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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学50巻4号

1999年08月発行

雑誌目次

特集 トランスポーターの構造と機能協関

トランスポーターの全体像

著者: 竹口紀晃

ページ範囲:P.258 - P.261

 本特集で取り上げるトランスポータは,細胞が外界と接触する一番外側の膜,原形質膜を横切つて,細胞内に必要とされる物質を取り込んだり,細胞外へ不必要な物質を排泄する役割を担う。原形質膜以外の,例えば,細胞内に存在するオルガネラの膜を横切つて基質を輸送するトランスポータも存在する。
 これらのトランスポータは薬物の輸送を担う場合もある。薬物はその脂溶性が高い時(油/水中への分配比が100以上),脂溶性が高い細胞膜を自由に通過できるので,特別の輸送体は必要ではない。薬物の脂溶性が低く細胞膜を通過できないときは,細胞膜にその薬物に対して特異的親和性を有するトランスポータが存在すると,多くの場合エネルギーを消費して,薬物は細胞膜を横断して輸送されうる。

ATP駆動型トランスポーター

著者: 植田和光 ,   天知輝夫

ページ範囲:P.262 - P.267

 生体の持つATP駆動型トランスポーターの代表は,Na-Kポンプ,Ca2+ポンプ,F0F1-Hポンプである。これらのポンプはATP加水分解のエネルギーを用いて膜内外でのNa,K,Ca2+などの濃度勾配を作り出し,生命に必須な役割を果たしている。最近になつて,これらのトランスポーターとは異なつたタイプのATP駆動型トランスポーターが生理的に重要な役割を果たしていることが明らかになつてきた。それらは,よく保存されたATP結合領域をもつことからATP binding cassette(ABC)タンパク質トランスポーターファミリーと呼ばれ,外部環境や環境中の有害物などから生体を守るために重要な機能を果たしている。ABCタンパク質の異常は病気と密接に関連しており,臨床的にきわめて重要なタンパク質ファミリーである。本稿では,Na-Kポンプ,Ca2+ポンプ,F0F1-Hポンプについて簡単に述べた後,ABCタンパク質トランスポーターファミリーについて紹介する。

薬物トランスポーター

著者: 齋藤秀之 ,   乾賢一

ページ範囲:P.268 - P.273

 生体の解毒能は,正常な生理機能や細胞活動を損なう侵入異物を速やかに体外排除することによつて,恒常性の維持と環境適応を確保するために獲得されてきた高度な生体防御システムとして理解される。このような異物排除機構は肝臓や腎臓などの代謝・排泄を担う主要臓器のほかに,小腸,血液脳関門,血液胎盤関門,血液精巣関門にも備わつていることが明らかにされている。これらの臓器または組織に発現する異物排除系は,臓器固有の解剖学的および生理的な環境特性を巧みに利用して効率的な異物排除を司つている場合(二次性能動輸送)と,ATPの加水分解エネルギーを消費して,細胞内異物や老廃物を汲み出している場合(一次性能動輸送)が知られている。当然のことながら生体内に投与された医薬品の多くは異物として認識されるため,その体内動態は代謝を含めた体外排除系ネットワークとの相互作用によつて制御されることとなる。現在までに,分子レベルで構造が明らかにされた薬物またはその代謝物の排泄に関わる膜輸送担体(薬物トランスポーター)は,一次性能動輸送系,二次性能動輸送系を含めて多様である(図1)。異物排除を担うトランスポーター群の遺伝子同定と構造解明が進展するにつれて,従来の機能解析結果を裏付ける知見と共に,これまで予想し得なかつた事実や先天性疾患との関連についても報告されつつある。
 本稿では,薬物トランスポーター研究の現状と展望について概説する。

糖輸送体の構造と機能

著者: 笠原道弘

ページ範囲:P.274 - P.279

 単糖の取り込みは細胞にとって必須のもので,ほとんどの細胞で細胞膜に糖輸送体が存在し,取り込みを行っている。しかも,この糖輸送体は細菌から多細胞真核細胞までメンバーとして持つ一群の巨大なファミリーを形成しており,生物の起源から存在する必須の機能を担っていることを示唆している。このGlut輸送体ファミリーのほかに,細菌では結合タンパク質を有するATP駆動型輸送体1)やphosphoenolpyruvateをエネルギー源とするPTSシステム(phosphotransferase system)2)がある。このほか糖輸送を行うものはNaイオンの電気化学ポテンシャルを用いて能動輸送するSGLTファミリー3)があり,グルコースについては動物細胞では3種のものが知られている。本稿ではGlutファミリー輸送体に限って,特に構造と機能の研究を中心に現在までの成果と問題点,今後の展開について考えてみる。

細胞骨格を介するABCトランスポーター

著者: 古川哲史

ページ範囲:P.280 - P.284

 ABCトランスポーターはATP-binding cassette(ABC)トランスポーターの略称で,WalkerAモチーフとWalker Bモチーフで構成されるATP結合カセット(nucleotide binding cassette;NBC)を有することを特徴とする(図1)(詳細は本特集第2章を参照していただきたい)。ABCトランスポーターが最近注目を集めているのは,その異常とくに遺伝的欠陥が種々の疾患の直接原因となるためである。例えば白人に最も多い遺伝性疾患の嚢胞性線維症cystic fibrosisは,CFTR(cystic fibrosis transmembrane conductance regulator)の遺伝的異常により起こり,ユダヤ人に多い新生児持続性高インスリン性低血糖症(persistent hyperinsulinemic hypoglycemia of infancy;PHHI)は,膵臓型SUR(sulfonylurea receptor)の遺伝的欠陥により起こる。
 ABCトランスポーターは細胞内のさまざまなシグナルにより機能調節を受けている。例えば多くのABCトランスポーターがリン酸化・脱リン酸化により機能調節を受けたり,CFTRがClチャネルとSURが内向き整流性Kチャネル(Kir 6. x)と機能協関する。

カルニチントランスポーターOCTN2―生理的役割とその機能的多様性

著者: 辻彰 ,   玉井郁巳 ,   根津淳一

ページ範囲:P.285 - P.290

 生体組織の細胞に備わる輸送担体(トランスポーター)は,生体にとって「必要なもの」を積極的に取り込み,「不要なもの」を細胞外へ排出する機能を担う,生体の生命機能維持にとって極めて重要な役割を演じている。
 本来,生体にとって異物である様々な医薬品が小腸上皮細胞,血液脳関門を形成する脳毛細血管内皮細胞,肺上皮細胞へ取り込まれる,あるいはこれらの細胞から排出される際にトランスポーターが関与する膜輸送機構が,単離あるいは培養細胞,膜小胞を用いた研究成果に基づいて提唱されてきた。医薬品の消化管吸収・分布・排泄に関わる体内動態の制御,さらには薬物の組織特異的ターゲッティングを可能とする創薬戦略および薬物治療の最適化を達成させるには,薬物トランスポーター群の薬物構造認識・輸送特性の解明が重要との認識から,近年に至りトランスポーター研究が活発に行われるようになった。

Na+依存性アミノ酸トランスポーター

著者: 金井好克

ページ範囲:P.291 - P.297

 哺乳類のアミノ酸輸送機構は,1960年代から主に培養細胞を用いて詳細な研究がなされるようになり,アミノ酸の分子的多様性を反映して多くの輸送系(transport system)が同定されてきた1,2)。しかし,個々のアミノ酸に対して個別の輸送系が存在するのではなく,それぞれのアミノ酸が基質選択性の重なる複数の輸送系にまたがって輸送されるといった形で,アミノ酸輸送機構が構築されている。
 哺乳類アミノ酸輸送系は,輸送基質によりおおまかに中性アミノ酸輸送系,塩基性アミノ酸輸送系,酸性アミノ酸輸送系に分類され,それぞれがNa+依存性のあるものとないものとにさらに分けられる1,2)(表1)。Na+依存性の輸送機構は,後述のように二次性能動輸送に分類され濃縮性が高く,濃縮性の輸送を行わないNa+非依存性の輸送機構とは異なった生理的役割が賦与される。

細菌のアミノ酸トランスポーター

著者: 金森睦 ,   平田肇

ページ範囲:P.298 - P.304

 生体膜におけるエネルギー変換の機構については,P.Mitchellにより提出された化学浸透圧説(chemiosmotic theory)1)によってその概要が明らかにされ,Hの電気化学的ポテンシャル(△μH)が可逆的プロトンポンプ(H-ATPase)を介してのATP合成に利用されるだけでなく,二次性能動輸送系においても駆動力となっていることが提示された。しかし,いかなる機構でこれらのエネルギー変換が行われているかという,共役機序の分子レベルにおける理解は現在でもまだ十分ではない。その最大の理由は,これらの輸送現象を担う輸送担体タンパク質の分子レベルでの解析があまりに不十分であることにほかならない。
 このような二次性能動輸送現象の解明のために,それを担う分子的実体,すなわち輸送担体タンパク質の生体膜からの単離が古くから試みられてきた。しかし,一次性能動輸送体が内在的にもつATP水解活性や電子伝達反応,あるいは特有の色素など,通常の生化学的な反応測定が容易なタンパク質と異なり,二次性能動輸送坦体タンパク質は一般にこれらの酵素活性を保有せず,物質輸送という三次元的膜構造を要求する特殊な反応しか触媒しないため,生化学的な精製や精製タンパク質の機能活性の測定は困難を極めた。

銅トランスポーター

著者: 寺田邦彦 ,   杉山俊博

ページ範囲:P.305 - P.307

 銅はチトクロームcオキシダーゼ,セルロプラスミンなど様々な酵素の補助因子として働き,生体にとって必須の微量金属であるが,過剰に存在すると反応性に富んだフリーラジカルを生じ,細胞障害を引き起こすことが知られている。このため,細胞内には銅の恒常性を維持するための機構が存在し,この中で,銅トランスポータが重要な役割を担っていると考えられている。近年,この銅トランスポータの遺伝子が,バクテリアからヒトに至るまで様々な生物種からクローニングされ,その遺伝子産物が銅輸送P型ATPaseに属する蛋白であることが推定されている1)。これらの中で,ヒトの銅トランスポータであるATP7AおよびATP7Bは,それぞれ先天性銅代謝異常症であるMenkes病およびWilson病の患者において異常が報告されており,これらの病気の発症に銅トランスポータが深く関わっていると考えられている。本稿では,真核細胞における銅トランスポータを中心として,その性質および機能について述べる。

ABCトランスポーターの病態

著者: 和田守正 ,   内海健 ,   中村崇規 ,   桑野信彦

ページ範囲:P.308 - P.314

 生体には薬などの異物を排出して生体を防御する仕組みが備わっている。この仕組みが障害されると様々な病気が発症し,過剰に働くと薬が効かないがんが発生する。最近,この仕組みを担っている実体のいくつかが明らかにされてみると,いずれもがABC(ATP binding cassette;ATP結合カセット)トランスポーターと呼ばれるお互いによく似た一群のタンパク質であることがわかった。このタンパク質群はATPのエネルギーに依存して作動する排出ポンプであり,数回の膜貫通ドメインとATP結合領域(ABC,nucleotide binding fold;NBF)を含む一つの細胞質ドメインが各2回繰り返される構造になっている1)(図1)。最近のゲノムプロジェクトの成果として,大腸菌の全塩基配列が決定されたが,それによると最も大きな遺伝子ファミリーがこのABCトランスポーターファミリーであり,このファミリーが大腸菌からヒトまで如何に重要な働きを担っているかが推察される。以下に,このABCトランスポーターの役割とその破綻によって生ずる病態を,がんと遺伝病の二つの側面から考えてみよう。

連載講座 個体の生と死・13

中枢神経系の発生―細胞増殖と3次元画像データベースについて

著者: 田中省二

ページ範囲:P.315 - P.322

 中枢神経系は生体中で高度に進化した機能を担い,約百億個,数百種の細胞から構成される主要な器官である。個体発生では,最も早く発生が始まるが,その完成は最も遅い。発生の主な過程を単純に3段階に分ける。
 1.原腸胚形成開始後,陥入する中胚葉から誘導を受けて,外胚葉は円柱状に伸長する細胞群からなる平板状の神経板になる(神経誘導)。その際,神経板の頭尾軸も形成される。
 2.神経板の正中線上に溝が形成され(神経溝),そこを底部にして辺縁部が隆起して管状構造となり,同時に隣接する外胚葉と分離して,中枢神経系としての脳・神経管ができる。脳・神経管は単層の細胞群からなり,前端部では胞状に著しく膨張し,前脳―中脳―後脳(原脳)ができる。さらに続く脳胞の膨張,屈曲によって部域化が進行し,成体の脳のパターン(端脳,間脳,中脳,後脳,髄脳)が完成する。
 3.神経上皮を構築する細胞群は多層化し始め,平均8細胞層が作られる。その過程では,細胞周期からの離脱と並行して細胞分化が始まり,細胞の移動,神経突起の成長,神経細胞間の結合が進行し,脳・神経管の階層構造が作られる。
 そうした中枢神経の発生過程を通じて細胞増殖が色々な形で深く関わっている。本稿の前半では,細胞増殖から見た中枢神経の発生に関連する一連の研究を紹介する。後半は,中枢神経の発生学を進めるために将来有効になると思われる3次元画像データベースについて,当研究室の仕事を紹介する。

解説

内分泌攪乱化学物質―いわゆる環境ホルモン

著者: 鈴木継美

ページ範囲:P.323 - P.328

 「人間が意図的,非意図的に作り出した化学物質が環境中に多数放出されている。その多くについて環境中にどれだけ存在し,ヒトと生態系における負荷量がどのようなものであるかは不明のままである。これまで有害化学物質についてそのリスクを低減させる諸施策が実施され,物によっては環境中濃度が低下したことを示すデータもあるが,必ずしも危険性を無視できるところまで到達していない場合が少なくない。これまでのリスク評価は単一の物質についてなされているが,現実のヒトと生態系の曝露は複数の物質の混合した状態で起こっている。市場に出回っている2,000~3,000にのぼる多量消費物質の75パーセントについて,毒性・生態毒性データは不十分である。いくつかの事例を別にして,広範囲に拡がる健康影響,生態系損傷と人工的化学物質の関係を示す直接的証拠は少ない。しかし,証拠がないことは必ずしも影響がないことを意味しない。影響を検出することが難しく費用がかかること,曝露と影響の出現の間に長い時間的遅れがあること,関連を示す研究やデータがないことなどを考えると低用量ではあっても広範囲にわたる曝露によって傷害が発生しかねないこと,時に不可逆的に,そして特に感受性の高い子供や妊婦,あるいは環境の弱い部分に起こる可能性を考えておかなければならない。
 一部の人びとにおいて化学物質の有害性が問題となることを示す証拠が増えている。

自己免疫性カルシウムチャネル病としての筋無力症候群

著者: 高守正治 ,   駒井清暢 ,   岩佐和夫

ページ範囲:P.329 - P.336

 免疫異常を原因とする重要な神経筋接合部疾患の一つに,前シナプス側カルシウムチャネルに病因の場が求められ,肺癌との合併頻度の高いLambert-Eaton筋無力症候群(LEMS)がある。これは後シナプス側アセチルコリン受容体を病因の場とし,胸腺異常を背景とする重症筋無力症と対照的な疾患である。近年,LEMSの発症にかかわる病原抗体の標的蛋白質であるカルシウムチャネルの分子構造が明らかになるにつれ,本病の病因,病態についても新しい知見が得られつつある。加えて,本病は癌と神経系の接点に立つ疾患として注目され,その研究は癌対策という社会的使命に資するところも大きい。
 LEMSは悪性腫瘍の患者に合併あるいは腫瘍の発見に先行し,遠隔・非転移性に発症する一連の神経疾患―傍腫瘍性神経症候群の一つである。その発見は1953年,47歳の肺癌患者の手術中にみられた麻酔薬に対する異常反応がきっかけとなった。以来,長年にわたる本病病態の研究は,神経終末の脱分極により遊離されるアセチルコリン(ACh)のCa2+依存性量子性遊離量低下が直接の原因であること,その背景にはACh遊離に先行するステップである電位依存性Ca2+チャネル(VGCC)が,これを認識する液性因子(抗体)によって障害を受ける病態が存在することを明らかにしてきた。この抗体は併存の腫瘍と神経組織に共通の抗原を認識するものである。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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