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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学46巻1号

1995年02月発行

雑誌目次

特集 神経科学の謎

脳の形成はいかに遺伝子によって決定され,制御されているのか

著者: 岡本仁

ページ範囲:P.2 - P.7

 ヒトや霊長類の脳は,サカナやカエルの脳とは確かに違う。前頭葉の発達のお蔭で,私たちヒトだけが豊かな創造性に富んだ内面世界を享受することができる。しかしながら,発生の初期段階では,脊椎動物の脳は単に外見的な形態ばかりでなく,そのなかにできる神経回路網も,種をこえて驚くほど似ていることがわかっている。少なくともこの時期までは,種をこえて保存されたマスタープランによって,脊椎動物の脳は作られているらしい。
 最近の知見は,脳の部域ごとに特異的な形態ができる(部域特異化:regional specification)仕組と,神経軸索が一定の経路に沿って伸展し初期神経回路網(initial axonal scaffold)ができる仕組とは,独立した過程ではなく,むしろ互いに密接に関連しあっていることを示唆している。さらに驚いたことには,そこで使われている分子の多くは,脊椎動物同士で種をこえて保存されて用いられているばかりでなく,ショウジョウバエや線虫などの無脊椎動物の中枢神経系を形成する上でも大変重要な役割を担っていることが明らかになりつつある。

受容体の分子的多様性はどのような機能的意義をもつのか

著者: 小澤瀞司

ページ範囲:P.8 - P.12

 ニューロン間のシナプス伝達は,シナプス前細胞から放出される化学的伝達物質がシナプス後細胞の受容体に作用することによって行われる。この受容体に関する研究は従来は主として生理学および薬理学的方法によって行われてきたが,近年遺伝子工学的手法が導入されることによって飛躍的な発展をとげることになった。生理学,薬理学的手法による古典的な受容体の研究において,はやくから同一の活性物質に対する受容体のサブタイプへの分類が行われ,たとえばアドレナリン受容体はα型とβ型に,アセチルコリン(ACh)受容体はニコチン性とムスカリン性に分類されてきた。しかし遺伝子工学的方法により受容体を構成するサブユニットのcDNAが次々にクローン化されてみると,それぞれの受容体には古典的研究の予測をはるかに上回る分子的多様性のあることが明らかになった。これらの受容体分子の多様性は,中枢神経系が情報処理機能を果たすうえでどのような意義をもつのか。この点については未知の部分が多いが,本稿では分子的多様性の最も顕著なグルタミン酸受容体(glutamate receptor,以下Glu受容体と略す)を中心にして小論を試みることにする。

脳のNOとCOは何をしているのか

著者: 若月秀光 ,   渋木克栄

ページ範囲:P.13 - P.17

 一酸化窒素(NO)が脳で作られ,神経情報伝達因子として働いていることは,多くの研究の成果によって明らかになった。さらに最近,一酸化炭素(CO)もNOと同様に脳で作られ,神経伝達を調節しているらしいという可能性がいわれている。NOもCOも低分子量のガス状物質であり,神経機能の調節において特徴ある情報伝達を担うのではないかと期待される。本稿では,まず神経情報伝達因子としてのNOとCOの一般的な性質について触れ,さらに記憶,学習のメカニズムとして重要なシナプスの可塑性におけるこれらの物質の働きを述べていきたい。

神経組織の発達はどのように分子的に制御されているのか

著者: 村上富士夫 ,   白崎竜一 ,   玉田篤史 ,   勝丸博信

ページ範囲:P.18 - P.23

 神経組織の発達にはさまざまな過程の積み重ねが必要であるが,最も重要なものの一つが神経回路の形成である。神経回路形成にも多くの過程があり,それ自身きわめて複雑な現象であるが,その中でもっとも基本的な過程のひとつは正中交差の形成である。ヒトをはじめとする脊椎動物の神経系は,左右対称の構造を形成しているため個体の秩序だった制御,感覚の受容のためには左右両側からの情報の統御が不可欠であり,反対側への情報の伝達は脳の機能発現にとってもっとも根本的な事象である。
 交差性回路の形成の分子機構については,これまでは無脊椎動物を含む多くの材料を用いて研究が進められてきたが,近年,コラーゲンゲルを用いた培養法の導入などにより,哺乳類を用いた研究が大きく進展し,ケモトロピズム(chemotro-pism:この場合,拡散性因子による軸索伸長の誘導)の交差性回路形成における重要性が明らかにされつつある。そして昨年,脊髄のフロアプレート由来の拡散性化学誘引分子を同定したとの報告がされ,一挙に関心が高まった。さらに興味深いことに,フロアプレートによるケモトロピズムにも抑制的に働くものがあることが明らかになってきた。そこで本稿ではこれらの問題に関する最近の研究の展開に焦点を当てて紹介することにする。

神経細胞の突起はいかにして伸び,いかにして結合するのか

著者: 溝口明 ,   井出千束

ページ範囲:P.24 - P.31

I.神経細胞の突起はいかにして伸びるか
 1.成長円錐の一般的な構造
 発生および再生過程における神経細胞の突起の先端は成長円錐という特殊な構造をしている。培養細胞では一つの細胞から複数の突起が出て,それぞれの先端に成長円錐が形成される。この場合軸索と樹状突起の区別はない。発生でも初期には同じ現象が起こっていると考えられる。神経再生においては損傷されるのはほとんどの場合軸索なので,再生では軸索に形成される成長円錐を扱うことになる。
 成長円錐はカハールによって発見・命名された。鍍銀標本で,神経突起先端のやや膨大し,糸状あるいは板状の突起を持つ構造を突起の伸長装置と見抜いたわけである。培養細胞で糸状足(filopodia)や板状足(lamellipodia)が活発に伸縮して,成長円錐があたかも意志を持つかのように動く様は印象的である(図1A)。糸状足や板状足はアクチンフィラメントが細胞骨格をなしている(図1B)。アクチンフィラメントは成長円錐本体の骨格をもなし,とくに周辺部に密に並んでいる。成長円錐は多数のミトコンドリアといろいろな種類の小胞を含むのが特徴である。微細管や神経細線維はまばらである。

シナプス機能は蛋白質燐酸化反応によってどのように調節されているのか

著者: 宮本英七

ページ範囲:P.32 - P.36

 脳は複雑に入り組んだ,しかも整然とした神経回路網を形成している。神経インパルスが神経終末に到達すると,シナプス部位において,化学伝達物質である神経伝達物質が放出され,後シナプス細胞に神経情報が伝達される。いわゆる古典的な神経伝達物質ならびに最近注目をあびているニューロペプチドは,前シナプス膜および後シナプス膜に存在する受容体を刺激し,細胞内にイオンやセカンドメッセンジャーを産生して,その作用を発揮している(図1)。生じたcAMP,cGMP,Ca2+,DG(ジアシルグリセロール)はそれぞれに特異的なプロテインキナーゼを活性化して,神経伝達物質の作用を仲介していると考えられている。
 蛋白質燐酸化反応は,蛋白質合成が完成してから蛋白質に生ずる修飾反応の一つである。燐酸化反応はプロテインキナーゼ(PK),脱燐酸化反応はプロテインホスファターゼ(PrP)によって触媒され,両者は全く異なった酵素であるが,両反応は可逆的反応と考えられ,生体内の比較的進行の速い反応に関与することが可能と考えられている。他臓器に存在するいずれのPK,PrPの存在も確認されており,その数は両者合わせて数十種にも上る。上述の通り,神経伝達物質の受容体刺激によって生ずる活性物質がそれぞれに特異的なPKを活性化することから,シナプス機能に蛋白質燐酸化,脱燐酸化反応が深く関与していると想像することは突飛なことではない。

シナプス長期増強は記憶と因果的に関係しているのか

著者: 津本忠治

ページ範囲:P.37 - P.43

 最近,その数が益々増加しているシナプス長期増強(long-term potentiation:LTP)や長期抑圧(long-term depression:LTD)に関する論文は,必ずといってもいいほど「記憶や学習の素子過程であるLTPやLTDは・・・・」といった決まり文句で始まっていることが多い。あるいは,学習や記憶を表題に掲げる研究費申請書の多くの内容は,単にLTPやLTDの分子メカニズムを調べるものであったりする。
 それでは,どのような実験的根拠に基づいてLTPやLTDは記憶や学習の素子過程といえるのであろうか。素子過程であるというLTPやLTDが,脳内のどこでどのように組み合わさって記憶や学習が成立するのであろうか。これらの疑問に遭遇すると多くの人は狼狽することになる。それは,残念ながら現在のところ,それらの疑問に確として答えうる実証的研究結果が非常に少ないからである。もっとも,経験に基づく行動の変容が学習で,その持続が記憶であると定義すればアメフラシをはじめとする下等動物での研究は多数あるが,上述の疑問で記憶といっているのは高等哺乳類における顕在的記憶explicit memoryあるいは認知的記憶のことである。この認知的記憶とLTPの因果関係を実証することは,後述するように予想以上に手ごわい。

結び付け問題は視覚野でどのように解かれているのか

著者: 川人光男

ページ範囲:P.44 - P.48

 過去15年間の視覚の神経生理学と解剖学の最大の成果は,多数の高次視覚野が大脳皮質の後ろ半分に存在することを見出したことであろう。多数の高次視覚野は網膜像に含まれる異なる手掛かり(形,色,陰影,テクスチャー,両眼視差など)を処理している。ある高次視覚野は他の全ての高次視覚野と神経線維で結合されているのではなく,多くの視覚野間を流れる情報にはいくつかの平行な道筋ができている。粗く分ければ,背側経路(Where,How)と腹側経路(What)である1,2)。M.Livingstone,D.Hubel3)の網膜からV1,V2,高次視覚野までの分類によれば,形,色,動きの3つの経路に分かれる。
 本稿では,モジュール統合の謎に迫ってみたい。つまり,大脳皮質には多数の高次視覚野が存在し,それぞれが形,色,動きなど別々の視覚手掛かりを処理しているが,われわれが世界を見るとき形,色,動きなどがばらばらに見えるなどということはなく,いつでも単一の知覚像が得られるのはなぜだろう。

大脳基底核は何をしているのか

著者: 木村實

ページ範囲:P.49 - P.54

 ヒトの大脳基底核はその病変によってパーキンソン病,ハンチントン舞踏病やヘミバリスムスのようにきわめて著しい運動の異常をきたすために,運動機序に深く関与すると考えられてきた。実際,被殻は大脳皮質の運動系領野である一次運動野(MI),補足運動野(SMA),運動前野(PM),体性感覚野(SI)から強い体部位依存的な投射を受ける。一方,大脳基底核の出力情報は淡蒼球内節(GPi)や黒質網様部(SNr)から発し,視床を介して大脳運動系皮質(SMA, PM, MI)へ部位依存的に投射する1)とともに,上丘や橋被蓋網様核など下位の運動中枢へ向かう。GPiやSNrから視床や上丘への投射ニューロンはきわめて高頻度の持続的放電をしており,その投射はGABAを伝達物質とする抑制性であることが知られている。このような運動系と緊密な神経接続を持つ大脳基底核がきわめて強い抑制性出力を持っているので,出力レベルが高過ぎるとパーキンソン病にみられる固縮や寡動のように体がこわばって思うように動けなくなり,逆に出力レベルが低過ぎるとヘミバリスムスのような激しい不随意運動が生ずる。

運動指令は大脳皮質でいかに形成されるのか

著者: 丹治順

ページ範囲:P.55 - P.59

I.大脳皮質の運動関連領域野
 1.多数の運動領域があるのはなぜか
 大脳皮質には多数の運動領野がある1,2)。現時点で認められている運動領野の区分をサルの脳について示すと図1のようになるが,それらの位置関係はヒトでも同様である。一次運動野(primary motor cortex)の前方で,半球外側面には運動前野(premotor cortex)があり,それは背側と腹側の2領野に大別される。半球内側面の一次運動野より前方には補足運動野(supplementary motor area)があり,それよりさらに前方には前補足運動野(preSMA)が存在する3)。帯状溝の上・下壁にまたがって,2つの運動領野があることも最近明らかとなり,その前方部は吻側帯状皮質運動野(rostral cingulate motor area:CMAr),後方部は尾側帯状皮質運動野(CMAc)と呼ばれている。
 このように多数の運動領野があるのはなぜだろうか。運動を行うときに,その出力の空間的・時間的パターンを形成し,それを脊髄と脳幹の下部組織に伝えることはむろん必要である。しかしその過程は,運動を行うために脳が行うべき課題のほんの一部に過ぎない。運動をその目的に合わせてうまく行うためには,多くの過程が必要である。

脳の情報処理はいかにして機械の情報処理と区別されるのか

著者: 田森佳秀

ページ範囲:P.60 - P.66

 脳は,コンピュータに例えて語られることが多い。情報処理という言葉も,コンピュータのように,特定のハードウエアが存在して,そのハードウエアの動作手順を記号化し記憶,これを処理するという情報処理機械としての機能を脳が持ち合わせていることを期待して用いられるのであろう。本稿ではこの脳が行っていると考えられる情報処理を(いささか曖昧ではあるが)受動的なものと能動的なものとに分け,そのうちの能動的情報処理の機構を,随意運動のプログラミング(後述)の神経回路網モデルを一例として説明したい。ここでは脳の受動的な情報処理とは,無意識下でも存在する,大脳皮質感覚領ニューロンの外界からの刺激に対する応答に至る,内に向かう神経活動であるとし,能動的な情報処理とは,意志決定(decision making)や注意(attention),あるいは随意運動(voluntary movement)といった,意識下で認知している思考,知覚,行動に伴う,外に向かう神経活動のことであるとする。このような定義を行ったとしても能動的か受動的かの境界は依然として曖昧であることは否めない。なぜなら意識の正体がはっきりしていないからである1)。ここでは定義することの難しい意識を解釈することは避けて,はっきりと意識的であるといえる現象(随意運動)と矛盾しないモデル(機械論的対応物)を見いだした後で,これを一般化して能動的情報処理と受動的情報処理を区別する。

注意は観測可能か

著者: 彦坂興秀

ページ範囲:P.67 - P.71

 注意は感覚情報を選択する機構である。われわれはその選択された情報にもとづいて行動をおこし,記憶を蓄える。そしてさらに,その行動や記憶にもとづいて注意による選択が行われる。この連鎖のなかで脳は適応し,自律性を獲得する。
 これまでおおくの心理学者や生理学者が,注意のありかたとそのメカニズムを明らかにしようとしてきた。しかし,依然としておおくの疑問が残されている。注意によって感覚情報処理の何が変わるのだろうか―強さなのか1,2),速さなのか3-5)。情報処理のどのレベルに作用するのだろうか―知覚を利用する過程で注意による選択が行われる(Late selection)のか6,7),知覚そのものの成立に注意がはたらく(Early selection)のだろうか8,9)。意志によって注意をなにかに向けることもできるし,外界のできごとに注意がひきつけられることもある。これらは同じ注意といえるのだろうか10)。共通するメカニズムはあるのだろうか。注意の対象は何だろうか―空間なのか,「もの」なのか,その特定の属性なのか。

脳はいかに眠るのか

著者: 本間研一

ページ範囲:P.72 - P.76

I.脳が眠るということ
 眠りとはヒトにとっては意識の消失であり,長時間にわたる身体活動の停止である。人生の3分の1をしめる睡眠は,意識喪失という特異な状態ゆえに「死の兄弟」あるいは「忘却への旅」など形而上学的に,また夢解釈など潜在意識への道としての多くの人々の興味を引き付けてきた。現在睡眠は生体機能調節機構として科学的に捉えられているが,睡眠の本態や機能,生理学的意義については依然不明な点が多い。
 睡眠の厳密な定義は難しい。ヒトを含めた多くの動物に共通する睡眠の特徴は,24時間周期で現れる不活動状態,反応閾値の上昇,特有な姿勢などであり,頭皮脳波の高振幅徐波化などの睡眠特有の脳波は鳥類以上の高等哺乳類でしか認められていない1)。同様に,筋緊張の低下,急速眼球運動などを伴うレム睡眠も鳥類以上の動物でしか確認されていない。睡眠を脳全体の機能が低下した状態とみなす考えはおそらく誤りであろう。視床下部ニューロンの支配を受けている下垂体前葉ホルモンの分泌は一般に睡眠中に盛んになるし,発射頻度が睡眠中に増加するニューロンも数多く知られている。

脳はいかに老化するのか

著者: 井形昭弘

ページ範囲:P.77 - P.81

 人は生まれてから成長を遂げ,思春期を迎えて子供を作り,やがて神の摂理に従い死を迎える。その意味では人は与えられた運命に従い,加齢とともに諸臓器の機能は成熟し,衰え,死に向かって進んでいく。脳もその例外ではなく,機能とともに老化していく(図1)。

意識における時間の流れはいかにつくり出されているのか

著者: 茂木健一郎

ページ範囲:P.82 - P.86

I.「意識」における時間の流れ
 21世紀は科学者にとって,脳の世紀となるだろうと予測されている。すなわち科学にとって,真のフロンティアは脳科学であるということである。そして,脳のさまざまな属性の中でも「意識」の問題は,最もその究明が困難な,しかし同時に本質的な問題であると考えられている1-3)。「意識」の問題に対するアプローチにはいろいろあるが,科学的なアプローチとして有力なものは,「意識」が脳における情報処理過程において,どのような役割を果たしているかという設問である。端的にいえば,「意識」と呼ばれるような実体が存在しなければ,実行できないような情報処理が存在するのかという問題である。どのような情報処理が,「意識」が存在しなければ実行できないのかという問題は,それ自体が未解決の問題であって,慎重な議論が行われなければならないが,本稿では,異なるモダリティの情報を単一の時間と空間の枠組みの中で統合することが,「意識」の計算論的な意義であるという作業仮説を採用することにする。
 上の作業仮説をとりあえず認めたとして,それでは,「意識」における単一の時間と空間の枠組みは,どのようにして生じてくるのだろうか。この問題に現時点で科学的にアプローチするとしたら,どのような手法が可能なのだろうか。

自意識はいかに脳に表象されるのか

著者: 伊藤正男

ページ範囲:P.87 - P.89

 神経科学の謎のなかでもこれはいわば最終の謎であろう。従来はこのような問題は哲学に任せて,神経科学は関知しないできたのであるが,21世紀も近くなった今,この問題へのアプローチが真剣に考えられるようになってきた。
 普通にいう「心」には,認識,随意運動,情動,記憶学習,意識の5つの成分がある。この内,心の中核となるのは意識であり,これが現在もっとも脳との関係が付けにくい成分である。二元論的な考えでは,脳はあくまで一種の機械で,これを操り,その働きを見ているホモンクルスが何処かにいることになってしまう。しかし,そんなものは何処にも見当たらない。では,脳と心をどのように結び付けたらよいのか,現在,この問題は4つの手掛かりを頼りにアプローチしようとされている。

連載講座 新しい観点からみた器官

呼吸器―とくに気道上皮の無線毛細胞について

著者: 柴崎晋

ページ範囲:P.90 - P.98

 気道air tractが鼻腔に始まり,肺の小葉間結合組織内を走る終末細気管支に至り,呼吸細気管支を経て肺胞に達していることはよく知られている。
 気道は中空性器官の性格をもち,とくに気管,気管支以下の分枝は内腔を囲んで,粘膜mucous membrane,筋層muscular layer,外膜T. adventitiaの3層からなる壁があり,太い部分には筋層の位置に軟骨が存在する。粘膜上皮epitheliumは基本的には単層上皮であるが,上皮が厚い部位では多列上皮pseudostratified epitheliumの構造を示し,重層上皮stratified epitheliumとの区別が肝要である。ヒトの多列上皮の下底には光顕的基底膜basement membraneが均質性無構造の層をなして見られ,結合組織乳頭はない。

話題 Cold Spring Harbor Meeting印象記

ゲノムマッピングとシークエンス

著者: 田中真奈実

ページ範囲:P.99 - P.99

 研究者が研究室を留守にしてまで参加したいと思う学会の必要条件は何か?分野の最高権威で(招待されること自体が自分の研究に対する高い評価で),豪華な顔ぶれが揃い,情報・技術・研究試料の交換とさらなる研究の発展(人材・研究費取得も含む)が確実であることではなかろうか。コールドスプリングハーバーミーティングは,これらの要件を満たした上に,ロングアイランドの素晴しい風光に恵まれて,分子生物学発展の生きた歴史と,現在も連綿として連なる研究所の活動とその誇りを同時進行で見せてくれる。ニューヨーク空港からリムジンで直行した研究所にそのまま1週間カンヅメとなり,早朝から深夜まで寝ても覚めても世界中の研究データに埋没することは,知恵のリンゴを好きなだけ食べてもよいといわれたエデンの原人類のような気分を起こさせる。なぜならそれは切り売りのデータではなく,その研究をした本人に会って直接何でも聞ける機会を意味するのだから。
 今回第6回を迎えるこのゲノムマッピングとシークエンスは,HUGOを中心として北米欧州各国の主要研究室で推進されている全ゲノム解析型遺伝学・分子生物学の進歩の要約であり,関連分野も含めて激動する文化の中の科学の位置というものも明瞭に描出する。

ストレス蛋白質と分子シャペロン

著者: 吉開泰信

ページ範囲:P.100 - P.100

 平成6年5月4日から5月8日までの4日間,米国ニューヨーク州コールドスプリングハーバーで第3回「ストレス蛋白質と分子シャペロン」会議が開催された。1982年に開催された第1回の会議では数十名足らずの参加者と聞いたが,今回は約400名もの参加者があり,この分野の急速な発展が感じられる。ジュネーブ大学のC.Georgopolos教授,ノースウェスト大学のR.Morimoto教授,シカゴ大学のS.Lindquist教授のアレンジによって,朝9時から12時までと夕方6時から夜の11時までにおよぶ59題の口演発表と討論,午後はポスターセッションに当てられ,275題のポスター演題が発表された。研究所内の一戸建てハウスに数人で寝泊まりし,夜を徹して討論がはずんだ。口演発表はHSP遺伝子の発現機構,HSPの立体構造,HSPの分子機能およびHSPの生物学的意義のセッションに大きく分けられた。ポスターセッションは演者のアルファベット順であった。
 HSP遺伝子の発現機構のセッションでは,HSP遺伝子転写因子であるE,coliのσ因子からヒトのHSF1,HSF2,(HSF3,ニワトリ)までの構造と機能が発表され,活発な討論が行われた。

レトロウイルス

著者: 北村義浩

ページ範囲:P.101 - P.101

 1994年5月に,コロンビア大学のS. GoffとDana-Faber癌研究所のJ. Sodorskiの2人をオーガナイザーとして,米国New York州のCold Spring Harbor研究所で,レトロウイルスに関する会議が開かれた。500人以上の参加のもと,370にのぼる演題が発表され,文字どおり,世界最大のレトロウイルスに関する国際会議であった。参加者は,世界各国に及んでいたが,米国からの参加が圧倒的に多く,研究者層の厚みを感じさせた。その他仏国,ついで英国・独国からの参加が多く,興味深いものが多々見られた。本邦からの参加はごく限られた研究室からだけで,米国からの参加も含めて,日本人は10人程度であった。
 逆転写酵素を発見した偉大なウイルス学者,H. Temin博士が亡くなった直後ということで,彼の弟子であり,そして,私の米国での師でもあるJ. M. CoffinからTemin博士の業績についてプレゼンテーションとクイズの出題があった。

マウスを用いた分子遺伝学

著者: 三浦直行

ページ範囲:P.102 - P.103

 昨年8月31日から9月4日までの5日間,米国のCold Spring Harbor研究所に,マウスを実験材料としてヒトと高等動物のあらゆる生命現象を明らかにしようとしている世界中の研究者たちが集まった。このミーティングは毎年夏に開催され,一昨年はドイツで昨年は米国で開かれた。参加者総数は400名をこす多数であり,参加申込をしても参加を許されなかった人も多数いたと聞く。現在,最もホットな研究分野の一つであり,80演題の口頭発表と190演題のポスター発表が行われた。そのカバーするテーマは遺伝学,発生工学の方法の開発,初期発生,形態形成,器官形成,神経発生,シグナルと受容体,ヒト疾病モデル,発癌というようにすべての生命現象を含んでいる。遺伝子操作の進展,ES細胞の樹立によりマウス個体を自由に扱うことが可能になった現在,マウスを実験の場としてヒトのあらゆる生命現象が解明されると期待される。全体を紹介することは不可能なので,ここでは著者の専門としている形態形成に関わる転写因子遺伝子と,発癌に関わる遺伝子を中心に述べていきたい。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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