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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学49巻4号

1998年08月発行

雑誌目次

特集 プロテインキナーゼCの多様な機能

特集に寄せて

著者: 編集委員会

ページ範囲:P.246 - P.247

 生体機能におけるタンパクリン酸化の重要性はいうまでもありません。このことにかんがみ,本誌ではすでに「細胞機能とリン酸化」(1992),「最近のMAPキナーゼ系」(1997)などの特集をいたしました。また,細胞内メッセンジャーとしてのCaイオンについても「カルシウムイオンを介した調節機構の新しい問題点」(1993),「カルシウム動態と細胞機能」(1996)を特集してまいりました。今回はわが国からの寄与が大きいCaイオン活性化プロテインキナーゼを企画いたしました。
 プロテインキナーゼC(PKC)はCaイオンとジアシルグリセロールによって活性化されるプロテインキナーゼとして,わが国の西塚らによって1977年に発見されました1)。その後のPKC研究の隆盛化は万人の知るところですが,ここではまずデータベース(Medline)によって論文報告数の上からみたPKC研究の発展,その経緯を振り返ってみました。

シグナル伝達におけるPKCとPLD

著者: 大口健司 ,   野澤義則

ページ範囲:P.248 - P.252

 哺乳動物細胞では,種々のアゴニスト刺激によって各種ホスホリパーゼが活性化され,膜リン脂質が分解されることにより,多様な脂質メディエーターが産生される1)。ホスホリパーゼD(PLD)は主としてホスファチジルコリン(PC)を加水分解し,ホスファチジン酸(PA)とコリンを産生するリン脂質分解酵素である(図1)。PAはホスホヒドラーゼ(PAP)によってジアシルグリセロール(DG)となる。また,PLDはホスファチジル基転移(transphosphatidylation)という特異反応を触媒する。つまり,一級アルコールの存在下ではPCのホスファチジル基がアルコールに転移されるため,PAの代わりに代謝されにくい特異リン脂質のホスファチジルアルコールを産生する特性を持っている。一般にはエタノールやブタノールがよく用いられ,それぞれからホスファチジルエタノール(PEt)とホスファチジルブタノール(PBut)ができる。リン脂質の窒素塩基とリン酸基の結合を切断し,PAとコリンにする酵素がニンジンやキャベツに存在することが明らかにされたのがPLDの最初であり,もっぱら植物をはじめ藻類,粘菌,細菌などの酵素として長年あつかわれていた。

NO生成とPKCの役割

著者: 西尾栄助 ,   渡辺康裕

ページ範囲:P.253 - P.256

 一酸化窒素(NO)は内皮由来血管弛緩因子(EDRF)の本体であることが1987年MoncadaやIgnaroによって明らかにされ1),その後,血管拡張作用以外にも中枢,末梢神経系における神経伝達に携わること,また免疫細胞のエフェクター(殺菌,殺細胞)因子であることなど,多数の生理活性2)を持つことが知られている。病態3)においても注目されている。また,NO合成酵素(NOS)の構造も明らかとなってきた。

神経伝達物質の放出とPKC

著者: 村山俊彦 ,   野村靖幸

ページ範囲:P.257 - P.260

 PKCが神経系からの伝達物質の放出を調節していることは数多くの例で示されている。われわれも,ラット副腎髄質由来PC12細胞からのノルアドレナリン(NA)放出が,PKCを活性化するTPA(12-O-tetradecanoylphorbol 13-acetate,PMAとも略する)により促進されること,TPAはATP(P2)受容体やKCl脱分極刺激によるNA放出をさらに増大させること,P2受容体やKCl脱分極刺激によるNA放出がPKC阻害薬で抑制されることから,これらの刺激時にもPKC活性化が関与していることを報告した1)。今回,神経系からの伝達物質の放出調節とPKCの役割について,最近報告されている文献のデータを中心に概説する。PKCによる他の神経機能と蛋白質リン酸化の調節については他の総説を参照されたい2-4)

細胞分泌刺激とPKC

著者: 藁科彬

ページ範囲:P.261 - P.263

 生体中では神経系,内・外分泌器官,血球などの多くの細胞が分泌機能により,それぞれ重要な役割を果たしている。細胞における「刺激―分泌」応答は,細胞内情報伝達系と複雑な開口放出機構により制御されており,プロテインキナーゼC(PKC)はこれらの経路にある蛋白をリン酸化することで分泌応答に様々な影響を与える。しかし,ここで,それら全般に渡り解説することは筆者の能力や紙幅の制約により到底不可能である。この小稿では,副腎髄質細胞,膵島B細胞,膵腺房細胞の3種の分泌細胞を概観し,これらの分泌応答に共通してみられるPKCの作用を中心に述べてみたい。

発達期の神経系に発現するPKCの亜分子

著者: 三木明徳

ページ範囲:P.264 - P.268

 PKCには10種類以上もの亜分子があり,細胞の様々な生理機能を制御している1)。そのうちα-,βⅠ-,βⅡ-およびγ-PKCは特に中枢神経系に広く分布し,イオンチャネルの透過性や伝達物質の放出,長期記憶,受容体の制御など,様々な神経機能に重要な働きを演じている。これらの亜分子は胎生中期から中枢神経系に発現し,生後発達期にはその分布が劇的に変化する。このことは,PKCが神経機能だけでなく神経の分化過程においても重要な役割を演じていることを示唆している。最近,胎生期および生後発達期のラット脊髄におけるα-,β-,γ-PKCの発現を免疫組織化学的に観察したので2-4),これらの所見を交えて神経分化過程におけるPKCの役割について考察する。

骨芽細胞におけるPKC

著者: 小澤修 ,   徳田治彦

ページ範囲:P.269 - P.273

 骨は身体の骨格,カルシウムの貯蔵庫および造血の場としての骨髄腔の構成という生体の機能維持において大変重要な役割を果たしている。そのため骨のリモデリングは絶えず活発に行われており,骨量は骨吸収とそれにカップルして生じる骨形成の平衡の上に維持されている。これまで機能的に休止していると考えられていた骨細胞(osteocyte)が,最近メカニカルストレスに鋭敏に応答することが報告されたが1,2),基本的には骨代謝は2種類の機能細胞,すなわち骨芽細胞(osteoblast)および破骨細胞(osteoclast)により営まれている3)。これら2種の細胞が互いに複数の液性因子およびcell-to-cell contactによって機能調節され,制御されると考えられている。
 骨芽細胞は骨形成を,破骨細胞は骨吸収を担当しているが,近年,副甲状腺ホルモンやビタミンD3をはじめとする多くの骨吸収因子の受容体が破骨細胞ではなく骨芽細胞に見出され,骨芽細胞が破骨細胞の分化・形成を制御調節し,骨リモデリングおよび骨代謝における中心的役割を担っていることが明らかとなってきた3,4)。種々の骨代謝調節因子は骨芽細胞の受容体に結合し,さまざまな細胞内情報伝達機構の活性化を惹起し,その作用を発揮する。

学習とPKC

著者: 坂口博信

ページ範囲:P.274 - P.277

 現在,生物のもつ学習し記憶するという能力は,脳神経系の可塑的な変化すなわち神経回路を構成するニューロン間のシナプス伝達効率の変化,またはシナプスの新生・退化によって生じるシナプス可塑性によるものであると考えられている。このシナプス可塑性の基礎となる最も重要な生化学反応は,シナプス機能に関与する蛋白質のリン酸化である1)。リン酸化を担うプロテインキナーゼ(PK)は,神経伝達物質受容体,イオンチャネル,伝達物質放出装置などのシナプス機能に関わる蛋白質を直接リン酸化してシナプス伝達効率を変化させたり,転写因子のリン酸化により遺伝子を発現させ,シナプス新生・退化などの形態的変化を引き起こすことによりシナプス可塑性に寄与する。
 特に,PKCは細胞内シグナル伝達機構における最も重要なリン酸化酵素として知られ,哺乳類海馬の長期増強2)をはじめとする種々の動物の異なる学習系で,学習時に酵素の活性化が報告されている。PKC活性化の際には膜結合を伴うことが知られていて,ウミウシとウサギを用いた古典的条件づけ成立時3),ひよこの摂食忌避学習時に4),PKCの細胞質から膜への移行が生じることが明らかになっている。これらウミウシ,ひよこ,哺乳類の学習系とPKCに関しては,すでにすぐれた総説1-4)があるので,ここでは,鳥の歌学習臨界期のシナプス可塑性5)におけるPKCの役割に関する私の研究を中心に述べる。

記憶とPKC

著者: 山本隆 ,   八十島安伸

ページ範囲:P.278 - P.280

 記憶の形成や保持に関する脳内過程の生物学的要素として,シナプス伝達効率の長期増強(LTP)や長期抑圧などのシナプス可塑性が考えられている。記憶はその保持期間や形態によって大別すると,短期記憶と長期記憶,作業記憶と参照記憶,陳述記憶と手続き記憶などに分類できる。これらの記憶が細胞レベルでのシナプス可塑性とどのように関連するのかという問題が,記憶の神経科学的研究の大きなテーマである。本稿では,細胞内情報伝達系の主要な酵素の一つであり,シナプス可塑性に関連するとされるプロテインキナーゼC(PKC)が,行動レベルでの記憶過程とどのように関連するのかを示す知見を紹介する。

虚血による心筋内PKCアイソフォームの転移と病態生理学的意義

著者: 吉田謙一

ページ範囲:P.281 - P.286

 ラットの心筋には4種類のPKCアイソフォームが発現しているが1,2),各々の生理機能は不明である。表1に示すように,心筋内には種々のPKC基質が存在する3)。PKCは一般に細胞質分画に多く存在し,各種のホルモン,神経伝達物質,サイトカイン,伸展などにより,例えばconventional(c)PKCαはCa2+,ジアシルグリセロール(DG)依存性に,novel(n)PKCδ,εはDG依存性に,atypical(a)PKCζはCa2+,DG非依存性に活性化され,膜分画などへ転移(translocation,redistribution)し,その基質をリン酸化する3)。従来生化学的には,組織や細胞のホモジネートを例えば100,000×g遠心上清(S)と沈殿(P)に分け,SからPへの転移を膜転移として,活性測定やイムノブロット法で検出していた4)。しかし,表1に示すように,PKCは形質膜のほか小胞体,ミオフィブリル,核の蛋白を基質とし,図2の免疫組織像に示すように核やミオフィブリルにもある。PKCはアドレナリン受容体などを介する心筋収縮力増強5)やアンジオテンシン受容体を介する心肥大化7)などにも関与していると信じられているが,生体内でどのアイソフォームがどの基質をリン酸化し,その機能を調節するかを明確に示した論文はない。例えば,虚血後PKCζが核へ転移したとすると,PKCζの基質は核にあると考えられる。

脳虚血とPKC

著者: 西澤茂

ページ範囲:P.287 - P.289

 細胞外から種々の刺激,情報(signal)が細胞膜に到達し,これらの情報に応じた機能を細胞が発現するためには,効果器を備えた細胞内に情報が細胞膜を越えて伝達されなければならない。こうした,細胞外から細胞内への情報伝達機構(signal transduction)には細胞内に存在するprotein kinase C(PKC)が大きな役割を担っている1)
 細胞膜に到達した情報は,細胞膜に存在するphospholipase C(PLC)を活性化し,この結果膜の構成要素であるphosphatidyl inositolの加水分解が起こり,inositol triphosphate(IP3)とdiacylglycerol(DAG)が産生される。IP3は細胞内のCa2+遊離に関係し,DAGはCa2+の存在下にPKCを活性化する。活性化されたPKCは細胞内の種々の標的蛋白をリン酸化し,これにより情報に応じた細胞機能が発現されることになる1)

PKCに結合する薬剤

著者: 柴﨑正勝 ,   魚津公一郎

ページ範囲:P.290 - P.295

 西塚らにより発見されたプロテインキナーゼC(PKC)1-3)は,発がんプロモーターとして知られていたホルボールエステルに直接結合し活性化されることが明らかにされ4),ホルボールエステルはPKCに関連する研究において広く用いられている。活性化剤であるホルボールエステルとともに,PKC阻害剤もPKCに関する研究で活発に用いられてきた。それら阻害剤の多くはプロテインキナーゼAなど他のキナーゼとの特異性が潜在的な問題として挙げられ,その問題点を克服するための阻害剤の改良の試みが種々検討されている。また,発見当初は単一の分子種と考えられていたPKCは,現在では10種以上のサブタイプの存在が知られており,各サブタイプはそれぞれ固有の役割を担っていると考えられている。しかしながら,サブタイプ選択的なPKC阻害剤および活性化剤はほとんど知られておらず,既存の阻害剤/活性化剤の改良,および新しいアプローチによるサブタイプ選択的阻害剤/活性化剤の開発が今後の課題である。サブタイプ選択的なPKC阻害剤の開発は,各サブタイプの役割を明らかにするのみならず,発がんメカニズムの解明,および有用な医薬の開発へ発展することが期待される。
 本稿では,これらPKC活性化剤/阻害剤の開発に関する最近の動向を述べるとともに,われわれのグループで行っているPKCのレギュレートリードメインに作用する阻害剤開発の試みについても述べる。

連載講座 個体の生と死・9

胎盤と胎膜の発生

著者: 谷村孝 ,   木原隆英

ページ範囲:P.296 - P.303

I.胎盤と胎膜とは
 胎児fetus(初期には胚embryo)そのもの(固有部分)を保護する胚外の構造物を胎児付属物fetal or developmental adnexaという。その中で胎盤placentaは最も重要なもので,大部分は胎児(受精卵)由来で,一部分は母体(子宮内膜)由来の複合器官で,胎児の生存と発育に必要な生理的交換を主とする多様な機能を示す。胎膜fetal(embryonic)membraneとは,爬虫類以後の高等脊椎動物が陸上で発生するために必要な胚体部以外すなわち胚外の膜様構造をさし,具体的には絨毛膜(漿膜),羊膜,卵黄嚢,尿膜さらには臍帯をいう。胎盤は後述するごとく絨毛膜,羊膜と母体由来の脱落膜からなる。胎児は臍帯で胎盤と結ばれ,羊水で満たされた腔に浮遊しているが,腔の壁の胎盤以外の部位は薄い膜状で,これも絨毛膜,羊膜と脱落膜からなっている。これを狭義で胎膜と呼ぶことが多い。この一続きの袋状の胎盤と胎膜は,日本では古来エナ(胞衣)と呼んでいた。また,児が分娩された後に排出されるので後産ともいう。
 placentaの語源はギリシア語のplakousで,flat cake扁平な菓子という意味である。1559年にRealdus Columbusが命名したとされる。ドイツ語ではMutterkuchenという。

実験講座

RNAの核外輸送の研究法

著者: 松岡洋祐 ,   米田悦啓

ページ範囲:P.304 - P.308

 真核細胞では遺伝子DNAは細胞核内に存在するのに対し,遺伝子がコードしている遺伝情報の最終産物である蛋白質の合成は細胞質で行われる。このため遺伝情報のコピーともいえるmRNAや,それを蛋白質に翻訳する際に必要となるtRNAやrRNAは全て核から細胞質へ移動しなければならない。RNAの核外移行は大きく分けて転写部位から核膜孔までの移動と,核膜孔通過の二つのステップより成る1)。第1のステップでは転写されたRNAがRNA結合蛋白質と結合してRNP複合体を形成し,これがスプライシングなどの成熟過程を経ながら何らかのメカニズムによって核膜孔まで運ばれる。第2のステップでは核膜孔に到達したRNP複合体が核膜孔の核側から細胞質側へ移動し,核膜孔から離れて細胞質へ放出される。この二つのステップで行われている複雑なRNA―蛋白質間あるいは蛋白質―蛋白質間の相互作用を解明するとともに,転写や翻訳との関わりを考えながら研究を進めていくことで,RNAの核外輸送の全体像がはじめて理解できることになる。RNA核外輸送の研究はまだまだ初期の段階にあり,その全体像を把握できるような実験系も存在しない。

アンチセンス医薬品開発の現状

著者: 村上章

ページ範囲:P.309 - P.314

 「アンチセンス医薬品は21世紀の新しい医薬品として登場するか」1970年代の後半にジョンズホプキンス大学のTs'o, Miller1)やハーバード大学のZamecnikら2)によってアンチセンス法が提唱されて以来20年,その実現に向けた精力的な研究の結果,ようやく文頭にあげた質問に「YES」と答えられるようになってきている。一方で,アンチセンス法に批判的な研究者も多い。おそらくアンチセンス法を試みた結果,期待したような結果が得られなかったり,医薬品としての可能性が当初に謳われた程ではなかったことによるものと考えられる。アンチセンス分子がアンチセンス効果を発揮して遺伝子制御を行っていることは確かであるが,非アンチセンス的な効果も結果に大きく影響を与えており,そのような結果がネガティヴなコメントにつながっているものと思われる。しかし,アンチセンス法は原理的に極めて理にかなっており,アンチセンス法に基づく遺伝子制御法は今や多くの研究者にとって不可欠で重要な研究手法になっている。
 本稿では,アンチセンス法をポジティヴに捉え,近年益々注目されているアンチセンス医薬品開発の現状を,アンチセンス分子の設計基本理念やアンチセンス機構解明の試みを中心に概説する。ただし,アンチセンス法の成功例は文献検索で容易に見出されるのでここでは触れないことにする。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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