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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学48巻2号

1997年04月発行

雑誌目次

特集 最近のMAPキナーゼ系

特集によせて

著者: 西田栄介

ページ範囲:P.90 - P.91

 MAPキナーゼが,インスリン刺激あるいはさまざまな細胞増殖因子や発がんプロモーターなどの刺激で活性化するキナーゼとして初めて報告されたのは,1980年代後半のことである。それからまだ10年も経過していない。しかし,その間にMAPキナーゼをめぐる研究が数多くなされ,当時からは想像もできないほどMAPキナーゼをめぐる現象が明らかになってきた。最も大きな成果の一つは,増殖シグナル伝達経路の基本メカニズムが解明されたことであろう。最近,多くの総説や教科書などでもおなじみとなってきたが,その概略を述べると,(1)増殖因子が細胞膜表面上のチロシンキナーゼ型受容体に結合する。(2)受容体二量体化あるいは多量体化が起こり,受容体の細胞内ドメインのチロシンリン酸化が起こる。(3)チロシンリン酸化された受容体に,Grb 2などのアダプター分子がSH 2領域を介して結合する。(4)アダプター分子と結合したGDP/GTP交換反応促進因子が細胞膜付近へ移行し,がん遺伝子産物Rasを活性化する(GTP型へ変換する)。(5)活性型Rasとがん遺伝子産物Rafが結合し,結果としてRafが細胞膜ヘリクルートされ活性化する。(6) RafがMAPKKを活性化し,さらにMAPKKがMAPキナーゼを活性化する。(7)活性化したMAPキナーゼが核へ移行し,転写因子を活性化する,といった図式が考えられている。もちろん,この図式自体,まだ証明されていない部分も多く残されている。

MAPキナーゼスーパーファミリーの活性化機構とその多様な機能

著者: 豊島文子 ,   森口徹生 ,   西田栄介

ページ範囲:P.92 - P.96

 細胞は周囲の細胞や外界から受けるさまざまな刺激に対して応答するシステムを持っている。刺激を細胞外から細胞内に伝えるために,細胞内にはさまざまなシグナル伝達機構が存在するが,その中でもMAPキナーゼによるシグナル伝達機構は中心的な存在である。MAPキナーゼは,さまざまな増殖因子で活性化されるセリン/スレオニンキナーゼとして同定された。MAPキナーゼの上流と下流に関するこれまでの研究から,細胞外から核内での転写調節に至る一連の細胞増殖シグナルの伝達機構が解明されてきた。MAPキナーゼは,細胞増殖以外にも,神経分化,卵成熟過程および初期発生の中胚葉誘導にも関与すると報告されている。MAPキナーゼの活性化にはキナーゼドメインⅦとⅧの間にあるTEY配列のTとYのリン酸化が必要であるが,この両アミノ酸をリン酸化し,MAPキナーゼを活性化する酵素が,セリン/スレオニン/チロシンキナーゼであるMAPKキナーゼ(MAPKK)である。MAPKKも活性化にはリン酸化が必要であるが,このリン酸化を担うMAPKK活性化因子をMAPKKキナーゼ(MAPKKK)と総称している。このMAPKKK-MAPKK-MAPKというキナーゼカスケードは,酵母から哺乳類に至るまでの種々の生物で保存されており,シグナル伝達においてMAPキナーゼカスケードが重要な役割を果たしていると考えられる。

シナプスのMAPキナーゼ系

著者: 鈴木龍雄

ページ範囲:P.97 - P.100

 細胞増殖や分化の誘導や制御において,MAPキナーゼ(MAPK)は大きな役割を果たしていることが知られている。脳のMAPK研究の多くは,主として胎児期の脳からの培養神経細胞やPC12細胞などの株化細胞を用いて盛んに行われ,神経系の発育や増殖にもMAPKが大きな役割を果たしていることが示唆されている。しかし,アダルト脳の分化した神経細胞にもMAPKが広く発現している1)という事実は,脳のMAPKが神経細胞の分化・増殖ばかりでなく,神経伝達の制御にも深く関わっていることを示唆している。最近になって,長期増強(long-term potentiation;LTP)研究の隆盛とともに,シナプス伝達やシナプス可塑性発現に果たすMAPK系の役割も明らかになりつつある。本総説ではシナプスのMAPK系に関する最近までの知見をまとめてみた。

神経軸索再生時のRas-MAPキナーゼ情報伝達路の再構築

著者: 木山博資 ,   桐生寿美子 ,   濤川一彦

ページ範囲:P.101 - P.106

 成熟神経細胞は分裂増殖することはできないが,極めて長期間生存することができる細胞である。この分裂能を失った神経細胞のうち,特に中枢神経系は虚血や外傷などによる神経傷害に極めて脆弱であり,神経損傷に起因する神経細胞死は生体機能の大きな損失へ至る。神経細胞が損傷を受けたとき,神経細胞を細胞死から救い,さらに再び軸索を伸展させ回路の修復を行うことができれば,重篤な機能損失から免れることが可能となる。われわれは,障害中枢神経細胞の生存維持や軸索再生を目指し,損傷に対しては比較的強い神経系である末梢運動神経をモデルとして,損傷後の生存や軸索再生の分子メカニズムの解明に取り組んでいる。特に,軸索に傷害を受けた神経細胞の中で起こるさまざまな分子群の発現調節がいかになされているかを中心に研究を行っている。その結果,一部の細胞内情報伝達系に属する分子群の発現が,極めて特徴的に促進していることが浮かび上がってきた1)。すなわち,損傷という大災害の後でライフラインを確保するための情報の通り道を確保するために,特定の情報伝達路が速やかに再構築または強化されるのである。この再構築されるルートのなかで最も幹線にあたるのがRasからERK(MAPキナーゼ)へ至る情報伝達系である。

TPAによる分化誘導とチロシンホスファターゼ

著者: 清宮啓之 ,   鶴尾隆

ページ範囲:P.107 - P.111

 1988年,リン酸化チロシン残基の脱リン酸化反応を触媒する酵素,チロシンホスファターゼ(PTPase)が精製され,そのアミノ酸配列が決定されたことから,同リン酸化はチロシンキナーゼとPTPaseの両者のバランスによって厳密に調節されていると考えられるようになった。この酵素(PTP-1B)との高い相同性から,従来より白血球共通抗原として知られていたCD45がPTPaseとして改めて同定されたのを皮切りに,これまでにさまざまなPTPaseアイソザイムの遺伝子が単離されてきた(図1)1,2)。概念的には,細胞を主に癌化へと導くチロシンキナーゼとは逆に,その逆反応を司るPTPaseはこれと拮抗的に癌抑制的な役割を果たしている可能性が考えられる。しかしながら,PTPase触媒ドメイン以外の領域はアイソザイムごとに多様性を示していることから,個々のPTPaseアイソザイムの機能は癌抑制といった一義的なものではなく,各々特異的な生理機能を果たしているものと考えられる。実際,最近までに細胞の増殖シグナルに対して促進的に作用するアイソザイムと,抑制的に作用するアイソザイムの存在が確認されてきた(代表例については,すぐれた総説3)があるので参照されたい)。
 細胞の増殖と分化は表裏一体をなすものであり,ある種の癌細胞は一定条件下で分化を誘導させることが可能である。

がん化とMAPキナーゼ系

著者: 岡崎賢二

ページ範囲:P.112 - P.117

 がんの原因はがん細胞の増殖である。感染症をひきおこす細菌やウイルスが体外から侵入してくるのに対して,がん細胞は本来自分の体の細胞そのものであり,もともとは正常に働いていた細胞から生じたと考えられる。したがって,がんの真の原因は正常細胞をがん細胞に変えたものにあるといってよく,その根本的な解明には,正常細胞の増殖を調節しているしくみを理解することが必要である。
 多細胞生物を構成する細胞は,実に多彩な増殖刺激に反応して,静止状態から細胞周期を開始する。さまざまな増殖因子は刺激を伝えるために異なったシグナル伝達経路を利用するものの,その多くが共通して細胞内でMAPキナーゼ(哺乳類細胞ではextracellular signal-regulated kinase;ERK 1および2として知られる)の急激な活性化をひきおこす。このことから,ERKは増殖刺激を細胞核へと伝達する重要な経路の構成因子のひとつであろうと考えられてきた。この経路と細胞のがん化との関連は,まず活性型のRasあるいはRafによってがん化した細胞で,ERKの恒常的な活性化が見いだされることから示唆された1-3)。さらにこの観察を発端として,Ser/ThrキナーゼとしてのRafが,ERK活性化キナーゼであるMekを直接リン酸化・活性化するMAPキナーゼキナーゼキナーゼ(MAPKKK)活性を持つことが明らかにされた4)

MAPキナーゼ系と個体発生

著者: 西田育巧

ページ範囲:P.118 - P.123

 MAPキナーゼ経路の構成因子は,個体の中でほぼすべての細胞で発現されており,個体発生の過程や,個体を維持しさまざまな生理機能を発現する上で,多様な機能を担っていると予想される。個体発生におけるMAPキナーゼ系の役割を解析する上で,突然変異体を用いた遺伝学的手法が最も有効である。MAPキナーゼ系は進化の過程でよく保存されており,遺伝学・分子生物学・発生生物学などがよく発達し,多細胞生物モデル系として優れたキイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)にも見いだされる。ここでは,MAPキナーゼ系の遺伝学的解析が最も進んでいるショウジョウバエでの個体発生における機能を紹介する。

MAPキナーゼカスケードと細胞死

著者: 一條秀憲 ,   斉藤正夫 ,   西頭英起 ,   武田弘資 ,   宮園浩平

ページ範囲:P.124 - P.129

 MAPキナーゼファミリーが構成するキナーゼカスケードは,真核細胞にとって,細胞内外の刺激を核内への情報として伝えるための最も基本的なシグナル伝達機構である。多細胞生物のMAPキナーゼは,これまで特に増殖因子のシグナル伝達経路としての機能が注目され,その増殖ならびに分化シグナルの伝達機構が詳細に研究されてきた。しかしながら最近,古典的MAPキナーゼカスケードに加え,新たなMAPキナーゼファミリーのメンバーが次々と発見され,それらが細胞死(アポトーシス)のシグナル伝達にも重要な位置を占めることが明らかにされ,にわかに注目を集めている。本稿では,アポトーシスに関連するMAPキナーゼカスケードならびに,その重要な構成要素のひとつであることが最近明らかにされた新規MAPキナーゼキナーゼキナーゼ,ASK1の構造と機能について紹介する。

MUKによるJNK経路の活性化

著者: 平井秀一 ,   大野茂男

ページ範囲:P.130 - P.135

 Jun N-terminal kinase(JNK)は,ERK,p38/Mpk-2などとともにMAPキナーゼ関連酵素の一つに数えられる酵素で,stress activated protein kinase(SAPK)とも呼ばれる。この酵素は細胞にストレスを与えるような刺激,例えば紫外線照射や浸透圧ショックにより強力に活性化されるほか,IL-1,TNFα,TGFβなどのサイトカインによっても活性化されることから,これらにより惹起される細胞内シグナル伝達に関与するものと考えられる1,2)。JNKにはこれまでに3種類のアイソザイムが見つかっており,それぞれJNK1(SAPKγ),JNK2(SAPKα),JNK3(SAPKβ)と呼ばれている。いずれもc-Jun,ATF2/CREBP-1などの転写因子を直接リン酸化して活性化することが報告されているほか,インスリンによるグリコーゲン合成酵素の活性調節への関与についても報告がある3)。JNKの活性はほかのMAPキナーゼ関連酵素と同様,MAPキナーゼキナーゼ(MAPKK)クラスおよびMAPキナーゼキナーゼキナーゼ(MAPKKK)クラスに属するタンパク質リン酸化酵素を含むキナーゼ経路により活性化される。

RasとMAPキナーゼ系

著者: 小出寛 ,   上代淑人

ページ範囲:P.136 - P.139

 ras遺伝子は細胞を癌化させるウイルス中に存在する癌遺伝子として1964年に発見された1-3)。その後,実際に多くのヒト固形腫瘍にras遺伝子の活性型変異が見いだされ,細胞の癌化におけるras遺伝子の役割が世界中の多くの癌研究者の注目を集めた。また,ras遺伝子はウイルスだけでなく,もともと宿主の細胞の染色体にも存在しており,増殖や分化という細胞の正常な機能において重要な役割を果たしていることが明らかになった。ras遺伝子は,哺乳類ではHa-ras,Ki-ras,N-rasの三つのアイソフォームを持ち,その産物(Ras)は細胞膜に局在する分子量約21,000の低分子量GTP結合タンパク質である。RasはGDP結合型(不活性型=上流からシグナルを受け取る状態)とGTP結合型(活性型=下流にシグナルを伝える状態)の二つの状態を遷移することによって,細胞内のシグナル伝達における「分子スイッチ」的な役割を果たしている4)(図1)。Rasが正常細胞の増殖や分化において重要であること,そしてRasの活性型変異と細胞の癌化とが密接な関係を持っていることから,Rasの下流で機能している分子の同定が癌研究者らの大きな興味の焦点であった。

ERK2/p42MAPキナーゼの遺伝子構造

著者: 瀧嶋邦夫 ,   杉浦直明

ページ範囲:P.140 - P.144

 MAPキナーゼカスケードは細胞外からの増殖刺激や分化誘導刺激などによって活性化される細胞内情報伝達経路であり,粘菌,酵母,ショウジョウバエ,植物から哺乳動物までの広範囲にわたる多くの生物によって利用されている。活性化されたMAPキナーゼは転写因子,細胞骨格やほかのプロテインキナーゼなどをリン酸化することにより細胞の機能調節を行っている。
 ラットから最初にクローニングされた哺乳動物のMAPキナーゼとして,ERK1/p44MAPキナーゼとERK2/p42MAPキナーゼがよく知られている。現在MAPキナーゼのファミリーが数多く報告されているが,ERK1とERK2はそれらの中で最もホモロジーが高いアイソフォームであり,アミノ酸レベルでの相同性は85%にも及んでいる。両者は多くの組織で発現していることや基質特異性や活性化のされ方など多くの点で似ており,機能的に等しいと考えられている。しかし,一方でERK1とERK2の組織特異的発現あるいは機能的な違いを示唆する結果も得られている。ERK1とERK2はともに広範な組織で発現しているが,組織や細胞によってその強さはまちまちである。脳におけるERKsの発現の局在がノーザンハイブリダイゼーション法1),in situハイブリダイゼーション法2)や免疫組織化学的な方法3)で調べられているが,ERK1とERK2で分布に差があることが報告されている。

連載講座 個体の生と死・2

生殖細胞:卵子形成

著者: 佐藤英明

ページ範囲:P.145 - P.151

 生物は生物から生まれ,個体としての生物は必ず死ぬ。個体の死を超えて生物が生きながらえるために,生物は生物の「生」を継承する細胞を必要とする。雄雌の性をもち,有性生殖を行う動物では,生殖細胞(精子や卵子)をつくり,受精により自分の生命を次の世代に引き継いでいる。このような生殖細胞は減数分裂を行い,半減化した染色体をもつようになるのみならず,形も特徴的に分化する。また生物個体はその「生」を継承するには多すぎる生殖細胞をつくるが,その動態も生物学的意味を感じさせるものである。私は卵子形成と血管系について仕事を進めてきたが,ここでは卵子形成の制御について他の研究者の成果を含め,いくつかの課題にしぼって述べてみたい。また,卵子形成の研究基盤をなすと思われる実学的話題についても紹介する。

解説

DNAのアルゴリズム―複雑適応系としてのDNAシステム

著者: 米澤保雄

ページ範囲:P.152 - P.156

 現在までの分子生物学や生物物理学などによる分子的な生物の還元的な理解によって,生物をシステム論に根ざして研究する方法が本格化している。従来の分子生物学や生物物理学の急速な進展によって,生物の微細な機構の個々についての知見は多く蓄積されたが,高等生物の発生分化などを代表に個々の微細システムの相互関係で生まれるシステム挙動の研究はいまだ解明されておらず,今まさに緒に着いたばかりである。
 本稿では,分子生物学の進捗によって膨大なデータを蓄えつつあるDNAのシステム論に根ざしたアルゴリズムの体系化を試みる。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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