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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学52巻3号

2001年06月発行

雑誌目次

特集 脳の発達に関与する分子機構

特集に寄せて

著者: 仲村春和

ページ範囲:P.170 - P.171

 脊椎動物の神経系の発生は外胚葉が神経誘導を受けることに始まり,1本の神経管が形成される。神経管の前の部分に三つの膨らみ,前脳胞,中脳胞,菱脳胞ができ,これが脳の基本的な枠組みになる(図1)。前脳胞はその後,終脳胞と間脳胞に分かれ,終脳には大脳皮質と基底核が,間脳には視床,上部視床,視床下部が分化する。網膜も間脳から分化する。中脳は背側の視蓋(哺乳類の上丘)と腹側の被蓋に分けられる。菱脳胞は後脳胞と髄脳胞に分かれ,後脳胞の背側は小脳に腹側は橋に分化する。髄脳は延髄となる。
 完成した脳は複雑な構造をしているが,ある特定の部位は決まった部位と正確な神経回路で結ばれている。これは発生過程でこのような大きな領域がさらに細分割され,神経細胞がその存在する位置に従ってアイデンティティを獲得することによる。

網膜の発達と分子レベルでの現象

著者: 梶原一人

ページ範囲:P.172 - P.176

 網膜は中枢神経系の一部として,古くから神経発生の一つのモデルとして研究されてきた。神経網膜は,大きくわけて視細胞,双極細胞,水平細胞,アマクリン細胞,神経節細胞という5種類の神経細胞とミュラー細胞という網膜固有のグリア細胞を形成する。しかしこれは層構造内での位置と形態による非常に大ざっぱな分類であり,実際には同じ種類の神経細胞でも,その形態や大きさ,機能が非常に異なるヘテロな集団と考えられており,これらを細かく分類すると,網膜の神経細胞は50種類とも70種類ともいわれる。また,例えば娘細胞の一方がrod視細胞に,もう一方がミュラー細胞に分化するといった運命は,最終分裂まで決定されていないなど,網膜神経細胞の分化には不明な点が多く,多くの液性因子や細胞外分子の関与が想定されているが,その実態は明らかでない。一方最近,核内転写因子の研究が大きな成果を挙げ始め,各神経細胞への分化の少なくとも必要条件のいくつかが明らかになってきている。紙面の関係から本稿ではこれら転写因子を中心に,網膜のうち特に神経節細胞,双極細胞,視細胞の発達にかかわる分子レベルでの現象に焦点を絞ってこれまでの知見を簡潔にまとめた(図-1,2,3)。

中脳領域の特異化

著者: 杉山清佳 ,   仲村春和

ページ範囲:P.177 - P.181

 情報を複合的に処理する高次脳は,脳を構成する数多くの神経細胞の一つ一つが機能的に結合し,情報を伝達することで構築される。発生の過程で神経細胞は,最終的に決定された運命に従って標的細胞へと投射し,脳の高次機能の一端を担うようになる。脳を構築する上で神経細胞の運命の決定は必須であり,その最初の段階は,胚発生のごく初期から始まる脳の領域の決定である。シート状の神経板から脳胞の形成に至る初期の領域決定は,後の脳の機能分担の大きな枠組みとなり,個々の神経分化の土台となる。脳の領域の中でも形態的,機能的に識別が容易な鳥類の中脳領域に注目し,発生の早い段階から神経細胞が個々の運命を獲得していく仕組みに迫りたい。

前脳の発生と関与遺伝子

著者: 野村真 ,   大隅典子

ページ範囲:P.182 - P.186

 われわれの意識,感情,行動,そして知的活動のすべてを司っている「脳」は,一体どのようにしてでき上がってくるのであろうか。脳を構成する何十億もの神経細胞が生まれてくる過程には,一体どんな遺伝子がどれくらい必要なのであろうか。これらの基本的な問いは21世紀の科学研究における大きな課題であるが,最近の神経発生学の目覚ましい進歩により,われわれはこの問題に対する答をおぼろげながらも掴んできている。本稿では特に哺乳類の「前脳」領域に焦点を絞って,その発生を経時的に追いながら,個々の過程に関与する遺伝子の機能を解説する。

ネクチン-アファディン系による神経シナプスの形成機構

著者: 中西宏之 ,   高井義美 ,   溝口明

ページ範囲:P.187 - P.192

 神経シナプスはニューロン間の細胞間接着であり,シナプスには少なくとも機能的,形態的に二つの異なった膜ドメインが存在する。ひとつはsynaptic junction(SJ)であり,もうひとつはpuncta adherentia junction(PA)である(図1)。SJは神経伝達が行われるドメインであり,その前シナプス膜にはカルシウムチャネルが集積しているアクティブゾーンが存在し,シナプス小胞と連結している。後シナプス膜では後シナプス肥厚(PSD)と呼ばれる膜裏打ち構造が存在し,神経伝達物質のレセプターが集積している。一方,PAは上皮細胞の細胞間接着と同様に,前,後シナプス膜が対称的な形態を保っており,シナプスの機械的な接着に関わっていると考えられている。近年,神経伝達の研究によってアクティブゾーンとPSDを構築する分子が多数単離され,SJの分子構築は明らかになりつつあるが,シナプスの接着機構やその形成機構はほとんど解明されていない。
 一方,上皮細胞の細胞間接着には,形態学的に特徴的なtight junction(TJ)とadherens junction(AJ)が存在する(図2)。TJでは,細胞膜貫通蛋白質であるクローディンとオクルーディンがTJストランドを形成し,細胞膜裏打ち蛋白質であるZO-1,-2,-3を介してアクチン細胞骨格に連結している1)

小脳の生後発達を導くトランスクリプトーム機構

著者: 中村浩 ,   佐藤明 ,   古市貞一

ページ範囲:P.193 - P.199

 脳の形作りには遺伝要因とそれに作用する環境要因が深く関わっている。複雑系の最たる脳がいかにして構築されるのか,その遺伝的な設計図については最近明らかになりつつあるゲノム上に刻まれているはずである。本章では,ニューロンの分化成熟,神経回路の形成などがよく研究されているマウス小脳の生後発達をモデルとして,そこではたらく特異的な遺伝子群のゲノムワイドな発現プロファイル(トランスクリプトーム機構)についての筆者らの研究を紹介しつつ,小脳形成に関わる遺伝子発現の役割について概説する。

大脳皮質の層構造形成と関与分子群

著者: 先崎浩次

ページ範囲:P.200 - P.204

 大脳皮質層構造形成はreelerマウスを代表とする突然変異マウスの解析により進められてきた。reelerマウスの原因遺伝子産物であるリーリン分子の同定により大脳皮質層構造形成機構の分子レベルでの解析が進み,近年,リーリンシグナルに関与する分子が明らかにされてきている。本稿では,リーリン分子のシグナルカスケードに関与する分子における最近の知見を紹介し,大脳皮質層構造形成機構の理解の現状について述べたい。

脳の正中交叉形成機構

著者: 谷口弘樹 ,   村上富士夫

ページ範囲:P.205 - P.209

 われわれヒトを含め,多くの動物の体は左右対称の構造を有している。よって,動物は左右のバランスがとれた動きをするために,両側の感覚入力を統合し,協調した運動をコントロールする出力を産出しなければならない。このような役割を担うのが脳神経系である。脳神経系は左右対称の軸索束パターンを示し,個々の軸索のうちあるものは正中線に対して同側に投射しており,あるものは対側に投射している。このうち交叉性神経回路は,上述のような左右情報の統合に重要であると考えられている。近年,交叉性軸索投射の形成機構に関する知見が目覚ましい勢いで蓄積しつつある。この研究の進展には,脊椎動物における研究は勿論のこと,ショウジョウバエを中心とするモデル生物を用いた研究も多大な貢献をしてきた。本稿では,このような状況を踏まえつつ,最新の知見を中心に交叉性神経回路形成のメカニズムについて概説してみたい。

鳥類神経系のパターン形成に関与するIrx遺伝子群

著者: 松本健 ,   小椋利彦

ページ範囲:P.210 - P.215

 脊椎動物の脳は記憶,学習,情動などの様々な高次機能を生み出す究極の並列回路といっても過言ではない。このような複雑な脳も単純な神経板を原基として発生する。二次元に展開されていた神経板のシート構造は時間を経て三次元の神経管構造へと構築され,さらに屈曲,突出などの形態変化を遂げる。これらの過程は転写因子,成長因子,細胞接着因子などが細胞の増殖,分化,細胞死といった多様な局面を調節することにより成し遂げられる。特に前脳,中脳,後脳の前後軸にそった脳の領域化には位置情報を担う転写因子が重要な役目を果たしている。そのためわれわれはIroquoisと呼ばれる転写因子に着目し,ニワトリ胚にて機能解析を行っている。本稿ではニワトリのIroquois遺伝子Irxの機能を中心に,最近の中枢神経系のパターニングに関する知見もあわせて報告する。

ゼブラフィッシュが開く脳分化・特異化機構研究の新展開―中脳,後脳の部域特異化の分子機構解明のための包括的アプローチ

著者: 岡本仁 ,   平手良和 ,   三枝理博 ,   西脇優子 ,   田中英臣 ,   和田浩則 ,   東島眞一 ,   政井一郎

ページ範囲:P.216 - P.223

 ゼブラフィッシュ(Danio rerio)は,脊椎動物の発生メカニズムを研究するための優れたモデル実験動物として注目されている。胚は透明で比較的少数の細胞からできていること,世代時間も3カ月と短いことなどの理由から,ゼブラフィッシュは細胞生物学や分子生物学における様々な研究に使われてきている1)
 われわれは最近,ゼブラフィッシュ胚から分離できるごく少量の組織を用いて,そこに発現する遺伝子群の比較を行ったり,特定の細胞だけで蛍光蛋白(GFP)を発現するトランスジェニックゼブラフィッシュを作る技術を確立した2,3)。またゲノムプロジェクトの発達によって,突然変異を分離・同定した後に,原因遺伝子を探ることも急速に容易になりつつある4,5)。このようなゼブラフィッシュの長所をフルに活用し,中脳から後脳にかけての脳の分化に関わる遺伝子を系統的に同定することが可能になってきている。これまで脊椎動物の脳の部域特異化の研究では,ショウジョウバエの転写因子に類似する転写因子を出発点として,発現解析や機能解析を行うという方法が最も大きな成果をもたらしてきた6-8)。一方で,この方法では特異化の制御因子を知ることはできるが,実際にこれらの因子の下流として機能する実動分子群の実体を明らかにすることは容易ではなかった。

発達脳における神経細胞の移動:新しいニューロン移動法とその原理

著者: 宮田卓樹 ,   川口綾乃 ,   岡野栄之 ,   小川正晴

ページ範囲:P.224 - P.229

 ものが動くには必ず仕掛けがある。ニューロン移動に関する仕掛け,とくに「分子機構」の最新情報をまとめるというのが本稿に与えられた役割である。筆者らは脳皮質形成を分子の言葉で語る突破口を切り開いてきた1)(「リーリン」:先崎博士の稿(200頁)参照)が,皮質の「形成」とは,概念的に分けるならばニューロン産生,移動,組み立てからなり,リーリンが具体的に(狭義の「形成」すなわち「組み立て」に不可欠だ,とかいうおおざっぱな話ではなく)何をしているかという,リーリンの発見以来まったく手付かずのままの問題に挑む上で,ニューロン「移動」とは,見逃せない重要な対象である。
 一般に,鳥が飛べるのは何故かとか,魚はどうやって泳ぐかという質問には,対象の「かたち」の理解なしには解答できない。移動するニューロンの形態については,数十年以上に及ぶ固定標本の,そして最近では培養脳スライスやバラバラにした培養細胞などの観察を通じて,図1に示すようなかたちであると認識されてきた2-4)。周囲の細胞とのひしめき合いの度合いや,移動の活発さに応じて多少の伸び縮みや変形こそあれ,「まる(細胞体)」プラス,進行方向に伸ばした「短い棒(リーディングプロセス)」というのが,われわれが今日「分子」というレベルにまで仕掛けの追求を進められる前提のはずだった。

神経細胞の軸索および極性形成の分子機構

著者: 稲垣直之 ,   貝淵弘三

ページ範囲:P.230 - P.234

 神経細胞は脳の発生に伴って複雑な回路網を構築する。脳内における神経回路網形成は神経細胞の移動,極性形成,神経軸索のガイダンス,シナプスの形成およびその調節といった複数のステップから構成されている。そのうち極性形成は分化の初期に行われ,神経細胞の基本機能の遂行に重要な役割を果たす。すなわち,神経細胞は1本の軸索と複数の樹状突起を有する。樹状突起はその表面に神経伝達物質の受容体を発現して外部からの情報を受け取りこれを統合する役目を果たし,一方,軸索はその終末より神経伝達物質を放出することにより情報の出力を担う。その結果,神経細胞を伝わるシグナルの流れには樹状突起から細胞体を経由して軸索へと至る方向性が生じる(図1)。最近細胞極性形成メカニズムの解析が盛んに行われており1-3),神経細胞に関しても断片的ではあるがいくつかのデータが報告されつつある。本稿では,神経細胞の極性形成をつかさどる分子メカニズムに関して最新の知見をわれわれのデータもまじえて概論する。

ニューロン分化に関与する遺伝子

著者: 田賀哲也 ,   滝沢琢己 ,   中島欽一

ページ範囲:P.235 - P.239

 中枢神経系の発生と修復を理解する上で,ニューロン,アストロサイト,オリゴデンドロサイトなど脳を構成する各細胞集団の分化機構の解明は重要な課題である。これらの細胞集団は相互作用しながら脳を形づくるためにそれぞれ特化した役割を担う細胞系譜として分化したものであるが,そのいずれもが神経幹細胞から派生する。多分化能を維持しつつ自己複製能を保持する神経幹細胞からの各細胞系譜への分化の運命付けの決定ならびにその後の分化の進行は,細胞内外の種々の分子によって制御されている。本稿では主としてニューロン分化に関与する転写因子に焦点をあてる。ニューロン分化を正に制御する因子が存在する一方で,ニューロン分化を負に制御する因子の存在も知られており,これらがニューロンとグリア(アストロサイト,オリゴデンドロサイト)の分化の運命付けと分化過程の進行を制御していると考えられる。本稿はこれらの観点から著者らのグループが進めている胎生期マウス終脳神経上皮細胞を用いた分化制御の研究成果を交えながら,ニューロンの分化に関わる転写因子とその役割を考察したい。

脳の発達におけるグリアの役割

著者: 山田恵子 ,   渡辺雅彦

ページ範囲:P.240 - P.244

 グリアはニューロンとともに神経系を構成する細胞である。中枢神経系のグリアは,ニューロンの細胞体やシナプス・血管・脳表面を被覆するアストロサイト(星状膠細胞),髄鞘を形成するオリゴデンドロサイト(稀突起膠細胞),損傷時に活性化して食作用を発揮するミクログリア(小膠細胞)に大別される。近年の研究により,グリアは生理活性物質を産生し,神経伝達物資の受容体やトランスポーターなど種々の機能分子を発現することが明らかになってきた。現在,グリアは単なる支持組織ではなく,脳のあらゆる機能側面においてニューロンの親密なパートナーとして認識されるようになった1)
 成熟神経系におけるグリアには栄養因子の供給をはじめ,脳内環境の維持,シナプス伝達の修飾,電気的絶縁など多様な機能が知られている。一方,発達神経系では,放射状グリアによるニューロン移動のガイド2),アストロサイトによる軸索走行のガイド3),髄鞘形成細胞によるイオンチャネルのクラスタリング作用4),軸索径の増加作用5)などの機能が報告されている。また,ある種のグリアは神経幹細胞としての特性をもち,グリアだけでなくニューロンも産生する可能性が指摘されている6,7)

連載講座 個体の生と死・18

呼吸器の発生

著者: 福田悠

ページ範囲:P.245 - P.251

 肺はガス交換のために特殊に分化した臓器である。胎生肺発生における重要な過程を一言でいうと,広い呼吸面積の獲得である。本文では,肺の基本構造の形成過程,細胞外基質の形成と分布,細胞外基質の代謝に重要なマトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)とそのインヒビター(TIMP)に注目して胎生肺,生後早期の肺の発育について解説する。

話題

「知の遺伝子」国際ワークショップ報告記―サルの遺伝子探索から知を探る

著者: 貫名信行

ページ範囲:P.252 - P.253

 3月14,15日にわたり「Genes and Minds lnitiative Workshop on Ape Genomics(GEMINI)知の遺伝子」国際ワークショップが理化学研究所ゲノムセンター,脳科学総合研究センター,国立遺伝学研究所共催で行われた。このワークショップは,ヒトゲノムの全シークエンス完了というゲノムサイエンスの到達点からさらに何をすればよりヒトを理解することができるのか,という問題意識に基づき,主にゲノム科学と脳科学の研究者が集まって意見を交換した。
 ヒトがヒトたる所以はやはりその知的活動能力であろうということから,ヒトの遺伝子をチンパンジーの遺伝子と比較することにより,知の遺伝子を同定できるのではないかというのがゲノムセンターの榊らの問題意識である。彼らはチンパンジーのゲノムのシークエンスを行うためにBACのライブラリーのマップを作成し,ショットガン・シークエンスを行う予定であるという。やはりゲノムセンターの藤山らは3,000のSTSに関してヒトおよび霊長類について検討し,およそ1-2%のSTSがヒト特異的であったという。遺伝研の斉藤らは類人猿ゲノム計画Silverを組織しており,ヒトとチンパンジーのヌクレオチドレベルの違いは1.5%,ゴリラは4%と見積もっている。こういった類人猿のゲノムを比較することによりヒト特異的な遺伝子の同定につながると考えられる。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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