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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学50巻6号

1999年12月発行

雑誌目次

特集 細胞内輸送

細胞内輸送とは何か

著者: 藤木幸夫

ページ範囲:P.514 - P.517

 生物の基本単位である細胞が,自らの遺伝情報に従ってその構造を作り上げ,複製し,またそれを制御していく機構を明らかにすることは分子細胞生物学の大きな命題である。真核細胞においては,細胞内小器官(オルガネラ)が外部環境との連携の中で独自の生体反応を営む場を構築しつつ,細胞機能の発現の中心的役割を担っている。オルガネラの形成・複製という複雑なプロセスも,個々のオルガネラの機能を担う実体がさまざまな酵素タンパク質および構造タンパク質であることから,細胞質で合成されたのち,どのオルガネラに運ばれ,どのように配置され,さらにはどのようにして独自の機能を発現するのかという問題に帰結する(図1)。いわゆるタンパク質自身がもつ情報(シグナル)とその認識(細胞内装置)に基づく細胞内選別輸送(ソーティング)という観点からとらえることができ,これら諸過程の障害の問題も含めたいわゆる「プロテインキネシス」は極めて重要な課題として世界的に急速に取り組まれている1)。その進展に伴い,核,ミトコンドリア,ペルオキシソーム,小胞体,ゴルジ装置,リソソームなどの細胞小器官の本態を,それらの静的構造だけでなくそれぞれに関与する分子基盤を理解し,細胞内でのタンパク質の輸送・移動さらにはオルガネラという巨大構造物の動的状態を明らかにすることは,細胞の生命活動を分子レベルで理解するうえで極めて重要な課題といえる。

液胞への小胞輸送におけるタンパク質の選別機構

著者: 竹川薫 ,   田中直孝

ページ範囲:P.518 - P.524

 酵母の液胞は動物細胞におけるリソソームに相当するオルガネラであり,液胞という細胞内で隔離された空間へタンパク質を輸送させるためには様々な小胞輸送が厳密に制御されている。液胞へのタンパク質輸送に必須な遺伝子を明らかにする目的から,代表的な液胞タンパク質であるカルボキシペプチダーゼY(CPY)が誤って細胞表層へとミスソートする40種類以上ものvps(vacuolar protein sorting defective)変異株が取得された1)。現在では出芽酵母において(1)ゴルジ体からプレ液胞中間体を経て輸送される経路,(2)ゴルジ体から直接液胞へと輸送される経路,(3)細胞表層からエンドサイトーシスにより輸送される経路,(4)細胞質から自食作用などにより液胞へと輸送される経路,などの複数の液胞への小胞輸送経路が存在することがわかり,VPS遺伝子をはじめ100以上もの遺伝子が液胞へのタンパク質輸送に関与していることが明らかにされた1-3)。さらに詳細な解析から,いくつかの特徴的なモチーフを持ったタンパク質が液胞への小胞輸送には重要であることが明らかにされつつある。そこで,本稿では液胞への小胞輸送に関与する様々なタンパク質の特徴についてまとめてみた。

高等動物細胞における小胞体-ゴルジ体間のスフィンゴ脂質輸送とエネルギー要求性

著者: 深澤征義 ,   花田賢太郎

ページ範囲:P.525 - P.530

 生物の基本単位である細胞は,細胞膜・オルガネラ膜といった様々な生体膜で区切られたコンパートメントを有している。相互のコンパートメント間では極めてダイナミックな膜脂質のやりとりが行われつつ,これら膜系の恒常性が維持されている。このように,絶え間ない動的微小変化の中で全体の秩序を維持する能力は,生物システムの白眉たる一面であり,同時に驚異でもある。膜脂質の代謝は様々な代謝酵素が異なる細胞内コンパートメントで的確に機能し,さらに生じた多様な脂質分子が細胞内オルガネラ間を的確に選別・輸送されなければならず,極めて複雑で巧妙なシステムを構築していると考えられる。膜脂質代謝酵素については近年分子レベルでの解析が進みつつあるが,膜脂質の細胞内輸送と組織化・再編成については特に解析手段の困難さもあり,解明は遅々としている。
 本稿では,生体膜の主要な構成脂質であるスフィンゴ脂質の小胞体―ゴルジ体間輸送に焦点を当て,われわれの得意とする高等動物細胞変異株を用いた遺伝学的手法1)が膜脂質輸送の解析にも有効な手段の一つであることを紹介したい。

核-細胞質間タンパク質輸送の分子機構

著者: 米田悦啓

ページ範囲:P.531 - P.538

 遺伝子の複製や転写の場である細胞核(以下,核と呼ぶ)は,核膜という2層の脂質二重膜によって,蛋白質合成の場である細胞質と厳密に隔てられている。従って,核と細胞質の間では,核膜に存在する核膜孔を介して常に物質が輸送され,情報の交換が行われている。核膜孔は直径約100nmもある物理的小孔で,その内周には50~100種類もの蛋白質からなる複雑な構造体である核膜孔複合体が存在する1,2)。この核膜孔複合体の間を物質が通過するわけであるが,分子質量が40~60kDa以下の物質は自由に通過することが可能で,濃度勾配に従って受動的に拡散することができる。一方,分子質量に関わらず物質を濃度勾配に逆らって細胞質から核へ,あるいは核から細胞質へ輸送する機構が細胞には存在する。
 DNAを鋳型にして核内で転写されたRNAは核膜孔を通って細胞質に輸送され,細胞質ではその中のmRNAの情報に基づいてリボソーム上で蛋白質に翻訳される。翻訳された蛋白質のうち核内で機能する蛋白質(核蛋白質)は,核膜孔を通ってmRNAとは逆向きに核内へ輸送される。さらには,核内で機能して不要になった蛋白質や,核内に存在していては困る蛋白質などが逆に核から細胞質に輸送されるメカニズムも存在する。近年,核と細胞質の間の情報交換の重要性が認識され,その基盤となる核―細胞質間蛋白質輸送機構が分子レベルで解明されてきた3,4)

阻害剤を用いた細胞内輸送機構の解明と制御

著者: 前田和哉 ,   加藤将夫 ,   杉山雄一

ページ範囲:P.539 - P.547

 細胞は内部の環境を維持するため,さまざまな機構を通じて外界物質の取込みや異物排除を行っている。その機構の一つとして,増殖因子やホルモンなどの特異的な輸送系であるレセプター介在性エンドサイトーシスがあげられる。近年,この特異性を活かして,レセプターをターゲットとする薬物の特異的デリバリーシステムの構築がさかんに試みられている。エンドサイトーシス経路に対する阻害剤は,各リガンドやレセプターの輸送経路の解明ばかりでなく,薬物デリバリーの観点からも注目に値する。本稿では,薬物を含めた外来性物質のエンドサイトーシスに焦点をしぼり,種々の阻害剤が細胞内輸送に与える影響を総括するとともに,薬学的な見地からみた輸送制御の意義についても議論したい。

タンパク質ターゲティングにおけるフォールディングとN型糖鎖の役割

著者: 永山雄二

ページ範囲:P.548 - P.554

 哺乳動物細胞の膜蛋白および分泌蛋白はRNAから翻訳されたポリペプチドのままでは生物学的活性を有せず,かつ正しくターゲティングされない。これらの蛋白は小胞体とゴルジ装置で種々の翻訳後修飾を受け,それぞれ固有の立体構造と生物活性を獲得し,最終的に細胞膜に発現されるかあるいは細胞外に分泌される。この翻訳後修飾には糖鎖の付加,立体構造の構築(フォールディング),アシル化,蛋白限定分解,アミノ酸修飾などが含まれる。
 本稿ではこれらのうち蛋白ターゲティングとフォールディング,N型糖鎖の関連について現在明らかになっている事項を概説し,次いでわれわれが研究対象としている甲状腺刺激ホルモン(以下TSH)受容体におけるこれらの関連についてわれわれの研究結果を中心に提示する。

ミトコンドリアへのタンパク質移行と“acid-chain”仮説

著者: 小宮徹 ,   三原勝芳

ページ範囲:P.555 - P.559

 ミトコンドリアのほかの細胞内小器官(オルガネラ)と形態的に異なる特徴は,二重の生体膜(外膜および内膜)から成り立っていることと,発達した内膜の襞(クリステ)をもつことである。すなわち,ミトコンドリアは二重の膜で仕切られ,外膜,内膜,膜間スペース,マトリックスの合計四つの区画から成り立っている。
 ほとんどのミトコンドリアタンパク質は核DNAにその遺伝子がコードされており,細胞質の遊離リボソーム上で翻訳された後,速やかにミトコンドリアに取り込まれる。本稿では,最近の筆者らやほかのグループの研究成果を交えながら,ミトコンドリアタンパク質輸入の分子機構を解説する。さらに詳しい内容を知りたい方は,最近優れた総説が出ているので,それらを参照されたい1-3)

受容体タンパク質の細胞内輸送におけるソーティング

著者: 平澤明 ,   辻本豪三

ページ範囲:P.560 - P.564

 受容体は細胞膜表面に存在し,細胞外のシグナルを細胞内へ伝えるセンサー分子である。多くの研究から,受容体は単純に細胞膜表面にあるのではなく,様々な段階で調節を受けていることが明らかになっている。その調節機構としては,刺激を受けた後,シグナルが減弱する脱感作現象,細胞表面から細胞内へ移動するインターナリゼーション,長時間の刺激により受容体数が減少するダウンレギュレーションなどの現象が知られている。この受容体の中で,G蛋白質共役型の受容体は非常に大きなファミリーを形成することが明らかになっており,また生理機能の重要性から薬物開発上の主要なターゲットになっている。われわれの研究成果を含め,最近の受容体の細胞内輸送機構の研究状況について,G蛋白質共役型受容体を中心に述べたい。
 受容体の挙動の観察は,標識リガンドその他を用いる従来の間接的な定量に加えて,最近では受容体蛋白を蛍光プローブを用いて直接可視化する方法がとられるようになった。多くの蛍光標識分子の開発や検出技術の進歩により,蛍光検出法は非常に高感度かつ簡便に行えるようになってきている。われわれも,この蛍光を用いた可視化技術を用いることで直接的に受容体の細胞内局在とその調節機構を解析している。

インスリンシグナリングにおけるRabタンパク質

著者: 柴田宏

ページ範囲:P.565 - P.573

 インスリンの作用は多彩であり,その多くは生化学的研究の対象とされてきた。しかし,インスリンのもっとも有名な血糖降下作用,すなわち細胞内グルコース取り込み促進作用は,細胞内小胞輸送という機構を利用して発現されている。インスリンで調節を受けるいくつかの酵素に関しては,近年インスリン受容体からのシグナルが標的酵素までつながり,インスリンによる活性調節機構の概要がほぼ解明された。しかし,グルコース取り込み作用に関しては,小胞輸送という複雑な細胞生物学的課題を含むことから,その作用機構の全貌はいまだ解明の途上にある。本稿では,インスリン受容体からのシグナルがどのようにして細胞内小胞を動かすのかという点に関して,筆者が関心をもっているRabファミリー低分子量GTP結合蛋白による調節という観点からながめてみたい。

ポスト-ゴルジオルガネラとRabタンパク質

著者: 飯田弘

ページ範囲:P.574 - P.580

 真核細胞は原核細胞と異なり,細胞内に膜に包まれた多種類の細胞内小器官を持っている。例えば,ライソゾームが物質の分解と分解産物の再利用を担っているように,各々の細胞内小器官は独自の機能を持っており,この機能は各々の小器官に特異的に存在する蛋白質に依存している。細胞が合成する蛋白質は,蛋白質自身がもっているシグナルによって,各々の小器官へと輸送される。分泌蛋白質や形質膜の蛋白質はN末端のシグナルペプチドの仲介によって合成された後に粗面小胞体に入り,それ以後膜に包まれた形で細胞内を移動する。この移動には小胞あるいは小管状構造物が関与している。この細胞内小胞輸送の分子機構に関しては,酵母を材料に用いた遺伝学的解析と試験管内で再構築された生化学的解析によって近年急速に研究が進んできた。
 本稿では,特にゴルジ装置と低分子量GTP結合蛋白質Rabを中心にした小胞輸送に焦点をあてる。また材料として,心房性Na利尿ホルモン(ANP)を含有する分泌顆粒を取り上げる。ANPは主に心房筋細胞で合成され,腎臓において利尿作用を起こし,体液量および電解質量を減少させるとともに,血管平滑筋を弛緩させることによって血圧降下作用を発揮する。ANPはほかの内分泌細胞と同じようにゴルジ装置のトランスゴルジネットワーク(TGN)で分泌顆粒内にソーティング,濃縮される。

マクロファージのエンドサイトーシスにおけるマクロファージスカベンジャー受容体の細胞内輸送経路

著者: 高橋潔 ,   森孝志 ,   吉松美佳 ,   坂下直実

ページ範囲:P.581 - P.587

 エンドサイトーシスは細胞が種々の物質を取り込む基本的な機能で,生体が生存する上に不可欠である。この取り込み過程は細胞食作用(cell eating:貪食phagocytosis)と細胞飲作用(cell drinking:貪飲pinocytosis)とに区別される。このうち,パイノサイトーシスはほとんどすべての細胞種に備わっている機能である。これに対して,貪食はある特定の細胞にのみ付与された機能で,その機能を専業的に行っている細胞がマクロファージである1)。貪食とは細胞が直径1μm以上の大きな物質を取り込む現象で,マクロファージに兼ね備わった旺盛なパイノサイトーシスの極限の機能として発揮される。マクロファージの細胞表面には,170種類を上回るきわめて多種類の受容体あるいは表面抗原が存在し,種々の物質との結合あるいは接着,細胞内へのシグナル伝達,エンドサイトーシスへの関与など多様な機能を営んでいる。
 エンドサイトーシスに関してマクロファージの重要な受容体にはFc受容体やC3受容体があり,両者は免疫現象に関連することから免疫受容体(immune receptors)と呼ばれる1)。マクロファージがこれらの受容体を介してオプソニン化された物質を取り込む現象を免疫貧食(immune phagocytosis)という1)

連載講座 個体の生と死・14

末梢神経系の発生―鰓弓神経の形態とその形成

著者: 田中重徳

ページ範囲:P.588 - P.594

 末梢神経系の発生の研究は,光学顕微鏡下の二次元的所見を合成し,復工模型を作製するという方法を採ってきたが,Levi-MontalciniとHamburger1)により神経成長因子(nerve growth factor;NGF)が発見されると,研究の重点は神経線維の成長とそれを促す物質の発見に移った。これまでにNGFがファミリーを構成すること,そしてNGFファミリータンパク質以外の神経成長因子(神経栄養因子ともいわれる)が存在することがわかっている2)。現在では,神経の分化,成熟,生存維持,老化防止といった因子の発現に関する遺伝子のクローニングと因子のはたらきを解明するための分子生物学的研究が盛んに行われている。
 末梢神経系の起源については,運動神経(脊髄内の一次ニューロンの神経突起)以外の殆どすべての構成成分(交感・副交感神経,感覚細胞,シュワン細胞,メラニン色素細胞,腸管内神経節細胞,平滑筋細胞)が神経堤細胞から分化するとまでいわれるようになり,その分化を促す因子も発見されている。また,分化に伴って発現する転写調節因子群のカスケードも明らかになってきている3)

実験講座

ヒト染色体断片導入法を用いた動物モデルの作出

著者: 花岡和則 ,   早坂美智子 ,   蒔苗浩司 ,   富塚一磨 ,   石田功

ページ範囲:P.595 - P.601

 ヒトの難治疾患の多くは遺伝性であり,このような遺伝性難治疾患の解明や治療法の開発には,その疾患の動物モデルがきわめて重要である。遺伝性疾患の理想的な動物モデルは,単に症状が表面的に類似しているだけでなく,ヒト患者と相同な遺伝子の変異によりヒトと同様のメカニズムで発症されなくてはならない。このような動物モデルを手に入れるための方法として,疾患の原因となる遺伝子を人為的計画的に操作するという方法論が近年急速に進み,特にマウスでは,胚に直接遺伝子を導入することにより遺伝子機能が付加された個体(トランスジェニックマウス)を作製する方法,および幹細胞株を利用したジーンターゲッティングにより特定の遺伝子機能を欠損した個体(ノックアウトマウス)を作製する方法が確立し,優性遺伝疾患および劣性遺伝疾患の動物モデルを計画的に作製することが可能となっている。近年の遺伝子クローニング技術の著しい進歩やヒトゲノムプロジェクトの進展により,遺伝疾患の原因遺伝子が次々と明らかにされていることと相俟って,ヒト遺伝性疾患の新しいモデル動物の報告が相次いでいる。
 個体への遺伝子導入の方法としては,クローン化された遺伝子をベクターを用いて大量に増幅し,純化したDNAを受精卵に注入してトランスジェニック動物を作製するというのが一般的な方法である。

解説

哺乳動物の人工染色体

著者: 池野正史 ,   岡崎恒子

ページ範囲:P.602 - P.611

 生物の持つ固有の遺伝情報(ゲノムDNA)は細胞内に染色体として存在し,次世代細胞に正確に受け継がれていく。バクテリアゲノムは通常1個の環状染色体を形成し,真核生物ゲノムは複数種類の線状染色体の組み合わせからなるが,いずれも細胞増殖の際には次世代細胞に正確に伝えられてゆく。コピー数が1コピーに近い大腸菌のプラスミド,FプラスミドやP1プラスミドの場合も,次世代細胞に受け継がれる。次世代細胞への遺伝情報の安定な伝播を可能にしているのは,これらゲノムに細胞増殖と共役した染色体の複製の制御機構や細胞分裂と共役した分配の制御機構が存在するからである。これらの機構を司るトランスファクターをコードする遺伝子と,その作用の場であるシスDNA配列がゲノムDNA上に存在している。複製起点(originあるいはinitiator配列)は複製の開始の制御を,セントロメア(centromere)は分配の機能を担うシスDNA領域である。線状染色体の場合にはこれらに加えて,染色体同士の結合や末端配列の短小化を防ぐために染色体末端にテロメア配列が存在する。これら機能領域を分離する試みは1970年代おわりから1980年代はじめにかけてまず大腸菌ゲノムで始まり,自律複製配列(ARS)としてorigin配列(ori)の分離に成功した。

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生体の科学 第50巻 総目次

ページ範囲:P. - P.

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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