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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学51巻4号

2000年08月発行

雑誌目次

特集 臓器(組織)とアポトーシス

特集に寄せて―アポトーシス研究の動向

著者: 藤田道也

ページ範囲:P.264 - P.265

 発生のさいに不必要になった細胞(組織・器官)を除去するのに生理的細胞死が関与するという考えは,すでに1930年代にさかのぼる。これらの細胞死は時空的に予定されているのでprogrammed cell death(以下PCD)と呼ばれた。Apoptosisを意味するギリシア語はもともと「葉または花弁の散ること」を意味するという。そして,ヒポクラテスはこれをdecaying boneの形容に用いた。アポトーシスは1972年カーら(Kerr et al:Br J Cancer 26:239-257,1972)によって現在の定義を与えられた。
 アポトーシスの典型的な形態変化として,クロマチンの周辺化,核の収縮と断片化,細胞膜を被り細胞小器官をもったままの細胞の収縮,細胞の断片(アポトーシス小体)化,隣接細胞による急速な貪食などがあげられてきた。このようなアポトーシスは予定細胞死を遂げる細胞に対して周到に組織化された「形態学的儀式」であるといわれる。分子生物学的にはクロモソームDNAのヌクレオソーム単位への分解によって特徴づけられる。アポトーシスは発生のさいに起こるだけでなく,種々の病的状況でも個体のために細胞死が必要な場合に起こる。ほかにも離乳後の乳腺における乳汁分泌細胞,分娩後の黄体細胞など使用済み細胞の除去があげられる。生理的細胞回転における不要細胞についても同じことがいえる。

神経細胞におけるアポトーシス制御因子とその制御機構

著者: 松沢厚 ,   一條秀憲

ページ範囲:P.266 - P.272

 多細胞生物にとってアポトーシスによる細胞死は,個体発生の過程を含め,生体機能の恒常性維持にとって不可欠の生命現象である。従って,その破綻は先天性の疾患をはじめ,癌や自己免疫疾患,糖尿病,神経変性疾患などの様々な病因につながる。神経系におけるアポトーシスは,脳の発生・形態形成過程や,老化に伴う神経変性疾患,虚血性神経疾患による細胞死などと密接に関与することから,他の組織と比較しても,その時間的・空間的な特異性が,複数の因子やステップによって極めて厳密に制御されていると考えられている。
 本稿では,アポトーシスによる神経細胞死の誘導・決定・実行に関与するシグナル伝達因子とその制御機構について,代表的な三つの経路であるカスパーゼ系,Bcl-2ファミリー系,MAPキナーゼ系について解説し,さらに細胞ストレスによる神経細胞死と神経変性疾患との関係を,最近の知見を含め概説したい。

IAPの作用メカニズムと神経細胞死防御

著者: 高橋良輔

ページ範囲:P.273 - P.278

 「細胞の自爆」にたとえられるアポトーシスは,細胞内シグナル伝達によって引き起こされる能動的な細胞死である。最近のめざましい研究の進歩により,アポトーシスの実行過程は,アポトーシスを引き起こす因子(proapoptotic factor)と逆にそれを防ぐ因子(antiapoptotic factor)によって巧妙に調節されていることがわかってきた。Proapoptotic factorの代表的な分子はカスパーゼ(caspase)と呼ばれるシステインプロテアーゼである。一方,antiapoptotic factorの分子ファミリーであるアポトーシス阻害タンパク質(inhibitor of apoptosis protein;IAP)は,その多くのものが内因性のカスパーゼ阻害因子であることがわかりつつある。
 本稿ではまずIAPの構造,機能,アポトーシス抑制メカニズムに関して概説する。次にとくに神経系に焦点をあて,IAPによるニューロン死防御について最新の知見を紹介する。

脳の発生・老化とアポトーシス

著者: 水口雅

ページ範囲:P.279 - P.283

 神経系の正常の発生過程では一旦過剰な数の細胞が産生され,その一部が死滅する。この現象はプログラム細胞死と呼ばれ,神経細胞,グリア細胞の両方で生じることが観察・報告されている。動物胎児の研究では,中枢・末梢神経系の随所で神経細胞死が記載されている。死に至る神経細胞の割合は動物や部位により異なるが,50%内外とする報告が多い1)
 プログラム細胞死とアポトーシスとは同義語ではない。しかし正常な発達途上の神経系におけるプログラム細胞死は多くの場合,後述するアポトーシスの定義を満たすことが確認されている。したがってアポトーシスは発生における生理的な現象(プログラム細胞死)として中枢神経系の随所で生じている。

ニューロン分化モデルとアポトーシス

著者: 桃井隆

ページ範囲:P.284 - P.291

 [1]神経系でのプログラム細胞死
 プログラム細胞死は遺伝的に制御された細胞死であり,核の縮小,分葉,ピクノーシスなどのアポトーシスに特徴的な形態をしめし1),その多くはDNA切断をしめすTUNEL陽性細胞として検出される2)。中枢および末梢神経系では,発生過程で多くの神経細胞がプログラム細胞死する3)
 中枢神経系に比べ,末梢神経系における神経細胞死はよく研究されてきた。末梢神経細胞のプログラム細胞死は標的細胞に依存しており,過剰に産生された神経細胞のうち,標的細胞との間にシナプス形成が成立しない神経細胞は標的細胞からの生存シグナルが得られず細胞死すると考えられている。実際,NGF,NT-3,BDNFなどのニュートロフィックファクターやそのチロシンキナーゼ型受容体であるTrkA,B,Cのノックアウトマウスでは,後根神経節(DRG)や三叉神経節などで大量の神経細胞のDNA断片化をともなう細胞死が観察される4)。一方,中枢神経細胞のプログラム細胞死は発生初期の増殖能をもった神経細胞およびその前駆体が細胞死するという報告5)と,発生の後期あるいは生後2-3週間で成熟した神経細胞が細胞死するという二つの異なった報告がある6)

肝細胞とアポトーシス抵抗性

著者: 佐々木裕 ,   林紀夫

ページ範囲:P.292 - P.298

 動物細胞は一般に自らを死に至らしめるための機能を遺伝子情報として内蔵しており,そのような機能が活性化されて起こるプログラム細胞死(programmed cell death)は,組織中で不要な細胞あるいは有害な細胞を排除することで正常な発生や恒常性の維持に貢献している。このようなプログラム細胞死の制御異常は癌や神経疾患,自己免疫性疾患などの疾患の発生に結びつき,そのために今日の医学研究においてプログラム細胞死は重要なウエイトを占めるようになった。プログラム細胞死はもともと機能的な概念であり,これに対して1972年にイギリスの病理学者であるKerrらにより提唱されたアポトーシスという概念はあくまで形態学的概念である1)。Horovitzらによって研究されていた線虫のプログラム細胞死2)がたまたまアポトーシスであり,そのkey playerである分子が次々と同定されてcaspase familyがその実行分子であることが明らかになったため,プログラム細胞死=アポトーシスという解釈が広まってきている。しかしながら,アポトーシスの形態を示さずcaspase依存性でないプログラム細胞死も最近発見されており3),プログラム細胞死の分子機構の解明は今後も発展しつづけるものと思われる。

膵腺房細胞のアポトーシス―誘発と抑制

著者: 豊田隆謙

ページ範囲:P.299 - P.303

 アポトーシスが膵疾患にどのように関与しているかは論文1)やインターネット(表1)から概略を理解できる。膵臓は外分泌腺と内分泌腺(ランゲルハンス島)から構成されるが,膵外分泌腺を構成する主な細胞は膵管上皮細胞と膵腺房細胞である。膵臓癌は上皮細胞から癌化するが,膵炎は腺房細胞壊死による破壊である。アポトーシスを誘発することで,膵管上皮細胞癌(膵癌)にたいして排除的に働くし,膵炎では膵腺房細胞の細胞防御機構を破綻させる。アポトーシスの誘発と抑制には合目的的に考えると,それぞれ二面性がみられる。
 膵炎には急性膵炎と慢性膵炎があり,急性膵炎は急性浮腫性膵炎,急性間質性膵炎,急性出血性壊死性膵炎に分類される。急性膵炎の研究は膵炎モデル動物を使って,研究が著しく進んだ。急性浮腫性膵炎のモデルとして,セルレイン膵炎ラットが使われるが,セルレインが膵腺房細胞のアポトーシスを誘導することから,膵炎発生過程でネクローシス(壊死)がアポトーシスとどのように関わっているかは興味ある研究課題である(図1)。

子宮内膜上皮とアポトーシス

著者: 田中哲二 ,   水野久仁子 ,   常玲 ,   阪本知子 ,   王春蓮 ,   深山雅人 ,   梅咲直彦 ,   荻田幸雄

ページ範囲:P.304 - P.308

 最近の研究により,子宮内膜のアポトーシスが受精卵着床1-3),胎盤形成(脱落膜組織の成熟)4-6),月経機転7,8)などに関与していることが明らかになってきた。子宮内膜アポトーシスの検出報告の多くは,免疫組織化学的TUNEL法による崩壊DNA含有細胞の検出か,あるいは抽出DNAのアガロース電気泳動法によるDNA断片化現象の検出によるものである。しかし,両方法ともに子宮内膜組織(特に月経周辺期の)では非特異的反応が起こりやすい9)。本稿では,アポトーシス検出方法に問題点があることを理解した上で,非妊娠時の子宮内膜(特に上皮)組織のアポトーシスに関するこれまでの報告を概説する。

肺上皮細胞におけるアポトーシス

著者: 桑野和善 ,   原信之

ページ範囲:P.309 - P.313

 アポトーシスは細胞の増殖・分化,器官の発達・分化に不可欠であり,ホメオスターシスの維持に重要な働きをしている。アポトーシスは肺疾患においても重要であり,その機構の破綻は疾病につながる。アポトーシスの役割の一つは,炎症細胞をはじめとする不必要になった細胞を,有害な代謝産物を細胞外に放出させることなく消退させることである。この機構が破綻すれば,炎症が遷延することになる。実際に,急性肺損傷の正常な修復には,集蔟した炎症細胞や増殖した線維芽細胞がアポトーシスによって,肺胞壁や肺胞腔から除去されることの重要性が報告されている1)。また,逆にアポトーシスが過剰であることが疾病につながることもある。たとえば,急性肺損傷である急性呼吸捉迫症候群(acute respiratory distress syndrome;ARDS)2)や,びまん性肺障害(diffuse alveolar damage;DAD)3),特発性間質性肺炎・肺線維症(idiopathic interstitial pneumonia;IIP・pulmonary fibrosis)4)においては,肺上皮細胞の過剰なアポトーシスが病態と関連していることが報告されている。
 肺損傷においては,その予後を規定する重要な因子は肺上皮細胞や血管内皮細胞の正常な機能の維持と,線維化の抑制と考えられる。

甲状腺におけるアポトーシス

著者: 広松雄治

ページ範囲:P.314 - P.318

 アポトーシス(apoptosis),プログラムされた細胞死(programmed cell death)はネクローシス(necrosis)と対比される細胞死の様態で,個体の発生や器官の分化,生体の恒常性の維持に重要な役割を担っている1)。形態学的には細胞核の断片化,クロマチンの凝集,細胞表面微絨毛の消失,細胞質の凝縮がおこり,やがて油滴状の断片となり,食細胞に貪食されて周囲の細胞に悪影響をおよぼさずに消失してゆく。アポトーシスの調節の異常は癌,AIDSなどのウイルス感染症,自己免疫疾患,アルツハイマー病などの神経変性疾患,放射線障害など様々な疾患の発症に深くかかわっていることが明らかになってきた2)。本稿では,アポトーシスの分子機構を概説し,甲状腺疾患とくにバセドウ病や橋本病などの自己免疫性甲状腺疾患の発症における役割について述べる。

成熟Bリンパ球のアポトーシス

著者: 鍔田武志

ページ範囲:P.319 - P.322

 生体内では成熟Bリンパ球のほとんどは静止期にあるが,抗原刺激に反応して活性化し,さらに特異抗体を産生することにより異物の排除を行う。一方,通常の個体では自己成分に反応するB細胞(自己反応性B細胞)は自己抗原との反応により,機能的に不活化されるか,除去され,自己抗原の存在下でも自己抗体の産生はおこらない。成熟B細胞のアポトーシスは正常な免疫機能の維持に重要と考えられる。実際,B細胞でアポトーシス阻害分子Bcl-2を過剰発現することにより,自己抗体の産生や全身性エリテマトーデス(SLE)様の自己免疫疾患の発症がおこることが示されている1)。また,アポトーシス誘導受容体Fas(CD 95)をB細胞で欠損するマウスでは,同じく,自己抗体の産生や全身性エリテマトーデス(SLE)様の自己免疫疾患の発症がおこることが示されている2)。本稿では,成熟B細胞のアポトーシス制御の主な経路と,自己免疫疾患におけるその異常について述べる。なお,より詳しくは他の総説を参照されたい3)

T細胞アポトーシスの制御因子

著者: 倉沢和宏 ,   岩本逸夫

ページ範囲:P.323 - P.327

 T細胞は免疫反応を制御する重要な細胞である。T細胞の分化,レパトアの形成および活性化はアポトーシスによりコントロールされている。実際,T細胞のアポトーシスの異常により,免疫不全(アポトーシスの亢進),自己免疫疾患(アポトーシスの低下)などの免疫疾患が発症することが知られている。本稿は,はじめにアポトーシスの誘導機構,抑制因子について概説し,胸腺細胞の分化とT細胞レパトア形成および末梢T細胞の免疫反応の終息におけるアポトーシスの役割とその制御機構について述べる。

連載講座 個体の生と死・15

泌尿器の発生

著者: 山下敬介

ページ範囲:P.328 - P.335

 泌尿器というとき,泌尿生殖器系という言葉が先に口をついて出てくる。泌尿器系と生殖器系は,働きの上では異なるものの,発生学的にも解剖学的にも一体として扱うと理解しやすい。以下,本総説では主に哺乳類の腎臓の発生について述べる。なお,特にことわらない限り,胎齢はヒトの胎齢を指している。
 腎臓の形態形成機序とくにその遺伝子制御については,このところ新知見の発表も多く,また優れた総説1-4)が書かれている。また,インターネット上で公開されているデータベースもある5)。本稿ではその理解の基礎となる形態的発生の記述に重点を置き,分子生物学的な知見はおおよその流れを中心に簡単に解説したい。なお,泌尿器の一般的な組織学的構造については,教科書6,7)が参考になる。

実験講座

アポトーシス誘発系の分子構築と遺伝子治療

著者: 小澤敬也

ページ範囲:P.336 - P.341

 遺伝子治療のもともとの発想は,遺伝性疾患で単一遺伝子に何らかの異常がある場合に,組換えDNA技術を用いてその修復を図るというものであったが,現在は,細胞に遺伝子操作を施して何らかの治療効果を得ようとする治療法一般を指して,広く遺伝子治療と呼んでいる。したがって,単一遺伝子病に限らず,癌やさらに最近では種々の慢性疾患に対しても,様々なストラテジーに基づく遺伝子治療法が考えられている。遺伝子治療法にはいくつかの分類の仕方があるが,病的細胞の修復治療を行う直接的アプローチと,何らかの細胞の遺伝子操作により間接的な治療効果を引き出そうというアプローチの二つに大きく分けることができる。後者の中で,ある特定の細胞を増殖させたり,あるいは逆に細胞死を誘発するための細胞制御遺伝子の開発は,細胞治療を大きく発展させていくためのキーテクノロジーの一つとなっている。細胞を増やす例としては,遺伝子導入効率の低い造血幹細胞を標的とした遺伝子治療において,分子スイツチを付けた選択的増幅遺伝子を治療用遺伝子とともに造血幹細胞に導入しておき,遺伝子の入ったポピュレーションを体内で治療域まで選択的に増幅させる技術の開発が進められている1-3)
 一方,細胞を減らすシステムの具体例としては,治療として患者体内に輸注するリンパ球に,細胞死を誘発する遺伝子を予め組み込んでおき,必要に応じてその輸注リンパ球を破壊・減少させる方法が検討されている。

初耳事典

Apoptosis signal-regulatingkinase 1(ASK 1)/他5件

著者: 一條秀憲

ページ範囲:P.343 - P.345

 MAPキナーゼファミリーが構成するキナーゼカスケードは,真核細胞にとって最も基本的なシグナル伝達機構であり,細胞内外の刺激を転写制御をはじめとする様々な生物活性発現のための分子情報への変換機構として存在する。多細胞生物のMAPキナーゼ系は,特に増殖因子のシグナル伝達経路としての機能が注目され,その増殖ならびに分化シグナルの伝達機構が詳細に研究されている。
 一方最近になり,Raf-MEK1/2-ERK1/2に代表されるいわゆる古典的MAPキナーゼカスケードに加え,新たなMAPキナーゼファミリーのメンバーが次々と発見され,それらがアポトーシスのシグナル伝達にも重要な位置を占めることが明らかにされている。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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