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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学52巻6号

2001年12月発行

雑誌目次

特集 血液脳関門研究の最近の進歩

概説―血液脳関門研究の最近の進歩

著者: 大槻純男 ,   高長ひとみ ,   寺崎哲也 ,   細谷健一

ページ範囲:P.532 - P.540

 血液脳関門(blood-brain barrier;BBB)の概念が提唱されてから約1世紀が経った。提唱時は,循環血液と脳との間の物質透過性を制限する「静的な障壁=Barrier」として血液脳関門はとらえられていた。しかし,最近10年の飛躍的な研究の進歩によって,このような古典的な概念から物質を選択的に識別し,物質交換を制御する「ダイナミックインターフェース」へと血液脳関門の概念が変化した。今日,血液脳関門はグルコースやアミノ酸などのエネルギー源を脳へ供給する支援システムとして働き,また,脳に異物が侵入しないように不必要な分子を脳から締め出し,かつ脳内で産生された代謝物などを排出する防御システムの役割を果たしていると考えられる1,2)。本稿においては,血液脳関門研究の歴史と研究手法,構造,機能について概説し,さらに成果を紹介する。

血液脳関門の薬理学

著者: 岸岡史郎

ページ範囲:P.541 - P.547

 血液脳関門は生体異物の中枢神経系への移行を制限する生体防御機構のひとつであり,色素を静脈内に投与しても脳が染色されないことから明らかにされた。薬物の中には生体異物として認識され,血液脳関門が障壁となり中枢神経系に到達できないものがある。例えば,ロペラミドはオピオイド受容体作動薬であり,脳室内投与により鎮痛作用が惹起されるが,全身投与では脳内への移行は少なく中枢作用もほとんど認められないため,オピオイドの末梢作用である止潟薬として用いられている。このように,血液脳関門は生体異物から脳を保護しているが,中枢神経系への薬物移行が妨げられることによって中枢神経系の薬物治療に支障をきたすこともある。本章では,脳への薬物移行の観点から血液脳関門について概説する。

血液脳関門と電磁波

著者: 釣田義一郎 ,   山口博紀 ,   名川弘一 ,   上野照剛

ページ範囲:P.548 - P.551

 電磁波とは電界および磁界の振動が真空中や物質中を伝搬していくものであり1),その周波数帯により図1に示したような様々な名称があり,また特性もそれぞれ異なる。
 電磁波のエネルギーは
 E=hν…(ア)
  E:エネルギー(J)
  ν:周波数(Hz)
  h:6.63×10-34Js(プランク定数)
で求められ,周波数が大きなγ線やX線は分子構造をも破壊するほどのエネルギーを持ち電離放射線とも呼ばれ,当然生体にも大きな影響を及ぼす。また,紫外線も非電離放射線ではあるが,生体に様々な影響を及ぼすことは,よく知られている。

血液脳関門輸送系の分子機構と生理的役割

著者: 細谷健一 ,   高長ひとみ ,   大槻純男 ,   寺崎哲也

ページ範囲:P.552 - P.562

 脳の働きにおける血液脳関門(blood-brain barrier;BBB)の役割を理解する上で,その実体である脳毛細血管内皮細胞の細胞膜輸送担体の機能を分子レベルで知ることは重要である。BBB研究の長い歴史において,過去10年間の研究には目覚ましい進歩が見られたといえる。特に,脳毛細血管内皮細胞でP-糖タンパクがある種の薬物を細胞外へ汲み出し,循環血液中から脳内への移行を防いでいることが発見されたことで1),BBB研究の新しい時代を迎えたといえる。筆者らは,脳を守る上でBBB輸送系がどのように働いているかを明らかにする研究に取り組んでいる2)。特に,本稿では,BBBの輸送機能に焦点を絞り,最近の知見を中心に解説した。

脳微小透析法の血液脳関門輸送研究への応用

著者: 出口芳春 ,   森本一洋 ,   寺崎哲也

ページ範囲:P.563 - P.570

 脳微小透析法(brain microdialysis法)は,半透膜製の微小透析プローブを脳組織に移植し(図1),脳細胞間液中の神経伝達物質や薬物を経時的に採取する方法として,Ungerstedtらによって開発された1)。脳細胞間液採取法としては,脳室内潅流,コルチカルカップ潅流法などが開発されていたが,広く普及するに至らなかった。その後,Bitoらが“dialysis sac”を脳内に移植する方法を開発し2),その改良型としてDelgadoらは2本のチューブの先端にdialysis sacを取り付けた“dialytrode”を開発した3)。これらが今日の透析プローブの原型となった。以来,25年間に神経化学の研究分野のみならず,神経生理学や薬理学など多くの研究分野に応用されてきた。さらに,近年,ヒトへの臨床応用も検討されており,基礎研究のみならず応用研究まで普及している4)
 末梢組織と異なり,脳には血液脳関門(BBB)が存在し循環血液と脳細胞間液間の非特異的な物質交換は阻まれている。また,血液脳関門の輸送系が働き,促進的あるいは能動的な物質交換が行われることがある。このため,脳組織細胞間液中濃度は血漿中非結合型濃度(血漿中アルブミンなどのタンパクに結合していない濃度)と大きく異なることが多い。

血液脳関門の排出系

著者: 木戸康人 ,   崔吉道 ,   玉井郁巳 ,   辻彰

ページ範囲:P.571 - P.576

 中枢神経系は血液脳関門(blood-brain barrier)と血液脳脊髄液関門(blood-cerebrospinal fluid barrier)によって循環血から隔離されている。両関門を形成する脳毛細血管内皮細胞ならびに脈絡叢上皮細胞は,密着結合(tight junction)により細胞間が強固に付着することで脂質膜のバリアーとして機能している。さらに,これらの細胞膜上には生体外異物や脳内で産生された代謝物を脳から排除するための多様なトランスポーターが発現しているため,両関門は脳外へ積極的にくみ出す排出輸送機構が備わる「ダイナミックなインターフェース」として機能すると考えられている1)。本稿では脳解毒に働く血液脳関門のトランスポーターについて,薬物排出ポンプP-gpを中心にこれまで報告された例を紹介すると共に,脳外排出に関わるトランスポーターの重要性ついて述べる。

蛋白治療薬と遺伝子医薬の脳への標的化

著者: ウィリアム M. パードリッジ

ページ範囲:P.577 - P.583

 水溶性高分子であるペプチドや遺伝子は,受動拡散で細胞膜を透過しないことから,血液脳関門を透過させることは難しい。今後,ヒトゲノム解析によって疾患原因遺伝子が同定され,創薬研究は飛躍的に加速される。しかし,中枢疾患の場合,治療薬や診断薬は血液脳関門を透過する必要があり,その開発は極めて難しい。血液脳関門研究の第一人者William M. Pardridge教授は,血液脳関門を透過するvectorと生理活性高分子を結合させ,脳へ送達するchimeric peptideの手法を開発した(Biochem. Biophys. Res. Commun. 146:307-315, 1987. United States Patent No.4, 801, 575, issued January 31, 1989.)。さらに,血液脳関門透過性vectorをリポソーム表面に結合させ,リポソーム内に封入した薬物やペプチドや遺伝子を丸ごと脳内へ送達することに成功した。Viral vectorを利用する遺伝子治療に比べ,nonviral vectorを利用するこの手法は,安全性が高いだけでなく送達効率も高い。臨床応用は目前に迫っている。創薬研究の歴史においてブレイクスルーとなるこの成果は,脳科学を大きく発展させるであろう。この歴史的な業績の一部を,本特集号に寄稿いただいたことは意義深い。

脳神経外科領域における血液脳関門

著者: 長嶋達也 ,   玉木紀彦

ページ範囲:P.584 - P.588

 血液脳関門(BBB)は,脳毛細血管に存在するタイトジャンクション(tight junction)による血液から脳への物質移行の制限を基本として,一方には脳の内部環境を動的安定に保つための複雑な物質輸送・代謝のシステムから成立している1)。また,血管透過性の制御には様々なケミカルメディエーターやサイトカインが細胞内情報伝達系を介して作用している。脳神経外科領域におけるBBBの臨床的意義は大きく二つに分けることができる。一つはBBBの病的な破綻と,それに伴う水および様々な物質の血管内から細胞外腔への漏出であり,脳浮腫として観察される。今一つは,BBB透過性の低い薬剤あるいは巨大分子を治療目的で人工的にBBBを通過させて腫瘍あるいは脳へ移行させることである。本稿では脳神経外科領域における代表的疾患である脳腫瘍と脳血管障害に占めるBBBの意義につき述べる。

連載講座 個体の生と死・20

血管系の発生

著者: 磯貝純夫

ページ範囲:P.589 - P.596

 アリストテレスの時代から血管系の起源と分化は多くの研究者たちの興味を引いた。おそらくそれはニワトリの卵の中で発生する胚の血管を観察することから始まったのであろう。そして現在,血管の発生をコントロールする分子のメカニズムにせまりつつあり,血管の形成に関わる分子が次々と明らかにされている。分子遺伝学の進歩により分子のリストは急速に増大している。しかし,それがそのまま血管の発生,まして血管系の発生の理解へと繋がっているとはいい難い。血管系とは,ある特定の機能を果たすために動脈と静脈そして毛細血管が一定の法則に従って配置された器官系である。血管系の解剖学的構造は何によって決定されているのか,そして新生する血管をその構造へと導くメカニズムはなにか,という問いに対して研究者たちはまだ答えることができない。筆者らはいわゆる形態屋(解剖学者)であり,これまで脊椎動物の胚を用いて形態学的に血管系の発生を追究してきた。その形態屋が遺伝子屋(分子生物学者)と組んでこの問題に取り組むこととなり,そこにゼブラフィッシュと呼ばれる小さな魚が登場する。本文では研究の歴史をふり返りながら血管そして血管系の発生がどのように解明されてきたのかについて述べ,その後,ゼブラフィッシュを使って何が明らかにできるのかに触れたい。

解説

血液から脳脊髄液への冬眠特異的タンパク質の能動輸送

著者: 近藤宣昭

ページ範囲:P.597 - P.602

 冬眠特異的タンパク質(HP)は,哺乳類の冬眠動物であるシマリスの血中に存在している。シマリスでは,冬眠がほぼ1年の周期で規則正しく起こることから,この現象を制御する機構を明らかにする目的で見出された1)。血中のHP量は冬眠に連動して変化することから,冬眠を制御する機構により調節されていることが推測され,その調節系の研究を通して,血液から脳へ輸送されることが明らかにされた2)。血液から脳への物質輸送機構の研究とは全く関連のない分野から得られた成果ではあるが,生体において,末梢器官の機能を制御する脳が,末梢組織をくまなく循環する血液との間に緊密な連絡を持つことは当然のことだし,それゆえ,血液と脳との間に特異な物質輸送経路が存在し調節されていることは容易に想像できる。しかし,現実には,両者の間の物質輸送機構,特に高分子のタンパク質の輸送調節の研究や輸送手段の開発は,ほとんど進んでいない。この分野には門外漢である筆者が,以下に述べる血液脳脊髄液関門を輸送される興味深い複合体タンパク質を見出したのは,関門に限局されることなく,冬眠という特異な生理現象を視点として生体レベルで血液と脳の関係を考察することができたからかもしれない3)。血液と脳を隔てる関門をくぐり抜ける優れた方法を見出すことは,将来の脳研究や脳疾患の治療において,治療薬や検査薬を脳へ自在に運び込むための重要な課題と思われる。

生命を電子で見る―筋肉の細いフィラメント上でのCa2+によるトロポニン・トロポミオシンの変化

著者: 若林健之

ページ範囲:P.603 - P.610

 筋肉はどのように収縮し,弛緩するのであろうか。タンパク質分子はどのようにして,それを実現しているのか。筋収縮は細胞内カルシウムイオン濃度で制御されるが1),それにはトロポミオシンと1965年に江橋らにより発見されたトロポニンがアクチンフィラメントに結合して,筋肉の細いフィラメントと呼ばれるような構成になることが必要である。Ca2+はトロポニンに結合する。その際,どのような変化が筋肉の細いフィラメントに起きるのか,多くの研究グループによって追求されてきた。
 最近私たちは,細いフィラメントの上でトロポニンがCa2+によって大きく(~4nm)移動することを見出した2)。トロポミオシンは分子全体として動くとされてきたが,実際には分子のN端側の2/3はほとんど動かず,C端側の1/3だけが移動する意外な事実を立体構造として明らかにした2)。これらの動きにより,モータータンパク質であるミオシンとアクチンとの間の反応過程が妨げられ,弛緩が実現する。

初耳事典

アミロイド前駆体タンパク(APP)の細胞質部分の機能/他5件

著者: 西本征央

ページ範囲:P.611 - P.613

 アミロイド前駆体タンパク(APP)は,Aβアミロイドの前駆体となる機能以外に,様々な正常の機能と役割を持っ。第1に,APPの細胞内ドメインH657-K676は,神経細胞特異的G蛋白Goと特異的に結合してこれを活性化し,NADPH酸化酵素を介して活性酸素種を産生する能力を持つ。家族性アルツハイマー病変異体であるV6421-APPやK595 N/M 596 L-APP(NL-APP)や抗体で刺激した神経細胞膜表面の正常型APPは,この能力を発揮して,神経細胞にアポトーシス型細胞死を誘導する。第2に,細胞内ドメインM677-N695に存在するG681YENPTY687は,Fe65ファミリー蛋白(Fe65,Fe65L,Fe65L2),X11,mDab1,JIP-1b/IB1に結合する。
 これら結合蛋白はいずれもPID(燐酸化チロシン結合ドメイン)を持つアダプターであり,様々な細胞機能を介在する。例えば,JIP-1b/IB1はJNKとそれを活性化するキナーゼ群の足場となる機能をもち,それゆえAPPはJNKを介した細胞機能調節を正負に制御しうる。また,Fe65はAPPと結合した状態で,アポE受容体であるLRPを含む他のFe65結合蛋白と結合できるので,この機能を介して,APPはLRPなどと二量体化することができる。

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生体の科学 第52巻 総目次

ページ範囲:P. - P.

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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