特集 神経科学の謎
脳の情報処理はいかにして機械の情報処理と区別されるのか
著者:
田森佳秀12
所属機関:
1理化学研究所国際フロンティア研究システム情報表現研究チーム
2新技術事業団さきがけ21「知と構成」領域グループ
ページ範囲:P.60 - P.66
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脳は,コンピュータに例えて語られることが多い。情報処理という言葉も,コンピュータのように,特定のハードウエアが存在して,そのハードウエアの動作手順を記号化し記憶,これを処理するという情報処理機械としての機能を脳が持ち合わせていることを期待して用いられるのであろう。本稿ではこの脳が行っていると考えられる情報処理を(いささか曖昧ではあるが)受動的なものと能動的なものとに分け,そのうちの能動的情報処理の機構を,随意運動のプログラミング(後述)の神経回路網モデルを一例として説明したい。ここでは脳の受動的な情報処理とは,無意識下でも存在する,大脳皮質感覚領ニューロンの外界からの刺激に対する応答に至る,内に向かう神経活動であるとし,能動的な情報処理とは,意志決定(decision making)や注意(attention),あるいは随意運動(voluntary movement)といった,意識下で認知している思考,知覚,行動に伴う,外に向かう神経活動のことであるとする。このような定義を行ったとしても能動的か受動的かの境界は依然として曖昧であることは否めない。なぜなら意識の正体がはっきりしていないからである1)。ここでは定義することの難しい意識を解釈することは避けて,はっきりと意識的であるといえる現象(随意運動)と矛盾しないモデル(機械論的対応物)を見いだした後で,これを一般化して能動的情報処理と受動的情報処理を区別する。