icon fsr

雑誌目次

雑誌文献

生体の科学49巻6号

1998年12月発行

雑誌目次

特集 発生・分化とホメオボックス遺伝子

ショウジョウバエホメオボックス遺伝子の進化

著者: 松尾義則

ページ範囲:P.534 - P.541

 ショウジョウバエは遺伝学の研究材料としては特に優れており,多数の突然変異体やマーカーがあること,交配実験が容易であること,世代時間が短いこと,大きな唾腺染色体をもつこと,トランスポゾンを介しての遺伝子導入およびクローニングが可能なことなどの利点を持っている。そのため遺伝的な解析において特に威力を発揮する研究材料である。ホメオボックス遺伝子もキイロショウジョウバエで最初に発見された例であり,ショウジョウバエで得られた情報を生かし,ヒトを含めたほかの生物でもホメオボックス遺伝子の構造,機能・発現などの研究が盛んに進められている1,2)。ホメオボックス遺伝子は発生・形態形成に関与する遺伝子なので発生学の分野で研究が行われているのはもちろんのこと,“形態・表現型の進化”にもつながるため進化学の分野においても研究されるようになってきている3-5)。今では“Evo-Devo”という進化学と発生学が融合したような言葉や分野が聞かれるようになった。Science誌上でも“最初にどちらを学ぶべきか。進化学が先のほうがよいのか,発生学が先のほうがよいのか”という議論がなされている6)

ショウジョウバエ感覚器官形成に関与するホメオボックス遺伝子

著者: 林貴史 ,   西郷薫

ページ範囲:P.542 - P.545

 ショウジョウバエの主な外部感覚器官としては光を感じる複眼,機械刺激に反応する感覚毛,化学物質を感知する化学受容器などが知られている。これら末梢神経系の形成には様々なホメオボックス遺伝子の関与が知られているが(表1参照),ここでは紙面の都合上,発生過程の理解が最も進んでいる複眼の分化に限ってその機能を考察したい。

ゼブラフィッシュのHox遺伝子から見た脊椎動物の進化と多様化

著者: 岡本仁

ページ範囲:P.546 - P.554

 魚類は脊椎動物の中でも最もバラエティーに富んだ生きものである。最近,ゼブラフィッシュのHox遺伝子群を解析することによって,このような多様性の増加が,魚類で特有に起こったゲノムの重複と密接に関わりながら起きたのではないかと考えられるようになってきた。また哺乳類とゼブラフィッシュで,Hox遺伝子群の発現パターンを比較することによって,われわれ哺乳類を含む四足類の祖先が,魚類の子孫と分かれたとき何が起こったかも推察できるようになった。現在ゼブラフィッシュをモデル実験動物に使って,発生過程や行動に異常をきたす突然変異系統の大規模な検索が行われている。ゼブラフィッシュではゲノムの重複が起きており,ほかの脊椎動物では一つの遺伝子によって担われている複数の役割が,重複された複数の遺伝子によって分担して担われることが期待される。このことを利用すると,ゼブラフィッシュの突然変異体の解析によって,このような遺伝子の発生段階ごとに異なる機能を高精度に調べることができるかもしれない。

心臓形成に関与するホメオボックス遺伝子

著者: 塩島一朗

ページ範囲:P.555 - P.564

 近年,発生生物学に分子生物学的手法が取り入れられたことにより,様々な領域において器官発生に関する研究が広く行われるようになっている。心臓は胎児発生の過程で最初に造られる臓器であるが,実際にどのような分子あるいはどのような情報伝達経路が心臓の発生に関与しているのかについてはほとんど不明であった。最近になって,循環器領域においても分子生物学的側面から心血管系の発生に関する研究が行われるようになり,特にショウジョウバエにおけるtinmanおよび脊椎動物におけるtinman関連遺伝子の一つCsx/Nkx-2.5が心臓の発生に必須な組織特異的ホメオボックス遺伝子であることが明らかにされて以後,転写調節因子を軸に心臓の発生・心筋細胞の分化を制御する分子機構が少しずつ明らかにされつつある。本稿では,これらホメオボックス遺伝子の機能を中心に,これまで明らかにされた心臓発生の分子機構について概説する。

神経系の発生におけるホメオボックス遺伝子の発現

著者: 幡野雅彦

ページ範囲:P.565 - P.572

 ホメオボックス遺伝子はショウジョウバエにおいて体節の決定を行う遺伝子として発見され,60アミノ酸からなるホメオドメインを介して特異的なDNA配列に結合し転写因子として作用する。この遺伝子はショウジョウバエのみならず,マウス,ヒトなどの哺乳動物や線虫,植物においても保存されていることが明らかとなり,生物一般において個体の発生,細胞分化を決定する重要な働きをしていることがわかってきた。ショウジョウバエではホメオボックス遺伝子は染色体上でHOMとよばれるクラスターを形成しており,マウス,ヒトにおいても四つの染色体においてクラスターを形成し,それぞれHOXA~Dと呼ばれている。これらのクラスターに属するHOX遺伝子群は,主として個体の前後軸にそった領域の構造形成に関わっている。一方,クラスター以外にもいくつかの染色体上に孤立したホメオボックス遺伝子が存在する。クラスター外のホメオボックス遺伝子は主として細胞の分化の方向づけに関わるものや,増殖および生死を決定しているものが多い。
 われわれはHOXクラスターに属さないホメオボックス遺伝子の一つ,HOX 11遺伝子ファミリーの機能について解析している。

頭部形成に関与するホメオボックス遺伝子

著者: 村上徹

ページ範囲:P.573 - P.580

 私たちが普段目にする動物のほとんどに,前後の別すなわち前後軸があり,それに沿って前方(吻側)に頭部,後方(尾側)に胴体とを区別することができる(本稿では,吻側を前方,尾側を後方とする)。私たちにとって,それは当然のことであって,特に気にかけて考えることはない。しかし,動物の進化の系統樹では,前後軸は背腹軸や左右軸に先立って現れた最も原初的な軸である。頭部には中枢神経系と捕食のための口があり,胴体には運動器と生命維持・生殖のための諸器官が配されて,頭部と胴体とは機能的意義にもはっきりとした違いがある。
 ショウジョウバエの研究に端を発し,その前後軸を決める分子機構が解明されてきた。なかでも,前後軸に沿った体の分節化を決定するホメオティック(homeotic)遺伝子のクラスターがショウジョウバエと脊椎動物とに共通して普遍的に存在することの発見は,研究者に驚きをもって迎えられた。一方,頭部の形成に関与する遺伝子についても,ホメオティック遺伝子と同様に普遍的な分子機構のあることが,近年示されている。

咽頭胚期の顔面-頭部形成―goosecoid遺伝子を中心にして

著者: 原口竜摩 ,   小松義広 ,   中村誠司 ,   鈴木堅太郎 ,   坂井美保 ,   宮戸健二 ,   矢野正二郎 ,   山田源

ページ範囲:P.581 - P.587

 高等脊椎動物の高等動物たる所以は,その高度に発達した頭部顔面構造にあるといえる。獲物を感知して捕食したり,同じ種での情報交換のためのコミュニケーションを行うためには,発達した感覚器官や神経系が必要となる。最近Hollandのグループをはじめとして,感覚器官の進化,プラコードについて分子進化発生学的な転写因子群の解析が話題となったが1,2),これから述べるgsc遺伝子欠損マウスは,頭部顔面の重要な領域である嗅覚系,聴覚系,下顎および舌筋肉系において広範囲に異常を示す。本稿では,最近新たにわかってきたgsc遺伝子欠損マウスの症状から始まり,(まだ十分とはいえないが)ホメオボックス遺伝子群が咽頭胚形成に果たす役割について述べる。

四肢形成におけるホメオボックス遺伝子

著者: 和田直之 ,   野地澄晴 ,   濃野勉

ページ範囲:P.588 - P.593

 四肢原基の肢芽において,ホメオボックス遺伝子産物の分布が最初に報告されたのは1988年であるから,今からちょうど10年前のことになる1)。その1年後,クラスターを構成するホメオボックス遺伝子群(Hox遺伝子群)のひとつ,HoxD遺伝子群(当時はHox5とよばれていた)が,肢芽の前後軸形成にかかわる極性化活性帯(zone of polarizing activity(ZPA);後述)を中心に入れ子状に発現するという発表がなされ2),肢芽研究者に大きな衝撃を与えた。それから今日までHox遺伝子を中心とするホメオボックス遺伝子は,四肢パターン形成機構解明の鍵となる分子として常に注目されてきた。これらの遺伝子は,発見当初から肢芽内の領域特異性を議論するための「マーカー」として用いられる側面が多かったが,最近はマウス胚やニワトリ胚での遺伝子操作が比較的容易になったこともあり,個々の遺伝子の持つ役割,あるいは遺伝子間の相互作用についての議論も盛んである。ここでは,肢芽形成とその後のパターン形成過程でのホメオボックス遺伝子(主にHox遺伝子)の関与について,比較的最近の知見をまとめる。なお,ほかの総説も併せて参照いただきたい3-6)

骨格形成に関与するホメオドメインタンパク―ZFHファミリータンパク,δEF1のノックアウトマウスの解析から

著者: 東雄二郎

ページ範囲:P.594 - P.601

 本特集においてはホメオボックスを有する遺伝子の個体発生における機能を紹介しているが,現在までに明らかになっているホメオボックス遺伝子ファミリー(すなわちタンパクレベルではホメオドメインをコードするもの)は図1に示されたとおりである。ホメオドメインはDNA結合能を持つ約60アミノ酸からなる配列である。その中にはαヘリックス1-βターン-αヘリックス2-βターン-αヘリックス3(この3番目のヘリックスを二つのヘリックスからなるとする見方もある)の二次構造が存在し,そのDNA結合状態における高次構造は酵母からヒトに至るまで保存されている1)
 このようなホメオドメインを持つタンパクは,そのホメオドメインだけではなく,さらに別の異なったアミノ酸のモチーフやドメインを有することが多い。図2にそれらのモチーフも含めた形でホメオドメインタンパクのファミリーを示した。ホメオドメインタンパクとして最初に発見されたショウジョウバエANTPタンパクは,脊椎動物ではいわゆるHox遺伝子群のホモローグであり(総称してHOM-C/HOX遺伝子と呼ばれている),ホメオドメインの上流にそのコンセンサス配列としてIYPWMKを有するHexapeptideファミリーに属する(図2)。本特集で紹介されている遺伝子のほとんどは,図のいずれかのファミリーに属するホメオドメインタンパクをコードするものである。

実験講座

ツーフォトンマイクロスコピーの原理と実際

著者: 久場健司

ページ範囲:P.602 - P.611

 生きた細胞や組織の三次元構造や生体機能分子やイオンの局在と動的変化は,共焦点レーザー走査顕微鏡(Confocal Laser-Scanning Microscope:CLSM)を使って,細胞や組織の切片像を記録することにより知ることができる。CLSMでは,レーザーなどの点光源で資料を照射し,焦点面から出た光のみをピンホールを通して測光し,点の情報を二次元の像として再現することにより切片像を得る1-3)。しかしながら,CLSMにはいくつかの問題がある。紫外励起の蛍光プローブの場合には,顕微鏡光学系が最近かなり改善されたとはいえ,その結像特性が可視光に比べるとかなり劣り,紫外光は細胞毒性が高い。また,蛍光物質の励起はレーザーの透過するすべての組織で起こるので,蛍光物質の退色も速い(図1左)。さらに,組織の深い部位では,レーザー光および蛍光の散乱のために,ピンホールを通しての共焦点測光ができなくなる。この問題を一挙に解決するのが,二(多)光子励起による蛍光を測定するレーザー顕微鏡(Two(Multi)-Photon Laser-Scanning Microscope:TP-LSM(MP-LSM))である4-11)。高出力の超短パルスレーザーを対物レンズで絞り込み,蛍光物質を照射すると,非常に短時間の間に一つの蛍光分子に二つ(複数)の光子が入り,二(複数の)光子のエネルギーの和で蛍光物質が励起される(図1右)。

解説

ショウジョウバエ幼虫筋肉の発生におけるファウンダー細胞の役割とロイシンリッチリピートタンパク質

著者: 宍戸恵美子 ,   能瀬聡直

ページ範囲:P.612 - P.616

 ショウジョウバエは遺伝学を応用できる理想的な生物として古くから実験に用いられてきた注1。もし,「The Genome of Drosophila melanogaster」をご覧になられる機会があれば,その中に示されている奇怪な変異体の集積に驚かれることであろう1)。中でも有名なものとして,例えば,正常型では2枚あるハネが4枚になるバイソラックス変異体や,触角が足の構造に変化するアンテナペディア変異体を挙げることができる2)。DNAを扱う分子生物学の時代に入って,ショウジョウバエ変異体の原因遺伝子の発見は,ほかの生物における遺伝的コントロールを理解するうえで重要な手がかりを与えてきた。ショウジョウバエ幼虫表皮の体節構造の決定には26個のセグメンテーション遺伝子(the segmentation genes)が関わるが3),脊椎動物において,セグメンテーション遺伝子に対応する相同遺伝子は多数見出されている。また,神経細胞のパターン形成においては側方抑制(lateral inhibition)という現象4)や非対称分裂の仕組みについての深い理解をもたらした。しかし,表皮や神経系の発生が細かに記載されていたのに比べ,胚発生における中胚葉組織の発達についての記述が始まったのはごく最近である。1991年にBateは幼虫の体壁筋肉の厳密な構造と,筋肉細胞が形成される過程を記述した5)

--------------------

生体の科学 第49巻 総目次

ページ範囲:P. - P.

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

雑誌購入ページに移動

バックナンバー

icon up
あなたは医療従事者ですか?