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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学47巻3号

1996年06月発行

雑誌目次

特集 細胞分化

細胞分化の分子機構

著者: 帯刀益夫

ページ範囲:P.166 - P.170

 われわれの体の組織を構成している細胞は,機能,形態の異なる分化成熟した細胞として200種以上もあるといわれている。成人においては多くの組織の細胞は分裂を停止しており,ほとんどは分裂しない細胞である。しかし,一部の組織,たとえば皮膚や小腸上皮,造血細胞では細胞の恒常的な交代が起きており,たゆまない細胞の分化・増殖と細胞死が起きている。たとえば造血細胞を例に取ると,成熟した血球は多能性の未分化な血液幹細胞から分化方向の決定を行ったあと,増殖をくり返し,それぞれ機能も形態も異なる血球へと成熟分化する。血流中にある赤血球,好中球,好酸球,好塩基球,単球および血小板をつくる巨核球,さらに組織中にあるマクロファージや破骨細胞も単球から分化し,また肥満細胞,免疫担当細胞であるBリンパ球,Tリンパ球も含めて,いずれも多能性血液幹細胞から由来すると考えられている。
 このような生体内で起きている細胞分化の制御機構を考える上で重要な問題は,(1)未分化な細胞から分化へと決定されるのはどのような遺伝子制御によって起きるか,(2)分化決定した細胞が機能分化するのにどのような遺伝子制御が働いているか,(3)多能性幹細胞から各系列への分化決定はどのようにして起きるかであろう。以下に,この課題に対するわれわれの血液細胞分化についての研究結果をまとめてみることにする。

細胞分化を制御する転写因子ネットワーク:ニューロン

著者: 影山龍一郎

ページ範囲:P.171 - P.175

 中枢神経系は外胚葉由来の神経管より形成される。神経管ははじめ1層の神経前駆細胞からなるが,これらの細胞は分裂を繰り返した後,ニューロンやグリア細胞へと分化していく。ニューロンへの分化が決定した細胞は,分裂をやめ外層へ遊走した後,最終分化する。こうして外層に皮質が形成されていく。一方,未分化な神経前駆細胞は内腔側(脳室周囲層)に残り分裂を続けているが,発生の進行とともに減少していく(図1)1)
 このような複雑な神経分化を制御する機構についてはまだよくわかっていないが,近年,ヘリックス・ループ・ヘリックス(HLH)型転写因子が重要な役割を担っていることが明らかにされてきた2)。例えば,HLH型因子Mash-1は正の神経分化因子として機能する3,4)。一方,HLH型因子HES-1はMash-1の活性を抑制し,神経分化抑制因子として機能する5,6)。本稿では,最近,当研究室で得られたHES-1についての知見,特にノックアウトマウスの解析結果をもとにHLH型因子による神経分化制御機構について述べたい。

組織発生初期に活性化される遺伝子と細胞の分化:神経系

著者: 古山達雄 ,   遠山正彌

ページ範囲:P.176 - P.183

 神経系は莫大な数の神経細胞,グリア細胞などから構成される複雑な組織である。これらの神経細胞は発現している神経伝達物質,受容体,トランスポータなどによって特徴づけられる。さらにこれらの神経細胞は,正確な神経回路によって決まった神経細胞とシナプス結合している。このように非常に多様性に富んだ神経細胞がどのようにして生まれてくるか,またどのようにして正確な神経回路が形成されてくるかは非常に興味深い問題である。ところで,神経細胞の多様性は神経細胞の発生過程と深いつながりがある。この過程は 1)外胚葉からの神経組織の誘導,2)誘導された神経組織内の領域特異化,3)神経芽細胞からの神経細胞,グリア細胞の分化,などを含んでいる。さまざまなモデル動物を用いて,これらの過程に関与する多くの遺伝子が単離され,解析されてきているので,これらについて簡単にまとめてみたい。

筋細胞分化における遺伝子の段階的活性化

著者: 鍋島陽一

ページ範囲:P.184 - P.189

 試験管内において細胞が形態を変え,細胞の分化を誘導することに初めて成功したのは,筋芽細胞から筋管細胞への転換であった。この驚くべき観察はその後の細胞分化の解析へと引き継がれ,MyoDの発見に到達した。MyoD遺伝子を線維芽細胞,脂肪芽細胞,骨芽細胞などに導入し,強制させると筋芽細胞へと転換し,ついには細胞が融合し,筋管細胞へと分化する。MyoDの発見以来,筋細胞の発生,分化の研究は急速に展開し,4種のMyoDファミリー遺伝子が分離され,その転写因子としての性質,胚発生における発現様式が解析されてきたが,ジーンターゲティングによるMyoD遺伝子群のノックアウトにより,筋発生におけるそれぞれの因子の機能が明らかにされた1)。現在では,筋細胞が発生する体節における誘導因子群の解析,転写因子としてのMyoDファミリーの作用メカニズムの解析へと研究が進められている。

小脳の形成と成熟に関与するタンパク質

著者: 田岡万悟 ,   内田和久 ,   礒辺俊明

ページ範囲:P.190 - P.198

 小脳は,中枢神経の発達を分子生物学的に解析するための多くの好適な条件を備えている。まず第1に,小脳は整然とした層構造を持ち,構成する細胞の種類が比較的限定されている。また,小脳原基の形成から成熟するまでの間,主な構成細胞の増殖・分化・移動の状況が比較的詳細に解析されている。小脳変成症マウスの系統も,20年以上も前から確立しており,正常マウスとの比較研究が可能である。さらには,小脳内での神経相互のシナプス形成の解析が進んでおり,それらのシナプスの化学伝達物質についても,生化学的あるいは電気生理学的な知見が蓄積している。こうした多くの利点を生かして,小脳を材料とした神経の発達に関する論文は,ここ5年間は定常的に年間100報を超え,その中から神経系の形成に関わる重要な知見が得られている。さらに最近では,小脳変成症マウスの原因遺伝子の解析が進み,神経発生の分子機構を研究する上で,小脳研究の有為さがますます強調される状況になっている。
 本稿では,小脳の発生から成熟に至るまでの機構に焦点を当て,そこに関わるタンパク質群を紹介する。

細胞分化における細胞―細胞間相互作用―グリアとニューロン

著者: 植木孝俊 ,   加藤泰治

ページ範囲:P.199 - P.202

 グリアとニューロンは,いずれも神経管に由来することが知られていたが,最近,それらがおそらく共通の前駆細胞より分化することを示唆する証拠が多く得られている。グリオブラストとニューロブラストへの分化が決定づけられた未分化なグリアとニューロンは,相互に影響を及ぼしあうことによって脳内の適切な部位に移動し,特異的に機能する。また,成体の脳内のグリアとニューロン間においても,グリアが特定のニューロンに作用する神経栄養因子を産生することにより,あるいはグリアが神経伝達物質のレセプターを発現しシナプスの可塑性に影響を及ぼすことによって,グリアとニューロンが適当に分化すると考えられる。これまでグリア,とりわけアストロサイトが脳内で担う役割に関してはわからない点が多く,その重要性は看過されがちであったが,最近,グリアが各種のサイトカインやレセプターを発現していることが明らかとなり,グリアとニューロンの細胞―細胞間相互作用に着目しつつ神経系の発生を研究することが重要であると考えられるようになった。本節では,それらの知見について概観したい。

細胞分化における細胞―細胞間相互作用―造血幹細胞と支持細胞

著者: 杉本健吉 ,   森和博

ページ範囲:P.203 - P.207

 マウスでは主として脾で赤血球が,骨髄では白血球が造られていることから,造血細胞の増殖分化には環境(HIM)1)による局所的制御が行われていることが推測される。マウス長期骨髄培養系2,3)の確立は,造血幹細胞増殖分化の場としての微小環境をin vitroで再現するとともに,骨髄中の間質細胞が幹細胞の増殖分化に不可欠であることを示した4)
 本稿では,造血細胞と間質細胞の間の細胞間相互作用による造血幹細胞の増殖と分化の制御について概説する。

細胞分化における細胞―細胞間相互作用―リンパ節ストローマ細胞とB細胞

著者: 竹内仁

ページ範囲:P.208 - P.213

 一般的にストローマ細胞(基質細胞,stromal cell)あるいは間質細胞(interstitial cell)と呼ばれている細胞(以下,ストローマ細胞とする)は,血管および結合織を構成するもので線維芽細胞,血管内皮,平滑筋,軟骨細胞,骨細胞が含まれるが,免疫血液学においてストローマ細胞(間質細胞)といわれるものは,骨髄では線維芽細胞,血管内皮細胞,マクロファージ,脂肪細胞があげられ1),リンパ節では線維芽細胞,血管内皮細胞,マクロファージのほか,リンパ組織に特有な濾胞樹状細胞(follicular dendritic cell:FDC)2),指状嵌入細胞(interdigitating cell:IDC)2)があげられる。以下ではこれらのストローマ細胞とリンパ球(特にB細胞)との関連について述べる。主なストローマ細胞の種類,形質,役割は表1にまとめた。

組織発生における細胞間基質の役割―遺伝子操作マウスにおける変化

著者: 坂倉照妤

ページ範囲:P.214 - P.219

 1953年にグロブスタインはマウス顎下腺を上皮と間充織に分けて培養する技術を開発し,両組織をいろいろな組み合わせにした実験で,上皮だけでは形態形成を行えず間充織の助けが必要であることを明らかにした1,2)。以来この系を使って,ほかの組織でも同様の研究が行われ,上皮と間充織の相互作用が形態形成には不可欠であることが次々に明らかにされた。ただ,多くの実験結果は間充織が許容的な機能を持つことを示したにとどまり,組織形成においては上皮があくまでも主役として優位性を示していた。しかし少数例ではあるが,間充織が上皮の運命まで変えてしまうという教示的な役割りを示したものもあった。ニワトリの羽と鱗3),ニワトリの消化管4),マウスの膀胱と尿生殖洞5),マウスの脳下垂体と唾液腺6)の組み合わせである。これらの実験は間充織が上皮の形どころか機能をも変えてしまい,明らかに間充織が上皮運命の決定権をにぎっている。つまり組織発生過程で間充織が単に上皮の発育を支え,助けているだけではなく,積極的に上皮の分化の方向を決める信号を送っていることを示しており,多くの研究者はその信号情報の実体と伝達機構について大きな興味を持っている。
 癌も含めて上皮細胞と間充織の相互作用を説明する分子機構は大きく三つに分けられる(図1)。

信号伝達と細胞の最終分化:ケラチノサイト

著者: 野澤義則 ,   岩崎愛彦 ,   中島茂

ページ範囲:P.220 - P.225

 われわれの生体は60兆にもおよぶ細胞からなり,化学的あるいは物理的な外的刺激に対して分泌,収縮などの迅速応答のみならず増殖,分化あるいはアポトーシスのような長期応答など多様な細胞応答を示す。これらのさまざまな細胞機能発現に至る過程に,情報の受容,変換,増幅が細胞膜あるいはその近傍で行われる。受容体には膜リン脂質を介するG蛋白質型,チロシンリン酸化を介するチロシンキナーゼ(PTK)型およびイオンチャネル型などがあり,さらにさまざまな情報変換酵素など実に多様である。したがって,生成されるセカンドメッセンジャーの種類も多く,これらが蛋白質リン酸化系,Ca2+放出系あるいはその他の情報伝達因子系に作用し,信号伝達を行う。
 細胞分化のような遺伝子発現を伴う信号伝達系はかなり複雑であるが,ケラチノサイト(keratinocyte),ヒト骨髄性白血病細胞(HL-60),ラット褐色細胞腫細胞(PC-12)などは分化シグナルの研究に最もよく用いられているモデル細胞である。ここでは,ケラチノサイトの最終分化(terminal differentiation)に至るシグナル伝達について述べる。

連載講座 新しい観点からみた器官

平衡器―その構造と微細形態

著者: 原田康夫

ページ範囲:P.226 - P.232

 動物の平衡器は重力,遠心力,回転,水平,垂直の直線加速を感じ,体平衡を維持する感覚器で,一番古い感覚器に属する。10億年前にクラゲなどが地球上に現れた時点で,まず重力を感ずる耳石器が出現したものと思われる。これらの動物は耳石器で重力や波の揺れなど水の動きなどを感じていたものと思われるが,動物の進化により,回転のために半規管が必要となり,二半規管の動物が現れた。現在も生息している。円穴類(Lamply)のヌタウナギ,八目ウナギがこれにあたり,前,後の垂直半規管を持つのみで外側半規管を持たない。魚類,両棲類,鳥類,哺乳類ともに三半規管を有しており,垂直方向のみならず水平に回転する能力を有している。しかしカエルなどは外側半規管の発達が悪く,水平回転は下手で,向こうとする方向に一度身体を向けてから跳ぶなど,頚がないため水平回転のためには身体全体で方向を決めなければならないことなど,平衡器は動物の運動能に極めて大きな役割を持っている。

平衡器―耳石器に存在する耳石前駆体の性質

著者: 鈴木秀明 ,   池田勝久 ,   髙坂知節

ページ範囲:P.233 - P.236

 内耳に存在する平衡斑は重力や直線加速度の受容器である。その構造は図1に示すように,感覚上皮と耳石膜から成る1)。感覚上皮には有毛細胞と支持細胞が存在する。有毛細胞は,頂面にciliaを有する感覚受容細胞である。一方,耳石膜はgelatinous layerと呼ばれるゲル状の膜とその上に乗っている耳石,そしてciliaとgelatinous layerとの間をつなぐ非常に細いmeshwork(subcupular meshwork)より構成される。重力や加速度によって耳石が偏位するとgelatinouslayerへ伝えられ,subcupular meshworkを介してciliaを動かし,これによって有毛細胞の膜電位が変化するしくみになっている。
 さて,耳石の無機成分の大部分は,哺乳類ではcalciteの結晶構造をとる炭酸カルシウムである。しかし単純な無機的過程を経て析出した結晶ではなく,糖蛋白を含む有機成分がその生成に関与していると考えられている。耳石中のウロン酸の含有量は蛋白質に対して1%以下と少なく(未発表データ),この点から,多量のコンドロイチン硫酸をはじめとするglycosaminoglycanを含む軟骨組織とは異なり,むしろ骨基質に近いものと考えられる。

実験講座

EELS電顕法

著者: 水平敏知

ページ範囲:P.237 - P.245

 光顕レベルで細胞内構成元素の分布を見る方法の中でも,最近のCa2+イオンの細胞内動態を刻々記録できる特殊蛍光色素と蛍光顕微鏡および関連解析電子機器の発展は目覚ましいものがある。一方,元素分布を電顕レベルで調べる方法としては,1)イオンマイクロアナライザー(IMA),2)電子プローブ微小部X線分光法,特に非分散型検出器を用いてのEDX分析法,3)非弾性散乱電子線の有する各元素特有のエネルギー損失値(eV)を求めて元素を特定すると同時に,その分布像を得ることのできる電子エネルギー損失分光法(electron energy-loss spectroscopy;EELSその画像化EELS-imaging)などがある1,2)。これらのうち1は生物試料への応用に難点が多い。2は透過または走査型電顕に装置し,多くの普及を見ているが,真に使いこなした信頼できる報告は少ない。元来,生物試料は非生物のそれに比べて,70-80%の水分の中に軽元素が極めて疎な密度で分布するものを凍結乾燥または固定切片としているもので,このような試料が対象では局所に元素密度がよほど高くない限り必ずしも満足のゆく結果は得にくい。著者は2の生物試料への開発・応用に携わってきた経験から1-3)早くから3の応用に着目してきたが,わが国ではまことに残念なことながらメーカー側の非協力によって20余年間進展を見なかった4-8)

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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