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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学47巻6号

1996年12月発行

雑誌目次

特集 老化

細胞分裂寿命と細胞周期遺伝子

著者: 野田朝男

ページ範囲:P.534 - P.539

 正常ヒト二倍体細胞はin vitroでは有限回数しか分裂できない。この性質は1961年にアメリカのHayflick博士らによって報告され1),その後線維芽細胞のほかにも多くのヒト細胞,例えば上皮細胞,内皮細胞,平滑筋細胞,グリア細胞,Tリンパ球など,in vitroで継代培養できるほぼすべての細胞において確認されてきた。逆にいえば,無限に増殖できるヒト正常細胞は存在しないことになる。無限増殖性のヒト細胞は癌細胞株,あるいは正確には不死化細胞株である。
 ヒト細胞が有限増殖性を示す過程を「細胞レベルでの老化」,一定分裂回数の後に増殖が停止した細胞,つまり分裂寿命が尽きた細胞を「老化細胞」と呼ぶ。正常ヒト細胞がなぜin vitroで老化するのかについては,古くから多くの説が唱えられてきた。しかし現在では,ヒトを含めた高等動物の体細胞は,発生の初期過程において生殖細胞系列から分化する際に何らかの有限増殖プログラムが付与されると考えられている。従って,この有限増殖プログラムによって体細胞の分裂寿命,つまり老化に至る分裂回数が決定されると考えられる。この考えによると,体細胞の老化の第一義的決定要因は,初期胚における未分化細胞の体細胞系への分化機構と密接に関わっていることになる。

細胞の不死化と老化遺伝子

著者: 鮎沢大

ページ範囲:P.540 - P.546

 老化は加齢に伴う生理的機能の低下であると定義されるが,極めて多様性に富む複雑な現象である。最近,早老症の一つWerner症候群や線虫(C. elegans)の長寿変異株の原因遺伝子が単離され,老化研究においても遺伝的手法の有効性が実証された。ヒト体細胞の分裂寿命も有限である。いくつかの遺伝子に変異が生じると,細胞は無限分裂能力を獲得する。細胞老化の解明にも,分子生物学の常套手段である遺伝的解析が最も効果的である。そのために,細胞不死化の遺伝的解析が精力的に進められている。
 本稿では,細胞老化/不死化の基本概念を述べ,次いで著者らの研究を紹介する1-4)

テロメア・テロメレースと細胞老化

著者: 田中宏美 ,   押村光雄

ページ範囲:P.547 - P.552

 高等生物の正常細胞は少なくとも培養系においては無限に増殖することはできず,一定の分裂回数の後,増殖を停止する1)。このような培養細胞における現象を細胞老化と呼び,細胞工学的手法を用いた多くの研究により,この細胞老化は遺伝的支配を受けていると考えられている2)。一方で,細胞分裂を数える回数券の役割を果たすと考えられている染色体末端(テロメア)の短縮が,細胞老化やがん化と深い関わりを持つことを示す知見が得られてきた3,4)。すなわち,正常細胞では分裂するたびにテロメアは短縮し,ある閾値を超えると細胞は老化するが,がん細胞や不死化細胞ではテロメレース活性があるためにテロメアが補足され,それ以上短縮することなく一定の長さを保ち無限増殖能を獲得する5)。したがって,テロメレース活性をコントロールする遺伝子が細胞老化誘導遺伝子の一つの候補と考えられる。本稿では,細胞老化におけるテロメアダイナミックスとテロメレース制御機構における最近の知見を紹介する。

細胞老化に及ぼす細胞成長因子の作用

著者: 太田敏郎 ,   加治和彦

ページ範囲:P.553 - P.557

 先進国では平均寿命が年々延び,全人口にしめる老人の割合は急激に増加する傾向にある。ここから,老化の過程と,疾病や傷害にかかりやすくなるという老齢の影響を,よりよく理解する必要が急速に高まっている。
 Hayflickは,1960年代初頭に「正常ヒト線維芽細胞は無限に増殖できず,有限回の分裂回数ののち分裂能力を失う,これは元来体細胞がもっている性質なのだ」という仮説を提唱した(Hayflickの限界仮説)1,2)。この仮説から,in vitroでの継代培養でみられる分裂停止は,個体の老化を細胞レベルで再現しているもので,細胞は個体を離れてin vitroの培養系でも分裂回数に応じた生理学的変化(in vitroにおける細胞老化)を起こしている,というモデルが出されてきた。

ヒトの早老症と遺伝子

著者: 三木哲郎 ,   名倉潤 ,   荻原俊男

ページ範囲:P.558 - P.564

 ヒトゲノム中には,老化関連遺伝子や病的老化を促進させる疾病遺伝子が含まれていると考えられる。ワシントン州立大学のMartin教授は暦年齢に比べ老化が促進する遺伝病に注目し,表1に示す『老化に関する病理生理学及び細胞性基準』の21項目に従って,1975年度版の“Mendelian Inheritance in Man(ヒトのメンデル遺伝)”に掲載されている2336種の遺伝病を検索し,83種の常染色体性優性,70種の常染色体性劣性,9種のX染色体連鎖の合計162種の遺伝性早期老化症候群(=遺伝性早老症)を選び出した。この数は全遺伝病の6.9%にあたる。全遺伝子数は5-10万と考えられるため,3,500-7,000遺伝子座位が老化形質発現に関わることになるが,主要な老化形質の発現に関係している遺伝子座位は50-60であると報告した1)
 老化の基準により採点された上位9位までの遺伝性早老症を表2(Ⅰ)に示した。各遺伝病の右端の点数は採択された基準を示す。例えばウェルナー症候群の場合は,21項目中12項目の老化基準を満たしたことになる。遺伝性早老症は正常の老化を100%反映していないが,部分的な臓器の老化の症状を呈するため,segmental progeroid syndrome(部分的老化症)と呼ばれている。ダウン症候群は14項目の基準を満たすことになり,代表的な早老症の一つとなっている。

老化に伴うミトコンドリア呼吸機能障害に関係するのは核ゲノムかミトコンドリアゲノムか

著者: 林純一

ページ範囲:P.565 - P.569

 高齢化社会を迎えた現在,老化と糖尿病は重大な社会問題となりつつあるが,ごく最近ミトコンドリア脳筋症の原因であると考えられているミトコンドリアDNA(mtDNA)の突然変異と全く同じ突然変異が,驚くべきことにほとんどすべての老化したヒトの組織で発見されたばかりでなく1),かなり多くの糖尿病患者の組織のmtDNAにも存在することが相次いで報告され,mtDNAの突然変異と老化,糖尿病との因果関係も大きな注目を集めるようになった2-8)。しかも,これらの生命現象にはミトコンドリアの呼吸鎖の活性低下も伴うことから,mtDNAの突然変異はミトコンドリア脳筋症という特定の病気に限定されず,極めて身近なもので健常者の体の中にも少量ながら存在し,われわれの健康に重要な影響を与えている可能性が出てきたのである。
 確かにミトコンドリアは,酸化的リン酸化によるATP合成というエネルギー変換の場であり,ここに存在する独自のゲノム(mtDNA)が持つ遺伝情報のすべてはこのエネルギー変換に関係している。従ってmtDNAに突然変異が生じると,生体のエネルギー変換系は重大な影響を受ける可能性が出てくるのは当然である。しかし,逆にミトコンドリア呼吸鎖に問題が生じたからといって,必ずしもその原因がmtDNA側にあるとは限らない。これはミトコンドリア内でのエネルギー変換に必要な遺伝子が,mtDNAだけではなく核DNAにも存在するためである9)

老年性アミロイドーシス―マウスを用いた遺伝的解析

著者: 内木宏延 ,   中久木和也

ページ範囲:P.570 - P.574

 アミロイドーシス(amyloidosis)とは,個々の疾患に特異的な前駆蛋白質の全部,あるいは一部が重合してアミロイド線維(amyloid fibril;Af)を形成し,さまざまな組織,あるいは臓器の細胞外間質に沈着,臓器障害を引き起こす一群の疾患の総称である。現在ヒトアミロイドーシスは各々のAfを構成する蛋白質の違いにより十数種類に分類されるが,以下に列記する共通の形態学的特徴を備えている。すなわち,(1) HE染色によりエオジンに淡染する細胞外ヒアリン状無構造物質として認められる,(2)コンゴーレッド染色で橙色に染色され,偏光顕微鏡下に橙色・緑色複屈折を呈する,(3)電子顕微鏡的には束ねた2本のピアノ線をよじらせたような螺旋構造を持つ,幅7.5から10nmのAfを認める,(4) Afおよびその前駆蛋白質の構造解析により,逆平行βシート構造を基本構造として有している。
 本稿では,アミロイド蛋白の同定から病態の解析,さらに分子遺伝学的解析まで,われわれのグループが中心となって進めてきたマウス老化アミロイドーシス研究の現状を述べ,さらに同研究過程で開発した実験系の,Alzheimer病(AD)βアミロイド線維(βAf)形成機構解明への応用例を紹介する。

アミロイド前駆体蛋白の代謝

著者: 中村祐 ,   武田雅俊

ページ範囲:P.575 - P.581

 近年,社会の高齢化にともない痴呆性疾患が急増している。このために中枢神経系の老化に関しては大きな関心が払われてきた。ほとんどの痴呆疾患はアルツハイマー型痴呆(アルツハイマー病)もしくは脳血管型痴呆であるが,老化との関連ではアルツハイマー病が関連が深いと考えられてきた。最近は世界的にこの分野での研究の進展が著しく,ある程度まで分子レベルでの理解が可能となりつつあるのが現状である。その中でも,アミロイドβ蛋白(Aβ)とその前駆体蛋白であるアミロイド前駆体蛋白(amyloid protein precursor;APP)は重要な位置を占めている。本稿においては,アミロイドβ蛋白およびアミロイド前駆体蛋白のアルツハイマー病との関連にふれながら,アミロイド前駆体蛋白の代謝に関して概説したい。

動脈硬化とスカベンジャー受容体

著者: 佐野裕之 ,   堀内正公

ページ範囲:P.582 - P.587

I.スカベンジャー経路とは
 スカベンジャー経路とは,生体内で陰性荷電に富む巨大分子(変性LDL,異物,老廃物など)を処理する機構として,1979年にBrownとGoldsteinによって提唱された1)。初期の動脈硬化性病変の特徴の一つは,血管内皮下にマクロファージ由来の泡沫細胞,すなわち細胞内にコレステロールエステル沈着を認めることである2)。このコレステロールはLDLに由来するが,LDL受容体を介するLDLの取り込み系は自己制御(down regulation)を受けること,また,LDL受容体を欠損する家族性高コレステロール血症の患者においても,初期病変部にマクロファージ由来の泡沫細胞を認める事実から,マクロファージの泡沫化にはLDL受容体とは異なる受容体経路が想定されるに至った3,4)。想定されたマクロファージスカベンジャー受容体(MSR注1)cDNAは,1990年にKodama5)らによってクローニングされ現実のものとなった。
 本レセプターはアセチル化LDL(アセチルLDL),酸化LDLなどの変性LDLの細胞内取り込みならびに細胞内分解を担い,種々のポリアニオンに対しても結合部位を有するので,リガンド結合がポリアニオンによって効果的に阻害されることで知られている。

心臓の老化

著者: 礒山正玄

ページ範囲:P.588 - P.593

I.心臓の加齢
 個体の加齢による変化は個体自身の生物学的加齢,その個体の生活習慣などの社会的因子,心臓を含めた種々の臓器の病的状態などの医学的因子により影響される(図1)。個体の中にあって機能している心臓の加齢は,個体の加齢とともにする現象である。従って,心臓の加齢は心臓以外の臓器の加齢との相互作用の結果としてもたらされる。図2に示したごとく,心臓は血管系と結び付いて機能するために,血管特に動脈系の加齢による変化の影響を直接に受ける。ヒトでは加齢とともに動脈系の入力インピーダンスは増加する。同様に,血液循環を介して間接的に脳下垂体,甲状腺,副腎,性腺などの内分泌器官の加齢の影響下にある1,2)。他の臓器と同様に,心臓もまた神経系のコントロールを受けており,加齢によりその変化の影響を受ける。このように,個体の中の心臓の加齢は心臓自身の変化と心臓以外の臓器の加齢による影響の総体である。
 心筋細胞の加齢に論を転ずると,心筋組織における心筋細胞は多くの生物学的に活性のある物質および種々の細胞に接している3-6)。それらの物質にはアンジオテンシンⅡ,エンドセリン,NO,心房性利尿ホルモン,fibroblast growth factor,transforming growth factor-β,tumor necrosis factor-αなど数多い。

ニューロトロフィンの脳における加齢変化と老化脳における動態

著者: 仙波りつ子 ,   加藤兼房

ページ範囲:P.594 - P.600

 脳の老化には,正常老化とAlzheimer病にみられるような病的老化があるが,病理学的には両者を峻別することは難しく,連続的スペクトルを形成するものといわれている。本題では,加齢に伴う脳のタンパクの変動と老化脳における動態をとらえてみたい。
 脳の生後発達に伴い,顕著な変化をする脳特異タンパクは少なくない。しかしながら,脳の加齢(あるいは老化:aging)に伴って変動するタンパクとなると話は別である。そのなかでも,脳の老化に伴い新たに出現するタンパク(たとえばAlzheimer病にみられるアミロイドβタンパク,アポリポプロテインE4など)は,まだ比較的容易にとらえられるが1),加齢に依存した形態学的変化が顕著であっても,生化学的変動としてタンパクの増減をとらえることはなかなか難しいことが多い。アストログリア細胞のマーカーとされるS100βタンパクは加齢に伴い増加するタンパクのよい一例であるが,S100βについてはすでに総説があるのでそれを参照されたい2)。ところで,神経成長因子の欠乏がAlzheimer病の原因ではないかという報告3,4)がなされて以来,神経栄養因子は脳の老化に密接な関連をもつタンパクとして脚光を浴びてきている。本章では,神経成長因子ファミリー(ニューロトロフィン;NT)に絞って話を進めたい。

実験講座

原子間力顕微鏡―生体高分子から生きた細胞の液中観察まで

著者: 牛木辰男 ,   人見次郎 ,   山本晋 ,   小倉滋明

ページ範囲:P.601 - P.606

 原子間力顕微鏡atomic force microscope(AFM)の医学生物学的応用が,近年注目されてきている。この顕微鏡は1986年にBinnig,Quate,Gerberによって発明された1)。AFMは従来の顕微鏡とは異なり,光も電子も,そしてレンズも使わない風変わりな顕微鏡で,鋭くとがった針で試料をなぞりながら表面凹凸形状を測定する。いわば触診式顕微鏡ということができる。この顕微鏡を用いて結晶性の無機材料(たとえばグラファイトや雲母など)を観察すると,表面の原子配列を直接観察することができる。このような高分解能をもつことから特に材料学の分野で現在盛んに利用されてきている。一方で,AFMには試料の導電性に関係なく大気中や液中で観察できるという特徴もある。この点から,医学生物学への利用も期待されてきた2-4)
 本稿では,まずAFMの原理を紹介し,医学生物学応用の現状とわれわれの研究室で試みている実例について述べる。その中で,AFMを医学生物学に利用していくための利点や問題点について考えてみたい。また,AFMの仲間にあたるさまざまな顕微鏡が最近開発されてきているので,最後にそうした顕微鏡についても多少触れることにする。

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生体の科学 第47巻 総目次

ページ範囲:P. - P.

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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