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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学48巻4号

1997年08月発行

雑誌目次

特集 マトリックス生物学の最前線

特集によせて

著者: 林利彦

ページ範囲:P.240 - P.240

 一つの細胞が有するDNAの情報がコピーされ、細胞が増殖すると同時に,各臓器に特異的な機能を有する細胞へと分化すべく,展開されて個体になる。同一のDNAを持ちながら肺,肝臓,心臓など各臓器に特異的な機能を果たす。
 1997年,日本では臓器移植における脳死の法律案が話題になった。個体として生命はなくなっても,臓器としての生命が残っているので,正常に機能しない臓器と取り替えるということである。脳が個体としての生命の中枢にあることは本当か。細胞の中のDNAは各個人に固有のものである。脳でも,心臓でもDNAが異なるのではない。個体としての生死と臓器としての生死とは何が違うのかを考えさせる。一方,本年はクローン羊が作成されたとの報道もあった。個体が一個の細胞(受精卵)の分裂により作成されるのであるから,各臓器も一個の細胞から形成されてくる。個体として複製が可能であれば,一個の細胞から臓器をつくることはもっと容易であるようにも思えるが。

細胞外マトリックスの生物学的機能

著者: 林利彦

ページ範囲:P.241 - P.246

I.細胞外マトリックスとは
 多数の細胞により秩序ある細胞社会を形成するために必要な細胞外環境のことを細胞外マトリックスという。現代的な都市型の人間社会を高等動物の細胞社会になぞらえると,鉄骨の高層ビルをはじめ,高速道路,上・下水道,電気,ガスなど配管・配線などの都市のインフラストラクチャーにあたる構造体が細胞外マトリックスといえよう(図1)。
 細胞社会における細胞外マトリックスに関する研究は,よくも悪くも生命現象における動的な構造および機能の解明とは離れたところで,独自の道を歩んできた。しかし,ここ10年近く,細胞外マトリックスは細胞接着を介して,細胞の機能へ大きな影響を及ぼすことが明らかになってきた。多数の細胞からなる組織・器官が秩序よく形成され,維持されている細胞社会を構成する上で,必須の要素であるとして,細胞社会生物学で主要な位置を占めるようになった1)。細胞外マトリックス成分分子中の細胞接着ドメイン,細胞内への情報伝達,受容体インテグリンの多様性とそれぞれの機能についての分子レベルでの情報が蓄積してきた2-4)(図2)。

Ⅳ型コラーゲン遺伝子変異と疾患

著者: 二宮善文 ,   植木靖好 ,   関次男 ,   大橋俊孝

ページ範囲:P.247 - P.253

 上皮,内皮,筋肉細胞などの周囲に存在する基底膜は,細胞の分化,極性を決定したり,また物質透過に重要な役目をしている。この基底膜の主構成成分はⅣ型コラーゲンである。ほかのコラーゲンと同じくⅣ型コラーゲンも3本のα鎖で構成されるが,最近このⅣ型コラーゲンをコードする遺伝子は6種類存在することが明らかになってきた。これらの遺伝子が組織特異的に発現され,Ⅳ型コラーゲン分子を構成して,高分子会合体を形成し,各々の臓器や組織において生物学的機能を発揮している。本稿ではこれら6遺伝子の発現と機能,遺伝子変異が生ずる疾患について最近の知見を概説する。

XI型コラーゲンの構造と機能

著者: 木村友厚 ,   妻木範行 ,   越智隆弘

ページ範囲:P.254 - P.259

 1α,2α,3α鎖とそれぞれ名付けられた軟骨組織由来のコラーゲン鎖が,初めてSDS-PAGE上でBurgesonらによって示されたのは1979年である1)。以来,軟骨マトリックス中にはⅡ型コラーゲン以外にもⅨ型やⅩ型をはじめとするコラーゲン分子種の存在が次々と明らかにされてきた。さらに1α,2α,3αもその構造が次第に明確になり,やがて1:1:1のstoichiometryのヘテロトリマーを形成することが確実になるに及んで,α1(XI)α2(XI)α3(XI)の分子型をもつXI型コラーゲンと呼ばれるようになったのは周知のとおりである2,3)。これらXI型コラーゲン各鎖の中でα1(XI)とα2(XI)鎖は独自の遺伝子産物であるが4,5),α3(XI)鎖はⅡ型コラーゲンα1鎖遺伝子産物が異なる翻訳後修飾を受けたものである6)。現在,XI型コラーゲンは主に軟骨に存在して組織形成に役割を担っていることがわかっている。一方でα1(XI)鎖は非軟骨組織にも存在し,Ⅴ型コラーゲン鎖とコラーゲンヘリックスを形成していることも知られている。本稿ではこのXI型コラーゲンの構造について概説するとともに,その機能や疾患との関わりについても述べてみたい。

多様なラミニン分子の形成機構

著者: 新美友章 ,   熊谷知乃 ,   北川泰雄

ページ範囲:P.260 - P.267

 基底膜の主要な糖タンパク質であるラミニンはα鎖,β鎖,γ鎖の3種類のサブユニットが会合したヘテロ三量体である。多様な異型体が発見されて一概にはいえなくなってきたが,典型的なラミニンは3本の短腕と1本の長腕からなる十字架状構造をしている(図1)。三つの鎖は長腕部に約70回のヘプタド配列を持っており,これに導かれて重複コイル構造を作って会合する1)。αとβ鎖,βとγ鎖およびγとα鎖は長腕のN末端で鎖間ジスルフィド結合し,βとγ鎖はC末端でもジスルフィド結合している。各鎖の短腕部分には,80余個のシステインがEGFに見られるパターンで繰り返して,鎖内ジスルフィド結合で棒状構造を作る部分と球状構造が交互に見られる。α鎖のC末端にはヘパリン結合などの多様な機能を持つ球状構造が5回繰り返し,全体として大きな球状構造を作っている。
 マトリックス生物学の最前線を解説することを求められている本稿では,続々と発見されている多様なラミニン異型体を紹介し,これらのラミニン遺伝子のノックアウト実験を解説する。その後に,このような異型体が形成される機構を,われわれの最新データによって解説する。

骨格筋と神経系におけるラミニンの役割

著者: 林由起子 ,   荒畑喜一

ページ範囲:P.268 - P.272

 近年,基底膜の主成分の一つであるラミニンの異常が,筋ジストロフィーや表皮水疱症を引き起こすことが明らかとなり注目を集めている。本稿では,骨格筋におけるラミニンと筋疾患との関わりを中心に述べ,加えて神経系におけるラミニンの機能にも若干ふれたいと思う。

テネイシンファミリー分子の構造と機能

著者: 吉田利通 ,   坂倉照妤

ページ範囲:P.273 - P.279

 形態形成および創傷治癒過程,癌の発生・進展などの種々の組織再構築過程では,増殖した細胞群がその集塊の形を変え,すでにある構築を変化させ時には移動して,固有の組織構築を形成する。そのためには,すでにあった組織構築では,細胞―細胞間接着と細胞―基質間接着の解離が必要であり,このうち細胞―基質間の接着は,細胞内からの接着斑などの調節,細胞外マトリックス(ECM)蛋白の蛋白分解酵素による破壊,そしてECMの量,種類を変化させることによって制御されている。細胞の脱着(detachment),細胞―基質間接着の解離,という観点が近年注目を集めてきており,ECM蛋白による接着制御として,テネイシン(TN)の発見とその分子機能の解析は,積極的な抗接着性の概念の確立に寄与してきている。また,最近ファミリー分子が相次いで発見され,TNファミリーの関与する現象はますます増えていくであろう1,2)
 本稿では,現在知られているTNファミリー分子を紹介し,よく研究されているTN-Cを中心に,in vitroでの分子機能と生体での発現,機能について概説する。

コンドロイチン硫酸/デルマタン硫酸プロテオグリカンファミリーとそれらの普遍的プローブとしての抗GAG単クローン抗体の利用

著者: 矢田俊量 ,   木全弘治

ページ範囲:P.280 - P.286

 プロテオグリカン(PG)とは,蛋白質(コア蛋白質と呼ばれている)に1本以上のグリコサミノグリカン鎖が共有結合していることを唯一の構造上の定義としている多様な分子の総称である。グリコサミノグリカン(GAG)には糖の骨格構造から分類すると,1)ヒアルロン酸(HA),2)コンドロイチン(CN)/コンドロイチン硫酸(CS)/デルマタン硫酸(DS),3)ヘパリン(HP)/ヘパラン硫酸(HS),4)ケラタン硫酸(KS)の4種に大別でき,HA以外はPGの側鎖として合成される。これらGAGの合成は,細胞内のゴルジ体に存在する各種糖転移酵素,硫酸基転移酵素,エピメル化酵素などのGAG合成酵素の活性と,PGコア蛋白の発現との巧みな共役反応のもとになされる。
 PGは生体のすべての組織に存在し,GAGの本数も1本から約100本以上までいろいろある。いくつかの例外を除き,あるPGには決まった種類のGAG鎖しか結合しないことから,GAG側鎖に従って分類されることが多く,CS(CN) PG/DSPG,HPPG/HSPG,KSPGの3種に大別される。GAGの立場からいえば,いろいろなコア蛋白質はGAG側鎖をある生命現象の場に提示するための足場と考えることもできる。コア蛋白質は多種多様で多くの遺伝子が単離され,その一次構造が判明し,いくつかのファミリーに分類されることがわかってきた。

ヘパラン硫酸プロテオグリカンの構造と機能

著者: 岡山實 ,   小栗佳代子

ページ範囲:P.287 - P.294

 ヘパラン硫酸は血液凝固阻止活性を持つ生体物質であるヘパリンを肝臓,肺から精製する際に,副次的に得られる凝固阻止活性を示さないヘパリン様多糖として発見され,硫酸含量の低いことからheparin monosulfateと命名された。その後,アミロイドーシス患者の肝臓から単離されたヘパラン硫酸はheparitin sulfateと命名され,この名称は今日でも散見される。系統名はheparan sulfateである。Kraemerが種々の培養細胞によりヘパラン硫酸が合成されていることを報告1)して以来,多くの研究によって,生体内の殆どの細胞がヘパラン硫酸を合成していることが明らかにされ,それらはタンパク質に共有結合したプロテオグリカン(PG)として,各々の組織に特有な細胞外マトリックス(ECM)2)あるいは細胞膜3)に普遍的に存在していることが示されてきた。ほかの分子との相互作用を介したさまざまな生物活性が明らかにされつつある現在,ヘパラン硫酸の構造的多様性の解析とそれに基づく機能の解明は,最も注目される研究分野の一つとなっている。

自律的機能制御分子としてのフィブロネクチン

著者: 深井文雄

ページ範囲:P.295 - P.300

 組織を構成する細胞は細胞外マトリックス(extracellular matrix;ECM)に囲まれて存在している。ECMは細胞を物理的に支持,固定するばかりでなく,細胞表層のインテグリン受容体を介して細胞の増殖,分化,移動などの様々な生物過程に積極的に関与することが明らかにされている。細胞接着分子の機能的重要さが指摘されるに伴って,接着分子とは逆に,接着を負に制御する反接着因子の存在がア・プリオリに予測され,実際,いくつかの反接着分子が見出されてきた。われわれは,代表的な細胞外マトリックスタンパクの一つであるフィブロネクチン分子内には,接着を促進する機能部位のみならず,接着を抑制する反接着部位も存在していることを見出した。フィブロネクチン分子は単独で細胞の接着を正にも負にも調節しうる自律的接着制御分子として機能している可能性が示されたことになる。

膜結合型メタロプロテアーゼとマトリックス代謝

著者: 上野浩久 ,   岡田保典

ページ範囲:P.301 - P.306

 近年,分子生物学的アプローチの発達によって,様々な生理活性をもつ新規膜タンパク分子がクローニングされている。それらのうちでも,細胞膜貫通ドメインを有するいくつかのプロテアーゼ(ectoenzyme)の構造が決定され,生理的および病的状態における細胞膜表面での代謝が明らかになりつつある。ここでは,膜結合型メタロプロテアーゼについて概説するとともに,細胞外マトリックス(ECM)分解に重要な役割を果たす膜型マトリックスメタロプロテアーゼについての最近の知見を詳しく紹介する。

連載講座 個体の生と死・4

生殖生物学:体外受精・胚移植

著者: 関守利

ページ範囲:P.307 - P.312

 1978年,SteptoeとEdwardsが行った体外受精・胚移植(in vitro fertilization and embryo transfer;IVF-ET)による世界最初の女児Louise Brownの誕生1)以来,本法は今や全世界に広く受け入れられ,日本でもこの方法により平成6年度は年間4,000人に近い出産数となった。近年の生殖医療の進歩はめざましく,多くの基礎的な研究の成果が臨床に応用され,ヒト胚の初期発生に関する多くのことが明らかになってきた。しかし,この生殖医学上の技術革新はこれまでになかった新たな問題をも生み出している。本稿ではIVF-ETの実際と,体外受精から始まった一連の生殖医療とその問題点について概説する。

実験講座

生細胞研究のためのナノテクノロジー―光ピンセットとナノ計測

著者: 富重道雄 ,   楠見明弘

ページ範囲:P.313 - P.318

 生きている細胞に適用できる「ナノ」テクノロジーが次々と誕生しつつあり,細胞生物学研究に革新をもたらそうとしている。特に,最近の光学顕微鏡とその関連技術のめざましい発展のおかげで,機能しているタンパク質分子を,1分子レベルで,ナノメートル/サブミリ秒の精度で観察し,ナノメートル/サブピコニュートンの精度で操作することができるようになってきた1-5)。タンパク質分子のサイズは数ナノメートルであり,タンパク質間の相互作用の力はピコニュートンレベルであるから,タンパク質1分子のレベルで,作動機構を調べるための方法がそろいつつある,ということだ。
 われわれは,これらの技術―光ピンセット法とナノ計測技術―を,細胞膜の研究に応用している。この手法は汎用性が高いので,将来的には細胞生物学のほかの様々な系に応用できると思われる。本稿では,われわれが細胞膜研究に用いているシステムを例にとって,Ⅱ章で方法を解説し,Ⅲ章では細胞膜研究への応用例を紹介する。Ⅱ章は技術的な話が中心なので,光ピンセットを使ってどんなことができるのかに興味があるという方は,Ⅱ章をとばしてⅢ章を読んでいただきたい。

話題

「国際筋シンポジウム―筋原線維形成の分子メカニズム」報告記

著者: 松田良一

ページ範囲:P.319 - P.320

 骨格筋や心筋における筋原線維は,ウイルス封入体と同様,種々のタンパク質分子の自己集合によって作られた高次構造である。しかし,筋原線維を適当な濃度の塩と尿素を含む溶液に対して透析し,その大半を可溶化した後,再び透析によりおだやかに塩と尿素の濃度を下げても二度と秩序ある構造の筋原線維は再生できない。つまり,筋原線維の形成はタンパク分子の自己集合する場と順序,速度が巧妙に制御されてはじめて成しうるものと想像される。筋肉は脊椎動物の体の主要組織の一つであり,われわれの体内でもこの筋原線維の形成は絶えず大規模に起きているにもかかわらず,この筋原線維形成の分子的理解は進んでいるとはいいがたい。
 平成8年11月7日から9日までの3日間,千葉大学西千葉キャンパスの「けやき会館」において「筋原線維形成の分子メカニズム」をテーマに国際シンポジウムが開催された。海外および国内からの招待研究者それぞれ25名と12名による口頭発表と,公募による18題のポスター発表が行われた。このシンポジウムの主催校である千葉大学の丸山工作学長が自ら発見した弾性タンパク質コネクチンに関する最新の知見を紹介し,続いてHoltzer,Fischman,Epstein,Perriard,Schiaffino,Bandman,嶋田,石川,大日方ら筋原線維形成研究の第一人者と目される研究者達が一堂に会し,最新情報を発表し議論したのは圧巻であった。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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