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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学51巻3号

2000年06月発行

雑誌目次

特集 自然免疫における異物認識と排除の分子機構

特集に寄せて―自然免疫を担う主要システム

著者: 岩永貞昭

ページ範囲:P.180 - P.186

 ヒトなど脊椎動物の生体防御機構は,自然免疫/先天性免疫(Innate Immunity)と獲得免疫/後天性免疫(Acquired Immunity)の二つの反応系で成立しており,その精緻な免疫システムによって自己と非自己を認識しつつ異物を排除する。
 一方,昆虫やホヤ,カブトガニなど無脊椎動物では,いわゆる記憶免疫のようなシステムはなく,血球細胞がもつ食作用によって異物を排除する仕組みはあるものの,一般に体液凝固因子や補体因子,メラニン形成因子,レクチン族,さらに抗菌物質群などが担うより直接的な感染防御が,自然免疫の主役である1-3)。近年,こうした動物の自然免疫についての研究が飛躍的に進展し3-5),高等動物の獲得免疫以前の生体防御を考える上で,貴重な情報を生んでいる。特に無脊椎動物の感染防御に中心的役割を果たしているレクチン監視システムのような経路が,ヒトの補体系の中に新たに見出され,また,ウニやホヤの体液中にも補体C3様因子が同定されるなど,無脊椎動物と脊椎動物の間に,自然免疫における数多くの共通項のあることが明らかになった。

カブトガニの異物認識の分子機構

著者: 川畑俊一郎

ページ範囲:P.187 - P.193

 無脊椎動物の生体防御反応においては,抗体産生系の欠除のために,非自己認識レクチンや抗菌性物質1-3),フェノールオキシダーゼ系4)などの自然免疫が主役である。古生代に繁栄をきわめた三葉虫を先祖とするカブトガニは,現在は,北アメリカ東岸と中米ユカタン半島沿岸,アジア大陸の東南海域沿岸に計4種が分布し,九州北部沿岸にはTachypleus tridentatusが棲息している。分類学的には,節足動物門,節口綱,剣尾目に属し,エビ,カニなどの甲殻綱よりもクモ形綱に近縁である。T. tridentatusの体液中に存在する血球のほとんどは一種類の顆粒細胞で占められ,その顆粒細胞内には,密度が異なり超遠心機で分離可能な大,小二つの顆粒があって,体液凝固因子,プロテアーゼインヒビター,レクチン,抗菌物質など生体防御関連因子が選択的に貯蔵されている2)
 この顆粒細胞はグラム陰性菌の細胞壁成分であるリポ多糖(Lipopolysaccharides;LPS)に鋭敏に反応して,顆粒成分を細胞外へ分泌する。その結果,瞬時に体液凝固のセリンプロテアーゼカスケードが起動して体液の流出が阻止される2)。同時に,侵入した微生物はレクチンにより凝集されて異物認識と排除を誘発し,抗菌物質で殺菌されるとともに,最終的には創傷治癒といった一連の生体防御反応を引き起こすと考えられる。

昆虫の液性および細胞性生体防御におけるプロテアーゼカスケード

著者: 芦田正明

ページ範囲:P.194 - P.201

 プロテアーゼカスケードとして最もよく知られているのは血液凝固系である。解析が進んでいるのは哺乳動物とカブトガニの血液凝固系で,いずれの系においてもセリンプロテアーゼが主役を演じている。血液(血リンパ)を持つ多細胞生物では,この液性成分を失うことは恒常性維持に致命的なのは明らかである。従って,血液(血リンパ)を持つ動物には,無脊椎動物・脊椎動物の如何を問わず血液凝固系が存在し,そこではセリンプロテアーゼが主役を演じていると考えて間違いないと思われる。しかしながら,これまでに無脊椎動物からプロテアーゼカスケードとしての血液凝固系の存在が明確に示されたのはカブトガニの場合のみである。無脊椎動物で進化の頂点に立つとされる昆虫の場合はどうであろうか。現象として血液凝固は確かに観察されている。体外に取り出されると急速に凝固する血液を持つ昆虫や,ほとんど凝固せず,時間とともにかすかに粘性が増す程度の変化しか示さない血液を持つ昆虫などが知られている。昆虫血液の凝固や粘性の変化の分子機構は不思議なことにまだ手つかずの領域として残されている。
 ほとんどすべての昆虫血液に当てはまるのであるが,体外に取り出された時の際だった変化が,いわゆる“黒化”という現象である。昆虫血液にはチロシンやドーパなどがかなり高濃度で存在しているが,これらのフェノール性物質が酸化されメラニンが生じるために血液が黒化する。

ショウジョウバエの自然免疫系を制御するシグナル伝達カスケード

著者: 倉田祥一朗

ページ範囲:P.202 - P.207

 すべての生物は,個体を維持して種を存続させるために,外界からの異物の侵入に対して身を守る生体防御機構を発達させてきた。この身を守るすべは,その個体に遺伝的に備えられている「自然免疫(innate immunity)」と,異物の侵入によってはじめて獲得される「獲得免疫(acquired immunity)」に大別できる。昆虫は,このうち自然免疫だけを用いて身を守っているが,昆虫が地球上に生息している動物種約120万種の80%以上を占めるまで繁栄していることを考えると,この自然免疫がいかに効率よく機能しているのか推察できる。ちなみに,唯一獲得免疫を持つ脊椎動物は,高々その4%にすぎない。
 まずはじめに,図1を見ていただきたい。これは,昆虫における自然免疫の活性化を,レポーター遺伝子を導人したショウジョウバエを用いてライブで観察したものである。昆虫に大腸菌を塗布した針で傷を付けると,殺菌活性を有する複数のペプチドや生体防御蛋白が誘導される1)。図1の場合,自然免疫の活性化により抗真菌ペプチドDrosomycinの発現が誘導されると,それをモニターするレポーター遺伝子が発現し,Drosomycinを産生する細胞がレポーター蛋白の蛍光で白く見える。

双翅目昆虫の体液細胞による不要細胞の排除機構

著者: 小林綾子

ページ範囲:P.208 - P.214

 「生体防御における異物の認識排除」と「発生過程で生じた不要細胞の認識排除」との関係は免疫進化の観点からも興味深く,さまざまな生物において,両者は共通する分子機構を有するのではないかという指摘がなされてきた。
 その中心的役割を担う細胞のひとつにマクロファージがあり,昆虫では体液細胞hemocyteと総称される血液細胞に含まれる。本稿では,ショウジョウバエとセンチニクバエから見出された,発生過程での不要細胞除去に関わる体液細胞の膜蛋白を紹介する。

昆虫の免疫関連遺伝子の歴史的多様化

著者: 伊達敦子

ページ範囲:P.215 - P.220

 生物にとって,異物を非自己と認識し排除する免疫系は,個体の維持・種の保存に必要不可欠であり,地球上に存在するほぼ全ての生物が免疫系を有していると考えられる。脊椎動物に見られる獲得性免疫は,特異的な自己・非自己の識別,記憶や予見性を持つ機構とその進化過程が非常に特殊かつ巧妙であることが,近年の研究により明らかにされてきた1)。一方で,無脊椎動物の免疫系は,一般的に記憶を持たない非特異的な自然免疫系と理解されるのみである。無脊椎動物の免疫系がどのような遺伝的仕組みによって働いているのか,またそれがどのような歴史的経緯を通して種に獲得されていったかを知ることは,生物の適応進化を議論する上で重要な意味を持ち,その発展として,からだの守り方に関して,脊椎動物と無脊椎動物のもつシステムとの対比を総合的に行うことが可能となる。
 また,無脊椎動物の中でも昆虫類は,旧口動物の頂点に位置し,その種数だけで全動物種の約8割を占め,きわめて多様な環境に適応し繁栄を遂げてきた生物種でもある。彼らが旺盛な繁殖力を持つと同時に,その進化的拘束の中で,最適な「身を守るすべ」を獲得していったとも考えられる。

魚卵の受精膜における微生物に対する防御機構

著者: 工藤重治

ページ範囲:P.221 - P.227

 魚卵に限らず,動物卵の受精膜は物理的には外界との境界を成し,囲卵腔を介して胚が孵化するまで,それを保護する役割を演じていることは容易に理解することができる。また,受精膜は卵膜と異なって非常に強靭で,試験管内実験では孵化酵素以外には簡単に分解されない。一方,自然界では魚卵の受精膜の周囲には多種類のバクテリア,ウイルスおよび真菌が存在し,いろいろな種類の酵素を放出している可能性がある。それらの酵素の中には受精膜を部分的にではあっても,孵化酵素と異なる仕組で分解することができるものがあるかもしれない。孵化酵素でなければ受精膜を分解できないという保証はどこにもないのだから。それにも拘わらず,受精膜は胚が孵化するまで保護しなければならない。上述の環境条件のもとでは,もしも受精膜が積極的に胚を保護しなかったならば,保護膜あるいは防御膜としての役割を胚が孵化するまで維持できないであろう。そのような観点から,受精膜には微生物による感染やその分泌物に対して,積極的に防御する機構が備わっているかもしれないと考えられる。そこで,魚卵の卵膜や受精膜からの抽出物を用いて調べた結果,そのような防御機構が備わっていることが初めて物質のレベルで判明した。

ガレクチンファミリーと発生および生体防御

著者: 中村隆範 ,   西望 ,   東海林博樹

ページ範囲:P.228 - P.233

 ガレクチンはかつてS型レクチンと呼ばれたβ-ガラクシド結合を有する糖鎖構造を認識する動物レクチンの総称で,無脊椎から脊椎動物に広く分布し,一群のファミリーを形成している。ガレクチンファミリーは分子量14-36 kDaからなる一本鎖可溶性蛋白質で,動物種によって様々な名称がつけられている。しかし哺乳類ガレクチンについては,ガレクチンという正式な名称と発見順に番号が与えられている(galectin-1~10)。ガレクチンの生理的役割については現在もなお不明な点が多い,というよりむしろ明確な答えが得られていないのが現状であるが,細胞―細胞,細胞―細胞外マトリックス間の接着や細胞増殖,細胞死(アポトーシス),癌の浸潤・転移,免疫系の調節などに関与しているほか,発生・分化との関連が想定されている。ガレクチンはβ-ガラクトシド結合を持つ単純2糖であるラクトースによって各種動物組織や細胞から容易に抽出され,ラクトースあるいはアシアロフェツインを固定化したアフィニティーカラムによって精製されている。最近のゲノム研究の進展によって,多数の動物遺伝子の構造が明らかにされているが,例にもれずガレクチンファミリーに属すると考えられる候補遺伝子も続々と同定されている。

マクロファージによる細菌の認識・応答機構

著者: 川崎清史 ,   西島正弘 ,   牟田達史

ページ範囲:P.234 - P.243

 動物・植物を問わず,病原微生物に対する認識・応答・処理を行う生体防御機構は多細胞生物の出現とともに発生した生命維持に必須の機構である。脊椎動物では,本特集の焦点である自然免疫(innate immunity)に加え,高次の生体防御機構であるT細胞,B細胞を介した適応/獲得免疫(adaptive/acquired immunity)をもつが,体内に侵入した病原菌を最初に認識,応答するのは単球・マクロファージなどの自然免疫担当細胞である。これらの細胞は様々な菌体表層物質によって活性化し,外来抗原を細胞表面に提示するとともに,種々のサイトカイン産生とT細胞活性化の可否を決定する副刺激分子を細胞膜上に発現することにより,適応/獲得免疫の発動を制御している。これまで哺乳動物の生体防御系の研究の焦点は,主にT/B細胞による適応/獲得免疫にあてられてきており,自然免疫系の理解は,その重要性にもかかわらず,著しく立ち遅れていた。一方,近年発見されたToll-like receptor(TLR)ファミリーのうち,いくつかが細菌菌体成分によるマクロファージ活性化に関わることが示され,その分子機構が急速に解明されつつある。

フィコリンによる補体レクチン経路の活性化

著者: 藤田禎三 ,   遠藤雄一 ,   松下操

ページ範囲:P.244 - P.249

 免疫系の機能を簡潔にいい表すと,異物(非自己)を識別する認識能力とそれを排除する能力である。高等動物における免疫系は,特異的な認識機構とその記憶に特徴を持つ獲得免疫(aquired immunity)と,初期感染防御において重要な働きをする自然免疫(innate immunity)に分けることができる。獲得免疫が最初の感染に適応し,2回目の感染を防ぐという記憶免疫システムを特徴とするのに対して,自然免疫は本来生体に備わっており,ただちに働くという特徴を持つ。
 補体系は抗体を認識分子として機能する古典的経路が先に発見されたため,抗体を補うという意味で補体と名付けられた。補体系には認識分子が関与しない第二経路があり,自然免疫に関与していると考えられた。近年,これらに加えて,血清レクチンの一つマンノース結合レクチン(MBL,以前はマンノース結合蛋白MBPと呼ばれていた)が直接異物表面の糖鎖を認識して活性化を起こすレクチン経路と呼ばれる第三の補体活性化経路の存在が明らかにされた。MBLによる補体活性化経路ははじめ古典的経路の一つのバイパスとみなされていたが,MBLと複合体を形成する新たなセリンプロテアーゼの発見によって補体第一成分C1の関与なしに起こることが明らかにされ1,2),新たな経路として確立されるにいたった。(図1)。

実験講座

小胞体内Ca2+濃度の測定法と小胞体Ca2+ポンプの機能解析法

著者: 最上秀夫

ページ範囲:P.250 - P.256

 カルシウムイオン(Ca2+)の細胞内シグナルとしての役割はまず骨格筋の興奮収縮連関において確立された。その後,Ca2+はセカンドメッセンジャーとして分泌,発生,分化,増殖など生体機能の制御に密接に関与していることがわかってきた。そして,1980年代にTienらのグループによって開発された細胞内蛍光Ca2+指示薬は,単一細胞レベルでの細胞質内Ca2+濃度([Ca2+1)での変化を捉えることを可能とし,細胞内カルシウムシグナルと細胞の機能の研究に大きな進歩をもたらした1)。これら研究過程で[Ca2+1は時間的,空間的,濃度的にダイナミックに変化することがわかってきた2,3)。カルシウムシグナルの形成には,細胞内Ca2+ストア特に小胞体からのCa2+の放出と小胞体Ca2+ポンプによる再吸収が非常に大きな役割を果たしている3)。近年,新たな蛍光Ca2+指示薬を細胞に負荷したり,あるいはCa感受性蛋白質を遺伝子工学的に細胞に導入することにより,細胞内小器官であるミトコンドリアや小胞体のCa2+動態を捉えることも可能になってきた。本稿では,低親和性蛍光Ca2+指示薬,mag-fura-2を用いた小胞体内のCa2+濃度([Ca2+er)の測定方法と併せて小胞体Ca2+ポンプ機能解析法をマウス膵外分泌腺房細胞を例にとり紹介する。

解説

アフリカマイマイの抗菌性糖タンパク質―achacin

著者: 土屋隆英 ,   朽木健雄

ページ範囲:P.257 - P.261

 無脊椎動物は脊椎動物に見出されるような獲得免疫を欠いているにも関わらず,体液が無菌状態に保たれている。これは獲得免疫に代わる,細胞防御反応(食作用,包囲化など)と液性防御因子(レクチン,溶解素,殺菌素,酵素など)両者の働きにより,外部からの侵入物質を阻止しているためといわれている。このうち体液防御因子は,微生物などの感染からの保護に役立ち,感染の早い段階において重要な役割を果たしていると考えられている。
 アフリカマイマイ(Achatina fulica Férussac)は陸棲軟体動物で,以前よりイカ類やアメフラシと共にその「巨大ニューロン」が神経科学の研究材料とされてきた1,2)。また,その神経節から得られる生理活性ペプチドの研究も進められている3,4)。アフリカマイマイは日本では沖縄県と小笠原諸島に棲息している。これらの地域の気候は,日本の他の地域に比べて一年中温度が高く,雨季には湿度が非常に高いため,微生物にとっても繁殖しやすい条件になっている。このような劣悪な環境下に棲息するアフリカマイマイは,その体表から侵入する物質に対する特殊な防御機構を持ち,身を守っているのではないかと考えられていた。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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