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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学50巻3号

1999年06月発行

雑誌目次

特集 時間生物学の新たな展開

生物時計とリミットサイクル

著者: 重吉康史 ,   岡村均

ページ範囲:P.162 - P.168

 生物がサーカディアンリズムとよばれる,約24時間を周期とした行動および生理的現象の変動を示すことは,古くより知られている。このような周期的変動は生物が恒常条件下におかれても継続することから,生体の内部に自律性の発振機構が存在することが明らかになった。サーカディアンリズムの発信源である生物時計(biological clock)は,いかにして長期にわたる安定した振動を生み出すことができるのであろうか。また,いかにして外界の情報を捉え,体内に存在する時間を環境に同調させるのであろうか。最近の時計遺伝子の発見とその機能の解析によって,このような問いに対してかなりの回答が与えられている。
 この稿においては,これらの時計遺伝子を中心として,体内時計に関する振動現象,同調現象がどのような機序によって成り立っているのかを概説する。

視交叉上核ニューロンにおけるサーカディアンリズム―リズム発現と時計遺伝子

著者: 本間さと

ページ範囲:P.169 - P.174

 I.時計遺伝子とリズム異常
 シアノバクテリアからヒトに至るすべての生物は,その行動や生理機能に内因性の生物時計に駆動された約24時間周期のサーカディアンリズムをもつ。生物時計の分子レベルでの研究は,2年前まではショウジョウバエやアカパンカビなどごく一部の生物に限られていた1,2)。しかし,1997年に哺乳類で初めて時計遺伝子がクローニングされてから3),哺乳動物の時計機構研究は急速な発展を遂げた。時計遺伝子とは,その変異がサーカディアンリズムの周期や位相に異常をきたす遺伝子群一般をさす。これらの中には時計細胞内でサーカディアン振動発現に関わる遺伝子のほかに,リズム同調の入力系,出力系に関わる遺伝子群,また,多数の振動体をもつ個体ではリズムカップリングに関わる遺伝子群も含まれる。なお,本稿の中で遺伝子名につけたd,m,r,hはそれぞれショウジョウバエ,マウス,ラット,ヒトの省略である。

脳時計と末梢時計―ラットPeriod遺伝子から見た末梢組織日周リズムの中枢支配

著者: 石田直理雄

ページ範囲:P.175 - P.181

 ショウジョウバエにおいては,脳内にマスタークロックがあるという仮説(主時計説)と,各組織にサブクロックが存在し,これが光によって同調されているという説(太陽光仮説)が共存し決着がついていない。
 一方,哺乳類では行動をはじめとする多くの日周現象の主時計がSCN(suprachiasmatic nucleus)にあると考えられてきたが(主時計説),最近になって膝の下に存在する網膜外の日周期光受容系の話や,線維芽細胞の培養系に高血清刺激を与えるとリズミックな遺伝子発現がみられるなど,哺乳類におけるサブクロックの存在を示唆する結果も得られてきている。そこで,この2仮説(主時計説・太陽光説)のどちらが哺乳類では正しいかを検証する目的で,ラット脳からperiod(per)ホモログを単離し,各末梢組織でのラットperホモログmRNA発現の動態を検討するとともに,日周期行動リズムの消失したSCN破壊ラットを用いてこれら遺伝子発現の変化を検討した。

運動活性の概日リズムの視交叉上核統御:バソプレッシン

著者: 磯部芳明

ページ範囲:P.182 - P.187

 近年,時計関連遺伝子が多数発見され,そのリズム性と発現機序が急速な勢いで解明されてきている。この遺伝子に支配調節される物質の細胞レベル,器官レベル,個体レベルでの概日リズムの発現様式は今後の最大の課題だと考えられるが,それに関与する可能性の大きなものとしてArg-vasopressin(AVP)を紹介する(図1)。なお,最近の視交叉上核(suprachiasmatic nucleus;SCN)での時計遺伝子に関しては柴田ら1),内匠,岡村2)の総説を,哺乳動物の生物時計としての視交叉上核内のペプタイドに関しては井上,柴田3)の,また最近のリズム研究の進展状況については安倍,本間ら4,5)のレビューをご参照いただきたい。

視交叉上核におけるバゾプレッシン分泌とその制御

著者: 山岡貞夫 ,   渡辺和人

ページ範囲:P.188 - P.192

 哺乳類における概日リズムオッシレータの存在部位とされる視交叉上核には,多くの種類の生理活性物質(vasopressin;AVP,vasoactive intestinal polypeptide;VIP,somatostatin,GABA,gastrin releasing peptide;GRP)を分泌する神経細胞が存在する。このうち背内側部にはバゾプレッシン分泌細胞が多く存在し,VIP分泌細胞は腹外側部に多いことが知られている。視索上核や室傍核で合成されるバゾプレッシンは,下垂体後葉から血液中に分泌され血漿浸透圧濃度や血圧の調節に関わるが,視交叉上核のバゾプレッシンニューロンの軸索は下垂体後葉には分布しておらず,その機能はほとんどわかっていない。視交叉上核バゾプレッシンニューロンの解剖学的投射については,視交叉上核内・室傍核下部・室傍核腹側部・背内側視床下部にあることが知られている1)。また最近の報告によると,室傍核の部位には松果体からの直接連絡のあることが確かめられ2),後述のメラトニンとの関係でも興味ある。
 脳脊髄液中のバゾプレッシン濃度に概日リズムがあることが知られ3),これは視交叉上核に由来するものと考えられてきた。実際,視交叉上核内のバゾプレッシン含有量に概日リズムがあり4),視交叉上核からのバゾプレッシン分泌にもリズムがあることが明らかになった5)

日周リズムと視交叉上核のバイオケミストリー

著者: 井上愼一

ページ範囲:P.193 - P.199

 生物は精緻な化学反応システムであると一面では見なすことができる。そのような化学反応の中には,1日のうちで昼間と夜で反応速度が変化しているものが少なくない。あるいは,ほとんどすべて生体内の化学反応は1日の時刻に依って変化しているといえるかもしれない。たとえば,生化学反応の最終的な結果である体温は活動期には増加し,睡眠時には低下する。生体内エネルギー代謝の指標である呼吸や心拍も同様に活動期に高まり,休息期に減少することから,明らかな日周変動を示す。これらは生体の生化学反応の一般的なレベルを反映しているものと考えられるから,動物個体のバイオケミストリーには1日の時刻による変化,すなわち日周リズムがあるといえる。しかし,通常一つの生化学反応はほかの多くの要素によって制御されていて,その反応に日周リズムがあるからといって,それが生物時計に駆動されている内因的なリズムであるかどうかは定かでない1)
 たとえば多くの生化学反応は体の外からの栄養補給に依存していて,ヒトが昼間食事をすればそれに依存する生化学反応が昼間高まるのは当然である。また,ヒトは昼間に運動してエネルギーを消費するのであるから,糖を分解する反応が昼間高まるのはその結果であるといえる。一定の環境条件の下で体温リズムも自由継続する。従って,内因性のリズムの定義に合致する。

概日リズムと細胞内信号系

著者: 守屋孝洋 ,   柴田重信

ページ範囲:P.200 - P.206

 哺乳類において,1日の生理リズムを生み出す体内時計は視床下部の視交叉上核に存在することが,脳局所破壊,脳移植および電気生理学的実験によって明らかにされている。視交叉上核は約1万個の神経細胞により構成される左右一対の神経核であり,その神経活動は昼間に高く,夜間に低いという明瞭な日内リズム性を示す。また,この神経活動リズムは分散培養された個々の神経細胞でも観察されることから,体内時計の最小単位は一つ一つの神経細胞内に存在していることが判明した。
 一方,最近の分子生物学手法の発展に伴い,体内時計を構成する分子的基盤が明らかになりつつある。哺乳類でも,ショウジョウバエの時計遺伝子perのホモログ(per 1,2,3)がクローニングされた。これらの時計遺伝子はその転写,翻訳,翻訳産物の核内移行,自身の転写抑制といった,いわゆるネガティブフィードバックループを形成することによって約1日のリズムを生み出すことが報告されている。さらに,per遺伝子の遺伝子上流に作用してその発現を惹起するbmal 1およびclockも単離され,ネガティブフィードバックループを回転させる駆動力としての役割が注目されている。このような時計遺伝子によって構成される体内時計の最小マシーナリーからは,その生み出す時刻情報が細胞内全体に伝達され,神経発火やエネルギー代謝などの神経活動リズムとして表されることは容易に想像できる。

線虫C. elegansにおける生物時計

著者: 桂勲

ページ範囲:P.207 - P.211

 線虫C. elegans(Caenorhabditis elegans)は,生物個体の発生と行動を分子生物学的・遺伝学的手法で研究するのためのモデル生物である。その特徴として,飼育が簡単,世代時間が短い,体の構造が単純,神経・筋肉・腸・生殖器官など高等動物と対応する組織・器官がある,簡単な学習機能を持つなどが挙げられる。また,受精卵から成虫に至る全細胞系譜と形態的な全神経回路が解明されているので,発生や神経機能について,個々の細胞単位で解析することができる。昨年末に全ゲノムの塩基配列が決定されたので,そのメリットも大きい。C. elegansにおける生物時計の研究は一部でしか進んでいないが,これらの長所を生かして今後,大きく発展する可能性もある。本稿では,特に脱糞リズムの研究を中心に,生物時計や生体リズムの研究を概説する。

藍色細菌の生物時計の分子機構―時計遺伝子クラスターkaiABCのサーカディアン発現の自己制御

著者: 石浦正寛 ,   近藤孝男

ページ範囲:P.212 - P.220

 ヒトも含めた多くの生物の生命活動はほぼ24時間周期のリズム(サーカディアンリズムあるいは概日性リズムと呼ぶ)を示し,これらのリズムを制御する共通の「生物時計」の存在が想定されてきた。1980年代に突然変異体を分離して,遺伝子から時計の本体に迫ろうとする分子遺伝学的研究がアカパンカビやショウジョウバエで始まり,これまでにショウジョウバエやアカパンカビ,哺乳動物,藍色細菌(シアノバクテリアあるいはらん藻とも呼ばれる)で生物時計遺伝子がクローニングされており,特に哺乳動物の生物時計遺伝子が最近発見されたことにより,この分野の研究が一気に活発になりつつある。しかし,生物時計の分子機構の解明はまだ始まったばかりである。
 われわれは生物時計の効率のよい実験系を新たに藍色細菌で開発し,生物時計の中核機能を担う生物時計遺伝子クラスターkaiABCのクローニングに成功した。この総説では,まず藍色細菌の実験系を簡単に紹介し,次にkaiABCのクローニングとその遺伝子発現制御について述べたい。kaiABCの一連の解析により,kaiABCの遺伝子発現そのものがサーカイディアンリズムを示し(サーカイディアン遺伝子発現と呼ぶことにする),その発現はkaiABCの遺伝子産物であるKaiA,KaiB,KaiCタンパク質によって自己制御されていることが判明した。このkaiABCのサーカーディアン自己発現制御系が時計の中核そのものと考えられる。

概日リズムと松果体の光受容分子

著者: 深田吉孝 ,   真野弘明

ページ範囲:P.221 - P.227

 生物の持つ概日時計は,外界の周期的な環境変化にリズムの位相を同調できるという特徴をもつ。概日時計の同調要因としては,周期的な温度変化や摂餌など様々なものが知られているが,その中でも多くの生物に共通で大きな同調要因と考えられるのは外界の明暗周期,すなわち光である。近年,動物の概日時計研究の分野は,ショウジョウバエで見つかった時計遺伝子ホモログの同定を中心に急速な展開を見せているが,光による概日時計の位相リセット機構に関しては依然として不明な部分が多い。われわれの研究室では,ニワトリやゼブラフィッシュの光感受性時計器官である松果体を研究材料として,時計発振系への光入力メカニズムを明らかにしようと試みている。本稿では,われわれが同定した松果体の二つの光受容蛋白質を中心に,この分野の研究の現状を紹介する。

連載講座 個体の生と死・12

四肢の発生

著者: 安田峯生 ,   森直樹 ,   津金瑞代

ページ範囲:P.228 - P.235

 脊椎動物では,肢(limb,appendage,extremity)とは運動器官として体幹より突出する構造をいう。これには1)正中線に沿ってあり,対をなさない正中肢(median appendage,魚の背鰭など)と,2)両体側にあって対をなす有対肢(paired appendage)がある1)。両生類以上の陸上生物では,一般に1対の前肢(ヒトでは上肢)と1対の後肢(ヒトでは下肢)から成り,それらを総称した語が四肢である。魚類ではそれぞれ1対の胸鰭と腹鰭が陸上脊椎動物の四肢に相当する。以下,本総説では主に鳥類と哺乳類の有対肢の発生について述べる。
 四肢の形態形成機序とくにその遺伝子制御については,このところ本誌も含めわが国で優れた総説2-9)が次々に書かれているので,本稿ではその理解の基礎となる形態的発生の記述に重点を置き,分子生物学的な知見はごく最近の報告をかいつまんで解説したい。また,本連載シリーズの「骨(硬組織)の発生」10)で,四肢の骨については本稿にゆだねられているので,基本的な記述を加えた。

実験講座

光トポグラフィによる無侵襲高次脳機能描画―発達認知神経科学領域への適用

著者: 小泉英明 ,   牧敦 ,   山下優一 ,   板垣博幸 ,   泉山昌洋 ,   小暮久也

ページ範囲:P.236 - P.244

 脳の局部的損傷による症状の知見から,脳の機能局在は古くより知られてきた。脳地図には種々のものがあるが,G. Exner(1846-1926)の症状の地図が最も古く,さらにP. Flechsig(1847-1929)の髄鞘化地図,K. Brodmann(1868-1918)の解剖地図がある。また,W. Penfield(1891-1976)の電気刺激による脳地図もホムンクルスでよく知られている。このように脳地図には種々あるが,総称して「トポグラフィック・マッピング」(topographic mapping)と呼ばれてきた。トポグラム(topogram)の元々の意味は地形図であり,地図上にさらに別の種類の情報を載せたものをいう。近年,機能的磁気共鳴描画(fMRI:functional magnetic resonance imaging)に代表される非侵襲的な脳機能イメージング法が開発され1-3),人間の高次脳機能が計測可能になってきた。われわれも当初からfMRIの開発と研究に携わってきたが4-9),最近,さらにfMRIと相補的に利用できる新しい脳機能マッピング法を開発した10-14)。これは光を用いて非侵襲的に脳の高次機能をイメージングするものであり,「光トポグラフィ」(optical topo-graphy)と呼んでいる15-18)。fMRIと光トポグラフィは,それぞれ従来にない独自の特長を持つ。

単一細胞培養法および長期細胞潅流法によるひよこ松果体細胞のリズム測定

著者: 村上昇 ,   中原桂子

ページ範囲:P.245 - P.251

 生体時計を細胞レベルで解析するためには,培養細胞中の時計から発せられるリズムを継続して計測できることが必要となる。これまで脊椎動物での生体時計局在細胞を用いて,リズムの測定に成功しているのは,ラットの視交叉上核神経細胞からのバゾプレッシン分泌リズム1)や神経活動リズム2),ハムスターの網膜でのメラトニン分泌リズム3),鳥類松果体細胞でのメラトニン分泌リズム4),その他,下等脊椎動物の網膜や松果体細胞でのメラトニン分泌リズムなどである。このような細胞のリズム測定系においては,リズムの測定が長期可能かどうか,細胞培養系が均一な細胞群であるかどうか,あるいはリズム測定のインターバル(サンプリングの間隔)が適当であるかどうか,などが重要な要素となる。なぜなら,薬物などの投与によって時計のリズムの位相がどのように変化するのかを調べる場合には,変位したリズムがその後も安定な位相角差を維持していることを確かめる必要がある。また,もし培養細胞群が不均一な場合には(たとえば視交叉上核などの神経細胞培養では,それぞれの細胞の機能が異なっている可能性や,種々のグリア細胞の混在が時計のリズムを修飾している可能性が生じ),測定されたリズムの解釈を複雑にすることが予想される。さらにリズムの周期の長さや位相変位の大きさを測定するには,可能な限り計測インターバルを短くすることが望まれる。

話題

血圧からみたヒトの生物時間:体内ゼロ時

著者: 田村康二 ,   井尻裕 ,   河埜功 ,   殷東風

ページ範囲:P.252 - P.254

 高血圧の診断と治療に当たっては,血圧の生物時間構造を評価することが必要となってきた1-5)。臨床的には携帯型自動血圧計が広く用いられるようになってから,生物時計を考えて高血圧の治療をしようということが広く一般化してきた。ところが,多くの携帯型自動血圧計に関する研究は,時間を機械的な時計に頼って評価してきている。米国の“Cardiac rhythm supression trial”によってまとめられた成績は,最初に機械時計の24時間を横軸にとってその1日での心筋梗塞の発生率を調べると,朝方に多いと報告して世界的な注目を浴びるに至った。さらに,横軸に目覚めた時間をゼロとして同じ成績を再評価してみたところ,最初の方法では明らかにすることができなかった目覚めてから2時間以内と,10~12時間後の二つの発生率の山があることがわかった2)。すなわち,機械的な時計の評価では,ヒトの生体リズムの評価は不十分だということが疫学的に証明された。
 真夜中の12時をゼロとする機械的時計に頼ることは,1個人内並びに個人間の生活が様々であるヒトの生活の24時間の変動を評価するのには妥当ではない。つまり1日の生活の違う人達を同じように評価するためには,どうしても生物的学的なゼロ時間を設定しなければ妥当な評価ができないと考えるに至った。

98年コールドスプリングハーバーファージミーティングに参加して

著者: 仁木宏典

ページ範囲:P.255 - P.255

 この研究集会は原核細胞の分子遺伝学の最先端の研究交流の場として,50年を超える歴史を持っている。現在ではコールドスプリングハーバー研究所とウエスコンシン大学で隔年ごと場所を代えて開催されている。98年はコールドスプリングハーバー研究所での開催の年にあたり,8月25日から30日までの7日間にわたって81件の講演と86件のポスター発表が行われた。トピックスもゲノム,転写調節,輸送,シグナル,細胞周期,細胞分裂,病原性と宿主感染と多岐にわたった最新の研究成果の発表であった。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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