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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学51巻2号

2000年04月発行

雑誌目次

特集 細胞極性の形成機序

特集によせて

著者: 高井義美

ページ範囲:P.88 - P.90

 細胞の極性とは
 上皮細胞には,細胞―細胞間接着装置の一つであるtight junction(密着帯)が発達しており,密着帯によって,それよりapical側(管腔側)の細胞形質膜に存在している細胞膜貫通蛋白と,それよりbasolateral側(側基底膜側)の細胞形質膜に存在している細胞膜貫通蛋白は互いに混ざりあうことはない(図1A)。また,これらの細胞形質膜には一部異なった膜貫通蛋白が存在しており,したがって一部異なった機能が発現されている。また,神経細胞では,axon(軸索)とdendrite(樹状突起)が発達しており,これら二種類の突起の細胞形質膜にも一部異なった膜貫通蛋白が存在している(図1B)。このような,細胞における構成成分(主として蛋白)の不均一分布を細胞極性と呼んでおり,哺乳動物の細胞の中ではこれら二種類の細胞が最も顕著な細胞極性を示している。
 細胞が常時互いに接着していないリンパ球のような細胞でも,Tリンパ球とBリンパ球が接着すると,細胞形質膜上の細胞膜貫通蛋白の分布が一時的に変化する(図2A)。細胞が接着しない時でも,その抗原受容体が活性化されると,受容体が一ヵ所に集まりpatchやcapを形成する(図2B)。また,白血球などの細胞が細胞外マトリックスに接着している時は,接着部位とそれ以外の部位では細胞形質膜の膜貫通蛋白の分布が異なっている(図2C)。

出芽酵母における細胞極性形成の分子機構

著者: 田中一馬

ページ範囲:P.91 - P.95

 細胞は一般に不均一な構造を有しており,これは細胞の極性と呼ばれている。細胞の極性は個々の細胞において多様ではあるが,その細胞の機能の発現に重要な役割を果たす。細胞の極性形成の基本は,ある一群の蛋白質なり物質なりを細胞内のある特定の部位へ輸送し,集積することにある。図1に細胞極性の形成過程を単純化して示している。この過程では,まず細胞膜上に位置のシグナルが形成されると,それに向かってアクチン線維や微小管などの細胞骨格系が形成され,位置のシグナルの方向にモーター蛋白質などの働きにより輸送小胞などの物質が輸送される。出芽酵母のような単純な真核細胞にもこのような過程は存在し,出芽と呼ばれる細胞極性の形成過程を支えている。現在,この出芽過程を遺伝学的に解析することにより極性形成の基本形が明らかにされつつある。出芽酵母の出芽は,大きく,出芽位置の決定,その位置での出芽の開始,細胞膜や細胞壁の成長からなる芽の形成過程,に分けることができる。それぞれについてこれまでに明らかにされていることを述べてみたい。

哺乳動物上皮細胞の極性形成とプロテインキナーゼ―aPKC

著者: 鈴木厚 ,   大野茂男

ページ範囲:P.96 - P.102

 われわれの研究室では,プロテインキナーゼC(以下PKC)の研究を長年進めてきたが,近年,PKC分子種の一つであるaPKC(atypical PKC)の特異的結合タンパク質を検索する中で,線虫初期胚の非対称分裂に必須なタンパク質PAR3に非常によく似た分子を同定した1)。そして,この発見を契機として,それまで細胞増殖シグナル系などにおける役割が中心に研究が進めてられてきたこのaPKC分子種に関して,実は細胞極性の形成において決定的な役割を果たしているという,予想もしていなかった事実が明らかとなってきた。本稿では,最近得られた「哺乳動物上皮細胞の極性形成過程におけるaPKCの役割」に関する知見(鈴木ら,現在投稿中)を中心に,この新たに浮き彫りとなってきたaPKC-PARシステムについて紹介したいと思う。

線虫C.elegans初期胚における極性形成

著者: 田伏洋

ページ範囲:P.103 - P.109

 多細胞生物の発生過程では1個の細胞―受精卵―から多種の細胞が分化してくる。細胞の分化を引き起こす要因の一つに非対称分裂が挙げられる1)。非対称分裂が正常に実行され,細胞分化に関わる因子が一方の娘細胞に分配されるには,(1)分裂に先立ち細胞内に極性が形成され,分化決定因子が正しく局在化すること,(2)局在化した分化決定因子を一方の娘細胞に適切に分配するように分裂装置が正しく配置されることが必要である。最近,細胞の極性形成について多くの知見が得られてきているが,その分子メカニズムはまだ明らかではない。線虫C. elegansの初期胚発生では,第一分裂を含む一連の非対称分裂によって運命が異なる6個の創始細胞が生み出される2)(図1)。C. elegansは(1)初期胚発生の細胞分裂過程を詳細かつ容易に観察できること,(2)遺伝学的解析に適しており,初期胚発生に関する変異体が多数分離されていること,(3)ゲノムプロジェクトの完了に加えてRNA干渉法3,4)(後述)によって遺伝子機能を逆遺伝学的アプローチで体系的に解析可能なことなどから,細胞の極性形成を解析するのに適した系として活発な研究が展開されてきている。ここでは,C. elegansの初期胚発生の中で特に第一分裂に先立って起きる細胞の極性形成と,それに関わるpar遺伝子をはじめとする極性形成遺伝子について紹介する。

神経幹細胞の非対称分裂と細胞極性

著者: 松崎文雄

ページ範囲:P.110 - P.116

 1個の受精卵から発生する多細胞生物では,増殖する細胞が互いに異なる運命を選択することによって,多様な細胞が生じる。morphogenと呼ばれる拡散性の因子が,個体内の位置情報を細胞に伝えて,その運命を指示するメカニズムはよく知られているが,それと並んで,このプロセスに基本的な役割を果たすのが,異なる二つの娘細胞を生じる“非対称分裂”である1,2)。一つの細胞から異なる姉妹細胞が生じる仕組みとして,一般的に次の二つのメカニズムがある。(1)細胞の形質を決定する因子が,分裂の際,一方の娘細胞にだけ特異的に分配される自律的な仕組み。両生類の卵割が古典的な例として知られている。(2)分裂する姉妹細胞は等価であるが,外界からのシグナルが非対称に働く非自律的な仕組みである。発生過程では,この二つが巧妙に組み合わさって,細胞の多様性が生れてくる。本稿では,酵母,線虫の卵割と並んで,分子遺伝学的な分析がめざましく進んでいるショウジョウバエの神経幹細胞の非対称分裂を取り上げ,一つの細胞が異なる二つの娘細胞を生む仕組みと,その背後にある細胞極性を考えてみたい。

動物初期発生における不等分裂機構の多様性

著者: 清水隆

ページ範囲:P.117 - P.122

 動物の初期発生は,細胞数の増加とともに,胚の中に大まかな部域的な差が作り出されるプロセスである。この部域的な違いにより,胚は明瞭な極性(polarity)をもつようになり,胚軸確立の基礎が作り出される。このような部域差創出を準備し,実現するのが卵割という一連の細胞分裂である。中でも,大きさの異なる娘細胞を生ずる不等分裂(unequal division)は,分裂自体が極性をもつことから,古くから部域差創出の卵割パターンの典型例として注目されてきた。
 不等分裂は現象としては単純であるが,これまでの様々な動物での研究から,その機構はひと通りではなく,多様であることが明らかになってきた。本稿では,動物初期発生,特に第4卵割までに起こる不等分裂に焦点をしぼり,多様な不等分裂機構を紹介する。

出芽酵母の細胞極性転換とセプチン

著者: 松井泰

ページ範囲:P.123 - P.128

 細胞は動的な構造体である細胞骨格を基盤として,形態の変化や維持,種々の細胞内装置の配置とそれらの機能発現などを行っている。細胞骨格は微小管,マイクロフィラメント,中間径線維などのフィラメントを形成する蛋白質より構成されており,それらは古くから研究されている。しかし,最近,注目を集めはじめているセプチンは,それらと同様に細胞骨格を形成する重要な蛋白質であることがわかってきた。セプチンは,出芽酵母の細胞分裂周期異常変異株(cdc変異株)の原因遺伝子のひとつとして同定されたもので,酵母においてネックフィラメントと呼ばれる10nmの線維を形成する。酵母からヒトまで進化的に強く保存されて,蛋白質ファミリーを構成しており,セプチンの構造体が細胞質分裂をはじめとするいろいろな生体反応において,多様な蛋白質の働く基盤となっていることが明らかとなってきた1)。そして,最近の酵母研究より,細胞極性の形成や転換においても重要な働きをしていることがわかってきた。本項では,細胞骨格系の構造体としては,比較的なじみがうすいかと思われるセプチンについて概説し,その細胞極性転換に関する機能について紹介する。

細胞間接着装置複合体と上皮細胞極性の形成維持機構

著者: 前野良人 ,   永渕昭良

ページ範囲:P.129 - P.134

 上皮細胞の細胞間では最も内腔に近い領域に細胞問接着装置複合体が発達し,細胞が密に結合している。これまで上皮細胞が持つ頂端部から基部にかけての極性形成と細胞間接着装置複合体の形成は密接に関連していると考えられてきた。近年,そのメカニズムを解明するのに役立つような多くの報告とともに,これまでの考え方に疑問を呈するような報告もいくつかもたらされている。本稿では,まず細胞間接着装置およびその複合体の形成機構を最近の知見を含め概説する。さらに,接着装置複合体の形成と細胞極性の形成の関係について,未解決な点を含めて紹介したい。

タイトジャンクションの分子構築―接着分子クローディンファミリー

著者: 森田和政 ,   古瀬幹夫

ページ範囲:P.135 - P.141

 多細胞生物の体内は環境の異なった様々な空間に分けられている。それぞれの空間を分けているのが,上皮細胞や内皮細胞からなる細胞シートである。例えば,血管内皮,胆管上皮は管腔内と管腔外を,肺胞上皮は肺胞内と肺実質とを厳密に区分している。このことは多細胞生物の各臓器や組織が機能する上で必須であり,多細胞生物の成立にとって極めて重要なことである。
 細胞シートを構成する単層上皮細胞や内皮細胞はアピカル-バソラテラル方向の極性を持ち,細胞内器官の配置や細胞膜上の膜蛋白質,脂質の組成もこの極性に従う。すなわち,細胞膜上にチャネルやポンプは極性をもって分布し,細胞内小胞輸送は方向性をもって行われ,細胞シートの両側に特有の環境が形成されている。この環境を維持するために,単層上皮細胞や内皮細胞は細胞と細胞の隙間をシールして,物質透過を制御する必要がある(バリアー機能)。このために発達してきた特殊な細胞間接着構造がタイトジャンクションである。さらに,タイトジャンクションは細胞膜のアピカル領域とバソラテラル領域の境界を形成することから,この二つの領域間で膜蛋白質や脂質が拡散によって混ざるのを防ぎ,細胞の極性形成維持に寄与しているともいわれている(フェンス機能)。

ハムスター初期胚における細胞極性の形成

著者: 鈴木裕之

ページ範囲:P.142 - P.146

 哺乳動物初期胚の発生機構,とくに割球の分化能と発生能についてはマウスを中心に研究され,かなり明確にされつつあるが,その他の動物では情報が極めて少ない。マウスで得られた成果を基に,哺乳動物の発生機構としていくつかの考え方が提唱されており,代表的なものとして,inside-outside仮説1)やこれを拡張した極性形成(polarization)仮説2)がある。前者は桑実胚における割球の位置が重要であるとする説で,実験的に割球の位置を胚の外側や内側に置換して,再集合させた胚の分化能を検討した研究に基づいている。すなわち,内側に位置した割球は内細胞塊に分化し,外側に位置した割球は栄養膜細胞に分化して胚盤胞を形成するというものである。一方,極性形成仮説は胚の緊密化が起こった後の割球間の相互作用から生じる細胞質内における特定の機能単位の再構成または勾配形成により分化能が決定するとの考え方である。本稿では,ハムスター胚を中心に初期胚における極性形成に関する情報について紹介し,マウス胚で報告されている現象との相違点を概説する。

上皮細胞における膜タンパク質の選別輸送

著者: 大野博司

ページ範囲:P.147 - P.152

 本特集のこれまでの項でも述べられてきたように,上皮細胞は極性を持っており,それが上皮細胞としての機能にも決定的に重要である。すなわち,上皮細胞の細胞膜はtight junctionという障壁によって外界(例えば腸管上皮では腸の内腔)に接する先端面(apical surface)と,体内に面した側基底面(basolateral surface)とに物理的に仕切られ,それぞれの細胞膜は異なる脂質およびタンパク質組成を持つことにより異なる機能を担っているのである。したがって,この細胞の極性を保つために,新たに合成されて細胞膜に向かう膜タンパク質はそれぞれ,その局在すべき先端面あるいは側基底面細胞膜へと選択的に輸送されなければならない。これを選別輸送と呼ぶ(図1)。
 細胞が極性を保つためには新たに合成されたタンパク質ばかりでなく,すでに存在するタンパク質の極性も保たれなければならない。例えばLDL受容体(LDLR)やトランスフェリン受容体(TfnR)は,上皮細胞では側基底面細胞膜とエンドソームとの間を往復することによりLDLや鉄を細胞内に取り込む,いわゆるリサイクリング受容体である。

解説

視覚系の神経回路

著者: 外山敬介

ページ範囲:P.153 - P.163

 Ⅰ.視覚系大脳皮質の神経回路
 1.層状構造
 6層の層状構造はすべての大脳新皮質に共通の神経回路の構造であるが,視覚系大脳皮質,特に視覚野でよく発達している。層状構造は単に細胞が層状に配列されているだけでなく,神経細胞の結合する相手を規定する構造であり,その形成過程は遺伝子により制御されている1,2)。層特異的神経結合は視覚野で最もよく研究されている。視覚信号を中継する外側膝状体の求心線維は4層の視覚野細胞とシナプス結合を形成し,2・3層の細胞がほかの皮質領野,5層の細胞は上丘などの皮質下の神経核,6層の細胞は外側膝状体などの皮質下核へ投射することが示されている(図1A,B)3)
 その後の研究により3層と5,6層がそれぞれ上位と下位の皮質へ信号を送り,4層が下位の大脳皮質から信号を受け,その他の層が上位の皮質から信号を受けることが示され,層特異的結合は大脳皮質の階層構造を指定する普遍的な機構であることが明らかとなった4)。層特異的結合は4層から2・3層,3層から5層,5層から6層,6層からさらに4層に戻る皮質内の柱状興奮経路を指定する機構でもあることが示されている5)。高次視覚野についても,視覚野に比して,4層が薄く,2・3層が厚いという違いはあるが,神経回路の基本構造は視覚野と同一である。

植物における形態形成―植物から学ぶしくみ

著者: 福田裕穂

ページ範囲:P.164 - P.170

 イチョウには精子がある。この精子は激しく動き,卵を目指して進む。その姿は動物の精子と何ら変わりがないように見える。しかし,より進化した植物では精子は失われ,雄の精核は花粉管によって雌の卵のところまで正確に運ばれるようになる。この進化の方向性は植物を考える上で,非常に示唆的である。つまり,植物は動けないのではなく,動かないことを進化の過程でその生存戦略として選び取ってきたということを示しているように思うからである。
 植物の形態形成も,動かないことと密接に関連している。植物の細胞は細胞壁で取り囲まれ,いわば煉瓦づくりの家のように,細胞を重ね合わせて組織,器官,さらには個体を形作っていく。細胞と細胞の間は細胞壁で固められているので,細胞同士はその位置を変えることはできない。したがって,1個の細胞からの三次元的な組織形成には,どの方向に伸びるか,どの面でまたどの位置で分裂するか,どの細胞が分化するか,そしてどの細胞が死ぬか,だけが関与することになる(図1)。そして,この伸長,分裂,分化,細胞死のいずれにも細胞壁が中心的な役割を果たしている。このように,細胞壁は植物を動けなくした張本人であるが,同時に植物の形態形成の基本的な性質を担う装置でもある。

初耳事典

アダプター蛋白質/他6件

著者: 藤田英明

ページ範囲:P.171 - P.174

 AP-1,AP-2はともにクラスリン被覆小胞におけるアダプター分子複合体(AP複合体)として同定され,AP-1はTGN(trans Golgi network),AP-2は形質膜において,それぞれクラスリン被覆小胞の形成に関与していることが知られている。最近,新たにエンドソームにおける非クラスリン被覆小胞の形成に関与するAP-3が同定された。
 これらAP複合体は二つの重鎖(AP-1:γとβ1,AP-2:αとβ2,AP-3:δとβ3),一つの中鎖(μ1,μ2,μ3),一つの軽鎖(σ1,σ2,σ3)からなるヘテロ4量体である。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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