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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学46巻6号

1995年12月発行

雑誌目次

特集 病態を変えたよく効く医薬

はじめに

著者: 野々村禎昭

ページ範囲:P.664 - P.664

 1980年代後半にWHOはこの10年に人類に貢献した医薬十傑を発表した。そのなかにわが国産のものが二つふくまれていた(本特集にのせられている)。ひと昔前のわが国の医薬産業を考えてみると,これは画期的なことであった。一般の科学研究にもいえることであるが,これまで日本人はものまねが上手で,これを精緻にしあげてしまうと考えられていた。特に医薬産業は自己開発をやるより,外国製のものを多少手を加えて売り出すのが当然と思われていた。この時状況は大きく変わってきていたのである。現在,わが国では独創的な多くの医薬が開発されつつあり,激しい競争が行われている。一方,この間の医薬の進歩は著しいものがあり,よく効く薬によって病態像自体,病気の社会的位置づけまでが変化してきている。例えば,本特集でとりあげた一番古いものであるH2レセプターインヒビターの出現によって,町なかにあった多くの胃腸外科病院の看板が見当たらなくなる位,胃潰瘍手術例数が減ってしまったのである。
 本特集はよく効くという評価を得ている医薬のうちわが国の貢献度の高いものを選び,それらの医薬の開発の歴史を主として開発にたずさわった方々に書いていただいた。本誌のような基礎的な雑誌としては珍しい観点であろう。また,これらの薬物の生体における作用機序についても,多くの方の手をわずらわした。

消化性潰瘍治療薬:H2レセプター拮抗剤―開発の歴史

著者: 宮田桂司

ページ範囲:P.665 - P.670

 ヒスタミンは生体内に広く分布し,消化管の分泌と運動,炎症反応,免疫反応,中枢神経機能などに関与している。ヒスタミンH2レセプター拮抗薬が誕生し,ヒスタミンの胃酸分泌における役割や,胃酸分泌と潰瘍治癒との関連性の解明に多大な貢献をしただけでなく,臨床の場に供されることにより,消化性潰瘍の治療を外科療法主体から薬物療法主体へと大きく転換させた。
 最初のH2レセプター拮抗薬であるシメチジンが英国で発売されて約20年が経過し,消化性潰瘍治療薬として第一選択薬の地位を築いたが,H2レセプター拮抗薬よりも胃酸分泌抑制作用の強いプロトンポンプ阻害薬が出現したり,消化性潰瘍の再発とHelicobacter pyloriとの関係がクローズアップされるなど,H2レセプター拮抗薬を取りまく環境も大きく変わってきている。

消化性潰瘍治療薬:H2レセプター拮抗剤―作用機序

著者: 斉藤栄一

ページ範囲:P.671 - P.677

 シメチジンを初めとするH2受容体拮抗剤の登場により,消化性潰瘍の治療は飛躍的に向上した。従来の制酸剤などの薬剤では,一時的な軽快しか得られなかった心窩部痛などの症状も,内服後数日で速やかに消失し,潰瘍の治癒率もシメチジンで内服4週後,十二指腸潰瘍で77%1)と,極めてよい成績となった。また,シメチジン400mg夜1回内服の維持療法により,1年後の再発予防率が78.2%であったように2),消化性潰瘍の治療手段としての外科手術の適用が,これらの薬剤の登場により極めて限られた症例のみになったことは,画期的なことである。
 抗生物質の発見により細菌に対する薬理作用が逆に解明されていったように,H2受容体拮抗剤の開発によりこれらの薬剤の作用機序が研究され,近年,細胞レベルでの酸分泌機構の解明が急速に進展した。

抗高血圧薬:Ca拮抗剤―開発の歴史

著者: 中山貢一

ページ範囲:P.678 - P.683

 Ca拮抗薬の抗高血圧薬としての世界的広がりは,歴史的には抗狭心症薬,あるいは抗不整脈薬としてのそれに比較すればはるかに短い。年代学的にはHeidlandら(1962)1)による,腎疾患を有する高血圧症患者におけるベラパミル(イプロベラトリル)の急性的降圧効果の報告から始まる。ニフェジピンに代表される1,4-ジヒドロピリジン系Ca拮抗薬が特異的な冠動脈拡張と末梢血管拡張作用による極めて明確な血圧降下を示すことは,薬理学研究において橋本ら(1971,1972)2,3)により極く初期において明らかにされた。本邦では萩野(1968)4)によるベラパミルの抗高血圧療法についての報告,また,本態性高血圧症に対するニフェジピンの降圧作用の報告が村上らによってなされたのは1972年のことである5)。にもかかわらず,高血圧治療に関してのガイドライン,たとえば,JNC(米国国内委員会)とWHO/ISH(国際高血圧学会)がCa拮抗薬を一次選択薬の一つに公式に加えたのはようやく1988-1989年である。なぜ,そのようなことが起こったのかは日本と世界の研究のあり方や薬の歴史という面からも思い起こす価値があろう。
 本小論では,Ca拮抗薬の抗高血圧薬としての位置付けにわが国の研究者が世界に先駆け,先達として努力したその足跡をさぐると共に,来るべき世紀における新薬開発のあり方を考えてみたい。

抗高血圧薬:Ca拮抗剤―作用機序

著者: 長尾拓

ページ範囲:P.684 - P.688

 Ca拮抗薬は冠状動脈の拡張作用が強いことから抗狭心症薬として開発されたが,今ではむしろ抗高血圧作用が共通の薬効となっている。Ca2+チャネルブロッカーとも呼ばれるように,Ca拮抗薬の作用機序は電位依存性L型Ca2+チャネルに結合して,細胞内へのCa2+の流入を抑制することによる。電気生理学的な研究は主として心筋を用いて行われた。Ca拮抗薬は,プローブとしてL型Ca2+チャネルの構造決定に重要な役割を果たした。また,Ca拮抗薬は多剤耐性の機構の研究を促進したこともよく知られている。L型Ca2+チャネル以外の蛋白にも結合する薬物があることも示している。有用な治療薬でありながら,基礎研究にも役だった幸運な薬物群である。
 Ca拮抗薬という名称は,心筋収縮力の抑制がCa2+で拮抗されるとの発見や,カリウム脱分極血管平滑筋を弛緩させ,外液Ca2+と見かけ上拮抗することから名付けられた。これらの研究には,FleckensteinやGodfraindの寄与が大きいとされている。本稿では,薬物による作用機序,作用点,血管と心筋の選択性について,代表的なCa拮抗薬を中心に述べる。

高脂血症治療薬:HMG-CoA還元酵素阻害剤―開発の歴史

著者: 辻田代史雄

ページ範囲:P.689 - P.694

I.動脈硬化の危険因子:コレステロールとその代謝
 動脈硬化が原因となる虚血性心疾患は,心筋梗塞や突然死を招き,わが国でも人口の高齢化や食事の欧米化に伴い年々増加している。虚血性心疾患の三大危険因子は,高コレステロール血症と高血圧と喫煙であるが,なかでも高コレステロール血症が動脈硬化の発症および進展に重要な役割を担っていることを,フラミンガム研究1)などの多くの疫学調査結果が示している。このような観点から,今までに血漿コレステロールを低下させるための多くの薬剤の開発や治療法の試みがなされてきた。
 図1にコレステロール代謝の概略を示すが,その主要臓器は肝臓であり,肝臓では食事から小腸を介して吸収されるコレステロールと,自ら生合成するコレステロールと体内循環より戻ったコレステロールとから,主に小腸から脂質を吸収するための胆汁酸を合成分泌し,また他の組織にコレステロールを運搬するためのリポタンパク質を合成分泌している。このように生体のコレステロールは,食事からの吸収と生合成によって賄われており,主に胆汁酸として排泄されている(胆汁酸は95%が再吸収されるが残り5%は糞便中へ排泄される)。したがって,コレステロールを低下させるには,小腸からの吸収の抑制,生合成の抑制および胆汁酸の再吸収抑制(排泄促進)が,論理的に考えられる。

高脂血症治療薬:HMG-CoA還元酵素阻害剤―作用機序と薬効

著者: 駒井亨

ページ範囲:P.695 - P.700

I.HMG-CoA還元酵素阻害剤(HMG-CoARI)による血中コレステロール低下の機序
 1.HMG-CoA還元酵素の阻害
 HMG-CoARIの作用機序は,その名が示すとおりコレステロール合成の初期段階であるHMG-CoAからメバロン酸への変換を触媒する酵素,即ちHMG-CoA還元酵素の可逆的な拮抗阻害を基本としている。HMG-CoA還元酵素はコレステロール合成の律速酵素であり,この酵素の阻害は細胞内におけるコレステロール合成をダイレクトに抑制し,細胞内コレステロール含量を減少させる。
 図1に示すようにHMG-CoARIの一つであるプラバスタチンはHMG-CoAと化学構造がきわめて類似したカルボン酸側鎖を有しており,HMG-CoAと還元酵素の結合を競合的に阻害する。HMG-CoAに対するプラバスタチンの阻害定数(Ki)は2.3×10-9Mであり,プラバスタチンの還元酵素への結合親和性はHMG-CoAの約2,000倍に相当する1)。プラバスタチンの高い親和性にはカルボン酸側鎖に加えデカリン構造が寄与していると推定される。なお,HMG-CoARIの中には側鎖がラクトン型をしたものがあるが,これらが阻害活性を示すにはラクトン環が加水分解されカルボン酸型になる必要がある。

臓器移植補助剤:免疫抑制剤(FK506)―開発の歴史

著者: 木野亨

ページ範囲:P.701 - P.703

 FK506(一般名タクロリムス,商品名プログラフ)は日本で産み出されたマクロライド構造を有する抗生物質で,T細胞の活性化を特異的に阻害することにより強い免疫抑制作用を発揮する。1993年6月,世界に先駆けわが国において「肝移植における拒絶反応の抑制」を適応として発売された。生産菌の発見から臨床研究まで10年以上にわたる開発研究のプロセスを表1にまとめた。この新薬の開発の歴史について表1に沿って簡単に紹介する。

臓器移植補助剤:免疫抑制剤(FK506)―作用機序

著者: 小林正和

ページ範囲:P.704 - P.707

 タクロリムス(開発番号FK506,商品名プログラフ)は前稿で解説されているように,殺細胞作用がなく,リンパ球の増殖抑制活性を持つ化合物として見いだされ,臓器移植時の拒絶反応の抑制を目的として,また自己免疫性疾患の治療を目的として開発されてきた。現在,日・米・英で肝臓移植での使用が承認されている他に,日本では骨髄移植時の移植片対宿主病(GVHD),および英国での腎臓移植時の拒絶反応の治療的使用が承認されている。他の臓器移植への適応拡大,関節性リューマチ(RA),ベーチェット病,アトピー性皮膚炎,乾癬などへの適応拡大を目的として臨床試験が行われている。
 これらのタクロリムスの有用性の基となる免疫抑制作用は,in vitroリンパ球混合反応(MLR)でシクロスポリン(CsA)の10~100倍の強さを持つことで証明されているが1,2),本稿では,タクロリムスの免疫抑制および臨床上での副作用につながる,これまで明らかにされた細胞内シグナルを解説し,読者の参考としたい。

骨粗鬆症治療薬:活性型ビタミンD3―開発の歴史

著者: 西井易穂

ページ範囲:P.708 - P.712

 アルファカルシドール〔1α-OH-D3〕は1981年中外製薬(株)からアルファロール®,藤沢薬品工業(株)[帝人(株)製造]からワンアルファ®の商品名で発売され,1983年には骨粗鬆症治療薬として適応拡大された。その化学構造式,名称ならびに適応疾患を図1,表1に示した。このような薬がいつ頃からどのような考えで開発され,どのような評価を受けているか,その歴史を振り返ってみたいと思う。

骨粗鬆症治療薬:活性型ビタミンD3―作用機序

著者: 小林正

ページ範囲:P.713 - P.716

 ビタミンD(DにはD2とD3があるが本稿ではD3に限って述べることにする)は腸管カルシウム(Ca)の吸収や骨塩の溶出,形成などに関係し,体内でのCaの恒常性に関係するビタミンである。欠乏症としては,乳幼児のくる病や成人の骨軟化症などが知られている。最近高齢者,特に閉経後の女性に多くみられる骨粗鬆症にもDの関与が明らかにされている。Dの代謝研究の過程で発見された活性型D3は,現在,骨粗鬆症の治療薬として広く使用され効果を挙げている。以下,活性型D3の骨粗鬆症への適用を中心に述べることにする。

抗癌剤補助薬:G-CSF―開発の歴史

著者: 尾野雅義

ページ範囲:P.717 - P.720

 rhG-CSF(recombinant human granulocytecolony-stimulating factor)は,現在,国内外において各種のガン化学療法後や骨髄移植後および再生不良性貧血,骨髄異形成症候群などに伴う好中球減少症の治療薬として広く用いられている。ガン化学療法では過去から現在に至るまで多くの臨床治験を通して,種々のガン種でめざましい奏効率の向上に成功してきた。しかし,多くの場面で化学療法上の制限因子となったのは副作用としての造血障害である。その中でも最初に出現する好中球減少症は,しばしば予定どおりの化学療法の施行を困難にさせた。このため十分な制ガン効果を得られないまま化学療法の中断をすることになり,結果として残存ガンの再度の増殖を許すことになった。また,時として化学療法に伴う急激かつ長期にわたる好中球減少症の発症は,各種の細菌感染やこれに伴う発熱を起こし,この感染症の悪化が死因に結びつくこともあった。rhG-CSFの登場は,これらの化学療法上に起因する制限因子の一つを取り除くことを可能としたところに大きな意味がある。また各種の化学療法に伴う好中球減少症においても,rhG-CSFの使用は未使用時と比較し明らかに感染症と発熱性好中球減少症の発症頻度を低下させた。

抗癌剤補助薬:G-CSF―作用機序と臨床応用

著者: 尾野雅義 ,   浅野茂隆

ページ範囲:P.721 - P.726

 生理活性物質ヒトG-CSF(human granulocyte colony stimulating factor,hG-CSF)は,図1に示すように,CSF群のひとつで,その標的細胞は各血球系統のうち主として好中球系である。物質としては分子量約19,600で174個のアミノ酸および4%の糖鎖を有する糖蛋白質である。われわれはこのhG-CSFをヒト由来のCSF産生細胞株CHU-2の培養上清からはじめて単一蛋白まで精製し,そのアミノ酸配列,糖鎖構造を明らかにした。
 ついでNagataらとの協同研究によりcDNAのクローニングを行い,このcDNAを遺伝子工学的にCHO(chinesehamster ovary)細胞に導入し,この細胞の大量培養上清から遺伝子組換え型hG-CSF(rhG-CSF)の純化に成功した。また,このrhG-CSFについてアミノ酸配列や糖組成を検討したところ,先のCHU-2由来hG-CSFと同一であることが確認された。各種の薬効,安全性,薬物動態テストをもとにガン化学療法後,骨髄移植後の好中球減少症などを対象とした治験が行われ,その優れた好中球回復促進効果が認められた。1990年末に医薬品としての製造承認がおりて以来,現在まで広く各種の好中球減少症の治療に用いられている。

新しいキノリン骨格をもった抗菌物質―開発の歴史

著者: 早川勇夫

ページ範囲:P.727 - P.730

 新しいキノリン骨格を持った抗菌物質はキノロン系抗菌薬(以下キノロンと略)と総称され,耐性菌対策に失敗し,ほとんど臨床価値を失ったサルファ剤に代り,現在経口剤として汎用されている唯一の合成抗菌薬である(外国では注射剤も使用されている)。
 特に1980年代に入り相次いで開発された一連のフッ素化キノロンは,ニューキノロンと呼ばれ世界的な注目を注びたが,そのプロトタイプといえるナリジクス酸(2)1)の発見は約30年前に遡る。

新しいキノリン骨格をもった抗菌物質―作用機序

著者: 川上純一 ,   伊賀立二

ページ範囲:P.731 - P.737

 合成抗菌剤であるニューキノロン剤は,現在では尿路感染症や呼吸器感染症などに対する治療をはじめとして多くの診療科領域において汎用されている。この薬剤の特徴としては,幅広い抗菌スペクトルと強力な抗菌力,高いバイオアベイラビリティ,そして良好な生体内安定性と組織移行性などがあり,ニューキノロン剤は優れた抗菌剤として感染症の化学療法に大きく貢献している。その一方で,本薬剤には注意すべき各種医薬品との相互作用があるため,その実際の臨床使用に際しては適切な処方設計が求められる。本邦において市販されているニューキノロン剤を,そのプロトタイプとなったオールドキノロン剤と共に表1にまとめた。オールドキノロン剤には,ナリジクス酸,ピロミド酸,ピペミド酸およびシノキサシンが該当する。尋常性座瘡に対する外用薬(クリーム剤)であるナジフロキサシンを除いて,これらキノロン剤は全て内服薬(錠剤・カプセル剤)として販売されている。本特集では,ニューキノロン剤の一般的な作用機序,体内動態および副作用・相互作用について今後の展望を含めて概説し,更に近年市販されたキノリン環を母核に持つスパルフロキサシン,フレロキサシンおよびレボフロキサシンについてその特徴を紹介する。

連載講座 新しい観点からみた器官

胸腺―免疫系と神経・内分泌系の接点にあるリンパ組織

著者: 広川勝昱

ページ範囲:P.738 - P.745

 胸腺は横文字ではthymusというが,それは香草のタイムに由来する。牛や羊の胸腺がタイムの香りがすることからきている。事実,胸腺は英語ではsweetbreadsといわれ,さまざまな料理方法があるくらいである。歴史的には既に2000年前のガレノスが,胸腺について明確な記載をしており,特にそれが加齢に伴い萎縮することを指摘している。胸腺の構造については,Moellendorfの組織学の教科書シリーズのThymusの項目(Bargmann,W.,1943)に詳しく記載されているが,それは内分泌器官の一つとして扱われている。それにはヒトの胸腺に関する萎縮の過程(図1),ハッサル小体の構造,血管分布など克明に記載されている。
 しかしその胸腺の本来の機能である免疫機能が明らかになったのは,1960年代に入って,オーストラリアのMiller1)が行った新生仔マウスの胸腺摘出実験によることは余りにも有名である。実際にこの実験を契機にして,免疫学の流れが大きく変わったといっても過言ではない。それまでの免疫学は抗血清,抗体の体液性免疫学であったが,胸腺の免疫学的機能の発見により,T細胞による細胞性免疫の概念が発達してきたのである。それは体液性免疫の担当細胞であるB細胞の概念の確立,T細胞とB細胞の細胞間相互作用,T細胞による免疫機能調節,更に分子遺伝学的手法を駆使した近代免疫学につながってきたといえる。

実験講座

性染色体による性別判定法

著者: 内藤笑美子 ,   出羽厚二 ,   山内春夫

ページ範囲:P.746 - P.751

 ヒトの性別は,通常性染色体により決められている。男性はX染色体とY染色体を各々1本ずつ,女性は2本のX染色体を有している。ヒト細胞の染色体数が46,XY(男性),46,XX(女性)であることが明らかになったのは1956年TjioとLevanによるものであった。DNA分析が盛んになるまでは,性別を判定するために染色体の核型分析(G染色やQバンド)法,あるいは女性のX染色体に由来するX-クロマチン(Barr body)1)やY染色体由来のY-クロマチン(Y-body F-body)2)を検出する方法が行われてきた。現在では,性染色体DNAの塩基配列も次々と解析され,性別判定に利用されている。1985年にPCR法3)が開発されてからは,もっぱらX染色体やY染色体に特異的であるDNA配列をマーカーとした種々のPCR法による性別判定法が行われている。これらの方法は,臨床では胎児の出生前診断4)や性染色体異常の診断5),また異性間で行われた骨髄移植のドナー細胞生着確認6)などに利用されている。法医学領域でも性別の判定は重要である。法医試料について,性別を知ることは個人を識別する上で重要な情報となる。なぜなら各個人の生前の性別はほとんどわかっているからである。特に男女の形態的特徴が欠けている場合,たとえば白骨の一部,バラバラ死体や焼死体などの身元確認に性別判定が役立っている。

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生体の科学 第46巻 総目次

ページ範囲:P. - P.

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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