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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学47巻2号

1996年04月発行

雑誌目次

特集 カルシウム動態と細胞機能

細胞内カルシウム動員機構

著者: 廣瀬謙造 ,   飯野正光

ページ範囲:P.88 - P.96

 カルシウムは筋収縮をはじめとして分泌,記憶,発生などを制御する細胞内セカンドメッセンジャーである。細胞内カルシウム動員の経路としては,大きく分けて細胞外からのカルシウム流入と細胞内カルシウム貯蔵部位(カルシウムストア)からの細胞質内へのカルシウム放出がある。カルシウム流入経路には,細胞膜の脱分極によって開口する膜電位依存性カルシウムチャネル(VDCC)の他に,受容体作動性カルシウムチャネル(ROC)が知られる。アゴニストによる受容体刺激に続く細胞内カルシウムストアからのカルシウム放出には,イノシトール三リン酸(IP3)によるカルシウム放出機構が中心的役割を担う。すなわち,アゴニストが受容体に結合した結果,ホスホリパーゼCが活性化され,細胞質内にIP3が産生され,それがIP3受容体に結合しカルシウム放出を起こす。近年,細胞内カルシウム動態が細胞レベルで明らかになるにつれ,アゴニストによるIP3受容体を介したカルシウム放出は,複雑な時間的・空間的パターンを示すことがわかってきた。本稿ではカルシウムストアからのカルシウム放出を介する細胞内カルシウム動員機構について述べる。

外分泌腺細胞のカルシウムシグナルと分泌

著者: 河西春郎 ,   伊藤公一

ページ範囲:P.97 - P.104

I.外分泌腺研究の特徴
 外分泌腺研究の面白さは,腺細胞固有の問題として精密に調べられてきたことが,細胞生物学全体における新発見に繋がることが多い点にある。例えば,蛋白合成分泌経路の解明や,PI回転からCa放出に至る諸過程の解明には決定的な役割を果たしてきた。これは外分泌腺細胞が無駄を削ぎ落とした単純機能細胞である結果,現象の本質が現れやすいからだ,と筆者は考える。例えばその形態を見ると,図1に示したように細胞内器官は外側から腺腔側に向かって,粗面小胞体,核,ゴルジ器官,分泌顆粒(zymogen granule)の順に並んでおり,蛋白質合成のベルトコンベアに喩えられる。これは蛋白質の合成量が最大であることを誇る細胞の示す機能美で,それゆえにPaladeはこの細胞を人魚に喩えた。
 この細胞の最終的な機能は,アセチルコリン(ACh)やコレシストキニン(CCK)刺激がきた時,合成した消化酵素を開口放出により分泌し,また電解質液を分泌することにある。いずれの分泌も腺腔膜で起き(図1),カルシウムイオン(Ca)が細胞内トリガーとして用いられている。このようにCaシグナルが外分泌腺の最終機能と直結していることが大事で,機能も同時に観察することにより,Ca画像解析でも明らかにし得ないCaシグナルの枢要を明らかにでき,また機能とは関係ないゴミをつかむことも防げる。

シナプスのカルシウム動態

著者: 久場健司 ,   光本拓也 ,   白崎哲哉

ページ範囲:P.105 - P.114

 シナプスでの化学的伝達は,シナプス前終末へのインパルスの伝導→電位依存性Ca2+チャネルの開口→細胞内遊離Ca2+濃度([Ca2+i)の上昇→Ca2+の受容蛋白への結合→開口分泌による化学伝達物質の放出→シナプス下膜の伝達物質受容体の活性化→シナプス後電位の発生,の一連の過程で起こる。シナプス後ニューロンで多くの興奮性や抑制性のシナプス入力と修飾性のシナプス入力が統合され,インパルスを発生するか否かまたどのような時系列で発生するかの決定がなされ,神経回路網の情報処理の基礎過程として働くことになる。
 [Ca2+iはシナプス伝達に直接あるいは間接的に不可欠な役割を担っている。シナプス前終末では,Ca2+は電気信号としてのインパルスから化学信号としての伝達物質の開口分泌への不可欠の仲介因子であり,その効率の短期および長期の可塑的な制御因子である。シナプス後ニューロンでは,伝達物質の作用によりシナプス後電位だけでなく,一次的あるいは二次的に[Ca2+iが上昇する。[Ca2+iの上昇はシナプス伝達の効率を短期あるいは長期に変化させたり,Ca2+依存性のイオンチャネルの制御を介してインパルス発生のための統合機序や,ニューロン全体の機能と構造の維持のためのエネルギー代謝や遺伝子発現制御に関与する。

心筋細胞におけるカルシウム動態

著者: 髙橋章之 ,   倉田博之 ,   髙松哲郎

ページ範囲:P.115 - P.120

 心筋の収縮・弛緩はカルシウムイオン(Ca2+)を情報伝達因子として,細胞膜の電位の変化を筋原線維による張力発生に置き換えることで行われる。この機構により心臓全体の心筋細胞がタイミングを合わせて収縮し,心臓が一つの臓器としてポンプ機能を果たしているわけである。このため細胞内Ca2+濃度([Ca2+i)は極めて巧妙な機構によって調節を受けており,この細胞内Ca2+の不安定さは逆に収縮調律にも大きく影響する可能性がある1)。このため,このカルシウムシグナリング系を分子レベルで解明することは,心筋機能調節を知る上で不可欠なことである。
 [Ca2+iの変化を捉える研究は,fura-2やindo-1といった蛍光指示薬2)の出現と,濃度情報と空間情報を同時に捉えるビデオ画像処理により著しく進歩した。これにより単一心筋内の不均一なカルシウム動態も明らかになってきた3,4)。そして共焦点レーザ走査顕微鏡(confocal laser scanning microscope:CLSM)の出現により,より空間的・時間的に定量性の高い解析が可能になった5,6)。CLSMで得られた画像は一定の厚さの光学的断層面に由来するので,細胞の部位による厚みの差に影響されない。このため,たとえfluo-3やCalcium Greenなどの1波長励起1波長測光の蛍光指示薬を用いたとしても,[Ca2+iの変化を直接正確に解析することができるようになった。

免疫応答とカルシウム動態

著者: 長尾陽子 ,   中西守

ページ範囲:P.121 - P.127

 免疫応答は免疫担当細胞の細胞間相互作用や,液性因子であるリンホカインとの相互作用により成り立っている。その中でも中心的な役割を担っているのは,T細胞とB細胞の2種類のリンパ球である。T細胞とB細胞は,細胞膜表面に抗原レセプターを発現しており,異物である抗原を特異的に認識し活性化される。B細胞は抗体を産生するが,T細胞は免疫応答の調節や癌細胞を殺す働きをする。
 ところで,抗原の結合によりリンパ球の抗原レセプターが活性化されると,細胞内に情報が伝達され,細胞内カルシウムイオン濃度が上昇する。このカルシウムイオン濃度上昇は,リンパ球の活性化と機能発現に必須だと考えられている。そこで,ここではT細胞とB細胞に焦点を当て,免疫応答の際のカルシウムイオン動態について述べる。

自己寛容(セルフトレランス)の形成とカルシウムオシレーション

著者: 中山俊憲 ,   鈴木和男

ページ範囲:P.128 - P.134

 免疫系は「自己」と「非自己」を見分けることができるといわれる。このことは,最近よくマスコミなどで議論にのぼっている,「輸血」や「臓器移植」の問題と深い関係がある。通常,他人の臓器や皮膚が移植できないのは,免疫細胞のなかでTリンパ球(T細胞)が輸血された血球や移植片を「非自己」とみなし,体外へ排除しようとする強い拒絶反応が起こるからである。では,T細胞はどのようにして「自己」と「非自己」を見分けているのだろうか。
 健康な人の体内にいるT細胞は他人の組織(移植片)には非常に強い反応を示すにもかかわらず,同じヒトでありながら,自分の組織と反応して拒絶反応を起こすことはない。この状態は免疫学的自己寛容(セルフトレランス)という。とすると,ヒトの各組織にはそれぞれの人で違った「自己」がプリントされていなければならないはずである。現在では,体内のほとんどすべての細胞表面にプリントされている自己の原型は,主要組織適合遺伝子複合体(major histocompatibility complex;MHC)抗原と呼ばれるポリペプチドであることがわかっている。ヒトではHLAがそれにあたる。免疫系はこのMHC抗原を認識して「自己」か「非自己」かを識別する。

肥満細胞におけるカルシウムイオン動態

著者: 片桐聡 ,   竹中洋 ,   髙松哲郎

ページ範囲:P.135 - P.139

 肥満細胞がエフェクターとして重要な役割を果たしているI型アレルギー反応では,肥満細胞の細胞膜表面に存在するIgE受容体に結合したIgEが抗原によって架橋されると細胞内酵素の活性化が起こり,すでに生成され貯蔵されていたヒスタミンやヘパリンなどのいわゆるpreformed mediatorが遊離し,さらに新たにロイコトリエンやプロスタグランディンなどのnewly generated mediatorが産生される。このうちrapid phaseに働くヒスタミンやヘパリンなどpreformed mediatorの遊離は,exocytosisによって起こり,その際細胞内カルシウムイオン濃度([Ca2+i)の上昇が重要な役割を担っていることが明らかになっており1),その分子レベルでの機構の解明が進んできている。
 抗原による受容体刺激によりホスホリパーゼCの活性化が起こり,イノシトールリン脂質代謝経路でイノシトール1,4,5-三リン酸(IP3)が産生される。IP3が細胞内Ca2+ストアである小胞体からカルシウムイオンの放出を促すという過程2)以降,どのような機序で脱顆粒が生じるかに関して,脱顆粒前後の過程での細胞内カルシウムイオンの時間的空間的分布がどのように変化するか,またこの変化によりどのように細胞骨格は動くか,共焦点レーザ顕微鏡による私たちの観察を中心に論説したい。

ミミズgiant fiberにおけるCa2+

著者: 小川宏人 ,   岡浩太郎

ページ範囲:P.140 - P.145

 Ca2+はあらゆる種類の細胞において用いられている,最も重要な細胞内情報伝達物質の一つであることに異論を挟む余地はないだろう。今日においても,細胞内の一過的なCa2+濃度の変化が種々の生理機能を発現するという報告が相次いでいる。特にTsienらによるCa2+感受性蛍光色素の開発は,細胞内Ca2+の時空間ダイナミクスの光学的測定に大きな道を開いた1)。以来さまざまなCa2+インジケータの開発が進み,一方で共焦点レーザ走査型蛍光顕微鏡をはじめとする光学的測定装置の進歩によって,より細胞内のCa2+濃度の局所的,一過的な変化の測定が可能となった。特に神経細胞は入出力部位の分かれた特異な形態を持つため,細胞のどの部位で,どのような経時的な変化を示すかを知ることが,その細胞内での演算機能を知る上で重要なポイントとなる。例えば,哺乳類の海馬や大脳皮質視覚野における研究では,シナプス後部での一過的なCa2+上昇がシナプスの伝達効率変化に関与していることが報告されている2,3)。また,樹状突起はシナプス後電位などの受動的な膜電位変化しか示さないと考えられていたが,現在では樹状突起上でCa2+依存性の活動電位が発生していることもわかってきた4-6)

連載講座 新しい観点からみた器官

乳腺―ヒト授乳期乳腺の微細構造と乳汁分泌の形態学的メカニズム

著者: 黒住昌史

ページ範囲:P.148 - P.156

 乳房は哺乳動物に特有な器官であり,生後まもない乳児は母親から母乳を介して水や栄養分など生きていくために必要な物質を供給される。従って,授乳は哺乳動物にとって最も重要な行動の一つであり,これが阻止された場合には種の保存さえ危うくなる。しかし,現代ではヒトにおいては,乳房は「女性の美の象徴」としてのみ扱われ,本来の授乳という重要な機能は忘れさられてしまったかのようにみえる。ひとつには他人の母乳を譲りうけることもできるし,人工栄養も改良されて極めて母乳に似た成分になったからであろう。しかし,一方では母親とのスキンシップを得ることや感染防御のための免疫グロブリンを獲得できるということなど,授乳の重要性が再認識されている。
 乳汁分泌の形態学的なメカニズムについては,すでにいくつかの電子顕微鏡学的な研究が行われている。また,近年になって免疫組織化学的方法が細胞機能のメカニズムの解明に取り入れられるようになった。最近,われわれは電子顕微鏡学的観察に免疫組織化学的方法を加えて,ヒトの乳腺におけるカゼインの局在について新しい知見を得ることができたので,本総説では,最初に乳腺の構造と機能について述べ,次に新しい知見について紹介することとする。

解説

Helicobacter pyloriの胃・十二指腸粘膜障害に及ぼす影響の電子顕微鏡的観察

著者: 緒方卓郎

ページ範囲:P.157 - P.163

 胃にらせん状桿菌の存在していることは古くから知られていたが,1884年MarshallとWarren1)により胃粘膜からHelicobacter pylori(以下Hpと略)(当時はCampylobacter pyloriといわれていた)の分離培養が成功して以来,Hpと胃炎,消化性潰瘍,胃癌との関連が注目を集め,本菌に関する膨大な研究が発表されるようになった。Hpは一般的には組織には非侵入性であり,粘液細胞の表面に近接した粘液層中にみられることが多く,ウレアーゼで尿素よりアンモニアを生成し,酸性環境を緩和するといわれ,また空胞化細胞素(VacA)などをもって,粘液細胞の空胞化,変性,壊死などを起こさせるとされている。また本菌の除菌が潰瘍の再発率を減少させていることが報告されている。Hpは成人になると陽性率が増加し,本邦の成人では報告により異なるが,十二指腸潰瘍の胃粘膜で95%以上,胃潰瘍で75%,Non-ulcerで60%程度の陽性率とされている。しかし,Hpが実際どの程度胃・十二指腸疾患に関連しているかという点,とくに形態学的な研究にはいまだ不明な点が多い。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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