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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学46巻2号

1995年04月発行

雑誌目次

特集 プロテインホスファターゼ―最近の進歩

プロテインホスファターゼ1のイソフォームとその意義

著者: 水野佑亮 ,   菊池九二三

ページ範囲:P.106 - P.112

 セリン/スレオニン残基に特異的な1型プロテインホスファターゼPP1は,プロテインホスファターゼ研究の中で最も古い歴史をもつもののひとつで,1960年代よりMerlevedeらにより精力的に研究がなされてきたが,その精製が難しく,長い潜伏の期間があった。ところが1980年代に至り,Merlevedeら,Fischerら,Cohenらが時を同じくしてその精製に成功するやPP1研究は急速に進展をみせた。その後,cDNAの解析により触媒サブユニットに複数種存在することがCohenらや長尾らにより報告された。一方,PP1には内因性の阻害性蛋白をはじめとするいくつかの調節サブユニットや調節蛋白が存在することがこれまでに報告されてきたが,その数は現在さらに増えつつある。その結果,PP1の機能やその調節,あるいは局在などが極めて精妙に制御されていることが明らかになった。このような背景のもと,PP1研究は次第に広がりを見せ,その生理的意義について,生化学や分子生物学はもとより,細胞生物学あるいは腫瘍学などの立場から多角的に研究がなされるようになった。本稿においては,このようなPP1研究の現況について,とくにイソフォームを中心に概説する。

プロテインホスファターゼ2Aのサブユニットと金属依存性

著者: 武田誠郎 ,   西藤泰昌 ,   碓井裕史

ページ範囲:P.113 - P.117

I.セリン/スレオニンホスファターゼの分類
 タンパク質のセリン/スレオニン残基のリン酸化・脱リン酸化は,諸々の細胞機能の制御機構として重要な役割をはたしている。脱リン酸化を触媒するセリン/スレオニンホスファターゼは,CohenとIngebritsen1)によって1(PP-1),2A(PP-2A),2B(PP-2B),2C(PP-2C)の4型に分類された。彼らはまずHuangとGlinsmann2)が骨格筋に見い出した耐熱性阻害タンパク質によって阻害されるものをPP-1,阻害されないものをPP-2と分類した。PP-1とPP-2は基質特異性が異なり,A-キナーゼでαとβサブユニットがリン酸化されたホスホリラーゼキナーゼを基質とすると,PP-1はβから,PP-2はαから優先的にリン酸を遊離する。オカダ酸は,黒色スポンジの毒素として発見されたセリン/スレオニンホスファターゼの特異的阻害物質であるが,これらの4型のホスファターゼに対して異なった作用スペクトラムを示すので分類にも使用される。オカダ酸のID50はPP-2Aに対して10-9M,PP-1に対して10-7M,PP-2Bに対して10-6Mオーダーであり,PP-2Cおよびチロシンプロテインホスファターゼには作用しない3)

プロテインホスファターゼ2Aのサブユニット亜型とその局在

著者: 長尾美奈子 ,   島礼

ページ範囲:P.118 - P.122

 プロテインホスファターゼ2A(PP2A)は,哺乳動物Drosophila,酵母でかなり高い相同性をもって保存されている分子種であるが,ここでは主として哺乳動物の分子種について述べる。
 PP2A触媒サブユニットファミリーメンバーにPPX,PPVが含まれる。さらにPP2AとPP2Bの中間を示すホスファターゼが最近みつかったので,その点についても紹介する。

カルシニューリンによるT細胞アポトーシスの調節

著者: 岩田誠

ページ範囲:P.123 - P.126

 カルシニューリンはプロテインホスファターゼ2Bとしても知られ,その活性発現にはCa2+とカルモジュリン(CaM)の存在が必須である1)。カルシニューリンは脳に最も多く存在し,脳における主要な可溶性CaM結合タンパク質である。カルシニューリンは,元来,サイクリックヌクレオチドホスホジエステラーゼなどのCaM依存性酵素の活性化を阻害する因子として発見され,当初,その分布が神経系に特異的と考えられていたことと,そのCa2+結合性からこの名称が与えられた2)。しかし,ウサギ筋肉中に既に発見されていたプロテインホスファターゼと同一の物質であることが後に判明し,さらにTリンパ球その他の細胞・組織にも分布することが知られるようになった。しかし,カルシニューリンが一般に知られるようになったのは,免疫抑制剤シクロスポリンA(CsA)およびFK506との関係が明らかになり,細胞内シグナル伝達に重要な役割を演じることが示されてからであろう。

インスリンの細胞内シグナル伝達機構とチロシンホスファターゼ

著者: 的崎尚 ,   春日雅人

ページ範囲:P.127 - P.134

 インスリンにより誘導される多様な生物反応は,インスリンが受容体に結合した後に活性化されるインスリン受容体βサブユニットが有するチロシンキナーゼ活性により媒介されるものと考えられている1)。インスリン受容体チロシンキナーゼは,受容体自身の自己リン酸化を惹起するのみならず,インスリン受容体基質-I(IRS-1)2)やShc3)などのシグナル伝達分子のチロシンリン酸化を直接に行うことで,下流への細胞内シグナルを伝達するものと考えられている。従って,インスリンの細胞内刺激伝達経路において,タンパク質のチロシンリン酸化という現象は中心的役割を果しており,種々のシグナル蛋白質のチロシンリン酸化状態がインスリンシグナルのon/offに直接関与しているものと思われる。生体内においては,タンパク質のチロシンリン酸化状態はリン酸化と脱リン酸化反応の両者のバランスにより制御されている。従って,生体内で脱チロシンリン酸化を解媒するチロシンホスファターゼ(PTP-ase)は,インスリンシグナル伝達経路においても,重要な調節的役割を果している可能性が想定される。現在まで約20数種のPTPaseがヒトにおいて知られているが,最近の研究成果により,いくつかのPTPaseが確実にインスリンのシグナル伝達に関与していることが明らかにされている。

神経系でのチロシンホスファターゼ発現とその意義

著者: 伊藤俊治 ,   岡田雅人 ,   中川八郎

ページ範囲:P.135 - P.141

 神経系細胞特有の分化・発生(終末分化,軸索・突起進展,シナプス形成,細胞死など),さらにはシナプス伝達,記憶,学習などの高次機能においても,蛋白質のチロシン残基のリン酸化反応が細胞内シグナル伝達過程に重要な役割を演じていることが明らかにされつつある。例えば,神経系特異的に発現している神経成長因子(Nerve Growth Factor:NGF)の受容体であるTrk,およびそのファミリーTrkB,TrkCなどはチロシンキナーゼ活性を有し,シグナルをチロシンリン酸化反応を介して伝えていることはよく知られている1)。また,非受容体型のチロシンキナーゼであるSrcファミリーキナーゼも神経系において高レベルで発現していることから,神経細胞の分化・発生・機能にある役割を担っていると示唆されてきた2,3)
 このようなチロシンリン酸化反応は,チロシンホスファターゼ(PTP)により制御され,適切な細胞機能調節が行われるが4),神経系特有の発生・分化・機能に関与するPTPは,その存在が見いだされつつあるものの,機能が十分理解されるまで至っていない。筆者らは,神経系特異的に発現しているPTPの検索を試み,これまでに3種の新しいPTPを単離し,その機能解析を進めている。本稿では,主にそれらの性質を紹介することによって,神経系におけるPTPの意義について考えてみたい。

胎生期脳のチロシンホスファターゼ

著者: 田川雅敏 ,   白沢卓二

ページ範囲:P.142 - P.145

 蛋白質のチロシン残基の脱リン酸化を担うチロシンホスファターゼは,細胞内刺激伝達系の各段階で作用すると考えられ,チロシンキナーゼと並んで重要な生物学的特性を有すると推察されている。しかし残念ながらこれを実証する具体的な事実に乏しいのが現状である。一方,その遺伝子の塩基配列はすでに多くの例で明らかにされており,推察されるアミノ酸配列から,高分子量の受容体型と低分子量の細胞質型にチロシンホスファターゼは分類される1)。また約300個のアミノ酸からなる酵素活性を有するホスファターゼドメインの存在も知られている2)
 神経細胞においても多くの生理的反応が蛋白質のリン酸化によって制御されると考えられており,これを支持するように神経細胞ではチロシンキナーゼが豊富に分布している。またショウジョウバエで得られている変異株の解析から,チロシンキナーゼの機能についての研究が進められている3)。しかし神経細胞におけるチロシンホスファターゼの生物学的意義の解明は遅れているばかりか,その発現についても明らかにされている例は多いとはいい難いのが現状である。われわれは神経細胞の増殖と分化との接点を捜る目的で,胎児脳のチロシンホスファターゼの解析を開始したが,本稿では現在まで知られている胎児神経細胞における同酵素の発現様式と,最近われわれが単離しえた胎生期中枢神経に発現するチロシンホスファターゼ遺伝子について解説したい。

チロシンホスファターゼとしてのCD45

著者: 矢倉英隆

ページ範囲:P.146 - P.149

 リンパ球の活性化,増殖,分化の制御機構に重要な役割を担っているチロシンリン酸化は,チロシンキナーゼ(protein tyrosine kinase:PTK)とチロシンホスファターゼ(protein tyrosine phosphatase:PTP)とにより触媒されている。PTKに比して解析が遅れていたPTPに関する研究が本格的に始まったのは,1988年にFischerのグループにより細胞内型のPTPであるPTP1Bの遺伝子クローニングがされてからである1)。予想に反して,PTP1Bと相同性を示したのは他のホスファターゼではなく,造血系の膜貫通分子であるCD45の細胞質内領域の2ヵ所であった。さらに,CD45が実際にPTP活性を持っていることも明らかにされた2)。CD45が免疫系の制御に関与していることはすでに明らかにされていたが,これらの研究成果により,CD45の酵素学的側面からの解析が促された。このレビューでは,CD45がリンパ球のシグナル伝達をどのように制御しているのかについて,そのPTP活性との関連で考察してみたい。なお,詳細は最近の文献3を参照して頂きたい。

血液細胞のチロシンホスファターゼ

著者: 本田浩章 ,   平井久丸

ページ範囲:P.150 - P.155

 チロシンリン酸化酵素(protein tyrosine kinase:PTK)が細胞の増殖,分化における情報伝達機構に重要な役割を果たしていることはよく知られている。生理的な状態ではリン酸化されたチロシン残基は再び脱リン酸化を受けることから,チロシン脱リン酸化酵素(protein tyrosine phosphatase:PTPase)も細胞内情報伝達機構の制御に重要な役割を果たしていることはかねてから予想されていたが,酵素精製の困難さなどの要因に妨げられて,その研究の歴史はPTKに比べると遥かに立ち遅れていた。しかし,1988年にヒト胎盤から最初のPTPaseであるPTPase1Bが精製され,そのアミノ酸配列がヒト白血球共通抗原であるCD45と約30%の相同性を持つこと,更にCD45がPTPase活性を持つことが証明されて以来,PTPaseの研究の歴史は飛躍的な進歩をとげることになる。現在までに分子生物学的手法を用いて数多くのPTPaseがクローニングされ,その機能が明らかになりつつある。
 PTPaseはPTKと同様に,その構造から大きく膜貫通型と細胞質型に大別される。

プロテインホスファターゼの局在

著者: 伊藤正明 ,   清水啓之 ,   中野赳

ページ範囲:P.156 - P.161

 タンパク質リン酸化反応は,細胞内シグナル伝達機構として非常に重要で,増殖・運動・代謝調節・免疫応答など種々の細胞機能と関係して,多くのタンパク質が細胞内で可逆的リン酸化を受けることが知られている。タンパク質の脱リン酸化酵素(プロテインホスファターゼ)の基質特異性は,一つは酵素ならびにその基質の分子構造により決定されると考えられるが,試験管内で脱リン酸化を触媒することが証明されても,実際細胞内では脱リン酸化を触媒していないと考えられることにしばしば遭遇する。この理由の一つにその酵素の局在が関与し,タンパク質を細胞内において脱リン酸化させうるホスファターゼは,細胞内でその基質近傍に位置していることも重要と考えられてきている。すなわち,プロテインホスファターゼもプロテインキナーゼと同様に細胞の各状態に応じた局在をとり,これがその細胞機能の発現に重要であることが明らかになってきた1)
 プロテインホスファターゼは,セリンまたはスレオニンの水酸基に結合したリン酸の水解を触媒するセリン/スレオニンホスファターゼと,チロシンの水酸基に結合したリン酸を水解するチロシンホスファターゼに分類される。

プロテインホスファターゼの阻害剤と活性化剤

著者: 菅沼雅美 ,   藤木博太

ページ範囲:P.162 - P.169

 オカダ酸がプロテインホスファターゼ阻害剤として最初に発表されたのは1987年である。しかし,オカダ酸が黒磯海綿から分離され,構造が決定されたのは1981年のことで,ハワイ大学化学教室Scheuer教授の研究室,橘和夫博士(現東大教授)の貢献による。化学教室から1ブロック離れた薬理学教室の柴田章次教授は,オカダ酸の添加はCa++がなくても平滑筋線維の収縮を起こすことを1982年に発表されていた。当時名城大学平田義正教授および名古屋大学山田静之教授から「オカダ酸は面白い化合物だよ」とオカダ酸をいただいて,発癌プロモーションの研究を始めたのは1985年であった。その当時,オカダ酸がプロテインホスファターゼ阻害剤であるとのデータは発表されていなかった。柴田教授の論文から,オカダ酸の作用にはCa++非依存性のプロテインキナーゼの活性化が,あるいは,プロテインホスファターゼの阻害が関与しているとわれわれは推測していた。オカダ酸およびディノフィシストキシン-1(35-メチルオカダ酸)がマウス皮膚で12-O-tetradecanoylphorbol-13-acetate(TPA)と同等に強く,また,TPAと異なった機構で発癌プロモーション活性を誘導することを,われわれは1988年Proc. Natl. Acad. Sci.とJpn. J. Cancer Res.にそれぞれ発表した。

平滑筋収縮制御へのプロテインホスファターゼの役割

著者: 藤田秋一 ,   村橋哲也 ,   北澤俊雄

ページ範囲:P.170 - P.175

 現在,一般的に認められている基本的な平滑筋収縮調節機構1,2)(図1)は細胞内Ca2+濃度の上昇に伴い,Ca/カルモジュリン(CaM)依存性ミオシン軽鎖キナーゼ(MLCK)がミオシン軽鎖(MLC)をリン酸化することである。このリン酸化によりミオシン頭部はアクチン線維との間にクロスブリッジを形成し,そのATP分解反応の際に生ずるエネルギーを利用して平滑筋を収縮させる。逆に,細胞内Ca2+濃度の減少によって,Ca/CaM複合体のはずれたMLCKの活性は減少する。そのため,リン酸化MLCを脱リン酸化するミオシン軽鎖ホスファターゼ(MLCP)の相対的活性は高まり,MLCは脱リン酸化され,その結果ミオシン頭部はアクチン線維から離れ,筋は弛緩する。この古典的リン酸化機構においては,Ca2+の増減は活性化MLCK数の増減,すなわちMLCK活性の速度定数を増減することになる。一方,脱リン酸化酵素MLCPに対しては特に制御機構がなく,その活性速度定数は常に一定に保たれていると仮定されていた。この考え方からすると,MLCのリン酸化量はMLCKの活性変化によってのみ調節され,そのリン酸化のCa2+感受性は変化しないことになる。よって,高いリン酸化量を維持するためには細胞内Ca2+濃度を高く維持し,MLCKを活性化し続けなければならない。

連載講座 新しい観点からみた器官

副腎皮質―層別機能局在とステロイド産生異常の分子機構

著者: 静田裕 ,   三谷芙美子 ,   石村巽

ページ範囲:P.176 - P.184

 副腎皮質は図1に示すように,球状層,束状層,網状層の3層からなり,これらは各々機能の異なるステロイドホルモン,即ち鉱質コルチコイド,糖質コルチコイドおよび副腎性アンドロゲンを分泌する1)。代表的で最も作用の強い鉱質コルチコイドにはアルドステロンがあり,主な糖質コルチコイドとしてはコルチゾール(ラットなどのげっ歯動物ではコルチコステロン)そして副腎性アンドロゲンにはデヒドロエピアンドロステロンがある。このように副腎皮質の各層は各々特有のホルモンを生成・分泌し,これを層別機能局在と呼んでいる。従って副腎皮質に起こる病変はまずどの層に病変が生じたかによって決まり,それがそれぞれ特有のステロイド産生異常につながるものと考えることができる。
 本章では,まず,副腎皮質におけるこれらステロイドホルモンの生合成系について概観し,特に,最近その実体が解明されたアルドステロン合成酵素(P450aldo)の性質を糖質コルチコイド合成酵素であるステロイド11β-水酸化酵素(P45011β)の性質と比較しながら述べる。ついで,近年,三谷らが見いだした副腎皮質の幹細胞(stem cell)と思われる細胞層に言及し,これらをもとに機能が局在する副腎皮質の3層構造がいかに形成されるのかについて考察する。そして最後に,ヒトにおけるP45011β欠損症とP450aldo欠損症の遺伝子異常について静田らが見出した知見を述べる。

実験講座

細胞小器官の求積法―SERの容積と老化

著者: 市原一郎

ページ範囲:P.185 - P.194

I.滑面小胞体
 哺乳動物の各組織は通常,おおよそ直径10~30μmの細胞で構成されており,この細胞には形態面でも機能面でも複雑な細胞内膜系1)が発達している。この細胞内膜系の構造として小胞体,ゴルジ装置,糸粒体,水解小体,ペルオキシゾーム,核膜らが出現している。
 この細胞内膜系構造のなかで,小胞体は粗面小胞体と滑面小胞体という形態的に確認できる2種類に分けることができる。前者は膜の外側表面にタンパク合成を行うリボゾームを付着させており,後者は付着リボゾームを持たず,分枝した小管状あるいは網目状に互に連絡し合う小管状の小胞体内腔を作りだしている(図1,2)。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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