P.210 - P.213

 真核生物のDNAはその間期細胞核内において複製,転写するので,この間期染色体の構造と核内配置,すなわち核内のクロマチンパターンを知ることはその機能解明上重要な問題である。これまでは核内の異質染色質と真正染色質の総括的な二次元分布と核小体の大きさが記載されるにすぎず,個々の中期染色体との関係は例外を除いて明らかではなかったが,遺伝子組換え技術,DNAシーケンス法の開発,ならびにヒト染色体DNAの全構造を塩基レベルで解析し,ヒトの遺伝情報とその制御機構の全体を解明しようとするヒトゲノムプロジェクトの時代に入り,それとともに,その制御機構におけるクロマチンの役割の重要性が再確認され,ヌクレオソーム鎖レベルにおけるクロマチン構造と転写・複製に伴う構造変化の報告が増加し,間期染色体の機能的構造ならびに配置が問題となってきた。

ヒト染色体の微細構造

著者: 飯野晃啓 ,   稲賀すみれ

ページ範囲:P.214 - P.220

 染色体の微細形態研究の始まりは,光顕の発達により,多くの動植物細胞の分裂動態が観察可能となった19世紀の後半にさかのぼることができる。細胞分裂の開始とともに,核内に糸状体が現れ,やがてそれが太く短くなり,生物の種により一定の構造を示す棒状体になることが,Strasburger(1875),Baranetzky(1880),Nägeli(1882)らにより確かめられた。染色体の形態学は当初,細胞分裂が観察しやすい根端細胞や花粉母細胞など,植物細胞を材料としたものが多く,植物学的研究が動物学的研究を一歩リードしていた。しかし20世紀に入るとSutton(1902)がバッタを,Boveri(1909)がウマの回虫を材料として使い,染色体の行動を観察しはじめた。
 しかし,ヒト染色体については,材料が入手困難なため研究は遅れがちとなった。Winiwarter(1912)はヒト男子の染色体数を47と報告し,Painter(1923)は男女とも48であると発表した。それから30数年はヒト染色体に関して47説と48説をめぐる論争が続いた。パラフィン切片による光顕観察の時代であったので,確定的な結果は現れなかったのである。しかし,TjioとLevan(1956)は流産胎児の肺組織を培養して,それまでにすでに応用されていた低張液処理法による押しつぶし標本で,ヒト染色体数は男女とも46本であることを明らかにした。

顕微鏡トモグラフィによる間期染色体の3次元観察

著者: 杉原洋行 ,   高松哲郎 ,   藤田晢也

ページ範囲:P.221 - P.225

 分裂期にみられる染色体はDNAが幾重にもコイルして高密度に折りたたまれたものである。間期ではコイルが巻き戻り,染色体としての構造は見えなくなる。しかし間期でも,特定の染色体に対応するDNAは染色体ごとに限局して分布しているのである。このことは,最も直接的には,特定の染色体をペイントするライブラリープローブを用いたfluorescence in situ hybridization(FISH)によって明らかにされた1-4)。さらにこのFISHに染色体のさまざまな部分を認識する多様なプローブを用いることによって,特定の染色体の特定の部分に対応するDNAを間期核で可視化できるようになってきた。これによって,染色体の数や構造の情報のみならず,染色体が核内で相互にどのような位置関係にあるのか,また染色体構成の異なる腫瘍細胞がどのように組織内に分布しているか,といった染色体変化に関する種々のレベルでの位置情報も扱うことが可能になってきた。さらにこの方法では培養の必要がないので,非増殖細胞も含んだ腫瘍の細胞構成を保ったまま染色体情報を得ることができる。原理的には顕微鏡的に発見される微小癌にまで染色体分析の対象が広がるのである。古典的な染色体分析の限界を補うこの新しい研究分野は,間期核細胞遺伝学(interphase cytogenetics)5,6)と呼ばれている。

クロマチンループ構造の免疫電顕

著者: 東野義之 ,   東野勢津子 ,   中村孝志 ,   関周司

ページ範囲:P.226 - P.232

 間期の核内のクロマチンがループ状になっていることは,最初,物理的方法1,2)により示唆され,次にヌクレアーゼを用いた生化学的方法3,4)で支持され,その後,クロマチンを人為的に核外に出して蛍光顕微鏡5)や電子顕微鏡6-9)による観察で確認されている。
 本稿では,私達の電子顕微鏡によるクロマチンループの構造,クロマチンループの長さの測定,さらにクロマチンループの足場に関する研究をおもに紹介する。

染色体構築に関与する蛋白質

著者: 金田安史 ,   金田能尚 ,   佐藤学 ,   木下勝就 ,   金田真理 ,   田中亀代次

ページ範囲:P.233 - P.238

 細胞周期において分裂期は最もダイナミックな変化がおこるステージである。遺伝情報は染色体の中にパッケージされ次の世代に伝えられるとともに,核蛋白質はラミンのように細胞質に飛散したり,ヒストンのように染色体上に局在したりしながら,分裂期の終了に伴って再び核を構築するために機能する。染色体の構築機構の解析は,したがって,遺伝情報の維持機構の解明とともに,核の構築機構の解明の糸口となるであろう。
 現在までに染色体構築の研究は分裂酵母の変異株を用いた系が最も進んでおり,その変異を相補する因子を分離し,それとホモロジーを有する高等動物の蛋白質を同定することにより,高等動物における染色体構築の最も基本的な理解がある程度なされるようになった。それでもなお,その高次構造に関する知見は乏しいといえるだろう。その理由は,高次構造を解明するin vitro系の開発が遅れていたことと,高次構造を司る核蛋白質の解析がことに高等動物において乏しかったためであろう。in vitro系についてはアフリカツメガエル卵の抽出液を用いた系が開発されてきている1)。構築蛋白については,BHK21の温度感受性変異株の分構とそれを用いた相補遺伝子の単離(RCC1)2)や,ヒト自己抗体を用いた一群のセントロメア構築因子の単離3-5)などが成果をあげている。

染色体における核小体オーガナイザー

著者: 高山奨

ページ範囲:P.239 - P.243

 光学顕微鏡でみた分裂中期の染色体の動原体部位,つまりセントロメアは顕著なくびれをなしていることから一次狭窄と名付けられている。染色体によってはセントロメア以外にも第二次狭窄とよばれているくびれがある。この二次狭窄領域と核小体(仁)再形成との関わりは,1930年代にHeitz1)およびMcClintock2)によって報告されている。彼らは,細胞分裂の前期末に消失した核小体が終期において再出現する際,再形成中の核小体が特定染色体の二次狭窄部分と会合していることを観察しており,McClintock2)はこの二次狭窄部分を核小体オーガナイザー(nucleolar organizer)とよんだ。その後分子遺伝学の進展に伴い,核小体形成領域(nucleolus organizer region:NOR)はリボソームRNAの遺伝子が存在する領域であることが明らかになった。

好銀性核小体形成領域(AgNOR)と腫瘍化

著者: 寺田忠史 ,   中沼安二

ページ範囲:P.244 - P.246

 近年,核小体形成領域(nucleolar organizer region:NOR)と細胞増殖や腫瘍との関連性が注目されている1,2)。NORは好銀性で渡銀染色によって簡単に同定でき,それは好銀性核小体形成領域(argyrophilic nucleolar organizer region:AgNOR)とよばれる1,2)。本稿では,NORとAgNORを説明し,その染色法や腫瘍化との関連を述べる。

カエル卵無細胞系における染色体凝縮の誘起

著者: 大隅圭太 ,   岸本健雄

ページ範囲:P.247 - P.251

 細胞周期が分裂期をむかえるたびに,核クロマチンは劇的に凝縮して分裂中期の染色体を形成する。この分裂期の染色体凝縮は,細胞生物学における最も基本的な現象の一つでありながら,最も不明な点の多いものの一つでもある。例えば,長大なゲノムDNAがどのようにしてコンパクトな分裂中期の染色体へと折り畳まれるのかについては,依然として定説がない。また,細胞周期制御機構の解明が進み,分裂期への移行がcdc 2キナーゼの活性化によって引き起こされていることが判明したが,このキナーゼによって染色体の凝縮がどのようにしてもたらされるのかは,まったく解っていない。カエル卵の細胞質と精子核とを組み合わせた無細胞系は,細胞周期の進行とそれにともなう染色体の構造変化を自由にコントロールできることから,分裂期の染色体凝縮の制御機構の研究に新しい展開をもたらすものと期待される。本稿では,カエル卵の無細胞系が染色体構造の研究に用いられるようになったいきさつを述べ,その成果を紹介する。

新しい核マトリックスタンパク質(N/MAX)の構造と機能

著者: 北川泰雄 ,   稲垣英利 ,   松島雄一 ,   大島幹子

ページ範囲:P.252 - P.258

 染色体を考えるには核内の核酸とタンパク質を組織化している構造的要因が重要である。転写や複製装置の機能は,それに足場を与えている核骨格を抜きに議論できない。30億塩基対にのぼる遺伝情報が核内で無秩序に浮遊しているとすれば,転写や複製装置が働きかける過程で収拾のつかない混乱が生じる。この長大な線維状情報は高度に組織化され,相互の位置関係も動的に整理されている。これには,ヌクレオソーム構造,ソレノイド構造やループ状構造などが寄与している。ループ形成以上の高次の組織化には核骨格が重要である。核骨格の生化学的同義語として,核マトリックスと呼ばれる標品の調製法が確立している。これは,単離核を高塩濃度溶液1,2),もしくは界面活性剤3)抽出した後にヌクレアーゼ処理して得られる残存物で,電子顕微鏡でも高度の組織化が確認される。この核マトリックスは,熱処理で安定化される内部マトリックスと,安定化を要しない周縁マトリックスに大別される。二次元電気泳動分析では,主要なものだけでも200種類以上の核マトリックスタンパク質が検出される4)。これらの研究は遅れており,cDNAが単離されて構造解析が進んでいるのはラミン群5-7)やマトリン群8,9)などに限られている。
 核マトリックスとDNAの相互作用はDNA側からの解析が進んでいる。

性分化とY染色体

著者: 中込弥男 ,   中堀豊

ページ範囲:P.259 - P.262

I.性腺分化におけるY染色体
 ヒトにおいては胎生初期の未分化な性腺原基の睾丸側への分化において,Y染色体が決定的な役割を果たす。理論的には睾丸決定因子(TDF)と命名すべき遺伝子がY染色体上に存在することになる。これはX染色体の数と常染色体とのバランス(X/A比)に基づいて性腺の分化の方向が決まるショウジョウバエなどとは異なる性決定の機構である。TDFの本態はSRYと呼ぶ遺伝子であり,1990年にクローン化済みである1)。本遺伝子はイントロンを持たず,転写産物は1.1kbの長さで,310bpほど上流にはプロモーターがあること2),塩基配列は進化的にほどよく保存され,HMG(high mobility-group protein)と呼ばれるDNA結合性の非ヒストン蛋白と相同性を示すことがわかっている1)
 ショウジョウバエではX/A比が低いと,第2段階以下の遺伝子の転写産物(RNA)のsplicingが変って,その結果,未分化な性腺の睾丸側への分化が始まるという3)。2段目,3段目などの遺伝子が睾丸の分化に必要であり,いわば多段式ロケットにより人工衛星を目標の軌道に乗せることに例えられよう。

X染色体の不活性化

著者: 高木信夫

ページ範囲:P.263 - P.265

 X染色体の不活性化(X chromosome inactivation:XCI)は哺乳類に特有の遺伝機構で,雄(XY)の二倍になっている雌(XX)のX連鎖遺伝子量を補正するために,雌細胞の一方のX染色体にある遺伝子の活性を一括して抑制あるいは再び活性化するものである1)。これが染色体を単位とした現象であることは,雌の体細胞には1本の晩期複製をするヘテロクロマチン化したX染色体があり,これが性染色質を形成することから明らかである。欠失がありながら不活性になりうるヒトX染色体には必ず共通な部分があることは,XCIのスイッチが1個であることを示唆する。このスイッチつまり不活性化センター(X chromosome inactivation center:Xic)はXCIの開始(initiation)だけでなく,染色体全体への広がり(spreading),安定な維持(maintenance)に必須と考えられている。Xicに要求されるこれら3点のいずれについても理解が進んでいるとはいいがたいが,維持あるいは開始については近年見いだされたXist(X inactivation specific transcript)2)の関わりが脚光を浴びている。最も研究が立遅れているのはspreadingであるが,徐々に関連ある,興味深い現象が報告されはじめているので,この点について述べてみたい。

哺乳類染色体のセントロメア

著者: 岡崎恒子

ページ範囲:P.266 - P.270

 真核細胞の有する膨大な量の遺伝情報は,有糸分裂の過程を経て次世代細胞に正確に受け渡される。この動的過程で複製により倍化した染色体は,高度に凝縮され光学顕微鏡下で観察可能な形状となる。姉妹染色分体が対合した一次狭窄部位は,分裂装置微小管が付着し染色体の移動に重要な役割を演ずることが古くから観察されており,この部位をセントロメアあるいはキネトコア(両者とも動原体)と呼んできた。哺乳類染色体では電子顕微鏡による解析でセントロメアクロマチンの表層に外層・中間層・内層からなる三層構造が観察されるので,この構造をキネトコアと呼んでいる1)。微小管は外層に付着し,内層はクロマチンに密着していて,両者の中間の層はほとんど構造物がみえない(図1)2,3)。キネトコアの外層に接して線維状コロナが存在し,ここにモーター蛋白ダイニンが免疫電顕で検出されることや,in vitroでキネトコアに沿って微小管がすべり運動を行うことなどから,染色体の移動力はこの部位で発生していると考えられている(図1)4,5)。姉妹染色分体の対合領域には中期から後期への移行のタイミングを制御する分離の仕組みも存在するはずである。哺乳類セントロメアは繰り返しDNA配列を主成分としたヘテロクロマチンからなる巨大な領域であり,分子レベルでの解析に注目すべき進展がみられるようになったのは最近のことである。

ヒト染色体のテロメア配列

著者: 神田尚俊 ,   相川英三

ページ範囲:P.271 - P.273

 “テロメア”とは染色体の末端を意味し,DNAと蛋白で構成されているが,その領域は厳密に定義されてはいない。テロメアは,1930年代から1940年代にかけて2人のノーベル賞受賞者によって注目され,H. Müllerはショウジョウバエの放射線誘発突然変異の研究から,またB. McClintockはトウモロコシ染色体の研究から,「テロメアは染色体の構造的安定性に重要な役割を果している」と結論した。その後,WatsonとCrickによってDNAの2重鎖構造が報告されると,テロメア領域のDNA構造と複製様式が問題となったが未解決のまま残った。テロメアのあらたな研究は,E. Bruckburnが,原生動物テトラヒメナから,テロメア領域に局在する特殊な反復配列(TTGGGG)nの分離に成功し,これが手がかりとなってヒトを含め,各種の生物でテロメア配列の研究が進んだ1-3)。この反復配列はG(グアニン)が多く,基本構造が種をこえて同じか,類似していることから,テロメアの構造維持に重要な役割を果していると考えられている。テロメア配列は他の反復配列と異なり,細胞の老化や腫瘍化によって著しい変動をしており,その生物学的意味を探る研究が進行しつつある。

ヒト染色体の遺伝子地図:ゲノムデータベース(GDB)について

著者: 清水信義

ページ範囲:P.274 - P.278

 ヒトの細胞核には23対46本の染色体DNAが存在し,それらは60億塩基対という膨大な量の生物学的情報を担っている。これらの染色体DNAには推定10万種類の遺伝子がのっているといわれているが,現在,約4000種類がDNAクローンとして単離され,染色体上の局在も明らかにされている。一方,メンデル型の遺伝形式をとる疾病は約5000種類知られており,その多くはまだ原因遺伝子は不明であるが特定の染色体に帰属されている。さらに約3万種類のDNA断片や短い塩基配列が,染色体を大まかな間隔で区切るマーカーとしてマップされている。このような染色体マッピングは50年以上のヒト遺伝学と20年以上の体細胞遺伝学の伝統に支えられてきたが,近年の分子遺伝学とヒトゲノム解析計画の台頭によって加速度的に進展し,ヒト染色体の遺伝子地図に関する情報はもはや書物で扱う範囲をこえており,コンピュータによるデータベースの活用が不可欠となっている。
 本稿では国際協力で運営されているゲノムデータベース(GDB)と,それに関連するいくつかのソフトウェアを紹介する。

遺伝病の染色体異常

著者: 白石行正

ページ範囲:P.279 - P.285

 遺伝病としては,主として常染色体劣性のものと常染色体優性遺伝病があるが,大部分は遺伝子レベルの欠損ならびに異常があっても体細胞染色体レベルで異常が認められないのが普通であるが,中でも常染色体劣性遺伝病として知られている染色体切断症候群には,体細胞レベルでも興味ある異常が見られるので,本説では染色体切断症候群を中心に解説させて頂くことにした。
 染色体切断症候群(chromosome breakage syndrome)は,自然発生の染色体異常(染色体切断)が正常者と比べて高頻度で観察されることが特徴で,この症候群にはBloom症候群(BS)1-3),Fanconi貧血(FA)4),毛細血管拡張性失調症(AT)5,6)が含まれる。

染色体の進化

著者: 今井弘民

ページ範囲:P.286 - P.288

 真核生物の遺伝情報を担うDNAは,高次のらせん構造を形成し染色体として細胞核内に存在する(図1)。この染色体は生物種により数や形(核型)が異なることが知られている(例:哺乳類2n=6~92)。ではこの著しい染色体数の相違はどんな法則に従って生じたか?その生物学的意味は何か?これらの問に答えるべく,細胞遺伝学者はこの半世紀努力してきた。その結果は融合説として集大成された。しかし最近の分子生物学の進展により,染色体進化の新しい解釈が可能になった。

連載講座 新しい観点からみた器官

甲状腺―TSHレセプターと自己免疫性甲状腺疾患

著者: 村上正己 ,   森昌朋

ページ範囲:P.289 - P.295

 自己免疫性甲状腺疾患は,臓器特異的自己免疫疾患の代表的な疾患として位置づけられており,甲状腺機能亢進症を呈するバセドウ病と甲状腺機能低下症をきたす橋本病がこれに含まれる。
 バセドウ病の原因としては,甲状腺ホルモン分泌を促す下垂体由来の甲状腺刺激ホルモン(thyroid stimulating hormone:TSH)以外の甲状腺刺激物質が患者血中に存在することが挙げられる。これまでの研究から,バセドウ病患者血中には甲状腺膜のTSHレセプターに対するIgGに属する抗体(TSH receptor antibody:TRAb)が存在し,それが甲状腺機能刺激活性を有する(thyroid stimulating antibody:TSAb)ことが明らかとなっている1)

解説

新しい中枢性神経伝達物質:ATP(アデノシン3リン酸)

著者: 井上和秀

ページ範囲:P.296 - P.303

 ATPはあらゆる細胞に普遍的に存在する「エネルギーの通貨」として広く認識されており,それが神経伝達物質の一つであるとする考えは常識を逸しているようである。じつはこの仮説はすでに1970年代にG. Burnstock1)により発表されたが,当時としてはかなり信じがたい大胆な仮説であったためか,なかなか受け入れられず,今日までATP研究は四半世紀の辛酸をなめることになった。いまや,膨大な研究成果をふまえ,生体のほとんどの臓器,組織でATPが神経伝達物質として働くことが信じられるようになってきた(末梢での神経細胞終末での局在,刺激に応じた放出,ならびに標的細胞,組織に対する作用などについては,多くの総説2-4)があるので参照されたい)。その中で,情報量が圧倒的に少ないためにいまだ確たることが言えない部位の一つに脳―中枢神経系があったが,この1,2年に中枢神経系での研究報告が急増し,ATPが新しい中枢神経伝達物質としての地位を確保しつつある。

実験講座

超高速MRIによる無侵襲脳機能計測法

著者: 小泉英明 ,   板垣博幸 ,   小野寺由香里 ,   山本悦治

ページ範囲:P.304 - P.309

 来たるべき21世紀は「脳と心」の時代ともいわれており,科学,技術は脳と精神の研究を中心に大きく展開されると予想される。脳・神経科学の成果は,近未来的には脳・精神障害の診断と治療に,将来的には人工知能,ロボティクス,さらには育児,教育などへと広範な応用が期待される。現在,脳研究の基本的な問題点は,健常な人間の高次機能(感覚処理,運動指示・調整,言語,学習,記憶など)を計測する手段がきわめて乏しいことである。例えば,脳波は脳内電源位置の空間分解能を得ることが困難であった。ポジトロンCT(positron emission tomography:PET)は,ほとんど唯一の非侵襲的な脳機能計測法として多くの新たな成果を生んできたが,実際上,放射性物質を使用するので健常者に適用することは困難である。もし,健常な人間に適用できる脳機能計測法が新たに開発されるなら,それは脳・精神科学の根幹に寄与することとなる。現在,脳磁計測(magnetoencephalograpy:MEG)などいくつかの安全で無苦痛の高次脳機能計測法が生まれつつあるが,とりわけ注目されているのが核磁気共鳴機能描画(functional magnetic resonance imaging:fMRI)である。この手法は,大脳皮質の活性化状態を,秒オーダの時間分解能,ミリメータオーダの空間分解能で計測できる可能性をもつ。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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